腰までのびたココのきれいな銀髪が潮風にたなびいている。
知らない人が見れば美人のココが船に揺られ何かを考えているように見える、と思う。
毎日、ココにべったりのバルメがこの姿を見れば「海を見て、たそがれるココ。ステキです!」と目をキラキラさせて言いそうだ。
いつものココならニコニコ笑いながら、僕やみんなに冗談を言っているはずなのに、今はとても暗い顔をしてる。
ココは船のデッキの手すりに身体をあずけて、干されたシーツのように身体の半分を折り曲げてうなだれている。
「そんなことしていると海に落ちるよ、ココ」
僕は高波で船が揺れたら海へと落ちていってしまいそうな、ココを見て思わず声をかけた。
「大丈夫だよ、ヨナ。私が海へ落ちたら、きっとバルメあたりが海に飛び込んで助けてくれるから心配ない」
僕は心の中でココに同意して頷いた。
「そんなことよりヨナ。あそこにある仏像が見えるかい?」
ココは手すりにつかまったまま、僕を引き寄せて後ろから抱きしめると海を指をさした。
僕はその指の先にある大きな仏像を見つけると「うん」と小さく返事をした。
「アフガニスタンの仏像は破壊されたのではない、恥辱のあまり崩れ落ちたのだ」
ココはほとんど独り言のようにつぶやいた。僕はその言葉の意味はわからなかったけれど、何か言わなきゃいけないような気がしたのでさっきと同じように「うん」と小さく返事をすることにした。
「ねえ、ヨナ。どうしてあの仏像は崩れずにいれると思う?」
僕はココのその質問の意味もわからなかった。でも、とりあえず頭に浮かんだことを口にする。
「……丈夫だから?」
僕の言葉を聞いてココはだまった。
僕は何か間違ったことを言ったのかもしれないと思って、ココの顔を見上げると、ココは頬っぺたを膨らませて、笑いを堪えるのに必死な顔をしていた。
僕はなんとなくココのその笑いを堪える顔に腹が立ったので、そっぽを向いて海のほうを見た。
ココはそんな僕の態度も面白かったのか、とうとう笑いを堪えられなくなって大きな声で笑い出した。しかも、目にうっすらと涙さえ、浮かべて。
いくら僕を雇っているココといえども、馬鹿にされたように笑われるのはやっぱり腹が立つ。
ココの大きな笑い声を聞いてバルメやレーム、ルツやトージョ、部隊のみんなが集まってきた。
「ああ、ココ! こんな状況でも笑っていられるココはステキです!」
バルメが目をキラキラさせて笑うココに抱きつく。
「ココ、何が一体そんなに面白いんだ?」
トージョがココにつられて笑う。
「また変なこと言ったのか、ヨナ坊」
ルツが僕の頭に手をおいてくしゃくしゃに撫でた。
「まあ、こんな状況でも笑っていられるって、のはいことだ」
けたたましく鳴り響く火災警報ともくもくと僕たちが乗っている船から上がる白い煙を見上げながら、レームはタバコの煙を吐き出した。
僕は武器商人と旅をした――。
僕は本当は銃が嫌いだ。なぜなら、僕の両親は銃に殺されたからだ。
それでも、僕は銃を手放すことができない。なぜなら、僕の身を守るためには銃は必要不可欠なものだからだ。
僕は訳あって武器商人のココ・ヘクマティアルといっしょに世界中を旅している。
僕は世界中でたくさんの武器を売りさばいているおおきな武器運送企業、HCLI社のキャスパー・ヘクマティアル――ココにそっくりな兄と〈特別〉な契約を結んだ僕はココの警護をするためココについていき、世界中を旅することになった。
とてもお金持ちで、さらにたくさんの武器を売りさばいている武器商人のココの命を狙う人間はとても多く。それは殺し屋だったり、どこかの国のエージェントだったり。
そんなココの命を狙うやつらを追い払ったり、殺したり。取引の邪魔をするやつらをけん制するために、僕たちは雇われている。
もちろん、武器商人でお金もちのココが雇っている兵隊はみんな優秀だ。
いつもタバコばかりすっている年長者の部隊長レームと、両方の耳の上に剃りこみを入れた爆発物のヤバイ使い手であり、語学の先生のワイリ。この二人はアメリカのエリートばかりが集まるデルタフォースの出身で、ココとは古い付き合いらしい。
それから暇さえあればココにべったりくっついているバルメは、いつも右目に眼帯をしているこの部隊の唯一の女の人でも、元々はフィンランドの偉い軍人だったらしい。僕も何回かバルメに格闘術の相手をしてもらったけれども、バルメのナイフを使った格闘術は恐ろしく強い。もしかしたら、世界一かも。
次に、僕の苦手な数学を教えてくれる、日本人のトージョ。
トージョは眼鏡をかけていて日本の自衛隊という軍隊じゃない軍隊に所属していたとこの前、僕らが日本に言ったときに詳しく教えてくれたけれど、僕には意味があまりわからなかった。
次にマオ。この部隊で唯一、家族がいるマオ。僕に理科を教えてくれる、たまに理科の授業の合間に僕に家族の写真を見せてくれた。
それから、されにどんな車もレーサーみたいに操る凄い技術を持っているウゴ。ゴツイ身体で世界最大口径のデザートイーグルを片手で扱える。
最後に、腕のいい狙撃手だけれども、お調子者でよく尻に弾が当たるアメリカ人のルツ。
少し前までもう一人、僕とココを守って死んでしまったアール。
総勢八人で僕たちはココを護っている。
本来ならばココの兄である、キャスパーの担当であるはずの地域なのだけれども、日本の東京で起きたHCLI社とライバル関係にあったSR班というトージョが昔、所属していた自衛隊の秘密部隊と日本で戦い、壊滅させるまでに至った。
そして日本からタイに向かい、ヨーロッパに帰る道すがらココはキャスパーからお使いを頼まれた。
本来なら兄とはいえキャスパーの頼みなんてきかないココが珍しく、その頼みを聞いたのはタイ近くの海域での武器の受け渡しという簡単な仕事だったからだ。
ココも簡単な小遣い稼ぎのつもりで請け負った仕事だったらしく、本当なら一日で終わる仕事のはずだった。
しかし、さすがのココもその武器の受け渡しの途中で、船が故障するとは思っていなかったらしい。
僕たちが乗っているHCLI社が所有する貨物船が突然火を噴いた。船が沈んでしまうほどの激しい爆発ではなかったけれども、武器商人のココが運んでいるものが運んでいるものだけに僕たちは急遽近くの港に停泊することになった。
でも、その港の場所が最悪だった、らしい。
その街の名はロアナプラ。
僕は詳しく知らないのだけれども、レームが言うには悪徳と野心、頽廃と混沌とをコンクリートミキサーにかけてブチまけたような犯罪者のゴミだめのような街だそうだ。
ひとしきり僕のことを大笑いして満足したのか、ココは「あー可笑しかった」と目にたまった涙を拭いた。
別に僕はそんなに皆に笑われるようなことを言ったつもりは無かったので、少し不機嫌になった。
「ところでレーム。あの運び屋覚えてる?」
ココはいつも仕事で使っている重そうな、イリジウム衛星携帯電話を手に持っている。
「ああ、覚えてるよ。もう五、六年前になるかな。ロアナプラの近くに武器を届けるときに使ったあの運び屋だろ?」
ココは携帯を持っていないほうの手を回して「そうそう」と上機嫌そうに答えた。
僕はそんなココの顔を見上げた。ココはいつもこういった不測の事態に陥っても、商談相手に殴られても、笑顔を絶やさない。
笑顔で自分の本性を隠し、相手を威圧する。それが、ココのやり方だ。
しかし、それでもココと付き合いの長い僕たちはその笑顔の中に隠されている、勘定の欠片をちらりと感じることぐらいはできる。
たぶん、今のココの笑顔は楽しい感情からではなく、不幸な状況にみまわれた怒りの感情、やけくその笑顔だ。
僕たちはみんなそれに気づいているけど、あえて黙ってココを見守っている。
「実はあのときの運び屋の一人に化粧品をたっぷり押し売りしたんだよね……」
「もう、忘れられてるよね?」ココはイタズラした子供みたいに笑った。
「いや、あのソードカトラスぶら下げた二丁拳銃〈トゥーハンド〉の威勢のいい姉ちゃんら、きっと覚えてるだろうよ」
レームはそんなココにニヤニヤとした笑いながら答えた。
「……だよねえ」 ココはがっくりと肩を落とす。
「でも、今はそいつらを頼るしかないんだろ?」
ルツがココが握り締めてる携帯を指差した。
「もしもココに何かあったら、私が誠心誠意、お守りしますから大丈夫ですよ」
バルメがココにうれしそうに笑った。
僕はそんないつもの光景ぼんやりと眺める。僕は一瞬、何か妙な気分――この気分を口にするのはとても難しいんだけれども――海のほうへ視線をそらすと小さな黒い影が動いているのが見えた。
「ココ、なんか来てる」
僕はさっきより大きくなった影に指をさした。
海の上で動く影が少しずつ大きくなっていく。何かが僕達の船に近づいているのだ。
「さすがヨナ君。いい目をしてるな」
レームが首にかけていた双眼鏡を覗き込んで影のほうを見た。
レームは「はあ」と大きなため息をついて、自分が持っていた双眼鏡をココに渡した。
ココはレームから双眼鏡を奪い取るように受け取るとココは「げっ」と小さく悲鳴を上げた。
「一艘、二艘……四艘。あー、まだまだ増えるか……」
「さすが犯罪都市ロアナプラだな」ワイリは目を凝らしてのんきに海を見つめる。
「まあ、確実に俺ら狙いだろうけど、お嬢どうする?」
ルツが楽しそうにココに尋ねた。
「ココ、ロアナプラの海賊相手にうちらの流儀を教えてやりましょう!」
「あーあ、かわいそう海賊さんたち」
僕は手すりを握り締めたままのココを見た。ココの後ろ姿はプルプルと怒りで肩をゆらしている。
相変わらず白い煙を上げる僕たちの船を、静かなロアナプラの波が揺らす。
最初は小さかった海賊たちの船はどんどんその影を大きくしながら、白い飛沫をたてながらまっすぐに僕達の船のほうに向かってきている。
「それじゃあ、いきますか」
レームが咥えていたタバコを海へと吐き出した。
「とことんやってやろうじゃないの……」ココはつかまっていた手すりを強く握りしめると、 お腹の底から、爆弾が爆発したみたいな声を出した。
「全員、行動開始!」