五回の表、ここまでストレート主体で確実に抑えていたが、先頭バッターの門田に四球を出してしまう。
もうすでに球数も九十球に迫っており確実に疲労の色が出てきている。
次のバッターの山田はバントの構えを見せた。
二軍メンバーも最初こそ一年生が相手と侮りを見せていたが、一回の裏の三者凡退で確実に粘り球数を投げさせることを徹底しており、こういったチャンスでも確実に一点を取りに来ている。
しかも、こういった場面で一年生と二年生の一年間の差が如実に出てしまった。
バントと思い、僅かに甘くなったボールをバントの構えから一転痛打され、ランナーに三塁に行くことを許してしまいノーアウト一三塁。
バッターは九番の丹波、第一打席は三振に終わったがバットはしっかりと振れていた打者。警戒心を高めて投じられた初球、ランナーをいきなり動かしてきた。サードランナーは走り出し、丹波はバントの構えをとった。
この作戦には十分な勝算があった。それは水木の投球フォーム、体全体を一塁側に流れながら投げるというフォームの影響で球数を投げさせられた四回あたりから体が一塁方向に流れてしまっていたのだ。
そのため三塁方向に転がされたボールはグラウンド上を転がる。しかも慌てたのか三塁の樋笠のエラーで一塁もセーフ。
この失点に御幸がマウンドに向かう。しかし、水木に慌てた様子もなく、すぐに話を終え戻っていく。
ノーアウト三塁で一番からの好打順で失点も必死、しかしこの場面で水木は隠していたギアに入れ替えた。一番の楠に対しスライダーを三球連続で投げ三球三振。
ここまで投げてこなかったスライダーの変化や切れにバットがかすりもせず、一気に流れを変えるようにスライダーを連投、二番小湊、三番伊佐敷を一気に三振に切ってとった。
この得点で一気に試合が動き出し、五回の裏の先頭バッター前園からまさかの一発。完全な事故ムラン、適当に振ったバットにボールが当たっただけだが、それが柵越えするんだから前園のパワーはすごいのかもしれない……
試合が振り出しに戻ったモノの、残念ながら監督からの指示でピッチャー交代でサードに交代させられることになった。
確かに中学二年まではショートで三番を任されていたがサードはやったことがない。
代わりに投げる投手は川上というサイドスローで、投球練習を見ていてもコントロールはいいもののそれだけと言った印象を受ける。しかもサイドスローの利点のほかにはない軌道もあの球威、球速ではあまり効果が出ないのではないかという予感。
そんないやな予感は当たるもの、川上の炎上一気に三点を奪われ試合の流れが決定づけられた。
七回の裏、白州、水木、御幸の三連打で2点を取り返すも八回、九回と失点が続き最終的に五点差をつけられ敗北に終わった。
試合終わりのダウン、御幸を相手に気持ちをぶつけるように投げた。
「結構いい試合したよな、俺ら」
正直投げたりなかった。これからというタイミングで変えられてしまった。
「ああ、でもしょうがないだろ」
「まぁ、しょうがないか。こんな悔しいの久しぶりだわ」
選手たちのランニングコースの土手の上から声がかけられた。
「負けた気がしないって」
バットを肩に担いだ小湊先輩に、後ろには伊佐敷先輩の姿もあった。
「あんま調子のんなよ、オラァ」
ダウンで投げる横で素振りを始める先輩に下手でトスをした。伊佐敷のバットが豪快な音をたてるがボールは高く上がっただけのポップフライ。
「いきなり投げてんじゃねえ‼」
「援護期待してますよ」
言い逃げをしようと一気に走りだそうとしたが
「生意気だね」
小湊先輩につかまってしまいもみくちゃにされていた。
御幸は気づけばどこかに消えていた。
片岡はスコアブックを片手に持ち、試合を思い返していた。圧巻だったのは五回の表、楠、小湊、伊佐敷の三人を三振に取ったあの場面。ここまであえて投げてこなかったスライダーを多投し圧倒した。正直今のチーム状況ならば即戦力で使いたい。しかし、投げさせられた球数の影響もあったが四回前後からコントロールが甘くなってしまっていたという課題も見えていた。
そこに先ほどクリスの魅力的な提案があった。
投手としての練習のパートナーをやらせてもらいたいという話だった。
正直水木にパートナーとして捕手をつけたいというのは頭の中にもちろんあった。一年生ピッチャーでルーキーから一軍に入りどうしても練習を増やし故障するということは多い、それでなくとも水木は投手経験も少なく、この間まで故障していたという事実。手綱を握るパートナーが必要だと思っていた。しかし、捕手の中で回りに目を配ることができているのはスタメンのクリスだけ。そのクリスもスタメンでクリンナップ、すでに役割も大きくこれ以上背負わせることはできないと考えていた。
だからこそ本人から組ませてくれと言われたことはかなり楽になった。
ここでクリスが後輩の練習パートナーになったことで自分の練習量が減った結果として将来起こったであろう故障という未来が変わることになる。
「峰ぇ、あいつどう思う」
最近ウエイトトレーニングに目覚めた東はこの試合で塁審を務めた長峰の部屋に押しかけていた。
「なかなかええ投手やろ、オもろい素材や思わんか」
人のベットに勝手に寝転がった友人にため息を隠さず吐ききってから
「良いんじゃない。二年後には日本でも三本の指に入るエースになってるんじゃない」
簡潔に答えた。
「なんや、興味なさげに。もしかしたらあいつがうちの投手事情を解決してくれるかもしれんぞ」
「一年生に期待すんのはやめとけ、そいつは酷ってもんだ。それにうちのエースは今川だろ。監督は俺たちが甲子園に連れて行くんだよ」
長峰は東を残して部屋から出て行った。
「おい、おまえどこ行くねん」
「ウエイトだよ、電気消しとけよ」
「待て待て、俺も行く。おまえだけ行かせるようなことはせえへんぞ」
慌ただしく長島を追いかけ、ドアを閉めた音が響く。
「あんまり乱暴にすんなよ。そのドア前におまえが壊したから大変だったんだぞ」
割と本気のトーンで注意する言葉を軽く笑いとばす
「大丈夫や契約金でその分はしっかり払う、俺はドラフト一位で阪神に行くんや。おまえも阪神から話されてんやろ」
長峰は寮全体に聞こえるほどの大声に顔をしかめ
「これだから関西人はいやなんだよ。そういう話をするつもりはないんだよ」
ヒートアップしていく二人の会話に寮の一年生たちが心配の声を上げる。
「ひゃは、あの二人大丈夫なのかぁ」
その楽しそうな声に横にいた同じ一年生の白州が答えた。
「大丈夫だろう。あの二人はあれがいつも通りだよ。去年の大会でもずっとあんな感じだった」
長峰の後輩で、追っかけだった白州はよく知っていた。人との間に壁を作りがちなあの先輩にはあれぐらい積極的でちょうど良いということを
それと自分にあれだけの積極性がないと言うことも……