ひねくれ者の大エース   作:鈴見悠晴

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覇権をかけた戦い

東京の高校野球ではここ最近三つのチームが甲子園を独占している。一つ目が稲代実業、名将国友監督に率いられた強豪校だ。今年の夏の大会でも大本命といえるだろう。

二つ目が市大三校、地元に根を生やし、ほかの高校よりもスカウトに力を入れることで優秀な選手がそろっている高校だ。

そして最後が青道高校、榊監督の退任後成績が下がってはいるが、それでも十分強い。特にその打撃陣は強力だ。

青道高校は危なげない試合運びで三回戦を突破すると、次に行われる試合を見逃すまいと急いでスタジアムに向かっていた。何せ次の自分たちの相手はこの試合で勝った方なのだから。

 

どうして突然こういうことを言い出したのかというと、大会がくじ引きで決まるトーナメント方式だからこそ、こういったことも起こりうる。

 

三回戦 稲代実業 対 市大三校

 

去年の決勝のカードである。去年は市大三校の打線が稲実の現エース北野を打ち崩して甲子園を決めた。

試合をぶち壊した二年生投手としてまだまだ記憶に新しい。

「さぁ今年はどうなるかなぁ」

ニヤニヤといやらしい笑みを浮かべ客席の一部を独占している妖しい風貌の男がいた。

この男、実はちょっとした有名人。40近くまで社会人野球で活躍した野球人で全盛期はプロ入りの話まであったほどだ。しかしかなりの駄目男、野球をやめた途端仕事も辞め、嫁に逃げられたのである。それでもまだ運には見放されていなかったようで高校野球の監督として来年から指揮を執ることが決まっている。名前を轟という。

そこで偵察と称してこの試合を見に来たのである。最も去年も一野球ファンとしてほぼ全ての試合を見に来ていたためやっていることはそこまで変わっていないが……

 

稲実、市大三校、両校ともにこの大一番にはエースを送り出した。市大三校が送り出したのは二年生エースの真中、彼は初回から自信に満ちた表情で稲実の打者を見下ろして投げていた。140近い直球で追い込み、130前半の高速スライダーで仕留める。多少コントロールが甘くなっても勢いと球威で抑えられるだけのポテンシャル。自信と勢いに任せた二年生らしい投球はどことなく去年そのマウンドで涙を流した北野を思い起こさせた。そんな轟の思いとは裏腹に真中はしっかりと抑え雄叫びを上げた。

逆に稲実の北野からは真中のような覇気や自信といったモノは感じられなかった。その表情は完全にポーカーフェイス、自信も、決意も、去年の負い目も感じさせないその表情からは少し恐怖も感じさせた。

しかし彼の立ち姿は去年の、どうすれば良いのかわからなくなって立ちすくしていた彼とは違い一本の大きな木のようにしっかりと両足で地面を踏みしめて立っていた。

彼の投球スタイルは一年前から大きく変化していた。去年は速球で押して、速球で仕留める。変化球はおまけ、リードなんて知らないと言わんばかりのスタイルだったが、今では技巧派と呼ぶのがふさわしくなっていた。インコースにアウトコース、高低に、奥行きまでを完全に使いこなしていた。

 

「めんどくさい成長の仕方だなぁ」

轟の頭の中ある一年前の夏の。東京予選決勝、良い試合だった。実力は拮抗、僅かな隙も許されない試合だった。お互いに死力を尽くし、手持ちのカードを切っていった。そして最後に残されたのが彼だった。託されたチームの夏、助けもなくたった一人で立つマウンド上、その重圧に耐えきれなかった投手だった。

多くの選手が自分のことに意識が向いてしまっていたため、周りから声がかかることもなく、自分の経験を頼りに、自信か過信かとにかく何かを込めて投げ込んだ自慢の直球は完璧に打ち返された。

縋るモノも、頼るモノもなくなり崩れていった、そんなもろい投手の面影は今の彼からは全くなくなっていた。

 

早撃ちの気がある一番バッターには緩急を駆使し、完全にタイミングを外した低めのカーブで三振に取ると、二番バッター相手には徹底したインコース攻め、最後には手元で変化するシュートで討ち取る。

特に目を引いたのは三番相手の投球、二番相手に見せたインコース勝負が目に焼き付いていることも考慮に入れてか初球はアウトコースへのストレート、132キロ。

二球目はインコースへバウンドするような低いカーブ、124キロ。

一度マウンドを外し打者の気持ちをそらし、コントロールされたスライダーがアウトローへ。

とっさにバットを止めようとした打者だったが、ボールは前に転がりファーストゴロ。初回の攻防だけ見てもレベルの高さがうかがえる。

僅か12球で初回を終えた北野と19球投げさせられた真中。この7球の差が後で響いてくるのが高校野球だ。

それに……

 

「稲実の北野さん、絶対まだ上がありますよ」

スタンドの一角、偵察にきた青道高校の生徒の中にいた水木は、轟同様に北野の投球に違和感を感じていた。

 

「それは球速のことか、北野は去年の秋口に怪我をして以降」

水木の発言を去年の北野をみての推測だろうと判断したクリスが訂正しようとした発言に水木は割り込んだ。

「違います。フォームですよ」

水木の指摘はどこまでも投手の視線からだった。

「似たようなフォームで投げてるからわかりますが、足の運びがおかしいんですよ。もう一歩踏み込んだほうが間違いなく力が伝わる。それにさっきブルペンで投げてるときは足運び普通でしたから」

その発言に周りの人間は絶句している中、轟と片岡は水木の考えよりも一歩先に行っていた。

(もう一歩踏み込めばその分からだが沈む。球速と球の角度を天秤にかけて角度をとったか、てことは角度がある方が良い理由が何かあるってことだ……考えられるとしたらフォークみたいな落ちるボールか、コントロールが悪くなるか)

そんな二人だがやはり一歩先を行く轟の経験、指導者としての視点。これを持つからこそ感じる北野の底知れない感覚。

 

そんな感覚をよそに試合は進んでいく。

二回の表の真中、結果としては点を取られることはなかったものの乗り切れない展開が続いていた。

ヒットも打たれ、四球も出した。球数も投げさせられ打者5人に球数32球、夏の厳しい暑さもあり、滝のような汗が浮かんでいた。

それに対し二回の裏の北野は対角線にボールを散らす投球で完全に押さえ込んでいた。

インコースのシュートにアウトコースのカーブ。低めに集められるボールに視線が下がれば高めの釣り球。丁寧に投げ分けられ、それぞれの球にしっかりと意味が込められており、打者3人に球数17球。未だ余裕を感じさせる北野の投球は強打者の四番にはしっかりとボール球を有効に使い抑え、シュートを裁けていない6番打者は徹底したインコースで遊び球なしと相手のデータに基づいたリードで無駄なく抑えていた。

 

この二人の投手の結果、特に球数の差はキャッチャーと互いの投球の幅にあった。

真中は直球とスライダーの二つを軸に組み立てているが、幅は横の変化だけ。コントロールも荒い物がある以上キャッチャーとしてはしっかりと低めに投げてこいとしか言い様がない。

これに対し北野はシュートにカーブ、しっかりと効いたコントロール。キャッチャーのリードも多くのパターンを出せる投球の幅を持っていた。

この投球の幅を目一杯生かすため稲実のキャッチャー原田は必死にリードを学んでいた。

その生真面目さが出たようなお手本道理の組み立て方ながら、セオリーに従って組み立てられるその配球は確実に市大三校を苦しめていた。

それを最も感じていたのが二年生ながら市大三校のクリンナップを任されている大前である。

打てない直球じゃないという感覚は間違っていない。しかし、その直球が来ない。甘いところに全く来ないのだ。

苦手なアウトローでカウントを簡単にとられインコースのカーブに手が出なかった。

同じ二年生キャッチャーに手のひらで遊ばれているような感覚。そして三振を取りながら一瞥もしない相手投手。見ている観客は互角の戦いを見られて興奮しているが実際に戦っている人間の間では確実に流れができつつあった。




この話は何となく納得はいっていないので訂正するかもです
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