パーパルディア皇国とジオン公国の国交樹立のための会談回となり、原作ルートとほぼ同じです。
大陸軍が計画した上陸作戦実施から一週間。
フェン王国の抵抗は予想しており、それなりの被害になることは、皇帝直轄の第一外務局や大陸軍の参謀本部は理解していた。だが、気象条件が悪いのか、魔導通信の中継基地への定時連絡がここ六時間なくなっていた。フェンの近くに台風のようなものが観測され、通信状況が悪くなったためと考えられていた。
レミールは険しい顔をしながら、宛がわれていた執務室で待っていた。全外務局の内部調査を担当する部署、『外務局監査室』は皇族が貴族や官僚を監視する機関の一つである。パールネウス共和国が崩壊した原因が官僚の腐敗と貴族による汚職だった。皇族は武装蜂起により、これらの汚職を一斉摘発。粛清によって帝国を築き上げた。パーパルディア皇国の歴史は常に皇族という監視の目が至るところにあり、行政機関には必ず、皇族関係者が監査と称して強権を行使している。だが、近年は監査室の人間ですら、外務局員の賄賂を受け取っている。国家への忠誠、皇帝への愛ゆえに不正に目をつぶらないレミールは水面下での粛清に乗り出した。多くの汚職官僚は証拠さえあれば摘発できるのだが、第三外務局の官僚は遠方であるため難しく、搦め手を用いる他ない。
証拠を証明することが困難な場合は濡れ衣を着せて処罰する。若しくは外交文書の偽造なども行って文明圏外国家の蛮族に対して挑発する姿勢を見せた。はっきり言って、これらの行動は問題になるのだが、彼女の部下や監査室長である彼女の叔父は、見て見ぬふりしていた。腐敗や不正を取り締まる彼らは、何時からか不正の行使者として動くようになっていた。
レミールは不正の取り締まりと皇国の拡大を願い、たとえ蛮族が割を食っても気にも留めない。寧ろ、滅ぼされる方が悪いと考えている節があった。私腹を肥やす木端役人とは違い、レミールの動機は彼等の処罰のため。彼らと動機が違うことで自分を正当化した彼女は、人事にも手を回していた。。
アルタラス王国の一件は外交官を情緒不安定な者にやらせる事で、国家監査軍や外務局を私用する役人を免職することが出来た。加えて魔石鉱山やシルウトラスの古代文明をも手に入れられた。アルタラス王国が滅んでも、皇国の兵の多くが死んだとしても「戦争による犠牲は致し方無い」と判断していた。寧ろ、ジオン公国の力量を測ることが出来たのだから。多少の犠牲は必要だった。
フェン王国に関しては、むしろ皇国議会から勲章を貰っても良い働きをしたと言えよう。ガハラ神国の神官が酒池肉林の宴を毎夜開き、女性を多く侍らしているとリークさせた。更に神々への供物を不正に取得したと密告しただけで、政治的内乱劇に発展した。レミールはガハラ神国の様子を見て、あまりにもうまく行過ぎてしまったために大笑いして自分の今後を想像した。レミールが皇帝の妻になって皇妃になった暁には、その手腕で皇国の宿願である『大陸統一』が達成されるだろうと。
「レミール殿下!」
「まて、私はまだ殿下じゃない」
呼びに来た監査室職員の言葉に訂正を入れるレミールは、自分の執務机にあった書類を元の場所に戻す。
「要件は?」
「フェン王国派遣艦隊より報告。『上陸作戦成功セリ。ニシノミヤコニテ、ジオン公国ト公国トノ同盟国民ヲ拘束セリ』とのこと」
彼女は短い溜息を洩らした。最悪の場合はジオン公国による上陸阻止。若しくは派遣艦隊の全滅を想定していたが、ある程度の犠牲だけで済んでいた。通信障害が回復し、その報告を聞いた彼女は最悪の可能性が無くなったことを知り、溜息をついた。彼女によく仕えている監査官職員の彼は、彼女の気持ちを理解することはなく、提出した書類に何かあったのかと勘繰った。
「やっとか……映像の用意は?」
「フェン近海にあった嵐は消えたので、中継基地を経由して映像を受信できます」
「なんとか間に合いそうだな」
レミールは監査官として最後の仕事が控えていた。皇帝への結婚の土産として、『皇帝直轄の軍隊』を贈ろうと思っていた。大陸軍は皇帝という国家元首が指揮を執るが、皇国には議会が存在し、不信任決議案を提出する権限を持っていた。
歴史上、パーパルディア皇国で使われたことはない。だが、皇族である以上、それが目の上のたん瘤であることは承知していた。そのため、国家監査軍と大陸軍を吸収。加えて外務局の再編。皇帝の権力強化のために第三外務局長カイオスを反逆容疑で起訴しようと計画していた。既に第三外務局長カイオスが、ジオン公国に対して便宜を図っていたことは知っていた。何より、彼らに対して私兵を送り、使節団警護に当たらせるなど以ての外だった。加えて、為替の代理や仲介人の手配など、殆ど列強国の接待と変わりない。彼女の手元にあったのは、偽書類だけでなく、会合の記録書類。加えてアルタラス王国での大陸軍の機密情報を入手していることも掴んでいる。
ジオン公国に便宜を図ることは非難されて然るべきであるが、処遇は更迭される位なため、第三外務局の今後の推移を決めるわけではない。だが、大陸軍の機密情報を不正に入手したことは完全な違法行為であり、国家反逆罪の適用も可能だ。
「ジオン公国の使節はどう答えるだろうな。国民を助けるために何かしてくれるだろうか?」
ジオン公国の情報については多くの商人や懇意のある外交官の話もあって、ほぼ確定していた。『ジオンのテクノロジーは皇国を軽く凌駕する』と……。
魔導通信網や機械文明の電波通信網など、どう考えてみてもかなりの資金力がなければ、海外への広報宣伝に予算を割かない。転移国家と言っている以上、それを鵜呑みにするしかない。とは言え、ジオン公国が自分達に牙を剥かない為にどうするべきか。自国のテクノロジーや国力に勝る国にどう対処すればいいのか。
答えは明白である。
『人質交渉』だった。
「数千人以上の国民と同盟国の人間を人質にしているのです。彼らも頷くでしょう」
「あの国では人質外交などしない……むしろ忌むべき存在らしい。だが、同盟国なら話がかわる」
現代的な価値観からすれば、『人質外交』は忌むべき存在。強盗のように人から親しい人を取り上げ、取引として利用する。外交政策としては下策だが、ジオンへは打撃になる。もし、これが公国民であれば、外交対話を抑えて公国民を人質にしたとして非難され、宣戦布告も考えられるだろう。
しかし、彼らの言うセツルメント国家連合の国民も多く滞在していたことにより、ジオンも強硬策は取りにくくなる。ジオンが連邦という仮想敵国から身を守り、銃後を安全にするためには、同盟国であるセツルメントと協調姿勢を取らなければならない。もし、ここでジオンがセツルメントの国民を見捨てることがあればどうなるだろうか?
同盟関係に罅を作ったジオンは、連邦との戦争に関して不利な状況に置かれることになる。ジオンと共同歩調を取るクワ・トイネやクイラ、その他同調する国々はジオンに不信感を抱く。よって、強硬策を行うことは考えられない。
それにフェンは数々の海賊行為を行ってきた手前、懲罰攻撃されて然るべき。大義はパーパルディア皇国にこそあるのだ。
一方でジオンはとやかく言える立場にない。人質というのはオブラートに包み、『皇国大陸軍将兵がジオンとセツルメントの観光客を保護した。フェンやアルタラス王国と引き換えにお返ししよう。国交も正式に欲しい』と要求すればいい。現時点では、不穏分子として観光客を拘束しているが、通常の措置。然るべき時に民間人を逃がさない王国に非があり、不審な外国人がいれば、拘束するのが占領地域の常といえる。
ジオンの選択肢は『ひなんする』・『たたかう』・『だきょうする』
の三つ。非難したところで時間稼ぎにしかならず、戦うことは同盟国民を見捨てる事と同義。外交的に軍事的に問題のあることは明白だ。この場合、妥協することが唯一の道となる。
「そういえば、連邦の友人に伝えておいた方がいいな。『イラン大使館人質事件』だったか?例える意味合いは異なるが、まぁまぁのアドバイスだったと伝えてくれ」
パーパルディア皇国は建前として
もし、スパイ行動と容疑が出れば、拘束可能である。それが濡れ衣であれ、仕方がないことなのだ。ジオン公国にその件を非難されても
彼らからすれば、皇国は小さい国家。ならば逆手に取っておけばよい。
驕った価値観しか持たない世間知らずの少女だったら、また判断も異なるだろう。幼いころから政治の舞台に立ち、多くの政敵を葬り去ってきた手前、皇族として相手の力量を正しく測ることは何よりも重要だった。列強という地位に拘って喚く末端の外務局員とは違い、強かな外交を展開できる。
「はい、彼らには必ず」
「いくらか金子を。外貨は必要だろう?」
―まるでカイオスのようだな?
証拠を持って告発されれば、彼女の政治生命は危うい。しかし、カイオスのように懐の緩い人間ではないため、防諜面についてはしっかりと対策を講じてある。
部下にヴァルター・ヘーベル使節団長を呼ぶよう伝え、それなりの会議室を用意する。これまでの列強が文明外国家に対応するような物言いではなく、対等な列強として扱わねばならない。彼らはこの世界の者ではないのだから。
気付けの蒸留酒を煽り、ヴァルターを待つ。
自分自身の判断が正しいことを信じて。
※※※※※※※※※※
ヴァルター・へーベル親衛隊名誉少将は最低限の人員を連れて、第一外務局の門を叩く。
カイオスとヴァルターの会談により、両者の理解が深まったことで使節団の護衛部隊の緊張も解け、教養のあるジオン軍人と会話したカイオス配下の私兵たちとの友情が深まった。言葉の壁はない以上、彼らの交流に壁はない。よく聞く「○○人は信用できない」「○○民族は人でなし」だなどは、所詮一個人の感情に過ぎない。個人の発言を全体の発言として、虚偽の事実を真実として理解するように。ジオン全てが地球人撲滅を考える差別主義者でもなければ、殺人に快楽を見出すサイコパスではない。
パーパルディア皇国でも同じことが言える。プライドや虚栄心が異様なほど高い民族として知られるとしても、それは運悪く「悪しき皇国人に遭った為に起きた感想」であり、全ての皇国人が極度なまでにプライドが高く、醜く虚栄心があるというのは虚像に過ぎない。限りなく一部の上流階級若しくは愛国心で着飾った阿呆ぐらいなものである。カイオスや彼の部下などは異常なまでのプライドや差別意識は持っていない。
至って普通の皇国人だった。とは言え、ヴァルター・へーベル自身、そのプライドが妙に高い「悪しき皇国人」に遭った人間の一人であり、第三外務局の官僚の酷さは身に染みている。某外務省職員曰く、「小惑星をぶち当ててやりましょう」と息巻く様子は皇国感情の悪いジオン世論を代表しているようで、非常に恐ろしいものだった。
ヴァルターは嘗てのジオン・ズム・ダイクンが病死した時の政変。市民による暴動はよく覚えており、更に地球連邦軍艦艇が農業生産施設にぶつかり、あの「暁の蜂起事件」の前にあった市民たちの暴動を記憶していた。閉鎖的かつ孤立した環境下では、人の意識は先鋭化する。それこそ、政治家や官僚、ジャーナリストが気を付けていなければ、市民による暴動やテロ活動が起きかねない。ヴァルターは暴動の恐怖を知っているため、大衆特有の無知というものは恐ろしい限りだった。隕石攻撃をして、数十万の人間を殺戮すれば国際社会から怒りを買うだろう。外交面も鈍化していくし、なにより生き残ったパーパルディア皇国民からの憎しみは止められない。報復やテロ攻撃、所謂『憎しみの連鎖』が続くことになる。
戦争をするには、相手を根絶やしにするか。若しくは敵に暫定政権をぶち立て、旧政権側をエスケープゴートにし、外ではなく内側に国民の敵意を向ける必要があった。その決定権や外交の委細を任せられているヴァルターの汗は止まらない。今回の会談の如何によっては、外務省経由で送られた公王デギン・ゾド・ザビの署名、および総帥ギレン・ザビの連名によって記入された宣戦布告文書を渡せねばならないという、大役を仰せつかっていたからだ。
「第一外務局付のレミール様が会議室でお待ちです」
第一外務局の雑用を任されている役人なのだろうか。ヴァルターやほかの親衛隊の護衛隊員は、目を丸くして驚いていた。第三外務局の職員はまるでごみを見るような蔑んだ視線で見ていたからか、例え本心でなくとも、相応の扱いに安堵する。
何故ならジオン公国を対等かそれ以上の立場だと理解しているからだ。格下扱いならこうはならない。その丁寧な案内を受けて会議室へ向かう一行。皇城の中でも、関係者しか入れないエリアにヴァルター一行は足を踏み入れた。
皇城エストシラントは軍事的にも強固な作りであり、近衛師団区画や行政府区画、外務局の置かれる旧属領統治区画。そして中心に位置するのは皇帝の居城。天守閣にも似た魔導文明のテクノロジーがふんだんに使われ、自動エレベーターや無数の対空魔導銃、多数の火砲によって防衛され、政府中枢として機能していながら、軍事的に防衛が可能なように建設されている。拠点防衛と政府指揮を両立させた施設は歴史上類を見ない。今日において政府中枢の施設を軍事化することはコスト的にも機能的にも悪く、戦乱の多かった時代と比べても、都市の中に政府がある以上、軍事施設と政府施設の切り離しは仕方のないことなのだ。だが、中世的な城が政府中枢として依然と使われている事は歴史的な物なのか、それとも開発が出来ずに立ち行かなくなっているのか。
ヴァルター一行はパーパルディア皇国が自ずとプライドを持つ理由が分かった。
「彼らは己の力がムーやミリシアルに及ばないことを知っているんだな。悲しい限りだ」
帝国主義。
欧米列強が拡大政策を続けたのか。それはフランス革命によりもたらされたナショナリズム。国民という概念だった。ナポレオンによる国民軍の結成とヨーロッパに拡大した王の打倒という風潮。これらを抑えるため、欧米は次々と拡大政策と自由運動を徐々に解禁し、ナショナリズムを熟成させていく。帝国主義は単純に国力増強のための拡大政策というだけではない。
諸外国の台頭や
過剰なプライドはムーや神聖ミリシアル帝国への嫉妬にも似た劣等感からくるもの。自国の威信と
そのことが分かるだけに、ヴァルターの心にはこれまでの非礼な態度を取ってきた皇国の官僚に対して、怒りではなく憐れみが生まれていた。
「レミール様、ジオン公国の方々をお連れいたしました」
そこは自国の国力がどれほどであるか、顕される絶好の場。国家という集合体は威信にかけて相手国の外交官や大使、皇太子や国王を招く。会議室は贅という贅が尽くされ、まるで中世のフランス王朝を彷彿とさせる作りだった。皇族や貴族は盛大なパーティーや贅を尽くした生活をする。本来であれば、そうした貴族の行いはナショナリズムによって減少していき、中世のような豪華絢爛な様式からこじんまりとした様式に落ち着く。革命によって群衆が贅を尽くした貴族や王族を攻め立て、ギロチンや絞首刑にしていく様から、市民革命後の欧米貴族は落ち着いた質素な振る舞いを心掛けた。
そんな歴史を理解するヴァルターの目には、豪華絢爛な会議室と皇国の国家形態がどこか歪であることを悟った。
「本来であれば私が直接出向いて招待しなければならないのだが、礼節を欠き申し訳ない。パーパルディア皇国、第1外務局のレミールと申します。今後は私や第一外務局が貴国との交渉に当たります」
初めてジオン公国とパーパルディア皇国が同等の立場であると、会談で語った瞬間だった。文明圏外国家に対して異例中の異例であるが、グラ・バルガス帝国の事やムーの事もあり、慣例など捨て、レミールは列強国と同じ扱いで話し始めた。
「はじめてお目にかかります。ジオン公国親衛隊名誉少将ヴァルター・へーベルです。少将は行政上の地位にあたりまして、私は根っからの政治家。公国議会の議員も兼任しています」
「そうでしたか、我が国は貴国とまだ正式な情報共有を行っていないので、少しお茶を飲みながら話しませんか?」
何時もなら、茶くみの役人に怒鳴り声をあげそうな彼女だが、落ち着いた様子で合図を出し、会議室のベランダのテラスへと案内する。ジオンの護衛兵や皇国近衛兵は蚊帳の外に置かれ、二人と数名の護衛はともにテラスの椅子へと座る。
「これは中々、香りが良いですね」
「これはクーズ領のサイマ茶。私の直轄領で取れた茶葉を使っています。一般市場だと、同じ重さで金以上の値打ちだとか」
「私が前に務めていた貿易会社で似た味の茶葉を取り扱ってました。また、この味を楽しめるとは……」
ヴァルターは感心して、ティーカップに注がれていたお茶を飲む。ティーカップは欧米式に似ているが、お茶自体は紅茶ではなく、緑茶。しかも香りとしては某ドリンクメーカーのお茶にそっくりなのだ。地球の日本から輸入したドリンクを販売していたヴァルターだったが、湯飲みではなくティーカップで飲むとは思わなかった。
とは言え、あの懐かしの緑茶は転移後、非常に高値で販売されている。似た味にしようとジオンやセツルメント国家連合の企業は復刻しようと頑張っているが、日本の飲料メーカーによって編み出された工業的な緑茶は、均等化された同じ味を出すことが出来ず、非常に難航していた。緑茶をティーカップで飲むことに驚いたが、それ以上に久々の味で涙腺が弾けそうになるヴァルターだった。
「どうかされました?」
「……我が国の公共放送で転移国家と報道していますが、憎いと思っていた相手がいなくなったとたん、郷愁の思いがよぎる。嬉しいと同時に喪失感が何とも堪えます」
これは故郷が無くならなければ、感じることのできないだろう。思想や政党が変わり、革命によって国家が様変わりしても、民族や文化は残っているもの。しかし、転移という天変地異では、まるっきり違う。根絶やしにすることを除いてありえないことだ。
パーパルディア皇国も嘗て他国に対して『殲滅戦』を宣言し、幾つかの民族を滅ぼしてきた。しかし、その名残や文化は逃れた難民が再び築き上げている場合もある。アルタラスやクーズ、現在属領としている国家は恩赦や同胞を裏切った対価に生き永らえて、古来からの文化を継承する。あらゆる文化は戦争によって滅亡の危機に瀕するものの、何らかの形で生き残り、発展を遂げる。今のジオン公国とセツルメント国家連合は転移という現象の中、文化再建を目指し、様々な文化復刻事業に取り組んでいた。
「レミール局付は皇帝陛下とご結婚なさるとお聞きしていますが、お祝いの品をご用意しました」
―国交樹立すれば、重ねてお祝いするつもりですが
と前置きをしつつ、護衛兵から近衛兵に渡され、簡易チェックを受けた品が通る。
「これは?」
「我が国の特産品の一部です。これはコロニー近辺の鉱山小惑星より取れたネックレスです。貴国の宝石商にも依頼して、あまり見ない色の宝石がついてます。……私の妻の方が良く知っているんですが、今は本国にいて聞けなかったもので」
アステロイドベルトにある鉱山地帯。そこには宇宙に漂流していた未知の物質が存在し、ジオンの研究機関に送られる。ウラン鉱床やヘリウム鉱床、チタンやアルミと言ったものが採掘出来、その中でもダイヤモンドやルビーと言った鉱物も多く採掘出来た。惑星にも未知の元素やエネルギー供給源となりうる物質も多くあり、一方アステロイドベルトでしかない物質もあった。
「鉱物の名前はカーメルタザイト。カーメルルビーと呼ばれるこの惑星でもあまりない宝石です。他にも日用品や食品も用意しています。」
「大切に使わせてもらおう。だが、私がこれを付けてしまうと、皇国内では貴国の宝石類が飛ぶように売れるだろうな。」
青く輝きのある宝石は数多の女性を魅了するだろうとレミールは考える。一見して、暗い印象のある宝石だが、よく見れば引き寄せられるような鉱石であり、皇国において珍しく、もし他の者がもっていればどこで買ったかしつこく問いまわすことになるかもしれない。
そうした社交辞令のような世間話も終わり、ジオン公国とパーパルディア皇国の外交は始まった。会議室に戻った二方は高級マホガニー材にも似た艶のある机に書類を眺めて会談を始めた。
「昨今の我が国と貴国では、先の戦闘に対して憂慮する声が上がっている。フェン軍祭での軍事行動やアルタラス王国侵攻の際、核攻撃に対してはセツルメント構成国からも非難が出ている。貴国との国交は急務であると認識しているが、まずは貴国の主張を聞かせてもらいたい」
「フェン軍祭における主張は一切変わらない。フェン王国は皇国経済に対して度重なる攻撃をしてきた。軍祭において、かの国への攻撃は至って問題ではない。通達も行っていた。貴国は王国政府から何も連絡されていなかったのでは?これまで国交がなかった現状、通報義務を主張されても困ります」
「第三外務局から使節団へ連絡することも可能でしょう。フェン軍祭に関しての軍事行動については……」
「第三外務局の非礼についてはお詫び申し上げなければなりませんが、軍事行動を第三国に通告することは義務ではございません。国家監査軍に関しては至らぬところですが、貴国の部隊に被害が出たことについてはフェン王国に対して……いえ、旧フェン王国でしょうか」
国交正常化も急務だが、フェン軍祭とアルタラス王国については何としても、皇国が非常識であることを公式文書として作らねばならない。しかし、ヴァルターの意思に反して、中々傲慢な素振りを見せないレミールは丁寧な口調で畳みかける。
「アルタラス王国への大規模魔導兵器の使用は神聖ミリシアル帝国との間で結ばれた条約に則り行われています。王国の大規模戦闘に関して、我が国と貴国の戦いについては偶然の産物ということができます」
「偶然ではないでしょう。貴国の諜報部が我が軍の顧問団を認識していないはずがない。」
「貴国の軍がどのような軍服であるか、知りようがありません」
ヴァルターは痛いところを突かれたと、顎を摩る。本当なら頭を抱えるほどなのだが、外交の場はポーカーと同じく、表情や仕草を限りなく抑えなければならない。政治家はポーカーフェイスに努めなければならないのだ。だが、残念なことにレミールの主張は正しい。軍顧問団は正式には民間軍事会社の人間。例え、ジオン正規軍の将校が混ざっていても、軍服を着用することはなかったのだ。
セツルメント側はジオン公国に対して、不必要な戦争の誘発や軍備増強を制限させたかった。というのも、嘗ての大国のパワーゲームによって齎された代理戦争を想起させるためだ。軍事顧問団など、米ソがやったゲリラの育成と何ら変わらない。ジオンは連邦残党の警戒も怠らないために、ややセツルメント側には軟化姿勢で行っていた。ただ、実際にそれをやれば、惑星における影響力の低下にもつながる。そのため、名目上は民間軍事会社による軍事顧問団として。裏ではギレンやキシリアの私的機関を通じて、資金提供を行い、近代兵器の配備や抑止力を育成すべく準備をしていたのだ。
もし仮にジオン軍顧問団がいたことを認め、核兵器を使ったとすれば問題になる。だが、認知しておらず、不幸な事故として取り扱いたい皇国にとって軍服を着ていない民間軍事会社は『
「他国ではどうか知りません。ですが、我が国の軍人や民間人が死亡した事実は変えられません」
「ジオン国民やセツルメント民の犠牲が出たことにはお悔やみ申し上げる。また、今回の戦闘に関しては、貴国の部隊も相応の被害が出たと聞いている。それには皇帝陛下も憂慮しています。貴国との全面戦争はこの惑星全体を巻き込むもの。できれば、不慮の戦闘として幕引きを願いたいものです」
ヴァルターは内心、してやったりと思う。外交の場において、自ら幕引きを願うことは、こちらは譲歩できると言っているようなもの。アルタラス王国への非武装地帯設置やNGO団体の派遣など、進まない交渉にジオン外務省はいら立ちを隠せなかったが、エリートの第一外務局の後続の人間が譲歩すると言い出したとすれば、公国議会での株は上がり、政権内でも地位が向上するだろう。願ってもないチャンスだったが、レミールに近づく近衛兵が彼女に耳打ちをして、彼は悪い予感がした。
「・・・・・・・・・うむ、よくやった。派遣部隊には勲章をやらねばな。映像式の魔導通信機を持ってきてくれ」
一方、レミールは愛想笑いを浮かべながら、自分の計略がうまく言った事やこれからジオンの外交官が苦虫を噛み潰したような表情をうかべるとおもうと、気持ちを抑えきれず笑いそうになる。
皇国が譲歩するということは万に一つの確立。ジオンに対して譲歩することなど
別に難しいことではなく、子供のお使いみたいなもの。レミールなら朝飯前に行える政治判断だった。
「我が国はフェン王国に対して宣戦を布告したのはご存じですか?」
「……存じ上げています」
「貴国が何をしていたか、また信用ならない蛮族に多くの国民を観光させていると聞き及んでおりますが、間違いありませんか?」
「ええ、我が国とセツルメント連合の国民が観光していると聞いていますが」
「失礼ながら言わせてください。……貴国は
外交文書に記載する内容であるにも関わらず、まさかの馬鹿発言。もしかして某ゴスロリの亜神かもしれないが、おおよそ外交の場での発言とは思えなかった。
「今何と?」
まさかの台詞に驚きの声を上げるヴァルターであったが、レミールは溜息をつく。
「正直申し上げて文明圏外国家と外交するというのはどういう事か、分っていないようですね。文明圏外国家は基本的に
「レミール局付は他国に野蛮であると外交の場でも仰っているのか?」
「ええ、時と場合によりますが。これは貴国が文明国であるにも関わらず、杜撰な外交を行っているから申します。そもそも野蛮という表現がお好みでないのなら、人治国家と申しましょう」
レミールは椅子から立ち上がり、装飾で飾り付けられた地球儀を触る。この惑星の模型であるため、正確には『地球儀』ではないが、金細工の施されたそれは非常に高価であることがうかがえる。そして、パーパルディア皇国の領土は真っ赤に塗られ、非常に目立っていた。
「我が国は正確に申し上げて、法によって統治されている。末端では違法行為が目立ちますが、些細な事。皇帝を中心とする法の元、皇国全土は平穏に保たれているのです。」
レミールは球体を手で回し、第三文明圏でも圏外と呼ばれる地域を指さした。
「この地域は未だに法律というものを分っていない。国家という存在自体理解できず、領主が立法し、国王がそれに追随する。また、魔法文明がありながら、未だに妄信的なまでに神々を信仰し、こともあろうに生贄という野蛮な手段で仕えようとする。」
「私から見ると、貴国も人治国家です」
皇帝という国家元首がおり、憲法もなければ皇帝の権力を制限する法律はない。ジオンからすれば、暴力的な侵略や拡大政策を続けるパーパルディア皇国こそ野蛮である。
「それはどうだろうな?貴国はまるで文化や習慣など、気にも留めずに国民を旅行させるのか?我が国は違う。彼らの法は地域によって違い、無法者が牛耳る地域もある。そんな国家に国民を向かわせるなど、命が幾つあっても足りん。皇国は文明の覇者となっている以上、我々はこの文明化を成し遂げなければならない。例え、彼らが抗おうとも!貴国はそれが分かるはずだ。この大陸で文明化に成功した以上、それを普及させ拡大させなければならない責任がある!」
「まるで『
代表的なのが、ランヤード・キプリングというイギリスの作家の詩集だろう。『ジャングル・ブック』など有名な童話やノーベル文学賞も受賞した。また、詩人でもある彼は『White Man's Burden』という詩を1899年に書いている。それには、白人の責務である奴隷の使役、国土の拡大について努力すべしという、一種の激励文に近いものである。だが、それは帝国主義として各地に植民地を作り、拡大を続けた大英帝国の思想そのものであり、白人至上主義の概念そのものと言える詩だった。
あらゆる土地に住む、黄色人種や黒色人種を蔑み、隷属させる。世界の頂点にあった白色人種が支配者であるとともに、被支配者人種であるアジア・アフリカ民は自分たちの文明の庇護を受ける栄光を授かったというような、覇権国家の驕りのような詩だ。ヴァルターも白色人種の一人だが、宇宙世紀に入って半世紀が経過した
「責務……確かに皇国やムー、神聖ミリシアル帝国が国土の拡大や文明の発展のために、犠牲を強いることは仕方のない事。だが、貴国は国民の犠牲を理由に戦争をするつもりだったのでは?」
「そんなことはない!我が国は決して!」
レミールの言葉に激しく否定したヴァルターだったが、近衛兵が持ってきた機材が設置されると、レミールはやや怪訝そうな顔をする。彼女の横には一辺1mの立方体の水晶があり、その加工技術は非常に優れており、ヴァルターの近くにいた秘書官や護衛兵は目を丸くする。
「これは、音声通信だけでなく、映像付き魔導通信も行える。我が国と神聖ミリシアル帝国……そしてムー位しか使っていない。貴国も使用しているのかな。さて……」
議官らしき魔術師が機器の調整を行い、やがて映像が映された。
「こ、これは……」
それは見るからに貧しい環境に置かれている宇宙移民者の映像だった。だが、それはコロニーの映像ではなく、風景で言えば、まるでフェンの街並みにそっくりだった。金属製の檻に入れられたジオン公国民やセツルメントの国民が動物のように入れられ、適切な医療もされないまま拘束されている光景。それは保護とは名ばかりの収容所にも見え、ヴァルターの表情は怒りの色に染まる。
「彼らは観光客だ。拘束している理由がない!」
「占領下での外国人は信用できない。身分証明は彼らの国で発行されたものだが、照会もままならない。既に何名かはわが軍の兵士に危害を加えたために、更に警戒度の高い施設に連行済みだ。」
「彼らの身分は私や公国が保証する」
「残念ながら、貴国の保証は安全保障の観点から難しいと外務局から聞いている。話によれば、貴国は宣戦布告と同時期に地球連邦軍に攻撃を仕掛けた。……正直、我が国から見て非常にモラルがない。布告なしの奇襲攻撃は戦争の慣わしから言って、少々反則でしょう」
レミールの言うことには一理ある。
残念ながら、宣戦布告と同時の攻撃。若しくは、宣戦無き戦争行為はタブーとされる。多くの場合は宣戦布告文書やそれに類似する最後通告書類が送られるか、大使が国家の代理としてこれを提出する。現代では国際連合における戦争行為は実質上禁じられ、宣戦なき戦争を禁止していた。それはルネサンス期における欧米でも同じであり、憲章による明文化がなくとも慣習法としてのルールがある。ナチス・ドイツや大日本帝国が行った奇襲攻撃は非難されることが屡々あるが、これまでの慣習に従えばルール違反であり、反則だった。
更にスパイ容疑で拘束されている観光客であるが、パーパルディア皇国内における囚人に対する環境と比べれば、非常に
「しかし!」
「いいえ、こればかりは許される事ではありません。安全上拘束しなければなりません。しかし、貴国が誠意を示すのであれば、こちらも迅速な対応と交渉に応じましょう」
レミールは内心、笑いを堪えるのに必死だった。国力の差がある両国において、自分が先制点を取れる事は何より嬉しいことだった。皇国指導部はこの決定に懐疑的な考えを抱くだろうが、それでも今後の皇国の将来を考えれば、列強の仲間入りを果たし、神聖ミリシアル帝国に喧嘩を売れるような同盟国を増やしておきたい。
将来的にも良い選択であったと、後世に評価されるものだったとレミールは考えた。ヴァルターは慌てふためく様子で視線を動かす仕草をする。明らかに動揺し、顎を摩る動作をする。レミールはそれが焦っている彼のサインであると見えていた。まるで、ポーカーでブタの手札になり、金を巻き上げられる素人の顔。対してレミールは政争の毎日を送る皇族。そもそも出自が違うのだ。
「誠意とはなんでしょう……」
「我が国は貴国と争うことはありません。我が国が求めることは国交樹立、そしてフェンとアルタラス王国への不干渉。その他、我が国の影響下にある保護国への不干渉」
更なる要求をすれば、相手は従うだろう。アルタラス王国に駐留するジオン軍の撤退も求めれば、一時的に応じる。だが、応じたとして禍根は残る。過度な要求は相手に敵愾心を齎し、最後には全面戦争になる恐れもある。それ故に、多くを求めず、最低レベルを求めるのが自然だった。彼女の計画通りに事が進む筈だったが、魔導通信の水晶に接続されたスピーカーから破裂音が響く。
(おい、何をやって……がっ!)
(味方に何やって!・・・・・・・・・敵っ!)
(お前、
シュカカカ!と独特な破裂音とスピーカーから響く大陸軍兵士の叫び声。轟音や怒声が響き渡る中、魔導通信機材に異常があったのか、歪み撮影機が何かの拍子で倒れてしまう。そして移り込んだのは、大陸軍の軍服を着た兵士が同じ大陸軍兵を撃ち殺している映像。だが、兵士の手にはジオン製のサイレンサー付きスマルツァ・MP71短機関銃が握られていた。映像は途中で途切れてしまい、その後の様子は分らなかった。
「これは一体……」
あまりの予想外の出来事にレミールは声を震わせ動揺する。一方、先程まで動揺していたヴァルターの表情は嘲笑と言わんばかりの表情をしていた。ただ、彼の護衛兵は事前に知らされず、レミール同様驚いていたが、彼女以上に取り乱すことは無い。
「レミール局付は先程なんて仰ってましたか……」
とぼけたようにヴァルターは頭を指先で叩き、あたかも考えたような振りさえ見せた。
「そう……『モラルがない』でしたかな?私に言わせれば、自分達を棚に上げて良く言うよな」
「何ぃ!」
もとより激情家であるレミールは激昂するが、女性の近衛兵に体で止められ、瞬時に政治家としての冷静さを取り戻す。しかし、ヴァルターは止まらずにしゃべり続けた。
「貴国はモラルと申したが、はっきり言ってわが国民やセツルメント国民を人質に取るような真似はモラルが低いと言っていい。誰に入れ知恵されたかは聞きませんが、手段が少々姑息で卑怯だ」
「貴様らも卑怯だろう!」
レミールは外交という場を忘れ、罵るような口調で言い返す。
「卑怯とは誰が決めた。それは負けた側が言うセリフではなく、敗者が優れた働きをしたから得られる蔑みの言葉だ。確かに宣戦布告が外務省のアホ官僚が忖度して、わざと遅らせた。それに連邦の官僚共はあの混乱でまともに機能していないから、宣戦通告は指導部には届かなかっただろうな。そもそも、宣戦布告とは国家間の宣言に対して行われるもの。我々がやったのは、ルールに則り国家擬きに対してしっかりと宣言しただけに過ぎない」
鼻で笑うようにヴァルターは秘書官から機密文書保管用のアタッシュケースを受け取り、大陸共通語で書かれた文章と分かりやすく皇国の公文書と同じ書式のものだった。ただ、筒状のケースから丸まった羊皮紙の書類を彼女の目の前に置く。
「先に言っておきますが、数か月前に我々は貴国のエストシラントの軍港から出るフェン王国派遣艦隊の動向を既に掴んでいました。あと蛇足ですが、我が国の巡洋艦が衛星軌道上で超高々度で飛行する超音速偵察機を捕捉しましてね。なんと、神聖ミリシアル帝国の機体でしたよ。彼の国は我々の想像以上にテクノロジーが発達している」
レミールの理解しがたい言葉。「衛星軌道上」「超高々度」「超音速偵察機」
それは難解な古代魔法の魔術式より難解な未知の言葉を発しているのではと唖然としていた。
「何を……」
「ああ、そうでしたね。この書類の意味を理解できないようなのでご説明させていただきます。
「ああ」
「ジオン公国は宇宙世紀0080、1月30日おいて公国議会満場一致で宣戦布告の法案が通過。公王陛下と総帥閣下が開戦文書に署名いたしました。こちらがその宣戦布告文書になります」
「……えっ……あっ……」
最早、何が起きているのか理解できず、彼女の後ろにあった椅子を近衛兵が持ってきて、力なくレミールが凭れ掛かるさまは何とも惨めな姿だった。その光景にヴァルターはニコリともせず、書類を彼女の近くに置いていく。
「我が国は貴国へ宣戦を布告する。レミール局付ご自身で皇帝陛下にお渡しください。あと、我が国が戦線に至った経緯については総帥の演説でお聞きになるでしょう。私はあなたの身を案じて、『馬鹿』なことをしないように老婆心ながらお伝えします。」
レミールがその言葉を理解する間もなく、ヴァルターは他を引き連れて、会談を後にする。レミールに渡された書類には、公国からの宣戦布告文書と公王から皇帝へ送られた覚書が含まれていた。
会談は国交樹立ではなく、宣戦布告となり、世界にその覚書の一部や総帥の演説が生放送で報道される。世界はその事実に驚愕した。
第一章を修正中ですが、そろそろ全部修正できるはず
第二章も後々修正加えますので、内容が変わるかもしれません。
物語の変更点もあとがきに記載します。
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