慈恩公国召喚   作:文月蛇

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お待たせしました。


第二十三話 アルタラス事変(下)

アルタラス王国は歴史上、順風満帆なものであったというのは間違いである。近年の度重なるパーパルティア皇国の圧力から、無関税や犯罪奴隷の好意的輸出などを行い、皇国貴族による鉱山の私有化についても目を瞑ってきた。だが、皇国建国以前のパールネウス共和国時代、所謂皇国建国時に行われたフィルアデス大陸戦争の前にはアルタラス王国が帝国主義的政策を行っていたのだ。

 

アルタラス王国は当時武断政治と拡大政策を行っていた。反抗する諸侯を滅ぼし、周辺小国を吸収。大陸統一を目指すのではと危惧されていた。当時急成長の国家の一つであり、パールネウス共和国没落期に多くの資産がアルタラス王国に流入し、肥沃化した経済は軍備に傾けられ、必然的にシルウトラス鉱山地帯へ拡大することになる。そして、シルウトラスに住む古の魔法帝国を崇拝する民族の敵視から侵略は始まった。最初は些細な文化摩擦だったが、双方の利害の不一致とアルタラス王国内の資産家の意向もあって、軍事衝突。レブラン戦争という20年という長きに渡る戦争の幕が上がった。当初はレブラン諸侯団や古の魔法帝国を崇拝する教団側の勢力が強く、王国側は15年ぐらいは劣勢だった。

 

しかし、ここで形勢が逆転する。開戦前からアルタラス王国とパイプのある諸侯団がアルタラス王国側に寝返った。教団は全て皆殺しにされ、信者は全て奴隷か貧民になってしまった。戦勝者はシルウトラスに商業街と研究施設を建設し、貧民や奴隷を鉱山労働に押しやった。過酷な鉱山労働はその見返りにキャッシュバックを貰うからこそ我慢が出来るというもの。だが、彼ら貧民の賃金は搾取され続けた。

 

現在のアルタラス王国の代になって多少は改善されたが、信仰の自由を奪い奴隷や貧民に貶められた彼らの恨みは決して癒えるものではない。同化教育や懐柔という手段を十分に取らず、「可哀想」という理屈で手を緩めてきたがゆえに火種と金蔓の両方を維持してきた王家。貧民や奴隷と言った身分の者は、自分たちの物であった土地に王都から逃げてきた王家を迎え入れる気は毛頭なかった。

 

「今なら王族をやれるぞ」

 

「パーパルティアの糞共は信用できるのか?」

 

「俺らを貴族にしてやるとさ」

 

「そんなの嘘に決まっている。俺達も殺す気じゃないか?」

 

「そんなことはない。俺らにとびっきりの傭兵部隊をつけるって言ってたぞ」

 

「傭兵部隊?」

 

其処はシルウトラス地下組織「ディファイアン」は長年資源を貯め、武器を作って一揆を準備していた過激派組織。犯罪組織を隠れ蓑として、パーパルティアや各列強の諜報機関とのつながりがあった。多くはこの地を先祖代々受け継いできた者もいれば、パーパルティアから流れてきた奴隷やアルタラス王国の政治犯も含まれており、非常に大所帯である。思想や行動原理に偏りがあるものの、アルタラスを倒すためならば、魔帝とでも手を組む。

 

ディファイアンの頭目、ロイドは幹部の連中が疑問に思う「傭兵」について魔導写真をテーブルに広げる。

 

「なに、いつもの列強連中の回し者さ。多少は便宜を図っておけばいい。」

 

魔導写真にあったのは、シルウトラス市行政地区の一角にある富裕層向けに作られた豪邸を司令部とする、ジオン軍の建物である。避難した商人から購入した豪邸は煌びやかであるが、その周囲をジオン軍兵士が警戒し、MSや装甲車両が警戒している。その写真のうちの一枚にはガルマが警備状況の視察で司令部周囲を巡回している様子が捉えられていた。

 

「お前たちの目的はこのジオンの親玉をかっさらうことだ。勿論、傭兵達が主にそれを行うが、ギルデロイとヒューアは傭兵達を案内しろ。」

 

「へい、ロイドの頭はどうするんで?」

 

「他の皆と共に臨時政府だか腑抜けた阿呆共にカチコミをかけにいくのさ」

 

「あの王都の糞共め。目にもの見せてやる」

 

彼らの目には長年積りに積もった憎悪があり、それは彼らが奴隷や貧民として、この鉱山街に押し込められてから積年の恨みが集中していた。それは時と共に癒えるという、生易しいことはない。民族を否定され、歴史そのものを否定する。自分の歴史を顧みないことは良くあるが、他者によって剥奪されることは復讐心を生み出す。すべてを失った復讐鬼が何をするのか。答えは決まっている。恨みを晴らすまで相手に同じ苦しみを遭わせるのだ。

 

ディファイアンだけにとどまらない。鉱山街の人間はほぼ全て臨時政府に対して悪感情を持っている。今すぐにでも滅ぼしてやりたいと考えるだろう。もし、何かの切っ掛けさえあれば、決壊水の如く怒涛のように臨時政府庁舎へ押し寄せ、革命が成就するよう動く。長年蜂起に向けて各国諜報機関からの援助によって形となった革命軍の部隊。綿密な計画の元準備されたそれは着実に、ナイフのように臨時政府の首元へ迫っていた。

 

 

 

数刻の後、シルウトラス市の中心地である行政区画。行政区画を警備する騎士団と共同で展開する第21特務隊に属する、第七歩兵師団から切り離された第二憲兵大隊は「MP」の腕章の他、大陸共通語の「警備」の文字を記したヘルメットを着用し、治安維持を行っていた。その中心にあるマーケットは臨時政府の非常事態宣言によって電波妨害(ECM)封鎖され、代わりにジオン軍憲兵大隊本部が設置された。市内のジオン軍治安維持部隊の指揮を行うテントでは大隊指揮官の少佐の他、部下、通信兵が詰めており、各警備所や検問、パトロール車両から来る報告を元に、シルウトラスの状況を把握していた。

 

「シルウトラスの状況はどうか?」

 

「はっ、現在のところ鉱山街との連絡は途絶。旧市街エリアと研究所周辺は各国駐在武官と警備と連携しているため、非常に落ち着いています。」

 

「現在、艦隊駐機場所とは連絡がつきません。センサーにはミノフスキー粒子による電波障害(ECM)が掛けられています。レブランへ派遣した部隊とは衛星を通じて何とか連絡で来ているようですが、レーザー通信以外は殆ど使用不能です」

 

憲兵大隊指揮官の表情は固い。

 

シルウトラス市は三つに分けられ、貧民層が多い鉱山街と古代遺跡のある旧市街、そして行政区画や大使館、研究施設が多い新市街。先程まで全警備部隊との連絡が出来ていたが、鉱山街を警備する騎士団や地元民兵との連絡が途絶していた。ジオン軍憲兵部隊や軽歩兵部隊は鉱山街について知らないため、現地騎士団から来ないよう言われていた。鉱山街は貧民層や解放奴隷、現奴隷が多い。アルタラス王国は奴隷の保有や売買は認めていないが、列強保有に関しては()()()として認識し、無干渉である。元々、シルウトラス市周辺は別民族の支配下にあったこともあり、現在の鉱山街貧民層はその別民族の古の魔法帝国を崇拝する民族であったことから、治安維持を行う王国騎士団からすると手に余る存在だった。

 

そのため、ジオンの憲兵部隊や歩兵部隊が一緒に警備しようとしても、内情の分からない彼らが行った所で足手纏いにしかならない。そのため、少数の通信兵と小隊をつけた。だが、彼らとの連絡は途絶し、ミノフスキー粒子の存在によって戦術ネットワークや市内の部隊は平常時と比べて、うまく連絡が出来ていなかった。ジオンは兼ねてよりミノフスキー粒子散布下での、情報通信の限られた中での戦闘を想定して、レーザー通信システムや個々の部隊が自由にできる裁量を与えるなど、粒子散布の中でも戦闘が行えるような訓練を行っていた。

 

しかし、惑星下での実戦データはどれも、ジオンと対等に戦えず、ミノフスキー粒子散布を必要としない程の弱兵だった。それゆえ、今回の電波妨害では部隊間で混乱が生じていた。

 

「艦隊駐機場所へは伝令を送れ。空中警戒のためにザンジバルをシルウトラス上空に移動させた方がいいかもしれない。一応大佐に要請をしておけ」

 

「はっ」

 

「行政地区の騎士団付き通信より入電。正体不明の集団を認むと報告が挙がっています」

 

「正体不明?どこかの難民か夜逃げの類か?」

 

「詳細は分りませんが、複数の集団が移動しているとの事。騎士団も現在、その集団の所属を調べているところです」

 

その報告に大隊指揮官は怪訝な表情を浮かべる。だが、その集団の発見とミノフスキー粒子の散布に何らかの因果関係があるとすれば、その集団が関係していると考えられる。指揮官はすぐさま憲兵大隊に敵軍襲来の報を艦隊司令部と全軍に伝えようと命令を出す。

 

だがその瞬間彼の意識は一気に消え去る。

 

トリメチレントリニトロアミンと呼ばれる有毒な化学物質は無線式起爆信管によって化学変化し、一気に炸裂する。PE4・C4と呼ばれるプラスティック爆薬は一瞬にして大隊本部のテントを一気に吹き飛ばし、中にいた全員を容赦なく衝撃波で即死させる。計30㎏近い過剰ともいえる爆薬が起爆し、一瞬にしてシルウトラス全体が揺さぶられる

 

 

 

 

「憲兵大隊本部沈黙!」

 

「各部隊が襲撃を受けています!」

 

「正体不明の敵集団より攻撃!」

 

「行政地区に敵集団侵入との報告アリ!艦隊司令部への防御を厳と為せ」

 

行政地区の端に位置するアルタラス王国派遣艦隊、第21特務隊の司令部は混乱していた。指揮所の大部分の位置から見える巨大スクリーンには、行政地区とシルウトラス市全域の地図が表示され、行政地区のマーケットに設置された憲兵大隊本部の位置には大きくバツ印が付いた。その他憲兵大隊が指揮する治安維持部隊のおおよその位置が「不明」の表示に代わる。その領域は赤いラインで表示され、警戒区域になる。アルタラス王国派遣艦隊の司令部指揮所はその正体不明の敵集団の攻撃に対して、現状を掴めずにいた。ここまでの能力を持つ隠密の報告は今まで上がってきておらず、パーパルディアの隠密もそうした特殊作戦に従事できる部隊を配備していない。破壊工作を行う攻撃から呆気にとられた艦隊司令部は急遽、休息していたガルマを呼び出した。

 

「何が起こっている?」

 

目の下に隈の出来たガルマ。秘書から再三休むよう言われ、レブラン防衛戦があるからとふらふらの状態で執務室から出てこなかったため、秘書官はたたき出すように隣の寝室へ押し込んだ。

 

ミノフスキー粒子や電波妨害でレブランや艦隊駐機場所への連絡がしにくくなっているため、不測の事態に備えて起きていた方がよかった。だが、ガルマの疲労を考えた秘書官や周囲の指揮官達は指揮権を一時委譲していた。裏目に出ていた訳ではなかったが、ガルマにしてみれば起きて早々正体不明の攻撃に晒されている事に驚愕するのは仕方がなかった。

 

「はっ!憲兵大隊本部が謎の攻撃を受け、壊滅。憲兵大隊のパトロール隊とは現在通信が途絶しています。他の商業地区から正体不明の敵集団を認むとの一報あり、現在MS小隊を軸にした部隊を派遣しています」

 

「艦隊駐機場所からザンジバルを呼び出せ。あまりしたくないが、上空に巡洋艦が居れば士気も衰えるだろう。鉱山街に行った騎士団はどうか?」

 

「現在も通信途絶。技術士官曰く、現在のミノフスキー粒子の電波障害は自然的なものでなく、人為的な軍仕様の妨害散布と思われます」

 

 

ミノフスキー粒子が自然環境で漂い、電波障害が発生することは不思議なことではない。ルウム会戦や惑星軌道上で多くの地球連邦軍艦艇を撃滅したことによって、ミノフスキー粒子を大量に帯びた艦艇が大気圏内に散布。広範囲に散布されたそれらは自然界の電磁場による電波障害も相まって、惑星で活動するジオン軍やその他機械文明の電子障害となって苦しめた。

 

アルタラス王国に来てからと言うもの、鉱物由来の電波障害や旧市街のシルウトラス遺跡からの妨害もあって、安定した通信状態でなかったジオン軍は電波障害が人為的なものであったと簡単に気づくことができなかったのだ。

 

「ならば、この攻撃は……」

 

「敵集団の所属が判明。装備からして、連邦軍特殊部隊かと!」

 

ガルマは苦虫を噛み潰したような顔をする。既に窓から見える黒煙と住民の叫び声を聞き、自分達が来たことによって被害が出ている事を知り、目の前の空になったマグカップを衝動的に投げたくなるが、我慢して被害状況を確認すべく、命令を伝える。

 

「レーザー通信に切り替えて戦術情報システムからパトロール隊を呼び戻し、攻撃する連邦軍部隊を撃退する。」

 

MSは質量保存の法則が作用する宇宙空間での戦闘に向いている。その他、地上戦では主力戦車以上の大きさから、射程外からの攻撃も可能となる。加えて機動力はその他の兵器より上回る。作戦行動範囲は既存の兵器よりも大きく、それが地球の半分以上を制圧する要因だっただろう。

 

しかし、万能なMSでも欠点が存在する。

 

戦車などの兵器も同様に、都市に展開すると死角が発生し、対戦車兵器による攻撃など受けやすくなる。そのため、対峙する部隊は対戦車兵器を用いて小規模の部隊で攪乱戦術を行う。民兵など国際法上、軍人として一定の保護を受けられない者らをゲリラと呼称し、数的劣勢を強いられる彼らの戦術としてゲリラ戦術と呼ばれるが、少数の部隊を運用して攪乱戦術を行う行為は彼らだけでなく、正規軍部隊や特殊部隊でも行われる戦術運用の一つである。

 

「装甲擲弾猟兵を投入して敵部隊を仕留めろ。MSの支援は逆に攻撃を受けやすい。戦闘ヘリを支援に回せ」

 

「連邦軍部隊をスッタリー通り西で補足。現在、Z(ズールー)4-2が攻撃中」

 

「スッタリー通りの敵をA(アルファ)群と呼称します」

 

「ギルド商業連合迎賓館付近で連邦軍部隊を捕捉。B(ブラボー)群と呼称」

 

司令部指揮所では態勢を立て直し、特殊部隊の位置を特定する。

 

「衛星からの赤外線映像をスクリーンに表示」

 

シルウトラス市の全体地図が消え、そこに現れたのは衛星から撮影されたシルウトラス市の映像だった。若干ノイズが入るが、超望遠レンズと赤外線感知能力のあるカメラは、地上のミノフスキー粒子に干渉しない。低空のUAV偵察機よりも、軌道上の衛星映像の方が妨害は受けない。戦闘はシルウトラス市全域に起きており、既に鉱山街では放火によって騎士団詰め所が焼き討ちにあっている様子や旧市街で冒険者と傭兵がギルド前で防御線を引き、暴動らしき民衆を騎士団や脱出したジオン軍部隊と共に一進一退の防衛戦をしている。

 

無線通信よりも惑星軌道上の人工衛星の目の方が分る。生物であれば、必ず赤外線を放ち、軍用レベルの赤外線遮断生地を使用した戦闘服であっても、服の間から見える肌や微かな反射なども衛星で感知できる。指揮所の戦闘管制官が敵特殊部隊の位置をアルファとブラボーに区分していたが、ガルマが見たのは建物に突入態勢で準備している姿だった。

 

「この集団は?わが軍の部隊は赤外線ストロボを起動している筈だが?この建物は?」

 

「センサーが該当地点を精査中。粒子が漂っているため時間が……」

 

「御託はいい。突入地点はどこなんだ?」

 

ガルマの苛立ちは声に出ており、担当官は焦りを募らせる。衛星からのレーザー通信と各地理情報、集積した戦闘情報システムを読み取るが、ミノフスキー粒子の影響から情報収集速度と分析から遅くなっている。赤外線カメラを通して見える特殊部隊がハンドサインを送り、突入用の爆薬が壁に設置される。突入が秒読みに近づいている瞬間、分析官が驚愕の表情を浮かべてガルマを見る。

 

その様子にガルマも理解してしまう。

 

「まさか……」

 

「……」

 

分析官の顔色が蒼白となり、画面には突入する地点の情報とその近辺に配備される部隊の情報と、友軍の位置情報が表示される。

 

 

「伏せろぉ!」

 

ガルマの叫び声は指揮所に響き渡るが遅かった。

 

テープ状に形成されたブリーチング爆薬、C4プラスティック爆薬が信管によって起爆し、薄い壁が爆砕される。衝撃波と共に指揮所が震え、詰めていた分析官や通信兵、そしてガルマは昏倒する。

 

「連邦軍だ!」

 

「アラームを……がぁ!」

 

減速された亜音速の弾丸が警備兵に突き刺さり、言葉を最後まで言うことなく倒れこむ。減音器で発砲音が限りなく抑えられても、破裂音は指揮所に響く。舞い上がる爆煙に差すフラッシュライトが周囲を照らし、近距離無線のスピーカーや兵士のヘッドセットのイヤホンから声が響く。

 

【こちらエコー2-1!目標(パッケージ)目標を確保!繰り返す、目標を確保!】

 

「第二目標達成、撤収する!」

 

「30秒!」

 

ポイントマンの兵士が周囲を警戒し、少人数で編成されたチームの指揮官は制限時間を叫ぶ。それは司令部を攻撃してから脱出するまでの猶予時間。目標が奪還されないために、人質奪取対策のためにクレイモア地雷やC4爆薬をこれ見よがしに仕掛けていく。チームの死角が出ないよう、360度くまなく、サイレンサーとレーザーポインターが装着されたM-72A1ブルパップ小銃を構え、警戒しながら穴の開く指揮所を後にする。

 

 

【艦隊司令部が襲撃を受けた!】

 

【本部!敵の攻撃を受けている】

 

【住民の蜂起が激しい!射撃許可を!奴ら工業用の溶剤まで投げてきてるぞ!】

 

【王国臨時政府庁舎が炎上中!直ぐに航空機で消火活動しないと延焼する!】

 

 

通信が錯綜し、頭の失った蛇のようにジオン軍指揮系統は滅茶苦茶となる。その通信はミノフスキー粒子の干渉が及ばないレーザー通信技術によって隔離されたものだったが、嘗て連邦軍特殊部隊「第21特殊作戦グループ」に所属していたティターンズ特殊作戦群チーム「レッドグウェイ」の実働部隊指揮官、ダグザ・マックール中尉とその部下はその通信を聞いていた。

 

「よし、欺瞞情報(デコイ)を流せ」

 

【こちら、ライトニング3-2。臨時庁舎の支援に移る。北東から進入、攻撃に気を付けられたし】

 

「西セクター、南に特殊任務装備の不審な集団発見。わが軍の将校を人質にしている。繰り返す、将校を人質にしている!」

 

「グロウ通りを西へ移動!不味い、このままだと群衆に紛れて逃げる!至急増援求む」

 

通信機器の本来の持ち主である憲兵大隊所属の兵士達は、レッドグウェイと呼ばれるティターンズ特殊部隊員の兵士達によって息の根を止められている。欺瞞情報を送る兵士達は予め決められていた言葉を読み終えると、マックール中尉の命令によって、レーザー通信機器を焼却して証拠を隠滅する。

 

「ライトニングに急ぎ乗って帰還する」

 

彼等の衣装は連邦軍の軍服とは違い、最近正式採用された灰色から特殊任務に従事する関係で黒を採用したレッドグウェイの野戦服である。ティターンズでは同様に黒を基調とする軍服が順次配備される予定だった。

 

その黒は何より宇宙の片隅に追い出された保護色というだけでなく、地球市民と言うエリート意識の塊を表現しているようで、マックールは好きになれなかった。軍人として使命を果たし、軍務を忠実に果たしてきたつもりであり、自身が「連邦を動かす歯車」であることを考え、特殊任務に挑んできた。それがどんな任務であれ、泥をかぶった汚れ仕事でも完遂し、連邦と人類のためであると言い聞かせてきた。

 

だが、現時点で行う其れは連邦と言う組織そのものを生きながらえさせるために要人略取というマフィア紛いの仕事に手を染めている。軍人と言う歯車である以前に善良な人間であったマックールの表情は優れない。

 

黒煙と怒号、罪なき人々の悲鳴が脳裏に刻まれる中、彼は本心を呟く。

 

「恨むなよ」

 

それが革命に染まる暴徒に襲われる王国民に対してか、それともジオン軍の将兵に対してかは分らない。だが、その一つが自分の殺した良心に向けていったのは確実だった。

 

 

 

※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※

 

 

 

レブラン防衛線から数十キロ行った先にあるシルウトラス市は黒煙と怒号に包まれていた。それはシルトラウス市を臨時政府の首都として考えられていた矢先の事であり、その光景を見ればアルタラス王国の残滓が燃え尽きると思い、こぞって退去する避難民の姿がそこにあった。だが、不運にも放射能汚染地域に入れば、身を焼くような苦しみが待っている。戦禍を逃れても、人智不確かな領域である放射線と言う魔物は彼らを骨の髄まで焼き尽くす。

 

逆にシルウトラスに残っていても怒り狂う革命軍に凌辱の限りを尽くされ、磔にされるだろう。そのため、強力な兵器を持つジオン軍に助けを求め、民間人保護を優先した部隊は革命軍の攻撃に晒された。その攻撃はジオンに対してそこまでの攻撃力を持たない。

 

なにせ、ジオン軍は自動小銃や装甲車を持ちうるが、革命軍は両刃剣や弓と言った原始的な武器。装甲兵器に対して効果的な火炎瓶でさえ、ジオン建国当初から軍人を生業とする古参兵のいる部隊だと、それすらも弾いてしまう。質的劣勢をもつ革命軍であったが、その恰好は逃げ惑う避難民の区別を曖昧にした。

 

便衣兵という存在は、軍服や所属標識を持たない民兵を指す。ハーグ陸戦規定でも保護されない、犯罪行為を行う兵士を指す。民兵組織であっても、所属と上官の存在があれば軍隊として認識され、捕虜としての扱いが認められる今日において、民間人との境界線を曖昧にし、紛れて攻撃を加える彼ら「便衣兵」「ゲリラ」「テロリスト」の存在は国家から見て、仮想敵国以上に嫌悪する存在だ。

 

軍服を着ない兵士達の多くは、ジオンの知る「ハーグ陸戦規定」や血塗られた不正規戦を知ることはない。だが、彼らの行動は世界の数多ある正規軍が警笛を鳴らし、その存在を警戒させるに十分な脅威だった。

 

 

【艦隊司令部が襲撃を受けた!】

 

【本部!敵の攻撃を受けている】

 

【西セクター、シルレウ丘にて所属不明MS出現!増援を……】

 

【所属不明機の型番分らず、連邦系MSの可能性あり!MS部隊は直ちに対処にあたれ】

 

シルウトラス市防衛のために各所に設置されたレーザー通信中継施設から、レーザー通信によって様々な部隊の通信が挙がってきており、シャアは唇を噛みしめていた。

 

「司令部を喪失し、指揮系統が寸断されるとは。灯台下暗しとはまさにこのことだな」

 

シャアの言動は落ち着いたものだったが、血のにじむ唇が彼の心情を物語っていた。ザビ家のガルマとしてではなく、友人として見ている彼はガルマの身を案じている。それだけでなく、ダイクン家を滅ぼした一派を復讐するため、ジオン中枢に混ざらなければならない。だが、ガルマにもしもの事があれば、出席街道を転落する。ザビ家の独裁下では銃殺刑や懲役も覚悟しなければならない。

 

 

シャアは画面に映る歩兵支援を行おうとするザクⅡに接近する。

 

「状況はどうなっている?」

 

「シャア少佐!……行政地区の艦隊司令部が攻撃を受けました。錯綜した情報によると、ガルマ司令が人質になっているという話です。西セクターに連邦製MSが出ているという情報があります。恐らく西セクターで人員を回収すると思われます」

 

MS小隊の指揮官らしきザクⅡ指揮官機に乗るパイロットは飛び交う無線を辿りに、分析していたのだろう。司令部が攻撃を受け、まともな指揮系統が存在せず、情報を統合する司令部や有能な分析官は存在しない。ザクⅡの接触回線で会話するが、パイロットの顔色はあまり優れない。

 

「貴様の小隊はどうした?」

 

「連邦の対MS特技兵の分隊に奇襲を受け、私以外は後方に。敵歩兵は後退しましたが、敵MSが……」

 

パイロットが言い終える前に、シャアは遥か向こうにいる敵の殺気に気が付き、咄嗟の判断で操縦桿を動かし、接触回線を切る。MSが動き、射線から逃れ、飛来する砲弾を避けた。濃厚なミノフスキー粒子によってロックオン機能や敵のレーダー照射がセンサーに拾わなかったこともあって、機械より先にシャアの第六感が働いた。

 

大口径徹甲弾がザクⅡ指揮官機の片腕を捥ぎ取り、シールドを持った腕が宙に舞う。避難が完了していた農場であったため、人的被害は全くないが、外れた砲弾は山中に命中し、爆煙が立ち上る。

 

「狙撃手か?!」

 

シャアは瞬時に狙撃ポジションが放棄された農村の藁の山に隠れている事を確認した。敵の位置を確認し、やることは一つしかない。

 

急接近して()()のみ。

 

スラスターを全開にして機体を地面から急上昇し、宇宙用バックパックのノズルが真っ赤に照らされる。続いてポジションを転換しなかった敵MSが第二射を放ち、シャアのいた空中に放たれた。しかし、シャアは狙っていたように宇宙用の立体軌道を駆使して、重力圏内でスラスターを使う。一瞬で重力圏操作からマニュアルで宇宙空間用の操作を行うシャアの操作は神業のように素早く、そして素早い操作から強いGがシャアの身体に襲い掛かる。

 

急上昇と急旋回。

 

ただでさえ、回避行動を行う戦闘機のパイロットはその運動から強いGに苦しむ。それこそ、急激なGによって血流の変化で失神し、そのまま墜落するパイロットも少なくない。だが、シャアが乗るのは戦闘機でなくMS。その高機動は宇宙空間だから成し得、ミノフスキー粒子の有視界戦闘では、視界の広い兵器は常に先手を取れる。しかし、それを犠牲にMSの移動では戦闘機以上のGがかかり、体を酷使するのだ。

 

シャアの行ったのは、普通のMSパイロットであれば失神する代物。だが、シャアの身体はそのGを耐える。スペースノイドとして進化した人類「ニュータイプ」を提唱したジオン・ズム・ダイクンの息子。その彼がGの耐性があり、並みのパイロット以上の身体能力を持っているのだろう。

 

 

シャアの運動性能を見たティターンズ所属のパイロットはグローブ越しの操縦桿が滑るのを感じた。使い古されたグローブ越しに大量の汗が滲み、掠れたグローブから汗が滲みだす。パイロットの彼は気づかずに額から流れる汗が目を刺激する。長年砲手として訓練を受け、敵戦車や対戦車兵が自分に照準をつける前に、二発APDFS弾を撃ち込むことが出来る。長年乗ってきた61式戦車とは違い、足が二本ついていて、手が二本生えている巨人だが、持っている180㎜キャノンは一撃でザクを葬る攻撃能力を持つ。

 

RGM-79(G)は先行量産型として生産された、ガンダムの実戦データをフィードバックして作られた兵器でないため、パイロットの技量に大きく依存する。MSの仕様書と説明書、自身の考える最適なモード選択と適切な設定を試行錯誤している段階で、今回のような特殊任務に抜擢されたのだ。いつも以上の緊張が彼を襲い、MSの運用の短い彼が選ぶのは狙撃による攻撃だった。それが外れて敵が近づく今となっては、後退して仲間と共に敵を堕とす選択肢は最早選べない。

 

赤く塗装されたザクⅡに再度照準をつけようと、スコープを後部座席から引き出し、精密射撃を行おうとした。だが、急接近するザクを狙い撃とうという行為が愚かである事は運用経験の少ない彼は知る由もない。迫りくるシャアのザクを撃破しようと第三射を放つが、やはり全て回避され、一気に距離が縮んでいく。そしてコックピットの画面が真っ黒に染まりパイロットの意識は一気に途絶えてしまう。

 

全速力でザクのアクチュエーターから放たれた猛烈な蹴りがジムの胸部に直撃し、ルナチタニウム合金の装甲が揺さぶられる。MSの基礎骨格が歪み、コックピットの画面はブラックアウトした後、一気に砕け散る。10G以上の急激な衝撃はパイロットを失神させ、脳溢血の可能性もある衝撃によって生死の境を彷徨った。

 

パイロットが次に気づくのは、現場検証するジオン軍兵士達に銃を向けられ起こされる瞬間。彼は地上戦における最初の連邦軍所属の捕虜となった。

 

 

 

【CAUTION!右脚部アクチュエーター異常!過度な作動は重大な欠陥を招きます】

 

一方、画面下部の表示を見たシャアは初のMS格闘戦をガンダムではなく、先行量産機であるジムで達成したことを知らず、やや薄い達成感を覚えていた。

 

ルウムの時よりかは危険性を感じなかった戦場であったが、如何せん連邦のMSの性能はどれほどのものか期待していた半面、拍子抜けと言った感じだった。ほとんど無傷とは言わないが、コックピットに目掛けて蹴りを放ち、その衝撃で動力部分とコックピット損傷で行動不能に陥った陸戦型ジム。鹵獲すればジオンに対して多大な貢献をすることになる。ある程度の情報が得られれば、ガルマを奪われたという失態を相殺できるかもと思っていたが、仮にそうだったとしても直属の上司であるドズルが烈火の如く激怒するのは避けられそうにない。

 

「少佐、敵MS部隊の機影を捉えました!そちらにレーザー通信でお送りします」

 

腕を破壊されたものの、ザクマシンガンは健在であり、攻撃能力は未だ健在であったザクⅡ指揮官機のパイロットは監視任務に徹し、ザクの通信機器のレーザー通信を使用し、画像を送信する。送られてきたのはシャアが鹵獲したMSと同じ機体。武装は違えどもザクを屠ってきた機関砲が連射したことで銃口が赤くなっていた。既に警備任務中のMSを撃破しているらしく、急速にその機体は離脱しつつある。

 

「敵部隊は急速に活動を辞めて後退中です。」

 

「敵の航空機かまたは、歩兵人員輸送のトラック……装甲車らしき車両はあったか?」

 

「いえ、あの地域一帯は密林です。自由な移動は難しいはず。現地の部隊から得た地図情報では、あの場所一帯は魔物などの生物が生息する未開地域だとのこと」

 

シャアはそんな状態の場所で要人略取と人員撤退のルートを選ぶとは考えにくい。例え、連邦が無知だと言っても、その密林に住む生物の恐ろしさは情報収集の時点で知っているはず。其処は古の魔法帝国の開発した生物兵器がうようよ居る未開地域。その密林の中に放棄された生物研究所があるのだろう。放棄されて以来、生物が野生化。ゴブリンやオーク、ウルフや危険な巨大昆虫、非常に感染力の高い疫病もある他、シルウトラスが有数な鉱山地帯と同時に世界有数の危険地帯になっている。

 

だが、生物の習性や遺伝子改良の結果、生物が密林から出ることはなく、病原体も兵器として扱いやすいよう、調整された殺傷力がある。暴走した生物が大陸各地に散ることがないよう、魔法によって調整され、病原体も二次感染や三次感染以降の感染力や殺傷力は低く、保菌動物に接触した者やその近親者のみに影響が出る程度。生物は知能が高くないため、密林から出ることもないので、未開の地として遮られ、統治者は入れないよう壁を築く。MSなどであればこれらの障害はものともしないが、シャアはそんな地域に要人略取任務で避難路を設定した指揮官の神経が分らない。

 

飛行するヘリやVOTL機の存在もないことから、シャアは知る限りの情報から決断を下す。

 

「囮だ。嵌められた……」

 

「えっ……」

 

 

本来であれば、MS部隊を護衛にして逃げるだろう。スミス海の戦いでもミノフスキー博士を亡命させるために、鉄騎兵大隊と名付けたMS12機を送り込み、万全の状態で護衛しようとした。連邦は量的優勢、物量作戦を好む。それこそ、圧倒的国力を背景に戦争を行う嘗ての大国を継承しただけに、行動パターンの変化はない。だが、その自身のパターンを逆手にとって、搦め手のような作戦を取ったとしたら?

 

「我々は正反対の場所に連れてこられた。MS部隊は陽動だろう……ガルマを略取した特殊部隊は反対側、鉱山街方面に逃げたのだ。行政地区から鉱山街に行った機体はあるか?」

 

「確か艦隊駐機場所から発進した、消火剤装備のファットアンクルが行政地区から無許可離脱したと……」

 

 

シャアの疑念は確信へと変わる。

 

機体を鉱山街へ向けようとした瞬間、再び指揮官機のパイロットから来るコックピット映像にノイズが走る。

 

「無事か?」

 

「はい……敵も少佐の位置を把握したようです。少佐殿は鉱山街の方へ、スラスターの燃料剤は途中の補給所にあります。私はここで彼らを食い止めます。」

 

マイク越しから伝わるザクマシンガンの音と爆音、ザクのアクチュエーターの不気味な機械音が響き、彼の機が損傷を受けている事はシャアの耳にも届いていた。

 

「……わかった。まだスラスターは問題ない。貴官も退避出来たらすぐに移動しろ」

 

「了解です……出来る限り退避します。少佐……お気をつけて」

 

ノイズの走る向こうのパイロットは敬礼し、その表情は死を覚悟する男のものだった。シャアは名もなき戦士に敬礼し、レーザー通信を切って鉱山街へと駆けだした。

 

「貴様の死は無駄ではない……ガルマを助ける」

 

それはキャスバル・レム・ダイクンという復讐鬼ではなく、シャア・アズナブルとしての本心だった。命を懸けてまで上司に仕えようと思える部下を持ったガルマは嘗てのザビ家のおぼっちゃんではない。一人の尊敬すべき友人としてシャアの胸に刻まれた。

 

シャアの意図に気づいたのか、ミノフスキー粒子の干渉が激しいレーダーに不明瞭な点が映りこむ。

 

「また新しいMSか……!?」

 

それはシャアの宿敵の余剰パーツで構成されたRX-79【G】陸戦型ガンダムだった。先程の陸戦型ジムや惑星軌道上で遭遇した宇宙戦用に改良された先行量産型とは違い、人間と同じく表情に近いそれは、まさしく一騎当千の猛者を思わせる顔付きをしていた。だが、そのMSに構っている余裕はない。ザクマシンガンを向け、一斉射を食らわせ、ガンダムは黒煙に包まれる。だが、そこに現れたのは先のジムが持っていないMSの大部分を覆う赤い盾が銃撃を防いでいた。

 

「マシンガンの攻撃に耐えられるか、ならばこれなら!」

 

シャアに対してヤシマ工業製100㎜マシンガンを撃ち込み、シャアが近づかないよう発砲する。だが、最小限のスラスターと立ち回りで回避し、藁の山を蹴り上げ、視界を悪くし、小麦が保管されている倉庫を破壊すると、麦の山をガンダムに投げつける。有視界戦闘を行おうと言っても、彼らの目に映るのは頭部カメラで撮影された映像。ピントを合わせていく機械であるため、ピントは藁や麦の破片に合わせられ、周囲の状況が不明瞭になる。

 

ガンダムはその光景に対応すべく、一度スラスターを点火して後退しようとしたが、再び蹴りがガンダムへと襲う。それは先程のジムにやった蹴りとは違い、シールドを弾き飛ばすよう、回し蹴りの要領で左回し蹴りが行われ、赤い大楯は弾かれる。そしてシャアのザクの左手にあったシュツルムファウストと呼ばれる対MSロケットランチャーが放たれる。第二次大戦中のナチスが配備した、パンツァーファウストと酷似するそれは、MSが片手でバズーカ並みの破壊力と先のジムの装甲を貫通する能力を持つ。先の惑星軌道上の戦いでザクマシンガンがジムの装甲を弾いたことが問題となり、バズーカによって撃破が可能であったことを踏まえ、急遽副武装として攻撃能力の高いそれが配備されたのだ。

 

近距離で放たれたそれはガンダムの胸に直撃し、先程とは違った爆炎がガンダムを包む。スラスターの出力を上げて一気に後方へと離脱する。密林での核爆発は周囲に影響は出ないだろうが、爆発に巻き込まれる程、シャアも切羽詰まっている訳ではない。発射と同時に後方へと飛んだシャアが見たのは、爆炎の中でも動くそれの姿だった。

 

「連邦のMSは化け物か」

 

ザクマシンガンの弾頭は所謂、多目的対戦車榴弾(HEAT-MP:High-Explosive Anti-Tank Multi-Purpose)と呼ばれる代物を装填している。連射する120㎜ライフル弾はその威力から徹甲弾よりも安く、ザクから見て軟目標であれば簡単に撃破可能である。だが、それでも撃破できないのが連邦のMSであった。ザクの主武装に対抗するために作られたと思しき盾や装甲を貫くため、ジオンは新たにAPFSDS(装弾筒付翼安定徹甲弾)APDS(装弾筒付徹甲弾)という弾頭を装備したシュツルムファウストを採用した。理論上であれば、ザクや最近の重モビルスーツを撃破可能であり、宇宙で戦ったGMを一撃で撃破が可能であるとされたのだ。

 

だが目の前にいるのは、貫通力に定評のある其れを傷がありながらも、戦闘には支障のないレベルの傷で済ませているMSがいる。シャアとしても、その性能は羨ましいと思えた。

 

腰のマウントにあるのは予備のザクマシンガンのマガジンとヒートホークを取り出す。シャアとしても、MS格闘戦は続いて二機目。エースパイロットとはいえ、MS格闘戦は教導大隊以来のことであるため、先のファウストの損傷が見られないMSに時間を費やすことはしたくない。

 

だが、この目の前にいるMSは行かせないとばかりにシャアの行く手を阻む。

 

「MSの性能で生きているようだが、パイロットとしてはまだまだだ!」

 

ヒートホークの一閃は目にもとまらぬ速さで動き、シールドを両断する。シールドにあった予備弾倉が高熱のホークの刃に当たり、爆発と共に両者は距離を取る。ガンダムの胸部装甲には爆発によって真黒く焦げており、辛うじて、爆発した弾が装甲を貫いていなかった。そんな被弾状況であっても、闘志を失わないガンダムは脹脛の格納スペースから小さな棒のようなものを取り出し、エネルギー供給を開始する。それはジオン軍が未だ研究中の段階であるそのピンク色のビームサーベルはシャアのザクを斬ろうとする勢いで駆けた。

 

「ビーム兵器か?」

 

メガ粒子砲と言ったビーム形成兵器は両軍共に使用しており、艦砲射撃では宇宙空間で必ず使われる。だが、これらビーム兵器の小型化は未だ実験段階とされ、実戦配備はまだ先と言われる。だが、目の前にいるのは剣状の兵器を構え、攻撃しようとしているのだ。

 

ヒートホークの温度は高いが、プラズマと同じ高温度を実現しているビームサーベルとは切り結ぶことは出来ない。

 

「当たらなければどうということは……ない!」

 

相手はジオンのMS戦術を学ぼうと必死になっているが、相手が悪かった。ビームサーベルを大振りで振りかざすが、シャアはそれを颯爽と避けると、死角に回り込み、脇へヒートホークを打ち付ける。ルナチタニウム合金で構成される複合装甲はヒートホークの高温によって継続的に解け、あと十数センチで核融合炉に直撃するかという勢いで突き刺さるが、ガンダムは回避行動を取り、胸部に搭載された20㎜機関砲が放たれる。

 

サイドステップの要領で回避すると共に、腰だめで放たれたザクの120㎜榴弾がガンダムの頭部を破壊し、メインカメラを破壊する。MSの動きが一瞬止まった瞬間、シャアはスラスターを使い、吶喊。振りかぶったヒートホークが陸戦型ガンダムのコックピットに直撃した。ルナチタニウム合金の強固な装甲であっても、そのコックピットの強度は核融合炉と違って頑丈ではなかった。そして、装甲を貫いたヒートホークはパイロットを即死させ、シャアは一息つく。

 

せり上がった胸部装甲と前時代的な戦闘機のコックピットのデザインをするMS。ジオンのような人的資源も乏しいとあっては、その装甲や長時間作戦能力を考えて耐放射線能力も高いザクは総合的に生存能力が陸戦型MSと比べて高い。ジオンと連邦の設計が違ったことで止めを刺せた。シャアは再び鉱山街へ機体を向け、スラスターの燃料配分を最大にし、急いで向かおうとするが、回復しつつある無線通信に連絡が入った。

 

それは艦隊司令部に詰めていたドレン中尉の連絡だった。

 

「ドレンか……大丈夫だったか?」

 

部下が襲撃を受けたことで怪我をしているかもしれなかったが、シャアにはない豪胆さや自分の倍以上の人生を歩んできた彼の経験から、力強い声が帰ってきた。だが、ドレンの言葉はシャアを動揺させた。

 

 

「どういうことだ?!」

 

そのドレンの台詞に驚きを隠せない。

 

「停戦命令とはどういうことだ!」

 

何故停戦なのか訳が分からなかった。一体、何が起きているのか全く理解できない。だが、それが()()()の命令なのであれば、仕方がない。

 

シャアは失意のまま一度、艦隊司令部へ赴くことになる。

 

 

 

 

 

※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※

 

 

 

 

基地司令が誘拐されたことを受けて、艦隊司令部は混乱していた。そもそも、シルウトラス市に設置していたのは外交的意味合いもあって、近代的な砲撃や爆撃を食らえばただでは済まない。ムンゾ国防軍時代、敷いては連邦軍時代からたたき上げの軍人としての経歴があるドレンは今回の司令部機能の移設に反対したが、ガルマの参謀部隊や子飼いの若手士官に押し切られ、外様のシャアの側近であることもあってあまり強く言うことはできなかったのだ。

 

「あの士官学校上がりの馬鹿どもめ。こんなところ警備なんて出来るわけないだろうが!」

 

ガルマの取り巻きと呼んでいた士官は所謂ガルマを個人的に崇拝する輩である。在学中にもそうした輩は多かったが、シャアとつるんでからは、自然とそれらは解消されていったのである。だが、シャアが予備役に編入され、ガルマの軍参謀時代や101空挺師団大隊長、セツルメント国家連合の自治政府国防部隊顧問などを歴任してからは、ガルマのザビ家の一員という肩書に寄ってきた者たちがいたのだ。

 

シャアと一緒にいたガルマはそうした輩を嫌うようになった。当然だろう。シャアという、ガルマ自身を見て接する友人とザビ家の御曹司という色眼鏡を使い、ガルマそのものを見ない輩など好きになれない。だが、シャアと行動しなくなってからは、擦り寄る輩は直属の上司から部下に至るまで、非常に多かった。

 

小説や物語のように、ガルマをしっかりと見据えるシャアのような()()()は居るはずもない。集結した面々は“首を斜めに振らない”ような骨太の連中……と聞こえはいいが、その実はそもそも出世に無縁な議会のはぐれ者、一匹狼、変わり者、オタク、問題児、鼻つまみ者、厄介者、学会の異端児と言った人間など早々集まるはずはない。

 

というか、そんなメンバーを仮に集めたとしても、キシリアやギレン、ドズルが黙っている筈もなかった。そのため、ある程度ガルマの要望に応えられたのは、慣れない間だけ宇宙攻撃軍にいるシャアを短期間借りることや戦場に近い現場指揮官の地位である。だが、それに引き換えとして、ギレンやキシリア配下の派閥指揮官が配属され、正にジオンの政治を現した様相だった。

 

そして、そんな歪な政治体制が表面化したガルマ指揮下の第21特務隊は足の引っ張り合いをする。それは旧ナチス・ドイツの国防軍の旧貴族派閥とヒトラー支持派、前ワイマール共和国の民主主義に奉ずる軍人など混沌とした時代を彷彿とさせる。そんな内憂を抱えた組織が機能するはずもなく、張り子の虎と化していた。司令部の移設の際にも揉めに揉め、外交的視野から、パーパルディアへの外交圧力として王都ル・ブリアスに置く案も出ていた。だが、軍人が出しゃばることなど、政治闘争のし過ぎで外交と軍事をごっちゃにしているのではと、ドレンは今は亡き担当官を撃ち殺したくなっていた。

 

破壊された指揮所には司令部警備部隊の指揮官や通信将校、各部門の責任者は戦死か重傷。指揮系統はズタズタであり、士官学校上がりの新米が熟練の下士官にどやされ、命令される修羅場が展開された。現時点で最高指揮官なのはドレンという、佐官が全ていないという異常事態。経験豊富なドレンでさえも動揺を隠しきれていない。

 

移された前線指揮所は建物の奥にあるワインセラーに設置され、通信システムの復旧と戦術ネットワークの回復に全力を注いでいた。

 

「コード:E(エコー)Y(ヤンキー)00を発動!」

 

「中尉殿!それは!」

 

「うるさい!このままで居られるか!?後々更迭されるぞ!」

 

ガルマの誘拐と司令部への被害。それを考えれば、更迭どころか懲役刑も考えられるほど、現在の状態はまずい。これを内々に済ませ、後々司令部に打電したとなればドレンの責任問題に発展するだろう。

 

まずは司令部(ジオン本国)かロウリア総督府へ緊急事態の宣言と即応部隊の応援を要請する。ドレンの判断は至極真っ当なものだ。保身に走りやすいジオンの士官を放っておき、戦況把握に乗り出した。

 

「鉱山街の様子は?」

 

「依然、現状不明!アルタラス反乱勢力が占拠している模様」

 

「研究地区は?」

 

「旧市街とギルド街の冒険者と傭兵の協力部隊が防衛しています。逃げ遅れた避難民と各国研究者も生存、小康状態が続いています」

 

「次にここ、行政街だ・・・・・・・・・情報を知らせろ!」

 

シルウトラス市全域の衛星マッピングによる地図には手書きの地名が殴り書きで示され、敵反乱勢力が占領する地区には赤いペンによって斜線が掛かれ、その地区はシルウトラス行政地区の半分を占め、ジオン・王国軍と小競り合いの続くエリアは黒と赤の斜線エリア。実効統治が出来るが、未だ危険なエリアとなっているのが黒の斜線。そして、完全な安全地帯、アルタラス臨時政府の指揮する王国軍とジオン軍の治安部隊と救護班のボランティアのいる連合任務部隊が編成され、迫りくる暴徒の恐怖を一身に受けつつも、黙々と先の指令を忠実に守っていた。

 

「現在臨時政府庁舎は完全に敵の手に墜ちています」

 

「臨時議会の多くは戦死または行方不明。」

 

「臨時首相のチャルメイ氏は旧市街にいましたので無事です。ルミエス王女殿下も同様に第七歩兵大隊が警護に当たっています」

 

「西セクターは現在、正体不明のMS部隊が出現。現在、ギルモア大尉の小隊が対応中。臨時政府庁舎の延焼を食い止めるため、消火剤を持ったファットアンクルが無許可離脱。現在、消息が掴めていません。」

 

「鉱山街側の東には多数の暴徒によって占領。非戦闘員との区別がつかないため、鎮圧にあたる王国軍とわが軍とでは歩調が取りずらい様子で……」

 

「ガルマ司令の消息は?」

 

「攻撃時の足取りを最後に行方が掴めていません。佐官服の人質を連れていたと連絡がありましたが、それしか……」

 

地図を見るドレンだったが、その目撃情報と敵の配置。二点の攻撃からして、要人略取と破壊工作が連邦軍部隊の目的だと判断する。そして敵の退避経路だったが、主に三つ。一つは絶大な火力を有するMSの支援を受ける西セクターからの退避。次に東セクターから暴徒の支援を受けて退避。そして最後は先の無断離隊したファットアンクルに乗って逃げること。この三つが敵の取れる選択肢。

 

「どれがジョーカーか……」

 

ドレンの趣味はトランプ遊びである。それはプレーヤーとの心理戦や運などの要素を使うものであり、ドレン自身戦場で必要な要素であり、訓練しなければならないものであると認識している。どれを取れば相手から(ガルマ)を毟り取れるか。

 

 

「指揮所より緊急入電です!」

 

「今は忙しい!どこの指揮所だ?憲兵大隊か艦隊駐機の指揮所か?!」

 

どの指揮所(HQ)か、下士官の要領を得ない台詞に業を煮やしたドレンは怒鳴り声をあげ、下士官は委縮する。ただでさえ、混乱しているのに訳の分からないことを言われれは、温和な人物でさえ激昂する。ドレンが怒鳴った人物が自分と同じような歳の叩き上げだったことに気が付き、その下士官の表情が只事でないことが分った。

 

受話器を手に取ると、スピーカーを耳につける。

 

【私だ!ドレン中尉か?!】

 

その声はドレンが最も媚を売りたい相手。

 

それは絶対シャアではない。人が媚を売り、恩を売ろうとしても眉一つ動かさないのが彼という生き物である。そもそも、仮面越しで分らない。媚を売って鼻で笑われたことがあるドレンは、シャアを良き上司とは思っていても、いい人物とは思っていない。もしその時が来れば、肉壁として利用されるに決まっている。ただでさえ、腹の肉が多い。防弾性能はそこらの兵士よりは高いつもりだった。

 

なので、ドレンが部隊内で最も媚を売る必要がある人物。ジオンで最も権力のある一族。

 

ザビ家の御曹司であるガルマ・ザビの声だった。

 

 

「大佐殿!?ご無事でしたか?」

 

【頭を打って気を失っていたらしい。おかげで救護所でも間違われる有様だ】

 

手を入れられた御曹司の紫色の髪。紫外線が当たらず、脱色したような紫色の髪はジオン内部では、ガルマのチャームポイントとして知られる。そんな彼の髪は頭を打った衝撃で出血し、すぐに司令だと認識できなかったのだ。そして、彼の着る軍服も間違える要素を含んでいた。

 

シャアの格好を見たガルマは、嘗てのベトナム戦争が「大尉の墓場」と呼ばれたように、自分自身が司令官だと示すような恰好を自重した。佐官服から野戦服に切り替え、名誉を重んじる高級将校からは反発があったが、一度決めたらやり遂げる頑固さも兼ね備えていたからか、一命を取り止めたようだ。

 

 

「攫われたのかと思っておりました」

 

【私もそう思っていた。彼らの狙いは私だったと思ったが、どうやら違うらしい。シャアとは連絡が取れたか?】

 

「いえ、やっとミノフスキー粒子の中和剤が撒かれたようで。通信が途切れ途切れです。レーザー通信で攻撃を受けた事だけ伝えました。間もなく、アズナブル少佐も西セクターのMSの対応をする手筈に……」

 

中和剤と呼ばれているが、実際はミノフスキー粒子のもたらす電磁障害を消すわけではない。薬剤や磁力のある金属粉を散布し、ミノフスキー粒子を付着させる。それによって、大気中の濃度を低下させるのだ。だが、低下させるのであって、粒子を全て無くすわけではない。

 

【衛星通信を使用してシャアと連絡しろ。レブラン防衛線に配置する部隊を戻されては面倒だ。シャアはその判断をしないだろうが、他の者がそうとは限らない……】

 

「了解です」

 

ドレンは通信兵に受話器を渡すが、それと同時に衛星経由のレーザー通信によって通信が出来た。連邦軍(ティターンズ)の存在もある事から、暗号通信にせねばならず、複雑な暗号なために、音声通信ではなかった。様々な符号や言い回しも独特になるのが暗号の特徴だが、ドレンの手元にあった紙には驚愕の事実が記されていた。

 

【レブラン城塞ノ皇軍 戦闘ヲ中止セリ 講和ヲ持チ掛ケタリ】

 

 

「は……ぁ……?」

 

ドレンは唖然とした様子でその紙を見つめる。軍人として長い間、所属の違う軍服を三回も身に着け、様々な戦場を見てきた。その中でも最大の戦いであるルウムに参加し、軍歴を残してきたドレンである。今回の攻撃の動揺などは何度も経験している。だが、この失敗を突くように攻撃をすれば、精強なジオン軍でさえ瓦解する。如何に鋼鉄の巨人が闊歩する戦場でも、兵站や指揮、人という欠陥の生物が乗る以上、MSは万能で完全無欠な兵器ではない。

 

だが、敵側から戦闘を停止し、弱点を突かずに講和するというのも驚きだった。もっと攻撃し、レブラン城塞だけでなく、シルウトラス市を完全占領してからでも遅くはない。ガルマのことにしても、しっかりと仕留めればいいのでは?

 

混乱するジオンならまだしも、精鋭の連邦軍特殊部隊が殺しに来るのだ。警備も手薄であり、そもそもガルマの警備は要人警護のそれではなかった。突入時のブリーチングと警備兵を始末する手際。体の中心線と頭に二発ずつ撃ち込む熟練したプロのやり口を聞いたドレンは、ガルマを奪取しないで撤退する不手際に関して疑問を持っていた。

 

「なんだ……?何が起きている……?」

 

ドレンの疑問は戦闘終結後明らかになる。

 

 

今はまだ知る由もない。

 

 

 

※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※

 

 

 

例の組織からの連絡を受け取り、全軍へ戦闘停止命令を発令したバフラム大陸軍中将は不機嫌な顔をして椅子に座っていた。ジオンの動きが悪くなったころを見計らって、後ろに控えていた予備軍を全力投入し、更に事実上の同盟関係である神聖ミリシアル帝国の爆撃機でレブラン城塞を更地にし、鉱山街含めてシルウトラス市を毒散弾で皆殺しにしようとしていた。

 

MSという驚異的な兵器であったが、シャア・アズナブル少佐の「赤い彗星」の赤いザクを除けば、地上戦力はMS2機と僅かな砲兵戦力しか残らない。騎馬兵やゲリラ戦に長けた軽歩兵、空挺能力を持つ竜騎兵の部隊であれば、対空砲火や陣地を掻い潜った浸透戦術を持って、他を一掃できる。

 

バフラムはそうした戦術、少数精鋭と適宜運用できる兵種を駆使した戦略家として知られている。MSの性能はジャイアントオーガと言った巨人種にも似た生物兵器を凌ぐが、だがそれだけだ。軍隊の単位で見れば、戦術級兵器でない限り脅威ではない。巨体は直ぐに見つけることが出来、魔導砲や物量によって敵MS、「一つ目巨人」を撃破せずとも後退や行動不能にすることは不可能ではない。

 

既にスレンダー伍長の乗るザクⅡF型は関節部に魔導砲や古の魔法帝国のテクノロジーを流用したプラズマ放射式大砲「魔光砲」により、アクチュエーターが破壊。行動不能に陥った。ガルマの居る艦隊司令部が攻撃を受け、指揮系統が寸断。この情報を受けたバフラムは先の海戦で使用した古の魔法帝国の兵器を使用していく作戦だった。だが、寸前のところで例の組織から作戦停止を命令された。

 

そう命令である。偉大なパーパルディア大陸軍に対して命令とも取れる言動で中将のバフラムを名指しで勧告してきたのだ。

 

【即刻停戦合意を交渉し、侵略を即刻停止せよ。さもなくば、貴軍に対して攻撃を行う】

 

以前のバフラムであれば、その通告をした人間の頭を捥ぎ取り、槍で持ち上げ、「皇国を愚弄した輩」として文字通り槍上げにするだろう。だが、実質的脅迫の見返りとして得られたのはエルペジオ4アルファの実質的設計図と毒散弾の基本的構造。どのような化学物質かわかるデータも送られ、それは戦闘を停止できる十分な理由となる。

 

例え、皇帝陛下が停戦に対して激怒しても、このエルペジオ4アルファの設計図や基本理念などがあれば、神聖ミリシアル帝国とのミリタリーバランスを一変させかねない。更に毒散弾の具体的な製造方法や化学物質の詳細についても、大量生産や配備が出来れば、周辺諸国に対しての軍事的なカードを得られることになる。

 

 

バフラムは戦争をするために来たのだが、いざ蓋を開けてみれば、訳の分からない輩の言いなりになる。それも、こちらが文句の言えない餌で言いなりにする、言わば道化に飼いならされた畜生のような気分である。

 

軍人としてこれほど屈辱的なものはない。

 

「ジオン公国軍指揮官が参られます。」

 

「うむ、あちらの警備部隊とも連絡がとれたのか?」

 

「こちらの総大将が行くとくれば、それなりの準備をしなければなりません。それ相応の情報は収集できました」

 

バフラムの参謀は様々な情報を収集していた。それこそ、ジオンの内部事情も含めてである。第三外務局のみならず、第一でさえ過多になりつつあるジオンの情報に対して食あたりを起こしつつある。現在、いや宇宙世紀の情報リテラシーは産業革命に近い状態の文明にとっては未知のものである。ラジオやテレビ、そしてインターネットと言った情報の大量伝達に慣れたスペースノイドと比べて、情報の取り扱いに長けてない彼らは諜報という世界に身を投じていても、どれが真実か分らなかった。

 

はっきりしない外務局を見ず、軍閥を形成しつつある大陸軍は独自の情報ネットワークと諜報組織の設立に動き出していた。バフラムはその牽引する将軍だった。

 

「それで?今回の相手はどうか?」

 

「ええ、今回の王国駐屯のジオン軍司令官はガルマ・ザビ大佐。ジオン公国を牛耳る一族だそうで。今回の攻撃も彼を標的をしたものだとか、しないとか……」

 

 

「あの“地球連邦軍”とか言う奴らが狙ってたのか……それでも仕留めきれないとは無様だな」

 

拍子抜けといった気持だったが、参謀は首を横に振る。

 

「どうもしっくり来ていないらしいです。相手は相当凄腕だったらしく、我々が情報源に金塊を与えて様子見ていますが、なんとも彼らもわかっていません。」

 

「敢えて生かしておいたのか……それとも目的は別か?その情報源とは?」

 

「なんでも、ドレンという士官で、なんでもルウムという海の大戦で英雄となった指揮官の副官とか」

 

「ふん、ジオンも所詮は人の集団。落ちぶれておる」

 

暴虐非道と云われるパーパルディア大陸軍でも、英雄の側近が情報漏洩するなどありえない。本来であれば、国の面汚し。皇国情報部としても、そんな人物の情報を使いたくはないが、外務局の情報と照らし合わせることができたのは良い事だった。

 

そのうちに、ジオン警備兵と思しき武装をする人物が入室し、ジオン軍事関係者並びにアルタラス臨時政府執行官が現れる。

 

「お待たせして申し訳ない。少々、こちらも貴軍の要請に驚きを隠せなくて、周りの反対に遭いましたよ」

 

「貴官のその怪我は……?」

 

 

バフラムは現れた人物の様子に驚いていた。例の組織がジオン軍の司令部を攻撃したと聞いており、その人物の頭に巻かれた血の滲む包帯を見て、驚いていた。将軍の副官(・・)らしき、気品のある顔立ちと振る舞いから、どこぞの貴族の息子だと思っていた。パーパルディアでさえ、将軍や皇族の官僚であれば嫁の家系や親類、家来の次男や三男を参謀や副官、従者に据える。または男色の愛人や男装の麗人という線も捨てきれない。男女の性別から来る兵種の制限はない皇族では、性別の区別なく配属される。歩兵などの泥臭いものは当人から嫌厭されるが、士官や航空管制、魔導レーダー監視員など、更には参謀付き士官から将官へ上り詰める者も少なくない。

 

「これは貴軍と親しい者達にやられましてね。問題ありません。私が居ないと仕事になりませんので」

 

指揮官の若年化や中堅士官の情報漏洩、テクノロジーとしては優れていても、指揮官の質がそこまで高くないことを感じ取っていたバフラムは若干気持ちの余裕を取り戻していた。

 

「それはそれは、貴軍と紛争状態でなければ司令官宛てにお送りしましたのに。して、司令のご趣味はどのような?果実酒や発泡酒がわが軍の高級将校向けの兵站にあったはずです。それとも奴隷がお好みかな?」

 

「バフラム中将閣下、そこまで気を使わなくても構いません。それに我が国では奴隷制はありませんので、もし送られてしまえば()が困ります」

 

バフラムは表立って不快に思わなかったが、敵対する軍隊の最高司令官に物怖じしない従者も凄いと思いつつ、流石に謙った言動は出来ないのかと彼の教養を疑った。そして、バフラム以上に不快に思い、同時に怒りを抱いた参謀はやや怒りの表情をして声を出す。

 

「貴軍は、従卒や従者待遇の者が司令官相手にこのような言動をするのか?」

 

それはパーパルディアの総意とも言えるだろう。参謀の顔は怒りの表情であり、それに驚く者や戸惑う者はいない。いるとすれば、こういう場所が初めてな若い十代半ばの従卒ぐらいだった。その光景に呆気にとられたジオン軍一同は顔を見合わせるが、その事を言われたガルマは包帯を触り、いつものない前髪が無いことを感じながら、微笑む。

 

「失礼したバフラム中将閣下並びに皇軍将校の皆々様。私の名前はガルマ・ザビ、当地のジオン軍の指揮官を務めております。今後お見知りおきを」

 

そのガルマの台詞にパーパルディアの一面は驚く。皇軍の全てが、ガルマ・ザビというジオンの司令官は年相応の人物であると。よもや、20代前半の若者であるとは思っても見なかっただろう。ジオンでは、ザビ家のガルマと言えば国民的アイドル。歳もインターネット上やテレビでも放送されるが、ロウリアンタワーなど、各電波塔や衛星中継によって流されるガルマの年代については、殆ど大まかな情報しか流さない。「若い」「弱冠」と言った表現であり、20代であると舐められる可能性から具体的な数値は書かれていない。例え、今回知られても問題なかった。

 

既に、外交圧力として相手の動揺を狙えるほど軍指揮官として成熟し、ザビ家の人間として頭角を露わにしていたのだから。

 

「これは失礼した、今後は皇族の扱いをした方がよろしいですかな?殿下?」

 

「いえ、ザビ家の者と言うだけであって、そちらの皇族扱いは遠慮してほしい。私は一軍事指揮官です。貴軍が他国の一貴族の軍指揮官に対応するものと思っていただいて構わない」

 

パーパルディアの皇族対応、所謂神聖ミリシアル帝国やムーの旧王族関係は「皇族対応」という、かなり重厚な儀式をしなければならない。戦時中の困窮且つ、泥だらけの戦場でさえ、皇族対応しない国家は即「殲滅戦」と行われるほどだ。テクノロジーを凌駕するザビ家率いるジオンへ無礼を働き、ザビ家中枢にそれが知られれば、戦術で勝てても国家戦略では敗北してしまう。

 

バフラムは頬を引きつらせながらも落ち着きを取り戻し、非公式ながらも停戦合意を含めて、前段階の交渉に入る。ここでしくじれば、連邦との交渉も反故になり、ジオンの攻撃が再開する。指揮系統が回復したジオンと善戦できるはずもないパーパルディアは悲惨な撤退戦をしなければならないだろう。神聖ミリシアル帝国も義勇軍を駆使して善戦するかもしれないが、バフラムの目からしても、指揮系統を回復したジオンに勝つ術はない。

 

そのことにジオンが気づけば、大陸軍設立以来の危機的状況に立たされることになる。現在いる部隊が全てではない。だが、バフラムの首が危ういのは確かだった。

 

「我が国が主張するのはこれだ」

 

ジオン側に送られた停戦合意案は、

 

甲・両軍の速やかな戦闘停止及び通信手段の確立

乙・アルタラス王国の即時引き渡し

丙・ジオン軍の即時撤退

丁・丙案が拒否または遅延した場合は代替え案

 壱・代替えとして、一部領土の割譲(ただし鉱山街や研究街・旧市街はこの限りではない)

 

と言ったもの。流石に賠償金云々は書けなかった。そもそも、今回弓を引いたのは、パーパルディア。こちらの優勢で終結した戦いだが、戦という水物は直ぐに変わる。それこそ、バフラムの得た情報が古く、敵に先手を打たれた場合は、それまでの予想とは違う結果になるからだ。敵が未知数のテクノロジーを持っている以上、それを考えなければならない。

 

ジオン軍の反応は様々な物だったが、ガルマと他軍人が会話して以下の草案が送られる。

 

甲・両軍の速やかな戦闘停止

乙・ジオン・パーパルディア本国での強固な国交の設立

丙・パーパルディア皇国軍のアルタラス王国領土からの完全なる撤退。なお、徴発した物資や金品などはアルタラス臨時政府へ返還する。

丁・アルタラス臨時政府の承認(以下臨時政府をアルタラス王国連邦と呼称す)

戊・丁案と丙案の同意が得られない場合は以下の案を提示する。なお、上記の要求と重複

 壱・アルタラス王国内の即時撤退

 弐・金品・資源の即時返還。丁案が得られない場合は代理人であるジオン公国軍に全てを提供する。

己・アルタラス攻撃の際に使用された核弾頭の即時データの提供、及び海戦で使用された化学兵器についても同様である。また、この請求案については、化学的知識及び環境に考慮した対策が急務であるため、国益だけでなく今後の両国関係及び人類の繁栄のためにこれらの兵器使用のデータを要求するものである。

 

 

双方主張を譲れず、また国の全権大使としての権限を担っていないため、交渉は難航する。職業軍人として戦闘を停止する権限を持つが、外交官としての役割を得ているのは、ガルマやバフラムしかおらず、本職の外務省職員と比べると発言力が弱く、一歩も譲らない状態が続いていた。

 

とは言え、ジオンは国民の血税で無駄に銃をぶっ放すわけにはいかないし、金品強奪に動く末端の兵士を押さえなければならないパーパルディアの事情もある事から、決裂とまではいかないまでも火花を散らしつつも進む会議。「踊る会議、されど進まず」ではなく「罵声の会議、されど終わらず」。「火花散る会議、されど戦わず」

 

僅かに生き残りつつも、政治的役割に固執するギレン・キシリア・ドズルの派閥将校とガルマ派を立ち上げようとする若手将校の意向から外交の手腕をガルマに身につけさせたい意思とパーパルディアの参謀や中将のジオンを極力刺激させず、皇国としてのプライドや本国の資源獲得のための過度な要求を抑える微妙なバランスの元、会議は進む。

 

そして結ばれたパーパルディアとジオンの戦時条約、南極条約に匹敵する国家間戦争の「ルール」の基礎となる『シルウトラス条約』が締結される。アルタラス王国の行く末は棚上げされたが、核物質を使用する核爆弾やコア魔法兵器などの大量破壊兵器の使用を禁止し、生物化学兵器の使用禁止。更に民間人の殺傷や民族浄化などの虐殺行為の禁止、捕虜の取り扱いや便衣兵の権利剥奪。レジスタンスなどの民兵組織の権利保障。

 

この世界のハーグ陸戦条約に匹敵する国際条約が制定された。

 

神聖ミリシアル帝国やムー、そしてジオン公国、セツルメント国家連合を軸とした新世界の形成に向けて、新たな一歩を踏み出していた。

 

 

 

 

一方、その同時刻。

 

惑星のとある部屋の一室では只ならぬ空気が漂っていた。連邦軍やジオン軍が使用するような、金属製の壁ではなく、煉瓦による壁と連邦軍の使用する非常用の組み立て式照明のあるアンバランスな組み合わせ。更には有線式監視カメラや野戦で使用される軍用の支給机など、想像するなら連邦軍に接収された民家を尋問室として利用しているようだった。

 

その部屋の尋問される人物の両側には、連邦軍の軍装で警戒する警備兵がその人物を睨んでいる。その人物は凄腕の殺し屋や過激な宗教の聖戦士などでは決してない。神々に忠誠を誓い、自身の命を犠牲にしてでも勝利を手にする輩も相手にしてきた連邦軍特殊部隊。正規軍の灰色やカーキ色の軍服を身にまとうのではなく、比較的動きやすい野戦服と防弾プレートアーマーを着、身分がバレないよう覆面をし、カスタムされた小銃でその人物を監視する。

 

その人物とは誰か?

 

「なあ、そこの君。キットカットないかね?甘いチョコがないと、頭が働かなくてね」

 

その容貌は老人ホームで余生を過ごす、若干変人に見えるただの老年の男にしか見えない。唯一異なるのが、先の戦闘の影響で一部焦げ、煤で汚れた白衣を身にまとい、緊張のため手が震えている。だが、それは常々服用しているLSD(精神幻覚剤)の副作用である。または、精神病院から出て情緒不安定なため、自家製服用薬によって処方する薬を飲んでいる副作用もある。

 

どちらにしても、その姿はあらゆる科学に精通する人類有数の科学者だったとは到底思えない。両端にいる特殊部隊員の覆面に隠された表情は戸惑いを隠せない。数多の戦場で敵兵を殺してきた兵士とは思えないほどに、ついにはポケットからお菓子を出すまでに至る。

 

「おお、ありがとう……えっと、ブロイルズ大佐でしたね」

 

「そうです、博士。私の質問に答えてください」

 

尋問する連邦軍将校。濃紺に仕立てられた連邦軍の軍装に身を包み、地球連邦臨時政府に設置された転移事象への対策に関わっている宇宙軍のブロイルズ大佐はその彫りの深いアフリカ系の顔に怪訝な表情をし、机に置かれた書類に目を通している。

 

 

 

「わ、私がこの件に関わったのはU.C.0064……丁度、ジオン・ズム・ダイクンが演壇上で急死した時、私は当時M.I.T.(マサチューセッツ工科大学)の物理学教授の傍ら、宇宙軍省や連邦安全保障会議、連邦高等研究計画局(ARPA)からも依頼があって研究していた時期だ。」

 

宇宙世紀(U.C.)0064、それは地球連邦にとって重要な年だった。ジオン・ズム・ダイクンの独立宣言や宇宙移民による反政府運動が激化していた頃であり、地球連邦政府はより一層の締め付けと植民地支配に乗り出していた。その当時のコロニー国家への税の徴収は地球市民と比べて負担が大きく、農産物の多くを地球が依存している有様であった。

 

それに対して、元地球連邦議員のジオン・ズム・ダイクンは自治権拡大と独立をサイド3“ムンゾ”で行い、官民多くのバックアップを受けて政治家として歩んでいた。しかし、突然の心臓発作と壇上での突然の死。これらは暗殺疑惑を発生させ、宇宙移民の抑圧として様々な暴動やテロ活動に波及した。これを受けて、最悪のシナリオである「宇宙移民の独立戦争」を鑑み、極秘裏に兵器実験が進められた。当時、ミノフスキー博士が見つけたミノフスキー粒子の作用やメガ粒子砲といったエネルギー兵器、サラミス級巡洋艦などの近代改修計画が策定され、U.C.0079『一年戦争』に向かっていったのだ。

 

「その頃、宇宙軍省開発局から要請が下り、ルナⅡに出向した。当時の基地司令エルラン少将が私に『口外すれば懲役刑』と言っていた。私が思うに、あのエルラン少将はなかなかの策士。食えない男だったよ」

 

「そうでしょうね、博士。」

 

転移時にエルラン少将改め、総軍参謀のエルラン中将はジャブローの魔窟の一員。あの当時は未だ、地球連邦の母体であったアメリカ合衆国の力も強く、地球連邦の派閥や権力がようやく定着し始めた。

 

地球連邦の全身である国際連合へ諸国家の機関が統合されるにはやはり時間が多くかかった。

 

「そしてあなたは宇宙軍省開発局と当時エルラン中将がルナⅡ司令だった頃にN()6()4()0()8()B()V()と呼ばれる物体の調査に参加した」

 

「大佐、それは機密事項だぞ!地球連邦首相の署名と参謀本部の許可なくしては開示やファイルの閲覧は出来ない筈!」

 

「地球連邦臨時政府の許可証とレビル将軍の許可でもですか?」

 

「エルランの鼠男だけじゃない!当時の首相の署名の入った命令書を持っていた!私は協力させられた!協力を強制させられたんだ!」

 

博士は唾を飛ばすような勢いで叫び、警備兵が押さえつけるように椅子に座らせる。荒ぶる博士を押さえながら、机の手錠を引っ掛ける所を博士の手かせに引っ掛け、簡単に立ち上がらないようにすると、ブロイルズ大佐はファイルから数枚の写真を取り出し、机の上に広げる。

 

「あの嫌ったらしい笑みと細く鋭い眼光、魔界の軍団長のような口振りで息子を盾に脅してきたのだ!」

 

 

「西暦1908年6月30日頃、ロシア帝国領中央シベリア、ツングースカの隕石衝突現場。そしてこれが発見された砲弾の形状を持つ未知の物質……ここに記される文字は嘗てこの惑星で覇権を唱えていた古の魔法帝国……「ラヴァーナル帝国」の文字と当時の帝国軍のマークと型式が記されたものでした。ですが、この他にも、同じ文体(・・)で記された物体を貴方は分析したはずです」

 

そこにあったのは、N6408BVという名称で登録された物体の写真。所謂、隕石や小惑星に名付ける名前の一つ。だが、その番号は公式には欠番し、存在しない宇宙外飛翔物として処理された。その写真に写ったのは、人工衛星に近い大きさの物体だった。先のツングースカにあったそれと違い、大きさはまるで人の大きさに近い金属製の砲弾の形をしているのである。だが、大きく異なるのが、それが武器ではなく、何らかの発信機と言う点だ。

 

その物体はとある小惑星帯の連邦資源探査チームによって発見された代物であり、小惑星帯の座標と管理番号、船の名前のイニシャルから名前が振られていた。

 

「あなたは宇宙世紀(U.C.)0064、11月4日。この謎の飛翔物に関して設立した研究チーム『バビロン計画』に参加。計画内容は地球外生命体が作りだしたと思われるN6408BVの調査?」

 

「そうだ……あれは私が入院する二か月前……」

 

更に机に出されたのは、「バビロン計画」と銘打たれた【機密】【CLEARANCE―A4】【関係者以外の閲覧を禁ず】の赤判子を押してある機密ファイル。その他、旧合衆国政府の国土安全保障省の古いファイルもあり、その物体の系譜は恐ろしく古い。

 

「あなたの所見を読ませていただく……【N6408BVの形状は砲弾とそっくりであるが、その物質の目的は敵を殺傷する兵器ではなく、所謂センサーの役割を持ち、常に内部にエネルギーを持ち、振動するその物体は地球所のあらゆるテクノロジーに該当しない。ある種の別次元に信号を送る物体であり……】」

 

 

「……【異文明の発信機と考えられる。】……それは定かでないが、当時の私の所見は当たっているはずだ」

 

ツングースカに墜ちた物質とは違い、それは攻撃兵器ではなく、発信機という機能を持つ存在だった。その推察は天才の科学者だから下せる推論だろう。平凡な科学者では説明のつかない事象に対処できるのはこの博士しかいない。

 

「では博士、『スターウォーズ作戦』に聞き覚えは?若しくはスターウォーズ計画は?」

 

「それは西暦1985年のか?当時のアメリカ合衆国レーガン大統領の立ち上げたSDI構想のことか?」

 

「いえ、U.C.0070から今に至るまでにあった極秘計画です。ご存知ですか?」

 

知らないものが居れば、それはスピルバーグの宇宙戦争映画と考えるだろう。だが、博士が言ったのは、西暦1980年代。米合衆国大統領ロナルド・レーガンが提唱した戦略防衛構想(SDI)であり、戦略ミサイル交渉と防衛の一環として監視衛星や早期警戒機、軌道上の衛星兵器にまで言及したそれは、当時の映画からスターウォーズ計画と表現され、ソ連などの仮想敵国の核脅威に対抗し、各都市が破壊される前に迎撃し、核以上の戦略兵器の開発を行おうとした。それはMDIミサイル防衛構想、イージス艦やイージスアショアと言った弾道ミサイル迎撃システムなどに継承された。

 

だが、それとは違う宇宙世紀の極秘計画。ブロイルズ大佐は他の計画について話しだし、一番新しいファイルを開いた。

 

「博士が知らないのも無理ありません。博士が事件を起こしてムンゾ精神病院にいた時に、バビロン計画の人員が配置されましたので。本当にご存じありませんか?」

 

「知らん……そもそも、あのバビロンは非常に危険だと言って、エリア51の倉庫ではなく、更にクリアランスレベルの高い場所へ移動されたはずだ!」

 

再び怒鳴り散らす博士であったが、ブロイルズ大佐は飛ぶ唾をファイルで遮り、落ち着いた所で説明する。

 

「ええ、貴方が仰ったように嘗ての旧ソ連、シベリアの永久凍土の倉庫に封印されました。ですが、貴方が強制入院した後に、新たに幾つもの遺物が見つかりまして」

 

「何!?そんな馬鹿な?あれは宇宙に漂流していたとして処理されたはず。また流れ着いたか」

 

「いえ、赤道近くの東南アジアで見つかりました」

 

ブロイルズ大佐が出した写真や複製不可の文字に斜線され、若干黒塗りの情報機関の書類なのか、関係者と関連機関の記載が消されているが、それでも取られた写真や大佐の持ってきたタブレットに写された発掘映像からすると、間違いなくそれはN6408BVと称された砲弾型の物体に他ならない。

 

 

「先の物体とは違い、既に機能は停止。低周波の振動も発せられず、エネルギーが尽きた状態で発見されました。合計で五つ、その全てが第二次世界大戦中に大日本帝国海軍と連合国との間で激戦地になっていた場所です。詳しい情報は分りませんが、当時の大日本帝国海軍の部隊が居なくなっていた魔の一帯と噂されていました」

 

連邦海軍省と連邦省庁の一つである海洋保全庁の書類、そして日本国防衛省の刻印のある書類、これらすべてを調べた連邦の捜査能力に驚くべき所だったが、博士はまるで特大の肉を見た犬のようにファイルに食いついた。

 

「発掘地点は五つ。しかも、全て……ふむ。これらが見つかった地点を繋げると、地形がくりぬかれたようになっている。これはここからの地形がまるでラザニアを切り取ったように別のものになっている。」

 

「では、この真ん中にある発掘された物は何ですか?」

 

「たぶんこれは……高度だ。切り抜く場所にはX軸とY軸が必要だが、立体にするとなればその高さも必要になる。五つ目を上空にあげておけば、延長線上を繋げればピラミッド型に切り抜かれたと推測できる。」

 

「……」

 

博士の答えにブロイルズは黙り込む。博士の話した通り、発掘した四点を繋げれば、明らかに不自然な形で地形が抉れているように見える。それは精巧な地形を記した地図でなければわからないだろう。限られた情報を元に解析したとあれば、かなりの収穫だった。そうなれば、N6408BVという物体は何らかの転移装置とも見て取れた。

 

「この物体と地球圏の移転事象。因果関係を見れば……人為的であることは説明がつく。」

 

ブロイルズは博士の結論に頷き、博士もその推測が正しいことに満足する。だが、ブロイルズはそれに満足せず、口を開いた。

 

「『レインボー計画』……それについて知りたい」

 

「・・・・・・・・・!?」

 

その計画を耳にした瞬間、博士の身体は小刻みに震え、目が泳ぐ。その名称は第二次大戦中のマンハッタン計画の欺瞞計画、都市伝説として知られるその名前。だが、都市伝説だけで震える子供ではない。だが、子供に例えるならば、悪戯がバレそうになる子供にそっくりだろう。

 

「いったい・・・・・・・・・どこまで」

 

ブロイルズは溜息をつき、黒塗りの書類を机に投げ出した。其処にあったのは、関係者や関係機関の文字をほぼすべて塗りつぶし、全貌が見えないようにされた書類。だが、そこにはN6408BVという文字と「再生」という文字、機能改善の文字が記されていた。

 

「『オーパーツ再生計画』秘匿名は「Plus Ultra(更なる前進)」・・・・・・・・・われわれはそのためにいるのです。博士は我々があなたを尋問する理由を勘違いしておられる。我々はジオンに与するジオニズムの科学者に連邦への背信を問うているのではありません。」

 

ブロイルズの表情は暗く、その眼は長きに渡る軍務によって狂気を垣間見せている。もはや、彼が嘗てどれほどの高潔な軍人であったとは想像も出来ない。震える博士は立ち上がり、逃げ出そうとするが、両端に立つ兵士が彼の肩を掴み、逃がさないようにと椅子に強引に座らせる。

 

「これは作戦時における捕虜への尋問か、否!それとも反逆者への裁判?いいえ、これはただの・・・・・・・・・」

 

ブロイルズは顔を博士に近づけ、口を開く。

 

「償いです」

 

その直後、ブロイルズは博士の頭を机に押さえつけ、目の前に軍用のコンバットナイフを机に突き刺した。

 

「協力を強要された?馬鹿馬鹿しいですな!あなたは強要されたのではなく、喜々して協力した。未知のテクノロジーを弄繰り回し、世界をラザニアのように切り取り、我々をこの世界に置き去りにした!」

 

ブロイルズは声を荒げて机にあったナイフを取って、ばらけていた作戦指示書を突き刺す。その光景は彼も錯乱しているようにも見えていたが、博士を取り押さえる兵士やそれを遠隔カメラで見る連邦軍関係者は彼を止めようとはしない。

 

「あんたはあのエルランの鼠野郎の口車に載せられたんじゃない。いっしょに酒を飲み、連邦軍があのクソッたれな反抗的移民者(ジオン)反抗的移民者を殺すための破壊兵器の研究をしていた。そして、あのテクノロジーを解析して自分のものにしようとしたんだろう?」

 

自らの知への欲求を満たし、知識を高めるために更なる研究を行う博士。彼にあったのはどこの組織に、何処の思想に準拠した研究をするのではなく、彼自身の知の欲求を満たすのが誰か、そして最大限活躍できるのは誰かと探った。彼は最終的には事件を起こし、ズムシティの精神病院に送られることとなる。

 

ブロイルズの目に宿る宇宙移民者への侮蔑の視線を博士は見逃さなかった。明らかに宇宙移民の博士や他の人間を蔑み、地球の人間こそがエリートであると執着する人間であると感じ取った。

 

「私がやったのは、N6408BVと壊れたらしい7つの同じ大きさの砲弾……確か、 “ビーコン”の修理とエネルギー供給についてだ。私が携わったのはエネルギー供給についてだが、こればかりは分らなかった。私は!その研究途中で他の研究に関わり、そっちで事件を起こしたのだ。その後は知らないんだぁ!」

 

博士の年を考えない大泣きに両脇の兵士は戸惑い、手を緩める。その光景を見ていたブロイルズは憐れみを込めながら、その部屋を後にする。幾つか使えるところがあるが、今はまだ彼の薬物が抜け、落ち着いたころにまた来た方がいいだろう。まさか、人類の中で唯一、古の魔法帝国のテクノロジーを理解し、「バビロン計画」と称してN6408BVという小惑星帯に漂流していたこのオーパーツを分析。そして、「レインボー計画」において、東南アジアで発掘されたN6408BVと同様の物体を復旧させていたとはブロイルズ自身思っても見なかった。

 

書類で記された事を目の前で見るまで認めることが出来ていなかったが、この世には天才が居て、その天才は平凡とは違う。まさか、レインボー計画における100年前に稼働して、停止していた遺跡を復活させるなんて普通出来ない。そして、その事を()()()()()など思いもしない。それは数十年にもわたる入院生活によるものか、LSDによる精神干渉薬物、抗不安薬による記憶喪失によるものかは彼には分からなかった。

 

ブロイルズは報告書を見つつ、司令部へ連絡しようとしたが、視界に何者かが入る。暗い廊下を歩む大佐の元へ走ってきたのは、ティターンズの刻印と軍服を身にまとったジャマイカン・ダニンガン大尉だった。彼は本来ルナⅡ勤務であったが、ブロイルズ大佐の命令によって今回の特殊任務に従軍している。

 

「あの博士……ウォルター・ビショップ博士は大丈夫でしょうか?」

 

「博士か?問題あるまい。ザビ家の坊主が殺されかけた。他に居なくなったのは訳の分からない老人のみ……だから誰も見向きもしない」

 

 

『レインボー計画』それは、物体N6408BVや他の物体を本の姿に戻し、更にリバースエンジニアリングによって製造法を究明する。これらの研究はビショップ博士が居なくなった後も、連邦軍科学者によって探究されていた。ビショップ博士の基礎研究からこれらのビーコンを修復出来た。それは思いもよらぬ結末を起こす。宇宙世紀(U.C.)0088、12月31日22時頃にある異変が起きる。完全に保管されていたN6408BVの他8つのビーコンは突如、収まっていた木箱や金属製の密封ケースを突き破り、さらに倉庫の屋根を破壊して、地球から姿を消したのだ。そして、そのものすごい衛星でも追跡できないそれらのビーコンは地球圏全体に、地球を除くすべてのコロニー全域に配置され、何者かがそのスイッチを押した。

 

これによって地球圏全体に地場が歪み、時空がゆがめられる、ある意味ワープに近いそれは地球圏のコロニーを包み込み、別次元の世界へと送り込んだ。東南アジアにあったのは五つのビーコンによるピラミッド型の転移装置。今回はビーコン8つは立方体を形成し、その空間内の全てを転移させた。もし、ビショップ博士が“ビーコン”の修理とエネルギー供給を完了していなくても、他の誰かが修繕していただろう。だが、そうならなかったのかもしれないし、「もし」の話を今考えても仕方がない。

 

ブロイルズ大佐他、地球連邦軍とレビルの演説を経て正式に発足した特殊任務部隊「ティターンズ」、ジャミトフ・ハイマン中将を指揮官とした統合任務部隊は地球出身とそれに準ずる思想を持った軍人達で構成される政党にも似た軍事組織となった。彼らの目的は母なる星『地球』への帰還。スペースノイドのコロニーなど借り住いであり、地球に戻りたいと願う地球連邦将兵や彼らのビジョンに共感したスペースノイドはサイド7に集まり、地球連邦臨時政府を立ち上げた。

 

そしてティターンズはこれら転移事象を究明し、地球の帰還を目指す。だが、その帰還の一席にジオンや彼ら独立する輩の席はない。

 

「ジオンの劣等種は精々、野蛮人共の相手をすればいい。我々はこれを作った者と話さねばならん」

 

ブロイルズは部下のジャマイカン・ダニンガン大尉を引き連れて外を出る。其処には数多の保護国の国旗と帝国近衛師団の師団旗が翻り、地球連邦とは全く異なる兵装、神聖ミリシアル帝国装備の甲冑兵がAKにも似た連発式魔導銃を構えて行進する。

 

神聖ミリシアル帝国、フィルアデス大陸北端の直轄領であり、パンドーラ大魔法公国から租借したパンドール公爵領。

 

国賓が入国した場合、掲げられる国旗ポールには地球連邦政府の旗が昇っていた。

 




お待たせしました。非常に難産でちょっと大変でした。

私本人、ちょっと上手くいっていない感じが否めず、修正に修正を重ねていますが、まだこれでよかったのかと不安です。

続けて設定も投下します。

設定と言うか後日談的なものです。

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