今回は今まで以上にめんどうなことになりそうだ。
俺たちが住むロアナプラにはそぐわない、HCLI社所有の輸送船が港に停
泊している姿に、俺は久しぶりに頭の芯が沸騰するような熱と「メイドの狐狩り」以来に感じる心の奥底に覚えた、いいようのない興奮を自覚して、俺は思わず顔をしかめた。
HCLI社。俺がまだ旭日重工の社員で岡島緑郎という名前だったときに何度となくきいた名前だ。
別名「海運の巨人」と呼ばれるHCLI社はその名の通り海路を使って世界中に武器の運送をしている世界最大級の会社だ。扱っている商品は銃弾、拳銃、機関銃、ミサイル、戦車、戦闘機と一社で戦争を起こせるほど豊富に所有している。さらにはHCLI社は子会社として民間軍事企業を所有していることでも有名であり、死の商人として恥じない仕事ぶりで、世界中にたくさんの死を今もばら撒き続けている。
そんな大手メジャーな死の商人が犯罪都市ロアナプラの港に停泊している。
俺が知る限りでこれほどまでに最悪の組み合わせはない。
せいぜい、非力な俺が出来ることといえば、いつ爆発するかわからない爆弾を核爆弾たっぷりの火薬庫の中に放り込む――そんな核爆発級のトラブルがこの街に起こらないこと願うことぐらいしかできない。
すでに、HCLI社はその爆発の威力を港に着く前に、俺たちに垣間見せてくれた。
煙を上げてロアナプラの港に向かう輸送船。
犯罪都市ロアナプラの住人にとってコレほどまで美味しいカモはない。
まさに、カモがネギを背負ってやってきたというやつだ。しかも、わざわざご丁寧に鍋まで持って料理する手間すら省いてくれている。
もちろん、これが普通の輸送船であったのなら海賊達は今ごろ、意気揚々と戦利品を片手に酒場〈イエローフラッグ〉で浴びるほど酒を飲んで
たくさんの女をはべらせていたことだろう。
まあ、少なくとも彼等が生きていたであろうことに違いない。
しかし、今回ばかりは相手が悪かった。
白い煙を上げて港へ向かってくるHCLI社の輸送船。それを追いかける十二艘、所属もバラバラの海賊たち。普通の輸送船なら俺が乗っていた船がやられたように荷物はすべて奪われ、人員は人質として身代金を請求されるための交渉材料になるか、あるいはぼろ雑巾のように殺されるか。
運がよければ裸で海に放り込まれるか、だ。
だが、さすがHCLI社。ただの輸送船としてはありえない武装の数々で襲い来る海賊のすべてを、まるで巨人が小人を踏み潰すがごとく、圧倒的物量で粉砕していった。
その姿はガトリングガンで次々に敵をなぎ倒すスタローンか、シュワルツェネッガーか。はたまた貿易センタービルを破壊したUFOか。
とにかく、十二艘もの海賊船はまともに近づくことすら出来ずにやすやすと海の藻屑となったのだった。
圧倒的火力と情け容赦のない攻撃にさすがのロアナプラの人間も震え上がったのか、今のところHCLI社の船を襲おうとする気配はない。
それがいつまで続くかはわからないが……。
「〈死の商人〉とはよく言ったものだが、最近は戦争のデリバリーもやっているみたいだぜ、ロック」
俺の同僚にあたるレヴィが未だに燃えている海賊船の残骸に指をさして、鼻で笑う。
「レヴィくれぐれも【失礼】のないように頼むよ。相手はHCLI社の社長の実子でもあるココ・ヘクマティアルだ。もしも、粗相があって万が一、ココ・ヘクマティアルが殺されるなんてことになったら、此処はすぐさまグランド・ゼロに早代わりだ」
レヴィは手をひらひらさせながら「わかってるって」とへらへら笑った。
「以前もココ・ヘクマティアルと仕事をしたそうだから、大丈夫なんだよな?」
「ああ、あの時は直ぐに終わったからな。まあ、アタシはずいぶんなものを売りつけられたけどよ」
レヴィが眉間にしわを寄せて明後日の方向を向く。どうやら、よほど思い出したくない物らしい。
「へえ、一体何を買わされたんだい。レヴィ?」
「さあな……」
「武器……じゃなさそうだし。まさか、化粧品とか?」
俺はレヴィをからかうつもりで笑いながらいった。普段から化粧をする――血化粧はいつもしているが――気配のないレヴィと化粧品の組み合わせは考えられない。
いつも、腰にぶら下げた二丁のデカブツをいじるか、酒を飲むか、金を賭けるか。そんなロアナプラ的健康生活を送っているレヴィが化粧の組み合わせはありえない。
俺流の活かしたジョークのつもりだった。
君子危うきに近寄らず、とは言うものもこのロナアナプラは踏まなくっても爆発する、地雷原そのものだ。一歩ふみだしても爆発するし、何もしていなくても爆発する。
レヴィは腰に二丁ぶら下げたソードカトラスが収められているホルスターに手をかけた。
「おい、ロック」レヴィがずかずかと近づいてきてソードカトラスの銃口を俺にむけて笑う。
「これ以上うだうだ言うんなら、てめえの小さいケツの穴を鉛球で拡張してから、何個か糞がしやすいように、ケツの穴増やしてやろうか?」
俺は両手をあげて降服のポーズをしながら、笑う。
笑うしかないから、笑う。
俺が昔住んでいた日本なら銃が出てくるだけで一大事だ。しかし、ここロアナプラでは銃は子供のおもちゃ、銃声は子守唄みたいなもので【あって当たり前】のものだ。
だから、ここでレヴィが銃を抜くのも見慣れた光景なのだが、俺たちの客になるココ・ヘクマティアルの前ではやめてほしい。
いくら稼いだ金の使い道がない俺でも、せっかく入った仕事がなくなるのは、さすがにいい気持ちはしない。
俺はただただ困ったように笑って「悪かった」と素直に謝った。
どんなに理不尽な理由であろうと、道理が通らなかろうが、女性が怒ったときにはすぐさま謝る。これは、全世界共通の男の処世術だろう。
レヴィはそんな俺の態度に呆れてか、大きく舌打ちをしてきびすを返す。
これで、依頼が破棄されることはなくなったようだ。
それに俺の寿命も延長されたようだった。
「まあ、化粧してドレスを着たレヴィを見てみたいきもするけど」
俺の足元に銃弾が飛ぶ。
俺は思わず蛙のように飛び跳ねた。幸い俺の身体に風穴はあいていなかったが、俺の股の下にはコンクリートにめり込んだ鉛球が煙を上げていた。
「次は、ない」
レヴィに聞こえないようにつぶやいたつもりだったのだが……。俺は一瞬、レヴィの顔が上気していたような気がしたが、たぶん俺の気のせいだったのだろう。
「いやー、お久しぶりですー」
学芸会のそれに近いような、なんとも感情の入りきっていない台詞が頭の上から降ってきた。
港に停泊したHCLI社の輸送船から白銀の髪を腰まで伸ばし。真っ白なスーツを着た令嬢――と思わせるだけの上品な空気を見に纏わせている女性、ココ・ヘクマティアルが船に備え付けてある階段から下りてきた。
その顔は昔見たときよりもずっと大人びていた。と、言っても俺が見たのは資料に添付されていた写真で、この年齢で武器商人をやっているのか、と驚いた覚えがある。
「始めまして、ミス・ヘクマティアル。俺はラグーン商会から来ました、ロックといいます。そして、こっちが――」
「お久しぶりです、レヴィさん?」
ココ・ヘクマティアルがレヴィをみてにっこりと笑う。俺はなんとなくその笑顔の奥に、妙な緊張を感じた。
「久しぶりだなあ、嬢ちゃん。この前のブツのおかげでお肌ツルツルだ」
レヴィが厭味たっぷりに俺の肩に肘を乗せて「今回は子供銀行じゃなくても良さそうだな」と悪態をついて睨んだ。
「そういえば、以前いっしょに仕事をしたそうで。 ミス・ヘクマティアル?」
俺は悪意はない、という意味で右手をさしだした。
「ええそうですよ。ミスター・ロック」
ココ・ヘクマティアルは俺の右手に左手を添えて柔らかく握手を返す。
さすがは武器商人。自分の美貌すら武器にするのか、と妙に感心してしまった。
「では、ミスター・ロック。さっそくラグーン商会の事務所につれていって頂いてもよろしいでしょうか?」
ココ・ヘクマティアルはそう俺に伝えるときびすを返して一緒に下りてきた部下に何か指示を出している。
「おい、レヴィ」俺はとうとうタバコを咥えはじめたレヴィへ、ジッポライターに火をつけて差し出した。
「ああ、わかってる。手はださねえよ、今は」
レヴィは「今は」というところを強調してから、タバコの煙を吐き出した。
「ミスター・ロック、よろしいですか?」
部下に囲まれたココ・ヘクマティアルが手を上げて俺を呼ぶ。下心のある男なら彼女のルックスと、佇まいでいくら高い値であっても、言い値で買ってしまうだろう。
「私と、部下三人。あわせて4人でお伺いさせていただきたいのですが、よろしいでしょうか?」
ココ・ヘクマティアルは自分の周りにいる三人の部下を紹介してくれた。
眼鏡の東洋人トージョ。眼帯をつけた女軍人、バルメ。そして、銀髪の少年兵、ヨナ。
バラエティ豊かといえば聞こえはいいが、どう見てもこの場にそぐわない少年兵の姿に、俺の心はざわついた。
俺はヨナと呼ばれた少年兵の姿に記憶の底から、黒いものが首をもたげるのを感じて目をそらしたが、遅かった。
どうやっても、思い出す。いや、忘れてはいけない【可哀想な双子】。誰かが少しだけやさしければ助けられたかも知れない、二人の事を。
「あの……ミスター・ロック?」
「ああ、すいません」俺はココ・ヘクマティアルの声で現実に戻された。それでも、心臓に杭が突き刺さったかのような痛みは消えないようだが。
「じゃあ、アタシは後からそっちに合流するぜ」
レヴィはタバコをふかしながら、HCLI社の船を見上げて言った。
「いいのか、レヴィ?」
「どうせ、お前の車じゃ四人乗るのが限界だろ。それに、お客さんを特等席〈トランク〉に乗せるわけにはいかねえしな。まあ、ロック。お前を乗せるって手もあるが」
「ところでミスター・ロック」
俺の車に部下とともに乗り込んだココ・ヘクマティアルが子供っぽい笑みを見せて俺に話しかけてきた。
「失礼ですが、あなた日本人ですよね?」
俺はいつ出てくるともしれない、ロアナプラ名物の一つ、悪質な当たり屋に注意しながら「ええ」と短く返事をした。
「やっぱりそうですか! ちなみに隣のトージョは元自衛隊員だったんですよ」
ココ・ヘクマティアルは俺がイメージしていた武器商人にそぐわない、明るい声を出して、好奇心旺盛に目をキラキラさせている。
「どうも」と助手席に座る眼鏡をかけたトージョが俺に軽く会釈をする。俺も彼に釣られて頭をさげてから、ふと笑ってしまった。
「お互い、日本人であることは捨てられそうにありませんね」
俺の言葉に、トージョは目を細めて「そうですね」と大笑いをして頷いた。
俺たち二人の日本人のやりとりに、後ろの席に座っている三人は、頭の上にクエスチョンマークをつけたまま固まっていた。
「何で平和の国の日本人が、こんなところに?」
銀髪の少年兵、ヨナが車の外を流れる風景を退屈そうに眺めている。
彼のその言葉に悪意がないのはわかっていながらも、俺は平和な日本に生まれてしまったことに、改めて罪の意識を感じた。
俺が住んでいた平和の国、日本。銃を見る機会など無く、子供は学校で学び、遊ぶ。ほとんどの人たちは戦争とは無縁の生活を送っている。
ここ、ロアナプラとは正反対のところだ。
だから俺はロアナプラで、日本人と生きていることに後ろめたさを感じずにはいられない。
「色々あったんだよ。色々とね」
俺はルームミラー越しにヨナ君のまだあどけないその横顔に、死んだ双子の面影を思い出す――俺は記憶のとばりが目の前を覆う前に、他の事を思い出すことにした。俺がロアナプラに来た、いきさつを。
「事務所につくまでの暇つぶしになるといいのですが……」
隣のトージョがチラリと俺を見る。後ろのココ・ヘクマティアルが身を乗り出したのがわかった。
俺はもともと日本人の、国立の大学にでて、一流企業である旭日重工の一人の会社員だった。間違ってもロアナプラのような犯罪都市で違法な運び屋をするような生活は送っていない。
仕事は可もなく不可もなく。
まあ、官僚の兄貴や親父に比べれば見劣りをする人生だったかもしれないが、東京と東南アジアを行き来する生活は、今となっては平和な日々だったように思える。
仕事終わりは居酒屋で、酒を。
ストレスがたまればバッティングセンターで、球を。
そんな俺の人生が大きく変わったのは、ラグーン商会に襲われてからだった。
世界的企業である旭日重工の犯罪の証拠がたっぷり入ったディスクを俺は知らず知らずのうちに運ばされていた。そんな俺が運んでいたチップを狙ったのが、今、俺が働いているラグーン商会だった。
そこからは本当に運命としか言いようがない。
俺を雇っていた旭日重工――俺の上司は機密がたっぷり入ったディスクごと俺を消そうとした。そして、運悪くその消されるリストにラグーン商会の面々が加わったおかげで、俺の人生は決まった。
俺たちを殺そうと追い掛け回す、戦闘用ヘリコプターにラグーン号が積んでいた魚雷をかまし、大団円でめでたし、めでたし。
とはいかなかった。
俺は俺を捨てた上司にキレたし、上司は上司で早々に俺を死人扱いしていた。
すでに葬式の準備まで終わっていた俺が日本に帰れるわけも無く――また、帰る気も無く。
かくして、文字通り生きる屍となった俺は、たまたま見習い水夫を募集していた、たまには、ご法に触れることもするラグーン商会に、めでたく再就職することになったのだった。
再就職先は、ロアナプラにしては優良物件だったが、俺の同僚はどいつもこいつも、自己主張が強いやつらばかりで苦労をした。
一人は黒髪を後ろで束ねた女ガンマン、レヴィ。いつも2丁のベレッタをカスタマイズしたソードカトラスを腰にぶら下げていることから、あだ名は二丁拳銃〈トゥーハンド〉。
俺のボスに当たる、スキンヘッドの筋肉隆々な「タフで知的な変人」黒人の大男ダッチ。俺にロックというあだ名を送ってくれた恩人でブラックラグーン号の船長。
最後に、パソコンと電子戦のプロフェッショナル、ベニー。ウィザード級のハッカーだ。ユダヤ系の白人で車の運転もなかなかなものがある。
そして、俺はこの三人とともにラグーン商会で働くことになった。
そこからは怒涛の日々だった。
毎日のようにサイフはすられるし、買い物ではボラれるし。
マフィア同士の抗争には巻き込まれる、未来から来たキリングマシーンのメイドに殺されかける。
洗脳された可哀相な双子はロシアンマフィアに殺されて、落ち目のヤクザ一家を壊滅させた。
さらにはメイドの狐狩りに、自分の信念を落っことしそうになる。
俺が日本にいたときと唯一変わらないのは、俺が貫くどんなときでもネクタイを締め続ける、ジャパニーズサラリーマンスタイルぐらいなものだ。
今回は切った、はったの鉄火場で、武器商人とお散歩だ。
「本当に、人生は何があるかわからない」俺は口の中でその言葉を噛み締めた。