夕暮れの君は、美しく輝いて   作:またたね

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初体験(意味深)

意味深じゃないです(意味深)


初体験

 

 

10話 初体験

 

 

「こ、ここがお家です」

「あ、あぁ……そういえば、実家珈琲店やってるって言ってたな」

 

 あれからファミレスを出た俺達は、2人でつぐみの家へと向かった。練習場所に提案された時は驚いたが、他に代案も出なかったので……何より、つぐみが勇気を出してくれたのだからと、結局つぐみの家で落ち着いた。

 にしても、俺は今まで異性の家を訪れたことはない。ひまりは例外として、だが。世の男子高校生は、こういうイベントに浮かれるのだろうか。浮かれるんだろうな、うん。俺にはまっっったくわからないが。先程から手汗が止まらず、何度もジーンズに掌を擦り付けている。

 

「ほ、本当にここでいいのか?」

「だ、大丈夫、大丈夫!私が誘ったんだから……ほ、ほら、行こう!」

「ああおい、つぐみ!」

 

 そそくさと中に入って行ったつぐみを追って、俺も店内へと入った。

 

 

 

 

 

「ここが私の部屋だよ。あんまり綺麗じゃないけど……」

「いやいや、全然綺麗だから。お邪魔しまーす……」

 

 通されたつぐみの部屋は、普通に整頓されている、いかにも女の子らしい部屋だった。ただ全体的に落ち着いたアースカラーで纏められており、ピンク等の鮮やかな色は少ない。女の子ながらも、大人しめの印象を持つ、如何にもつぐみらしい選色だと思う。

 部屋の中にはピアノとキーボード、両方が兼ね備えてあり、どちらにも譜面が載せてある。その譜面達は何度も捲られたことで紙の端が皺で縒れており、それを見るだけで彼女がどれだけ努力しているのかが伝わってくる。

 

「あ、あんまりジロジロ見ないでもらえると……」

「あ、あぁごめん!そんなつもりじゃなくて」

 

 落ち着かなさが態度に出ていたらしい、確かに人の部屋を眺めて回るなんて失礼だ。

 

「よいしょっと」

 

 そんなことを考えている間に、つぐみがキーボードの横に椅子を2つ並べた。

 

「これでよし!じゃあ陽奈くん、お願いしてもいい?」

 

 つぐみが笑顔で俺に問いかける。いかんいかん、いつまでも浮ついた気持ちではいられない。人に物を教えるなんて柄じゃないが、請け負ったことはしっかりとこなさないと。

 

「わかった──じゃあ、始めよう」

 

 

▼▽▼

 

 

「わかった──じゃあ、始めよう」

「っ……!は、はい!」

 

 明らかに雰囲気の変わった陽奈に、つぐみは思わず敬語で返事をしてしまう。その様子を見た陽奈は、柔らかな笑みを浮かべる。

 

「ははは……そんな緊張しなくていいのに。俺だって君となんら変わりないキーボードの素人なんだから」

 

 そうは言うものの、つぐみから見た陽奈は憧れの対象以外の何物でもない。的確にミスを見抜く“超音感”。自分達に足りないものを見抜き、アドバイスをしていく彼。彼の言う通りに改善してみると、確かに違いが分かる程自分達の演奏がレベルアップしていくのを感じた。つぐみも幼い頃からピアノを続けており、音感もそこそこある方だと自負しているが、陽奈のそれには遠く及ばないとも思っている。自分には、陽奈程的確にミスを見抜いたり、演奏を改善する事は出来ない。

 だからこそ、彼に教えを請えば、自分はレベルアップ出来るのではないか。そう考えたからこそ、つぐみは陽奈に今回の件を提案したのだ。

 

 しかしこれまで、つぐみにとっての陽奈は、とても触れ難い存在だった。

 

 陽奈と初めて出会ってからこれまでの3年間、つぐみは陽奈と個人的に関わりを持つ機会はそう多くはなかった。陽奈はひまりの幼馴染だが、だからといって『Afterglow』の五人と積極的に仲良くなろうとはせず、あくまでつぐみ達が『幼馴染のひまりの友人』に過ぎない、と言うスタンスを貫いていたからだ。

 悪い人ではない、寧ろとても優しくていい人だというのはつぐみも知っている。だが彼のどこか冷めたような、達観したような暗い態度がつぐみには少し怖かった。

 

 だからこそ、つぐみは今まで宮代陽奈という人間を、あまり知ろうとして来なかった。

 

 しかし先日改めて陽奈の音感に触れ、今まで目を背けていた思いに、向き合う事を決めた。

 

 この人は、いったいどんな人なんだろう。

 

 畏怖は憧れへ、憧れは興味へ。

 

 触れ難い存在を、ただの友人に変えるために。

 

 最初こそ、『Afterglow』の為に彼の力は必要だと思った。でも途中から、それだけじゃダメだとも思った。そんな利用するような関係性じゃなくて、1人の友人として仲良くできれば。そんな思いも、今回の提案の理由の1つだった。

 

 そんな事を考えていたつぐみに、陽奈が問いかける。

 

「……じゃあ先ず、キーボードの基本だけど。キーボードはピアノのように、メインじゃない。これはわかってるね?」

「うん……って言っても、本当の意味で意識し始めたのはさっきだけど」

「大丈夫だよ。今から意識していけばいいんだから。じゃあ、キーボードがないバンドの演奏は、あるバンドに比べてどうなると思う?」

「えっ?うーん、どうだろう……」

 

 キーボードの有るバンドと無いバンドの差異。

 つまりは、“キーボードの役割”という事だ。

 改めて聞かれると、返答に困る。何年間もキーボードに触っているのに、こんな問いにすら答えられないなんて。つぐみは、どれだけ自分が中途半端にキーボードを触ってきたのかと自省の念に駆られる思いだった。そんなつぐみの様子を見て、

 

「ま、難しいよな……俺が思うにキーボードは、メロディーを作ると同時に、曲の“ハーモニー”を作っているんだと思う」

「“ハーモニー”……?」

「ああ。キーボードはギターやベースと比べて出せる音の音域が遥かに広いし、様々な音を出す事ができる。俺は理論派じゃなくて感覚派だから上手いこと言えないけど、こう……“綺麗だ”って思わせるのに必要な音を出すことが出来るんだよ」

「う、うーん……?」

「ええと、ゴリゴリのロックバンドがあるだろ?ああいうバンドには、キーボードが無い。するとどうなるかっていうと、ロックサウンド……“カッコいい”曲が出来上がるんだ。そこにキーボードが加わることで、ただカッコいいだけじゃない、“綺麗なハーモニー”が出来上がるんだよ」

「なんとなくわかったかも……?」

 

 つぐみの言葉に、陽奈が安心したように息を吐いた。ひまりから“音フェチ”と称される陽奈の独特の音楽センスは、極限まで感覚派に振り切っている。それを言葉にして伝えるのは、非常に難しいものだった。

 

 だが陽奈の意見は、的を射ているものではある。ピアノの音というのは、日本人にとって非常に聞き馴染みのある音だ。

 以前紹介した“ハモる”という現象。もう少し専門的な話をすれば“ドとミ”がハモる、“ミとソ”がハモると言ったように、ハモる音が定められている。この“ド・ミ・ソ”などの纏まりを“和音”というのだが、他の楽器が複数本使った音を重ねて和音を作るのに対し、ピアノという楽器は両手……十の指を用いて音を出す楽器だ。つまり、理論上一度に10個の音を出す事ができるのだ。

 

 もうお分かりだろう。

 

 そう、ピアノは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 人間の耳は、ハモりを綺麗に感じるように出来ている。故にバンドにおけるキーボードとは、曲が綺麗に聞こえるためのハーモニーを作る役割を担っているのだ。

 

「あとキーボードは、万能屋(オールマイティ)だってことも、わかってた方がいい」

「万能屋?」

「キーボードは、それ1つで多彩な音色を出せるだろ?それは使ってる?」

「ううん……あんまり。どういう風に使ったらいいかわからなくて」

「キーボードは本当に万能な楽器だ。ピアノ、オルガンをはじめとして、弦・金管・木管・打楽器……あと、エレクトロサウンドとかいろんな音を鳴らす事ができる。更に右半分がピアノ、左半分はトランペットの音みたいな細かい設定もお手の物。これを使いこなせるかどうかで、キーボードの技術の優劣が付くこともある。だから曲によってどんな音を使うかも皆で話し合ってみたほうがいいかもしれないぞ」

「なるほど……参考になるなぁ」

「あとは……そうだな、弾いてる時の意識だな。常に皆でメロディを作っているのを自覚し続けること。その中で、ここは自分の音が響いた方がいいのか、それともギターの音を押し出して自分は裏に徹した方がいいのか……鍵盤のタッチで音の鳴り方とかも変わるから、そこら辺の意識も大事にした方がいいと思う」

「あ、ちょっと待ってね」

 

 陽奈が語る一言一句を、つぐみは手元のメモへと書き記していく。

 

「……なんか恥ずかしいな」

「そんな!本当にタメになってるよ?」

「ならいいんだけど。じゃあ実践してみようか」

 

 陽奈はそう言うと、鞄から音楽プレイヤーを取り出した後、譜面台からある一曲を抜き取り、つぐみへと示した。

 

「確か二次審査でこれ歌うつもりだったよな?」

「うん、そうだよ」

「じゃあコレにしようか。他のパートの音源流すから、今言ったこと意識しながら弾いてみてくれ。あとで俺から色々言うと思うけど、あくまでそれは俺の感覚だから全部を鵜呑みにする必要はないからな」

「わかった……やってみるっ」

 

 陽奈に言葉を返すと、つぐみはキーボードへと向き直った。そして自らへと語りかける。

 

 

 ──キーボードは、曲の一部。

 

 自分一人で、全てを担うわけじゃない。

 

 場面毎に応じた、最高の音を。

 

 

 入念なマインドセットを終え、つぐみの指が鍵盤へと触れた。もう数え切れないほど練習で弾いてきたこの曲。しかしつぐみにはその音が、初めて聞くようにさえ思えた。そして彼女は自覚する。

 

 ──そっか。そういうことだったんだね。

 

 意識を変えるだけで、こうも曲が変わるものか。自分が今まで弾いてきたモノは、ピアノの延長線上に過ぎなかったのだと、心の底から感じた。譜面通りに弾けばいいだけじゃない、そんな事はわかっているつもりでいた。

 陽奈が口にする、『音が溶けて、“音”になる』という言葉。その本質を、つぐみは少しだけ掴んだ気がした。

 

 楽しい。

 

 ここ数日は焦りと苦痛しか感じなかったキーボードが楽しい。

 

 自分の中に流れ出した、燃えるように熱いキーボードへの情熱の奔流。それは今まで黒い靄に包まれていた心の中に、確かな光を示した。

 難しい。曲の場面場面で、最適な音を選び抜いていく。キーボードは、こんなにも難しいんだ。そんな感情すら、今のつぐみにとっては喜びに変わっていく。自分は、何も知らなかった。キーボードの難しさ、奥深さ、楽しさ……鍵盤に触れた指先から、様々な感情が音と一緒に自分の中に流れ込んでくる。今この瞬間、つぐみは新たなステージの扉を開いた。

 

 





長くなりそうだったので、前後編に分けました。

つぐみの陽奈への印象を捉えていただければと思います。

新たに高評価をくださった

親指ゴリラさん、ありがとうございます!

次回もよろしくお願いします!
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