「サハリン少将、ご苦労だった」
月面都市グラナダの機動突撃軍司令の執務室。そこには主であるキシリア・ザビがミノフスキー粒子散布下でも使用可能なレーザー通信機器を用いて、サイド3のギニアスとテレビ通話を行っていた。キシリアからすれば、連邦系列の企業などどうでもよかったが、「サハリン少将が企業纏めてくれると助かるな~」という感じで強面ゴリラのドズルに言われれば、重い腰を挙げなくてはならない。
しかし、キシリアの目の前には惑星への軍事作戦や占領軍の書類など山積みになっている。もし、ドズルならば人に任すかもしれなかったが、それもできず。更にキシリア機関である民間諜報ネットワークを束ねる長として、公務以外の書類も処理しなければならず、殆ど働き詰めの毎日である。彼女の秘書は業務別に数十人規模で仕事をさせているが、既に数名は体調を崩し、リタイヤ。
人員の補充と育成も考えるキシリアであったが、猫の手も借りたい程の仕事量はジオンの人手不足を物語っていた。連日仕事に明け暮れる彼女だったが、そんな彼女の覆面からでも分る疲労の色より酷いのは、ギニアスの顔である。頬は痩せこけ、目の下にある隈が黒々と見え、化粧で誤魔化せそうなものだがそうはいかないだろう。早急に医療魔術の調査を進めなければならなかったが、まずはギニアスの報告を聞かねばならない。
「セツルメント国家連合の経済団体連合会の結成までこぎつけることが出来ました。会長をシュウ・ヤシマ氏にするとの意見が集まっています。彼はこちらに好意的ですので、なんとかなるかと」
「私ではなく、君にだろう。だが、私としてはヤシマ氏が会長になってくれるのは朗報だ」
キシリアは覆面の下でほくそ笑む。
シュウ・ヤシマ率いるヤシマ重工業はコロニーを又に掛ける多国籍企業の一つである。コロニー国家レベルの資産を持ち、コロニー建造も担う会社の一つである。ヤシマを冠する兵器開発企業もあるが、転移を受けてヤシマ工業の傘下についている。その影響力は日系企業のトヨタを彷彿させるが、自動車会社のみに情熱を注ぐ技術者集団の彼らと様々な業界に手を伸ばす複合巨大企業とは、全く異なっている。
その影響力は計り知れず、味方にして損はない。
一方、連邦系の企業体は百害あって一利なしの組織だが、その工業的ノウハウや蓄積された技術はジオニックやMIP等のジオン系列企業とは一線を画す。何せ、宇宙世紀の始まり以前、地球連邦前からある老舗企業。
ジオンも系譜を辿れば、連邦の政治家や企業団体も関わってくるが、会社独自のノウハウや継承されてきた技術は門外不出とも言える。嘗ての合衆国がハイテク軍艦の根本技術をブラックボックス化して、同盟国に解き明かせないようブロックしているのと同じである。解析不能なテクノロジーや会社独自のものは幾ら地上に降下して探したとしても、無理がある。それこそ一年だけでは、資源しか奪えないだろう。
しかし、連邦系企業体はレビルなどの連邦軍と太いパイプでつながっている。それも頑丈なほどに。それを考えれば、スパイを身内にするような行為は危ない。だが、地球と同じ環境のあの星では、地球連邦軍の武装が非常に適していた。地上での戦闘を考えていなかったジオン軍はかねてより地球侵攻も視野には入れていた。
コロニーで地上を想定した兵器開発。旧世紀の兵器思想や戦略思想。レーダーを根底とした戦略から有視界戦闘による物量戦。開発した兵器はそのまま上陸した部隊へと供給された。
結果、ランバ・ラルの特務隊がギムでの後退戦を行った際、銃の暴発によって負傷者が数名発生。加えて、不良装填や弾詰まりが発生した。また、MS-06Fが演習中にオーバーヒートを起こして炎上。関節部に砂利やほこりが入り、不調を来す等様々な問題が浮上した。
ドップがマッハ3まで飛ばすと、途中で耐え切れずに空中分解した。
宇宙往来機を改造したガウ攻撃空母はエンジンが二基しかなく、片方が壊れると姿勢制御が出来ない。
マゼラアタックは回転できず、固定砲塔の戦車。とは言うものの、歩兵支援車両の扱いであるため、扱いには苦労するし、物量戦の経験もなければ、低程度紛争しか経験していない宇宙世紀の軍隊が何を考えたのか。「砲塔が回らないなら、飛ばせばいいじゃない」そのため、意味の分からない砲塔のみ短期間浮遊するというトンデモびっくりメカが誕生する。
もっとも、浮遊すると元の車両へ着陸できない仕様となっているため、一旦飛べば整備しなくてはならず、既に砲塔旋回用キットと離着陸用キットが製造元から供給されている。
コロニー内で「これは絶対勝てる」とか思ってても、地上で運用した場合……
「ばっかじゃねーの、誰だよこれ設計したの!」と前線の兵士から殴られかねない。
その報告は地上展開部隊の血涙の滲んだ陳情書して、キシリアの手元にある。さすがに無視するわけにもいかない彼女は、連邦の技術を吸収する意味もかねてサハリン家を使ったのだ。
「私の指名する役員はいれたのか?」
「ええ、中将。ご指示通りにしました。アナハイムとヴィッカーズの役員を」
既に、役員にはキシリア機関の内通者が含まれている。そのため経済団体連合会の情報は筒抜けとなる。
「連邦軍のサポートに回る彼らを見つけられるよう、こちらから議題を出していく。サハリン家は形だけの役員としていてほしい。」
「それは助かります。私には腹芸などできませんので」
ギニアスは甘い笑みを浮かべるが、キシリアには通用しない。
「少将にはこれを頼みたい」
キシリアはパソコンのファイルをギニアスの元へ送る。そのデータは人工衛星を軌道上に設置したときに連邦軍の部隊が展開。その時に撮影した映像とそれを元に見繕ったデータである。
「これは……」
戦闘詳報のデータの他、『赤い彗星』シャア・アズナブル少佐の戦闘データと共にモノアイから撮影した映像である。そこにはザクⅡの機体よりもスリムな外見を持つMSが映されていた。カーキ色の塗装と100㎜徹甲弾を発射する対MSマシンガンを装備しており、その機動性や防御能力はジオンのMSよりも強固だと言えよう。
「そうだ、連邦が作ったのだ。しかも、赤いキャノンより強い」
シャアや黒い三連星、青い巨星が作った脅威査定では、赤いRX-77-1ガンキャノンは機動性に乏しく、対MS戦闘を考慮したザクシリーズの脅威になりにくいと判断されていた。ただし、密集陣形と火力は侮れない。「MS=対歩兵支援兵器」と考えられていた連邦がジオンのMS設計思想に追い付くには時間がかかるだろうと踏んでいた。しかし、連邦は対MS戦闘を考慮に入れた、新MSの開発を終えていたのである。
「情報部の収集したデータとルウムの宇宙軍司令部の残存するデータを元にその機体の名前が分かっている。局地戦用に設計されたRGM-79(G)陸戦型ジムと言うらしい。既にドズル中将の指揮下でアズナブル少佐が件のRX計画を探っている。サハリン少将にはこれを」
「これは陸戦型?宇宙型にチューンしたタイプという事ですか?」
「元々は地球に送られるはずだったようだが、相当数が試作品と先行量産の状態でルナⅡに大量保管されていたようだ。だが、彼らは新たにMSを製造できるか……
このMSは貴官の望むものがあるだろう」
「……」
ジオンと連邦軍はかねてより、宇宙的兵器であるビーム兵器小型化の開発に着手していた。MS開発はジオンが先を行っていたが、総合的な面からみても、地球連邦の科学技術は二手三手先を行っていた。それはMSの構造にも見られ、ザクの装甲は強硬スチール合金によるものである。一方、連邦の対抗馬であるジムは其れよりも固いチタン合金で出来ている。これはチタンを算出する鉱山が連邦にしか存在せず、国力の差を表していた。
一方、連邦MSの試作機であるガンダムタイプは非常に効果であるルナチタニウム合金が使われており、ガンダム他RXシリーズ、陸戦型ジムやガンダムには多くのルナチタニウムが使われている。
資源不足はあらゆる分野に影響を与えているのである。だが、それだけではない
「MSの解析と共に連邦のビーム兵器を確認してもらいたい。実物を送る。それに貴公の行う研究にも使えるのではないかな?」
「それは……」
ギニアスは腹芸ができるような人間ではない。名家として政治的な決断や駆け引きをする能力はあるが、キシリアのような女傑にできるようなレベルは持ち合わせていない。
先の質問や研究へ使えるというキシリアのセリフ。明らかにそれはギニアスに対して、「私はお前を見ているぞ」という脅しだろう。
―それとも、こちらの出方次第なのか
「キシリア閣下はどのようなことをお聞きになったので?」
「ああ、MIPやジオニック系の技術者を引き抜き、サハリン家御用達の技術者を集めて何かしているとしか。だが、もう一つ、君の妹君が試作型ザクで戦闘中に連邦のMSと戦闘。漂流したのちに、ハッテにいた連邦軍兵士に助けられたと聞いた」
―すべてお見通しか
ギニアスは苦虫を噛み潰したような表情を浮べそうになったが、ぎりぎりのところで堪える。ギニアスが計画、実行する「アプサラス計画」はサハリン家復興のための極秘一大事業である。魔法医療によって難病を治癒できる可能性があるとはいえ、今でも研究は続けられている。アプサラスは岩盤の固い地球連邦軍総司令部ジャブローを高出力メガ粒子砲によって溶かし、一気に殲滅する決戦MA兵器として開発された。その威力は一閃で山が抉れ、その存在は蒸発してしまう。ミノフスキークラフトによって航空力学を無視した質量を浮遊させ、超大型MAビグザムよりも優れ、二個師団程度の敵戦力をせん滅する能力を秘める。しかし、南極条約や地球がない以上、存在理由である「南極条約下におけるジャブロー攻略」は無くなり、アプサラス計画は採用されぬままとなったのだ。
しかし、ギニアスはあきらめてはいない。
サハリン家の数少ない伝手を利用し、自身の研究に使える科学者を各業界から集め、残り少ない資産を切り崩して研究する日々。しかし、それでも間に合わずに、ジオンの開発費に少しばかり手を付けてしまっている。キシリアはそれに目を付けていたのだろう。
キシリアは暗い顔をするギニアスに対して鼻で笑い、姿勢を崩す。
「そう怖い顔をするな。額もそれほどでは……しかし、度し難い行為であることに変わりないが」
「更迭ですか?」
ギニアスは最悪の結末を想像するが、キシリアは首を振る。
「いや、私はお前の能力を買っている。私用資金だが、資金援助を行おう。それに、私の子飼いの部下が現地の医療機関で有望な医者を見つけた。研究所に送ろう」
地獄に仏とはまさにこれだった。
ギニアスはキシリアの配下に入ることになるが、突撃機動軍の所属であって、これまでと変わらない。ただ、技術開発費の横領と言う弱点を握られた状態であり、服従に等しい。
「それと、ハッテに無人のダークコロニーがある。壊さない限り好きに使って構わん。成果が出た暁には、サハリン家の復興を手助けしよう。期待しているぞ、少将」
キシリアはギニアスとの回線を切り、直ぐに秘書へと次の連絡をするように指示を下す
「ロウリアの官僚共を呼び出せ、大至急急がせろ」
キシリアの次の仕事はロウリア王国に駐留するマ・クベとの電話会談だ。すでに惑星軌道上には通信衛星が設置され、ノイズの少ない映像で会話が可能となっている。キシリアの右腕であるマ・クベは軍人としては才覚に掛けるが、官僚や政治家といった面に秀でた人物である。
謀略術数の多いキシリア派閥の将校の代表格とも言える彼は、少々面倒くさい男であるものの、キシリアとは只ならぬ縁でもある。
未だ消えぬ書類の山々。彼女の休息は当分先だった。
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ロデニウス大陸は豊富で多彩な自然環境にあふれている。その環境は三つに分かれ、肥沃な大地があるクワ・トイネ公国。荒廃した砂漠や岩石を多く含むクイラ王国、そしてジオンの統治下である平野のロウリアだ。その様々な環境から、局地型MSの開発にうってつけ。納品するジオニックやMIPなど、軍の技術者もその豊富な環境にデータが取れると満面の笑みを浮かべるだろう。
そして……
「うわぁ~、熱いな~」
ジオン軍クイラ訓練演習場の格納庫に14歳ぐらいにしか見えない少女が汗を垂らし、工兵用の繋ぎに空気を送るよう、クリップボードをパタパタと仰ぐ。
メイ・カーウィン
名家、カーウィンの一人娘であり、ジュニアスクールに通う14歳でありながらMS開発に関わっており、その知識や頭脳は軍属技術者以上である。しかしながら、その容姿は可愛らしく、子供から大人になる成長期。大人の魅力を垣間見せる彼女の姿やその立ち振る舞いは女日照りの軍人にとっては目に毒。
といってもそんな色目を使えば、MS用のどでかいスパナが飛んでくるためそんなことはできない。
「もぉ~、熱すぎる!こんなとこ嫌!」
格納庫は戦時下ではないので、閑散としており、整備兵も休憩中であるためその場所にはいない。とはいえ、男所帯の休憩所でティーンエイジャーは居心地悪い。その休憩所もエアコンのない部屋であるため、休憩所の整備兵はうだる暑さの中ぶっ倒れている。短くカットした半ズボンとへそ出しの私服を着れば多少涼しくなるが、MS整備中はそれらを着られない。白い技官の軍服もしかり。繋ぎを律儀にもしっかり着ているメイは上着の部分を腰に巻こうかと考えるが、中はタンクトップ。男性なら脱げるかもだが、14歳のうら若き乙女にとっては抵抗がある。
男勝りな女軍人ならやりそうだし、クイラに駐留する別の隊の女士官はタンクトップと野戦服のズボンという、女性の象徴的な二つの双丘が強調されている服装を思い出し、嫉妬にも似た気持ちが再び心中を掻き乱す。軍隊にいれば、軍規や士気の関係上、肌の露出も抑えなければならず、彼女の知る同隊の女性隊員は規則に沿って規定通りの軍服を着用する。子供だからと甘く見られているが、一応軍属である手前、本人としては子供に見られたくないという意地もあって、周りの整備兵と同じような格好をしているのだ。
ただ、彼女を含め彼らにとっては地獄にも等しい環境。コロニーであれば、空調が効いている。コロニー全体が人工物であり、無茶な気候にはならない。雪も雨もできるが、茹だる暑さと日光は真似できない。
もやしっ
「こうなったら、コムサイのエアコンぶっこぬいて格納庫に設置しようかな?」
「いやいや、やめてくれ。借りものなんだ…」
「隊長さん!やっと帰ってきた!」
メイがクイラ王国の砂漠にいる理由。
ダグラス・ローデン大佐率いるMS特務遊撃隊はキシリアの指示によって、クイラの演習場を借りて訓練を行っていた。FLV降下後にMS格納庫建設後、新型MSの試験運用と陸戦兵器の運用試験を行うのが任務である。
格納庫には基本的なジオン軍のMSであるMS-06FやMS-06J、加えてデザートタイプもあり、砂漠地帯での耐久テストを行っていた。他にも、グフやドムなども見られ、砂漠などの過酷な環境下での試験が行われている。
テストパイロットを務めるのは、外人部隊として知られるMS特務遊撃隊。ローデン大佐自らがリクルートを行い、集めてきた優秀な人材。もし、連邦との全面戦争とジオンによるコロニーへの核攻撃があったのならば、彼らの地位も違ってこよう。外人部隊のMS小隊指揮官のケン・ビーターシュタット少尉はメカニックとして頑張っているメイに差し入れを持ってきていた。
「ねぇ、隊長さん!そろそろ休暇を取るころだと思わない?」
「来てそこまで経ってないだろう?あと一週間の辛抱だ」
「え~!」
途端にぶー垂れるメイ。熱帯野戦服を着るビーターシュタット少尉は士官用のため、デザインが下士官や兵のそれと若干異なるが、メイの厚手の繋ぎと比べれば非常に涼しい服装だった。
不機嫌になるメイに溜息を吐きつつ、隠していたクーラーボックスを出す。
「独り占めしないように!」
「わーい、隊長愛してる~!」
知らないような人が聞いたら驚くようなことを言うメイは少尉の静止も聞かずに、休憩室の古参整備兵の元へと駆け出していた。
「まったく……戦場はここにないからいいか……」
クイラ王国から借りた広大な砂漠地帯。戦争など見えず、たまに行商人のラクダとそれに乗る爬虫類系の住人とあいさつを交わす程度。
呑気なメイの笑顔を思い出し、クーラーボックスを振り回していくようにして休憩室に入り、どんちゃん騒ぎしているのを見て笑ってしまっていた。
「隊長?」
「ああ、ユウキ伍長、どうした?」
戦術オペレーターとして、また音響分析による敵戦力の把握などが行える、部隊のサポートを行う日系人のユウキ・ナカザト伍長は派遣司令部から送られた命令書を渡す。真面目な彼女はつい最近まで顔色を変えずに部隊のオペレーションを行っていたが、先日熱中症によりダウン。そのため、腕捲りや首元を開けるような特例が、熱帯対応の軍服が届くまでのその場しのぎとして通達が下されたが、流石に首元のチャックは下すのに抵抗があったのか。腕捲りをするユウキ伍長の珍しい格好になっていた。
それでも、熱い状況に汗を流す彼女を労わるように、メイに渡す前にとっておいた清涼飲料水を渡す。
「あ、ありがとうございます!」
「部下を労わるのが上司の務めさ……それで要件は?」
「はい、試作MSの受領と仮想敵機を使用した本格的な対MS戦闘訓練をするようにとの事です」
「ここの兵と合同訓練が先……じゃないみたいだな。まさか、連邦の活動が?」
「この惑星ではまだですが、命令書の次のページを見てください」
ケンの見る写真はキシリアがサハリン家に見せた連邦MSの写真。それを見た彼の顔が怪訝な表情になり、戦闘中にとられたものもあれば、ムサイの格納庫で撮影したMSの部品らしき残骸。写真の一枚には、隅に赤い彗星の乗機が映っていたこともあり、撃破したのが誰であるかを教えてくれる。
問題なのは、そのMSのスペックが新型試作機の劣化版に過ぎず、ザクの装甲を上回り、核融合炉の出力も熱核ホバーを搭載するドムとほとんど変わらず、機体の大きさは一回り小さく、スリムな印象を抱く。
もし、試作機がそれ以上の性能で攻撃を仕掛けてくることがあれば、ザクを主力とする部隊は太刀打ちができないだろう。
「残骸だけでここまで分析できるものなんだな」
「はい、ですが上層部は未だにジオンの技術的優位はあると考えているみたいで…」
「成程、上は腐りやすいのはどこの世界も同じだな」
MS小隊指揮官のケン・ビーターシュタット少尉は元々コロニー公社で働く技術者だった。
コロニー公社と言えば、地球連邦のお膝元である。宇宙開発と植民事業を手掛けるコロニー公社であるが、天下りや腐敗があったことでも知られる。資源小惑星帯の公的資金の横領により、ありもしない「酸素税」が取られ、ムンゾからジオン共和国が建国されてから、連邦とコロニー公社の汚職が暴かれた。これにより、反連邦や独立運動の動機ともされ、これを受けてコロニー公社の殆どがスぺースノイドに占められた。
ケンはその内のコロニー公社の重役や管理職の汚職によって、繰り上げで昇進し、技術責任者としてサイド3に一時的な住まいを手に入れ、コロニーの保全を行っていた。しかし、思わぬ所で軍当局に拘束される。
『ブリティッシュ作戦』
ジャブローにコロニー落しを敢行するために拘束され、家族を人質にされることになった。しかし、結局その作戦はコロニー落しを省き、連邦宇宙軍司令部を攻撃するため、テキサスコロニーを質量兵器に改造するべく、ジオン軍に半ば同行させられた。宇宙軍司令部のニューヨコスカへの攻撃は成功したものの、コロニー工作部隊は宇宙軍艦隊の攻撃を受け、壊滅。唯一生き残ったのが、脱出の最中にザクⅡに乗り込み、サラミス級巡洋艦二隻を落としたケンだった。
ケンは最終的にジオン公国の市民権を取得するため、妻と娘を守るためにダグラス司令のスカウトを受け、戦い続けることになった。
同様の思いを共有するユウキ伍長も表情は優れず、ケンは先程までのメイに向けた娘に対してするような笑みではなく、妹に向けるような感じで肩を叩く。
「何、開戦の時と比べれば軍の引き締めを行っていると聞く。そのうち俺達も認められるだろうさ」
その真摯な姿勢には妻子がいると分かっていても、好意を抱いてしまう。ユウキ伍長の気持ちは応えられることはない。そんな儚げな表情を見せる彼女を心配するケンもある意味罪な男である。
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
その一方、キシリアによってロウリア総督府の総督となったマ・クベはお気に入りの壺を撫でつつ、ロウリア王国の財政状況を確認する。
「成程、これでは属国と変わりないな」
マ・クベの手から放り出されたその書類は、既に外交的には意味を為さない借金の証書である。その書類にはロウリア国王が署名した、パーパルティア皇国との間で交わされた密約が記載されていた。表向きにはロウリア王国のロデニウス大陸統一のために慈善事業として、軍事援助を行うと記載しておきながら、パーパルティアに対してはクイラの資源や奴隷の供給。その他の国宝などを売り渡し、借金を10年がかりで支払うという屈辱的な条件の元に交わされたものである。
マ・クベ以外は野蛮な条約と思うだろうが、彼は違っていた。
多くの文明圏や圏外国家は列強へ擦り寄り、同様の条約を締結している。敵対姿勢をすることによって増大する軍事費。一方で属国のような扱いを除けば経済的に豊かになることに加え、その文化の恩恵に預かれることを鑑みれば、ロウリア王国のような文明圏外国家が取る方策は少ない。
持たざる者の選択肢は少なく、ロウリア王の選択肢は間違っていると思えないマ・クベだった。
「閣下、汚職の貴族官僚の拘束を完了しました。これがリストになります」
副官のウラガンは慣れない統治作業に汗を流しながら仕事に励み、ロウリアに蔓延っていた汚職官僚や税金を着服する貴族のリストをマ・クベに手渡した。
「やや、やつれているな。統治専門の文官を寄越すよう本国に掛け合ってみるか」
「……恐れ入ります」
ウラガンの疲れ果てた様子を鑑みたマ・クベは書類の束に埋もれる本国へ送る要望書に統治や行政に長けた者を求めると記し、マ・クベ総督サインをしてウラガンに渡す。彼は将兵から計算高く、冷徹な判断を下す狡猾な性格であると噂されるが、それとは裏腹に信頼する部下への情は厚い。軍務について以降、ずっと補佐としてついていたウラガンであるが、未だにマ・クベの表情や感情は読み取れない。官僚や政治家としての才があるのか、もしくはウラガンの能力が劣っているかわからない。だがウラガンはマ・クベに使えないと判断され、転属されるのではないかと肝を冷やしていた。だが、ウラガンの予想は外れ、部下を労わるように微笑んだ。
「そう恐々とするな。別に攻めている訳ではない。……私もこの国の実態に驚いたし、辟易している」
宇宙世紀の行政や統治機構は非常に優秀である。それこそ、巧妙な汚職はあっても、表立ったものはない。洗練された統治システムや秀でた官僚、汚職をしない文化水準の元、彼らは生活していた。
だが、ロウリア王国の文明レベルは近世に入る手前。それこそ、国境や国の権益、主権などが考えられた時代、宗教戦争が終結したウェストファリア条約以降の文化水準である。未だに封建制国家であるため、ナポレオン戦争以降のナショナリズムは形成されていない。
国家という枠組みが統治者の間で考えらていても、国民が国家の一員であるという事は浸透していない。それは末端の官僚にも言えることであり、「統治者=支配者」の意味合いが強かった。そして、マ・クベや他の将校が思っていた以上に、ロウリア王国や他の国家は汚職にあふれていたのだ。
官僚寄り、いや殆ど官僚や政治家の色が強いマ・クベである。戦略・戦術に秀た将軍と比べると劣るが、寧ろ占領軍司令官として政治的采配を担うことを考えれば適任。殆ど、本職に近いのだが、あまりにも雑務が多いために、若干疲れの色が見え始めていた。
「クワ・トイネ公国とクイラは公国官僚を招き入れて国家改革を行うとあります。本国でもロウリアを連邦制にして、ロデニウス大陸連邦国家に作り変えようと考える一派もいますから」
「セツルメント構成国だろう……ギレン閣下もこのままなし崩しに属国にも出来たが……キシリア閣下の突き上げもあったのだろうな」
ギレン総帥は所謂ジオン公国政府の行政府長として君臨し、政府の長として指導している。だが、完全な独裁政権と言えばそうではなく、キシリアやドズルなどのザビ家を要所に配置した一党独裁、一家独裁政権を樹立する。
ザビ家も一枚岩でなく、キシリアのバックにはセツルメント経済団体連合会がおり、ジオン企業の多くが彼女の後ろ盾になっている。もし、ジオン以外のコロニーを属国扱いにしてしまえば、経済が滞るのは目に見えている。デモや暴動、内戦状態になる可能性もあるため、キシリア派の将校や政府官僚はセツルメント国家連合の設立を推進していた。
占領統治に関して仕事が山になっているのにも関わらず、そうした突き上げや多くの政治家、官僚、軍人に至るまでマ・クベの所に陳情書を持ってきている有様だ。
仕事を全部放り出して、自分のコレクションを元に美術館でも建てようかと、ふと考えてしまうのは仕方が無い。
「それで、明日の予定を教えてくるか?」
「はっ、明日の11時より、総督府にてギルド連合商業会との会議。内容は関税に関する制度の成立。正午は総督府設立の懇親会。午後15時にはロウリア旧王国軍の解体についての問い合わせでジューンフィルア将軍との会談、午後18時にロウリア王国美術協会とのパーティーです」
「美術協会には我が方から幾つか寄付を。贋作ではあるが……あちらも指して問題ないだろう」
ロウリア総督となったマ・クベであるが、自身の目的であるジオンの文化を復興、地球文化とも劣らないものを構築したがっていた。そして、ロウリア王国占領後、多くの美術品がジオン公国に流れ込んだ。接収や略奪が一割ほどあったものの、多くが賠償やジオンの貨幣取得のための放出であり、マ・クベはコンサルタント料として幾らか貰い、ジオンの美術界にコネがあるため、多くの見返りがあった。
それは、ジオンの資源不足の問題を解決するだけでなく、マ・クベが思うジオンの文化的問題をも解決し、予定が過密であっても、彼の表情は非常に喜色に満ちていた。
「あと、パーパルティア皇国から外交文書が来ています」
「内容は『借金返せ』とかだろう。『既にロウリアはジオン公国であり、支払う義理も蛮族の庇護下になくとも生きていける。さっさと帰れ』とでも送れ」
「わかりました、送ります」
「オブラートに包め、本当にそう書くなよ。遠まわしにな」
事実、総督府はロウリア新政府を指導する立場であるが、実質的にジオン公国であることに変わりない。王族は既に廃統しており、一貴族として生きることを表明している。そして、貴族は支配者階級として恐怖統治することを認めない『人権宣言』を行い、ロウリア新政府は近代国家の成り立ちを辿るように国家改革を進めていく。
だが、戦争からまだ数か月しか経っていない。歴史学や政治学の有識者からの意見を組みながら統治をしなくてはならなかった。
「我々の戦いは戦場だけでなく、これ(統治)も戦いだな……」
北宋期の壺を眺め、一時の休息を得る知将マ・クベ。
ジン・ハークに作られた総督の執務室には、沈みゆく夕日と朧気に現れる二つの月が見える。マ・クベは自身の知らない世界があることを再度感じ取るのであった。
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
宇宙
それは砂漠に例えられるほど、荒廃した空間である。空気はないに等しく、真空の空間では人が生きていけない、ノーマルスーツやパイロットスーツを着ていたとしても例外ではなく、宇宙空間にて無数に飛ぶ宇宙放射線が体を蝕む。脆弱な人間は強固な装甲によって守られ生かされているのだ。
そして地球を中心としたコロニー生存圏は衛星の月までであり、加えてヘリウム3の採取に向かう木星や入植が進められる火星を含めれば、まだまだ人類は宇宙に進出して間もないことが伺える。過去のSFを思い出せば分かると思うが、ワープ航行装置が開発されていないし、未だに太陽系外に入植した記録はない。
だが、
地球が突如として消失した。
そして現れたのは、未知の惑星。
七つのコロニー国家と月面国家、駐留する地球連邦軍は混乱の極みであったが、これを好機とみた人物がいる。
ジオン公国総帥ギレン・ザビ。
彼は独立戦争と称して地球連邦残存軍に対して宣戦布告。加えて他の連邦寄りコロニー国家に対しても開戦し、事実上奇襲攻撃によってコロニー国家の殆どを手中に収めた。更に、軍需的要所である月も抑え、ジオンは覇権国家として頂点に立った。
だが、まだ問題は残っている。
残存する連邦宇宙軍は建設途中のサイド7とルナⅡに立てこもり、徹底抗戦を続けている。ジオン大本営はこの二大拠点を陥落せしめるのに一年かかると発表しており、これまでの戦いより小規模になるだろうが、問題はそれだけではない。惑星の衛星軌道上に二個目の
コロニーは綿密な軌道計算の元、各ラグランジュポイントにスペースコロニーを軌道上へ載せている。これまでにない衛星が増えたことにより、コロニー公社の管制室は混乱し、管制室長は胃潰瘍で入院。コロニー公社の代表は急性心筋梗塞で緊急搬送したほどである。幸運にも、二つ目の月の周回軌道はコロニーと接触することはなく、宇宙世紀最大の災害事故は回避された。
そして二つ目の月はムーンⅡと呼称され、連邦軍拠点のルナⅡとは違う呼び方が与えられた。ジオン軍は調査隊を編成し、連邦軍残党の攻撃も想定した重武装の艦隊を編成。ムーンⅡへ向かう事となった。資源小惑星ルナⅡは第二の月として呼び親しまれてきたが、惑星の衛星軌道上にある二つ目の月の命名には、かなりの議論が発生した。単純に資源小惑星を含めれば、三つ月があることになるが、ルナⅡは所謂人口の月であるため、転移後の増えた月とは違うものである。
ルナはオランダ語やラテン語で月を表すが、名称はそのままに、第二の衛星軌道上の道の月はムーンⅡと呼称。区別することになった。
「司令官入室!」
当直士官の号令に艦橋の士官の背筋が伸び、緊張した空気が流れる。ティベ級宇宙戦艦『グラーフ・ツェッペリン』の艦橋は連邦のサラミス級巡洋艦やマゼラン級戦艦とは違い、
ミノフスキー粒子によるレーダー妨害があるものの、二基の大型レーダーや各種センサーを使用した観測員、各部署への通信を行う通信兵、舵を取る航海士などが集まり、その中心には艦長用の座席と艦隊司令の席も設けられていた。
「ヘルシング准将、ツェッペリンのお食事は如何でしたか?」
艦長席から立ち上がる、旧ドイツ海軍のような黒いコートを着たユーリ・ハスラー艦長は盟友であり、艦隊司令であるフォン・ヘルシング准将へ敬礼する。
「中々だ、あのザウアーブラーテンは最高だ。故郷のニューアルザスを思い出す」
「司令はあのコロニーの出身でしたか、私の妻もアルザスの生まれですよ」
「ほぉ~!ハスラー艦長の愛妻ですか、もしアルザスに里帰りなさるならいいお店を紹介しましょう!」
サイド3のコロニー群は様々な人々が集まる植民国家である。だが、入植早期の植民者のアイデンティティはすぐに変わるものでもなく、民族意識は直ぐにスぺースノイドという共同体へ落ち着くことはない。かつてのアメリカ大陸の植民地がそうであったように、自分のすむコロニーにすんでいた町の名前を付けていた。
彼らの故郷サイド3のニューアルザスはコロニーの名前であり、フランス系やドイツ系移民が多くいる。彼らの中にはドイツ系のジオン軍人もおり、昔のドイツ軍の軍服をモチーフとするものもあった。艦長と司令の他、艦橋に詰める士官たちもそれは見受けられ、略帽や軍服も若干異なっている。基本的に、ジオン軍の服装規定として士官クラス、しかも軍から許可を得ることによって軍服の改造を行うことができ、キシリア配下では宇宙攻撃軍の軍服規定と比べても、独自の規定によって軍服の仕様は各部隊に委ねられているようだ。
「ムーンⅡ、これより目視で確認できます」
談笑する高級将校の会話に入りにくかったが、意を決して報告する航海科の士官。心なしか冷や汗をかく彼に「すまない、話が興じてしまってな」と謝罪を述べるあたり、ハスラー艦長は部下でも礼節を欠かない高潔な軍人であることを知ることができよう。
「月が二つとはなれませんな」
「全くですな、ハスラー艦長。連邦の艦隊が先に到着していなければいいが……」
連邦軍は残党と化したとはいえ、その規模はジオン軍のそれと劣らない。寧ろ、MSを介さない艦隊戦では連邦軍艦艇に軍配が上がる。艦隊戦闘能力はMSを差し引けば、サラミスの砲撃能力はティベ
基本的には非武装として、カメラガンを装備する予定であったが、ルウム会戦時に偵察機に乗った連邦軍兵士が拘束され「なんで偵察機に武装が無いんだ!?」とブチギレていた事から、「偵察機は非武装」の考えが改められ、ザクマシンガンを装備していた。偵察に出してからレーザーによるデータ通信もなく、未だに連絡も来ないため、グラーフ・ツェッペリンを旗艦とするムーンⅡ偵察派遣艦隊は準備態勢のまま航行していた。
「月の影から姿を現します」
目視観測班の士官が報告し、艦橋から見える月の向こう側に見える第二の月。その様子にジオン将兵は目を奪われた。これまで見たことのある月よりも大きく、月よりもクレーターが少ない陸地。人工物が無いことから、未踏の大地であることは疑いようがない。また、連邦軍艦艇が見えないことから一番乗りであったことに艦橋にいる全員が頬を綻ばせた。
「レーダー感あり!方位320、中、距離40000!」
「センサー感知!パルス核エンジンの反応です!」
レーダー観測員とセンサーを確認する下士官が叫び、艦長はすぐさま艦内マイクを作動させる。
「連邦軍艦艇らしき物体を捉えた各員、第一種戦闘配置!対艦戦闘!」
「対艦戦闘!第一・第二砲塔開け!CIWS、各ミサイル発射管準備!対空警戒厳となせ」
ハスラーの命令の元、副長が命令し、砲雷長が各部署へ指揮を飛ばす。レーザー通信によるデータリンクシステムにより、各艦へと伝わり、僚艦ムサイ級巡洋艦『ニューヨーク』が先行する。
「MS隊順次発艦急げ!ブライト隊、ラミレス隊順次展開急げ!」
ティベ級の格納庫ハッチから順次発進する先行配備されたリック・ドム。胸部拡散メガ粒子砲は装備されていないが、ザク以上のジェネレーターと推進力を得ている推進力が強化された核ブースターはティベ級から離脱すると、両翼の防衛に付くべく展開する。
「ミノフスキー粒子戦闘濃度散布開始!」
「『アーゴ2-1』!応答せよ!繰り返す・・・・・」
「偵察機の報告はないか……連邦め」
「連邦宇宙軍IFF反応照合中!敵艦サラミス級『スミソニアン』単艦のみです」
ハスラーは強行偵察に出たザクが沈黙しているため、撃墜と判断。ドムの包囲攻撃によって攻撃を加えようと命令を下し、ミノフスキー粒子による電波妨害があるものの、IFFの信号を読み取って情報を伝える。連邦軍残存艦艇を撃滅しようと、艦橋の皆は闘志に燃えるが、一人だけ冷静に状況を見つめる人物がいた。
「艦長、敵に投降を呼びかけろ。単艦のみで攻撃してくるとは考えられん」
「ヘルシング司令、敵の核攻撃を考慮すれば先制攻撃したほうがいいのでは?」
ティベ級の副長は意見具申のつもりで言うが、ヘルシングは眉間に皺を寄せながら、連邦軍艦艇の方向に目を向ける。
「だとしても、単艦で仕掛けてくるなんて正気とは思えん。奇襲するなら、もっと気の利いたことをするはず。艦長、悪いがMS部隊に敵艦に停船命令を行うように言ってくれまいか?」
宇宙世紀の艦隊戦闘では単艦で敵艦隊に攻撃を仕掛けることはない。MSの出現であってもそれは変わらず、一年戦争後期に出てくる
とすれば、レーダーに映るサラミス級は何らかのトラブルによって航行している可能性もあった。
「わかりました、ブライト隊に臨検するように伝えろ。命令を受け入れない場合は作戦規定に則り、威嚇射撃の後、撃沈を許可する」
ハスラーは命令し、艦橋内は次第に募る緊張感が支配する。もし、直ぐに攻撃したとして、後々になって問題になる可能性があったが、敗残兵である連邦宇宙軍がどんな卑怯な手を使ってもおかしくはない。追い詰められた鼠が猫を噛むように、圧倒的不利な状況下でもって、果敢に攻撃してくることなど歴史が物語っている。
「ブライト隊、敵進路をふさいで現在臨検中!ブライト1状況を!」
「敵艦、距離20000!高精度カメラよりスクリーンに出します」
戦術担当士官がスクリーンを操作し、スクリーンにカメラを通してサラミス級が表示される。周囲には戦闘の名残か破片が浮いており、金属片がレーダーを阻害し、ミノフスキー粒子による妨害が映像を乱れさせた。
「なんだこれは……」
担当士官の呟きは艦長他、艦橋にいた全員が感じていた。
そこにあったのは「サラミス級巡洋艦」の
エンジンが自動で起動し、推進力を得ていたのかゆっくりと進んでいた。IFFや兵器システムはほどんど自動化され、最後の入力からずっとその動きを繰り返していた。もし人がいれば他の動作も出来ただろうが、その姿は宇宙世紀の「幽霊船」だろう。艦橋の窓が全て割れ、砲塔や甲板部分が真っ黒に焦げており、既存の兵器では考えられない損傷具合であった。
「メガ粒子砲の攻撃で破壊されたにしては変だな。センサー員!生命反応は?」
「生命反応はありません。自動操縦のまま航行していたようです。ブライト隊が臨検するかどうか聞いていますが?」
「フライトレコーダーか航海日誌があるはずだ。それを回収するように」
宇宙世紀の宇宙艦艇には自動記録装置と航行中に航海士が記録する航海日誌がある。大抵は幹部以上の航海日誌は軍事機密となっている。航空機と船舶の記録であり、双方相反するものであるが、宇宙という空にも似て大海原に航行する艦艇はどちらにも属するため、両方の物が積み込まれている。
「サラミス級エンジン停止!ブライト隊のクルツ少尉が臨検中です」
「臨検後は……暗礁地帯に押し出してくれ」
「Aye-aye
ルウムから距離があり、月軌道上の連邦軍艦艇の殆どがキシリア麾下の月面打撃部隊によって制圧されている。その離脱艦艇が破壊され、幽霊船として漂っている可能性もあったものの、数ヵ月もの間エンジンを連続稼働状態にしていては、推進材が底を尽いてしまうだろう。そう考えれば、目の前にいるサラミス級巡洋艦は地球連邦軍から離反したのかもしれず、もしかするとまだ敵艦隊が控えている可能性もあった。
「全艦隊、警戒を厳にせよ。ムーンⅡの軌道上に進行。一周したら、観測機を放つ」
艦隊は進路をムーンⅡに取り、警戒中のMSをそのままに軌道上へ移動を始める。
「艦長、微弱な無線信号を探知!」
「連邦か?」
「信号が妨害されているため、出どころは不明。もう少し待ってください!」
宇宙空間はレーダーを無効化するミノフスキー粒子の他、電磁場や磁気の影響によって度々、無線や情報統合システムにノイズが入る。ミノフスキー粒子に干渉されないレーザー通信などがあるが、相互に通信する意思と受信機が動いていなければ受け取ることはできず、ザクを改造した強行偵察型タイプには小型のレーザー通信装置が取り付けられているが、その性能は低い。
(こ……!・・・・・・・・・目標…………こう……)
「受信域を上げるんだ」
「アンテナ受信領域広げます!」
通信下士官が奮闘する中、担当士官は搭載されているアンテナを動かすよう指示する。
「ノイズを除去して……っと」
(こちらアーゴ2-1!ツェッペリン応答されたし!)
まだノイズの混じる声であったが、撃墜されたと思われていた偵察に出たザクのパイロットからだった。
「こちら、グラーフ・ツェッペリン!状況を」
(連邦軍艦艇が不明機の攻撃を受けている。こちらにも攻撃を、MS部隊の応援求む!)
アーゴ2-1の通信が艦橋に響いた瞬間、窓ガラスに閃光が差し込む。眩い光が窓を突き抜け、核弾頭が爆発した際に反応する自動防護装置が働いてシェードがおり、直ぐに閃光は遮られた。
「何があった!?」
「ホノルル大破!敵は高出力のレーザー兵器を所有!」
「連邦の新兵器か?」
「いえ、データベースにありません」
「敵艦の位置は!?」
「センサー類反応ありません!」
未確認の敵からの砲撃。一撃でムサイ級巡洋艦を大破に追い込む攻撃は連邦軍と考えたが、メガ粒子砲ではなく、レーザー兵器を使用するなどありえないことだった。しかも、敵艦の位置を掴めないのは気味が悪く、ヘルシング艦隊司令は命令を下した。
「各艦散開!対艦装備と核ランチャ-装備のMSを順次発進!」
「連邦軍の交信を傍受!」
「流せ」
(奴ら、裏側から出てきやがった!なんであんなのが居るんだ!)
(宇宙人め!うぁぁぁ!)
(Juliet2-2より、HQ!第2砲兵陣地が失陥!戦車隊の応援は!)
地球連邦宇宙軍の周波数であったが、どう聞いてもそれはジオンでない何かと交戦状態にあることが分かる。既に連邦軍はムーンⅡへ上陸し、前線基地を建設していたに違いなかった。だが、その勢力は未確認勢力の攻撃を受けている。ジオンではない何者か。連邦とジオンと同等の科学技術を持つ第三勢力がいることにヘルシング司令は任務の困難さを再認識した。
「敵艦確認!方位020下05、距離5000!」
「5000?!観測員は寝てたのか!?」
副長が激昂する中、担当士官が近くのスクリーンに拡大映像を表示する。そこには見たこともない艦影が見え、小惑星に似せた偽装幕を使用していたらしく、レーダーに映らないようにしていたのだ。
「
ヘルシング司令はドイツ語で悪態をつき、周囲にいるかもしれない敵艦を警戒しつつ、砲撃しようとする敵艦へ攻撃を行うよう命令を下す。
「MS隊は敵の攻撃能力を削げ!」
「センサーに感あり!敵艦4!艦隊を半包囲しています!」
艦隊の周囲に現れた第三勢力の宇宙艦艇。砲撃によって大破させる能力を持つ敵艦はMSに匹敵する兵器や核兵器を持っていないとも限らない。
「同レベルの文明との出会いが戦いとは……」
ムーンⅡ遭遇海戦。
後世において同レベルの文明との出会いは、最悪の形で迎えることになる。後世の歴史家は彼ら偵察艦隊のことを批判するに違いない。戦争に行くような編成で臨んだことによって、彼らを刺激した。もしくは駐留する連邦軍に対しても批判することだろう。だが、ジオン艦隊が批判されることはナンセンスである。
月面において戦闘を行おうとする彼らがどのような意思でそれを行ったか知れば、決して批判すべきでないと知るだろう。
「放射線センサー感!敵は核攻撃を準備!」
「全艦、対空防御!核の迎撃準備に移れ!MSは敵艦隊を攻撃!」
もし、連邦とジオンが攻撃力の高い核弾頭を制限するような
無かったのが、不幸中の幸いであったが、それは同時にいつどこで核弾頭が放たれるか分ったものではない。
ムーンⅡ遭遇海戦と呼ばれる長い一日は始まったばかりだった。
本作をお読みいただきありがとうございます。
本作はみのろう先生の「日本国召喚」の二次創作となります。小説家になろうにある本作をベースとしてジオン成分を注入しました。
しかし、書籍版については一切触れていないので、書籍版と違う設定が見られる可能性があります。
また、私自身は全ての『ガンダム』を知っている訳ではございません。未だに知らないガンダム作品があるため、濃い部分が残っている状況です。
今後、パーパルティア皇国との戦争に入りますが、その前に本作をかなり改編していく予定です。濃―いガンダム成分を増し増しにしていく所存です。
もし、『この作品いいぞ!』『これええで』なんてあればよろしくお願いいたします。
なお、参考や設定を取っている作品は次の通り。
・「機動戦士ガンダム」
・「第08MS小隊」
・「ポケットの中の戦争」
・「0083stardust memory」
・(PS2)「ガンダム戦記」(夏目先生のコミック版も含む)
・「THE ORIGIN」
今後、成分を注入する話
・「宇宙のイシュタム」
・「鉄の駻馬」
・「ギレン暗殺計画」
・(PS2)「ジオニックフロント」(夏目氏コミック版も含む)
・「サンダーボルト」
・「MS IGLOO」
・「光芒のア・バオア・クー」
まだまだガンダムは奥が深い。今後、ガンダム二次も考えています。
今後ともよろしくお願いいたします