四月、桜が満開のシーズンを迎え新入生の一年生たちもようやく基礎練習になれてくる。ランニング一つとっても少しづつだが差が開き始める。走り終わり息を切らして倒れ込むモノ、余裕の表情で次の練習に参加しようというモノこの時期にはよくある光景だが少し騒ぎが起こっていた。
「どうしたんでスか、あれ」
その騒ぎに対して傍観の姿勢をとっている結城は何が起こっているのかを説明した。
「どうやら去年のこの時期に一年生と2軍メンバーの試合があったと聞いた連中がいてな、俺たちにも試合をやらせろと騒いでいる」
「やらせるんですか?」
この問いには監督室から戻ってきたクリスが答えた。
「監督は今週末にやるつもりみたいだな。あいつらだけじゃない、2軍の連中も練習に力が入っていただろう」
「それ、俺は聞いてないんすけど」
2軍メンバーたちの様子から普段よりも気合いが入っていたとは思っていたが、肝心の試合の話を自分はまだ聞いていないことに少し眉をひそめる。
「お前はまだ別メニュー調整だろう。下手に伝えたら自分が投げると言い出しかねん、怪我が癖にならないようにこのタイミングでしっかりと治せ」
クリスの言葉に反論する。
「もう完治してますよ、みんながちょっと大げさすぎるんです」
あきれたような雰囲気を出してくる水木だが、これに流されてはいけないとクリスはこの一年で学んでいた。
「駄目だ。お前の練習メニューは来週まで別で調整させる、関東大会には間に合うんだ我慢しろ」
その強い言葉に水木はただ頷いた。
そんな水木に熱い視線を向けている一年生がいた。
「去年水木さんたちはこの試合で結果を出してスタメンに抜擢されたんだ。俺たちにもチャンスはある。相手は2軍だ、何とか勝とうぜ」
一般で入ってきた部員が言った言葉に一部の部員が沸き立つ。
「そうだそうだぁ!!俺に先発させろぉ、絶対に抑えてやる」
中心にいたくせっ毛と猫目が印象的な一年生沢村が吠える。
どうやって活躍するかそんなことを考える一年生が多い中、冷静にこの試合を受け止めている一年生もいた。
(さすがに楽観的すぎじゃないかな……)
自分の兄が青道でレギュラーになっていることを知っているし、青道の試合も見に行った。さすがにそのメンバーよりはレベルが落ちるだろうが2軍とはいえ強豪校、勝つイメージは全く浮かんでこなかった。
日が沈み自主練を始めるもの、スマホをいじるモノ、勉学に励むモノ。各々が自分のことに時間を使い出したとき、部員用の自動販売機の前。
「それで、何のようだよ。勤」
水木の前に立った一年生は、一年生に見えないほど大きな体の持ち主だった。
「お久しぶりです、優大君。……地元から追いかけてきてくれた後輩ですよ。もっと優しくしてくれても良いんじゃないですか」
貼り付けられたような笑顔を見せる一年生を鼻で笑い飛ばす。
「あほ抜かせ、お前はただ単純に兄貴から、岩崎実という偉大すぎる兄貴から逃げてきただけだろ」
そうこの一年生は去年の甲子園でベスト4、春の甲子園優勝校の桐生高校の絶対的な四番岩崎実の弟、今年の全中優勝チームの主砲、名前を岩崎勤と言った。
水木の言葉に勤は顔色を変える。
「それでいいですよ、間違ってないですから……本題に入りましょうか。俺はこの試合に勝ちたいと思っています。できるだけ早く1軍でやりたい、何かアドバイスをいただけませんか」
後輩の顔から見える真剣な表情と視線に少しぐらいならと口を開く。
「監督は結果よりも内容を重視して今回の試合を見るつもりだよ。お前らがうちの2軍相手に勝てるわけないからな、なんせ川上が投げる。……俺が怪我をしてる間うちの投手陣を支えてきたのは伊達じゃないぜ」
「わかっているなら手の打ちようはあります。すぐにそっちに行きますから待っててください」
言い捨てた彼は一度頭を下げるとランニングを始めるようで走り出した。その後ろ姿を水木はただ見つめた。
△
来る週末、2軍対新入生が始まる。
この試合に出場する2軍メンバーは青道高校の中で1軍になれなかったモノと、1軍を目指すモノの2つのパターンで構成される。この学校に集まるモノはほとんどが中学時代に自分の実力を証明している。確かな自信を持って入学してきて、自分よりも大きな才能を目の当たりにする。今の二年生は水木を、三年生はクリスを、そして去年の卒業生は東や長峰を、彼らの才能を見せつけられた。そして中にはその圧倒的な差に心が折れてしまうモノもいた。
新入生はそんな心が折れてしまった2軍のメンバーと練習をともにしていた。だから心のどこかでなめてかかっていた。そんな彼らと試合をするのは目指すモノだった。
2軍チームで先発を任されていた川上はほぼ1軍の投手と言っても過言ではない。去年の新人戦から先、ずっと1軍でやってきた。遠征にも参加し、強豪校や名門校と言った連中と鎬を削ってきた自負があった。今更新入生の相手なんてしていられない、俺が戦う連中は上にいると気迫たっぷりに投げ込まれるボールを新入生は全く攻略できなかった。彼らは川上に変化球を投げさせることすらできなかった。
逆に新入生チームで先発を任されたのは東条という一年生。彼は今年の新入生の中でもかなり期待されている選手の一人、東京代表としてプレイしチームをベスト4まで導いたエースだ。しかし、中学で良い投手ぐらいでは高校で即戦力にはなれない。
一番の楠がヒットを放つと、二番の木島が送りバント、三番の御幸が右中間を切り裂く長打を放ちワンアウト三塁で先制。この状況で迎えたのが四番前園、彼のバットから快音が鳴り、打球はバックスクリーンに突き刺さっていた。
その打球を2軍側のチームベンチから見送り水木はつぶやいた
「ほらな、勤。お前一人じゃ勝てないんだよ、さっさと動かなきゃ試合にならないぜ」
ほかの1軍メンバーがフィジカルトレーニングをしている中、一人だけ練習を禁じられた水木はただ試合を眺めることしかできず、あまりに予想道理の展開に口からはあくびが漏れた。
しかし、彼のつぶやきが聞こえるはずもなく岩崎勤は淡々と守備をこなした。一回が終わる頃には7点差という絶望的な点差がついていた。
新入生の中で唯一川上と勝負ができる打者である岩崎の第一打席。
川上は岩崎が警戒に値する打者だと気づいていた。そこで初球から勝負に出る胸元のシンカーを投げ込む。これを岩崎は腕を折りたたみ体を回すことで捉えるが打球は三塁線を切れていく。
二球目はアウトコースにボール一個分ずらしたボール球、そのボールを岩崎は完全にミートするも打球は一塁線を切れていく。
「それがお前の対策かぁ」
非常に良いコントロールを持っている川上にストライクゾーンの中で勝負すればボール一個分の駆け引きで負ける可能性がある。そこで彼はストライクゾーンでの勝負ではなく、自分のヒットゾーンでの勝負に切り替えた。ストライクゾーンよりも一回り大きいヒットゾーンを持つ彼が自分のゾーンに入ったボールを全て打てば球審頼りの見逃しもなくなる。そういう考えだったのだが……
「それは悪手だよ」
ここまでの二球、結果として川上はボールゾーンにしか投げていない。見逃していればツーボールのところ自分から手を出してカウントを悪くした。そしてここまでの二球で仕留め損なったことから気づかなければいけない。川上のボールを相手にしたとき勤のヒットゾーンはずいぶん狭くなっていることに。
川上の投じた三球目はアウトコースの甘いところにかなりのスピードでやってきた。ここまでの二球との球速差において行かれぬようバットを振った岩崎だったが、そのバットにボールが当たることはなかった。コースは完璧だったはず、そう思い振り返った岩崎はキャッチャーのミットの位置に驚きを見せた。
甘めのアウトコースの直球を止めたはずのキャッチャー御幸のミットは甘めどころか完全にボールゾーンの位置でピタリと止まっていたのだ。
その光景を見た水木はため息を一つ吐き出し、球審を務めていた監督の元へ向かった。
「新入生の方、俺が指揮しましょうか?さすがにこのままだと練習にもならないと思いますけど」
この言葉に少しばかり悩んだ監督は彼が投げないと言うことと全員を使うことを条件にこの提案を許可した。
この条件を守りながら三回で内野陣を交代させ、的確な指示とアドバイスで投手陣を機能させる。しかし、指示する人間が一人いても実力が一気に伸びるわけではない。いくら対策を練って、勝ちを狙っても徐々にその実力差が如実に数字になって表れていく。
結局一点も取れず、9点差をつけられ惨敗した。
新入生の中で目を引いたのは見事に川上と勝負ができた岩崎、試合を成り立たせた一年生投手二人剛速球を投げる降谷と天然のムービングボーラー沢村、唯一ヒットを記録した小湊春一の四名。与えられたチャンスはたった一度のチャンスを確実にモノにした連中だけが2軍に合流が許された。
夏の甲子園予選、選手の枠は僅か20。彼らはここから先当落線上の選手たちと激しい1軍争いをしなければならない。
岩崎は青道の未完の大器、威圧感と長打を武器にする前園、降谷と沢村は川上に丹波といった経験豊富な実力者たち、そして小湊は兄譲りの守備力をもつ木島と自らの場所をかけた戦いを繰り広げなければならない。彼ら全員が1軍で戦うに値する実力、もしくは才能を持っている。それでも彼ら8人は目の前にある1軍の枠をかけて争い、その半数は出られない。そんな戦いをこの試合が終わった瞬間から始めていた。
2軍で残された試合は計5試合。
その頃、あの怪物は……
一年生の夏の甲子園、打率3割2部、二本のホームランを含む五打点を挙げて一躍日本のスターになると春の甲子園では打率は4割を超え4本のホームランを含む七打点の活躍。
日本中のチームどころかメジャーからも連日スカウトがきていた。
日本野球の歴史上最高の打者、この評価が現実味を帯びつつあり、大阪、近畿、関西いや日本高校野球界の玉座に深く腰掛けていた。
夏の甲子園大本命。春夏連覇を目指す桐生学園がついに全盛期を迎えようとしていた。