ひねくれ者の大エース   作:鈴見悠晴

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勝負師と勝負所

まさかのエラー、まさかの失点、雨の中揺らぐチーム。締め直すべきキャプテンは信頼する男のエラーに茫然自失。沈んでいくチームの士気を戻したのは……

 

「別に気にしなくても良いんじゃね」

普段と変わらず言い放ったエースの態度に空気が固まった。

「お前、何をいうとるんや。二点負けてんねんぞ!!」

「たった二点差だろ、俺の投球で四回三失点。上出来だろ」

当選のような顔で言い放った言葉に東が怒髪天をつく。

「冗談言うとる場合ちゃうぞ!!このままやと負けてまう、後二点とらなあかん。あの絶好調のエースからや!!」

「何だ、あのホームランはまぐれか?」

「なんやとぉ!!」

エキサイトし始めた雰囲気を止めようと長峰が仲裁に入った。

「落ち着けよお前ら。悪かったよあのエラーは俺のミスだ。今日からだが切れてたから調子に乗りすぎた」

その言葉に火がついてしまっていた東は止まれなかった。

「そらそうや!!お前のエラーがなかったら……せめて、せめてとれるところに投げとったら」

「ハイー、そこまでぇ」

今度は今川が仲裁に入る。

「まぁ、まぐれでとった一点と、まぐれでとられた二点。お前らでマイナス一点、俺がマイナス一点だ」

長峰と一緒くたにされた東がまた声を張る

「待てや、俺はホームランで一得点やろが。何でこいつのミスと一緒に数えられんねん」

騒がしくもめる三人の姿はいつも道理の光景で、いつの間にか雰囲気が戻っていた。

 

「ほら、解散。お前らなら何とかできるだろ」

蜘蛛の子を散らすように去って行くナインの様子に落ち込んだような様子はなく、むしろ笑ってしまっていた。

 

 

(あの人たちはやっぱりすごいな……)

沈みかけていた雰囲気を持ち直させた。

そして、(ドSかよ、あの人)

引っかけさせてショートゴロ。考える時間なんて与えない、さっさと動け。それを示すリード、キャッチャーミットの動きからショートの長峰も気づく。

普段よりも一歩、さらに一歩ポジショニングを下げる。送球を届かせるのが難しいところまで、ミスを取り返すために安全策ではなくリスクを背負う。

「東ぁ、ライン際は任せた。こっちは俺がやる」

 

タイミングを合わせただけのスイング。

極端に三塁側によった守備配置。その逆をつかれる。うまくタイミングを合わせられた打球が勢いを失いながらセンター方向に転がっていく。

絶妙なコースの打球にすさまじい早さで長峰が追いつく。二塁ベースを追い越しざまにグローブから白球が舞う。

小湊がそのボールをつかみ二塁ベースを踏む。残念ながら一塁には間に合わなかったが進塁を許さない守備を見せつける。

次のバッターは揺さぶりをかけようと二球目にバントを仕掛けてきた。

しかし今度はグラウンド状況が青道を味方した。ボールがキャッチャークリスの目の前で止まる。

矢のような送球が二塁に送られまさかのゲッツー、流れを持って行きかけた四回の表だが結果として二失点で終わり試合を決めきることはできなかった。

 

それでも二点差というアドバンテージを握った稲代実業は何とか早く追いつきたい青道をのらりくらりと躱し出す。

四回の裏ツーアウトで迎える前の打席でホームランを打たれた東に対して、初球インコース高めへの直球。

予想外のコースに東のバットが空を切る。

マウンド上で笑っている北野を見て挑発されたことに気づいた。東の眉間にしわが寄る。

二球目はアウトロー、見事に対角線に決められ手が出ない。

頭に血が上っても東は思考を止めるようなことはなかった。対角にきれいに決められ、二球連続で直球、ツーストライクと追い込まれて、相手は外して様子を見ることもできる。しっかりとした状況判断とセオリー、しかしその思考を逆手にとられた。

インハイからアウトロー、ピンポイントで投げ込まれた対角の最も遠いところ。

もう一度そこへ、対角から対角へ、勝負を仕掛けたインハイへの直球。

東は読み合いで負けた。それでも反応し、バットに当てる。ボールは高く上がった。

東の悔しがる声が響き、ボールは二度目の戦いの勝者の手に収まった。

 

五回の表、今川の投球……ではなくクリスのリードが冴え渡る。

徹底したインコースへの直球勝負。ここまでの決め球としてのカーブと見せ球の直球の役割を変える。

低めのカーブでカウントをとっていく、二人目の打者はこれに無理に手を出したが結果はファーストゴロ。辛抱強く待った一人目と三人目は高めの直球にやられて外野フライにおわった。

「ナイスです」

こういうリードをしたときはしっかりとアフターフォローもしておく。

「外野まで飛ばされたけどな」

意外とプライドが高くムキになりやすい人だが今日は大丈夫だった。

「それよりそろそろ来ると思うぞ」

「なにがですか?」

「相手投手の限界」

 

この台詞を証明するかのように次の回に北野の投球に隙が生じた。

五番打者の結城を相手にコントロールが乱れる。二級連続で外れてフルカウントになる。どこか持ち前のコントロールを失い始めた北野だったが、駆け引きでしっかりと勝利をつかんだ。

マウンドを外し、じっくりと時間を使う。時間の使い方、負けているチームの打者心理を的確にあおっていく。

最後のボールはここまでと比べれば多少甘く入った。普段の結城ならば間違いなく打つことができただろう。しかし気持ちがはやってしまっていた。結果としてバットにかすることなくキャッチャーミットに吸い込まれた。

この若干のコントロールの乱れは六番、七番の打者を相手には見られなかった。

青道バッテリーは分析をしていた。

「……結城だけでしたね」

「結城を相手に乱れることが問題だろ。お前もあのボールは打てるだろ」

「でもその後の投球されると打てませんよ」

「お前は、だろ。長峰か東なら打てるよ。つまり大事なのはその二人の前の打者、俺とお前だよ」

 

六回の表、稲代実業の攻撃。北野に疲れが見えだしたため投手交代のために何とかもう少し点差をつけて起きたいと考えて、一歩前のめりになってしまった打撃陣がクリスの手のひらの上で踊らされる。上下左右にしっかりとボールを散らされる。

特に苦戦するのが高めの直球。意表を突いて投げられるインハイの直球に最初のバッターがフライに打ち取られる。二人目の打者は低めに落ちていくカーブを引っかけてしまい内野ゴロに終わる。

三人目の打者がようやく低めにカウントを取りに来た直球をうまく運び出塁する。

ようやく出た走者ということでダメ押しのために少しだけリードが大きめになっていた。ツーアウトという現状から来る油断が少しだけ出ていた。

クリスから鬼のような送球が一塁に飛んだ。

まさかのアウトの形に球場がざわついていた。

 

六回の裏、球場のざわつきが収まる前に勝負を仕掛けたかった今川が誰よりも先にベンチに入り、八番バッターの小湊の用具を渡した。

「小湊、できるだけプレッシャーをかけろ。甘いボールを絶対に見逃すな、それと難しいボールは堂々と見逃せ」

このアドバイスは本当によく効いた。ここまで難しいボールでも振ってきた打者が突然難しいボールを堂々と見逃す。カウントが悪くなってきたことが影響したのかバッテリーミスが出た。後逸されたボールが原田の後ろを転がっていく。

「走れ!!」

今川の言葉が止まっていた時間を動かした。小湊が一塁に頭から飛び込んだ。

ノーアウト一塁で九番打者の今川に打席が回ってきた。

監督の片岡の頭には交代の二文字が浮かんでいたがその考えすぐにを打ち消した。

今川の表情からいつにない集中が見て取れた。勝負を見てきた経験からわかる、今日の試合を決めるのは間違いなくエースナンバーを背負うモノだと感じた。

(今川お前にたくそう)

送ったサインは自由にやれ。それを見た今川が大きくうなずいた。

そんなこの大会未だノーヒットのエースのバッティングは稲代実業のバッテリーの警戒の中に入っていなかった。

彼らの警戒心はNextバッターサークルで集中を高める長峰でこれを油断と呼ぶには小さな、しかしはっきりとした隙が生じていた。

 

(わかるよ、いやだよなこの状況で長峰の相手するの。いい加減つかれてきたろ、楽に討ち取りたいだろ)

バッターボックス内で一人、視線すら合わせないバッテリーの思考に思いを寄せる今川

(どいつもこいつも粘る、球数を投げさせてくる。これまで何千回、何万回としてきたスイングを感じさせられるストレス、半端じゃないよな、よく知ってるんだよ)

敵エースがマウンド上で首を横に振った。

(自分のコントロールに自信があるんだろ、絶対に抑えられる打者に、絶対に打てない球を投げ込むだろ、だってあんたはエースなんだから)

仮説が確信に変わる。リリース前から大きく踏み込んでいた。アウトコースへのまっすぐがきれいにはじき返される。

「嘘だろ」

原田の口から驚きの言葉が漏れる。

ライナー性の打球が左中間を突き破っていき、小湊が二塁を蹴り三塁に向かう。

ボールをつかんだレフトが雄叫びとともに三塁に送球する。滑り込む小湊、判定はセーフ。値千金のツーベースヒット、ノーアウト二、三塁のビッグチャンスにゆっくりとこの男がバッターボックスに向かい歩いて行く。

『一番バッター、長峰君』

スタンドからの応援が激しさを増す。青道高校この試合初のビッグチャンス。二塁ランナーの今川は長峰に左手を突き出していた。

そのジェスチャーを見た長峰は今川の言いたいことをなんとなくではあるが理解していた。

(要は見せ場は作ってやったぞ、ちゃんと決めろと言ったところか)

長峰はチームトップクラスのセンスの持ち主だ。普段彼は打つボールを絞ることはしない。そんな彼も今回は、今回だけは狙いを絞った。狙うのは相手が一番自信を持っているボール、ウイニングショット。

次は相手のウイニングショットは何か、カーブか直球のどちらか。

この二択の中で長峰の直感が告げていた。頭の中で浮かんできた場面、東がピッチャーフライに終わった場面。ここまでの自分の思考の流れを全て無視した純粋な欲求。

あいつが打てなかった球を打ってみたい。

うちの四番を討ち取ったインハイの直球、柄にもない一点読み。初球カーブがアウトローに決まる、普段の彼なら反応できていた。しかし彼のバットは動かない、その沈黙がキャッチャーの原田の不安感を、そして投手の北野の闘争心を煽った。

リスクを避けるリード、アウトローへのサインに北野は首を横に振った。市大戦以降自我が芽生えたように自らの要求を伝えてくるエースがこのときばかりは目障りだった。

原田の目の前には二つの選択肢が見えていた。一つはタイムを取り話し合うこと、北野は賢さを持つ投手だ。しっかりと話をすればきっと折れてくれる。きっとこれが正解、しかし正解を選んでいるだけで甲子園に行けるのか?ここでドラフト候補を討ち取ることでしっかりと自信と勢いを手に入れたい。

原田はブレーキを踏まずに、あえてアクセルを踏んだ。

二球目カウントをとる、しっかりと一球目のカーブを見せつけた上でインハイの直球。

網にかかった。

バットが振り抜かれた。

(クソッ詰まった!!)

もう一度左右間をボールが転々と転がる。しかし深くまでは抜けなかった。レフトの選手の捕球が早かった。

長峰は一塁で足を止めて、今川は三塁を蹴った。

レフトの選手の送球はもうすでに放たれていた。セカンドの選手が送球をつかみホームへと送った。

ホームでの交錯、今川のからだが地面を滑る。原田のブロックをかいくぐり一度はホームを通り過ぎ、懸命に右手を伸ばし、人差し指がホームベースを確実に触った。

審判の判定は、セーフ。

この隙に長峰は二塁に足を進めていた。

二塁上で長峰は大きなガッツポーズをとっていて、ホームベース付近で今川と小湊が歓喜を爆発させていた。

揺れる球場、歓声が轟く、スタンド上では三年生のうちの数名が涙を瞳にためていた。

喜びを爆発させるチームメイトを見ながら東は悔しさをにじませていた。長峰の打った球が自分が空ぶったボールだということに気づいていた。長峰の視線と東の視線がぶつかる。信頼する仲間の同点タイムリーに喜びを表せない自分が情けなかった。

 

このお祭り騒ぎの中、国友は動いた。北野をライトのポジションに交代させ、投手交代を行った。ブルペンから走ってくる投手はまだ線の細い一年生だった。

ベンチの御幸が水木の肩をたたきながら声をかけた。

「おい、あいつだ。あいつが成宮だよ。お前とよく比べられてるだろ」

 

後の都のプリンス、成宮がいまマウンドに登る。

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