Misfortune Destroyer   作:綿四森

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時間のある時にのんびり書いていこうかなと思います(遅筆)。
多分五話くらいで終わる予定。

世界は短編と同じですが、別鎮守府な上未来なので読んでも推理にしか使えない(ステマ)。

追記:全五話から全五章に変更しました。一話当たりのプロット長すぎました(白目)


Begins:敗走

 人差し指が鋼を引き絞る。瞬間、轟音と衝撃で右腕が跳ね上がる。辺りで連続する水の弾ける音に紛れ、鉄を強く擦った嫌な音が届く。また、誰かの絶叫。

 ふらつく意識を鉄と油の臭いが鼻を突き刺して現実に繋ぎ止める。頭痛に歯を食いしばり右足を軸に進行方向を調整すると、何かが左頬をかすめて血が噴き出す。波に大きく揺らされた足元に耐え狙いを付ける。魚雷発射管のロックを外し、今か今かとその時を待つ。

 

「総、員!魚雷投下、散開、狙わせるな!」

 

 旗艦の叫びに残った魚雷を解放し仲間の射線を開けるよう右方へと動く。ちらと視線を向けた彼女の全身は夕日に染められただただ赤い。彼女は骨が肌を突き破ったままの左腕で槍を一閃。飛来した鉛弾が二分され、一方が側頭部に浮かんだユニットを爆散させる。それに長い髪がちぎれ飛ばされながら彼女は雄叫びを上げた。

 後ろの仲間の悲鳴。肩越しに見れば潜行していたのだろう、二の腕辺りに喰らいつき仲間の肩から先を奪って空中に跳ねた敵駆逐級の姿。

 が、特に表情を変えることもなく雪風は視線を戻した。援護することで隙を晒せば次被弾するのは自分になる。

 

「ア"ア"ア"ア"ァ"ッッッッ!!!」

 

 細やかに鉄のぶつかる音が響き、爆音。問題なく生き残ったらしい。

 冷めた目に映った黒い群れに照準を合わせようとして、目前で上がった水柱に中断される。何か、と見れば爆散した敵駆逐級と魚雷らしき破片。同じ手を使おうとした敵が偶然旋回して戻ってきた魚雷の盾になってくれたらしかった。

 身をかがめて飛沫の影に紛れ、右手に構えた12.7cm連装砲を放つ、放つ。敵軽巡の顔らしき場所が歪む。苦痛を感じたのか煩わしいと感じたのか、すべての主砲がこちらへ顔を向け始める。ガヂッと右手の先で嫌な音。度重なる酷使に連装砲が弾詰まりを起こしたのだ。

 だが対処する時間はない。チャンスとばかりに相手の砲から火が噴いている。全速航行、距離を保って反時計回りに鉛色の雨を躱して弾を強引に排莢し投げ捨てる。

 再装填。反撃だ。そう考えた瞬間、ぞわりと背筋を這い上がる悪寒。

 

「雪風!避けて!!」

 

 知覚するすべてが妙に遅い。

 視界の端を焼くマズルフラッシュ。

 自分へと向いた砲から鉛が飛び出す。頭を貫かれるな、と紙飛行機のようにまっすぐ飛んでくる砲弾をのんきに眺める。回りながら落ちてくる廃棄した弾がまるで残された時間を知らせるタイマーのようで。

 

 衝撃に態勢がずれる。火花が散って折れる鉛色の残像。不発弾が何の偶然か空中で起爆し迫る弾を弾いたと理解し、遅れてわき腹と背に熱を感じた。妖精さんが艤装の今壊された場所を直そうと駆け回っている。

 薄緑の錠剤をポーチから取り出し飲み込む。灼ける感覚が徐々に引いていく。

 

「雪風は、沈みませんよ」

 

 どうせ、ね。小動物を思わせる顔立ちに似合わぬニヒルな笑みを浮かべる。

 轟音。複数の水柱が上がる。魚雷が着弾したのではない、防がれたのだ。だがそれは予定調和。相手の強さを信じた上での目くらましの策。

 先程の軽巡が水のカーテンを飛び出し、叢雲の槍に斬り裂かれて悲鳴を上げる。

 

「今よ!」

 

 肩を喘がせながら一斉に遁走に入る。既にほぼ全員満身創痍で戦えたものではない。故に打ち立てた作戦は撤退のためのもの。警戒陣を逆向きにしたに近い陣形に素早くまとまり速力を上げる。

 叢雲が鉄臭い泡を吐き出しながら無線を鎮守府へ繋ぐ間も、未だに追撃の雨は止んでいない。付近にいくつもの水柱が立つ中を傷の深い者には肩を貸し、雪風と菊月を殿に迎撃の弾幕を張る。殲滅の命令が出ていないのか、深海棲艦はそれぞれ防衛している範囲外には基本出てこないのが幸いだった。

 それまでの辛抱。片腕分体の軽くなったままの菊月をフォローするよう、雪風は機銃と主砲を加熱させ空中に無数の火花を描き出す。日が落ちるほどに追撃の手数は減り狙いは荒くなる。 

 

「こちら叢雲、被害甚大につき作せ、げふっ、続行不能、撤退よ。回収部隊を」

「ちょっと……しっかり、まだ終わっ、ぐっ……」

「まずい……! この子息が……!」

「貸して、何とかする!」

 

 暗い空が彼女らを迎え闇に包み込む。終わらない戦いに仲間たちは今日も傷つき、倒れていく。

 この地獄に夜明けが訪れる日は来るのだろうか。

 星の光が雲に抑えられた空を見上げ、雪風は憂えた。

 

 

 ベッドに腰掛け足をぶらぶらとさせる。自身以外の居ないベッドの並んだ病室。

 弾がすべて貫通し残らなかったので雪風の治療はすぐに終わったが、他の彼女らはそうもいかなかった。まだ緊急治療は終わっていないのだろうか。

 机の上のマグカップを掴んで窓辺までぺたぺたとスリッパを鳴らし、大して旨くもないインスタントコーヒーを口に含む。相も変わらず苦い。

 幸運など糞喰らえだ。雪風は顔をしかめた。

 

 作戦は失敗したが、露払いには成功したとは言っていいのだろう。深海棲艦相手に意味があるかどうかは微妙だが。どうせ相手は無尽蔵、戦力を補充するのはすぐだろう。そうしてまた自分たちは被害を被る、と。

 敵泊地に襲撃を行う作戦、とは言うが正気の沙汰とは思えなかった。いくら倒そうとも打撃をうけた様子もない、奴らはまるで末期のガンだ。

 マグに口を付ける。

 

 そもそも深海棲艦はなぜ戦いを仕掛けてくるのか。自分たち艦娘とはなんなのか。なぜ戦うのか。なぜ傷つかねばならないのか。雪風自身理解していない。

 誰が知っているのだろう。ただ自分たちはそういう存在だとだけ生まれつき知っていて、そのために指令を遂行してきた。……恐らくは皆そうなのだろう。

 

 考えてみれば不気味なことだった。そうあれかしと生み出され、そのために死んでいく。

 そこに己の意思はあるようでない。まるで火に身を投じる虫の本能のように。

 まるで永遠に終わらない戦いを望む誰かに操られているのではないかと勘繰ってしまう。

 何のための戦いなのか。終わりは訪れるのか。

 飲み干したコーヒーの苦みが残る舌に唾液を転がし、雪風は空に恨めしげな目を向けた。

 

 滑車の音が鳴る。病室の扉が開かれたのだ。誰か見舞いにでも来たのだろうか。顔を後ろに向ける。黒いリボンを付けたロングヘア。痴女じみた戦闘衣とは違い、ワイシャツとジーンズに薄青のパーカー。普通過ぎる普段着の友人がいた。

 

「ん……あれ、思ったよか元気そうじゃん。回復はっやーい」

「あ、島風。まあ被弾も少なかったですから。全部綺麗に抜けてくれたのもあるんでしょうけど」

「うっひゃぁ。相変わらずの運の良さだねぇ、羨ましい。てーかさ、またあの苦いの飲んでるのー? 正気?」

 

 島風はパーカーを羽織った肩を竦める。本当に運が良い、なんて思ってはいないくせによく言う。

 

「苦いからいいんですよ」

「せめてもっとまともなヤツ飲みなよ。言ってくれればついでに淹れるのに。まあ、お見舞いに同じの持ってきた私が言えたことじゃないけどさ」

「あ、ちょうど使い切りそうだったんですよ」

 

 マジ?と何とも言い難い表情をするとともにウサギを思わせるリボン飾りがふにゃりと萎れる。どこかげんなりしたような表情で島風はベッドわきの机に手持ちの紙袋を投げ置いて窓辺に寄って来る。雪風同様に眺めた空では、朝焼けに穢された羊雲が紅蓮に燃えている。

 部屋の中を時計の音だけが響いてしばらく、雪風が口を開いた。

 

「ああ、せっかくだから飲みます?」

「飲むかッ! いや、もっと他に聞くことあるでしょ。仲間のこととかさ」

 

 まったくもう!と島風がむくれるのを尻目に雪風はため息を吐き、話したいならどうぞと視線で続きを促す。

 

「せめて何か言いなよ、もう。……なんとか全員一命はとりとめたよ」

「そうですか……」

「うん。でもしばらく後遺症はあるかもって。艦娘だから治るけど、人だったら一生ものだった、ってさ」

 

 そりゃそうか、と島風の漏らした言葉に沈黙で返す。修復すれば個体の最適な状態に戻れる艦娘であるからこそ常に五体満足でいられるが・・・。いやそうではない。

 

「私たちは……」

「うん」

「なぜ、ヒトの姿になったのでしょうね」

「……さあ。デジタルアーカイブには不明って載ってたけど。ラッキー、くらいしか思ってなかったからなぁ」

「戦いは……もう飽きました」

 

 そもそも人の姿を取らなければここまで苦しむことも無かったのではないだろうか。感情無き死神。鉄でできた破壊装置。あのままであれたなら、と思わずにはいられなかった。

 かつての戦いのように民衆も経済も疲弊し、それでもなお戦いは終わらず。護国の鬼たちも、泥沼の地獄へ突き落したクズと蔑まれることすらある始末。シーレーンが閉ざされたことでの不自由は、増えた国民を平等に潤すことも困窮させる。徐々に物が減り、物価が高騰し、そうして起きるのは奪い合い。悪徳と暴力が横行し、力のなき者はもはや生きれぬ修羅の世界。

 以前とは構造が異なるために軍部はほとんど自給自足に対応できるため民間への負担はほとんど無くてもこのざまだ。それを思うと心が冷える。

 それでも自分たちが守らなければならない。雪風は唇を噛んだ。

 

「ま、そうだよねぇ。……終わんないもんねぇ」

 

 それはどちらの意味なのか。それは彼女にしか分からない。

 解体をすれば、などとはとても言えやしない。退役した軍人が、一般人として暮らしていける土壌もなくなったのが現状だ。軍属志願者ももはや少なく、このままならば提督候補も強制的に徴兵するか孤児を軍人として育成するかになるだろう。

 滅びの流れに逆らい、そして力尽き流されるその時まで。

 艦娘も提督も戦い続けるしかないのだ。

 

「そーいや、さ」

 

 ふいに島風が口を開く。部屋に入る風がリボンの耳をそよがせる。ジャージ地のパーカーを右腕だけまくり、彼女はまっすぐ窓の外へとその細い腕を伸ばした。

 

「レベル99だっけ? そこまで上げて、上限解放すればもうちょっと情報開示されるらしいよー?」

「むしろ、秘匿されてたんですか?」

「らしいねぇ。理由は知らないよ? でも、あんまり広めちゃいけないんだって」

「ふぅん。でもそれ、秘匿されてること含め言わない方が良いですよ」

「他じゃ言わないって」

 

 鎮守府で艦娘にすら秘匿しなければならない情報。島風もそういったものがあるということを知っているだけとのことだ。大方軍事機密だけではなく艦娘や装備の成り立ちやら深海との戦争のデータなどが主だと雪風は推測する。

 事実、過去に着任したての艦娘で構成された艦隊が暴徒に捕縛される事件はあった。その後艦娘のデッドコピーらしきモノが一時期乱入してくることや装備の粗悪な複製品がヒト同士の争いに用いられたこともあった。そういったことを防ぐ意味合いで情報漏洩を防ぐための措置だろうかと言えば、島風も多分、と頷く。

 

「強くなれば、何か分かるのかもしれませんね」

 

 分かるといいね。島風のその言葉が耳に残った。

 知を得ることは強者の特権。

 この日から、戦いの答えを得ることが雪風の戦う理由となった。

 




登場人物

・雪風
好きなコーヒーはインスタントのにっがいヤツ。ブラック派。

・島風
コーヒーはハンドドリップ派。ミルクはその日の気分で。

・菊月
ちょっと体重が減った。気分が悪くなるからカフェインレスしか飲めない。

・叢雲
散髪した。苦くてコーヒー飲めない派。
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