夕暮れの君は、美しく輝いて   作:またたね

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ひまり誕生日おめでとう。愛してる。

本編に彼女は出てきません。



息吹

 

 

11話 息吹

 

 

 曲が終わり、つぐみは鍵盤から手を離しつつ、背を伸ばしながら安堵の息を吐く。その瞬間、体にどっと伸し掛かる疲労感。演奏中は集中しすぎて気づかなかったが、様々なことを考えながら演奏した分、普段よりも相当な体力を消費したことに今更気がついた。

 

「お疲れ。見違えたな、つぐみ」

「えへへ……陽奈くんのおかげだよ」

「意識を少し変えるだけで、やることがたくさん増えただろ?」

「うん、これまで全然気がつかなかったよ。でも、今までで1番充実してたかもしれない」

「ま、考え過ぎで根本的なミスも多かったけどな」

「えぇ……今それ言っちゃうの……?」

「はは、冗談だよ。さて、今の感想だけど──」

 

 陽奈の指摘に落胆しかけたつぐみの様子をみて、彼は笑う。そして先程の演奏に対して、いくつか改善点やアドバイスを述べていく。そしてつぐみはやはりその言葉をしっかりとメモしていくのだった。

 

 

「……とまぁこんな感じかな」

「なるほど……ありがとう、陽奈くん」

「いやいや。さっきも言ったけど、違うと思ったら従わなくても大丈夫だからな?つぐみなりの拘りとかもあるだろうし」

 

 つぐみの感謝に、居心地悪そうに笑う陽奈。

 そんな彼の様子をみて、つぐみは先程から気になっていたことを陽奈へと問うた。

 

「ねぇ、陽奈くん」

「ん?」

 

 

 

「──陽奈くんだったら、どんな風に弾くの?」

 

 

 

「え……?」

「少しだけ弾いてみてもらってもいい?」

「っ──!」

 

 純粋な疑問だった。『陽奈なら、どう演奏するのだろう』。例えつぐみでなくとも、その場に居たのならばきっと生じるはずのその疑問。そんな思いの元、陽菜にピアノを弾いて欲しいと頼んだその瞬間──彼の表情が引き攣った。

 

「あ……む、無理なら大丈夫だよ、陽奈くん」

 

 その表情に何かを感じたつぐみは、慌てて自分の発言を訂正する。

 

「い、いや、大丈夫。ほんの少しでもいい?」

「う、うん……本当に大丈夫?」

「平気平気。久々にピアノに触るからさ、ちょっと緊張するんだよね、あはは……」

 

 困ったように笑いながら、傍目から見ても言い訳だとわかるそれを口にする陽奈。そんな彼をつぐみが止めるよりも先に、陽奈はキーボードへと向き合い、椅子に座っていた。

 しばらくその状態のまま、彼は動かない。やがて彼は意を決したように微かに震えた両手で、鍵盤へと触れた。そのまま止まること一瞬、まずは右手の人差し指が白鍵を優しく、確かに押し込んだ。

 

「………………っ」

 

 鳴り響いた音に、怯えたように竦む肩。

 緊張しているなんて言葉では、説明出来ない程荒い息。それでも彼は一つ一つの指で、音を鳴らしていく。

 つぐみはそんな陽奈の横顔を覗き見ると、彼は何かを呟きながら鍵盤を叩いていることに気づいた。

 

「……違う、こうじゃない、もっと……こう……」

 

 指を開いたり、手首から先を振ることで無駄な力を抜いたりしながら、彼は何度も、何度も鍵盤を一つずつ鳴らしていく。それはまるで、重症患者が必死でリハビリで励む姿のように見えた。非日常へと堕ちたピアノを、日常へと引き摺り出す為のリハビリのように。

 少しずつ、少しずつ彼のピアノの音が変わっていく。その度に、荒い呼吸が収まっていく。彼の額に、大粒の汗が伝う。その余りにも居た堪れない姿に、つぐみがストップをかけようとした時──。

 

 

 タン────────。

 

 

 今までと一線を画した、濁りのない透明な音。

 その音はまるで、波一つ立たない静寂に包まれた池に、一石が投じられたかのような、寂寞と存在感を兼ね備えた、あまりにも綺麗な音だった。その音を聞いて、陽奈はニヤリと口角を釣り上げ、つぐみを振り返る。

 

 

「──おまたせ。始めるよ」

 

 

「え…………あぁ、うん!」

 

 陽奈の言葉に、“音”の世界へ誘われていたつぐみの意識が、現実へと引き戻される。そして彼の指示通りに、つぐみはプレイヤーの音源を再生した。

 

 そして始まる、陽奈の演奏。

 

 

 ───何、これ……。

 

 

 自分の演奏とは、まるで違う。

 キーボードから流れる音が、音源へと“溶けていく”。正解の存在しない音楽という概念に、まるで正解を叩きつけるような完成度。自分の理想が、模範が、彼の音で示されていく。

 瞳を閉じ、心地よい“音”を探し続ける陽奈。その音と後ろ姿に、つぐみは只々魅了されてしまっていた。

 

 

 

「……ふぅ」

 

 少しだけ、と言いながらも陽奈は結局最後まで弾ききってしまった。彼の溜息で演奏が終わったことに気づいたつぐみは、我に返ったように賞賛の拍手を送る。

 

「凄い、凄いよ陽奈くん!」

「大したことじゃないって、別に……はぁ」

 

 再び溜息を吐きながら、彼は額の汗を拭う。たかが一曲を引いたに過ぎないが、陽奈を襲う疲労はつぐみ以上のものだった。そんな陽奈に、つぐみは演奏中疑問に思っていたことを問いかける。

 

「陽奈くん……この曲、いつ覚えたの?」

 

 そう、陽奈は今、この曲を完璧に弾き終えた。しかもつぐみが見た通りなら、彼はさっき、目を閉じて()()()()()()()()()()のだ。それはつまり、()()()()()()()()()()()()()という事実に他ならない。

 しかし彼はつぐみのこの問いに、驚くべき答えを返した。

 

「んー……強いて言うなら、()()()だよ」

「さっ、き……?」

「つぐみが弾いてくれた時。それだけじゃなくて、この曲は今まで何回も練習で聞いてきただろ?だから聞き馴染みもあったし、メロディも頭に残ってたから、つぐみの演奏を聴いて、わからなかった空白を埋めたんだよ」

 

 つぐみは、驚きを隠せない。

 つまり彼は、こう言っている。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()と。

 

 歌や歌詞を聞いて覚えるとか、そう言う次元の話じゃない。もしCDを渡されて、これを聞いて楽譜を見ずにキーボードを弾けるようになってこいと言われたら、果たして常人にそれが出来るのだろうか。幾多の音が響く曲の中で、ピアノの音だけを聞いて覚えることができるのだろうか。はっきり言って、それが出来る陽奈は異常である。

 

 

 

 客観的に見たとして、彼がピアノを諦めるに至る才能を見せつけた上原ひまりを非凡とするならば。

 

 

 

 ──宮代陽奈は、充分天才の域に足を踏み入れている。

 

 

 

 大したことはないと豪語する、彼の音感や“音”に対する嗅覚は、他の誰にもない、類い稀なる唯一の才能(ユニーク)である。しかし彼を取り巻く環境と、歪んでしまった彼の自身への強烈な自己嫌悪、そして限りなく皆無な自尊感情が、それを是と認めなかったのだ。

 

 『自分には才能なんてない』、『男の俺がこんな女っぽいことを続けて何の意味になる』。

 

 彼は自身の才能を、自身の手で手に掛けてしまった。しかし音楽の神は、それでも才能を棄てた彼を愛し続けた。四肢を捥がれて尚、彼の才能は呼吸を続けていたのだ。そして数年振りに鍵盤に触れた彼の指を通して、彼の才能はその形を完全に取り戻す。

 しかし未だ、彼にとってピアノが恐怖の対象であることに変わりはない。故に最初、彼は鍵盤を押す指先が震え、冷や汗が止まらずにいた。だが、音を調整していくうちに、彼は確かに思い出したのだ。ピアノを弾くことの、楽しさを。それを思いだした彼は、今一体何を思うのか。

 

「……とまあ弾いて見たわけだけど。これはあくまで一例だから、つぐみはつぐみの弾きたいように弾いてみてね」

 

 遠慮がちに、つぐみに笑いかける陽奈。

 そんな陽奈の様子を見て、つぐみは思う。

 改めて、自分の目の前に立つこの少年は、自分が逆立ちしても届かない、凄いピアニストなんだと。

 

 ──だからといって。

 

 挫折するわけにはいかない。寧ろ、負けていられないと対抗心を燃やしている自分に気づく。この人から学べば、自分はもっとレベルアップできる。そんな確信がつぐみにはあった。

 

 才能を目の当たりにして、音楽を棄てた彼。

 才能を目の当たりにして、音楽に燃える彼女。

 

 相対する二人の思いの行く先は、一体何方へと向かうのか。

 

 

 

 

「……あれ、もうこんな時間か」

「え?あ、本当だ」

 

 二人がふと時計を見れば、時刻はもう19時を回っていた。実時間にして約4時間程、そんな時の流れを感じないほど二人はキーボードへと執心していた。

 

「今日はここまでにしようか。結局キーボードの話だけになっちゃったな。音感の話は、また今度って言うことで」

「うん、今日はこんな時間までありがとう!」

 

 満面の笑みを浮かべたつぐみ。彼女にとって非常に有意義な時間だったのだろう。そんな彼女の笑顔を見て、陽菜も思わず笑みを零す。

 

「……でもつぐみ、絶対に無理はするなよ?」

「えっ……?」

「君は頑張り屋だから、俺が帰った後も夜遅くまで練習するんじゃないか、って思って。違う?」

「え、ええと……その……」

「つぐみー?」

「わ、わかってるよ!無理はしない、しないからそんな目で見ないでよ〜!」

 

 言い淀んだつぐみを陽奈が軽く睨むと、つぐみはあたふたと弁明を始めた。その様子が可笑しくて、陽奈は更に笑う。

 

「それならいいけど。無理してもいい事ないからな?生徒会の仕事もたくさんあるって、ひまりが心配してたぞ?」

「わかってるよ、そんなに何回も言わなくても」

 

 笑顔で返すつぐみ。陽奈も安心したのか、それ以上その話題について言及することはなかった。

 

 

 しかし彼は気づかない。

 

 彼女のその笑顔には、若干の後ろめたさが含まれていた事に。

 

 

 ──ごめんね、陽奈くん。

 

 

 内心でつぐみは呟く。

 

 彼には申し訳ないが、残された時間はない。

 多少の無理は、しなくちゃいけない。

 自分で決めたことは、最後まで全力でやり通さないといけない。

 

 

 だから私は──()()()()()()

 

 

 奇しくも陽奈が以前懸念した思いを、つぐみは抱く。

 

 

 この日、陽奈が他人だからと遠慮せず、つぐみに多少きつく言いつける事が出来たのならば。

 

 

 

 

 ──暫くして訪れる悲劇は、避けられたのかもしれない。

 

 

 





どんどんと不穏な空気が……

本編でも言及した通り、陽奈の音楽の才能は天才と呼べるものです。しかし本人は露ほどにもそんなことは思っておらず、ひまりという身近な存在の才能を見てしまったが為に、自分の才能をも捨ててしまった、というわけです。悲しい話ですね。うん。質問等あれば感想欄にお願いします。ネタバレにならない範囲でお答えします。

今日は誕生日記念で複数話あげたいと思います!
ぜひ感想やお気に入りをよろしくお願いします!

次回もよろしくお願いします!
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