ルーントルーパーズ 自衛隊の戦い 作:銀低
『そう…貴方たちなのですね…』
「え?」
食事中の蕪木の耳に突然少女らしき声が聞こえた。一瞬空耳では無いかと混乱した。蕪木ははっとして顔を上げた。加藤がスプーンを宙に浮かしたままぽかんと口を開けて、ある一点を凝視していた。加藤の視線の先には夢で見た翼のはえた少女が立っていた。
「なっ!?」
少女は裸足で長テーブルの上に立っていた。向かい合う幹部たちのど真ん中である。
士官室内はパニックに陥った。ほぼ全員が椅子から立ち上がり、急いで艦内電話で必死に不審者が士官室に侵入したと叫んでいる幹部もいた。
「お、おい!誰だお前は?!どうやってここに侵入した?!」
「司令、下がってください!」
ここにいる士官は全員がこの少女を見た。夢の中で。
『貴方達に託すしかないのです』
少女はそう呟いたが、士官室にいる全員がこれを聞いた。それと同時に士官室や艦内の照明が全て非常時の赤色灯に切り替わり、サイレンが鳴り響いた。そして、士官室の外の廊下を誰かが走り回っていた。
「託す?何をだい?」
サイレンが鳴り響く中、冷静な加藤が少女に尋ねた。そして、加藤を少女の優しげな瞳が捉えた。そして、加藤に呟いた。
『ごめんなさい…』
何故かサイレンが鳴り響いているのに、それだけは聞こえた。
突然、サイレンが鳴り止んだ。その場にいた全員が、背中に嫌な汗をかいた。
少女の口は何か不思議な旋律の歌らしきものを口ずさみ始めた。突然、士官室のドアノブがガチャガチャ言い始めた。向こう側から開けようとしているようだが、鍵は閉まっていない。
少女の足元のテーブルが緑色に淡く光だした。
「魔方陣…?」
それは、加藤が読んでいるオカルト雑誌で目にしたことがあるものによく似ていた。
士官室のドアが突然勢いよく開き、拳銃で武装した警務隊の隊員が入ってきた。
「何をしているんだ!やめろ!」
警務隊の隊員が机に上り少女を取り押さえようとした。
「だめだ!よせ!」
嫌な予感がした蕪木が叫んだその時。ゆらりと士官室の空間が歪んだ。毒ガステロかと思ったが違った。その歪んだ空間から闇が表れた。その闇は警務隊の隊員を飲み込んだ。白いテーブルクロスを飲み込み、ゆっくりと士官室を飲み始めた。幹部達が次々と闇に飲み込まれていく。
「うわぁぁぁ!」
「やめろ!やめ、うわぁぁぁ!」
まさに阿鼻叫喚の光景だった。
「し、司令!逃げてください!ひょああぁぁぁ!お助けぇー!?」
とうとう加藤も闇に飲み込まれてしまった。蕪木は艦内電話を握り、総員退艦を命じようとしたが、闇に飲み込まれ、意識を手放した。蕪木は死んだと思った。同時刻、米軍艦隊の所にも黒い霧が発生し、米軍艦隊も消失した。空母と一部の艦艇を残して。
◇
「う…」
仰向けに倒れたまま、久世は目を覚ました。
彼は最初、自分が俯せに倒れていると勘違いした。視界が何かに遮られていたからだ。だが、背中に輸送艦のざらざらした甲板の感触が伝わってきた。視界を遮っているのは闇だった。だが、5秒程で闇は消えた。
「はっ!?」
思い出した。あの自分を覆っていた闇はミサイル護衛艦いぶきから溢れだしたと言うことを。周囲を見渡す。あれに飲まれる前は確か第一甲板上に固定してある車輌の固縛外れや、車輌の点検を行っていたはずだ。久世は取り敢えず立ち上がった。倒れていた所の横にある軽装甲機動車は既に点検は終わり、次はそのとなりの高機動車の点検をしなければいけなかった筈だ。
頭に違和感を感じた。頭に手を添えると自分の髪の毛に当たった。そうだ!ヘルメットがない!ヘルメットを無くしたら只ではすまない。急いでヘルメットを探すが、中々見つからない。まさか、海に落ちたんじゃと思い、海の方を見ると、あった。転落防止用の柵の鎖に顎紐が引っ掛かっていた。危なかった。
部下たちに異常はないか確認しようと急いで艦内に続くハッチに向かおうとした。
突然勢いよくハッチが開いた。
「久世三尉!こんなところにいたの!」
突然、背後で女性の声がした。振り向くと若い女性が立っていた。
「い、板井中隊長?!」
彼女の姿を見るなり、久世はそう叫んだ。
「…叫ばなくてもいいじゃない。何もなかった?」
「は、はい!異常ありませんでした!」
「なら良かった。さあ、艦内に戻りましょ」
彼女に腕をがっしりと掴まれ、連行されるように艦内に連れ込まれた。彼女は防大にいた頃の先輩にあたる人物だ。彼女には格闘訓練で未だに勝ったことがない。
やがて、第一甲板から二人の姿が消え、第一甲板には陸自の車輌しか居なくなった。