暗夜之礫   作:すいませんorz

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第七話 不求同年同月同日生 但願同年同月同日死

血と硝煙の匂い。幾度と無く戦場に赴き、その度に洗い流すその臭いは私の身体にしっかりと染み付いてしまって取れない。

その臭いに私は嫌悪感を抱きながらも、女としての幸せな人生を歩めずにいる自分をなじりたい気分だった。

 

こんなときに王がいたら――。

 

私は自分で自分の身体を抱きしめながら、そんなことを考えている【女】の自分を笑った。

 

男の身体を求める、という自分が女であるという証拠に「虎」と名づけられた私は未だに慣れないでいたからだ。

私が幼いころから、私の身体は弄ばれるだけの存在で。自分に与えられた性を楽しむということは最近まで苦手だった。

 

頭からお湯というより熱湯に近いシャワーを浴びながら私は、シャワールームでうずくまっていた。戦闘で火照ってしまった身体を熱いシャワーで慰めながら、京劇の仮面を被った男たちはどこから来たのかに思考を巡らせる。

 

 

やはり、私たちの中にスパイが紛れ込んでいる――。

 

私は今回のココ・ヘクマティアルを襲撃した仮面の男たちは人民解放軍がよこしたものだろう、そんな確信が私にはあった。

私が泊まっている香港アフィア【三合会】のホテルも上へ下への大騒ぎとなっていた。

 

今回、私たちを襲撃した仮面の男たちの何人かは三合会の末端に所属していた、ということをロアナプラ三合会のボスである張から聞いたのは、つい先ほどのことだった。

 

私の所属する「開放革命軍」のスポンサーの一人が三合会のお偉いさんの一人であったため、今回の武器の取引のためにロアナプラに滞在することになった私たちの世話をすることを強引に決められてしまった張は、当初は私たちに協力することをめんどうに思っていたようだ。

 

しかし、今回のココ・ヘクマティアル襲撃で三合会内部にいた裏切り者の判明を喜んだ張は「膿を出し切るにはいい機会だ」と笑顔で私に言った。

 

食えない男だ――。

 

私は常にサングラスをかけ、本心を覆い隠す張のことをそう思った。

 

だが、裏切り者は三合会内部だけではない。

今回の取引が人民解放軍にばれていたのは私たちの内部にも裏切りものがいたからだ。

 

私にはそれがどうしようもなく不安だった。

 

 

今回、ココ・ヘクマティアルとの武器の取引は開放革命軍にとっても大きな意味を持っている。

 

それは未だに義勇軍の域を出ない我々が、軍としての確かな兵装を持ち。他の革命ゲリラから脱却することに繋がるからだ。

 

大きな軍事力は大きな政治力を持つ。

 

我々が今回の取引で得た武装により、一つの少数民族自治区を開放する、それが我々の第一の目的だ。

一つの自治区を人民の手に開放することにより、我々は強い政治力を持って中央政府との本格的な交渉の地盤を作る。もちろん、我々の交渉に中央政府が乗ってくることはないだろう。

 

 

しかし、真の目的はそれを大々的なニュースにすることだ。

 

中央政府は我々を恐れるあまり、交渉すらできない、と。

 

その結果、中国全土でくすぶり続ける革命の火は我々の決起により、より強い炎となり中央政府打倒へと一気に加速するだろう。

 

そのための足がかりとして、ココ・ヘクマティアルが我々にもたらす豊富な武器は絶対に必要なのだ。

 

 

武器は人を魅了する――。

 

 

たった一丁のカラシニコフですら武器を持たぬものからすれば十分な脅威となる。それが十丁、百丁、千丁、となれば人の心はたやすく動く。

 

武器が人民の心を変えるのだ。

 

 

ココ・ヘクマティアルとの取引で得る大量の銃器は我々の同士を加速度的に増やし、計画を推し進める巨大なうねりへと変わるだろう。

 

そして、その力があれば汚職で腐りきり、士気も低く弱いものにしか力を振るえない人民解放軍を打ち倒すことも可能になる――。

 

そのためにも、今回の取引に失敗は許されない。

 

私は不安と怒りで震える自分の身体をさらに強く抱きしめた。

いつも王が私にしてくれるように。

 

すでに取引の情報は人民解放軍に漏れてしまった――ということは変えようの無い事実だ。

 

今まで秘密裏に進めてきた計画が、たった一回の失敗で水の泡となる。なんとしてもそれだけは避けなければならない。

 

しかし、現在の状況は最低でこそあるが、最悪ではない。

 

 

ココ・ヘクマティアルの船がロアナプラの港に停泊することは、我々も予測はしていなかった。

 

「今ならまだ巻き返せる」

 

私は自分の言葉を噛み締める。

 

予想だにしないトラブルというのは、失敗できないときにこそ起きる。

 

これは私の経験則だった。

普段から偵察を行い、入念に準備をいざ実行に――という時に限って思わぬトラブルが起こる。運命の見えない力、とでも言うような不可解な力が働く、ということを私は戦争の中で何度かあった。

 

その日に限って、ターゲットが来ない。

 

その時に限って、味方が負傷する。

 

その場に限って、人が死ぬ。

 

 

普段なら有り得ないということが、何故か起こる。

 

そういう時は、そういうものだと割り切るしかない。

 

その時にトラブルが起これば作戦を変えるか、日にちを変えればすむ。しかし、その日しかない、というときには大きな代償を払う覚悟で作戦を遂行させねばならない。

 

結果、私は今まで何十という部下を殺してきた。

死んでいった彼らのために、今回だけは失敗は許されない。

 

私は視線を感じた。

 

いつものことだ、と思いシャワーを浴びたまま目を閉じる。

まぶたの裏に、今ままで殺した彼らの顔が次々に浮かぶ。

 

父、母、兄、大兄、同士。

「わかっている」私は誰に言うでもなくつぶやく。

 

いずれは私も、その代償を払わなければならない。しかし、それはまだ今ではない。

 

記憶の闇が、私を襲う――。

 

 

 

それは私が暗夜之虎を離れるときのことだった。

 

 

母を殺した私は暗夜之虎の隊長である大兄〈ダーグー〉と呼ばれていた劉に戦士として育てられ――いや、戦士として調教されたというのが正しい。

 

時には部隊の慰み物として扱われつつも、私は部隊の中で訓練をつみながら、着実にその殺戮の才能を伸ばしていった。

 

最初の三年間は地獄だと思った。

 

幼少から黒子供〈ヘイハイズ〉として働かされていた私でも、毎日のように続く過酷な訓練と部隊の慰み物としての扱いは、きついものがあった。

 

殴られ、蹴られ、罵られ。

 

その繰り返しの地獄のような日々の中ですごした三年後。本格的に戦士として戦場に出たとき、私はその才能を遺憾なく発揮した。

 

年齢的にはまだまだ少女にしか見えない私は、暗夜之虎の隊長であった劉の指令により、反共産党組織にスパイとして潜り込むこととなった。

 

さすがに少女にしか見えない私を人民解放軍のスパイと思うものはおらず、私の初めての潜入活動はうまくいった。

 

私は数ヶ月その組織の中で、革命の熱に当てられた女学生のフリをしてすごした。

彼らは私の行動にいっさいの疑いも無く受け入れ、そして私に裏切られた。

 

私は彼らがテロを行う前日に、秘密裏に組織のリーダーを殺し。彼らが知らぬ間に情報を劉に伝え、組織を壊滅させた。

 

 

私のはじめての任務は拍子抜けするほど簡単に終わった。

私に組織を壊滅させられた彼らは、テロを行うにはお人よし過ぎたのだ。

 

その日から私は暗夜之虎で「裏切りの虎」と呼ばれるようになった。

 

それからの私の仕事は共産党にたて突く組織に潜入し、情報を暗夜之虎に流し壊滅させることになった。

 

 

そんな私を開放革命軍の創始者である、王は変えてくれた。

 

誰かのために戦う喜び、正義のための戦いの充実感を彼は教えてくれた。

 

 

私が開放革命軍の王にあったのは、私が二十歳を過ぎたころだった。

 

私はそれまでにいくつかの反共産党組織を壊滅させていた。

私はそのときも今までの潜入任務同様、簡単にかたがつくと思っていた。

 

実際は私の人生を大きく変えることになったのだが……。

 

王は私の嘘を見破った初めての男だった。

私が彼の仲間を脅し、強引にまだ「開放革命連盟」と名乗っていたころの開放革命軍にいつものように潜入した。

 

しかし、私と初めて会った彼は力のこもったその目で、私が人民解放軍の一員だということを見抜いた。

 

そのとき私は死を覚悟した。

 

裏切り者の末路は決まっている、死ぬか。二重スパイになるかだ。

 

私は暗夜之虎に育てられた。

 

幸せというには程遠い日々だったが、親を殺し、故郷を捨てた私には暗夜之虎しかなかった。

 

私は二重スパイになることを拒絶し、殺されることを選んだ。

 

だが、王は私を殺さなかった。

 

私にはそれがとても不思議だった。

王は私に監視もつけず、誰にも私がスパイとも告げずただ彼のそばにいさせた。

 

不可解な王の行動に私は混乱した。

 

私の混乱すら王の策略かと思うほどに。

 

王は開放革命連盟の活動をしつつ、彼は私と暮らすことを強要した。

 

そのときの私が王に「なぜ」と聞くと彼は困ったように力のこもった目をそらして「一目ぼれだ」とつぶやいたのを今でも私は覚えている。

 

 

王は国家転覆という激しい思想を持ちながら、それに似合わない穏やかな生活を彼は好んでいた。

 

当時の彼は今まで私が殺してきた反共産党組織のリーダーの誰とも違う、心に大きな志を秘めた、やさしい人物だった。

 

熱病にうなされるように現状にただ不満を言いながら「革命、革命!」と叫んでばかりいた他の男たちとは全く異なる人種だった。

 

私は王と共に暮らしながら、様々なことを彼から教えられた。

 

料理の作り方、映画の楽しみ方。女としての幸せ。

私はどんどんと彼に惹かれていった。

それは今まで私が感じたことが無い感覚だった。王といると、頭の中がふわふわとした綿菓子のように軽く、陰鬱とした任務の日々を忘れさせてくれた。

 

私は胸が苦しくなる始めての感覚を病気かと思い、王に相談したら「それは君も恋しているんだよ」と笑われた。

 

 

ああ、これが恋なのか――。

 

私は目を開けて、熱を帯びてけだるくなった身体を立ち上がらせる。

蛇口を締め、お湯を止め、水滴を身体に貼り付けたままシャワールームから出る。

 

シャワールームに備え付けてあったタオルを乱暴に身体に巻きつけながら、私は濡れた身体のままベットへ倒れこみ、再び目をつぶる。

 

 

私は王と数ヶ月いっしょに生活し、決意を決めた。

私は「裏切りの虎」として暗夜之虎を裏切ることに決めたのだ。

 

私が夜之虎を裏切ることはそう難しいことではなかった。

 

実は私の存在は暗夜之虎していたときも、戸籍の無いヘイハイズとして扱われていたのだ。

 

結局のところ私は最初から最後まで、生まれていないものとして扱われていたのだ。

 

私に与えられた虎〈フー〉という名前は所詮コードネームでしかなかったことを私は暗夜之虎を裏切る前から知っていた。

 

 

それは私が部隊の長である劉を殺す大きな理由の一つになった。

 

私は今の裏切りの虎としての生活の先に自由な世界が待っていると、心のどこかで信じていたからだ。

 

だからこそ、心を無にして何人もの人を裏切り、殺し、自分を今まで生かしてきた。

 

しかし、結局のところ私は共産党にとって便利なコマでしかなく、任務のたびに与えられた名前や、作られた個人情報はその場限りの偽装されたもので、実際に私に与えられた生まれてきた証拠は今までも、そしてこれからも存在しないということを知り。私の暗夜之虎への忠誠心はすでに消えていた。

 

その夜、私は暗夜之虎の長である劉を殺した。

 

「裏切りの虎が!」

 

それが劉が私に言い残した最後の言葉だった。

 

それから私は暗夜之虎から逃げるため、そして王に迷惑をかけないよう彼の側から離れ姿を隠した。

王から離れた私の心は今まで受けたどんな傷よりも、深く心をえぐった。

 

姿を消した私は暗夜之虎で鍛えられた能力を活かし、反共産党の組織へ潜り込み戦士として戦った。

王への気持ちを忘れるかのように、私は激しい戦いに進んで身を置いた。

 

血、硝煙、死体の臭い。私の身体はそれらの臭いを吸収し、その臭いを身体へと染み付かせ、私の体臭へと変えていった。

 

私の体臭が戦場の香りと変わらなくなるほどの月日が過ぎたころ。私が所属していた反共産党組織は開放革命連盟と手を結ぶことになった。

 

私はその話を聞いたとき王の顔が私の脳裏に浮かんだ。

ああ、私はまだ彼に恋をしているのだなと思い、顔が熱くなるのを感じた。

 

当時の私は彼に会いたい気持ちと、彼から逃げたい気持ちで頭がつぶされた脳しょうのようにぐちゃぐちゃになっていた。

 

きっと正常な判断ができなかったのだろう。結局、私はその組織から抜けることができなかった。

 

それは正しかったと今の私は思っている。

王は私に会うやいなや私の身体を強く、本当に強く抱きしめてくれた。

久しぶりに会った王の力強い目は変わっていなかったが、体つきはゴツゴツとした戦士のそれになっていた。私を抱く彼の力もまた以前よりずっと強くなっていた。

 

彼は今まで解放革命連盟のリーダーとしてだけでなく、現場の戦士としても戦っていたと私は聞いて驚いた。戦場とは無縁のやさしい心を持った彼が戦場に出て銃をもつ姿をどうしても私には想像できなかったからだ。

 

それでも一人のリーダーとして戦場で動く彼を見たとき、私の心はざわついた。

 

これではいつか王は死んでしまう――。

 

私は彼を守るため、彼と共に戦場を駆けることを選んだ。

 

王といた月日はあっという間に過ぎていった。

 

私は自分の持てる限りのすべてを彼のために使ったし。王も私にたくさんの愛情を注いでくれた。

死と隣り合わせの日々であったけれども、私は王と過ごせることが幸せだった。

 

そして、彼のもつ魅力に沢山の人間と金が集まってきた。

組織の名前も「開放革命連盟」から「開放革命軍」へと名前を変え、同士を増やし。ついに「海運の巨匠」と呼ばれるHCLI社と大規模な武器の取引を行えるまでに成長した。

 

 

まるで、三国志の劉備のようだと思った。王が世界を変えるのだ、三国志の劉備のように。

 

私は密かに願う。生まれたときは違うとも死ぬときは王と同じであって欲しい。

 

 

死ぬまで彼を守りたい、と。

 

 

私は目を覚ます――。

 

どうやら、私は昔のことを思い出しながら寝てしまっていたようだ。

私は壁にかかっている時計に目をやると、私がベットに入ってから十分もたっていないことに驚いた。

 

私は疲れているのか……。

 

銃弾の撃ち合いをしたばかりの私の脳内はアドレナリンという物質が多く分泌され、極度の緊張状態になった脳はそのストレスから開放されることで、居眠りしやすくなる――。

 

私は王の言葉を思い出しながら、眠気の残ったけだるい身体を持ちあえげる。

 

シャワーを浴びて直ぐベットに倒れこんだときにはビショビショだった私の身体はすでに乾ききっていた。

 

私は自分の身体に巻きつけていたタオルをほどき、裸のまま窓辺に向かう。

 

カーテンを開け、窓をひらく。

 

ロアナプラの湿った夜の空気が私の身体を包む。

 

私はロアナプラの夜景を見つめながら「夜景だけは美しい」と思った。

 

「寝ている場合じゃないよな……」

 

私は湿った髪の毛を夜風で乾かす。

不意に私の部屋に振動音が鳴り響く。

 

私は条件反射で身構えるが、すぐにその振動が携帯電話の着信音だと気づいて、身体の力が抜けた。

 

ベットの上で私の携帯電話が震えていた。

 

私は間抜けな自分の姿に苦笑いしつつ、裸のまま鳴り続ける携帯電話に手を取った。

 

「姐姐〈ジェイジェイ〉、俺です」

 

携帯電話から低い覇気のない男の声がした。私のことをジェイジェイと呼ぶのは開放革命軍の中でも、この男しかいない。

 

「曹、何か分かったか?」

 

曹は今回のココ・ヘクマティアルとの取引で唯一、私が連れてきた部下だった。私たち開放革命軍の部下の中でも、かなりの手練だ。

 

個人の戦闘能力では私を凌ぐほどの実力を持ち、キルゾーン(相手の間合い)に気づかれずに潜入する能力も光るものがある。私は今回の取引に対し曹をつれてきたのはロアナプラで滞在中に敵に襲われたり、私が死ぬという万が一という場合に備えてであり。彼ならば私の代わりになるという、保険だった。

 

そして、今回のココ・ヘクマティアルの襲撃に関して開放革命軍内部の情報を曹に探らせていた。

 

「隊内に動きはないそうです。王に確認を取りました」

「どういうことだ?」

 

私の予想が外れた――。

無意識に携帯電話を握る手に力が入る。

 

「しかし、俺が情報収集で忙しいからって俺を置いていくのはやめてください、心配します」

「どの口でそれを言う?」

 

私は曹の言葉に呆れて怒る気もしなかった。いつものことだと強引に自分を納得させる。

曹は戦士としては優秀なのだが男としては――というか『下半身』はだらしなかった。

 

「で、ロアナプラの女性はどうだった?」

「まあまあです。可も無く、不可も無くってところです」

 

悪びれる様子も無く、曹はつまらなそうに言った。

無口で愛想が無い割には人付き合いの「ツボ」を押さえているのか、色んな人間に好かれる傾向があり。特に女性に関しては「たった一言で女を落とす」という噂を隊内で真しやかに囁かれるほどプレイボーイだった。

 

隊内では彼に女性の落としかたを習いにいくものが後を絶えないとか……。

 

今回、そんな彼の才能を活かしロアナプラでの情報収集を任せていたときに、私はココ・ヘクマティアルがロアナプラに急遽滞在したことを知る。

 

そして、私がココ・ヘクマティアルの身を案じ会いに行ったときには彼女は京劇の孫悟空の仮面を被った男たちに襲われていた――。

私は仮面の男たちを見たときに、中国共産党ならではの嫌らしい大陸的なものを感じた。

 

こいつらは人民解放軍からの回し者だ、私の直感がそれを告げていた。私が気づいたと時には自分が乗っていた車からM16を取り出し仮面の男達に銃口を向けていた。

 

「しかし、さすがはジェイジェイ。いくらココ・ヘクマティアルの私兵の援護があったとは言え、人民解放軍の奴等を退けるなんて」

 

「やはり、奴等は共産党の回し者か?」

 

曹もことの重大さに危機感を感じているのだろう。私の問いに曹は「ええ」と無駄口を叩かず短く答えた。

 

「女――調査の結果から分かったことですが。ここ最近タイ周辺に中国の船の出入りが多かったそうです」

 

「それで?」

 

「ロアナプラの売春宿は基本的には三合会とは無関係なんですが、ここ半年くらい利用する中華系の人間が多くなったらしく――」

「無駄話はいい、要件だけ話せ」

 

私は低いドスの利いた声を出す。

 

「相変わらず短気ですね」ため息混じりに曹がぼやく。

「まあ、要するに香港系の中国人じゃなく大陸系の中国人が増えてたってことです」

 

「今回のことは偶然だと思うか?」

「でしょうね。たまたまココ・ヘクマティアルが来たからやっちまおう、ってところらしいです」

 

曹は一瞬の間を置いて「中国は国家で武器商人をやっていますからね」と皮肉っぽく言った。

 

「大星海公司〈ダーシンハイコンス〉か……」

「あくまで噂ですが今回の件にはCIAも絡んでいるとか、いないとか……」

 

私は突拍子の無い曹の言葉に「……お前、女と一緒に薬でもやったのか?」と呆れてしまった。

 

「ジェイジェイには実感ないかもしれませんが、うちらはかなり有名なんですよ……」

 

「それはどうも」

 

私は曹にそっけなく返事をした。

 

「で、取引はどうするんですか?」

「もちろん変える。私の勘だと、うちにも裏切りものがいる――」

 

「裏切り者ですか?」

 曹の声色が変わる。

 

「ああ、今回のことはたまたまじゃない」

「でも、うちの中じゃそれらしい動きは無かったんですよ?」

 

「裏切り者のことは私が一番知っているのさ……」

 

ふと私は「裏切りの虎め!」と言って死んだ劉のことを思い出す。

 

「ジェイジェイじゃあ、取引はどうします?」

「電話でする話じゃない、部屋に来い」

 

私はそう言い放って曹との通話を一方的に切った。

 

「裏切りの虎か……」

 

強い酒が欲しい、のどが焼けるほどの。

私は出来るなら口の中に広がる記憶という苦味を酒で消したいと願った――。

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