突如、事務所の壁を破壊して衝撃の登場を告げた一台のアメ車。俺の危険を感知する「直感」がひりひりとアレは敵だと告げる。
車から四人の赤い京劇に出てくるような孫悟空の面をした軍服の男たちが、ぞろぞろ突撃銃を装備して降り、銃弾の的になるであろう自分たちの身体を開け放ったドアで隠す。
俺は不意に、その赤々とした孫悟空の面に、言いようのない違和感を覚えた。
仮面の男達は俺の気などしらず、早々に銃を構え、威嚇の意味を込めた銃弾をばら撒きながら各々間隔をあけつつ、的確に僕らを取り囲もうとしている。
仮面の男達のその動きは洗練されたもので、ロアナプラのチンピラまがいの元軍人崩れの、それとは異なる動きだった。
ヨナもトージョも残りの銃弾はわずかだ。俺はもちろん銃を持たない主義だし、ココ・ヘクマティアルは武器商人のくせに銃を持っていないようだった。
「ヨナ君、下の床を剥いで!」
レヴィが持ち出していないのなら、まだそこにあるはずだ。
俺はダッチが自宅以外の武器の保管庫として、普段使っていない武器を保存している場所を知っていた。運がいいことに、それはヨナの尻の下にあった。ヨナは腰からナイフを取り出し、木と木の隙間にナイフを滑り込ませ、勢いよくひっぺがす。
しかし、ろくに整備もされていないであろう、緊急用の武器が直ぐに使えるのならいいのだが……。
「四十四マグナムが一つと、AK――突撃銃。弾装に弾はたっぷり」
ヨナ君の声を聞いて、俺はひとまず安心した。
とりあえずの賭けには勝った。
もしも、敵に銃弾がなくなったことに気づかれたら最悪だ。自分たちを守る武器はなくなり、せいぜい銃弾が無くなった拳銃をなげつけるか、格闘戦に持ち込んで銃を持つ相手とやりあうか――どちらにしても銃を持った相手に丸腰でケンカを売るのは、賢いとはいいがたい。
それしか手段がないのなら、三十六計逃げるにしかず、である。
確実に俺の寿命は数分伸びた。
いや、数秒かもしれないが。
トージョの拳銃のスライドが開く、銀色の銃身がむきだしになり、ほのかに赤みを帯びているように見えた。
「トージョ、これを!」
ちょうど銃弾を撃ち終わったトージョにヨナがAK四十七を投げ渡す。トージョはそれを手に取ると、手早く銃弾を装填させ、AKを横に薙ぐ。
銃弾が家具だったものに食い込み、血しぶきのように木片を飛ばす。
ヨナがマグナムを一発、二発と撃つが子供の手には四十四口径の銃弾の威力を殺しきれず、ひっくり返りそうなのを必死で堪えている。
仮面の男達はこちらの射撃の腕に怖気づいたのか、勢いのあった銃撃に間ができた。
俺たちはその間につけいるように、中腰の姿勢ですばやく入り口へと瓦礫に隠れながら進んでいく。
仮面の男達もこちらの動きに気づいたのか、フルオートではなく、セミオートで小刻みに銃弾を節約しながら、ココ・ヘクマティアルがいるであろう場所に銃弾を集中させる。
彼らの狙いはどうやらココ・ヘクマティアルらしい。
俺は自分以外に向けられている殺気のわけをわかった気がした。
今、俺に確実に言えることは一つ。今回の襲撃の理由はやはり、ココ・ヘクマティアルが原因だということだ。
確かに、俺たちラグーン商会を狙うならわざわざ事務所に押し入る必要はないし。そもそもこのタイミングで襲う必要はあまりない。
もし、このタイミングでわざと襲ったのだとしたら、アリバイ工作以外の何物でもないが、この犯罪都市ロアナプラで縄張り争いのためのアリバイ工作をする意味はほとんどない。それに、基本的には中立に位置する俺たちを狙う勢力がいる、というのも考えにくい。
まあ、色々なところから恨みを買っているのは知っている。それも、利子をつけたらきりがない青天井だということも。
しかし、少ない可能性を考えてみると、ありえなくはないのが俺たちのポストを狙う新興勢力の運び屋か。だがそれといったやつらが動き回っている、という話も聞いたことがない。
第一、そんなやからがうろついていたらバラライカ辺りから忠告がくるだろうし、そこまでダッチや――ベニーは追いとくとしても、レヴィの勘が鈍っているとは思えなかった。
様々な選択肢を除外して、残された可能性から導きだされる答えはココ・ヘクマティアルを狙う殺し屋か、政府機関か。
どちらにしても、俺たちは巻き込まれた、ということになる。
その分、代金がはずめばいいのだが……。
そんなことを考えていた俺の目の前に銃弾が飛び、俺の意識が現実へと引き戻される。
「ミス・ヘクマティアル! 船にいるあなたの部下と連絡は?」
「私が仲間を呼んでいる間に死んでしまうと思いませんか!」
ココ・ヘクマティアルの怒鳴り声に年相応な女性の顔を感じた俺は、思わず吹き出してしまった。
なんだ、普通の女の子の顔もあるんだ、と。
「ミスター・ロック。笑っている状況ではありません!」
「こんな状況、笑うしかないでしょ」
俺はそう言ってから、緩んだ顔の筋肉を引き締める。
硝煙の煙と拳銃の嵐の中。俺は自分の頭がドライアイスのような、冷たさと、触れれば火傷するような熱が支配するのがわかった。
自分の中の、意識しない自分。
破壊と暴力と、金と汚職と、不正義と犯罪と、絶望と希望と。
知らぬ間に現われる利己的な自分。他人の命を賭け、コールすることになれてしまったロアナプラの住人――。
今まで賭けられた命。その天井知らずの賭け金に見合うだけの報酬はあるのか。
不意に銃声が止んだ。
仮面の男たちの意識が俺たちからそれる。
何かがあったのだ、何かが。
その何かを銃撃から身を隠す俺たちにはわからないのはまずい。
状況の変化にいち早く気づかなければ――。
俺が隠れている瓦礫から顔を覗かせようとした、そのとき。
「伏せて!」
ヨナが叫ぶのと同時に、瞼をとじていても、眼がつぶれしまいそうな強い光と、鼓膜を破らん限りの爆音が背後から轟く。
キーンという耳鳴りに近い音が耳の中に充満し、一切の外音を遮断されたようだ。
俺の見える光景はまるで、無声映画のように音のない、臨場感に欠けるものだった。しかし、それでも一撃必殺の銃弾は飛び交っている。
「スタングレネードか」俺は誰に言うでもなくつぶやいた。もちろん、そんな自分の声も聞こえはしなかったが。
タングレネードとは大音響とすさまじいほどの閃光によって、敵を一時的に無力化させるための武器だ。スタングレネード自体に殺傷能力はないが、敵を一時的に無力化することができる、ということで特殊部隊が人質救出の際に使われるらしい。ということをレヴィが言っていたのを俺は思い出した。
ならばスタングレネードを投げ込んだのは誰だ――。
俺は銃弾で穴が開いた瓦礫の隙間からこっそりと様子を伺う。
無声映画のように音の無い目の前の光景は場感と現実味に欠けている。
しかし、そこを飛び交う一撃必殺の銃弾はあいも変わらず飛び交ってはいるが、その向きが変わっていた。
仮面の男たちの銃口の向きが俺たちから、新たな敵へと。
仮面をつけた男たちの、側面から叩き込まれる銃弾は効果的だったらしく四人いた仮面の男たちの数が、一人、二人と減っていく。
さらにそこに、ヨナ、トージョの援護射撃が加わり。仮面の男たちは十字砲火を浴びて今までの勢いをそがれていく。
三人目が肩に銃弾を受け、のけぞり。それに動揺した四人目も脳天に銃弾を打ち込まれその場に崩れ落ちた。
まだ俺は耳鳴りがしていて、誰が何をやっているのかわからない状況ではあったが、新しく現われた敵が銃撃をしてこないことを素直に考えると、俺たちにとって敵ではない、ということが判明した。
敵の敵は味方か――。
このタイミングで現われた、ということはココ・ヘクマティアルの取引に関係する人間なのかも知れない――そんなことを頭の片隅で考えながら俺は瓦礫からゆっくりと頭を出す。
徐々に耳鳴りが収まってくる。まだまだはっきりと音は聞こえないがぼんやりと俺の頭は状況を理解し始めた。
ココ・ヘクマティアルも隠れていた瓦礫から姿をあらわす。ヨナとトージョは五体満足なココ・ヘクマティアルの姿に安心したのか、若干緩んだ顔をして、ココ・ヘクマティアルの元へと早足で向かう。
俺は俺と同様にまだよく耳が聞こえていないであろう、ココ・ヘクマティアルに対し指で外を指し、早く出ようと急かすようなジェスチャーをした。
ココ・ヘクマティアルもそれに同意するかのように大きく頷く。
ヨナ、トージョが銃を構え、周りを見回しながら先を歩く。俺とココ・ヘクマティアルはそれを見届けてからヨナとトージョの合図を確認してから外へ出た。
元事務所であり、倉庫でもあった一階はその骨格だけを残し、見事に瓦礫の山と化していた。
俺はその姿をみて「またか」とため息を吐いた。
ココ・ヘクマティアルは落ち込んでいる俺に一瞥くれると、なんとも例え難い顔をしながら笑った。俺は彼女に「いつものことですよ」と苦笑いで返す。また、彼女は複雑な顔をして笑っていた。
「えーところでミスター・ロック」
若干、聞こえずらい彼女の声に俺は耳を傾ける。
「あの方はあなたのお知り合いですか?」
ココ・ヘクマティアルの指差す先には、女性用のビジネススーツに身をつつんだショートカットの女性が『敵意はない』と言わんばかりに突撃銃のトリガーガードに指を引っ掛けてホールドアップしたまま俺たちに笑いかけていた。
「はじめまして、ミス・ココ・ヘクマティアル。私の名前は虎〈フー〉、今回の武器の取引をする予定だったものです」
フーと名乗った女性は突撃銃を肩にかけ、ココ・ヘクマティアルに握手を求めた。
「これは、お初にお目にかかります。フーさん――」
ココ・ヘクマティアルの言葉を遮り「とりあえず、ここを離れるのが先決です」と彼女を自分が乗っていた車へと誘導する。
「私の部下もご一緒して、よろしいでしょうか?」
ココ・ヘクマティアルは再びニコニコとした笑顔を顔に貼り付けて言う。フーも「もちろん」と笑顔で返した。
「おうおう、ずいぶんとめちゃくちゃにしてくれたぜ」
「こりゃあ、また修理しないとなあ。ダッチ」
「もしかして、いつもこんな調子なんですか?」
きき慣れた声に俺は振り返る、そこには一階の瓦礫を蹴り飛ばしながらこちらへ向うダッチとレヴィ。それからココ・ヘクマティアルの私兵のバルメの姿があった。
「無事で安心しました」とココ・ヘクマティアルはバルメの姿と、ついでの二人を見て胸をなでおろしたように見えた。
ところどころ擦り傷を負ったダッチと無傷のレヴィ。そして、頬と腕に深めの切り傷を負った以外は元気そうなバルメを見て俺は少し驚いた。
近接戦闘ではロアナプラでも一、二を争うシェンホア相手に片目でありながら、まともに遣り合って無事で済んだ彼女の腕はかなりのものだと感心した。
「で、そこのスーツ女は何者だ?」
レヴィが目つきの悪い目を細めて、フーにガンを飛ばす。
ダッチはレビィに同意したといわんばかりに、ショットガンのトリガーに指をかけた。
「ココ、どうやらぼやぼやしているヒマはないようですよ……」
バルメの視線の先、数メートルには黒塗りの車のボンネットに、京劇の役者が被る髭の生えた派手な関羽の仮面をつけ。柄の長い槍の先端に青龍刀をつけた男がこちらに向かっているのが見えた。
「おいおい、嘘だろ……」
トージョは関羽の姿をみて口をあんぐりとさせている。
トージョが驚くのも無理は無い。さっきは西部劇で、次は銃撃戦。そして今度は京劇。
今回ばかりはロアナプラでの生活に慣れた俺でもさすがに驚いた。
「俺はここに残る。二人はココを守れ!」
トージョは膝をついて迫りくる関羽が乗った車のタイヤに銃弾を狙うが、火花を散らすばかりでタイヤに銃弾がめり込む様子はない。ノーパンクタイヤを装備しているとなれば車自体も強化されているのは確実だ。となると銃口の小さい銃弾だけで迫る車を停めるのは不可能に近い。
「ココ・ヘクマティアル急いで!」
フーは髭をたなびかせる関羽に突撃銃で銃弾を打ち込みながら、ココ・ヘクマティアルを強引に車の中に押し込む。それにあわせるようにバルメ、ヨナが銃口を関羽に向けて銃弾を打ち込みながら、車に乗り込んだ。
「そこのあなた」俺は運転席に乗り込んだフーに呼ばれ振り返る。
「三合会のホテルまで運転して」
フーの言う運転できるか、という意味はそのままの意味ではなく。なるべく正規のルートから外れたルートで地元の俺が後ろの車を撒けという意味だ。俺は後ろからレヴィに「さっさと行け」とけしかけられ、しぶしぶ運転席に座ることにした。
「あとで三合会のホテルに!」
俺はレヴィたちにそう叫ぶとアクセルを思い切り吹かし、車を走らせる。
急な加速に俺は思わず後ろにのけぞりそうになるが、それを堪えてギアを変え、さらにアクセルを踏む。
しかし、俺が乗る車が最速のギアに入る前に、直ぐ後ろに関羽が乗った黒塗りの車がどんどんと迫ってきていた。
助手席のフーが黒塗りの車に銃弾を放つが、一瞬赤い火花を咲かすだけで車の運転を止める力は無いようだ。
後ろの車との距離がどんどんとつまる。その距離は数十センチまで縮まった。
俺はルームミラーから関羽の仮面をつけた男が荒れた路面を走る黒い車の上に起用にたちがあると、一瞬身体を屈めて消えるの見えた。
俺たちが乗る車に『ズシン』という重量が加わる感覚と屋根がへこむ。
「嘘でしょ!」
ココ・ヘクマティアルが叫ぶのと同時に長い刃が俺の顔の横をかすめた。
関羽の仮面をつけた男が俺たちの車の屋根に飛び乗ったのだ。
それこそ、三国志最強の男。関羽が馬から馬へと飛び乗り、敵をなぎ倒すように。
さらに車の屋根がゆれる。
ヨナとバルメは銃弾を屋根へと放つが関羽はその銃弾が飛び交う範囲から逃れつつ、刃を突き刺す。柄の長い青龍刀は屋根をやすやすと貫通し、車のソファーを軽々とえぐる。バルメとヨナ、ココ・ヘクマティアルは車の壁に張り付きなんとかその刃から逃れたが、そう何度もできることではない。
まるで俺が子供のころに日本で遊んでいたナイフをさしたら人形が飛び出す玩具のように、このままつづけば誰かに刃が突き刺さることになる。
俺はハンドルを右に左に、揺らしながら屋根の上で青龍刀を突き刺す男を振り落とそうとするが、男は青龍刀をさらに深く突き刺し、柄の部分につかまっているのか一向に落ちる気配を見せない。
しかも、後ろから俺たちを追っていた車が俺たちの車のリアバンパーに車をぶつける。
俺は後ろからの激しい衝撃でハンドルに顔面を撃ちつけた。
「共産党の犬が!」
フーは銃弾を屋根に向かって撃ちながら恨めしそうに叫んだ。
俺はさらにアクセルを限界まで踏み込む。
車のメーターはもうすぐ百キロを越えそうだ。
俺はアクセルから足をはなし、ギアをバックにいれブレーキを踏みつつ、ハンドルを右に限界まできる。俺が乗る車は車体の右部分をぶつけ、車体を家の壁に擦りつけながら方向転換をする。
急な制動と遠心力で上にのっていた関羽の仮面をつけた男は青龍刀を突き刺したまま、車から転げ落ちたのがサイドミラーから見えた。
後ろから追っていた車も、その男を引きそうになり、慌てて急停止したのが見えた。
「な、なんとかなりましたね……」
俺はルームミラーで後ろの車が追ってこないのを確認すると、ネクタイを緩めながら車のアクセルを踏み込み三合会の経営するホテルへと急ぐ。
「なかなかの腕ですね、ミスター・ロック」
ココ・ヘクマティアルはきれいだった銀髪をぼさぼさにしたまま、安堵のため息を吐いた。
「とりあえず、コレ抜かない?」
ヨナが突き刺さったままになった青龍刀を見上げながら誰にともなく言った。