「もーヤダ。あーデ○○ニーランド行きたい」
ココがバルメの大きな胸に顔をうずめて「疲れた~」と何度も言いまくっている。
バルメは頬を赤く染めながら「ココ続きは二人っきりで……」とうれしそうに笑っていた。
「本当にロアナプラってところは犯罪者のデパートだよ」
トージョがけだるそうにソファーでうなだれていた。
僕たちはロアナプラから戻り、今はココの船の遊戯室にいる。
「そりゃあ、そういうところだと有名だからな……」
レームがタバコの煙を吐きながら笑った。
「海賊、香港マフィア三合会にロシアンマフィアのホテルモスクワ。コーサ・のスト等のイタリアマフィアにマニサレラカルテルのコロンビアマフィア。その他いろいろよ、いろいろ。もう、うんざり!」
ココが頭をかきむしりながら天井を見上げて、泣く真似をした。
「イタリアマフィアの連中なんか朝っぱらから武器を売ってくれって、わざわざホテルまで忍び込んできたのよ!」
ココはバタバタと地団駄を踏みながら「非常識、非常識!」と叫ぶ。
「お嬢、こっちもこっちで昨日の夜から今日の朝まで色々な輩が俺たちの武器を狙ってきやがったんだぜ」
ルツは疲れた顔をして眠気ざましにか、苦そうな黒々としたコーヒーをすすっていた。
昼ごろ、僕とココが三合会のホテルからHCLI社の貨物船に戻ったときには血だらけになった船の甲板で皆がデッキブラシを持ちながら「あーだ、こーだ」いいながら掃除しているところだった。
ココが何があったか質問するとワイリは「次から次に俺たちの武器を狙いやがるから皆殺しにしてやったぜ!」と親指を上げてグットのポーズをして、にっこりと笑った。
そんなワイリのうれしそうな顔を見て僕とトージョは「ワイリやばい」と顔を青くした。
ワイリが言うにはチンピラともヤクザともマフィアともつかない連中が貨物船を次から次に襲撃してきたそうだ。
結果はまだ血が残る甲板が物語るように、僕たちの船を襲った連中は全員見事に返り討ちにあったみたいだった。
「でも、本当に噂通りの場所とは思いませんでしたよ……」
「マオはロアナプラについてどんな噂を聞いていたの?」
僕はこの最悪の街が周りにどんな風に思われているのか、不思議と聞いてみたかった。
マオは東南アジア出身の軍人だったので、ロアナプラについて何か知っているだろうと思ったからだ。
「そりゃあ、ヨナくん。ロアナプラは僕の故郷でも有名さ。僕が所属していた軍隊で悪さをして退役した軍人なんかもロアナプラでどこぞのマフィアに所属してる、なんて噂もあるぐらいろくでもないのが集まっていると言われていたんだよ。しかし、実際のところそれ以上とは……」
マオが遠い目をして何かを思い出しているように見えた。故郷の家族のことを思い出しているのかも知れない。
「で、うちの船の連中が船の修理に忙しいようなんだが……」
レームが外の様子を丸い窓から眺めながら言った。
「そうそう、修理がうまくいけば今日の夜にはここからオサラバできるらしい」
ココがため息を吐く。みんなも、ココにつられてため息を吐いた。僕にはそのため息にはいろいろな意味が含まれているんだな、と思った。
「しかし、バルメに手傷を負わせる奴がいるなんてな……」
ウゴが心配そうな顔をしてバルメの頬についた傷跡を指差した。
近接格闘だけで言えばこの部隊でバルメに勝てるものはいない。特に、ナイフを使った格闘術で今までバルメと同等に戦えるものはいなかった。けれども、このロアナプラでバルメと同じか、それ以上の戦闘技術を持った人間に初めて会ったのだ。
その証拠であるバルメの頬に刻まれた深い刀傷を見て、皆心の中では不安に思っている。頼れる仲間の身に危険がせまった。そして、またその相手が来るであろう予感に。
「今度あったら返り討ちにしてやりますよ……」
バルメが口の端を上げて笑う。僕にはそのバルメの笑みに抜き身のナイフのような危うさを感じた。
バルメは昔、自分の部隊を全滅させられ、その復讐のためにそのナイフの腕を鍛えてきた過去がある。その復讐に僕も勝手に付いていったのだけれども――。
今、過去の復讐を終えたバルメにとって、今回傷を負わされたピンヒールの中国女は興味の的であることだろう。
自分の腕を試したいのだろうか――。
僕は心なしか、バルメの身体に今まで以上の活気が満ちているような気がした。
ココも心配そうな目をバルメに向けているのが分かった。
「そうそうみんな、開放革命軍との取引は今夜になったから」
脈絡も泣くココがあっけらかんと言い放つ。
僕を含めたみんながココの言葉に驚いて、あんぐりと大きく口を開けて固まっていた。
◇
赤々とした夕日が海へと沈む。
船の応急修理が終わり、僕たちの船がゆっくりと陸から離れていく。
時期に夜が来る。
僕たちは昼の間に短い仮眠を取り、ご飯を食べ、銃を整備していた。
すべては、僕たちの取引の邪魔をしに襲いに来るであろう敵に備えて。
僕たちが武器の準備を整えている間、ラグーン商会のロックやレヴィが船の部品をもって船の外と中を行き来していた。僕はその光景をだまって甲板から眺めていた。
ときおり部品の確認をするロックが不安そうな目をして僕のことを見つめているのが気になった。
僕たちの船が速度を上げ、その身体を大海へとその身をゆだねていく。
船が波に揺れる、僕たちはひとまず船が無事に動き出したことを確認して胸をなでおろす。
黒々とした闇がじわじわと船とロアナプラを包みこむ。
これからがロアナプラの時間だ、と言わんばかりに人口の光がその輝きを増す。ネオンの光や蛍光灯の光、屋台の光。そして、閃光――。
港から鉛弾がいくつもの光の線となって、遠のいていく僕たちの船に突き刺さる。
港に集まった沢山の人間が銃を片手に恨み言を叫びあっていた。
もちろん、充分に距離が開いたうえに特別に装甲を厚くしてある僕たちの貨物船がそう簡単に銃弾を貫通させることはない。
少なくとも、それぐらいの衝撃で再び船が動かなくなることはないと思う。
「最後まで品の無い街だった……」
ココが小さく呟く。ルツが「あいつら撃ってもいい?」とスナイパーライフルを構えながら冗談とも本気とも付かない口調で言った。
「私もルツに賛成です。ココを侮辱するなんて許せません!」バルメが鼻息も荒く何度も頷く。
「ほら、おいでなすったぞ」
船がどんどんとロアナプラを離れる。島の姿が小さくなると共に、巣穴から出てくる虫のように小型の船舶がぞろぞろと這い出てきた。
やっぱりだ。僕は言葉に出さなかったが内心呆れていた。
次々に現われる小型の船舶はきっと海賊船だろう。そして、彼らの狙いは僕たち積荷とココだ。
僕たちが来たときにも同じように襲ってきた海賊たちがいたけれど、その海賊たちは全員海の藻屑と消えた。今、僕たちに襲い掛かってくる海賊船の運命もすでに決まっている。
僕は自然と銃を握る手に力が入るのを感じた。
ココを怒らせたらタダではすまない。それをここにいる皆が知っている。
ココは「本当にしつこい連中」とうんざりしたようにため息を吐いた。
「ココ、行きますか」
バルメが銃を構えてココに笑いかける。
「準備はいつでもいいぜ」
ルツ、ウゴ、ワイリがココをまっすぐ見つめた。
「それじゃあ、お仕事はじめるとしようぜ?」
マオとトージョが頷き、レームがタバコの吸殻を海に放り投げた。
「ココ」僕はココの顔を見上げる。
みんなの視線を受けたココは満足そうに大きく息を吸いこんで叫んだ――。
「全員行動開始!」
◇
俺は一人、部屋に戻りタバコを吸っていた。
無事、ココ・ヘクマティアルの仕事を終え。それなりの金を得ていた俺は同じく財布の中身が充分潤ったレヴィから飲みに誘われたが断ってしまった。
今日はそんな気分になれなかったからだ。
俺に誘いを断られたレヴィは目つきの悪い目をさらに悪くして、俺にガンを飛ばしてから「つまらねえ奴」と捨て台詞をはいてそそくさと一人、イエローフラッグに酒を飲みに言ってしまった。
俺にはどうしても、このまますべてが終わるとは考えられなかったからだ。
関羽の仮面の男。
フーの所属する開放革命軍。
ココ・ヘクマティアルの武器取引。
ロアナプラで暗躍する人民解放軍のスパイ。
メモ帳のようにびっしりとペンで書きなぐられた壁の文字を見ながら「ある事」を考えていた。
俺の部屋にはタバコの煙が充満し、灰皿には山積みになった吸殻が崩れ落ちそうになっている。
そろそろ換気すべきだな……。
俺はタバコの煙で息苦しくなった部屋の窓を開け夜風を部屋に入れた。タバコの煙が外の新鮮な空気と入れ替わるのを肌で感じながら、俺は外から入ってきたキレイな空気を大きく吸い込んだ。
タバコで澱んだ肺に冷えた夜の空気が入ってくる。
何かを見落としている――。
パズルのピースは出揃った、俺にはそんな気がしていた。
しかし、まだパズルは完成してはいない。
京劇の仮面をつけた男たちがわざわざうちの事務所に押し入ってまでココ・ヘクマティアルを襲ったのは偶然ではない。
そもそも、ココ・ヘクマティアルの輸送船がロアナプラに停泊することになったのは偶然だ。
その証拠に、今日の船の修理でココ・ヘクマティアルの船に細工がされていないことは明らかになった。
ということは、三合会に人民解放軍のスパイが潜んでいたのは無関係ということになる。彼らの本来の目的は香港マフィアである三合会の監視にあったのだろうと俺は推測している。だが、そのスパイたちは自分たちの正体が三合会にバレるのも厭わずココ・ヘクマティアルを襲撃した。
俺はそこに矛盾を感じた――。
なぜ、ココ・ヘクマティアルを殺すのは今でなければいけないのだろうか。
本来、ココ・ヘクマティアルがロアナプラ海域に来た理由はフーの所属する開放革命軍との武器の取引が目的だったはずだ。
ということは、今回のココ・ヘクマティアルとの取引自体はかなり前から計画されていたことになる。
ならばそこから情報が漏れた可能性があるのではないか?
今回、船の偶然の事故からココ・ヘクマティアルと開放革命軍との取引は中止になった。
しかし、根本的に彼女らの計画が中止になったわけではない。
開放革命軍は偶然の事故のせいで取引の変更をする必要に迫られてはいるが、取引自体を諦めたりはしないだろう。
となると、このイレギュラーな状態で一番困るのは誰だ――?
俺は根元まで吸いきったタバコを灰皿に押し付け、新しいタバコにジッポーで火をつけた。
どこまで首を突っ込めば気が済むのやら……。
俺は自分で自分を笑いたい気分だった。本当なら、すでに済んだ仕事だと思って割り切ってレヴィと共にイエローフラッグで酒でも飲んでいればよかったのに。
わざわざ、この件に自分から首を突っ込む必要はない。
それでも、首を突っ込まずにはいられないのは自分の性分以外の何物でもないのだろう。
あるいはフーに命を助けられた恩からか。それとも子供〈ヨナ〉が絡んでいるからか。もしくはその両方か――。
すべてのことを関係ないと割り切ることができれば楽だろう、俺はいつもそういつも思う。
あの可哀相な双子の事も、ロシアンマフィアに壊滅されたヤクザの娘の事も、アメリカに運命を翻弄された幼い当主の事も、関らなければずっと楽だったのだろうに……。
俺は新しく火をつけたタバコの煙を大きく吸い込んで肺に入れた。
だが、今はまだ乗りかかった船から降りる気はない。
夜風とタバコの煙で冷えた俺の頭が再び動き出す――。
ふと俺はフーの所属する開放革命軍内部にスパイがいる可能性を見落としていることに気がついた。
もしも、今回の取引事態がすでにスパイによってバレていて、ココ・ヘクマティアルとの取引に最初から罠を張られていたとしたら、と考える。
それならば三合会内部にあらかじめスパイを置くことも、最初から三合会にスパイとして潜りこんでいたものを使うことも合理的だ。
もともと、ロアナプラ付近の海域で武器の取引を行う妨害工作が目的だったとするのならば、三合会内部にいたスパイを秘密裏に利用しても何の問題もないし、三合会自体にバレる可能性も少なかった。
それがココ・ヘクマティアルの輸送船の偶然の故障により計画の変更を余儀なくされたとしたら――?
開放革命軍内部にスパイが存在することに気づかれたくない何者かが、フーの命を狙うのではなくココ・ヘクマティアルを狙うのであれば、その存在が開放革命軍にバレることはない。更に三合会に潜り込んでいたスパイを使うのであれば、自分の手を汚す必要すらなくなる。しかし、関羽の仮面を被った男による更なる追撃があったということはココ・ヘクマティアル襲撃の失敗は彼らにとって誤算だったということだ。
では、彼らの本来の計画とはなんだったのか――。
そもそも、なぜ彼らは仮面をつけなければならなかったのか?
俺は京劇の仮面をつけた男たちに襲われたときに感じた違和感の正体を考える。
そもそも仮面とは、自分以外の何かを演じるために作られたものである。
仮面が持つ特性は二つ。役になりきるための仮面と自分の正体を隠すための仮面だ。今回の場合は後者の意味を持つ。
確かに三合会にスパイと知られたくないのであれば仮面を被るのは当然だろう。
俺がココ・ヘクマティアルの輸送船の部品を集める最中に情報屋から話を聞いたところ、ラグーン商会の事務所に押し入ってきたほかの連中は見たこともない中国人に雇われたと言っていたらしい。
ということは最近、ロアナプラに来た中国人ということになる。
最近、ロアナプラに現われた中国人で仮面を被る必要がある人間は一人――。
「ロック、わざわざイエローフラッグにまで電話をかけてきて何のようだ!」
ダッチが電話口で鼓膜が破れんばかりの大声で怒鳴る。
俺は耳鳴りがする耳を塞ぎながら「ダッチ、仕事だ」と嘯いた。
「悪いが今晩は店じまいだ」
ダッチが心底めんどくさそうな声を出す。
今回の仕事は楽なほうだった、これで終わりにしてさっさと酒を楽しみたいんだろう。その気持ちは分からなくもなかったが。それでは俺が困る。
「頼む、ダッチ。一生の願いだ」
「おいおいロック。オマエの一生は何回あるんだ?」
なかなかの皮肉だ。俺は思わず笑ってしまった。
「これ以上、あいつらにかまうな。充分な金ももらった、これで壊された事務所を修理してもおつりは来るし、しばらく遊んでくらせるだろうが」
「それはそうだが……」俺はダッチになんと言おうか悩む。確かに俺がやろうとしていることはおせっかい以外の何物でもないのかもしれない。
しかし、このままヨナに危険が及ぶかも知れないのを黙って見過ごすわけには行かなかった。
「あの子供のことならお前が心配することはない。そもそも、あの子の周りに鎌を銃に持ち変えた死神がたくさんいるじゃねえか?」
ダッチがどんな顔をしているのか、俺にはなんとなく想像がついた。
きっとうまく言ったとニヤけた面をしてやがるはずだ。
「それでも、今回はヤバイのが紛れ込んでいるんだよ!」
「……ヤバイの?」ダッチは俺の言葉に興味をもったのか、口調が代わる。
「スパイがいる、それがココ・ヘクマティアルに害を及ぼすかもしれない」
「だからなんだ……と言ってもロック。お前は聞かないからな……」
ダッチが根負けをしたのか諦めたような声を出す。
「もし、それでココ・ヘクマティアルを守れたらその分金はでるよ
な?」
「ロック。悪巧みしても結果が伴うとは限らないんだぜ?」
「そのときは俺が金を出す」俺は力を込めて言った。
「相変わらずお前は……」
ダッチが呆れたようにつぶやく。
「悪いがうちは従業員割引をしないからな?」
「ああ、出世払いで頼むよ」
ダッチは欧米人独特の大げさな笑いをしてから「レヴィ、ベニー大急ぎで仕事だ!」と叫んだ。