慈恩公国召喚   作:文月蛇

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原作を確認すると、パーパルティア編ですが、殆どパ皇は出ていないので、まだ第三章には至りません。


パ編の本格的執筆は12月かな~と考えてる次第です。



今回は前哨戦として二万字以上の超大作です(笑)


第十二話 反撃の狼煙

 

 

ロデニウス大陸から北東、一万キロ以上離れた遠方にその大国はあった。彼らの紡ぐ歴史を辿れば、七つの帝国の血が流れていた。その血には領土拡大と共に属国にした民族や様々な人種が取り込まれている。帝国が興る以前は王国や共和国、様々な国家や民族が興亡を繰り返す。彼らは自分達を「第八帝国」と自称し、祖国であるグラ・バルガス帝国を誇りとする。

 

 

その首都の一角に設置された情報局。各地に配置された諜報員から情報を受け取り、分析。帝国のために多くの兵士や諜報員がその諜報戦に身を投じていた。この世界では珍しい科学技術のみを使う彼らの通信機から電子音が連続して鳴り響く。各通信兵がそれを読み取り、その信号文を自動化された暗号解読機に駆けていく。

 

 

 

世界に散らばった諜報ネットワーク

 

 

 

市井の酒場の情報も馬鹿にならないこの世界では、ここまでのネットワークや暗号化された通信も珍しい。

 

 

その通信は優先度が高く、現地の諜報部隊が発信されたレポートが情報局の対外工作課へと回される。

 

「閣下、ロデニウス大陸の情報について、現地から報告が届きました」

 

 

アメリカの中央情報局(CIA)のような退役した軍人が情報分析官をやってたり、ハイスクールを卒業してすぐに分析官になって、そのままテロの首謀者を見つけるなどあるが、彼らもCIAと殆どやってることは変わらない。

 

唯一、異なるのは彼らが軍属であり、警察に近い内務軍の将校であることだろう。

 

「概要は?」

 

「はっ!ロウリア王国のクワ・トイネ公国並びにクイラ王国への侵攻はジオン公国の参戦により失敗。王は自害し、ジオンの傀儡政権が誕生したとのこと!」

 

「何と」

 

ロデニウス大陸の情報分析チームを束ねる佐官の指揮官は、これまでの報告と異なった結果となり、驚いていた。

 

「我々の分析ではロウリア王国の圧勝。ロデニウス大陸を統一して、対外的にはパーパルティアの傀儡になるはずでは?」

 

「はい、パーパルティアの軍事援助を受けて、流通の要であるマイハークを占領。二方面作戦をもってクワ・トイネの首都を攻め込み、クイラを締め上げると分析しておりました。しかし、ジオン公国が参戦。大艦隊を無力化して、各占領地を奪還。首都を電撃侵攻しました。その後は一週間で国内を平定したようです」

 

「開戦から二週間でか・・・・・・レポートを見せてくれ」

 

指揮官は分析官からそのレポートを受け取り、説明する彼も自前のもう一枚のレポートを見ながら、説明する。

 

「現地諜報部隊によると、国境のギムという町で民間人救助のため後退戦を小部隊でやったようです。パーパルティアのフリントロックではなく、連続した射撃を行える自動小銃、固定砲塔の戦車もあったようです」

 

 

「なんてこった、局長級会議で話を出さないとな。至急、現地指揮官に写真を送るよう連絡を入れてくれ」

 

「了解です、・・・・・・閣下まだ続きが」

 

 

パーパルティアが支援したらしい4000隻の軍艦。しかし、木造船であれば一万隻ぐらいグラ・バルガスでも製造できる。各工場をフル稼働させれば一日か二日でも可能だ。そしてそれを壊滅せしめることは難しい事ではない。

 

文明圏外の田舎国家。火薬すら使っていない彼らに負けるはずもなく、ロデニウス大陸情報分析チームはそこまでの心配をしていない。

 

だが、自動小銃に固定砲塔の戦車など、質の悪い冗談にしか聞こえない。だが、バカにするわけにもいかず、指揮官はレポートの次のページに移る。

 

「なお、ジオン公国がロウリアの首都、ジン・ハーク強襲の目撃情報を分析するに、1万トンクラスの空中重巡洋艦、我が国で試作段階である推進式エンジンを使用。あとこれを・・・・・・」

 

「なんだこれは『全長300m程の空中浮遊する軍艦』『約20mの巨人』?首都陥落の時、塹壕に隠れてたのか?」

 

 

ギムの話は食いついたものの、首都攻撃の報告に書かれていたのは、冗談にしか思えない内容の報告であった。居眠りしてたか、酒を飲んでたか。もしくは戦闘が怖くて盛るに盛った報告を書いたのだろうか。

 

「首都の諜報部隊とギムのは同一の部隊だよな。どこの部隊だ?」

 

 

「国家監査省戦略作戦部隊です」

 

 

「監査省か・・・・・・まったく、馬鹿にしてるのか」

 

同じ軍人だとしても、派閥や別の部局だと、縄張り意識やライバル意識を持っている。国家監査省と内務省、監査軍諜報組織は内務省直轄の内務軍情報局と対立している。

 

陸軍(国防組織)内務軍(警察組織)の対立。

 

 

例えるなら自衛隊と警察庁。自衛隊の情報隊と警察公安の対立。アメリカならば国防総省直轄の諜報部隊と中央情報局(CIA)国家安全保障局(NSA)、国土安全保障省などの多くの派閥争いと同じようなものである。

 

 

重なる部分がある以上、争いが絶えない部署なのだ。

 

 

指揮官は監査軍の誤報として処理することにして、後日監査省へ照会することにした。

 

 

 

 

 

「そういえば、レイフォル海軍の艦隊はどうなっている?」

 

 

一万キロもの遠い大陸よりも、一番注視していたのはレイフォルという、近隣の国家だった。指揮官や分析官の彼らはロデニウス大陸を管轄しているが、世間話として分析官に尋ねた。

 

 

 

 

「国家監査軍が、すでにレイフォル艦隊を補足しています。本日中に会戦予定ですが、提督は遊び心が過ぎるようで、戦艦1隻のみを差し向けるそうです」

 

「1隻か、戦場伝説を作るには丁度良いな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

同時刻、ムー大陸西方海上には、第二文明列強国として栄えるレイフォル海軍の艦隊、43隻が航行していた。

 

100門級戦列艦が十数隻を占め、補給艦や巡洋艦。そしてワイバーンを運用して、海上の船舶に空襲する航空母艦・・・・・・ではなく、飛竜母艦が数隻航行する。ロデニウス大陸の4000隻と比べると数は少ない。しかし、レイフォルは火砲を装備する撃ち合いを想定した戦列艦を所有する。あたかもそれは大英帝国のそれと酷似していたが、竜母のような航空戦力がある以上、近世の大英帝国のそれを凌駕する。

 

 

 

艦隊は西へ進み、保護国を侵略した第8帝国と名乗る新興国家「グラ・バルガス帝国」を懲罰せんと航行する。レイフォル皇帝は彼らを蛮族として侮っていたが、海軍の有する主力艦隊を差し向けた。

 

近隣諸国への政治パフォーマンスも兼ねている今回の出征は占領されたパガンダの沖合で敵艦隊を撃滅し、貧弱なグラ・バルガス兵を公開処刑にする。国威発揚と帝国の威信を世界に示すための行動は、弱肉強食であるこの世界の日常であった。

 

艦隊は帆を張り、風神の涙と呼ぶ人工的に推進力を引き出す魔道具を使用した艦隊は12ノットのスピードで航行する。スピードはムーや神聖ミリシアル帝国などと比べれば遅いが、パーパルティアや他の魔導推進式と比べれば平均と言った速度だろう。

 

 

 

「閣下、偵察騎が敵艦隊を捕捉しました!」

 

 

 

レイフォル海軍主力艦隊旗艦、ホーリーの司令室。100門戦列艦と比べるとやや火力は衰えるが、それでも田舎の文明外国家と劣らない戦闘力を持つホーリーは魔導通信機器を多数搭載し、艦隊旗艦としての指揮通信能力を高めた艦だった。

 

 

偵察中の竜騎士から受け取った通信を艦隊司令に渡した士官は竜騎士の報告を説明する。

 

 

「敵は1隻のみ、ただ全長が300m。巨大な砲を搭載しているとの事」

 

 

提督バル蓄えた髭は海軍の軍人として威厳のある風貌だったが、腹部に蓄積された脂肪が全てを台無しにしていた。最も軍務に忠実であり、艦隊指揮能力はずば抜けていた。

 

 

伊達に提督という地位にいる彼も無能とは無縁である。巨大な船体と巨大な砲に対して眉間に皺をよせ、直ぐに命令を下した。

 

 

「艦隊護衛の3騎を残し、残りの竜騎士を敵艦攻撃に向かわせろ!艦隊進路も敵艦にとれ!」

 

 

「はっ!」

 

 

 波をかき分け、艦隊は進路を敵へ向ける。その一糸乱れぬその陣形は彼らの練度を物語っている。砲艦能力の低い竜母と呼ばれる船舶を他の巡洋艦で守りつつ、進路を変えて航行する様は電子制御でない操舵に神がかった技術を感じさせた。

 

 

魔法にて発光させた誘導灯を持って、竜騎士とワイバーンを誘導する甲板作業員。ワイバーンロードが羽ばたき、飛行甲板を進み、一気に発艦する。失敗すれば竜母に衝突する危険もあるため、高度な訓練を受けた竜騎士でなければ竜母から発艦することはできない。

 

 

そして辺境国とは違い、ワイバーンも一味違う。その強固な鱗と一回り大きいその身体。大空の覇者とも呼べるその巨体をもつワイバーンロードは爵位の意味を持つ竜とあって、その性能は折り紙つきだ。

 

 

発艦した竜騎士は編隊を組み、西の偵察騎が目撃した敵戦艦へ進路を取る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方、グラ・バルカス帝国国家監査軍所属の超弩級戦艦グレードアトラスターは単艦で東に向かっていた。全長300m、横幅も大きく、まさに帝国の象徴ともいえるべき存在。

 

 

46cm砲3連装を3箇所に設置、計9門の主砲は誇らしげに水平線を向く。あたかもそれは、第二次大戦中に大艦巨砲主義と艦隊決戦思想を元に設計された超弩級戦艦大和に酷似する。中央部には城のような艦橋とレーダー装置が設けられ、その技術は旧日本海軍の索敵能力とは一線を画す。

 

 

 空へと向けられた3連装高角砲群はハリネズミのように設置され、高角砲の弾はグラ・バルカス帝国で最近開発された、近接信管が使用されている。かつての大日本帝国海軍の弾頭は接触信管であり、対空防御能力は米海軍のレーダー波を用いた近接信管と比べて格段に低い。大日本帝国の超弩級戦艦大和と酷似するその戦艦は、大和以上の攻撃能力と対空能力を秘めている。

 

 

 

更に、レーダーと連動した対空防御能力と主砲に搭載された光学機器とレーダー照準器は大和にはなく、1945年の日米戦艦と比較しても、比較にならない程の命中精度を持っていた。

 

 

 

46㎝三連装砲の最大飛距離は40km。46㎝砲は山をも削る威力を持つ。もし、駆逐艦や巡洋艦が命中すれば、そのすべてを粉砕できる威力である。仮にジオン軍の宇宙艦艇の重要区画を撃ち抜けば、大破に追い込むことが出来よう。仮に連邦軍陸戦艦艇「ビッグトレー」と単艦一騎打ちをすれば、総合火力からグレードアトラスターに軍配が上がるかもしれない。

 

 

 

そして、機関室や司令部機能を持つ区画には同主砲の直撃弾に耐えられる装甲を持つ重要区画(バイタルパート)が存在。本来ならば随伴艦の駆逐艦や巡洋艦を対水雷防御、対空戦闘防御の役割を担わせ、艦隊を編成する必要がある。

 

 

 

だが、随伴艦艇を持たずに単艦でレイフォル海軍の主力艦隊と対峙するのは、よっぽどの自信を持っていたに違いない。

 

 

 

 

グラ・バルカス帝国国家監査軍所属の戦艦、グレードアトラスター艦長、ラクスタルは艦橋上部の見晴らしの良い場所から双眼鏡を覗き、近くの海上監視につく水兵を激励しつつ、周囲を見回していた。

 

 

「司令室よりこっちの方がいいな」

 

 

 

司令室はその名の通り、戦艦の頭脳にあたる箇所。装甲が張り巡らされ、窓も少なく、風通しも悪い。担当水兵が掃除を怠れば、カビのような匂いですぐに分るほど、湿気の籠りやすい部屋であるため、見晴らしのよく潮風の当る上部艦橋にラクスタルはよく来ていた。

 

 

 

嘗ての軍艦は戦闘指揮所を設けることなく、艦橋といった海戦がよく見渡せる場所から指揮をしていた。指揮官を守ることや、数十キロ先の敵と会敵して攻撃することが多くなった事から、指揮官は装甲の厚い指揮所にこもらなければならず、昔のような矢面に立つ機会はなくなってしまった。

 

 

 

―敵が見えない戦争か

 

 

と、ラクスタルは独り言ちる。

 

 

40㎞先の敵へ向けて砲撃できる性能を持つグレードアトラスター。

 

 

 

駆逐艦や巡洋艦と比べて、目の前にいる戦いではなく、相手の射程外から撃ち込むアウトレンジ攻撃が戦艦の使いどころである。今後の海軍研究所は推進力を持った自立兵器によって攻撃する戦術を考えている。自立型の推進ロケット技術は未だに実用化されていないが、戦艦同士の艦隊決戦はなくなり、空母を主力とする戦闘に置き換えられるのかもしれぬ。

 

ラクスタルは最強の地位を奪うであろう未来の兵器を想像しつつ、自分自身がロートルになっていると感じながら水平線上を眺めていた。

 

 

「艦長!ここにいらっしゃったのですか?」

 

 

「すまん、潮風に当りたくてな」

 

 

本来ならば作戦海域に入っており、司令室にこもらねばならないのだが、敵との会敵が予想より大幅に遅くなってしまったため、司令室を抜け出して上部艦橋から外の眺めを見ていたのだ。

 

 

 

「レーダーに反応、艦長、レイフォル艦隊から多数の飛行物体がこちらへ向かって来ております。司令室にお戻りください」

 

伝令の水兵は報告し、階段から下に降りようとするも、艦長に止められた。

 

 

 

「こっちから行くぞ」

 

「よろしいのですか?」

 

 

艦長が指さす先は非常用のエレベーターである。負傷者や観測班、士官以上でなければ乗ることは許されない。無論、艦長を呼びに来た水兵も乗ることはできないが、艦長他二名程乗れるため、水兵をエレベーターに入れて司令室へと向かう。

 

 

「艦長、入室?」

 

 

 

当直士官が声を張り上げるが、何故か最後の言葉が半音高い。エレベーターには艦長のほか、水兵が乗り込んでいたためである。

 

 

 

 

「構わん、副長!状況知らせ!」

 

 

 

艦長の誤魔化したような命令に、副長は若干苦笑交じりに報告を行う。

 

「はっ、方位010、高度1000、距離40000より多数の飛翔体を捕捉。敵の航空戦力です。ワイバーンなんとかという……」

 

 

 

 ―ワイバーンロードとかいう竜だ。

 

 

艦長は副長のうろ覚えな箇所を訂正する。

 

 

 

先の戦闘にて、パガンダ王国近衛竜騎士団の保有するワイバーンがグラ・バルガス軍のアンタレス型艦上戦闘機部隊に手も足も出なかったことを戦闘詳報で読んでいたため、訂正した。

 

 

アンタレス型艦上戦闘機は先進的な低翼を採用し、信頼性の高い1000馬力級エンジン、ジュラルミン材質の軽量化した機体、ネジ一本に至るまで軽量化にこだわった結果、時速550kmという高速と高い旋廻能力と上昇力を手に入れた。一方で、急降下能力はあまり良くなく、軽量化と引き換えに軽装甲であるが、それを搭載した高威力の20mm機銃と、信頼性の高い7.7mm機銃によって補っていた。

 

 

 

 

ワイバーンの巡航速度は時速230km前後であるため、アンタレスのそれと劣っており、攻撃も口から放つ火炎弾であった。しかも、機銃と比べても弾速は劣っているため、熟練したグラ・バルガス帝国軍のパイロットであれば、回避することは容易だった。

 

 

「失礼、ワイバーンロードの速度は時速350km、パガンダのそれとは大型化しているため、爵位(ロード)を賜っているとか・・・・・」

 

 

「まもなく、目視圏内に入ります」

 

 

 

レーダー観測員の報告を聞き、ラクスタルはグレードアトラスター単艦で攻める事を提案したが、艦隊司令が許可してくれるとは思わず、ワイバーンロードの編隊をどう撃退するか考える。

 

 

「対空戦闘用意」

 

 

「対空―ぅ!戦闘用意!」

 

 

艦長の号令を聞き、復唱。艦内にアラートが鳴り響き、対空銃座に人が配置される。レーダー管制による機銃や機関砲の自動照準ができるが、完璧ではないため引き金と確認は人の手によって行われる。

 

乗組員が被弾時のダメコン・救護の準備に走り回る中、彼らの殆どは熟練した水兵である。何度も訓練を重ねた海の男たちだった。時計を見ながら、艦内の空気が張り詰めていくのを感じていた艦長へ副長が進言する。

 

「艦長、まずは46㎝砲の対空弾を試してみてはいかがでしょうか?」

 

 対空主砲弾は、本来時限式信管を用いた46cm砲の射撃であったが、ワイバーンのような生物を駆逐するため、新型の近接信管の主砲も開発されており、今回試験的に弾薬庫にしまってある。

 

 

 

実戦での使用は初めてであったため、艦長は色々と不測の事態を予想するが、砲術科の古参兵にも仕事を与えねばと命令を下す。

 

 

 

「そうだな・・・主砲発射準備、第1、第2砲筒に、対空主砲弾を装備、一斉射撃を行う。主砲班は泣いて喜ぶだろう」

 

 

 

艦長は笑い、周囲の士官もつられて笑う。

 

 

前甲板の砲塔周囲では、対空見張りの水兵が避難場所へ移動し、砲術科の水兵達はレーダー照準と目視による観測から凡その敵位置を計算する。

 

「対空砲弾、積み込みよし!昇降機起動!」

 

 

弾薬庫管理の曹長がスイッチを押し、重さ約1500㎏近い砲弾が弾薬庫から砲塔内部に押し上げられ、砲塔装弾室へと送られる。

 

 

「砲身よし!」

 

「装填始め!」

 

 

砲術科の海兵が主砲の砲身を目視で確認後、直ぐに砲弾が砲身へと送られ、薬嚢と呼ばれる炸薬が装弾される。そして、砲尾閉鎖器が閉じられ、砲術士官が司令室へ準備完了の報告を行う。

 

 

 

「発射準備完了」

 

 

 敵との相対距離を計算し、レーダー照準とトレースし、主砲が空を向く。

 

 

 

 

 

 

「さて、巨大な花火を打ち上げよう。対空砲弾、撃ち方始め!」

 

 

 

「一番砲塔、第一砲筒発射用意……撃ぇ!!」

 

 

 

 

前甲板の巨大な46㎝三連装砲の一砲が飛来する航空部隊へ向けられ、巡洋艦の主砲とは比較にならない爆音が響き、1.5トンの砲弾が発射された。それは現代のミサイル駆逐艦のVLS発射にも似た爆発のように見えるが、規模は全く違う。通常の対艦ミサイルの炸薬量の十数倍もの火薬が一気に燃焼し、一トンもの質量が放物線を描いて飛来する。その衝撃は海面に波を作り、人ひとり飲み込むような波を作り上げた。

 

 

 

 

 

そして、音よりも先に飛来する対空砲弾が空中で炸裂した。

 

 

 

 

 

それを見た日本人や日系人スぺースノイドならば、大日本帝国が作った三式弾を思い浮かべるだろう。しかし、三式弾は無数の焼夷弾子がばら撒かれ、航空機編隊を炎上させようと考えられた代物だ。発想は良かったものの、実際の戦果は今一つ。次第に通常弾や榴弾に置き換えられてしまった。

 

 

この対空主砲弾はどうだろうか。

 

 

 

対空用時限信管ではなく近接信管を使用し、焼夷弾子でなく、標的の手前で爆発すると同時に、直径一センチ弱のボールベアリングが飛翔する。銃弾と同じかそれ以上の速度で飛来した球体はワイバーンや竜騎士を引き裂いた。一瞬でワイバーン編隊が爆散した瞬間、グラ・バルガスのレーダー員は歓声を上げ、一方魔導レーダーと見ていたレイフォル兵の顔は蒼白に染まる。

 

 

 

 

 

 

レーダー観測員や帆の上に立つ監視員の報告を受けたレイフォル艦隊司令の担当士官は顔を青くして告げる。

 

 

「つ・・・通信途絶、レーダーと監視員の報告によると……攻撃に向かった竜騎士隊は、全滅しました」

 

 

「な……何だとぉぉぉぉぉ!!!!!!!」

 

 

 

敵はたかが一隻と思っていた将軍バルは狼狽え、ワイバーン編隊が全て撃墜されたことに怒り狂った。

 

 

 

 

「文明圏外の蛮族風情に・・・。しかも、たった1隻にか!?敵の攻撃はどのような物か?ムーの飛行機械か?」

 

 

 

 

「いえ、編隊前方が爆発し、一気に編隊が攻撃を受けて墜落したとしか……」

 

 

「……なに……」

 

 

 

担当士官の細々とした報告にバルは頬を引きつらせた。その報告が確かならば、砲撃か超弩級魔導士による攻撃と見て間違いない。だが、ワイバーン編隊が一気に撃墜されるなど、御伽噺か都市伝説、若しくは兵士が酔っ払って嘘を付いたかのどちらかだろうと考えてしまう。

 

 

 

だが、最精鋭のレイフォル主力艦隊が粗忽者を在籍させることはない。会敵する前に酒盛りさせるなど、処刑されてもおかしくない。バルは傲慢で典型的なレイフォル人であるが、その傲慢さを裏付けしているのは、栄えある軍人としての誇りと国へ尽くした忠誠心、人生の大半を海軍で過ごした経験からなるものだ。他の列強以上に訓練を積み、列強外国家を蹂躙でき、かの魔帝軍団とも互角に戦えると自負する艦隊だった。それゆえ部下を疑わず、担当士官の報告に冷や汗を流す。

 

 

 

本当ならば狼狽してもおかしくない報告だが、バルはたるんだ腹の筋肉を引き締めると、艦隊へ指示を下す。

 

 

「竜母『エトラス』『ミランダ』を駆逐艦二隻で護衛。竜母艦長には『エルドラドが売り切れ可能性大、買い出し急げ』と魔信しろ。残りは単縦陣を持って敵を粉砕する」

 

 

 

 

「?……りょ、了解しました!」

 

 

通信士官は艦隊司令の命令を不思議に思ったが、暗号文らしいため急いで魔信を送る。

 

 

 

 

「バル閣下……やはり敵艦は?」

 

 

 

「パガンダに潜伏する外務卿の間者の報告……間違いないということか」

 

 

将軍バルとその副官は既にグラ・バルガスが自国の軍事力を凌駕していることを知っていた。パガンダ奪還の任についた時から、外務卿との接触があり、グラ・バルガスの軍事力について情報交換がなされたのだ。

 

 

 

バルは外務卿の情報を誤報としていた。それに不確かな情報を元に艦隊を派遣せず、外交によって解決するなど、軍人として判断はできない。それ以前に保護国であるパガンダを見捨てることは列強レイフォルの地位が大きく揺らぐことを意味する。

 

 

ただ、もしもの時のために艦隊決戦時に邪魔となる竜母を退避させ、もしもの場合に備えておかねばならなかった。

 

 

 

バルは外務卿の『グラ・バルガスの軍事力は神聖ミリシアル帝国のそれを凌駕する』を言ったことに懐疑的であり、艦隊を指揮する身として征伐を停止することはできなかった。外交以前の問題であり、レイフォルの派閥争いや軍に置ける将軍たちの動き。もし、彼が外務卿の忠告通りに征伐を辞めれば、敵前逃亡と見なされてバルの首は物理的にも飛び、よくて隠居が精々。

 

 

 

 

 

だとすると、バルの出来ることは一つ。敵が何であろうと倒すのみ。

 

 

 

副官は悔しそうな顔をするが、バルは副官の肩を思いっきり叩く。

 

 

「なんでそんな顔をしている!敵は目の前!わが艦隊は最上の敵を見つけたのだ!軍人なら本望だ。」

 

 

 

 

「……はい、敵は火薬を使用する実体弾。威力がかなりあると聞きますが、我々はレイフォルの主力。敵を打ち倒し、レイフォルの港に帰りましょう!」

 

 

 

傲慢で肥えた将軍バル。後世では「強大な敵に立ち向かう蛮勇の将軍」など卑下されることだろう。だが、後世の戦史書に彼らの気持ちや何故戦わねばならなかったのかは記載されていないだろう。

 

 

 

「おい、そこの。これを全艦艇すべてに聞こえるようにしろ」

 

 

「閣下!……了解しました。しばしお待ちを……どうぞ!」

 

 

 

通信士官から送信機のそれを口元に寄せ送信ボタンを押した。

 

 

 

 

「全艦隊に告げる、ワシは海軍将軍バルである。君達は100年無敗の無敵艦隊の精鋭たちだ。我が艦隊はこれより突如として現れたグラ・バルガスの馬鹿どもをパガンダから引きずり下ろす!だが、彼らも強いと噂を聞いているものもいよう……」

 

 

演説は全ての艦に伝わり、全艦放送の出来る百列艦などは水兵の一人一人に至るまで将軍の声を聴く。彼らはグラ・バルガスが強力な軍隊であることを市井で聞いている。血気盛んな者や意気消沈したものなど、士気はばらけていたのだ。

 

 

「敵はたしかに強い。ワシもそれは感じる。恐怖は感じるか?感じるだろう。だが、それより感じるのは歓喜だ。我々は100年無敗の無敵艦隊の記録を更新し。最強の名前を歴史に残せるのだ。」

 

 

「我々はこれまで強大な敵とは戦えなかった。だがこの目の前に来ている。

我々の歴史は始まったばかりだ。彼らを倒して港で凱旋しよう。我々が無敵艦隊を世に知らしめるのだ!!」

 

 

 

彼らは誇り高きレイフォル海軍主力艦隊。100年無敗の無敵艦隊。彼らが望むのは最上の敵なのだから。

 

 

 

 

 

将軍バル配下のレイフォル艦隊は綺麗な単縦陣を組んで航行する。先頭を行く戦列艦は敵の砲火に晒されやすいものの、敵が有効射程距離内に入り次第、一気に左右に散っていくT字陣を組む腹積もりだ。

 

 

 

艦砲射撃は艦首から撃つよりも側面から撃った方が、火線は多い。必然的に敵への砲撃が集中してしまう。これは日露戦争時に日本がロシアのバルチック艦隊を葬った戦法であり、連合艦隊司令長官の東郷平八郎の名を取って「トーゴーターン」と呼ばれている戦法である。

 

 

 

レイフォルが列強として君臨する理由が文明の差だけでなく、こうした稀有な戦術家がいたからこそ、無敵艦隊と自他ともに認められていたのであろう。戦列艦に追随する輸送艦や快速航行を行う駆逐艦は単縦陣から離れ、比較的に火線の届かない場所へと移動する。

 

 

そして、将軍バルは双眼鏡を覗き、微かに見える船影を捉えた。

 

 

 

―報告よりも随分でかい……

 

 

バルはその光景に恐怖した。

 

 

 

見る限り、鋼鉄の材質が見え隠れし、あたかも其れは城のよう。

針鼠の如く、火砲が周囲に向けられ、まるでワイバーンを落とすかのように配置される。もし、ワイバーン編隊があれにやられたとすれば、その弾幕の量は戦列艦に相当する。

 

 

 

ワイバーンが戦争に投入されて以降、戦争の主役はワイバーンが担っている。情報を制したものが勝利するため、ワイバーンの情報収集能力や人馬よりも早い機動力は運用次第で、小国であっても大国を圧倒するものとされる。そのため、文明外国家はワイバーンを撃墜すべく、対空用の弓や投石器などを開発し、魔導砲による攻撃。連発式魔導銃などの開発に資金を投入していた。未だに高価であるために、司令塔である将軍バルの乗艦にしか配備されておらず、主力戦列艦には配備されていない。

 

 

もし、かの船が連発式対空魔導銃や高度に発達した対空兵器を保有していたならば、ワイバーンの全滅報告の筋は通る。

 

 

だが、約40のレイフォル艦隊の集中砲撃を浴びせられれば、如何なる艦とも無事では済まない。例え、神話にある古の魔導帝国の艦艇でも撃滅できる艦隊。バルはお守りである自身の勲章を触り、意を決して司令席から立ち上がる。

 

 

「敵艦との相対距離4kmの時点で、左右に回頭。包み込むようにして砲撃を加える!」

 

 

「了解!……先鋒の戦列艦ガオフォースが距離4㎞に入ります」

 

 

「直ちに面舵一杯!次艦トラントは取舵一杯!射線を味方艦に当てるな!各艦射程に入り次第自由射撃!」

 

 

 

バルは吠え、すぐさま先鋒のガオフォースが受信、艦長は通信士官から命令を聞くとすぐさま航海士に面舵を指示し、砲術長に砲撃を準備させる。

 

 

「弾種は徹甲弾!一斉射で仕留めるぞ!」

 

 

「了解!徹甲弾込めろ!」

 

 

砲術長の命令によって、戦列艦の砲列甲板は騒がしくなる。前装砲であるため、砲口に爆裂魔法とエネルギー体である魔法石を細かく砕いで作った薬嚢を入れ、先に貫通魔法を付与した徹甲弾を装填する。他国の戦列艦より強力な砲撃を食らわせることのできるレイフォルの新兵器であった。

 

弾頭に破壊力を持つ魔法石と貫通術式の込めた魔術を封入し、強度の高いミスリルを使用しており、貫通力は従来の二倍を誇る。例え、ムーの金属製艦艇を撃破せしめるという触れ込みの元導入された砲弾は非常に高価であるが、非常に強い攻撃力を秘めている。

 

「砲甲板口開け!」

 

水兵が人力で押し出し、開かれた甲板口から出されたのは数十の砲口。砲術兵によって照準が合わせられ、巨大な戦艦、グレードアトラスターへと向けられていた。

 

 

「レイフォルの特性徹甲弾、とくと味わうがいい」

 

 

「敵艦の砲が旋回しています!」

 

 

「ほう……でかいな」

 

 

後方にいた司令艦に乗艦するバルは艦長の指摘から双眼鏡を覗き、敵の艦砲の大きさに驚いていた。

 

 

戦列艦の先込め式艦砲よりも数十、いや百倍ほどでかいその巨大な火砲は、何人もの兵を使って動かしているのか定かでない。だが、明らかに人が飛び出しそうなほどの巨大な砲は、先鋒の戦列艦に照準を合わせていた。

 

 

「この近距離であの巨大な砲を向けるとは……」

 

 

近距離での砲は命中率が悪い。発砲の衝撃によって歩兵が被害を受けると聞き及んでいたバルであったが、近接艦砲射撃はより、有効射程距離の短い砲が有利であり、一々弾種を変えなければならない。巨大な砲に装填することを考えれば、人力で10分以上を有するとバルは考えていた。

 

 

そして、航行中の砲撃はそうそう当らず、数百の砲撃によって当たるものであり、最終的にバルは至近距離による砲撃と海兵隊による乗艦攻撃を想定していた。そして、先鋒の戦列艦ガオフォースが砲撃を加えるさまを見ようと身を乗り出すようにして眺めていたが、突如地響きのような音が周囲に響き渡った。

 

 

「何だぁ!!?」

 

 

司令官と言う任についていながら、醜態を晒してしまうことを考えず、椅子から転げ落ちる。とはいえ、艦橋に詰める将軍の他幕僚や水兵も身を屈め、及び腰になっている者も少なくない。

 

まるで空気が引き裂かれ、間近で爆発がしたかのような音。以前、弾薬を満載した戦列艦が誘爆によって大爆発した以上の爆発音。一体、どこからかと目を向けると、其処には砲撃を行った敵戦艦の姿があった。

 

 

「なんという衝撃!敵の火砲は化け物か。いや、この砲撃でやられた艦は?!」

 

 

「司令!ガオフォースが!」

 

 

 

「!?」

 

 

幕僚の一人が狼狽えたように声を張り上げ、指をさす。それはバルにとって信じられない光景だった。まるで、神獣や神話で出てくるような怪物が船体を真っ二つにしたように、レイフォルの誇る百門戦列艦ガオフォースの船体の上半分が綺麗になくなっており、まるで齧られたかのように無数の穴や破片が周囲の海面に散らばっていたのである。

 

 

「戦列艦ガオフォース、やられました!」

 

 

「・・・・・・・・・」

 

 

バルはあまりの衝撃的光景に声も出なかったが、直ぐに自分が誇りあるレイフォルの艦隊司令官であることを思い出し、胸に付けていた勲章を握りしめ、手袋から滲み出る血を気づかず、絶叫のような命令を下す。

 

 

 

「全艦あの艦へ砲撃しろぉ!ガオフォースの敵を討てぇ!」

 

 

左右に展開した戦列艦は命令に従い、一気に砲撃を加えた。単縦陣で進みながらの一斉砲撃はあたかも一大海戦の一シーンとして、映画や写真、若しくは絵画として歴史に残る物になった光景だろう。

 

 

ほぼ一斉に放たれ、二射三射と断続的に放たれた砲弾はグレードアトラスターの装甲に当たっては爆発し、黒煙がグレードアトラスターを包み込む。一隻に対して過剰攻撃に思えるような数百発もの砲弾がグレードアトラスターの装甲に命中して爆発。魔導接触信管が作動し、一気に魔石と反応して爆発。装甲を突き抜けんと衝撃がグレードアトラスターの船体に伝わった。

 

 

 

「・・・・・・・・・やったか?」

 

 

 

 

 

 

誰が言ったのか。

 

 

 

 

 

フラグという概念がない以上、誰もその言葉を言った彼を責めはしまい。

 

 

 

だが、その台詞に答えたのは他ならぬ其れグレードアトラスターだった。

 

 

 

黒煙に包まれた鋼鉄の戦艦は周囲の戦列艦に照準を合わせ、一気に砲撃を食らわせる。砲撃の瞬間に黒煙は空気が裂けたために、一気に発散し、表面がへこみ塗装が剥げ、木製甲板が炎上しているものの、船体に何らダメージが与えられていない様はレイフォル将兵を恐怖に陥れた。

 

 

 

 

その砲撃は次に近づいていた戦列艦トラントに命中、46㎝三連装砲に装填された対空主砲弾の一発が命中する寸前に爆発。飛散するボールベアリングが高速でトラントの船体に穴を開ける。まるで蜂の巣や穴あきチーズのように空いた無数の穴。ボールベアリングが搭載された弾薬を傷つけ、一気に爆発した。

 

 

 

 

「戦列艦トラント爆沈!!!」

 

 

 

「敵は化け物か!!」

 

 

 

 

木製らしい甲板は炎上しているものの、鋼鉄の装甲はへこみこそすれど無傷のまま。砲撃の影響からか、いくつかの副砲は破壊したが、針山のようにある無数の砲は無傷であった。そして、その無数の砲が一気に発砲して、先の砲撃とは違う連続的な砲撃音が響き渡った。

 

「戦列艦レイフォル被弾!!」

 

 

未だ高価とされる連発式魔導砲。それを可能にした敵の軍艦は蛮族なんてものではない。自分達よりも遥かに進んだ技術を持つ軍隊。

 

 

 

 レイフォル無敵の象徴と謡い、100門級戦列艦と最新式の対魔弾鉄鋼式装甲を持って列強国を打ち破る世界最強と自称していた。だが、戦ってみてどうだ?まるで『井の中の蛙大海を知らず』『田舎者の見栄』とも劣らない有様である。寧ろ、蛙の方がマシかも知れない。何故なら、大海に出る必要はなく、これほどまでに強大な一隻の戦艦に立ち向かわずに済むのだから。

 

 

 

そして、自分達の艦砲よりも小さい砲の集中砲火によってレイフォルは爆沈。海底へと沈む。戦艦の反撃によって次々と沈められている光景は悪夢としか思えない。もし悪い夢なら冷めてくれとバルは思う。

 

 

だが、それは現実である。

 

 

 

離れれば、どの道主砲の餌食となり。主砲の使えない近距離に接近しても、先の戦列艦レイフォルのように蜂の巣にされてしまう。打つ手がないことが分かり、バルは拳を振るわせていた。

 

 

「・・・・・・・・・戦列艦『ボノファン』『ロスキー』はこれより戦域を最大船速で離脱。駆逐艦は僚艦援護に回れ」

 

「了解!直ちに!」

 

 

「将軍、我が艦は?」

 

 

ボノファンとロスキーは残された戦列艦の中でも強力な戦列艦の一つである。まだ、敵との交戦距離に入っていないことが幸いして、損害は全く出ていない。

 

副官は敵に近い艦を囮にして、残存艦艇を逃がす算段かと思い、将軍に尋ねるが、将軍は予想とは裏腹に司令席から立ち上がり、近くの水兵を遠ざける。

 

 

 

「これより、降伏の旗を掲げる。他の艦も後に続け。艦隊は降伏。ボノファンとロスキーは艦隊命令に反して独断離脱。航海日誌には徹底抗戦の命令を出すも、戦力差は歴然。乱心したワシは副官の降伏の意見にケチをつけ、その場で命を絶つとでも書いておけ」

 

 

 

 

 

「将軍!待ってください!」

 

 

バルは腰にあった魔導先込め拳銃を引き抜き、こめかみに当てた。

 

 

 

「どうせレイフォルに帰れば、粛清の元ワシは処刑。撤退や降伏した将軍がどうなるか知っているだろう?」

 

 

 

負けは許されない。レイフォルの勝利は絶対であり、負けたとなれば王家や民衆は納得いかない。もし、将軍が戦力差は歴然であるにも関わらず、徹底抗戦を指示して乱心。その後、自害するようなことがあれば、無駄死を避けるために、指揮権を貰った副官が降伏宣言しても問題はない。

 

寧ろ、無駄死させようとした将軍一人に責任が回り、配下の兵たちは責め苦を追わずに済むのである。

 

 

 

「将軍!」

 

 

副官は止めようとするが、既に遅かった。将軍バルは初戦で勝利を収めた時に陛下からもらい、御守りとしていた勲章を握りしめて引き金を引いた。

 

 

 

「レイフォルに栄光あれぇ!!」

 

 

 

指令戦列艦ホーリーの艦橋に銃声が響き渡る。

 

 

 

 

 

レイフォル沖海戦は、レイフォル主力艦隊の降伏によって幕を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「降伏は司令の副官が。当の司令官は徹底抗戦を命令して拳銃自殺とは」

 

 

 

ラクスタルは降伏した戦列艦ホーリーに乗船した陸戦隊指揮官の報告を聞き、顎をさする。考える時のいつもの癖であるそれは副艦長を疑問にさせる。

 

「どうかされました?」

 

 

「自身を乱心した愚将にしたようだな。レイフォル艦隊の指揮官は非常に優秀なようだ。あの戦術をあの文化レベルで行うとは大したもの」

 

 

 

ラクスタルは嘗てグラ・バルガスが建国され、一大海戦の最中に名将軍が使った艦隊陣形を思い出し、バルが使った戦法と全く同じだったということに気づいていた。百年前の戦列艦が現役の時、その戦法はまだ確立されておらず。如何に艦隊司令のバル将軍が優れていたか、ラクスタルは自身の慢心に対して、改めなければと反省する。

 

 

もし、敵艦が一斉に吶喊し、海兵隊を乗り込ませていたらと考える。グレードアトラスターの武装は海戦主体で施しているが、陸戦隊の装備は必要最低限。乗組員は対歩兵戦闘に関しては門外漢であるため、殴り込み部隊との戦闘になれば勝ち目があっただろうか。

 

 

 

蛮族と侮っていたこともあり、白兵戦になれば多くの兵員が失われていたことだろう。そう考えれば、バルの判断によってレイフォル将兵が生き残り、ラクスタルの慢心から部下を危険にさらしかねない状況だったことに、反省しなければならなかった。

 

 

 

「そうですか?敵は蛮族……」

 

 

「敵の指揮官は姿はどうあれ優秀だったという事さ。母国ではどう判断するか分らないが」

 

 

 

ラクスタルが正しければ、将軍バルは栄光あるレイフォルの歴史に泥を塗った愚将として語り継がれることだろう。戦力差は歴然であったのにも関わらず、徹底抗戦を呼びかけた狂人として。だが、ラクスタルの考えは違う。戦った後のことも考えて、自分を犠牲にしてまで兵を守る姿勢には、尊敬に値すると考えていた。

 

 

「そうですか……、艦長。話は変わりますが、目的地の座標まで残り10分です」

 

 

 

「わかった、砲雷長に指示を。作戦目標変わらず、主目標は敵陸軍基地及び敵軍港。ただし、司令部は極力狙うな。戦力差がわかる人員を残さねば、降伏しないからな」

 

 

 

「了解!直ちに」

 

 

 

 

 

 

レイフォル国首都、レイフォリアは、戦艦グレードアトラスターの砲撃によって陥落した。軍の要所に砲撃がなされ、首都防御能力は麻痺。ワイバーンを主力とする航空戦力は軒並み破壊された。レイフォル沖海戦から生き残った将兵の報告を元にレイフォル首脳部は降伏を受諾。皇帝はグラ・バルガス帝国によって廃位、本国へ護送され、幽閉される。レイフォルはグラ・バルガス帝国の属州として統治されることになる。しかし、飛竜母艦二隻が健在であった事や降伏後に帝国が戦列艦を賠償として欲しがらなかったことも含め、レイフォルは属州として取り込まれたにも関わらず、レイフォルという名と国土防衛能力は保持され続けた。

 

 

戦艦グレードアトラスターは、たった1艦でレイフォル艦隊を撃滅し、そのまま首都の防御能力をせん滅、降伏に追い込んだ世界最大最強の船として恐れられることとなる。

 

 

グラ・バルガス帝国の名前はレイフォルの降伏によって世界に響き渡り、世界秩序は大きく変わり始める。

 

 

 

 

一方、主力艦隊将軍バルは当初、敗軍の愚将として貶されたものの、グラ・バルガス帝国の国家監査軍、グレードアトラスター艦長のラクスタルは彼の取った行動はレイフォルのためであったと主張。

 

両国の有識者の認識がわかれることになり、後年の文化交流の際に旧レイフォル軍主力艦隊のバル将軍の評価は改められることとなる。

 

 

 

 

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スペースコロニー『サイド7』

 

 

サイド3から最も離れ、未だに地球連邦軍の勢力下に置かれる其処は急速な発展を遂げていた。開発途上であったサイド7の1バンチコロニー『グリーンノア』は急速に地球連邦派の市民が集まったことにより、開発が急加速。

 

開戦前の頃とは打って変わって大きくなり、既に完成間近となっていた。一方、2バンチコロニー『グリプス』の建造も進んでおり、其処は連邦の軍用コロニーとして半分以上の建設が終了している。既に、グリーンノア1のMS製造工場や試験場などが移転しており、新規入隊者を募り、補充兵のブートキャンプも用意されていた。

 

 

 

「アムロー!ご飯持ってきたわよ!」

 

 

グリーンノア1の中流階級向けの住宅団地に少女の声が木霊する。天真爛漫と表現できる活発な印象を万人に与えるであろう少女の名はフラウ・ボゥ。近所の少年に母が手作りした料理を渡そうと家にやってきていた。

 

 

アムロの父、テム・レイから息子をよろしくと言われ、拡大解釈をした彼女は何時もの如く、アムロの世話を焼く。それはクラスの委員長としての仕事ではなく、異性として見ているからだろう。

 

 

父と息子の二人暮らしであるが、父は2バンチコロニーから帰ってくることはなく、実質広い一軒家で一人暮らしをしているような有様である。そして、少年一人の生活となると、家の惨状は想像できるだろう。脱いでほったらかしの衣類や食器、食べたお菓子の袋、そしてフラウが昨日渡したタッパーなど、洗いもせずにそのままになっているのである。

 

 

 

 

「もぅ~!お父さんから綺麗にするよう怒られたばかりでしょ!」

 

 

フラウはため息をつきながらも、補充していたゴミ袋に放置されたペットボトルや菓子の紙袋やポテチの袋を拾っては棄てていく。

 

 

手慣れたもんだなー、なんて考えがフラウの脳裏に過ぎり、急速な勢いで未来が想像されていく。エプロン姿の彼女、そしてキッチンでアムロを迎える。所謂、「ごはんにする?お風呂にする?それとも私?」的な妄想である。そんな思考から、顔を真っ赤にしている当たり、青春真っただ中の乙女である。

 

 

「フラウ、脳波レベル上昇!上昇!恋ナノカフラウ?」

 

 

「ちょっと、ハロ!?そういう事言わない!?」

 

 

 

まだフラウが小さいころに流行った、子供向けのロボット。子守も出来る万能ロボットであり、今では中古品店に見かけるような、倉庫で埃に埋もれるような物。言わば、玩具用ロボットである。会話もできるのだが、元々の製品に二足歩行や防水機能はない。

 

フラウはアムロのそんな電子工学の技術は凄いと思っていた。

 

実はテム・レイの入れ知恵によって、教育型コンピューターのハードを無理やり入れており、集積されたアムロのデータや身体情報を元に判断を行うのである。また、フラウの脳波や生体情報も記録されているため、健康状態もわかる優れモノである。

 

 

 

元々の設計がよかったのか、そうした色々な魔改造によって全くの別物になっていた。かかった費用は市販のハロの20個分に相当し、型落ち軍用品グレードの集積回路を使っている当たり、非合法すれすれの部分があったりする。

 

 

流石に四次元ポケットはないものの、凄いトンデモメカであることは間違いない。フラウが手伝うように言うと、器用にゴミ袋にペットボトルやごみをしっかりとやるあたり、フラウは一瞬、ハロに掃除をさせればどうだろうと考える。

 

 

「ねぇ、ハロ。もしかして、掃除用モジュールとかってあるんじゃない?」

 

 

「アルヨ、アルヨ、デモ使エナイ」

 

 

「どうして?」

 

 

「テム・レイニスルナトロックサレテル」

 

聞けば、既にアムロが5回チャレンジしたものの、未だにロックは解けていない。よく考えてみれば、ハロに掃除をさせてしまえば、掃除のできないダメ(アムロ)の出来上がりである。ハロが居なくなれば、どうなるか想像できる。まるで旧世紀のゴミ屋敷のような事になりかねない。フラウは父、テム・レイの判断を称賛した。

 

 

とは言え、殆ど育児放棄の父親になっているが、こればかりは世界情勢的に難しい。

 

 

「ハロ、IDカード何処か知らない?」

 

 

「アムロ、IDハリビングニアル」

 

「アムロってば?!なんで玄関まで汚いの……」

 

 

アムロの部屋の扉を開いたフラウはアムロの様子に驚く。そこにいたアムロは連邦軍の軍服を着ている最中であった。

 

「フラウ、見惚レテル!」

 

 

「ハロ、黙ってってば!」

 

フラウはこれまでだらしのない格好しかしていなかった幼馴染の少年アムロの格好は全く変わっていた。青を基調とした、訓練生の軍服である。

 

ジオンの軍服と比べると地味であり、若者からはダサいと酷評される。そんな軍服よりも、早く正規の軍人になりたいと願うために、卒業する率が上がるなど都市伝説的なものがある。フラウにとって恋焦がれる幼馴染が軍服を着ている事実が何よりも際立たせる。かっこ悪いかどうかなんて二の次。何故なら、タンクトップにパンツの姿を見ているフラウにとって、まさに生まれ変わったかのように見えたからだ。

 

 

ハロに言われたアムロはテーブルに置いてあった写真入りIDカードをIDカード入れに入れて、胸ポケットに引っ付ける。ホルスターをベルトに通し、連邦軍が採用するM71拳銃を入れる。

 

 

「アムロ、見違えたわね」

 

 

「そうかい?僕は今でも見間違いだって思いたいけど」

 

 

 

―カイさんの皮肉が移ったのかな?

 

 

ふと、連邦軍の徴兵規定にギリギリだったハイスクールのダブリ同級生を思い浮かべる。アムロもコロニーと友達を守るために、連邦の半ば強引の召集令状を受け入れ、二か月間の基礎訓練を終え、適性のあったMS操縦訓練に入る。パイロットとして、MSパイロット章(コロニー・ウィング)を取得すれば、下士官として任官することができる。

 

 

とはいえ、軍服のデザインを考えるならば、ジオン軍の士官服の方が好きであったりする。

 

 

「そんなこと言って……お父さんがMSパイロット試験に合格したら、テストパイロットとして推薦するって言ってるじゃない」

 

 

「それじゃあ、身内びいきだって思われるじゃないか!ただでさえ、テム・レイ開発部長の子供だって、教官からも手加減されてるんだ。」

 

 

 

まだ15の少年である彼は反抗期まっさかり。父との会話など、数回帰った時に話したっきりである。地球が無くなってからと言うもの、顔を出したのは入隊の前日だった。父親として育てられていた記憶は幼いころにしかなく、サンフランシスコ近郊の街から出てからは、月のアナハイム社の社宅に住み、授業参観や運動会へ顔を見せたことはない。記憶にあるのは、疲れ果てた父の顔とコーヒーを催促する父。

 

ただ、親としての顔が見られたのは、家族のイベントである週に一回の外食にて、周りの目を気にせず、電子工学やロボット工学の話ばかり。「あれでもテム・レイ技術部長の倅かなんて言われないようにしろ」と言うのが口癖。

 

 

そんな父の背中を見ていたアムロであったが、不思議と国のために日々研究所に缶詰になりながらも、たった一人の息子であるアムロの事を不器用ながらも心配してくれる様は尊敬していた。だからこそ、自分も全力で期待に応えたかったのだ。

 

 

敵軍の将であるガルマ・ザビも親の七光りと思われるのが嫌であったために、戦場で手柄を立てることに執着していた。アムロも似たようなものを感じていたに違いなく、軍の高官だからと手加減されたくはなかったのだ。

 

 

 

とはいえ、アムロの潜在能力は高く、基礎訓練時における反射神経のテストやMS操縦に関する予備知識は相当なものであり、MSパイロットとして非常に適性があることから、父テム・レイの判断は間違っていない。それどころか、テム・レイの判断に懐疑的なMSパイロットでさえ、アムロのたたき出す成績に驚き、逆に推薦までしたのだから、決して身内びいきという類のものではなかった。

 

 

 

 

「……そうね、でもアムロの実力があったからこそでしょ。そうじゃなかったら、お父さんだって推薦なんかしないはずよ」

 

 

 

「そうらしいけど……なんか、嫌なんだよな」

 

 

「何が?」

 

 

アムロのぼかしたようなセリフにフラウは首を傾げる。

 

 

 

「何か、家族で戦争やってるみたいでさ。僕たちこんなことしてる場合じゃないんじゃないかって思う時があってさ……」

 

 

 

アムロの直感的な台詞にフラウもなんて言えば良いか、返しに困る。アムロのそういった根拠のない唐突な気持ちの吐露はよくあり、アムロの世話をしている時間が長いフラウはアムロの繊細な一面を理解しているつもりだった。

 

 

 

「そう・・・・・・あ、そうだ。アムロに言ってなかったけど、私も軍に入ることになったから」

 

 

 

 

「え、フラウ!君に軍人は……」

 

 

 

「医療ボランティアよ。一応、軍属だからってかわいい制服もらえるのよ」

 

 

軍人になるのかと勘違いしていたアムロであったが、医療ボランティアよりも制服目当てじゃなかろうかと、邪推してしまうアムロ。フラウがナース服を着ている姿は想像できたが、しっかりと看護師のような仕事ができるのか、あまり想像できないアムロだった。だが、何度か会話をしたことがある、ルウムで家族を亡くして移住してきた診療所の助手として

勤務する、美人で評判の人を思い出す。

 

―そう、たしかセイラ・マスって人だ。

 

 

シルクのような滑らかな金髪に透き通った肌。青い瞳が見え、その整った美形にクラスの男子が噂していた。フラウと共に買い物をしていた時にデートと言われて、フラウが真っ赤になっていたのをアムロは思い出していた。

 

 

『彼を大事にしてね』

 

 

彼女のそんな何気ないセリフを思い出し、自分が何で軍を志望したのか思い出す。そう、世話焼きの彼女やコロニーを守るために軍人になったのだと。

 

 

「アムロ、セイラさんのこと思い出してた?」

 

 

「アムロ、脳波レベル上昇!コレハコイカ?」

 

 

ハロのセリフが決定的な一打となった。フラウの嫉妬から爆発した怒りの一撃はアムロの天然パーマへと降り注ぐが、そこはニュータイプ故か、回避行動を取る。それでも、フラウがクラスや下級生への熱血指導で培われた鉄拳は、アムロを追尾する。

 

 

 

「ま、待ちなさい!アムロ!幼馴染の良さを分らせてあげるんだから」

 

 

「フラウ、脳ノCPUガ暴走!」

 

 

レイ家のリビングは混沌とした戦場となる。ほったらかしの衣類やゴミが散乱し、瞬く間に散らかっていく。これも二人とロボットにとっては日常。遠い宇宙(そら)の向こうで戦争が行われていても、未だに戦禍のないこの地は仮初の平和が維持されていていくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「閣下、間もなく放送が始まります」

 

 

「ルナⅡ経由で月面へレーザー通信で流されます。ジオンの民生衛星通信も受信でき、全人類へ放送できます」

 

 

「あの惑星へのアナログ通信、ラジオなどもすべて順調です」

 

 

 

 

 

 

 

未だ作り立ての塗料や接着剤の匂いのするスタジオに、多くの連邦軍広報官が報告を行う。既にテレビカメラを構える技官の姿や原稿を見る佐官級の将校、アナハイム社の重役、各コロニー国家から来た外交官も顔を揃えていた。

 

 

 

その放送は地球連邦政府無き後、亡国の軍となった地球連邦宇宙軍の総決起スピーチが行われるという事で、多くの将兵たちはテレビ越しで放送を待っていた。

 

 

 

「将軍、制服をもう一度確認させてください」

 

 

 

「問題ないだろう。君のデザインした軍服なのだから」

 

 

 

その人物の制服を整えようと、メイクの人や軍服のデザイナーが彼の軍服の最終チェックに入っていた。

 

 

「新しい軍服であるのだから、気を使うのは分かるがな……」

 

 

スタジオの壇上に立ち、原稿と水の入ったコップがおかれる。それはまるでムンゾの独立宣言を行おうとした矢先に斃れたジオン・ズム・ダイクンのそれと似ており、その光景を直に見ていた総司令官のレビルはそれを思い出していた。

 

 

 

―あれから、十年余り。あの場所で始まったのか……

 

 

 

制服の直しが行われる中、レビルはムンゾ自治共和国の議事堂で起きた事件を思い出す。

 

独立宣言を行おうとした矢先、ダイクンは演壇の上で斃れた。ストレス性の心筋梗塞であると伝えられたが、レビルを含めた連邦高官はザビ家による謀殺と断定していた。

 

 

 

 

ともあれ、連邦側もそれを容認していた。ダイクンは思想家であったが、政治家ではない。ムンゾが自治を得て、最終的にコロニー国家が地球と対等な関係を結ぶことは、レビルのようなリベラル派の軍人や改革派の政治家、経済界などが望んでいた事。ムンゾが連邦と対等な関係を結ぶことはコロニーと結びつきの強い連邦政府官僚や軍人、財界など各界が求めていた。そのため、ダイクン率いるムンゾ政府を彼らは支援した。中央政府に知られないよう、ムンゾの工業化に力を貸し、多くの技術力を持ち、主権国家の基本である国防軍の創立まで行った。

 

だが、支援した連邦改革派の思惑は大きくそれていく。

 

 

国力の差を考えず、急激な軍備拡大をしようとするダイクンは連邦政府からマークされ、駐屯軍の警戒レベルは軒並み上がり、その上連邦からの独立宣言を行おうとした。既得権益を守ろうとする連邦の腐敗した官僚にムンゾそのものをつぶされかねない。ダイクン家の次に影響力を持つザビ家やその他の財界はダイクンの存在を危惧していたに違いなく、国父と称される彼が国を滅ぼしかねない存在だと判断した彼らはダイクンの排除に動いたのだ。

 

 

そして、ダイクンの死とザビ家の台頭によって、運命の歯車は大きく回りだす。

 

 

外交努力を主としていたデギンは歳を重ねて影響力を弱め、長男ギレンが総帥としてジオン共和国を掌握するまで、誰一人として彼の意思を気づくことはなかった。

 

 

 

ギレンの著した『優性人類生存説』。

 

 

まるでジオン・ズム・ダイクンのニュータイプ説を都合よく折り曲げた、時代錯誤の選民思想は多くの知識人やアースノイド、スぺースノイドから批判を浴びた。しかし、長年による地球連邦の搾取と重税により、ムンゾ国民の支持は多く、まるでダイクンの妄執にとらわれたように。

 

 

 

そこからは雄弁家、扇動能力にたけたギレンにより国を掌握。

 

 

 

戦争へと突き進んでいったのだ。

 

 

 

そして、地球の消失と言う説明できない事象によって、地球連邦軍は自身の存在意義を揺らがせ、巨大な組織である故に各コロニーへ混乱を撒き散らした。末端兵士による暴走や司令部そのものの混乱。臨時連邦政府の樹立のための外交努力など、ジオンと言う敵に対しての警戒を怠り、先のルウム会戦のような惨状を呈してしまった。

 

 

水面下で連邦を支持するコロニーもある他、アナハイム社やジオンのダイクン派と呼ばれる反ザビ派もレビル率いる連邦軍へ支持を表明している所も少なくない。そして、地球連邦としてではなく、反ザビ運動を明確にする演説をレビルは行おうとしていた。

 

 

 

「放送まで10秒!」

 

 

「閣下、リハーサル通りにお願いします」

 

 

「わかっている、儂とてTVアナウンサーの如く、その場しのぎで話したりはせんよ」

 

 

 

レビルの傍を離れない副官へそういい、幾つも修正した原稿をちらりと見る。最初の草案原稿から度重なる修正と企業側からの要望。コロニー政府からの要請。反ギレンの意思表明を求めるダイクン派の方々。

 

 

 

レビルは自身が道化の操り人形になっているような気がしていたが、政治家と言う存在はそうした事がなくては生き残れず、リベラル派の将軍として、民主主義を掲げる地球連邦市民の一人として戦わねばならないと心に決める。

 

 

 

 

「放送開始まで、3・・・2・・・1……」

 

 

カメラが起動し、衛星やレーザー、アナログのラジオ放送など片っ端から情報送信技術を用いて行われた電波放送。それは反対側に位置するサイド3にも届き、戦禍を免れた通信中継衛星を経由して全世界に放送された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「地球連邦宇宙軍司令及び臨時全軍司令官のヨハン・イブラヒム・レビルであります。未曾有の事態に際し、超法規的措置として地球連邦政府の暫定政府樹立のため、各コロニー政府と共に政権樹立に向けて準備を進めてまいりました。

 

 

 

しかし、結果は失敗に終わりました。ご存知の通りですが、ジオン公国による宣戦布告によって我が地球連邦宇宙軍司令部、『ニューヨコスカ』は破壊され、多くの連邦将兵と皆様の血税によって建設された艦艇を多く失いました。これは私の作戦や指揮、そして政治関係に疎い、私の至らなさが原因であります。

 

 

今こうして私が話しているのは、勇敢なる連邦将兵と皆様の絶え間ない支持があってこそ。敗軍の将として叱責されるのであれば、私は軍事法廷に自ら出廷し、己の人生を銃殺隊へと委ねましょう。もし、私が再び、コロニーに住む皆様方の守護者として求められたならば、私は全身全霊を持ってこの雪辱を期すでありましょう。

 

 

今、サイド1,2,4,5,6の各自治政府と月面自治政府がジオンと条約を結び、セツルメント国家連合を設立したことは存じています。私は兼ねてより、地球連邦の腐敗した政治やコロニーへの搾取体制に対して、彼らを倒さねばならないと改めて感じておりました。絶対民主主義の名の下に隠れ、何一つ成しえない高官たちが既存権益を貪り食うことは許してはならない。反乱軍の将として死刑台に送られる覚悟で挙兵していた事でしょう。

 

 

 

こうしたコロニー政府の連合体。より良い人類の未来を築くための世界秩序は何よりも必要であると考えております。

 

 

 

 

 

しかし!

 

現時点での結成はなりません!

 

 

これは選民思想に則って行われる悪魔の契約であると断言できる!

 

 

ジオン公国公王デギン=ソド=ザビが、公国の実権を握った時に語った傲慢不遜な言葉を思い出してほしい!『ジオンの民は選ばれた民である』と。

地球連邦の民は、旧来の因習にとりつかれて、宇宙圏の人類の意識が拡大しつつあるのに気づかぬ、古き民である。ジオンの国民が古き悪習に捕らわれた民に従う謂われは無いと言う!

 

 

 

 

確かに、地球連邦の腐りきった官僚たちに人類の舵取りを差配するには無理がある。

 

 

 

しかし、デギン=ザビの語る一面の真理にのみ眼を奪われてはならない!

 

 

 

所詮ジオンの独裁を企むザビ家一統の独善である!

 

 

 

国家を束ねんと欲するならば、何故ギレン・ザビは『優性人類生存説』を書き上げたのか!!

 

 

 

百歩引き下がってザビ家のジオン独裁を認めたとしよう!

だが、何故地球連邦そのものまで!

 

 

そして、新たに友邦になった新たな惑星の民までもがザビ家の前に膝を折らなければならないのか!

 

 

 

地球連邦は個人の人権の確立の上に立った政府である。セツルメントは後継の組織と思われるだろう。しかし、あれはザビ家の傀儡に過ぎず、ザビ家の輔弼する悪習そのものになり下がったのではないか?

 

これらは先のデギンの言っていた旧来の因習を復古させ、人類をザビ家の家来とするような悪習。正に地球連邦政府の軟弱とも酷似すべき特徴である!

 

 

あのギレン=ザビは言う。討つは地球連邦の軟弱であると!

 

 

だが、地球が無くなった時、その軟弱はあったか?いや無かった。数万の連邦将兵を虐殺し、彼らの家族を葬り去った彼にその大義はあるか!?

 

 

 

ギレンは著書の中でこう言った『自然体系の中、人類のみが強大に増え続けるのは、自然の摂理に反する冒涜である。それを今こそ管理して、自然体系の中の一つの種として生息しなければならない時、人類の削減は為さねばならぬ』

 

 

 

 

これが真理だろうか?

ギレンはこれを書き記した時、何を考えたのか?

 

 

 

彼の考えるものは狂気である!

 

 

 

人類を削減せよという、傲慢な思考に絶対心理はあろうか!市民を率いる指導者の器はあるのか!

 

 

 

嘗て、宇宙に進出する直前に我々人類は数千万の犠牲を出した世界大戦を行った。それを主導した独裁指導者ヒトラーは、『我ら民族が人類を、世界を統べるべき』と主張し、ユダヤの血を絶やさんがために数百万の命を組織的に弾圧したのだ。

 

 

 

 

そのような暴挙をギレンは行わないか?答えはおのずと明らかになるであろう!ヒトラーは我が闘争にて記したように、彼もまた著書に選民思想を記し、暴虐に走った。我ら人類の宝であるコロニーを兵器化し、ニューヨコスカの大地を破壊したのだ!

 

 

 

母なる大地、第二の故郷を死屍累々へと変える暴挙に正統性はあるか!答えは否である!

 

 

 

 

我らは地球連邦という亡国の名を掲げ、亡国の軍隊となるつもりはない。

 

 

我らは第二の故郷に自由を齎さんがために戦い、大地の子ら(ティターンズ)のように、民主主義のため、ファシズム国家体制の打破を誓い、この身を投することを宣言する次第である。

 

 

我々は第二の大地を守るティターンズとなって、人々を守らねばならない!

 

 

数少ない同胞よ!共に立ち上がり、自由を勝ち取るのだ!

 

 

 

我らも苦しいが、ジオンも苦しい。彼らは強いが無限大ではない!人的・物的資源が限られたコロニー国家ジオンはより長い戦いを迫られ、困難な戦いを行う事となる。それゆえ、他のコロニーを吸収せんと譲歩してくるだろう。だが、油断してはならない。必ずや、ザビ家に忠誠を誓わされ、歯向かう者は容赦なく切り捨てられる。その思惑に乗らず、戦い続けるべきである!

 

 

ジオンに兵なし!

 

 

 

我々は必ずジオンの独裁に勝利し、自由の大地を手にする!」

 

 

 





〇原作からの変更点
・グレート・アトラスターの対空弾が焼夷弾子からボールベアリング飛翔体へ
・将軍バルの性格改変・性能改造
・レイフォルの国土防衛力が温存
・ラクスタル艦長反省する

・アムロ正規の軍人、パイロットとなる
・地球連邦軍、兵員不足のため徴兵に移行
・ジオンの建国舞台裏(ギレン暗殺計画より)
・レビル内情を知っていた(ORIGINよりジオンを知る高官の設定)
・反ザビ家の体制を明確化。
・ティターンズを結成。残存連邦軍再編、すべてをティターンズに
(特殊部隊ではなく、反抗軍となる)


ギレン暗殺計画については真相は出さないようにしますが、まだ読んでない人にはお勧めです。読んだ方がいい。あれはいいものだ(笑)


誤字脱字、ご感想お待ちしております。なお、感想頂くとアムロがマチルダさんと写真を撮った時みたいに「ひゃっほう!」と叫びますw

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