慈恩公国召喚   作:文月蛇

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やっと投稿できました。

まだまだ安心はできませんが、既に二十二話をどこで区切るか考え中です。ともかく、パーパルティアはそろそろ退場ですね。

どうなるかはご想像にお任せしますが、まぁ十中八九隕石で消滅でしょう(嘘)



第二十一話 暗躍する国々

 

 

「ギレン、ワシが言ったことを覚えているか?」

 

 

「ええ、ガルマがセツルメント国家連合の軍事顧問になった際に言いましたね『あの恩知らず共に戦争を教えてこい!』って」

 

「違う。それもそうだが、他のだ!」

 

 

「ガルマもドズルも父上のように腹芸を習えと……確か、宴会芸で」

 

「ちがう、それは政治家のような忍耐と腹芸を身につけろという意味だ!」

 

 

父と息子の会話ではあるが、冗談の掛け合いである。行政最高執行官であるギレンと国家元首デギンの会話とは思えない。だが、彼らの真の姿はこうなのかもしれない。

 

そもそも、国の指導者と言う者はその時代や施政者、その後の主義思想によって変遷する。日本で言えば、織田信長の冷酷無比な指導者ぶりは後の豊臣秀吉や徳川家康のイメージ戦略の一環として現実の織田信長とは違う存在へと変化した。一方、江戸幕府については明治政府の戦略として、幕府の無能ぶりを知らしめるべく、多くのプロパガンダを発信し続けた。

 

また、他国の指導者では冷徹なイメージを持たせるべく、わざと冷酷さを示すような情報操作を行い、逆に人気を勝ち得ている場合もある。ギレンやザビ家などは正にその通りであり、寡黙であるがカリスマ性に長けたギレンやキシリアと対照的に、人望の厚いドズルやアイドル的人気のあるガルマなどの家族構成は正に国民が求めるべき家族像であったりする。

 

 

「して、父上。本題に入ってください」

 

「む、そうか……ガルマの事だ。今すぐに引き上げさせろ」

 

 

年老いてから子供を持たない方が良いと言っていた。それは年老いてから子供の面倒を対処する能力が衰えたからだと言うが、子供の無茶には肝を冷やすからだという。しかし、ガルマの場合、現場指揮官としての立場もあり、加えて親しい兄がドズルと言う点において脳みそが脳筋化していた。

 

 

「核攻撃を地上で簡単に行う神経が理解できぬ」

 

「父上、彼らの文明と我々とでは大分異なります。それこそ、価値観が全く異なるのです。我々はスペースノイドという選ばれた民の意識がありますが、彼らはそもそも惑星が球体であると認識しているかすら疑わしい。放射線の知識など持ち合わせているはずもありません」

 

 

スペースノイドにとって放射線とはまるで欧米人が鼠を嫌い、ペストを恐れているのと同じようなものである。放射線との戦いは言わば宇宙移民者にとって歴史そのものであった。それこそ、宇宙移民の子供たちが理科の授業で学ぶ項目に『放射線』があるほど。

 

コロニーの隔壁や宇宙船の船体から飛び出せば、数多の放射線に晒される。それゆえ宇宙空間での戦闘には核兵器という存在は放射線が数多ある状況下において火薬と同じような意味合いの兵器と化した。

 

ミノフスキー粒子の軍事利用以前に考えられた戦術はレーダー誘導のミサイルによる攻撃と、コンピューター制御の迎撃システム、そしてメガ粒子砲や実体弾、光学レーザーによる艦砲射撃があった。核ミサイルの立ち位置は戦略級のMIRVタイプの物や対艦核ミサイル兵器なども考案され、宇宙世紀における核兵器の開発は1960年代の米ソ冷戦を思い起こさせる。

 

核動力戦車や歩兵携帯型核兵器、迫撃砲で発射可能な小型核砲弾などの兵器は宇宙世紀に入って再び開発された。多くは宇宙空間を想定していたため、佐官以上の艦長が核弾頭の発射ボタンを持ち、ルナツーやルウム、サイド7には未だに無数の核が眠っている。

 

ルウム会戦でも、コロニーに被害が出ない宙域では核攻撃を行い、戦術核によって一個戦隊が全滅することも少なくない。偶発的な核の応酬も視野に入れれば、コロニーを盾にした戦いも考慮に入れているという。ジオン軍司令部は外交面から戦時条約も必要であると外務省や総帥府に問い合わせていた。

 

 

 

 

「ギレン、まさか国民の声に耳を傾け、核を発射して大陸を焼き尽くすつもりではあるまいな」

 

「父上、確かに選択肢としてありますが、大量破壊兵器の使用にはセツルメントや中間層の国民から反対を受けていますから迂闊な事は出来ません」

 

ギレンはおもむろに取り出したテレビのリモコンで電源をつける。

 

【ムンゾ4ニュースリポーター、ノグチがお届けします。現在、行政地区に多数の反核論者や非戦派市民がデモ行進をしており、治安部隊と睨みあっています】

 

【数日前に起こったアルタラス王国の首都、ル・ブリアスの核攻撃の被害に対して、アルタラス王国の仮設領事館には献花台が設置され、市民の多くが祈りを捧げています。】

 

【総帥府報道官のコメント『核の報復攻撃も選択肢に』を発表したことで、セツルメント各自治政府は遺憾の意を表明。加えて、公国議会の野党『立憲党』や『民主党』がギレン総帥に対して『正気の沙汰ではない』と強い反発を……】

 

【世論調査では核攻撃に否定的なのは80%近くに上り、一方でパーパルティア皇国に対する外交努力を求める声が三割近く増えています。これはサイド7にて成立した反セツルメント組織であるティターンズが大きく関わっていると……】

 

 

巨大なスクリーンに映されたのは、数々のニュース番組。一部にはズムシティにあるアイドルグループ『ZC48(ズム・シティ)』のコンサートで、心なしか二人の視線が向く。扉の近くにいる衛兵が、二人の私室にそのグループのグッズが幾つか見たことがあるため、口をへの字にして吹き出すのをこらえていた。

 

「軍事費の削減と予備役の民間復帰……マスコミの自由報道は転移の処置としては適切だが、思わぬ悪影響が出たな」

 

 

転移後、ジオンでは対連邦の軍事費拡大と情報統制について是非が問われた。これに対してギレンは予備役軍人を民間に戻し、戦時経済から平時経済の転換を素早く行った。ギレンはアIQ180の天才であり、経済の些細な出来事で数億ドルの資産が動くことを予期した。ギレンはザビ家の資産やジオンの国力を武器に、経済の修正を行った。それと同時に転移した惑星の状態を知りたい国民の要求や野党の突き上げに応え、マスコミへの情報統制を若干緩めた。

 

これは転移と言う混乱に乗じた反ギレン勢力を押さえつけ、中道派閥をこちらに引き込むための手段の一つだった。ただでさえ、政治家達の動揺もあることから、初期の段階で引き入れることを視野に入れた政策。加えて貧民層や中間層も含めたもの。

 

しかし、これに呼応して肥大化したのが国民の声に対して機敏な反応を示す野党だった。惑星への情報公開から資源確保のための植民地化や帝国主義的な主張をする政治団体も発生し、秘密警察やキシリア機関がそれらの締め上げを行った。

 

だが、国民の声に敏感なマスコミはこれらの動きを声高々に伝え、次第にその主張に感化された市民が民間企業を通じて惑星への植民地化を画策。スペースノイドという鉱物資源の少ない国民であるため、ギレンですら逆らうことなく、民間企業の流入と各地で起きるスペースノイドの帝国主義的な側面が露わになる。列強の言う「劣等民族」「蛮族」と言った言葉を使い、惑星圏の人間の不信を買う。その動きに歯止めを掛けようと動き、ガルマの政治手腕により抑えられたが、野党やマスコミを中心に反ギレン派が集中しつつあった。

 

とは言え、転移後の混乱とそれに乗じた反乱を予防したのは大きい。ただ、戦争遂行のため、一つに纏まる必要がなくなったことで必要以上に社会主義に傾倒する必要は無くなった。連邦の脅威が弱まった現在は声高々に侵略を唱えても何も処罰されないことで、ジオン国内では言論の規制が緩和された。

 

「内戦までとはいかないが、このままではジオンは二分されるぞ、ギレン……」

 

「核の使用は想定外でしたが、こちらも軌道上から核を投下して敵を……」

 

「馬鹿者、あの惑星の全てを敵に回す気か?」

 

 

スペースノイドにとって核兵器は戦術として、戦略として優れた兵器であることは間違いない。宇宙空間ではさほど被害は出ないが、大気圏内で炸裂した場合、基本的に放射線防護のない地上の軍や人々はその莫大な放射線と熱量によって死に至らしめることだろう。

 

そして、その威力は『第二の太陽』『神の炎』と揶揄されるように、ル・ブリアスの核爆発は列強国の興味を引いた。古の魔法帝国の遺物への考古学研究が進み、核開発競争になる。更にジオンが仮に皇国へ核攻撃すればどうなるか。パーパルティアへの核攻撃は一時的に親ジオン国の間では称賛されるだろう。だが、一方でムーや神聖ミリシアル帝国などの列強からすれば、今後の仮想敵国と定められる可能性もある。

 

グラ・バルガス帝国の存在もあることから、ここで『世界の警官』のように各国に部隊を派遣していくことになるかもしれない。逆に反ジオン同盟を作り、対立されれば厄介なこととなる。グラ・バルガス帝国や未だテクノロジーの理解の及ばぬ神聖ミリシアル帝国などについては、少数の選抜された外交官しか送っていない。

 

内憂外患と言うほど深刻ではないにしろ、難しい立場にあるのがギレンだった。

 

 

 

「核は撃ちませんが、舐められたらやり返さねば」

 

「それは構わんが、ガルマを救え。これは何としてもだ」

 

もし、ガルマが死ねばジオンは砂上の城と化す。国民の人気を集め、ザビ家の行く末を左右する若者が居なくなれば、国民の支持母体を失いかねない。ギレンやキシリアを支持する国民は年齢層を見てみると親世代や祖父世代。しかし、若者の支持はガルマに集中している。彼が死ねばザビ家の権力基盤は失われるだろう。

 

 

自分の息子が死ぬのを黙って見ているつもりはない。もし、ギレンやキシリア・ドズルが動かなければ、自身の乗艦『デギン・ザ・グレート』を大気圏突入させ、息子を救いかねない。

 

「議会で皇国への宣戦布告を議題に出さねばなりません」

 

「儂の派閥に声を掛けよう。野党の方はまだ難しい。しっかりとやれギレン」

 

定時の話し合いが終わり、デギンは公王府へ。ギレンは総帥府から公用車に乗り継いで公国議会へと向かった。

 

 

総帥府から公国議会までの道のりはそこまでではないものの、親衛隊の装甲車や重火器で武装する武装近衛兵、首都防衛大隊から抽出されたザク3機が周囲の警備についていた。ギレンが現れたことによって、道に立っていた民衆は支持の声を上げるが、その中には「核反対」「戦争の即時停止」を訴える市民団体。その他、戦傷軍人会がメインとする政治団体は「惑星へ侵攻」「復活帝国主義」という文字の横断幕が掲げられ、ギレンは溜息をつきながらも公国議会入り口に降り立った。

 

すでにマスコミ関係者が詰めかける中、公国議会の入り口に入る。

 

【ギレン総帥閣下が今、議会正門に到着しました】

 

【今回、アルタラス王国で起こった核攻撃に対し、ダルシア・ハバロ首相が緊急集会を要請。軍務や緊急の用件以外の議員は既に集まっており、閣僚も軒並み足を揃えています】

 

【一方、セツルメント国家連合議会は公国に対して過剰な戦争遂行によって多大な犠牲が出ることを良しとしないと発表。今回の攻撃に対しての犠牲には哀悼の意を挙げていますが、セツルメント内に連邦の影響が強いとみていいでしょう】

 

 

様々なニュース番組の報道カメラ、新聞やネットニュース向けの動画撮影。親衛隊警備兵が悲鳴を上げる程のマスコミの量に忙殺されながら、なんとかこらえている警備兵のうしろをフラッシュの眩い世界を通ってギレンは議会の中へと入った。控室で議会用の秘書と話し合い、原稿を受け取り、素早く頭に叩き込み、誤字脱字や咄嗟の芝居に関してメモを行う。

 

「ギレン・ザビ総帥閣下の入室です」

 

ギレンの入室と共に一斉に起立する議員と観席のマスコミと見学する企業関係者。本来であれば、旧時代の議会と同じく拍手で迎えるだろう空間には、沈黙が満たされていた。異例の自粛ムードが議会を満たしており、ザビ家の末席にいるガルマが爆心地にほど近い場所に居ることも含めて、多くの議員はザビ家へ同情の視線を送っていた。

 

 

 

「国歌斉唱」

 

 

 

議会司会者が号令し、後ろの親衛隊音楽隊が一番のみを演奏する。

 

 

 

我らのジオンよ、 地上の者の楔から

この世の鎖を断ち切って 自由に行かば

家族を護るにあたりて

兄弟のような団結があるならば

銀河のすべての人類よ

団結せよ! 団結せよ!

艱難の時にこそ 冠たるスペースノイド

今こそ立ち上がれ

 

 

 

革命と独立の時代に生まれた国歌を元に作られたそれらはジオンの国民を束ねるのに相応しく、ギレンの意向を汲んだ歌詞はまさにジオンにふさわしい。しかし、彼の面持ちは良くなることはなく、緊急集会における話し合いが始まり、ギレンの側近の連絡や議事進行の司会が定例と同じように事を進めていく。

 

 

「今回、アルタラス王国に対して使われた核弾頭は如何なるものか軍司令部より報告願いたい」

 

参考人招致にも似た今回の集会。議事の中心となるのは、アルタラス王国の核攻撃の状況説明。軍関係者や政府中枢にのみ知られている内容を議会に通して発表し、政府批判を強めたい野党は言葉の一句ごとに間違いがないか気を配っている。

 

転移後の混乱を押さえ、国民の理解を深めるために情報統制を緩め、野党の活動を緩くした公国政府。統制の取れない野党の追及はギレンを追いやることはない。だが、今回の公国総帥府の報道担当官の「核の報復はありえる」という発言をしたことで大炎上している。確かに戦略上、選択肢には入っているが国民に言って多方から非難が殺到することは望んでいない。既にギレンの命令で報道官は解任し、緊急集会に出席。釈明と謝罪をしなければならないのだ。

 

如何に独裁政権とはいえ、国民にも意思が存在する。上層部になるにしたがって心酔している者も多いが、末端の国民までは手が回らない状況なのだ。

 

「民主主義の弊害か……」

 

 

歴史上、優れているであろう政治システム『民主主義』。その弊害に悩まされたギレンであったが、ギレンは議会で核攻撃を否定し、現状の兵力で対処することを述べた。そして現時点おいて目下の敵は連邦『ティターンズ』であることを宣言した。

 

 

 

 

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戦争は一つの戦局だけに留まることはない。

 

その消費行動は様々な思惑によって行われている。経済や政治、若しくは民族としての意思がそれらの戦争に深く作用する。戦争を行う当事国だけでなく、周辺諸国も関わるため、中立を表明する国家や大陸の反対側にいる戦禍のせの字すらない国家も戦争と言う消費行動には注目せざるを得ない。

 

列強においてはまるでブロック経済のように自分の勢力圏内での流通が出来るような経済状態が続くために、文明圏外国家は言わば冷戦時代の第三世界に近い様相だった。

 

そんな第三世界の国家が一同に集まって会議を行う国際会議「大東洋諸国会議」がある。国連と言ったすべての国家が加盟できるような国際組織ではなく、基本的に互いを国家と認め信任する国家しか入ることはできない。

 

とは言え、二つ返事。国書を渡して国交を樹立し、相互に独立国であることを認め合うというものなので、大東洋諸国会議に参加する条件は「対等の相手とみなせるかどうか」であったりする。

 

元々会議の提唱国が文明圏外の国であったため、列強のパーパルディア皇国や第3文明圏の国々は「会議は必要が無く、無意味」として不参加。そのため、第三文明圏外諸国の集まりのみならず、その他の国家も集まる寄り合い所帯となっている。また、対等な関係を築こうとする国家間において比較的に本音を言い合うかなりオープンな愚痴に近い話し合いもあったりする。そのほとんどがパーパルティアへの非難や各国家の情報交換など。横のつながりを大切にし合おうという組織である。とは言っても、この会議の情報は様々な諜報組織に流れるため、明確な列強への敵対行動の通知は行っていない。

 

こうした国際組織は嘗て起きたパーパルティア皇国の行おうとした大陸統一事業「フィルアデス大陸統一戦争」の時に諸外国が同盟の時に存在した。数百年もの歳月を経ているため、同盟関係は歴史上の物になって久しいが、同盟や慣例法といった国際法はこうした大東洋諸国会議に引き継がれていた。

 

 

「これより大東洋諸国会議を開催します」

 

会議の議長を務めるエルフは魔導拡声器を使い、会場の外交官に開会を宣言する。各国の代表の手には魔導印刷機や機械式印刷機によって、植物紙に刻印されたジオン公国の詳細とアルタラス王国に対して行われた大量破壊兵器についての報告が記されていた。

 

 

「まず先に述べるのは、アルタラス王国についてだ」

 

議長が提案し、最初に手を挙げたのはアルタラス王国と深い関係にある中国に似た文化様式を持つマオ王国の外交官と武官だった。

 

「マオ王国軍情報担当のビラン上将です。アルタラスの国家指導部はシルウトラス市に移動していますが、行政は停止。軍も再編していますが、組織的な反撃能力はありません。パーパルティア皇国大陸軍の部隊に対しては遅延戦術しか選べない状況が続いています。ジオンの援助が無ければ、あと5日で陥落するでしょう」

 

「皇国の使用したものについてはご存知でしょうか?」

 

 

「いえ、我が方でも確かな事は申せません」

 

マオ王国の武官が言いよどみ、二個離れた席にいたマール王国の外交官が挙手する。各国外交官の中でも文明圏内に位置するが、パーパルティア皇国との関係悪化と今回の攻撃に関して様々な方面から調査を進めている彼らである。既に列強ではおおよその検討は付いているだろう情報を提供するのは、列席者からの情報を求めているからだった。

 

 

「マール王国外務省アルドルフです。現在、列強や魔導強国の情報からあれらの技術形態は古の魔法帝国のものであることが判明しています」

 

列席者の面々に衝撃が走る。

 

数か国は列強にも隠密を忍ばせているだろう。驚いた様子は見せていない者も何名かいたが、殆どがその事実をこの場で知ったようだ。

 

「破壊力はご存知の通り、街を一つ消し去る程。シルウトラス市などに流れる負傷者は近隣に住む人々。ル・ブリアス中心部にいた人々は跡形もないと」

 

「そんな……嘘だろうに」

 

「まさか、パーパルティア皇国と言えどもあのような魔導兵器を」

 

 

パーパルティア皇国は第三文明圏の中心的国家。その国力や魔導技術、培ってきた文明に関しては他国の追随を許さない。

 

しかし、その上。神聖ミリシアル帝国以上のテクノロジーを持っていた古の魔法帝国が持つ魔導兵器「コア魔導兵器」と呼ばれる一連の大量破壊兵器を持っているのは推定でも神聖ミリシアル帝国だけだろう。

 

今後のことを考えればパーパルティア皇国が神聖ミリシアル帝国と二強の状態となる。そうすると、パーパルティア皇国は更なる国力増強のために領土拡大と大陸統一の侵略政策を推し進めることになる。

 

 

「シオス王国外務卿補佐シムランです。懇意の商人から、アルタラスとジオン公国が協定を結んでいたと聞きます。我が国はジオン公国の行動に関しては支持を表明します」

 

「何だと!」

 

「正気か?」

 

 

この会議で行われるのは情報交換だけ。それは会議とは名ばかりの情報交換会。話し合いというよりも各国の情報目当ての外交官が殆どだ。自分達が列強に喧嘩を売ると宣言する行為は列強に伝わるのは避けられない。

 

シオス王国の宣言はパーパルティア皇国に糞を投げつけるようなもの。アルタラスの二の舞になるのは明らかだった。

 

 

「本日中に我がシオス王国はジオン公国との間で共同防衛条約を発行。我が国はジオンと運命を共にするつもりだ」

 

各国外交官はジオンの詳細を記録した書類に目を通す。そこに書いてあるのは星間国家、人型機動兵器、神聖ミリシアル帝国を上回る国力。眉唾物であってほしいと思うような書類だが、シオス王国の台詞が決定的になった。

 

 

「トーパ王国外交副卿のデンランです。我々はジオンを危険とは思っていない。彼らは決して自分からは襲ってこない。しかも、我が国や同じ文明度の国が大金を出して列強から買う技術が……ジオンの出版物で買える。しかも、格安でこれが買えた。ジオンが列強以上の大国であることは明らかだ」

 

 

彼の手にあったのはジオンの学生が使うような参考書。ジオン軍幼年学校受験のための本であった。内容は中等部向けの受験勉強の内容だったが、戦時教育のために射撃方法や歩兵戦術、レーダーの基本原理と言った内容である。MSの操縦方法は流石にないものの、戦時教育のための教育カリキュラムであった。文明圏外国家はこうした技術を求めて学生を送って技術を吸収、ある時はスパイ紛いの事もやってのける。

 

しかし、その本の内容はスパイマスターが情報局の上司に殴り込みに行くぐらいの衝撃だった。

 

 

「フェン軍祭事件で列強のワイバーンロードをあっさりと叩き落とす……もし攻めてきたら、はっきり言って無理。彼らが足を舐めろと言えば、そうするよ」  

 

「クワ・トイネ公国外務省のルッソです。一言よろしいでしょうか?」

 

ひと際、会議で目立っていたのがクワ・トイネ公国外交官のルッソだった。見るからに異質。列強の文化様式の衣服でもなければ、クワ・トイネ公国の民族衣装とも異なる作り。ジオンのスーツブランドに身を包み、ジオン政府関係者にも似た格好はあまりにも会議に合わない。

 

それでも、彼の存在はひと際目立っていた。

 

「我が国はロウリア王国の度重なる衝突に耐え、先の戦争に至りました。その時我が国を助けたのがジオン公国です。既に文化はパーパルティア皇国の比ではありません。鉄道網や電気自動車、様々なテクノロジーを吸収。我が国は五年後に星間国家連合であるセツルメント国家連合に加入することを目標にしています。皆さん、ジオン公国が帝国主義を掲げて搾取するかもと思っているでしょう。ですが、彼らは格下の相手でも対等に扱う。それだけでも敵対する必要はありません」

 

 

会議はジオン公国との友好関係を築くことで決着し、パーパルティア皇国の軍事行動についても注視しつつ、慎重な姿勢をすることで列席国の意見は一致した。

 

 

 

 

 

 

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第二文明圏の列強として、機械文明を牽引するムー。第一次世界大戦期のテクノロジーを持つ彼らは領土や友好国に空港を建造し、機械文明を啓蒙すると同時にムーの影響力を強める活動を行っていた。極秘諜報組織「マンダ」が対パーパルティア皇国への諜報作戦や神聖ミリシアル帝国に対しても同様に諜報活動を展開。

 

表向き平和主義、あたかもモンロー主義のような他国への不干渉を明言したのと同じく、消極的姿勢を打ち出している。だが、水面下では大規模な諜報活動が行われ、多くの軍関係者が諜報員として身を投じていた。

 

 

技術士官マイラスは同僚のリアと共に軍令部より辞令を受け取り、本土でも諸外国外交官を受け入れる国際空港を目指していた。辞令では情報局の技術顧問と言う立場で外交官や情報局の諜報部員へアドバイスをする立場。命令があればスパイとして活動もできるが、二人とも技術士官としてのキャリアがあるため、スパイとしての技術も経験もない。

 

 アイナンク国際空港は空軍基地と併設しており、緊急発進時は軍務が優先される。とは言っても、民間航空会社も設立から間もなく、神聖ミリシアル帝国の空中船舶会社と比べるとシェアもそこまで高くない。二人はムーの軍服を纏い、アイナンク国際空港に向かう鉄道を乗り継ぎ、外務省の計らいで公用車に乗り込み、文明圏外国家のような舗装のない凸凹道でない、アスファルト舗装された幹線道路を進んでいく。

 

「軍の人間を外務省が公用車に載せて移動させるとは……」

 

「スーツ組なのに気前がいいよね」

 

たかが技術将校のために未だ台数の少ない自動車を使うなど、普通ならばありえない。マイラスとリア両名は自分たちの任務が明らかに異常であることを感じ取っていた。古代遺跡の調査であれば考古学研究者が行い、秘密裏に鹵獲した魔導兵器の分析ならば本土の奥地にある秘密研究所に運ばれる。民間企業や魔導文明の外交官の目が届くそこで分析を行わない。

 

技術顧問は本来、軍事関係者として民間企業についていくことや外務省関係者と共に武官待遇で諸外国に赴いて諜報員と共に分析を行う。本来なら、もう少し準備期間があるはずだが、急遽正装の状態で空港に行けというのはどう見ても妙だ。

 

空港に到着し、来賓棟の一室に待機して20分後。

 

 

 軍服を着た者と、外交用礼服を着た者2名が部屋に入ってくる。

 

 

「二人が技術士官のマイラス君とリア君です」

 

軍服を着た者、所属はムー軍司令部における第三文明圏を主とする情報局第三課の人間らしく、鼻につく情報畑の匂いが二人の危機意識を刺激する。外交用の礼服を着た者は軍服にも似たムーの民族衣装の礼服を纏う外務省職員に紹介する。

 

 

「マイラス少尉はこの若さにして第1種総合技将の資格を持っています。こっちのリア中尉は魔導文明についての対抗兵器の研究を行っています。双方、兵器開発・分析のスペシャリストです」

 

 

「技術少尉のマイラスです」

 

「同じく中尉のリアです」

 

自己紹介を行い、会合のための席に全員座り、任務に就いての説明が始まった。

 

「何と説明しようか・・・。」

 

「今回君を呼び出したのは、正体不明の国の技術レベルを探ってほしいのだよ」

 

「グラ・バルカス帝国の事ですか?」

 

マイラスはチラリとリアの方を見て目配せする。

 

しかし、思わぬ答えが返ってきた。

 

「いや、違う。本日0400時頃、ノーチラス海岸沖50㎞の海上にある船が3隻現れた。海軍が臨検すると、ジオン公国という国の特使がおり、我が国と新たに国交を開きたいと言ってきたのだ。君達も既に聞いたことがあるだろう。あの国だ。これを見てもらおう。」

 

外務省職員は『機密』と書かれた封筒から写真を数枚取り出すと、テーブルへと広げる。

 

「まさか・・・」

 

其処にあったのは、以前会議で見たことがあるジオンの船舶だった。高精度の偵察カメラで撮影されたそれは、ぼやけていたジオンのイメージのパズルのピースが埋まる。これまでぼやけた写真や微かな情報しか得られなかったが、これではっきりした。

 

「そして魔力感知器にも反応が無いので、魔導船でもない。機械による動力船であると思われる。」

 

 

「やはり、そうですか……」

 

彼らの放送を裏付ける情報として、臨検する時に発した無線信号があまりにも強力だったことや船舶の大きさが尋常ではない程。そして、人型兵器の存在があったなど、ジオンの放送と裏付けできている。

 

「フェン防衛の戦力やアルタラスでの戦いにだけでなく、こちらにも戦争を仕掛けるのではと危惧している。現に第三文明圏外近くの国家と次々条約を結んでいる。君達には放送の真偽とジオン軍の兵器を分析してほしい」

 

「既に君達技術局がジオンに対して分析していることは知っている。今後は直に彼らを見て分析をお願いしたい」

 

既に駐在する大使や外交官を通じてコンタクトを取っていたが、今回のような船に乗ってくると言った直接的行動を行ったのはかなり性急に動いているように感じられ、外務省の職員の表情は硬く、顔に脂汗を滲ませていた。既に、空軍機や海軍の艦隊は警戒態勢を取っており、部隊が暴発して戦争状態になるのではと危惧する政治家もいるくらいだ。

 

 

 

「本来なら船舶で来ているから湾港都市にでも招くつもりだったんだが、港湾警察についていた職員が勝手に空港を指定してね。航空機を持たない蛮族と高を括っていたんだろう。結局、彼らは幾つか滑走路について質問した後、この空港にやってくることになった」

 

「ジオン軍の航空機について何かご存知でしょうか?」

 

リアは神妙な顔で職員に質問した。

 

 

「先導している空軍機によれば、相手は時速160km程度の飛行速度であり、遅すぎて速度を合わせるのが大変だったと報告を受けている。それども、彼らの科学技術に対して判断が分かれている。出来れば、分析に長けた君達に直接見てもらわんとな」

 

 

「外務省の要請としては、ジオンが第3文明圏フィルアデス大陸のさらに東に位置する文明圏外国家であるか否か判断してもらいたい。彼らが世界中に流している情報の真偽を見極めてほしい。一週間後には政府と会談を行う予定だ。外交団には軍人もいる。技術者として軍人として接触し、情報収集を行ってくれ」

 

 

「解りました」

 

二人は外務省職員から今後の予定と資料を渡され、数時間後にジオンの外交官と話をすることになる。その前にマイラスとリアは外交官と共に格納庫にあるジオンの航空機を見ることになった。

 

 

マイラスは、久々に技術者魂の震えを感じていた。

 

ジオンの飛行機械とはいかなるものだろうか?

 

ムーの航空機はやっとワイバーンロードなどと互角に戦えるようになり、神聖ミリシアル帝国の航空艇ともほぼ互角に戦える性能を持つ。しかし、もしジオンが宣伝している通りの文明を持っていれば、自分達の航空機は紙飛行機に等しく、簡単に撃墜されてしまうだろう。

 

 

マイラスとリアは格納庫に移動したジオン公国の飛行機械を眺め、唖然としていた。

 

それは軍用として開発されたV-22オスプレイを彷彿させるシルエットを持つティルトローター航空機だった。MS運用を想定して設計されたファットアンクル輸送機とは異なり、航空機のシルエットをもつそれは第一次大戦中の航空機を開発しているムーと比べれば如何に先進的な機体であるか、窺い知ることができよう。

 

コロニー内では航続距離がそこまで必要ではなく、逆に遠心力による疑似重力を形成するため、一定の高度まで上昇せず、無重力と風圧で操縦不能にならないような特殊な技術が求められていた。

 

航続距離の問題や惑星内での運用を想定した航空機のノウハウしかないジオン技術局はセツルメント国家連合経由でもたらされた連邦系企業の軍用機データから設計。配備された『TVJ-30ユンカー』は他のムーの航空機よりも二回り大きいため、周囲にいたジオン軍整備士と警備兵を除き、ムーの整備士は唖然としていた。

 

 

その機体に浮力を持たせ、機体を持ち上げるエンジンはムーに存在せず、また複雑なシステムが必要になる。ティルトローター式エンジン、所謂垂直離着陸機が誕生するのはムーのテクノロジーからすれば、あと30年必要になるだろう。

 

 

「なんという技術!!!!」

 

 

 マイラスは我を忘れて叫んでしまう。とは言え、周りの見物人も似たような反応をしていたため、彼の存在はそこまで奇抜ではない。

 

何時も凛としていた年上のリアでさえ、ヘナヘナと座り込んで尻餅をついていたのだから。その後の二人の足取りは重く、事前に用意された資料やデータを読み込んでも、ジオンの国力がムーを凌駕していることを再認識させられ、二人はまるで幽鬼の如く、面談の時刻になってジオン外交官のいる応接室へむかった。

 

「蛇が出るか、それとも獅子が出るか」

 

「この場合は獅子でしょう」

 

ムーの昔話にある「ほら穴の怪物の恐ろしさ」は所謂、知らない不確定要素のある怪物についての恐ろしさを伝える話である。農民が洞穴にいる動物を怖がり、その存在について見たこともなければ、人伝にしかきいたことしかない。そのため、話は誇張され、ネズミから蛇へ。蛇から狐へと姿を変え、挙句の果てに獅子になってしまった。結局、洞穴にいたのは母親とはぐれた子犬であった。

 

だが、その知らない恐怖と言うのは、あり得ぬ虚像を想像し、それが元で争いが生まれるのだという一種の説教じみた話である。ともあれ、扉の向こうにいる人々は間違いなく子犬ではない。獅子より怖い生物だろう。

 

マイラスは部屋の扉をノックした。

 

「どうぞ」

 

 

 扉をゆっくりと開ける。中には、2名の男がソファーに座っていた。

 

 

「失礼します。ムー陸軍マイラス技術少尉と申します。隣はリア中尉です。お時間をいただきありがとうございます。」

 

 

「いえいえ、とんでもない。ジオン公国外務省シュベルグです。こっちは補佐のティルマンです。ティルマンは外務省職員ではありますが、突撃機動軍から出向している将校の一人でして……」

 

「よろしくお願いします、マイラス少尉殿。私はジオン公国突撃機動軍所属のティルマン・ヘクター大尉です。」

 

社交辞令と挨拶を済ませ、全員ソファーに腰を下ろすと、マイラスはバッグの中から今後の予定の記された書類を渡す。

 

「では、具体的にご案内するのは、明日からとします。長旅でお疲れでしょうから、今日はこの空港のご案内の後はアイナンク市のホテルへとご案内します。一週間後の会談までの間は外務省職員と我々が同行いたします。」

 

「分りました。予定では海軍基地と陸軍基地にも見ることが出来るとお聞きしたのですが?」

 

「はい、こちらの資料をご覧ください」

 

 

外務省職員の管轄ではあるものの、軍人による説明と快く思う彼らに対してマイラスとリアは、滞りなく伝達事項を伝えていく。その後は外交官を引き連れ、まずは空軍基地訪問となり、空港格納庫内に連れて行く。

 

格納庫に入ると、複葉機が姿を現した。その胴体は全て金属製。識別のため青いラインが塗装され、機銃が両翼に配置され、訪問のために整備士が新品同様に磨き上げていたのだろう。光沢の見えるそれはジオンの外交官をうならせた。

 

 マイラスは咳ばらいをした後、説明を始めた。

 

 

「この鉄龍は、我が国では航空機と呼んでいる飛行機械です。最新鋭戦闘機『マリン』最大速度は、ワイバーンロードよりも速い380㎞/h、前部に機銃・・・ええと、火薬の爆発力で金属を飛ばす武器ですね。操縦士は1人。メリットとしては、ワイバーンロードみたいに、ストレスで飛べなくなる事も無く、大量の糞の処理や未稼働時に食料をとらせ続ける必要も事もありません。空戦能力もワイバーンロードよりも上です。」

 

 

―どうだ!

 

マイラスは僅かに思うムーの優位性を持って説明する。放送をまだ真実だと受け止めていない部分があり、最新鋭戦闘機がジオンにとって骨董品レベルとは思いたくない。一種の現実逃避じみた説明と心境だった。

 

そんなマイラスの説明にジオンの突撃機動軍から出向したティルマン・ヘクター大尉は頷き、非常に良い笑みを浮かべていた。

 

「こちらは水冷式?それとも空冷式?」

 

「……えっと空冷式です」

 

「なるほど、機体装甲はアルミ?それともスチール?」

 

「アルミとスチールの複合です。」

 

「なるほど、シュベルグ大使。マリンのスペックはWW2初期のグロスターのグラディエーターに近いですね」

 

「あぁ~、たしかムーアの航空ショーで見たことありますね。成程な」

 

空冷式や水冷式は理解できる。だが、グロスター?グラディエーター?ムーアとは一体何だ?いったいどういう意味で言ってるんだ?

 

 マイラスは先程見た航空機について尋ねてみた。

 

「ジオンの航空機はどのくらい速度が出るのですか?」

 

航空機は速度が重要だ。無論、機動性や旋回能力、兵器の能力も鑑みることが必要だろう。しかし、スピードについては空中戦の時に鈍足では接近戦で有利である。敵軍より高速で移動できれば、あらゆる点で戦術的有利に進み、戦略上有利でもあるのだ。ふと、ヘクター大尉とシュベルグは目配せし、「よろしいので?」「構わない」と二言三言告げると、ヘクターは説明する。

 

「大気圏内戦闘機であれば、ドップの最高速度マッハ4.0くらいでしょうか。ただ、スペック上の事ですし、実際にその速度を出して作戦を行ったことはありません。マッハというのは音速の4倍程度ですね。ただ、大気圏運用兵器は運用実績が少ないのが玉に瑕ですが」

 

 

「えっ!?」

 

マイラスは唖然とする。その数値は未だに有人機では到達できない速度であり、神聖ミリシアル帝国でさえ、非公式では未だ有人機による音速到達には至っていない。まさか、この場で言うとは思いもせず、マイラスは驚いてしまう。

 

「いやいや、シュベルグ殿。ラジオや魔導通信で多くの情報を公開していますが、それはあまりにも……」

 

「マイラス少尉、ちょっと待って。シュベルグ殿、ヘクター大尉殿……我が国は数年前から航空戦力を導入したばかりなのです。ジオン公国はかなりの航空立国なのでしょうね」

 

 

狼狽する彼を落ち着かせたリアは話を切り替えるべく、マイラスを制して話し始める。他の文化面。女子が好きなお菓子の話や料理について話しだす。これには文化面だけでなく、食用植物について興味を持ったシュベルグと会話が弾み、スムーズにムーの大衆化が進む自動車へ乗り込んだ。ムーは数十年のうちに石油資源を使用した自動車を国民向けにすべく、工業能力の向上に努めていた。未だに魔導文明に対する国防費、文化面の侵略に対しても防御しなくてはならず、民族摩擦を考えて対策を練らねばならないため、本格的な工業能力の向上は十年ぐらいの計画を必要としていた。マイラスは憔悴しきった顔をしつつも、喉からひねり出すように声を出した。

 

「ジオンにも、車は存在するのですか?」

 

「ええ、世帯によってもまちまちですし、市街地ですと鉄道やリニアレールの方が使用されやすいですが、一家庭に一台と考えてもいいでしょうね」

 

「リニアレールとは?」

 

「我が国は星間コロニー……何というか、宇宙空間では限られたスペースを活用するために、隔壁の外に鉄道を走らせる……今度動画で見せますが、電磁石を利用してます。原理については技官があとで説明しますが、空気の汚染も考えなければなりません」

 

シュベルグは「説明が下手ですいません」と謙虚な姿勢を見せる。スペースノイドにとって大気を汚染する重工業は発展しにくい。画期的な空気ろ過システムや真空状態でも金属加工ができるシステム、空気を汚染しない製造法を確立させたジオン公国はコロニーの工業立国として繁栄した。その隆興は連邦との対立を生むのだが、数多くの工業製品がジオン製へと置き換えられていた。

 

もし、リニアレールやコロニーの外で運用する鉄道網について説明するとしたら、コロニーの存在を知らなければできないだろう。スペースノイドとすれば当然と思うことが分らないとなると、シュベルグのような百戦錬磨の外交官であっても戸惑ってしまう。

 

一方、マイラスの心は揺れ動いていた。ジオンの未知の技術について知りたいと思う反面、ジオンとムーの技術力がかなりのひらきがある事をまざまざと見せつけられ、マイラスはムーがどれほど凄いのかと、威嚇するような戦術は使えない事を知って委縮していた。

 

ジオンの外交官達をホテルのスイートルームに招き、明日の予定を教えた後、マイラスとリアは驚きの連続に疲れ、満身創痍の状態でベッドに倒れこんだ。明日の案内でも相当疲れるであろう、祖国の誇る技術がジオンより下であることを知るのだろうと思うと二人の気持ちは落ちるばかりだった。

 

 

 

そして、翌日。二人はジオンの外交官をアイナンク市にある国立歴史博物館へ招待した。幾つかのマスコミが取材としてカメラを向け、それを警察官やムー憲兵隊によって押したり引いたりする警備が続く。マスコミの中には列強の諜報員もいるはずで、警備担当の憲兵や警察は緊張の時間を過ごしていた。

 

マイラスとリアは博物館の案内をしていた。本来なら博物館の職員の仕事であったが、外交的に触れてはいけない部分もあるため、二人のような軍人が担当する。そして、外交官一同はムー古代史のセクションにたどり着いた。

 

 

「では、我々の歴史について簡単に説明いたします。まず、各国にはなかなか信じてもらえませんが、我々のご先祖様は、この星の住人ではありません」

 

「ほう」

 

「時は1万2千年前、大陸大転移と呼ばれる現象が起こりました。これにより、ムー大陸のほとんどはこの世界へ転移してしまいました。これは、当時王政だったムーの正式な記録によって残されています。これが前世界の惑星になります」

 

「当時のムー王国は周辺大陸よりも革新的な科学技術を保有していました。転移直後の混乱や風化によって大半の技術は損なわれましたが、今でもテクノロジーの復興を行っているのです。」

 

 

マイラスはムーの言語で記された壁一面に掛かれた世界地図を見せる。復元と現代風のデザインに直されたそれはマイラスが知る嘗ての旧世界の地図だったが、それを見たジオン外交官達の表情が強張っていた。

 

「おい、これは……」

 

「やはり、ビショップ博士の言っていたことは間違いないようだ」

 

「総帥府に報告をしてきます」

 

騒がしくなった外交官に驚いたマイラスだったが、彼の表情に気づいたヘクター大尉は説明した。

 

「既に我が国の科学者が貴国は転移国家だということは調べがついていた。古の魔法帝国の転移時期と貴国の時期が重なっていますからね。それと、我が国と貴国のルーツは同じと言うことです」

 

「ルーツが同じ?一体どういうことです?」

 

その話を聞いていたリアの表情が曇る。

 

「我が国が地球連邦政府に対して独立戦争を仕掛けていたのはご存知でしょう?ラジオや魔導通信装置で情報公開をしていますので。地球の人口増加を懸念して、地球連邦政府は増えすぎた人口を宇宙に移民させた……これが世界地図です……」

 

ヘクター大尉の持つ外務省発行の説明書類から世界地図を取り出した。其処にはムーの旧世界の世界地図とほぼ同じ大陸が記されていた。

 

「我々の元いた世界にも、1万2千年前に、突如として海に沈んだ大陸があると、言い伝え程度ですが残っています。貴国が転移した後に地球は氷河期や地殻変動によってこのアトランティスと書かれている地域は永久凍土と呼ばれる大陸へと変貌しました。私の推測ですが、古の魔法帝国の転移魔法?でしょうか。あれによって貴国はこの惑星に転移。その余波によって地球の環境が激変したと推測できます。」

 

やや、U.C.0079(宇宙世紀)の世界地図とは異なるが、転移魔法によって地殻変動によって変動したと考えれば説明がつく。

 

「ははは・・・まさかの歴史的発見ですね……」

 

すでにマイラスの思考能力は限界になっていた。マイラスのようなムーの技術者、しかも高等教育を受けた物であれば、これがどんなSFの代物であるか理解できるはずだ。想像以上の情報によって脳が一時的にシャットダウンする彼と同じような情報を受けたリアも同じく、コンピューターがフリーズし、エラーを吐き出したかのような顔をする。その様子を見かねたヘクター大尉だったが、外交官である以前に軍人としての彼は、固まる二人を励ました。

 

 

「私もその事実を聞いたとき、同じ気持ちでしたよ。勿論、心の整理が必要ですし、我が国は貴国と同じ星の生まれ。生体研究をすれば同じ遺伝子か酷似するものが出ると考えています。国家の垣根を越えて友人になれると思いますよ」

 

外交官やムーの外務省職員のドタバタした一幕は相互の政府中枢への連絡が終わり次第収束し、一通り説明した後にムーの古代史や中世、そして現代にいたる歴史を説明していく。

 

一万二千年前に転移したムー。

 

もし、地球と同じであればムーの旗が地球連邦の国旗ポールに掲げられ、彼らに対してジオンが独立戦争を仕掛けていたかもしれない。転移さえしなければ、地球の覇者は現在の人類でなく、ムーの人々だったことだろう。

 

だが、転移したことによってムーは自然の猛威に晒された。

 

転移したことによって、地熱エネルギーを利用する発電所の大半が機能を停止し、一時的な内乱状態に発展した。一万二千年前のムーはジオンと同レベルの科学技術を持ち、繁栄していたのだろう。だが、転移後に電力供給源の喪失に伴って政府中枢も混乱。数百年に渡る内乱状態に発展したのだ。残された資料によれば、ムー王国は大陸の覇者であったものの、少数民族を支配しており、電力源消失に伴って武装蜂起したのである。

 

また、転移は惑星の生態や環境、微小の微生物や細菌、ウィルスなどと出会った。鳥や魚、その他野生生物や周辺国家との接触により、これまでにない病原体が持ち込まれ、多くのムー王国民が犠牲となった。

 

「黒死病」「コレラ」「インフルエンザ」「出血熱」

 

地球における大航海時代は病原体を拡散させるきっかけであり、南米の民族が病原体に晒され滅亡したように、ムーは惑星内のウィルスや病原菌によって多くの人命が失われた。そして、競合して対立する国家が居なくなったことによってムーの成長は滞った。

 

転移前のムーは現在の南極大陸にあったとされるアトランティスと冷戦状態だったという。仮想敵国として対立していた国ではあったが、互いに競い合うことで成長していたのも事実。同レベルの国家が存在しなかったことも含め、ムーのテクノロジー発展は滞り、先の内乱状態と環境激変にともなう疫病の発生によって国力は大幅に削られたのだ。

 

ムーは荒廃しつつも、残された技術力をもって国の維持に努めたが、技術体系の違う魔導文明の国家に侵略を受け、ムーの大陸は浸食されていく。民族自体が他の流民と混ざり合いながらも、失われたテクノロジーを保持、探究しながらも何とか王制を何度も変え、ムーそのものを失いそうになりながらも、何とか文化と民族を保ち続けていたムー。

 

ムーと比べれば、ジオンの歴史はそれこそ100年にも満たず、一万二千年前の歴史的遺物を管理し、後世に語り継いでいることにジオンの政府関係者は驚きを隠せなかった。

 

グロッキー状態のマイラスだったが、そこにいたシュベルグ外交官は彼の肩を叩く。

 

「マイラスさん、大丈夫……ではなさそうですね」

 

彼の様子はまるで捨てられた子犬のようだった。もし、雨水で濡れていれば保護したくなるような様相であるが、彼はムー国軍人の一人である。外交官のシュベルグが気に掛けてくれたことに謝罪してリアと合流しようとするが、彼に止められる。

 

「マイラスさん、少し休憩された方がいいようだ。」

 

「いえいえ、休憩するわけにはまいりません。シュベルグ殿、私や我が国はもっと頑張らなければ」

 

「いえ、それは違いますよマイラスさん……」

 

マイラスは彼の言っている意味が分かっていなかった。国力は勿論の事、テクノロジーはムーを圧倒し、勝者として勝ち誇っていいようなものなのに、その本人は敗者を労わっている。マイラスにはそれが苦痛でたまらなかった。嫉妬に近いその黒い部分はマイラスの表情を変え、怒りの表情を作り出す。

 

「マイラスさん、我が国の歴史は100年も経っておりません。アイデンティティ、ジオン公国人という気概など、形成されたのはつい最近。私は未だに祖国はジオンではなく、嘗て住んでいたベルリンを思い浮かべます。それでも前の祖国は貴国の歴史と比べても格段に最近です。」

 

シュベルグはスマートフォンのような携帯端末を取り出して、画像データを画面に映す。マイラスはまたも見せびらかすのではないかと思うが、その画面に出てきたのは若干荒い画像である。其処には嘗てドイツが東と西に分かれていた写真なのか、ドイツ民主共和国の国旗とシュベルグと思しき人物が映っていた。

 

「これは父がマイラスさんと同じぐらいの歳の頃です。この時の祖国は大国の影響で二分されていましてね、民族と言葉は同じなのに掲げる主義と思想は違うだけでお互いに銃を向け合い、壁を作って対立する。酷いものでしたよ」

 

 

「そうでしたか」

 

「我が国は数百年、長くて千年足らずの民族の歴史を統合していますが、貴国の歴史は私の知りうる中でも最長の歴史を誇ります。一万二千年前からある国家はまずいません。あったとしても、存在したか分りません。それを貴方は誇りにすべきですし、我々はその熟成したアイデンティティや歴史を羨ましく思います」

 

一万二千年前からの歴史を持つムー。それは過酷な惑星の環境と苦難に立ち向かいながらも国と文化、民族を守ってきた国として認識しなければならない。テクノロジーの発展がジオンの方が上だとしても、ムーの歴史や文化の熟成度は遥かに上。テクノロジーが国家の優劣を左右するものではなく、マイラスは多少救われたのか、表情を取り戻す。

 

テクノロジーや軍事力がすべてではない。誇れるものなら他に色々存在する。

 

他にも海軍基地の視察や陸軍基地の視察、工場・学校の視察を行った。反応はやはり想像していたように、あまり芳しくないものだったが、マイラスの中には誇らしいものが一つできていた。

 

「ではシュベルグ殿、要請されていた情報局高官との会合はこちらになります」

 

「マイラス殿ありがとう」

 

最後にジオン側が要請したのはムーの情報局の高官との会合である。そして、場所としてもジオン側が改修してスパイ防止用の設備が盛り込まれたホテルの一室だった。マイラスはただの技術士官であるため、彼は一緒に会談に参加できない。

 

ホテルに着いたジオンの外交官ではなく、キシリア機関の諜報員の一団がホテルのフロア全体に自動小銃とアーマーで武装し、不測の事態に備えた。そして国家保安部の諜報員が機械を使用して隠しマイクやカメラ、魔導動力のそれらを見つけようとして幾つか取り除かれる。

 

「ミリシアル帝国製かな?サンプルとして頂いとけ」

 

「ミリシアル帝国製が多いですね。ただ、刻印が削られたり帝国語でない文字もあるから他の国の人間かもな」

 

すべての隠しマイクとカメラを外し切り、ムーの外交官と情報局の人間を招き入れた。

 

「我が国へようこそ、シュベルグ殿。私はムー陸軍情報局のマイヤーです」

 

「私は情報局第三課のアトランです」

 

その顔ぶれは何を話すのかは既に察しは付いていた。双方同じ獲物について虎視眈々と様子をうかがっていた事もあって、顔を知らなくても何故か仲間意識が沸いてしまう。自然とジオンの諜報員が完全武装していたとしても、その鉾が自分達に向けられていないことを既に知っているのか、陸軍情報局のマイヤーと名乗る将校と情報局第三課と表向き存在しない組織の人間がスーツ姿で列席することに互いに信用されている証拠だろう。

 

 

 

「さて、あの馬鹿ども(パーパルティア)をどう調理するか話し合いましょう」

 

 

 

 

 





次話からアルタラスの戦争に焦点を当ててきます。実はフェン王国の話はカットしようか考えています。さて、どうしましょう(笑)

感想・誤字脱字などどうぞ!

また次回、早めに投下予定です。

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