ひねくれ者の大エース   作:鈴見悠晴

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甲子園予選

夏の甲子園予選。ここまでの大会で結果を出していた青道高校はシード権を有しており、ほかの多くの高校が一回戦を戦っている時、青道高校のメンバーは慎重に調整を行なっていた。

「おらー、調子良いんだけどなー! いつでも試合いけそうなんだけどなー! 」

グラウンド上ではもはや日常の光景になって居た沢村のアピールに3年生をはじめとしたメンバーがヤジを飛ばす。

「うるせぇぞ沢村ぁ、ちょっとは黙って練習できねぇのか!!」

「すんません!!」

この賑やかさがチームの持つ余裕の証。こうして騒ぎながら練習を行なうモノもいれば静かに行なうモノもいた。

 

青道の初戦、先発を任された降谷と丹波は最終調整を終えクールダウンのキャッチボールを行なっていた。

「初めての公式戦先発か、緊張してるか」

「いや、別に……」

ポーカーフェイスを崩さずに普段通りに答える降谷だったが、丹波の投げたボールはグローブに収まることはなかった。二人の間に流れた沈黙を破ったのは丹波の笑い声だった。

「ハハ、悪いな。安心したよ、お前が緊張してくれてて。お前らは好きにやればいい、どんな結果になっても俺たち(3年生)で何とかする」

降谷の落としたボールを拾い上げた丹波はマウンド上で未だに騒いでいる沢村の方に目線を送ったあとに苦笑いを浮かべた。

「沢村、お前今日はもう上がれ。降谷お前もな」

文句を垂れ続けている二人を放置して練習を終えた丹波の背中にある10番の数字。三年前から何も変わっていない数字だが背負うモノが全く違う。その輝きは明るいものではないかもしれない、思い描いたものではないかもしれないが、三年前に思い描いていたモノよりも何倍も美しい輝きを放っていた。

 

 

 

東京都立米門西高校、公立高校ながら野心あふれる千葉順一監督に率いられた非常に手堅いチーム。とにかく何とかして一点を取り、常にリードを保つ試合運びで一回戦をモノにした彼らは二回戦の青道高校戦に向けて切り札を用意し、ジャイアントキリングを狙っていた。

右のアンダースロー投手を用意して先手をとる。なれない球筋に苦戦している間に先制点を奪うという作戦は、監督である千葉順一の哲学が強く反映されたモノで、一見それは青道高校相手にうまくはまったように見えた。

初回青道高校は無得点、三者凡退でその攻撃を終える。作戦通りに進んでいく戦況に笑いが抑えられない千葉監督の前で、マウンドに上がるのは公式戦先発経験が無い1年生。まさしく作戦通り、ここで1点、最低でも1点と取らぬ狸の皮算用を始めた彼の目の前で轟音が響いた。

 

150キロ近い怪物じみた直球がキャッチャーミットを強く叩いた。見たことのないような迫力に誰一人としてバットにかすらせるどころか、振ることすらできずに三者凡退に終わる。

強豪校の選手がもつ圧倒的な実力に流れを強引に持って行かれる。いや、最初からそんな流れなんてモノは最初から握れていなかったのかもしれない。四番の結城から始まる打線が一気にアンダースローを捉え出す。初回の三人はヒットやフォアボールを選ぶことすらできなかったが、彼らはしっかりと後に続く打者に情報を残していた。基本に忠実なセンターから右方向へ何度も打球が飛んでいく。2回に3点を奪い、3回を7点奪って勝負を決めるともう一人の1年生沢村に登板させた。

沢村は結果1失点をしてしまったが、打線がダメ押しの追加点を奪いきって試合をコールド勝ちを決めた。

 

 

 

初戦を危なげなく突破した青道高校は三回戦 村田東高校戦、絶対的なエースをお送り出した。

マウンド上に上がった水木は普段通りの態度を見せる。その姿はスタメンのメンバーだけでなく、ベンチメンバー、応援団のメンバーなどにも安心感を与える。その光景をベンチから見ていた一年生、特に同じ投手の降谷と沢村はその雰囲気に自分たちが前の試合に出場していた時のものとは違うことを肌で感じていた。

 

「しまっていこう‼」

クリスの一言で始まったこの試合はまさに水木の奪三振ショーとなった。5回を7奪三振に切って落とし、完璧な仕上がりを見せると打線も奮起、3回の時点で12点差をつけると御幸、前園、小湊が代打で送り出し層の厚さを見せつけた。

完璧な試合運びにほぼ全員が満足していたが、中には満足できていない者もいた。明らかにクリスに投げる球種を絞られて7つしか三振を取れなかったエースや、代打で出されて三振に終わったうえで本職のキャッチャーではなく外野で起用された控えキャッチャーのように。

 

4回戦 神山高校戦

この試合には三年生の丹波が先発、ここまで一試合も登板していないという不安要素を吹き飛ばし圧倒する7回を投げて完封。逆にここまで連投してきた相手チームのエースはここまでの疲れから鈍くなっているところを狙い打たれた。序盤こそうまく押さえ込まれた打線だが二巡目から確実に捉えだし3回には4点を加えると強打の青道の名をほしいままに粉砕して苦戦すらせずに次のステージへと名前を進めた。

 

 

この大会の一番の大番狂わせは次の試合で起きた。優勝候補の一角、市大三校が無名校の薬師に喰われてその夏を終えたのだ。

 

混沌の甲子園予選がついに幕を開ける。西東京に残った8つのチーム、プロ級の投手や打者も集う中で残るのはたった一チームという過酷な現実が彼らを待ち受ける。

甲子園というすべての球児の夢の舞台に約束、誓い、決意、それぞれがそれぞれの思いを握りしめて、最後の試練に彼らは挑む。




まさか、日間に乗れると思ってなかったのでアクセス数の伸びにこれは夢だと目をこすりました。
皆さん本当にありがとうございます

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