稲代実業 対 青道高校
この二チームの戦いは事実上の決勝と言われていた。
優勝候補筆頭青道高校、投手力に多少の難はあれどドラフト上位指名が間違いないといわれている東に、長峰。二年生にはクリスや結城全国屈指の打撃陣擁する青道は数年ぶりの甲子園に王手をかけたと言われていた。
対するは稲代実業高校、青道と市大三校の二大勢力に割って入ろうとここ数年力をつけてきた高校。
それでもプロ候補に名を連ねるモノもおらず、バランスのとれたチームと言った印象で青道有利は変わらないというのが大方の予想だった。
しかしその予想を覆す要因もそろっていた。
一つ目は安定性に欠く青道のエース、今川。好不調の波が激しく大一番を任せづらいエースという爆弾。
二つ目は復活を遂げた稲実のエース、北野。この一年間磨き抜かれたコントロールを武器に抜群の安定感を誇るエースは必ず試合を作る。試合にさえなれば、強力な打撃陣に試合を壊されなければジャイアントキリングはあり得る。
三つ目は稲代実業が市大三校に勝ったと言うこと
球場を曇天の雲が覆っていた。
この夏は今川という投手にとって、なんとなく中学時代を思い起こさせた。
優勝候補のチームに名前を連ねながら、チームメイト頼りのポンコツ投手と後ろ指をさされていたころを。そんなことを言ってきた奴らを完封してやった時のことを。
マウンド上、左手でボールをはじく。
根拠はないが今日は行ける気がしていた。ボールは走り、腕が振れていた。
初回、稲代実業の打者は青道バッテリーの手のひらの上で踊らされた。左打者は背中からボールが来るかのような軌道に全く対応できず、右打者は膝元へのカーブに面白いようにからぶった。
アンダースローの投手の利点とは何か、それはやはり球の軌道だ。まるで土の中から浮き上がってくるかのような独特な軌道。そこからさらに今川のカーブは落ちる。全身を使い投げ込まれるボールは縦に落ちるスライダーのような回転がかかっており鋭く縦に落ちる。下から上に、そしてもう一度下に、人間の目線を外すような軌道が体の近くを通ると自然と見失ってしまい空振ってしまう。
まさに彼だけの武器に稲実の打者は対応できなかった。
これこそが、この武器こそが彼の不安定さにつながっていた。十分な回転数を伝えるためにしっかりとボールに指がかからないといけない。もし力が逃げてしまえばボールになってしまう。しっかりと力を伝えながらインコースにコントロールする。今日の今川はそのミッションを成し遂げることに成功していた。
今川は希少な投手だ。左利きのアンダースロー、この絶滅危惧種のような投手に対して北野はオーソドックスな右利きのオーバースロー。体を縦に使って投げ込まれるストレートとカーブ、緩急とコントロールを操る技巧派の教科書のような投手の北野は初回、その実力を遺憾なく発揮した。
キャッチャーの原田の打者を抑えるためのサインに首を振り、実力を示すためのリードで投げた。
投げられたボールはアウトコースだけに、完璧にコントロールされたアウトローはヒットゾーンに飛ばすことは困難。青道高校の一番打者長峰をはじめにした強力打線の起爆剤を抑えた。
この状況にまず国友監督が動いた。
今川の投球はその希少価値の高さから来る子供だましのようなモノだと見抜いていた。その根拠はボールの分布にあった。今川の投球はほとんどボール球で勝負している、この事実を元に国友監督の出した指示は“見ていけ”というモノだった。
今川が投げるとき、調子を落としやすいのは振ってこないチームを相手にしたときに多い。もちろん振ってこない相手でも抑えることはある、それでも比較的崩れることが多いのは振ってこないチームが相手の時が多い。その理由は投球のリズムが崩れることに起因している、この国友の考え方はほとんど合っていた。
この作戦はリバーブローのように響いてきた。
ジャストミートこそしないが、バットに当たることが増えていく。追い込まれてから二球連続で見逃されたことで置きに行った直球を痛打される。三遊間に鋭く飛んだ打球は見事にグラブの中に収まり、素晴らしい返球がファーストのクラブの中に収まった。
突然飛び出たスーパープレーに会場では拍手が飛び出した。メジャーリーガーのようなプレーだが、彼らのような身体能力によるトンでもプレーではない。長峰のプレーを支えているのはその抜群の体幹、崩れた姿勢でもしっかりと自分の力を伝えきる。
次の打者も徹底して待ちの姿勢を貫いた。今度はより徹底してそれを行った。四番五番と言ったクリンナップを任されている打者がそれを行えることが稲代実業の強さを作っていた。つかみ取った四球、この試合初めてのランナー。
キャッチャーのクリスは自然とショートに視線を送っていた。狙うならゲッツー、アウトコースにミットを構えた。
完全に読まれたコース、踏み込んで振り抜かれた打球は三遊間に飛んだ。反応した三塁手の東は反応したがそのボールは抜けていった。長峰はそれに追いつき、セカンドに送球される。
三遊間に打球が飛んだ瞬間、二塁手の小湊は迷わずベース上に走っていた。信頼関係から来る見事な連係プレー、見惚れるゲッツーでスリーアウト。
拮抗した試合運びに水を指すように雨が降り始めていた。
プロ注目の強打者東、本日初打席。これまでよりもあがるテンション、素振りの一つで観客から歓声が上がる。降り出した小雨を吹き飛ばすような存在感を放つスラッガーは球場を飲み込もうとしていた。
青道高校の現在の三年生で推薦で入ってきた選手は東に長峰、そして今川。
東にとってこの二人はこれまで自分が一緒にやってきた人間とは違うタイプだった。
キャプテンとしてチームを引っ張る。東は背中で引っ張っていくことしか知らなかった、そんな彼は全員に向き合い一緒に歩こうとする長峰や、周りを突き放すように振る舞いながら周りに気を配る今川。
それぞれにできること、できないこと、それを任せあいながらチームを作っていく。投手陣に気を配り一年生が二番手投手になりながら三年生、二年生から文句一つ出ないように気を配って声をかけまとめ上げる。こんなことは今川にしかできない。チームの守備をまとめ上げ、どんなミスでもカバーするそう言って全員に声をかける。浮き足だったチームの足を地に着けさせる。さらにさっきのファインプレー、こんなことは長峰にしかできない。
じゃあ俺は?俺には何ができる、俺にしかできないことは何だ、大声で叫ぶだけの関西弁の打者か?違うだろ、決まってるだろ、俺にできるのは今ここで打つことだけ。チームを勝たせるために必要な一本を、投手を楽にさせる一本を、行き詰まる投手戦に風穴を開ける一発が飛び出た。
雨脚が強くなっていく。
青道高校 対 稲代実業
二回の裏、ノーアウト 青道高校一点リード