ひねくれ者の大エース   作:鈴見悠晴

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終幕

二年前、国際大会では岩崎を始めた日本代表打者が多くの投手を大炎上させた。その投手のうちの一人は今桐生にいた。

 

二年前日本相手に5点以上の差を作らなかったチームはアメリカにキューバ、そして台湾。この三国だけ、その中で継投や敬遠で勝負を避けたアメリカとキューバとは違いエースが真っ向勝負を選んだ唯一のチームが台湾であり、その絶対的エースが陽舜臣である。そんな彼は高校は日本の高校で野球がやりたいと主張した。もちろん親の反対もあった。だが陽の決意は固かった。彼は反対意見を押し切りついに日本の強豪高校に進学。そこで待っていたのがあの日自分を打ち砕いた、リベンジを誓った男だった。

 

あれから二年の月日がたった。片言だった日本語もほとんど完璧に話せるようになったモノの、依然としてこの化け物を抑えることはできず、エースの座すら奪うことができないで居た。日本の野球の層の厚さ、そして何より彼らの熱意は自分の予想を簡単に超えてきた。今のエース館さんに負けているつもりはかけらもない。この国で、桐生で磨き抜いた自分の実力はそれなりのものだ。しかし、日本一になり館さんが三年生になったとき今の自分では勝てないと悟った。積み重ねてきた年月が生み出すエースの重み、これは今の自分には出せないモノで今の桐生のエースが館さんだと認めさせるのに十分すぎるモノだった。

 

しかし、勝てないからといってあきらめるような男でもなかった。

背番号10番、陽舜臣。桐生の切り札が今放たれた。

 

 

九番代打 陽舜臣。全くデータにない打者にクリスの顔が曇る。構え方から言っても簡単に裁ける相手ではない。バッターボックスに立った時の水木に近しいモノを感じる。

そんなクリスが慎重に出したサインに水木は首を横に振った。まずは小手調べ、どこまでついてこれるタイプの打者か。水木の勘も告げていた、こいつは油断してはいけないと、全力で戦うべき相手であると、だからこそ一球目インハイへの直球を投じた。

 

空振るのであればそれまでの打者で自分たちの勘が外れただけのこと、もしバットに当たれば警戒すべき相手。もし前に飛ばされればデータを集める必要がある。

練習試合であることを最大限に生かしたこの投球は完全にはじき返された。

水木の頭の上を超えてセンター伊佐敷の前に落ちた打球はすさまじい勢いを持っており、打球の方向が方向なら確実に長打になっていただろう打球に水木の眉間にしわが寄る。打たれるつもりなんて一切なかった、それでもあそこまで簡単に打たれた。しかも一切笑顔を見せることもないあのふてぶてしい態度が水木のプライドを刺激する。

 

確実にランナーに意識が行ってしまっている水木に対し、キャッチャーのクリスは自分の読みの甘さにいらだっていた。このような状況を招くつもりは全くなかった。

ノーアウトの状況でランナーを一塁に置き、打順は一番から、三人で終わらせないと岩崎を相手にランナーを抱えることになる。

ここが勝負の分かれ目になった。状況に意識が生ききらず集中しきれなかった水木が林についに捕まる。

 

ツーアウトながらランナー一三塁で打者岩崎勝負は初球、投げられたカーブがバットに当たり、白球が宙に舞った。

 

 

 

 

「ふてくされるなよ、水木。選抜優勝校相手に引き分けたんだぞ俺ら」

結局この試合を完封することもできず、あからさまなまでに機嫌が悪くなっていた水木に御幸が必死に話しかけるという状況が繰り広げられていた。

「このままだと桐生の奴ら帰っちまうぞ、挨拶もなしで良いのかよ」

自室に引きこもり出てこない水木を何とか引きずり出そうとする御幸だがその効果は一切見られなかった。

 

 

外で騒ぐ御幸の声がなくなってから水木はようやくベッドから起き上がりスマホを手に取った。

決着は甲子園で

送られたメッセージは簡潔な一分のみだった。


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