学戦都市アスタリスク 叢雲と歌姫と孤毒の魔女、3人の物語   作:ソーナ

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悪辣の王(タイラント)

 

~綾斗side~

 

俺、オーフェリア、ユリス、フローラちゃんの4人で昼食を取っていたところに、突然現れたレヴォルフの生徒会長秘書を務めているという樫丸ころなさんに案内され、フローラちゃんを除いた俺たち3人は《悪辣の王(タイラント)》のいる黒塗りの車に乗り込んだ。

目の前には樫丸さんともう一人、くすんだ赤髪の青年が座っていた。その人物こそレヴォルフの生徒会長にして《悪辣の王》と呼ばれる、ディルク・エーベルヴァインだ。

 

「―――てめぇが《叢雲》か?」

 

車が走り出すと、会口一番に《悪辣の王(タイラント)》が俺にそう言った。

 

「ふっ。ぼんやりした面だな。こんなのが序列一位だとは、星導館もたかが知れるってもんだな」

 

「・・・・・・あら?あなたの言う、ぼんやりした面っていう、星導館の序列一位の綾斗をイレーネに潰すように言ったのは誰だったかしらね・・・・・・ディルク?」

 

ディルク・エーベルヴァインをオーフェリアは挑発するように言い返した。

そんなオーフェリアの言葉にディルク・エーベルヴァインは惚けるようにして答えた。

 

「なんのことだオーフェリア。意味がさっぱりだが」

 

「よくもぬけぬけと!先日、確かにイレーネ・ウルサイスが言ったぞ!キサマが―――!綾斗を!」

 

「落ち着いてユリス」

 

「・・・・・・ユリス、落ち着いて」

 

「綾斗・・・・・・オーフェリア・・・・・・しかし・・・!」

 

「イレーネはあの場限りで話してくれたんだ。それにディルク・エーベルヴァインがやったと言う証拠はどこにもないよ」

 

「・・・・・・それにユリス。そうしておかないと彼女やプリシラの立場が危ういわ」

 

「・・・・・・わかった」

 

俺とオーフェリアの説得に、ユリスは納得はいかないようだがしぶしぶ引き下がってくれた。

 

「ほぉ・・・・・・頭の方はそれなりに回るか」

 

「ええ。俺が聞きたいことはそれとは関係ありませんから」

 

「ああ、そうだったな。だが話をする前に言っておくぜ。オレはてめぇの質問に答えてやる義理はねぇ。それだけはよく覚えておけよ」

 

「では、なぜあなたはここへ?」

 

「そうだな。ただの気まぐれと言ったところか」

 

「忙しいであろう生徒会長殿がわざわざ、ただの気まぐれで?まさか」

 

「・・・・・・」

 

「俺にもあなたに提供できるものがなにかある。そうでしょう?」

 

「・・・・・・その通りだ。なにかを得たいと思うなら、代償を差し出さなけりゃ取引は成立しねぇ」

 

「・・・・・・なら、ディルク。あなたは代償の代わりとなるなにかをちゃんと持ってるのかしら?それに見合う情報を」

 

「ふっ。《叢雲》とつるむようになってから随分と喋るようになったじゃねぇかオーフェリア」

 

「・・・・・・別につるんでないわ。私は綾斗の・・・・・・。いえ、綾斗たちの傍にいたいだけよ」

 

「まぁいい。―――合格だ《叢雲》。何が聞きたい?」

 

「姉さん―――天霧遥について、あなたの知っていること全て」

 

「・・・・・・生憎とオレもそれほど多くのことを知ってるわけじゃねえ。一度見たことがあるってだけだ」

 

「どこで?」

 

「―――《蝕武祭(エクリプス)》」

 

「なっ!」

 

素っ気ないディルク・エーベルヴァインの言葉にユリスが驚いたように目を見開いた。

 

「それ以外は?」

 

だが、その情報はすでに俺もオーフェリアも。もちろんシルヴィも紗夜もペトラさんから聞いて知っている。

 

「ほお。その様子じゃあ、《蝕武祭》のことを知ってるようだな」

 

「ええ。非合法・ルール無用の裏の《星武祭(フェスタ)》」

 

「その通りだ」

 

「そして、《蝕武祭》は数年前に星猟警備隊が押さえ、現在は存在してない」

 

「ふっ。どうやらてめぇに対する評価を幾分か上げる必要があるようだな。そう、《蝕武祭》はとっくの昔に潰れて消えた。オレが天霧遥を見たのはその出場選手の一人として、だ。当時オレは《蝕武祭》の客の一人だったからな」

 

「姉が《蝕武祭》の試合に出ていたと?」

 

「ああ。《黒炉の魔剣(セル=ベレスタ)》を使ってやがったからよく覚えてるぜ。《蝕武祭》に純星煌式武装(オーガルクス)を持ち込むやつはそういねぇ」

 

「その勝負の結果は・・・・・・?」

 

あの姉さんが負けるとは思ってなかった俺はディルク・エーベルヴァインに聞いた。ディルク・エーベルヴァインは表情を変えず、あっさりと答えた。

 

「天霧遥の負けだ」

 

「っ!」

 

「・・・・・・そんな・・・・・・そんなわけ・・・・・・!」

 

姉さんの強さを知っていた俺とオーフェリアはディルク・エーベルヴァインからその勝負の結果を聞き、思い切り頭を殴られたかのような衝撃が襲ってきた。ぐらりと世界が歪み、視界が回っているように感じ、足元が崩れ落ちたかのような不確かな空虚が足元から這い上がってきた。その感覚はまるで底のない穴に吸い込まれるかのような、未知の感覚。そしてオーフェリアは白い肌をさらに真っ白に。いや、顔を真っ青にしていた。

 

「おい、綾斗、オーフェリア。大丈夫か?」

 

「あ、ああ、うん・・・・・・」

 

「ええ、大丈夫よ・・・・・・」

 

ユリスが心配そうに俺とオーフェリアの肩を小さく揺さぶり、俺とオーフェリアははっと我に返った。

そこにディルク・エーベルヴァインが。

 

「まあ、死んでなかったみたいだぜ。その後、どうなったかまで知らねぇがな。オレが天霧遥を、見たのは後にも先にもその一度きりだ。それ以外は知らねぇな」

 

「そう、ですか・・・・・・」

 

ディルク・エーベルヴァインの言葉に俺はそう答えるのが精一杯だった。正直、今は姉さんが負けたということに実感がなかった。

 

「そんじゃ、次はオレから質問させてもらうぜ」

 

ディルク・エーベルは俺の動揺など気にも留めていない様子で、話を続けた。

 

「てめぇ、マディアス・メサとはどういう関係だ?」

 

「え・・・・・・?」

 

一瞬何を聞かれたのか分からず、ディルク・エーベルヴァインを見返す。

 

「どういうつもりディルク?何故、マディアス・メサの名前が出てくるわけ?」

 

「てめぇには関係ねぇオーフェリア。これはオレと《叢雲》の会話だ。話に入ってくんな」

 

「・・・・・・」

 

ディルク・エーベルヴァインの睨みにオーフェリアは仕方なく引き下がってくれたが、その視線は警戒心を大にしていた。

 

「マディアス・メサって・・・・・・《星武祭》の運営委員長の?」

 

ディルク・エーベルヴァインの質問に俺は理解できなかった。

 

「どういう関係もなにも、マディアス・メサとは《鳳凰星武祭(フェニクス)》の開会式で初めて会っただけだけど」

 

マディアス・メサとは会話はおろか直接顔を合わせたこともないはずだ。俺は正直にディルク・エーベルヴァインの質問にそう返した。

 

「(そういえば、あの時一瞬マディアス・メサと目があったような気がしたけど・・・・・・それとどこか懐かしい星辰力(プラーナ)を感じたな・・・・・・)」

 

ディルク・エーベルヴァインに言い返しながら俺は声に出さずにそう思い出した。

 

「・・・・・・ふん。どうやらしらばっくれてるわけじゃねぇようだな。ならいい」

 

ディルク・エーベルヴァインはそう言うと、パチンと指を鳴らした。

すると緩やかに車が止まり、しばらくしてからドアが開いた。

 

「話は終わりだ。さっさと失せろ」

 

「―――待て」

 

ユリスはそんなディルク・エーベルヴァインを忌々しげに睨み付け、言った。

 

「一つ、疑問だったのだがな。おまえ、一体どうやって私たちの居場所を知ったのだ?」

 

「あん?」

 

「あの店に行くことを決めたのはたったの数時間前だ。しかもオーフェリアに聞いたんだ。予め予約でもしてあったならまだしも、この短時間でどうやって・・・・・・」

 

「ばぁか。それをおまえに答えてやる義理はねぇよ」

 

ユリスの言葉にディルク・エーベルヴァインはあっさりそう切り捨てた。

 

「くっ・・・・・・!」

 

その態度にユリスは何を言っても無駄だと思ったのか大人しく車を降りた。オーフェリアも続けて降りるのかと思いきや。

 

「ユリス、少しの間外に居て」

 

「なに?」

 

「ディルクに話があるの。ころなも外に居てくれないかしら?」

 

「え、でも・・・・・・」

 

「構わねぇよ。ころな、少しの間外にいろ」

 

「わ、わかりました」

 

オーフェリアの言葉に樫丸さんは車から降り、扉を閉め車内には俺とオーフェリア、ディルク・エーベルヴァインだけになった。

 

「そんで、話ってなんだオーフェリア」

 

「・・・・・・何故マディアス・メサについて綾斗に聞いたのかしら?」

 

「それを教えると思うか?」

 

「いいえ。・・・・・・あなたが答えないことぐらい分かっているわ」

 

オーフェリアは分かっていたのか目を一瞬閉じ再び口を開いた。

 

「なら天霧遥と戦った相手は誰?」

 

「なに?」

 

予想外の質問だったのかディルク・エーベルヴァインは眉根をピクリと上げてオーフェリアを見る。

 

「何故そんなことを聞く?」

 

「・・・・・・なにか言えないわけでもあるの?」

 

「ちっ・・・・・・。いいだろうてめぇの質問に答えてやる」

 

小さく舌打ちをし、ディルク・エーベルヴァインは姉さんに勝った相手の名前を言った。

 

「―――《処刑刀(ラミナモルス)》それが天霧遥と戦った相手だ」

 

「《処刑刀》・・・・・・」

 

恐らくは偽名だろう名前を俺は反復するように呟く。

 

「今度はオレからの質問に答えてもらうぞオーフェリア」

 

「・・・・・・なに?」

 

「てめぇ、何を企んでやがる」

 

「別に、何も企んでないわ。それが運命なだけよ」

 

「ちっ。まあ、いい」

 

ディルク・エーベルヴァインはつまらなそうに不機嫌な気配を隠さずに言った。

 

「おい《叢雲》」

 

「なにか?」

 

「てめぇ、オーフェリアをどうするつもりだ」

 

「どうするつもりだ、もなにも俺は彼女をあなたから取り返す。オーフェリア・ランドルーフェンの所有権や存在、すべてを」

 

「・・・・・・ふっ」

 

「?」

 

一瞬、ディルク・エーベルヴァインの口角が面白いとでも言うかのようにつり上がったの見た俺は眉を少し潜めた。

 

「覚えておけよ《叢雲》。なにかを得たいと思うなら、代償が必要だってな」

 

「・・・・・・」

 

ディルク・エーベルヴァインの言葉に無言で返し、俺とオーフェリアは車から降りた。

車が止まったのは星導館学園近くの埠頭だった。俺とオーフェリアと入れ換わるように樫丸さんが車に乗ると、その車は無愛想さで走り抜けていった。

 

「オーフェリア、《悪辣の王》と何を話していたんだ?」

 

「・・・・・・なんでもないわ。ちょっとした世間話よ」

 

「そうか・・・・・・」

 

「ええ。・・・・・・綾斗、大丈夫?」

 

「・・・・・・・ああ、大丈夫だよ」

 

心配そうに寄り添うオーフェリアの声に、俺はそう答えた。そして

答えると同時に拳をぐっと握り締めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

数時間後

 

 

 

ディルク・エーベルヴァインとの会合が終わり、ユリスと分かれた俺とオーフェリアはそのまま、アスタリスクの居住区にある自宅に帰っていた。

 

「・・・・・・綾斗、本当に大丈夫?」

 

「うん。一応ね」

 

「嘘ね」

 

「え・・・・・・」

 

「ハルお姉ちゃんのこと聞いて一番大丈夫じゃないのは綾斗だもの。私でも正気でいられないわ」

 

オーフェリアは悲痛の表情で言った。

 

「・・・・・・それに怖いんでしょ?」

 

「・・・・・・怖い?」

 

「ハルお姉ちゃんが綾斗に禁獄の力で封印を施して、なにも告げないで姿を消した。綾斗がハルお姉ちゃんと再会することを望んでいるのは分かってるけど、同時にハルお姉ちゃんが綾斗から姿を消した『理由』を知ることにもなる。ハルお姉ちゃんを慕っている綾斗には恐怖以外何者でもないはずよ」

 

「そう、だね・・・・・・。オーフェリアの言う通りかもしれない。姉さんが俺のことを捨てたんじゃないかって。そんな恐怖があるんだ・・・・・・」

 

俺は目線を下にむけて、表情を暗くして言った。

すると。

 

「・・・・・・・」

 

「イタッ!」

 

オーフェリアが頭を叩いてきた。

 

「なにするのさ」

 

「綾斗のバカ。ハルお姉ちゃんが綾斗のことを捨てるわけないわ!ハルお姉ちゃんは綾斗のたった一人のお姉ちゃんなのよ。それにハルお姉ちゃんは綾斗のことを大切にしてる・・・・・・だから綾斗を捨てるなんてハルお姉ちゃんがするわけ絶対にない!」

 

「オーフェリア・・・・・・」

 

「それにディルクの話を聞く限りハルお姉ちゃんは死んだわけじゃない。なのに綾斗へ連絡がきてないのは、取らなかったんじゃなくて、取れなかった。そう認識できないかしら?」

 

「っ!」

 

オーフェリアの言葉にはっ!と顔を上げた。

 

「なら、綾斗はこんなところで躓いている暇はないんじゃないかしら?」

 

「―――うん、そうだね」

 

オーフェリアの言葉に俺は今できることをすることにした。

 

「そう言えば綾斗。綾斗はハルお姉ちゃんに勝てたことある?」

 

「いや。オーフェリアや紗夜が引っ越した後、何度もシルヴィと一緒にやったり一人でやったけど一度も勝てなかったよ」

 

「ハルお姉ちゃんは本当に強いからね・・・・・・普段はあんなにのんびりしてるのに」

 

「ははっ。そうだね」

 

「・・・・・・まあ、それは綾斗も一緒かしらね」

 

オーフェリアのぼそりと呟いた声に俺は苦笑した。

 

「あの頃の私は星脈世代(ジェネステラ)じゃなかったから一緒に相手するより見学の方が多かったのよね」

 

オーフェリアは懐かしむように言う。

オーフェリアと紗夜が引っ越す前、俺たち4人はよく姉さんに勝負していた。まあ、たまにウルスラ姉さんも入って相手したが。オーフェリアが引っ越してからは紗夜とシルヴィと。紗夜も引っ越してからはシルヴィと。けど、紗夜が引っ越して姉さんが失踪するまでは一年ほどしか空いてなく、シルヴィもアスタリスクに行く前で、それなりに強くはなったはずだがやはり勝てなかった。そしてウルスラ姉さんが失踪したのは姉さんが失踪する約二年前ほど前だ。

 

「今の私は《星脈世代》だからハルお姉ちゃんとも相手できるけど、今の私では・・・無理ね」

 

「オーフェリア・・・・・・」

 

「まあ、それはそれとして是非ともハルお姉ちゃんを見つけてリベンジしないといけないわね。私も、綾斗も。シルヴィアも紗夜もね」

 

「そうだね。まあ、きっと、まだ勝てないと思うけど」

 

「・・・・・・そのときは、綾斗一人じゃなくて、また力を合わせればいいわ。一人で無理なら二人で。二人で無理なら三人で。三人で無理なら四人で・・・・・・ね」

 

「そうだね」

 

「・・・・・・綾斗、困難な時にはそうやって協力しなさい。私やシルヴィア、紗夜以外にも、きっと力を貸してくれる人はいるはずよ。もちろん、ユリスや、イレーネもプリシラも・・・・・・いろんな人がね」

 

「ああ」

 

オーフェリアは微笑みながらそう言った。

俺はオーフェリアの言葉を心に受け止め、軽く、一言で返した。

 

「・・・・・・取りあえずは、明日の準々決勝に勝たないといけないわね」

 

オーフェリアの言葉に、《黒炉の魔剣(セレス)》を取り出してウルム=マナダイトがキラリと輝く発動体を眺める。

 

「明日のあの双子。気を付けてね」

 

「ああ。ありがとうオーフェリア」

 

隣に座ってエールを掛けてくれたオーフェリアに軽く微笑んで返した。

 

 

 

 

 


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