ひねくれ者の大エース   作:鈴見悠晴

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桐生と青道

ベンチ裏に陣取りこの練習試合を見ることに決めた沢村たち一行は初回、青道の1軍打線が抑えられるところを見せられる。

一番の倉持、二番の小湊、三番のクリスの三人が簡単に討ち取られてしまう。

「何ですか、あの投手!!うちの打線を完全に抑えるなんて……」

その光景に沢村が驚きの声を上げる。

「クリスさんが詰まらされたってことかなり重いんですねあのストレート」

その沢村を無視して冷静に岩崎は分析をする。

「あの人は館さんいうてな、大阪やと中学時代から長打を打たれないことで有名やった人や」

地元が大阪の前園も驚きなく解説しているのが沢村のかんに障った。

「何で驚かないんですか!!完全に抑えられたんですよ」

声を荒げる沢村に慌てる春一をよそに、前園が反応する。

「あほ、これが全国クラス言うやつや。うちの打撃陣でも簡単には打ち崩されへん、その中でどうやって崩していくか……それが全国クラスの戦いや」

 

全国トップクラスの投手に数えられる館は、中学時代常に水木と比較されてきた投手の一人だ。元々館は直球とフォークボールを武器にして多くの三振を取るスタイルであった、そんな館だが高校に入ってからは打たせてとるスタイルへと変えて成功をつかんだ。

このスタイルは彼の投手としての特性にマッチした。新しく覚えたシュートと直球によるストライクゾーンでの勝負は球数を抑えて試合を有利に長く投げられる投手、彼なりの進化が桐生のエースナンバーをつかませた。

 

一回の裏、水木は余力を見せつつ初回を流しながら抑えきる。

一人目は直球でねじ伏せると、二人目はカットボールで討ち取ると三人目は伝家の宝刀スライダーで空振り三振に切ってとった。

 

「さすがだな……やっぱりお前とは一緒にやりたかったよ」

Nextバッターサークルで水木の投球を見て、岩崎はぽつりと寂しげにつぶやいた。しかし、発言とは裏腹にその目はしっかりと水木の投球の軌道を見ていた。

 

「どうした、今日はやけに立ち上がりが悪いな。お前らしくもない」

ベンチへと堂々と歩いて帰る水木にクリスが心配そうに声をかける。今日の試合に気合いが入っているのはわかるがこの調子だと間違いなく四番の岩崎を抑えられない。

「心配ないですよ、あいつとの駆け引きなんで」

水木の目には春の王者桐生の打者すら視界に入っていなかった。この試合は最初の、この二人の怪物の勝負なのだから。

二回の表、館の投球に青道打線は粘りの姿勢を見せる。

四番の結城が四球を選び、出塁する。

傾斜のついたベンチ裏に座り込みながら岩崎勤は横に腰掛ける小湊に話しかけた。

「俺、結城さんってほんと良い打者だと思うわ」

「えっ、ああうん。そうだね」

「あの自由自在なバットコントロールは兄貴にも負けてないと思う、ほんとに良い打者だ。でも……兄貴には勝てないんだよ」

その言葉に誰よりも反応を返したのは前園だった。

「せやなぁ、お前の兄貴は哲さんよりも良い打者かもしれん。でもお前が超えようとしてるのはあいつなんやろ」

その言葉に岩崎の顔がゆがむ。

「兄貴を、あいつを超えることなんてできないんだよ。兄貴と戦えるのは水木さん……あの人だけなんですよ」

同じように優秀な兄をもつがその兄をしたい、尊敬している小湊には勤の考えが全く理解できなかった。

 

 

五番の増子は球数をしっかりと投げさせ甘くなったところを痛打するも、あまりの球威に詰まらされ驚きの表情を浮かべる。六番の伊佐敷はバットを短く構えて球数を稼ぐが最後は落ち幅のおおきいフォークで三振に抑えられる。七番の白州がうまく流し打ってチャンスを広げるも八番の坂井が討ち取られてしまい青道の攻撃は終わる。

 

(やはり投手としては館君よりも水木君の方が上だな)

腕を組み試合を楽しみながら観戦している峰の脳裏には二年前の水木の投球が思い出されていた。当時の彼の投球で誰一人として打つことができなかったあのカーブを、もしあのボールがあればこの戦いももっと面白くなっただろうに……

その考えが岩崎を水木よりも上の選手、そう考えてしまっていることに気づかずに

 

水木から岩崎への初球、一回の裏に投げていた直球とはまるで違う本気のストレート。

球速自体は143キロなのだがこれまでの投球とは全く違うモノになっていた。それを岩崎はバットに当てる、打球はバックネットに突き刺さる。

水木としてはこの初球で仕留めたかったのだが、さすがにそれはかなわなかった。そんな水木は楽しそうな表情の岩崎と目が合う。

 

「すごいね、あのストレート。降谷君みたいだ」

小湊の発言に沢村が食いつく。

「そういえば降谷はどこに行ったんだよ!!あいつもこの試合見るべきじゃねぇのか」

「あいつは練習に行ったよ、今日出番がなかったのがそんだけショックだったんだろ……お前が追い抜かれるのも時間の問題だな」

勤の言葉に練習に走ろうとする沢村を前園が捕まえる。

「まぁ待てや、こういう先輩の投球を見るってことも成長につながる」

前園の発言に不満をあらわにする沢村の目前で投じられた変化球に峰と岩崎勤が驚きの声を上げ、岩崎実のバットは空を切った。

 

「あれは、あの頃投げていた……」

立ち上がり固まってしまった勤と、目を見開いていた前園。

水木の腕から放たれたボールが異常な軌道を通っていく。普通の一度上がり、そこから落ちるカーブではなく横に一度大きく曲がり、さらにそこから大きく落ちる中学時代の水木のウイニングショットのナックルカーブ。

クリスが何とか体に当てて前にボールを転がしてカウントはツーストライクと追い込む。

 

スライダーと、ナックルカーブという二つの決め球を武器にして戦う中学時代の水木とバッテリーを組んで痛みとしてわかる。あのボールはとりづらい、変態的な軌道を描くあのボールはとりづらく、そしてとれないボールを打てる理由がない。

そして、二年前あのボールをとってきた岩崎にとってあのナックルカーブを打てない理由がない。

二年ぶりに見せた伝家の宝刀、岩崎の意識がそちらにさかれる。

結果、岩崎はスライダーに対応できずにバットがもう一度空を切った。

 

なぜ打てなかったのか、岩崎には見当がついていた。それはフォームの変化、縦に振られた体から投げられるスライダーは縦にストライクゾーンを切り裂く、それに対して頭の中にあったイメージは二年前の横に逃げていくスライダー、空振りは当然。今自分は今の水木ではなく過去の彼と戦っているつもりになっていた。

ベンチに帰る岩崎の顔によく冷えた水がかけられる。

「頭は冷えた」

その声からも怒っていることが確認できるほどに恐ろしい声の発生源は黒くストレートな髪を後ろでポニーテールにしている、桐生のマネージャーで岩崎の彼女の泉有紀だった。

 

(うわぁ、泉さん切れてるよ)

 

桐生選手陣の思考が完全に一致する。

「すまん、集中し切れてなかった。待ち望んだ対戦に浮かれていた」

そんな空気感の中しっかりと謝罪した岩崎を前に泉はようやく笑顔を見せる。

「わかってるならよし。自分で望んでこの試合をやってもらってるんだから、悔いだけは残しちゃ駄目だからね」

そんな会話をしている間に桐生の残りのクリンナップは簡単に三振が取られていた。

 

「ん~、桐生のクリンナップは実が一人浮いちゃうようなこともない日本一の代物なんだけど……さすがに本気の優大相手じゃこうなるか」

「ほんま惜しいことしてもうたなぁ、あんだけの才能をみすみす逃したとは……せやけど何であれが去年甲子園にでれてへんねや、確かに成宮君はええ投手やけど彼に勝てるとは思えへんなぁ」

守備位置に向かう連中をよそ目に首脳陣、監督と泉が会話を続ける。

「何でも故障で投げられなかったらしいですけど……ほんとのところはわかりません。でも本人から聞いたところ下半身のフィジカルトレーニングの結果昔みたいに投げられるようになったらしくて、去年の秋頃はまだあそこまでではなかったみたいです」

 

去年の秋、昔の自分のイメージを取り戻そうと無理をした結果の負傷。そしてそれを成し遂げるためには一体何が必要だったのか……たどり着いた答えが下半身の安定感。安定した下半身から向上するのは投球だけではなかった。その恩恵を受けたのがバッティング、低い重心から鋭い打球を飛ばす。

館の重い直球がはじき返される。飛距離を殺されているがしっかりとヒットゾーンに打球を飛ばす。

打順が一番に戻り、俊足の倉持に打順が回る。無理矢理たたきつけて自分の得意分野で勝負を選択させる。

しかし運が悪いことに飛んだ打球は三塁方向だった。それを見た瞬間水木が何とかゲッツーを避けるべく二塁に走る。岩崎がランナーを確認したときには水木は二塁に滑り込んでいた。そこで急遽一塁に送球されたボールは倉持を追い越してファーストの手に収まる。

そして二番の小湊は最低でも進塁打の監督のオーダーに答えて二塁方向に打球を転がす。

ツーアウト三塁の場面で三番のクリスを迎えた。

四番の結城を警戒してか少し注意が散漫になってしまった。投げ込まれる初球、インコースへのシュートがクリスの腕に当たる。

デッドボールで出塁するクリス、状況は悪化し一三塁で迎えた四番の結城、多くのチームが敬遠による満塁策をとるがここで逃げる投手が桐生でエースの座はつかめない。

一球目、インコースへのシュートを結城が何とか躱す。これでカウントはワンボール

お互いの視線が交わる。

二球目、もう一度インコースへ投げられたストレートがはじかれて一塁線を切れていく、そして最後の一球アウトコースへ投げ込まれたストレートが完全にはじき返されるがファーストの頭の上を越えていく。

ライトの選手の強肩により一塁にいたクリスは二塁でストップさせられるも三塁にいた水木は悠々と本塁に帰還する。

次の打者の増子は討ち取られたモノのしっかりと一点を先制したことには変わりはない。

「増子さん、気にしなくて良いですよ。一点取れたんで十分ですよ」

一点で十分、気力をみなぎらせながらマウンドに向かう水木は野球少年のように楽しそうだった。

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