慈恩公国召喚   作:文月蛇

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これでフェン軍事変は終了です。



第十六話 続・フェン軍祭事変

 

国家を震撼させ、影響を与えるにはどうするべきだろう。

 

 

それは効果的に国家中枢に攻撃を加えるのが良い。

 

 

パーパルティア皇国第三外務局の国家監査軍所属の東洋艦隊所属、空母「アンティラ」から発進し、ワイバーンの上位種であるワイバーンロード二十騎がフェン王国へ懲罰攻撃を行うために編隊飛行していた。綺麗な編隊飛行は教本通りとも言え、パーパルティアの練度が高いことが伺える。

 

 

だが、ワイバーンロードよりも巨体の風竜が一騎首都西側を飛行しており、ただならぬ雰囲気を出していた。ワイバーンロードの顔色は優れず、風竜に攻撃を受ければ騎士のいう事を聞かずに暴走するだろう。人間が哺乳類だからと豚やネズミを同族と考えないのと同じで風竜のような知能ある生命体なら、同じ爬虫類でもワイバーンとは天と地の差が存在する。彼らからすれば、ワイバーンロードやワイバーンの類を家畜や近しい種としか考えていない。圧倒的な力を持つ風竜の睨みはワイバーンを怖がらせていた。

 

 

「ガハラの民には構うな。目標は王城と敵駐屯地!敵民間人への攻撃は禁ずる」

 

飛行隊長の命令に対して、何名かの竜騎士は戸惑いの声を上げる。

 

何故なら今回の懲罰攻撃はパーパルティアの威信と小国が付けあがることのないようにするためであり、民間人を殺した方が効率的であるというのが、彼らの一般的認識だった。しかし、飛行隊長は魔導通信の感度を若干上げて答えた。

 

「ダメだ。フェンの国王は国民の犠牲を深く憂慮される。それこそ占領や割譲を受諾せず、徹底抗戦する可能性がある。民間人への攻撃は極力避けろ。敵の戦意を挫く……あれはなんだ?」

 

 

言いかけた彼が見たのは、首都の王立演習場だった。他の部隊は解散しているはずの時刻であったのに、そこにあるのは鉄製の馬車や寸法を間違えたように見える金属製の巨人が横たわっていた。

 

 

「計画通りに行動する。第一小隊は洋上の目立つ艦艇を襲え、ムーはやるなよ!フェンとその他の小国艦で構わない。」

 

飛行小隊の隊旗が上下し、攻撃の合図と飛行隊長に続けと合図が下る。魔導通信が開発されていなかった時の名残として、また故障していた時に備えて行う其れは二手に分かれて降下を始める。飛行隊長の一番大きいワイバーンロードを含めた十一騎が王城と各要所に打撃を与えるため、急降下する。

 

 

 

「お母さん!大きな鳥さん!」

 

それに気づいたのは一人の小さな少女だった。親の手を掴んだ少女が見たのは火を貯めるワイバーンロード。軍祭も終盤、飛行演武もないために誰も気を向けていなかった。気づく頃は既にワイバーンの口には魔術陣が空中に移り、他国の軍人や魔術師が叫ぶ。

 

だが、避難は遅すぎた。火炎が放たれると狂乱する市民だったが、ワイバーンロードの火炎攻撃は一ブロックの街を覆うような攻撃を行う。ただ一人築いた子供は母親の手に抱かれてその時を覚悟する間もなく、火炎が彼らを焼き尽くすその時だった

 

 

鋼鉄の腕が伸びてくると、ワイバーンロードの首を掴む。火炎攻撃は宙を舞い、無人の演習地域に粘液がばら撒かれ炎上する。もう一方の方腕が伸びると、その拳はワイバーンロードの頭蓋掴んで握りつぶした。

 

 

ワイバーンを現代兵器に例えるならば、戦闘ヘリである。銃弾を弾き、歩兵の死神として両翼を広げ、死を撒き散らす。そんなワイバーンの首根っこを捕まえて頭を叩き潰す等、化け物にしか見えない。

 

 

「お母さん、緑の巨人が助けてくれたの」

 

少女の声に反応したのか、手を振るそれ。ザクは周囲の飛ぶワイバーンロードを睨み、ヒートホークとザクマシンガンを構えた。

 

 

1対10

 

航空最強生物ワイバーンと巨大人型兵器MS-06FザクⅡの戦いは始まった。

 

 

 

 

一方、

 

 

 

 

 

「方位130よりアンノウンが分れました。これより、未確認群アルファ、ブラボーと呼称!ブラボーは当艦に接近中!」

 

「未確認群ブラボーの距離500000、高度3000から急速に降下中!」

 

 

「敵はこちらに迫るか……」

 

アダムス艦長の呟きは艦橋に響かなかったが、艦橋の全員の総意だった。

 

 

「敵、接近してきます。無線及び魔伝にも応答なし。艦長、対空攻撃のご指示を」

 

 

「観測班の報告は?」

 

 

艦長は一番気になる問題があった。それは彼らが何者であるか。ワイバーンにはIFF(敵味方識別装置)などなく、殆どは未確認として魔導レーダーやレーダーいったものに表示されている。識別できるのは、ワイバーンロードが持つ部隊旗だろう。

 

 

「確認、データ照合によるとパーパルティア東洋艦隊所属と思われます。」

 

「未確認群ブラボーを敵と認識、対空ミサイル(シーアンカー)発射用意」

 

スクリーンの未確認(UNKNOWN)(ENEMY)と表示され、砲雷科の指示の元、レーダー照射が行われ、VLSにミサイルが充填される。

 

「目標群ブラボーへの攻撃、発射弾数3つ同時発射、座標……」

砲雷長の指示の元、目標への座標を言い、入力後発射準備を行った。

 

「攻撃開始!」

 

「敵群ブラボーへ攻撃開始!発射(サルボー)!」

 

 

タワラのVLSから発射された汎用型対空ミサイル「アンカー」はそれぞれ、交互に三発放たれ目標群に向けて動き出す。まるで光の槍にも見えるそれはまっすぐ飛来し、ワイバーンロードの寸前に爆発。一気にワイバーンが火の玉に包まれていった。

 

環境のスクリーンに映るレーダーが更新され、数騎を残して海の藻屑と消えていく。

 

「汚い花火だ……」

 

 

「ミサイルは有効だが、あまりコストに悪いな。各艦主砲にて攻撃はじめ」

 

「残りの敵群ブラボーに攻撃開始、砲術スタンバイ」

 

タワラの主砲、150㎜単装速射砲が残りのワイバーンへ照準する。砲塔が回転し、機関部に砲弾が自動装てんされる。

 

 

「砲撃開始!」

 

 

一分もかからず、毎分45発という高速発射から忽ちワイバーンはミンチに等しく撃滅される。レーダーには一気に消え、「SIGNAL LOST」が表示された。

 

 

「本艦の西40000より敵艦隊22を認む!」

 

 

「マッドアングラー隊の出番だな」

 

 

フェン王国沖の戦いはまだ始まったばかりだ。

 

 

 

 

※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※

 

 

 

 

 

 パーパルディア皇国所属、皇国監査軍東洋艦隊の竜騎士レクマイアは目の前のことが信じられないでいた。本来であれば、フェン王国懲罰など簡単である。ワイバーンロードはそうそう落とされることはない。文明圏外国家がワイバーンを落とすことはなく、つい最近、ワイバーンを落としたジオンという国があるが、ワイバーンの養竜場を抱えているか、列強の支援を受けていたかのどちらかだろう。

 

レクマイアは二個飛行隊の中でも若手のひとりであるが、彼だけでもフェンの戦士団全てを相手にしてもおつりがくると考えていた。飛行隊などの航空戦力を持たず、対空弩弓しかない彼らなどそもそも、20騎の大勢で行かなくとも戦力過剰ともいえる。

 

 軍祭などという、各国武官や船まで招いての祭りが行われているのであれば、皇国の強さを分らせるための良いデモンストレーションになる。フェンという皇国に反抗した蛮族がどうなるか分らせるための襲撃であったはずなのに、どうしてこんなことになってしまったのか。

 

 

(くそ!あの巨人が飛んでる!うわぁぁ!)

 

 

断末魔の叫びが聞こえ、レクマイアはその光景を目に焼き付けた。魔導通信から先輩騎士の乗るワイバーンが首を切断され、枯れ葉のように舞いながら先輩騎士は地面に落ちていく。その断末魔はレクマイアの鼓膜を震わせ、高度を高くとった。

 

(あいつ、空飛んでるぞ)

 

(やつの持ってる斧に注意しろ!奴は…)

 

最後まで彼の警告を聞くことはなかった。

 

レクマイアの目の前にいた彼のワイバーンが突如爆発し、降下していくのをめの辺りにする。

 

「くそ、なんであいつらムーみたいな対空砲を持っている!」

 

ムーは列強の航空戦力と対抗するため、空中起爆を行う対空砲を配備している。パーパルティアはムーと戦争したことがない。だが、有効な対空兵器として近年注目されている代物だった。それを使っているということは…

「ムーの奴等め、我が皇国と事を為すつもりか!?」

 

レクマイアは進路をアマノキ湾内にとる。もし、撃墜されても海中であれば幾ばくかの望みがある。大地に激突して赤い花を咲かせるより良い方策であると考えていた。

 

「緊急退避する!生き残った騎は一緒にこい」

 

残り数騎となった飛行隊に残された選択肢はーつ。湾内から海岸線にでて東洋艦隊に合流する他ない。旗手も撃墜されてしまったが、東洋艦隊の直掩騎が見間違うことはない。しかし、猛スピードで横切る物体を彼は捉えていた。

 

「さ、散開!?」

 

魔導通信が味方に届いたか定かではない。しかし、通りすぎた物体衝撃で落竜し、地面に激突したことを目の辺りにしたレクマイアは目を疑った。

 

横切っただけで精鋭の竜騎士が落ちる。風竜でさえそんなことはないため。目を疑う。あまりにも早く、轟音をだすそれはあたかも古の魔法帝国の言い伝えにあるような、音速の壁を貫くそれ。必死に旋回しようとするが、目映い光と共に彼は吹き飛ばされ意識を失う。彼が最後に見たのは八つ裂きにされる愛騎と迫る海面だった。

 

 

 

一方、その光景を見ていた剣王シハンは豪腕によって手摺を破壊していた。驚きと興奮により、おもいっきり手摺を砕いていた。

 

「これは…」

 

秘書官のフジワラは声を震わせ、恐怖を感じていた。しかし、剣王は彼以上の反応を見せている。

 

「これは…欲しい!こんなもの神々でさえ手にしたことはないわ!この世界を手にするも同然の圧倒的力!フジワラよ、我が求めていたのはこれよ!」

 

 

その顔には狂気も混じった笑みを浮かべていた。フェンは武勲を誇る国家である。数百年は安穏としたものだが、それは民からしてみれば。

 

支配者である王の目の前には多くの列強や中小国がやってくる。その中には悪意を持った侵略者も混じっている。そんな彼奴が今までどうなっていたかと言うと、剣王シハンの配下の隠者によって始末されている。外交使節を始末するというのも問題行為であるが、パーパルティアとフェン王国の距離は魔導通信拠点からは離れている。その隙を狙って、海上で海賊に扮した隠者が襲撃し、外交官と入れ替わったり、バレれば別の海賊に擦り付けるなどにも及んだ。

 

 

フェンが独立国である理由は精鋭兵を擁しているだけでなく、剣王シハンの配下に忍者がいたことによって、多くの外交的優位に立つことが出来ている。他にも任務部隊を各国に派遣して情報収集し、それを売る行為。小国が勝ち残るためにはこうした非正規の作戦実施は多くあった。すでにジオンやロウリア王国への情報収集任務に就いた隠密はジオンの強大な国力の情報がシハンに伝わっていた。

 

 

 

「あの『キシリア機関』とやら、最初は奇妙だったが、こいつは中々だ。あの憎きパーパルティアを捻りつぶせるわ!」

 

 

剣王シハンを長きに渡って秘書を務めるフジワラは剣王の裏顔を知っていた。国民や有効な外交使節には豪胆な性格と精強な戦士の王。達人級の腕を持つ彼は外交にも秀でている。だが、それは彼の表の顔に過ぎない。

 

フェンはパーパルティアより、嫌がらせ行為を長年受けていた。それこそ、シハンが生まれる前から、共和国時代からの付き合いであり、まさに宿敵とも言える。魔法に適性がないからと蔑まれ、外交的にも下に見られ続けてきた。先の領土割譲は言わば、侵略の第一段階。文化的侵略に始まり、国内にシンパを形成。そして国を簒奪しに掛かる。

 

 

何も剣王シハンも妥協点を見出そうとした。だが、シハンの妥協はパーパルティアのそれとは相容れず、今回のような武力衝突になった。

 

シハンとしてもジオンに全幅の信頼を寄せている訳ではないが、ムーのように一貫して敵対する者以外は友人として受け入れている。ジオンにしてみれば、生産する物を買ってくれればそれだけで良い。明らかに敵対している者に優しくするなんて馬鹿な事はしない。

 

 

長年のフェン王国の怒りを貯めたシハンはパーパルティアの使節が来た時、怒りのあまり手を震わせていた。フジワラはその光景を思い出すたびにパーパルティアの攻撃が数か月早まるのではと恐れていた。

 

 

―パーパルティアを滅ぼせるなら、フェンをジオンに売ってでも成し遂げたいと考えているのでは?

 

狂気に駆られた王族として歴史に残り、末代まで語られる王の秘書官として名前が残るのかとフジワラは剣王の顔を見る。そのフジワラの恐れを感じたのか、シハンの目は彼へと移る。

 

 

「フジワラよ、お主はフェン王国に仕える身。剣王のワシではなく、国家に奉ずる者だろう?」

 

王あって国がある。それは象徴として機能する一種の政治システムに過ぎない。有力な力を持つ国民から支持を受けて権力の依り代として機能する王という統治者は、中世以前、各諸侯のパワーバランスを拮抗させる役割を担う。中世においては中央集権化、絶対王政から王が支配する国家システムが作られた。

 

シハンを中心とするフェン王国は後者の絶対王政的システムを採用する国家だ。だが、フジワラのような補佐官は各地の有力者や将軍の意向も考慮しつつ、事に当たる。書記官によっては国王ではなく、国のために奉ずる者か。もしくは他の者の利権を得るために、王の意思と異なることを行う者も存在する。

 

 

フジワラは長年剣王に付き従っているが、彼も王の意思に全て従っている訳ではない。

 

 

「もし、ワシがフェン王国に仇為すと思ったら……斬れ」

 

 

「なっ……!」

 

 

フジワラはその言葉に唖然とするが、シハンは壊れた手摺の繋ぎを外し、押してしまえば落ちてしまいそうな位置に自分を持っていく。

 

 

「パーパルティアが仕掛けてきたのはワシの失策故……ジオンへ擦り寄るのはフェンのためにならぬと思えば、城下に兵を集めてワシを斬れ。その位の覚悟はある」

 

 

シハンは自らをスケープゴートにして、フェン王国の存命を図る。フジワラはそれに気づいて膝をつき、最上礼を行う

 

 

「慕う民が居ります……シハン大王陛下が居なくなるのは国の崩壊を招くというもの!何卒お考え直しを!」

 

 

「いや、フジワラよ……王という存在は民のためでなくてはならぬ。支配者として君臨し、民の意思を疎かになっては困るのだ」

 

 

「陛下は民の意思を汲んでおりまする!」

 

 

「いや!ワシが君臨している限り、民の国にはならぬよ。ワシの隠密がジオンの政治体制を知っておってな」

 

 

その言葉にフジワラはハッとする。その表情は図星と言った様相であり、知っていたと彼の顔に書いてあった。剣王の隠密は最精鋭かつ最強の軍団だが、それ以外にも情報収集機関は諸侯や秘書官が非公式に擁している。独自の情報網を持ち、そこから話を聞いていたのだ。

 

 

ジオンは公国制である。公王を元首とした立憲君主制に基づいている。専制国家と同じく実質独裁の状態である。だが、真実を外国人に話すほど、ジオン軍人とて馬鹿でなく、企業人も元公国軍人か国防軍出身、総帥府のチェックを受けている。基本的な「法律上、国民が主権を持つ」と発言するほかない。

 

 

彼らは間違った知識を元に民主化を志すが、専制政治するフェン王国はこれを機に変わろうとしていた。

 

 

「国王は居ても、決めるのは民。ワシも決めた。ジオンがパーパルティアを倒せば、国民に告げよう。もう王の時代は終わったのだよ」

 

 

「陛下……」

 

 

それから二人は口を開くことなく、侍女が来るまで沈黙がその空間を満たしていた。

 

 

 

軍祭襲撃事件の後、フジワラ秘書官は各地方の諸侯と将軍を召集。パーパルティアとの戦争の備えをするよう厳戒態勢を命じる。そして、剣王シハンの退位と共に息子のシショウが戴冠。そして、『三十条の御誓文』を国中に発表。それはジオンやムーと言った立憲君主制を元にした民へ主権を与えることが記されていた。国内は混乱したものの、パーパルティアとの戦争に備えるため、ジオンと「慈夫安全保障条約」を結ぶ。それはフェンの国政改革までの短い間だったが、パーパルティアの拡大政策へ楔を打ち込んだ形となった。

 

 

 

 

 

 

 

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「やはりな……さながら私たちは道化師(ピエロ)か?」

 

 

ジオン公国外交官のハウフトマン名誉少将兼外交団長は戦いの様子に対して驚きはしなかった。本来、公式に国交樹立する前に軍祭に参加しろと言う暴挙に裏があると感じていた彼は目の前の事態に道化師にされた大バカ者であると感じていた。

 

ギレンから小言を貰う事は確定だが、更迭されることはないだろう。

 

むしろ、今回のフェン王国がジオンの力を見せろと言った時、直ぐにハウフトマンはギレンに連絡していた。そして彼が言った言葉……

 

 

「戦争になるのは構わん。パーパルティアを馬鹿にして精々怒らせておけ。フェンには少しお灸をすえろ。舐められるようなことはするな」

 

 

既にパーパルティアへ戦争することは決定事項である。戦争のやり方には色々あるが、出来ればパーパルティアという愚国には一度きれいさっぱり滅んでもらわねばならないだろう。

 

 

そして、その序章であるパーパルティア皇国の第三外務局の国家監査軍所属の東洋艦隊には完全敗北してもらわねばならない。ハウフトマンは軍の指揮権を持っていないが、パーパルティアが顔を覆いたくなる様な勝ち方をしてほしいと要望したところ、派遣部隊指揮官ユーリ・ケラーネは「任せろ!」と言っていた。将官とは思えない服装だが、部下からは大変慕われている。唯一の欠点はファッションセンスの悪さと口の悪さ、女癖の悪さだろう。

 

軍祭が終わり、人工の光が多くないフェン王国は静粛が包まれる。アマノキ城は例外であり、各国外交官とのパーティーが開かれていた。しかし、会場には剣王シハンやフジワラの姿はない。これからジオン公国と会議を行うためにパーティー会場にはいない。パーティー開催の時に顔を出していたが、火急の用件として直ぐに会場を後にする。本来ならば、パーパルティアとの一戦から中止になるだろうが、フェンが国家の危機的状況を安易に話せるはずもなく、少ししてハウフトマンは群がる他国の外交使節を押しのけ、フェン王国の侍女の後について非常に警備の厳しい「密会の間」に参じた。

 

 

密会というネーミングセンスにハウフトマンは命名について色々な予測をするも、侍女からやましいことはありませんときっぱり言われたため、面白い話が聞けるかと思っていたが、間違いだったようだ。

 

―ジオンの貴族連中につくメイドはペラペラ喋るんだがな

 

ジオンは公国制になってから貴族制が復活している。メイドや執事といった職業はジオンに新しく出始めたものであったが、彼らのモラルや防諜意識は薄く、多くの情報機関がネタを得ようとひっきりなしにあのてこのてを使う。ハウフトマンも情報畑出身だったからか、メイドに粉掛けることは怠らない。

 

フェン王国の侍女は隠密の所属するくノ一だが、ハウフトマンは知らなかった

 

 

ハウフトマンは重要な会談を行う「密会の間」につき、勧められた椅子に腰かける。既にフェン王国の文官が準備している。しかし、主役である剣王シハンは現れず、フェン王国戦士長マグレブが現れた。

 

 

「ジオン公国のみなさま、今回フェン王国を不意打ちしてきた者たちを、真に見事な武技で退治していただいたことに、まずは謝意を申し上げます」

 

 

 騎士長は深々と頭を下げる。がハウフトマンは表立って苛立ったように話し出す。

 

 

「いえ、貴国のあまりにも無礼な態度に我が総帥も懸念している。すでにパーパルティアとは戦争状態であろう?この期に及んで軍祭を開催するとは……危機管理能力は疎か外交方法に問題があるようですな」

 

「我が方もパーパルティアがあのような行動をするとは……」

 

 

「貴国は二枚舌なようですな……それは政治家ならほめるべきですが、外交官ならそれは致命的だ。我が国の情報機関ではパーパルティアがそちらに最後通牒を送っているのは知っている。戦争……とは言わないが、あなた方の本音を聞かなければ、先の修好通商条約も安全保障も棚上げにしなければなりませんな」

 

 

「待っていただきたい!」

 

 

「私達は貴国に踊らされた道化師……我が方の被害は全くなし。貴国も被害は軽微。なので我々は本国に今回の案件を持ち帰ります。あと、パーパルティアはここから100㎞の海域に22隻の艦隊が居ます。形状からして歩兵を満載した輸送艦もいるでしょう。確実に強襲上陸の類を行うはず。彼らも手ぶらで帰るわけにはいかないでしょうし……貴国の幸運を祈ります」

 

 

それはフェンに死ねと言っているに等しい。

 

「いやいや、もう少しお話を!」

 

 

「貴国が戦争状態前に我が外交団はロウリア統治領へ戻ります。兵も被害を出すわけには参りませんので」

 

文官も立ち上がり、見守っていた衛兵も扉をふさぐ。しかし、それはあまりにも愚策。マグレブは慌てるが、直ぐに件の人物が現れる。

 

 

「剣王シハン陛下のお成り!」

 

 

慌ただしい空気は一転して緊張した空気が張り詰める。

 

そこに登場したのは先程とは変わって、正式な正装なのか、甲冑を装着した彼は臨戦状態。今敵がいれば叩ききるといったような様子である。その横には秘書官フジワラが控えていたが伏目がちな彼の様子を見ていたハウフトマンは二人の間に何かあったと勘ぐる。

 

国王が席に着くと思われたが、ハウフトマンの前に立つと頭を下げる。

 

 

 

「申し訳なかった」

 

 

 

剣王シハンは隠すことなく告げた。今回の軍祭でジオンの力を借りようと要請したこと。パーパルティアが苟もワイバーンによる首都空襲を予想していたこと。ジオンによって完全勝利が出来ると確信した上での軍祭の実行。

 

 

パーパルティアとフェンの戦争に引き込むつもりでいたことを一気に話してしまい、周囲の文官も赤い顔から青い顔へと変わり、剣王シハンの発言を予期できなかったようだ。

 

 

 

「重ねて言いますが、今回の一件から貴国との信頼関係は築けないと思っていただきたい。」

 

 

 

ハウフトマンの話にフェンの面々は不満げな表情をしていたが、こればかりは仕方がない。剣王シハンに心酔する支持者であれば、どちらが悪者に見えるかはわかるだろう。

 

 

秘書官フジワラは目の前にある緑茶を飲み、暗い顔をしながら口を開いた。

 

 

 

「解りました。……ただ1つ、これだけは知っていただきたい。あなた方が蹂躙した彼らは列強パーパルディア皇国です。我が国は、長年彼の国から恫喝紛いの要求を受けてきました。割譲を要求し、我が国を侵略せんとする連中です。我が国がこうした恫喝を受ける以前にも、他の国がパーパルディアに侵略された国がありました。

何れも彼の国と友好関係を築こうとした平和主義の国です。彼らは侵略され、反抗的な国民を親の代まで殺し、奴隷化。王族や軍人などは王城や要塞で裸にされ、凌辱のかぎりを尽くされました。パーパルティアは第三文明圏国家と言いますが、中身はプライドの高い蛮族です。それをお忘れなきよう……彼らは自分達の顔に泥を塗った国には容赦いたしません」

 

 

 

フジワラの声は密会の間に響き渡る。既にフェンの閣僚は諦めたような表情であったが、ジオン軍人の一人がハウフトマンに耳打ちする。

 

 

 

 

 

「派遣艦隊司令より連絡が入りました。艦隊へ攻撃を開始するとのこと」

 

 

 

 

 

 

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フェン王国はその地理的状況からパーパルティアの秘密裏の侵略行為を受け続けてきた。直接的なものは今回が初めてであり、ガハラ神国とパーパルティア皇国のつながりは建国当初から続いている。ガハラ神国とフェン王国も同様に密接な関わり合いがあるため、強引な併合ではなく、長年嫌がらせや政治的工作などでパーパルティアはフェン王国へ圧力を強めていたのだ。

 

 

しかし、パーパルティア本国の急激な産業発達によって、資源入手をしなければならなくなった。ガハラ神国も神官と行政官の政治的衝突から、パーパルティア介入を許してしまった。ガハラ神国の混乱を契機に直接的な侵略の一貫として、割譲を要求し、断られた事を理由に軍事介入を行う。いずれにしても、フェンの国土を奪うために、剣王シハンが妥協しても、更に要求していくだろう。

 

 

剣王シハンは手の余った水軍に対して命令を出し、軍艦13隻を王国西側150㎞の海域に展開していた。

 

 

「隊長、パーパルディア皇国は来ますかね・・・。」

 

 

「先ほどワイバーンロードが我が国に向かい飛んでいった・・・我々はここで迎え打つ」

 

 

「……勝てるでしょうか」

 

 

「勝てるさ……我々は死兵ではない!」

 

フェン防衛艦隊の司令、フェンでは艦隊長と呼ばれるが、彼は不安がる参謀に語り掛ける。

 

 

「ムーより購入したこの兵器を使えば、パーパルティアの略奪者共は我々に恐怖するだろう。奴らの魔導装甲はムーなどの機械文明の兵器では紙に等しい。簡単とまではいかないが、半分まで損害を与えれば逃げるだろうさ」

 

 

とはいえ、パーパルティアの艦隊は22隻、フェン水軍は13隻。数も劣勢であるし、パーパルティアの軍艦はレイフォル艦隊主力の百列艦や皇都防衛艦隊の戦艦とは劣るものの、国家監査軍の軍艦はフェンのムー国製火器を考慮に入れても、依然パーパルティアに軍配があがる。

 

 

 

艦隊長は不安がる参謀にそう言うものの、自分自身も不安がっている。自身に対して語り掛けるように話している。フェンの長所である「白兵戦」を前面に押し出せば、敵も引くと考え、帆の上の監視台に付く水兵の報告を今か今かと待ち構えていた。

 

 

とは言っても、それは敵が「弱兵」と仮定しての話。そんな簡単にはいかない。パーパルティアの国家監査軍は徹底的な攻撃を行うことで有名であり、パーパルティアの兵士は精鋭ぞろい。武辺一辺倒の戦士を多く有するとて、数千・数万の火打銃の戦列歩兵による攻撃には対処できないし、それは水軍も然り。申し訳程度に搭載されたムーの後装式榴弾砲は各艦一問づつしか装備できなかった。

 

 

明らかに火力不足であり、そのことを知る艦隊長は何度も頭の中で戦闘を思い描き、そして失敗しては、新たな戦術を考えて、そしてまたそれを打ち消す

 

 

―どうすれば、奴らに勝てる……?

 

 

 

「艦影確認!国旗と艦隊旗からパーパルティアの国家監査軍東洋艦隊かと思われます!」

 

「敵の数は!」

 

「敵艦隊、並列陣にて接近!数22!」

 

 

 

 マストの上で見張りをしていた見張り員が大声で報告する。

 

 

 

 

 水平線に艦影が見え、武者震いが彼の身体に走る。望遠鏡と通して見える軍艦はフェン王国の船とは違い、大航海時代の戦列艦を思わせるような巨体であり、フェン王国の軍艦はそれの半分以下の大きさ。

 

 パーパルティアはデザインと機能性を兼ね備えたマストに風魔法を付与した動力機関から風を受け、推進力を得ていたのだ。

 

そして、船体両側には百門近くの魔導砲が口を開いて、獲物を探す魚のような彫像があるなど、パーパルティアの造船技術とそうした船の遊びが垣間見え、艦隊長は苦虫を噛み潰したような表情をする。

 

 

「総員、戦闘配備!!!!」

 

 

「ムーの榴弾砲を準備しろ!砲兵!急げ!」

 

 

ムーの派遣された技官とムー王国軍教官から学んだ彼らフェン王国軍兵は急いで、砲弾を装填し、照準をつける。船体の進む方向に火砲を向け、すれ違い様に敵に一射を与える準備、そして選りすぐり水兵による突入によってパーパルティアの軍艦は血の風呂になるだろう。

 

 

 

「艦隊!並列陣になれ!敵の間をすり抜けていく。砲撃はこちらの命令によって行う!」

 

フェン水軍の水兵が監視塔に上って赤白の手旗信号で送っていく。

 

 

【発艦隊長・全艦隊並列陣・艦隊長の指示マデ発砲スルナ】

 

 

 

 

意思が伝わり、荒来る並みを跳ね除けながら、フェン王国軍艦艇は彼らのすれ違いざまに攻撃を加えるつもりでいた。

 

本来であれば、戦列艦の間を通り抜けるなど、自殺行為もいいところだ。しかし、あえてそうするには訳がある。

 

「全艦隊、推進装置起動!一気に敵の間に迫るぞ!」

 

【水神起動!全艦吶喊!】

 

 

二つ目の切り札であるムーから輸入したガソリン式動力機関。スクリューを4つ搭載したものであり、自動車部品を流用したエンジンである。その能力はムーの駆逐艦と比べれば遅いが、パーパルティアの軍艦よりもかなり早い。一隻のみ、エンジン不調であったが轟音と共にパーパルティアの軍艦目掛けて突き進んだ。

 

 

 

 

 

 

 「艦影確認、あの旗は・・・フェン王国水軍です!」

 

 

一方、パーパルティアも彼らの船を捉えていた。横一列に並ぶパーパルティアの軍艦は練度の高さを物語っており、最精鋭の皇都防衛艦隊と比べている者もその光景を見れば考え直すだろう。懲罰攻撃という文明社会では考えられないような攻撃を行おうとしている皇国監査軍東洋艦隊の提督、ポクトアールはにやにやと厭らしい笑みを浮かべていた。

 

 

「フェン王国か…、ワイバーンが戻らんが、どうせ略奪と殺しを楽しんでいるのだろうな」

 

 

地上をせん滅する彼ら竜騎士達。プライド意識も高くて叩き上げの提督からすれば、扱いにくい。肥大した自尊心と国家監査軍所属であるため、ほぼ確実に格下の相手しかしないからか、残虐性に秀でている者しか採用されない。普通の騎士も中にはいるだろうが、ポクトアールにはコストが嵩張り、飛竜母艦の独特の匂いや水兵に威張り散らす様を目のあたりにしている彼は、フェンへの懲罰攻撃が竜騎士達のお残しになりそうなのだと考え、悔しく思っていた。

 

 

 ポクトアールは各艦へ魔導通信で交信する。

 

 

「敵は蛮族だ。しかし、奴らは武辺狂いの戦闘狂だ。油断すれば斬られるぞ!各艦最大限注意を厳となせ」

 

 

 各艦に搭載された風魔法を行い、帆に風を送り込む推進機関を起動させ、帆船からすると非常に速いスピードでフェン水軍艦艇へと突き進む。

 

 

「敵艦さらに速度が上がっています!黒煙を確認!」

 

 

「黒煙?」

 

ポクトアールは航海士の望遠鏡を取り上げ、迫っているフェン水軍艦艇を見る。其処には機械文明によく見られる燃焼機関の煙に近く、その光景に対してムーに居るスパイの情報から、風の涙といったエネルギー鉱石を使わない効率的な動力機関を使用することを知っていた。

 

「不味い!全艦隊取舵一杯!砲撃準備!」

 

「提督!どうかされ……!」

 

「敵は吶喊するぞ、白兵戦を仕掛ける気だ!」

 

 

 

急激に速度を上げたフェン水軍は取舵をしようとする艦隊の間にすり抜けると、甲板上にある筒状の金属兵器を目撃する。

 

ムー王国兵器工廠製 75㎽ 榴弾砲。その形状はWW1(第一次世界大戦)のベストセラー速射榴弾砲M1897 75mm野砲に類似する。一門しかない火砲だが、放たれた榴弾は魔導反応が無い故に魔導装甲をいとも容易く撃ち抜き、弾薬庫に被弾。ポクトアールの乗艦百列魔導砲艦ベルサティアの隣にいた砲艦サヌヴィアは爆発した。

 

 

「各艦状況知らせ!」

 

「砲艦サヌヴィア、デリンジャー、エンデンス轟沈!エンバウアー、ユーチラスは航行不能!」

 

「各艦被害甚大!……チィルクアがエンバウアーに激突!」

 

 

ポクトアールは左翼に展開する砲列艦の二隻が航行不能に陥っていることを確認した。砲列艦チィルクアは戦闘能力に支障は無かったが、既に前甲板が抉れており、その破壊力を物語っていた。そして隣にいた砲列艦エンバウアーの後部甲板にある操舵場所はえぐり取られるように消失していた。

 

急遽取舵を指示したポクトアールの命令に従えなかったチィルクアは遅れて操舵したものの、エンバウアーは消失する前に取舵をしておらず、チィルクアはそのままエンバウアーに激突した。木片が散り、乗組員が海上に転落する。

 

 

「ムーの機械砲かと!」

 

 

「ムーの奴らめ!」

 

 

文明圏国家として第二列強国と君臨するムー。パーパルティアとも国交があるが、友邦国ではない。水面下では日夜対立と諜報の毎日である。パーパルティアの勢力拡大を良く思う訳もなく、フェン王国に対して軍事的援助を行ったのだ。

 

そして、横切るフェン王国艦艇へ攻撃を仕掛けるべく砲術士官に命令を出そうとした矢先、信じられないものをみる。パーパルティアの水兵同士が斬り合っているのを目撃したのだ。

 

しかしそれは見間違いに終わる。軽装のフェン鎧を着た海兵隊の戦士が刀を振りかざし、避けることのできなかった水兵が袈裟斬りになる。隣の砲艦サンパロールに乗り込むフェン戦士を見た水兵は火打銃で撃とうとするが、ポクトアールはそのライフルを奪い取る。

 

 

「撃つな!味方に当たる!」

 

 

だが、サンパロールの甲板では皇国兵とフェン戦士の死闘が繰り広げられている。どう見ても劣勢に他ならず、援護したくなる気持ちもわからなくはない。だが、乱戦の最中に発砲した水兵の銃撃は味方の水兵に命中した。フェン戦士は援護することを予期して肉壁代わりに水兵を用いったのである。

 

 

 

 

「フェン王国のために!」

 

 

「剣王万歳!」

 

 

吶喊するフェン戦士は嘗ての大日本帝国兵のような吶喊を行うが、制圧射撃もろくにできず、接近戦の訓練をろくに受けていないパーパルティアの水兵は圧倒された。パーパルティアの兵は食詰めの下層階級の市民や属州からの召集兵。専門的知識と技能を与えられ、能力は陸戦隊以外はそれぞれの科に特化されている。しかし、フェンの海兵隊は違う。すべての国民が戦士として訓練され、男女老若関係なしに剣を振るう0距離の鬼となる。

 

既に水兵はその吶喊から逃れようと海上に身を投げる者も少なくない。

 

既に2割の艦艇が撃沈または航行不能に陥っている。

 

 

パーパルティア皇国指導部や外務局、国家監査軍情報局もムーの軍事力を過小評価している訳ではない。だが、ここまで文明圏外国家の軍事力を底上げする能力があるとは思っていなかった

 

そして、フェン水軍の砲撃が提督の近くに命中し、ポクトアールは一瞬意識を失った。

 

 

「……!……!」

 

頭に甲高い音が響き渡り、反響する音が脳を震わせる。周囲の水兵が木片が皮膚に刺さり、血だらけで横たわる。他にも片腕を探して甲板を彷徨う航海士や腹部から内臓が飛び出す砲術士官など目も当てられない現状にポクトアールは急速に覚醒する。

 

 

「提督!しっかり!」

 

叫んでいたのは参謀であり、半裸のフェン戦士を持っていた拳銃で倒した参謀は彼のほほを叩いた。

 

 

「……状況は!」

 

 

「船底からフェン戦士が侵入!竜骨が損傷!先の砲撃で主帆が破壊されました!至急、戦列艦ディアトリスへ行ってください!」

 

 

「構わん!ここで敵を倒さねば本国には帰れぬ!戦闘能力のある艦を以てフェン水軍艦を撃退しろ。この船に侵入した蛮族を排除する!」

 

「閣下!」

 

ポクトアールは立ち上がると共に腰にいれた将官用のサーベルを抜き取った。そして水兵の魔導通信機器を借り受け、全艦隊放送で叫ぶ。

 

「敵は近接戦に長けた猛者共だ。必ず二人一組で倒せ!ここで食い止めよ!」

 

特務隊であろう半裸のフェン戦士を切り伏せ、持っていたフリントフック拳銃で斬りかかるフェン戦士を撃ち殺す。兵力差で言えば、東洋艦隊は全フェン水軍を凌駕する。ここで苦戦を強いられても、まだ戦闘継続可能な船舶はまだ半数以上残っており、フェンの貴重な軍艦を何隻か仕留めていた。ここで引けば皇国軍人の恥。

 

今までと違う懲罰攻撃であり、心の片隅には死への恐怖があったが、それ以上に蛮族ではない武辺を誇る気高き戦士と戦えることに喜びを感じていた。

 

「フェンの戦士共の血でこの海域を赤く染め上げよ!皇国のために!」

 

 

魔導通信の送信機から声は各艦のスピーカーから流れ、東洋艦隊の戦意は高揚する。雄叫びがその海域に響き渡り、勢いの衰えたパーパルティア水兵が戦意を回復する。火打銃の銃剣格闘でフェン戦士を串刺しにし、監視塔からロープ伝いに来た監視する水兵は持っていた作業用のハンマー片手に死闘を繰り広げる。

 

其処には培った科学技術でなく、己の力で戦う血沸き肉躍る死闘。

 

宇宙世紀ではあり得ない血生臭い戦いが繰り広げられた。

 

 

だが、その戦いは突如として終わりを告げる。

 

 

無傷のままフェン水軍の艦艇を砲撃していた戦列艦の一隻が爆発する。フェン水軍の砲撃かと考えたが、それはあまりにも現実味がなさ過ぎた。まるで海底から伸びる光の矢が突き刺さったかのように見えるその光景。そして、人よりも巨大な人型の何かが海中から現れた。

 

 

「な、なんだこれは!!?」

 

それは参謀の叫び声であった。隣にいた戦列艦ディアトリスの横に現れた鋼鉄製の巨体。それは青を基本とする塗装が施され、人が建造したであろう文字やリベット痕が見え、文字が読めたなら「MSM-07 Z'GOK」「ZEON ROWLIA OCCUPATION FORCE」(ジオン・ロウリア駐屯軍)の文字が読めたであろう。

 

 

モノアイが赤く光り、振り下ろされた鋼鉄の爪はまっすぐ戦列艦の横っ腹を突き刺した。辛うじて弾薬庫は爆発しなかったものの、竜骨が折れて船体が真っ二つに引き裂かれる。その光景は海神が悪しき船舶を静める神々の戦いに出てきそうな一幕だった。

 

 

 

更に海中から浮上したミサイルが飛翔する。そしてミサイルは上空に飛翔して一気にミサイルが分裂。クラスター爆弾のように無数のミサイル群が東洋艦隊の艦艇に命中した。爆音と共に木片や水兵が爆風で吹き飛ばされ飛散する。その攻撃で艦隊の半数を失い、戦闘は自然とおさまった。

 

 

 

 

「おぉぉ!神よ!」

 

パーパルティアやフェンなどの宗教は多神教であり、各地の土着宗教や様々な自然事象に対する信仰がある。フェンは島国国家であり、パーパルティアの東洋艦隊も基本的に海岸に近い住民や海を生業とする地方の出身達に占められる。多くは膝をつき、神々の逆鱗に触れたのかと恐怖する。

 

 

 

戦闘が中断し、神々への祈りをささげる中、それを何らかの兵器と考えたパーパルティアの将校達は祈りをする水兵に戦わせるよう叫び、ポクトアールも同様に戦うよう檄を飛ばそうと魔導通信を開く。

 

が、次の瞬間には送信機を血の海にある甲板に落としてしまう。

 

 

それは破壊された木片の浮かぶ海域に突如として現れた黒い影。それは鯨か死体を食いにやってきた巨大イカかタコかと思う。だが、その巨体は300m近いもので一気に海上に頭を出す。

 

 

『ユーコン級MS運用型潜水艦 U-21』

 

地球連邦海軍が使用する攻撃型潜水艦VIII型のコピーであるが、随所に渡って改良が加えられている。水中発射用VLS発射管や弾道ミサイルシステム、ジェット推進方式を持つ。

 

その巨体にあるMS格納口が開き、中からMS-06Mザクマリンタイプが姿を現し、ヒートホークを振りかざす。

 

 

 

【フェン水軍及びパーパルティア皇国国家監査軍東洋艦隊全部隊に告げる。我々はジオン公国軍である!双方戦闘を中止されたし!】

 

あまりにも大きい声量の声が海域に響き渡る。誰もそれが現実だとは受け止めきれないでいる。

 

【もし、抵抗した場合は両軍をこの世から跡形も残さない!速やかに降伏せよ!】

 

300m近い潜水する船に18m近い巨体の化け物。光る矢や何らかの爆弾が海から空へと昇り、的確に艦隊へと押し寄せる攻撃。だれが彼らを止められるのか。

 

 

 

ポクトアールは目の前の事に対して信じられなかったが、拒否すれば本当に自分たちが消えてなくなるかもしれない。そのことが分った彼は部下へ静かに話す。

 

 

「降伏の旗を掲げろ……我が艦隊はジオン公国に対して降伏する」

 

 

東洋艦隊は残存艦艇10隻を残し、降伏する。文明圏国家が圏外国家に敗北する戦い。

 

『フェン沖海戦』

 

パーパルティアとムーの技術格差を明確にすると共に、ジオン公国が如何に強大であるか示す事件となる。

 

 

 

そして、それを見ていたのはアマノキ城の「密会の間」で会議する公国外交使節とフェン王国閣僚と剣王シハン。ホログラムを元に表示された海戦はフェン王国指導部に衝撃を与え、既に老年であった閣僚二人が現在ジオン公国医療関係者の手当てを受けている。

 

 

「現在、わが軍の潜水艦が投降したパーパルティア軍将兵を回収中。また、巡洋艦で曳航させ、アマノキ湾に越させていただきたい。それと今回の突発的戦闘に関わる貴国と我が国の関係をしっかり明確化していただかないと。捕虜や今回の戦闘に関しても、中途半端にやると後に響きますから」

 

ハウフトマンはブリーフケースを取り出し、フェン王国がよく使う和紙に近い形質の書類を近くの侍女に渡し、閣僚に配るよう指示した。それを見た瞬間、フェンの閣僚は目を見開き、同時に顔を真っ赤にする。

 

「こ、これではパーパルティアと同じではないか!」

 

 

「なんだこの要求は!奴らよりも多いではないか!」

 

其処に記されたのはギレン総帥が認可したフェン王国とジオン公国の安全保障条約である。実はその条約草案には「軍総指揮権を戦時中はジオン公国軍の駐屯軍司令に渡すこと」「西側の森林地帯にジオン公国軍駐屯地を建設」「駐屯地内は治外法権」といった内容である。パーパルティアの初期の要求では領土割譲または租借という話である。だが、フェン全てを狙う意図があれば、確実に他の要求もしてくるだろう。

 

それを理解していても、パーパルティア以上の要求に怒りを露わにしていた。戦士である彼らは自分の剣に誓い、剣王へ忠誠を誓う。王の命令ではなく、他国の命令に従うという軍権をジオンに譲渡するという屈辱的な内容には怒りを覚えるのは当然だろう。ただ、剣王シハンだけは表情を変えなかった。閣僚の多くは吠えるが、ハウフトマンは全く動じないまま、急に席を立つ。

 

 

「では何でしょう?我が国は他数か国の外交官や観戦武官の安全を守るために、今回の戦いは貴国によって引き起こされたと言っておきましょうか。我が国は平和を重んじますから、戦争に巻き込もうとする貴国の思惑を話した方がいいですね」

 

 

「!?」

 

「言っておきますが、これを脅しと思われては困ります。これは警告です。貴国は保身に回りすぎる。パーパルティアは蛮族であるが、あなた方は狡猾だ。この戦いで亡くなった貴国の戦士には哀悼の意を称しますが、我が国の兵士も危険に晒された。前もって情報を頂ければ貴国の戦士を一人も犠牲にすることなく終わらせたでしょうに」

 

 

「それは違う」

 

ハウフトマンの話を遮るように、剣王シハンは声を上げる。ホログラムの映像を見てから沈黙し続ける剣王に対して彼も警戒していたが、急に話したことに驚いていた。

 

 

「何が違うのでしょう?貴国が我が国を戦争に巻き込もうとしていたことですかな?それとも、パーパルティアが弱いことを諸外国に伝えるためのデモンストレーションだったのですか?」

 

 

「それもそうだが、ひとつ説明させてくれんか。すまん、フジワラよ、ワシはこちら側に座らせていただく」

 

剣王の座っていた位置は所謂上座という場所。長机を二つ用意し、向かい合うようにして両国外交官と閣僚が座り、両者が話す光景を見るのが普通のスタイルであった。だが、剣王シハンも閣僚と同じ席に座ろうして、フェン王国側の閣僚は慌てていた。

 

 

「何か雰囲気変わったな」

 

 

「ですね」

 

ハウフトマンは隣の補佐官と耳打ちする。玉座に座り、宰相や他の閣僚と距離があったように思えた彼らであったが、彼らの目の前にあるフェン王国の座席に剣王は腰掛けた。

 

「貴国が参加不参加に関わらず、軍祭は挙行されていた。先の海戦でムーの技術を見たであろう。貴国に及ばずともムーの科学技術も相当なものじゃ。ムーの対空機関砲とやらも各所に配置していた。王城の至る所にな。だが、かれらの攻撃目標は先に演習場だった。生き残った数人の竜騎士の証言じゃと、貴国の巨人を見てとの事らしい。」

 

「しかし、貴国が戦争に引き込もうとしたことに代わりありません」

 

「現時点ではそういう見方もできよう。しかし……ジオン公国とパーパルティアはいずれにしても戦争するとは思うがの?」

 

 

「……断言できかねます」

 

ハウフトマンの使命はフェンとの国交樹立とパーパルティアとムーの介入状態の解明、パーパルティア拡大の楔を打ち込むことに他ならない。戦争とは外交手段の延長線に過ぎないが、彼にしてみれば戦争と言う一手段は最終手段であり、外交によって解決できるものも数多くあるのだ。

 

現時点にしてみれば、フェンと皇国の武力衝突は低程度紛争に分類され、ジオンと連邦が想定した総力戦にまでは至っていない。まだ、戦争を止めることはできると判断したハウフトマンは言葉を濁した。

 

「あと、貴国がまた知りえていないこともある。パーパルティアの積年に渡る拡大政策は様々な国や組織を敵に回している。今回の一件は私の意思によるものではない」

 

「はい?」

 

まさかの台詞にハウフトマンは呆気にとられる。

 

国家元首である剣王シハンの意図とするものではない。それだけでも、驚きであったがハウフトマンが口を開いても言葉が出ず、剣王シハンは話し出した。

 

 

「国家の頂点に位置する者の意図ではない……驚きだろうが事実だ。今回の軍祭はパーパルティアへの抵抗を見せるためのデモンストレーション……それは正しい。が主役は貴国でなく本来であればムーの機械兵器がパーパルティアを蹴散らしていくはずだった」

 

「ですが実際にはわが軍が介入せざるを得ない状況になりましたが」

 

 

「それは単純にワシが見たかっただけじゃ。まさか、金属製の巨人を持ってくるなど思わんよ」

 

 

―え~!この爺、ここでそれを言うのかよ。

 

ハウフトマンはその強靭な戦士の風貌の剣王がとぼけたような振る舞いをすることにイラつくが、それよりも軍祭での異質なムー国製の兵器の仕様やフェンの動きが性急すぎる点。それを踏まえると、第三者が介入していることが疑わしく、フェンへの制裁よりもそちらが気になる。

 

 

「して陛下……、その組織?でしたかな?彼らは何と呼ばれているのです?」

 

 

ハウフトマンは苛立ちを抑えつつ、好奇心に駆られた彼は剣王が出す本題に王手を掛けた。

 

 

 

 

「彼らはマンダと呼ばれる秘密組織。ワシもその組織の裏に何がいるのか分らん」

 

 

パーパルティアの拡大に伴い、秘密組織「マンダ」の暗躍。

 

 

この会談で明らかになったその組織の名前はここで初めて明らかになることになった。

 

 

 

 

そして、フェン沖海域にはジオン公国艦艇とフェン水軍の木造、降伏したパーパルティア東洋艦隊所属艦艇等々、様々な軍艦がひしめいていたが、その中でも唯一公表されていない艦艇が潜望鏡深度まで上昇し、海上であった戦いを全て記録していた。

 

 

 

「艦長!ジオン軍艦艇が遠ざかっていきます。速度は30ノット!とんでもないスピードです」

 

「ソナー員、しっかりと記録しておけ。後日、本国のデータベースに記録されることになる」

 

そこにいたのはムー王国海軍フェン派遣艦隊に所属するⅣ型潜水艦である。形状は地球の歴史でも類を見ない大きさであり、形状もまるで石棺を思わせるような形状であり、その素材はムーにのみ生産される高密度の鋼材を使用している。それは静粛性に優れ、ソナーをも掻い潜れる最先端のものだった。

 

彼らが聞いていたのは、様々なノイズと共に聞こえるジオン軍潜水艦の音である。ジオンは海中での行動に関しては五月蠅く、まるで粛々とするべきはずの劇場で大音量のロックミュージックを流しているような、場違いなほど五月蠅い。

 

潜水艦の運用に関して未だ発展途上であると、潜水艦の艦長は感じていた。

 

 

「ジオンは凄いな……全く凄すぎる」

 

「まるで星戦争のようです」

 

 

『星戦争』それはムー王国で流行っているSF小説に出てくる異なる星の惑星から来た蛙のような異星人。彼らは自分たちよりも優れた科学技術を持ち、侵略すると言った内容である。そこにあったのは四足歩行の巨大メカが地上のムー国軍の兵器や部隊を蹂躙し、国土を燃やしていくというSF大作である。既に映画化も検討されており、そのうち慰安の目的でフィルムが軍から送られてくるだろう。

 

そんな現実から離れた光景を見ていた艦長や副艦長、航海士は表情を曇らせる。

 

「この情報は『マンダ』から来ていたが、現物を見て確信したよ。情報局も驚くだろう」

 

「ですね……艦長、お時間です」

 

副長はゼンマイ式の時計を見て、偵察作戦の終了時間であることを知らせる。艦長は潜水艦艦長の軍帽を被り直し、命令を告げる。

 

「潜望鏡下げ!最大深度まで降下。このまま中継基地まで帰るぞ!」

 

 

「ベント開け!最大深度!」

 

「ベント開け!最大」

 

副長と航海士の復唱後に潜水艦は再び海中へと沈んでいく。

 

「特務機関」「対パーパルティア隠密部隊」「第3世界工作部」など様々な呼び名がある組織。多くはそれをムーの神獣「マンダ」と呼び、正式名称「第3諜報局」と呼ばれるパーパルティアを崩壊させようとするムーの情報機関だった。

 

 

 

 

 




神獣マンダは東宝映画「海底軍艦」より。この後、ムーの説明回あります。



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