夕暮れの君は、美しく輝いて   作:またたね

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過去最長、1奏の山場です。


嫌いだよ。

 

 

15話 嫌いだよ。

 

 

「……どうぞ。汚いけど」

「女の子ってみんなそれ言うよな、全然綺麗なのに。失礼しまーす」

 

 突如夜分に来訪してきた陽奈を、蘭は困惑しながらも自室へと迎えた。外は雨が降っているのだろうか、ジャージを着た彼の至る箇所が、染みを作るほど濡れている。そこまでして、彼は何の為に訪れて着たのだろうか。

 しかし当の陽奈は落ち着きなく部屋をぐるりと見回した後、蘭の机上のとある物を見つけた途端、吸い寄せられたようにそこへ駆け寄る。

 

「え!これ最新刊じゃん。蘭もこの漫画読んでたんだな」

 

 陽奈が手にしたのは、蘭が読んでいた週刊誌で連載されている少女漫画の最新刊。意外な食い付きを見せた陽奈に、蘭は驚きを隠せない。

 

「……ハルもそれ読んでるの?なんか意外」

「ひまりが面白いからって勧めてきて無理やり読まされたんだけど、ハマっちゃってさ。っていうか、蘭が読んでるのこそ意外だよ」

「わたしはつぐみから勧められて読んでるだけ。別に自分から進んで読み出したわけじゃない」

「で、バッチリ最新刊を買うまでにどハマりしてしまったわけだ」

「………………」

 

 面白いモノを見るようにニヤけた顔で自分を見てくる陽奈に、蘭は苛立ちを隠せずに視線を逸らした。

 

「別に馬鹿にしてるわけじゃない。この漫画面白いし蘭が読んでたって」

「で?何しに来たの、こんな時間に。そんな話するために来たんじゃないでしょ?」

 

 それまでの話題を唐突にぶち切って、蘭は本題を自ら提示した。言葉を止めた陽奈は僅かに苦笑いを浮かべると、手に取っていた本を机に置き、改めて蘭の正面へと座った。

 

「……巴と喧嘩したらしいな」

「っ……なんで知って……いや、別にいい」

 

 陽奈の自分達(Afterglow)に対する情報源など、聞くまでもなくひまりに決まっている。そう思い直した蘭は、追求を止めた。

 

「理由、教えてくれよ。俺はその場にいなかったからどんなやり取りがあったのか詳しく知りたくて」

「……それ聞いてどうするの?わたしに説教でもするつもり?」

「そんな権利、俺にはない。ただ、君らが喧嘩したままなんてのが、俺も嫌なだけだ。出来ることなら、何とかしてあげたいな、って──()()()()()()()、ね」

「っ……!」

 

 自身の家の事に関する話題が陽奈の口から出た途端、蘭の肩は強張る。その露骨な拒否反応を見た陽奈は、改めて問題の深刻さを再確認した。

 

「……蘭が実家の跡継ぎとして育てられて来たことは、皆から聞いた。そのことで蘭が悩んでるんじゃないかって……皆心配してたぞ?」

「…………」

 

 頑なに閉口する蘭。陽奈が自分を見ていることはわかっているが、目を合わせることはできない。

 

 ──そういうところが。

 

 蘭は内心で呟く。陽奈の諭すような、どこか達観したような目で自分を見るその態度が。

 

 ──美竹蘭にとって、宮代陽奈を好きになれない理由の一つだった。

 

 初めて会った時から変わらない。根暗で、卑屈そうなその目。自分の名前一つでここまで捻くれるなんて、と当時の蘭は思った。その様子は3年間の付き合いで多少の改善は見せたが、彼の本質は変わっていない。

 

 同い年のくせに、どこか大人びたように振る舞おうとする、背伸びしてスカした奴。

 

 3年経った今でも、その印象は変わらない。だが、そんな陽奈にも、尊敬できる部分があった。

 

 それが彼の卓越した音感。蘭もその事は認めていたし、不本意ながらも頼りにさせてもらっている部分だった。右も左も分からないまま、つぐみの提案で始めたバンドとしての活動が、なんとか軌道に乗ったのは陽奈の活躍が大きい。彼が定期的に練習を見てくれる事で、練習の方向性に見通しが持てた。その点では、蘭は陽奈に感謝している。

 

 しかし陽奈は──必要以上に自分達と関わりを持とうとしなかった。

 

 利害関係ではなく、一方的な利の提供。それが自分達と陽奈の関係を評する言葉に相応しい。何度か6人で遊びに行く機会はあったが、それはひまりの提案で渋々行くことになった酷く受動的なもので、彼自身の意思とは程遠い。汚い言葉を使わせてもらえば、自分達を避けている。蘭にはそれが、どうしても気に食わなかった。

 

 そんな彼が今、蘭の心の中へ手を差し伸べようとしている、踏み入ろうとしている。

 

 

 

 わたし達の手を振り払い続けたその手で?

 

 わたし達に近づこうとしなかったその足で?

 

 ──何を、今更。

 

 巫山戯るのも──いい加減にしろ。

 

 

 

「……関係ないでしょ、ハルには。それに、別に心配してなんて、頼んでない」

 

 吐き出した言葉は、酷く毒突いたものになってしまった。苛立っていたにしろ、自分を助けてくれようとした人物に対する仕打ちでは無い。そんな自分自身へと、蘭はますますフラストレーションを溜めていく。しかし彼の反応は、蘭にとって些か予想外なものだった。

 

「──そ。関係ないんだよ、俺にはね」

「え……?」

 

 蘭の動揺が、そのまま声になって漏れ出した。その様子を見た陽奈は、蘭に笑顔で答えた。

 

「俺は『Afterglow』のメンバーじゃないし、君の家の事にも関わりのない完全な第三者だよ。でも、他人でもないはずだ。遠すぎず近すぎず、そんな俺にだからこそ、話せることもあるんじゃない?ほら、壁に話すと思って、言ってみ?」

 

 ニコリと笑いながら、陽奈は蘭に問いかける。その様子が、蘭にとっては最早気味の悪い何かにしか映らなかった。だがそれでも、自分に酷い言葉を投げかけられて尚、彼は自分に手を差し伸べようとしているのだということだけは、彼女にも理解はできた。

 

 しかしそれでも、彼女はその手を取ろうとはしない。

 

「……わかるわけない」

 

 微かに、それでも確かに漏れ出した、自分の中の毒。それは意図してか、将又無意識か。

 

 

 

「──ハルにはわからない……!音楽の才能があったのに、誰に束縛されるわけでもなく音楽を続けられたのに!!()()()()()()()()()()()()、わたしの気持ちがわかるわけないッ!!!」

 

 

 

 陽奈は、音楽を棄てた。

 この事実を知った蘭は、尋常ではない怒りの炎を心中に燃やした。

 

 ──あれだけのモノ(才能)を持ちながら、それを身勝手に手放した?

 

 ──わたしにはハルみたいな才能はない。それでも、『Afterglow』を、大好きな音楽を続けていきたい。そう思ってるのに、コイツは……!

 

 陽奈の事情を知らない蘭からすれば、彼の行動は酷く身勝手で、自分本位のモノに見えた。自分は望んでも音楽を続けられないのに、周りから束縛もなく、自由に音楽を続けられたはずの陽奈の行動が、どうしても蘭には許せなかった。

 

 吐き出した毒は、もう自分の意思では止まらない。

 

「わたしもアンタみたいに、気楽に音楽を続けていける立場だったら良かったわよ!家の事も気にせず、ただみんなで歌っていけたら最高だった!!そんなアンタを頼れって?笑えない冗談はやめて!!」

 

 心無い言葉のナイフが、陽奈の心臓へと向けられる。その言葉は確かに陽奈の急所を抉らんとする為のものに他ならず、蘭の明確な拒絶の意思を具象化した物だった。

 

 しかしその言葉を受けた陽奈の表情は、蘭を激しく動揺させた。

 

 

 ──どうして。

 

 ──どうして、そんな顔で。

 

 ──困った顔で、()()()()()

 

 

 

「至極、真っ当な意見だ」

 

 至って冷静に、陽奈は言う。

 

「俺は棄てたんだ。ピアノを、音楽を、自分のくだらない嫉妬で。君の言うことは正しい。何の反論もない」

 

 何気なく、さも当然のように。

 どこか達観したような話し方をするこの男のそんな所が、蘭を只々苛立たせた。

 

「……確かに君の気持ちなんて何もわかんないけど、今の君の様子と、これまでの君の様子を見てこれだけはわかったよ。

 

 

 ──お前、逃げてんだな」

 

「っ!」

 

 陽奈の雰囲気が、変わった。

 蘭を優しく諭す口調から、蘭の言動に呆れ、僅かな怒りを孕んだ口調へ。

 蘭の心情を慮るような眼から、不甲斐無い蘭を諌める為の突き刺さるような鋭い眼へと。

 それを悟った蘭も、思わず身動いだ。

 そんな蘭が次に繋いだ言葉も、動揺を隠しきれずに。

 

「……は?わたしが、一体、何から……」

「それがわかんない程、お前は逃げてるってことだ。お前は何にも向き合ってないんだよ」

「勝手なこと言わないで……!ちゃんと説明して!」

「自分のことくらい、自分で考えてみろ。俺はお前の親でもないしカウンセラーでもないんだ」

 

 ──逃げてる……わたしが?

 

 蘭は思案する。一体自分が何から逃げていると言うのだろう。心当たりが()()()()

 

 だが、蘭は気づかない。

 それは、()()()()()()()()()()()()()()()()だけだという事に。必死に気付かないフリをしているだけだという事に。

 

 そんな蘭の様子に、陽奈は呆れた様に溜息を吐いた。

 

「お前……本当にわかんないのかよ」

 

 陽奈の言葉に、蘭の苛立ちはさらに加速していく。射殺すような視線で陽奈を睨みつける蘭だが、その様子にも陽奈は何ら反応を示さない。そのことが殊更蘭を苛立たせる。

 

「わかんねぇなら教えてやるよ」

 

 しかしこの言葉には、蘭は息を呑んだ。

 蘭自身、薄々と感じているその“答え”を、彼は今口にしようとしている。

 

 

 

「──華道と家の事に悩むのが嫌でバンドの練習に浸って、かといってその練習も華道と家の事が頭を過って集中できない。こんなザマで、一体何に向き合ってるっていうつもりなんだ?1人じゃどうすることも出来ないくせに、皆に迷惑をかけないように全部1人で抱え込もうとして、結果的に皆を心配させて、練習の質を下げて迷惑をかける。その心配を、自分には必要ないと強がって、皆の和を乱す。

 

 

──なぁ、蘭。お前、何してんの?マジで」

 

 

「っぅ……!」

 

 図星を突かれた感覚、ぐうの音も出ない正論。全身を苛む敗北感が、蘭自身もそれを認めてしまっている証だった。

 

 

 ──『お前、何してんの?』──

 

 

 彼に言われたその一言が、頭の中を駆け巡る。複雑な感情が蠢く自分自身の行動の全ては、その一言へと収束される。

 

 

 ──わたしは、何をしているんだろう

 

 

 そんなことは、自分でもわかっている。自身の感情は様々な要因に抑圧され、やる事為す事全てが中途半端で宙に浮いたまま。厳しくも充実していて楽しかった練習が、苦痛でしかない。永遠に続いて欲しいと願っていた、『Afterglow』の皆との時間が限られたものだと、残り僅かだと悟ってしまった自分の心を襲う、どうしようもない寂寞。笑いながら歩いて行く皆の横に、自分は並んで歩けないのだと自覚する度に、涙が出そうになる程悲しさが込み上げる。

 その筈なのに、口から出る言葉は、接する態度は、そんな思いとは裏腹な棘のあるものばかりで、皆を傷つけてしまう。そんな自分が本当に嫌で、只々辛くて。

 

 

 

 でも。

 

 

 それでも。

 

 

 

 

「──じゃあどうすればいいのッ!!!」

 

 

 

 気付いた時には、既に絶叫していた。

 

 

「わたしだって、色々考えてる!みんなと一緒にバンドを続けていきたい!!でもわたしにそれは許されなくて……わたし達の音楽を、父さんは“ごっこ遊び”だって馬鹿にして……!わたしは、わたし達は、こんなにも本気なのにっ!!」

 

 誰にも言えずに、抱え込んでいた蘭の心中。

 極限まで揺さぶられた蘭の精神状態が、それまで硬く封じられていたその心の鍵を打ち壊した。

 

「何度口で説明しても、取り合ってすら貰えない……何度も、何度も何度も何度も!何度も!!その度に拒絶されて、それでも諦めたくなくて説得しようとして……!その都度潰されてきたわたしの気持ちが……!ハルにわかるの!?わたしにはもうっ……どうしたらいいかなんて、わからないんだよッ!!」

 

 叩き付ける。目の前の少年に、自分がこれまで抱えてきた紫色の泥のような負の塊を。抑圧されてきたそれは枷が外れた今、急速な膨張を繰り返し、(とど)まる事を知らない。吐いても吐いても、怒りと共に込み上げてくるそれを、蘭は只管に陽奈へとぶつけ続けた。そんな蘭の様子を見た陽奈は。

 

 

 

 

「──だったらどうしてそれをアイツらに相談してやらねぇんだよ!!!」

 

 

 

「……ぇ」

 

 3年の付き合いで初めて聞いた、陽奈の怒号。普段は冷静だが、温厚かつ優しい陽奈からは考えられない程の威圧感に、蘭は息を飲む。

 

「“皆に話してやる”。ただそれだけでいいじゃないか……!お前のその悩みを聞いて、一緒に手伝ってくれるのが友達じゃないのかよ、幼馴染じゃないのかよ!アイツらじゃないのかよ!!アイツらは、あんなにもお前のことを心配してくれてるのに!!

……お前さっき俺に言ったな、“心配してくれなんて頼んでない”って。そりゃそうだろ、心配は勝手にするもんだ、誰かに許可取ってするもんじゃねぇ……!いつまで意固地になってんだよ、アイツらの手すら取る事拒んだら、お前もう本当に何も残らないじゃないか……!!」

 

 苦しそうに、今にも泣き出しそうなほど表情を歪めて陽奈は蘭に訴える。

 

「ひまりは……アイツはお前の為に、皆の為に泣いてたんだ……!離れたくないって、ずっと一緒に居たいって!!それでもアイツらの心配を、お前は上辺だけだって切り捨てるのか!?そんな薄い付き合いを、お前達はして来たのかよ!?お前にとって『Afterglow』の皆は、その程度の存在なのかよ!!違うだろうが!!」

 

 息を荒げながら、陽奈は叫び続ける。

 反抗心は、込み上がって来なかった。蘭の頭ではなく心が、陽奈の言葉を是と認めてしまっていたからだ。そして陽奈は、こう言葉を続けた。

 

 

「大切なら、守ってみせろよ」

 

 

 諭されて。

 

 

「やりたいなら、最後まで貫いてみせろよ」

 

 

 絆されて。

 

 

「戦え、逃げるな。“いつも通り”、お前はお前のままでいい。自分の思いを曲げるな。外からの圧力なんかに負けてんなよ、お前らしくないんだよッ!!」

 

 

 言葉の一つ一つが、心に溶けていく。

 

 自分にとっての、皆の存在。

 

 自分達の原点(いつも通り)

 

 全てが圧縮されたような陽奈の言葉は、確かに蘭を救う道導となっていた。

 

 ──“お前らしくない”、か。

 

 

 “わたしらしさ”って、なんだろ。

 蘭は耽る。彼の見ている自分らしさとは、一体何なのだろう。それが何かは終ぞわからなかったけれども、その言葉は確かに蘭の腑に落ちた。

 

 

 ──そうだ。わたしは今、“わたしらしくない”。

 ウジウジと迷って、足が止まったままなんて。“いつも通り”に、全力で歌えない自分なんて。

 

 

「……ぅ……ぐす、んっ……」

 

 

 

 ──彼の叱責(優しさ)が嬉しくて、安堵の涙を流している自分なんて。

 

 

 そんなの、全然わたしらしくなんかない。

 

 

 幾多の言葉を拒み、差し伸べられてきた手を振り払い続けた蘭が、初めて誰かの優しさを素直に受け入れた瞬間だった。

 

「……なぁ蘭。お前、何がしたいんだ?」

 

 先程と同じような言葉、しかしその声色は蘭の心情を慮るように変わった、陽奈の問いかけ。

 

「“嫌だ”とか、“やりたくない”とか否定的な感情じゃなくて、“やりたいこと”って、お前の中には何もないのか?」

 

 陽奈は問いかける。蘭に“それ”を、自覚させるために。

 華道が継ぎたくない。父の言いなりになりたくない。

 その思いは最初から在った訳ではく、蘭の本当にやりたい事が阻害されたために生まれた副産物のはずだから。

 

 蘭の本当の思いは、最初から心の中にずっとあるはずだから。

 

 そんな陽奈を、蘭の揺れる瞳が見つめている。堪えている涙が、口を開けば今にも溢れそうだ。口を開いては閉じ、開いては閉じをしばらく繰り返したのち。

 

 

「…………みんな、と、一緒に居た、い……っ!」

 

 

 俯いた蘭の口から、遂に出た、彼女の本心。

 

 

「みんなと、ずっと一緒にいたい……あの場所(Afterglow)が、わたしの大好きなみんなとのあの場所が無くなって欲しくなくて、離れたくなくて、怖くて、嫌で、どうすればいいかわからなくて……わたし、わたし、みんなに、たくさんっ……酷いこと言っちゃって……っ」

 

 

 溜め込んでいた全てが、彼女の眼から、口から、涙と言葉になり溢れ出る。嗚咽が混じり、掠れる声が部屋の中に木霊していく。

 

「やりたい、みんなでっ、まだ、歌いたい……こんなところで……っ、終わりたくなんか、ないのにっ……なんで、っなんで、嫌だよ……嫌なんだよ………っ」

 

 そんな蘭の様子を、陽奈は痛ましい表情で、ただ見つめていた。そして彼は、蘭に改めて言葉をかける。

 

「その気持ちをほんの少しでも、アイツらに伝えてやりなよ」

 

 声色が、最初の優しく諭すようなものへと戻った。

 

「俺だって、『Afterglow』が好きだ。まだまだ君達を見ていたい。だから蘭、しっかりとお父さんを説得しないとな」

「でもっ、どうすれば……」

「あるじゃないか、君には。“感情を伝える事が苦手”な君が、“感情を伝えることの出来る”唯一無二の武器が」

「…………!!」

 

 陽奈の言葉に、蘭は驚いたように目を見開く。それは確かに、蘭の現状を打破してくれる一筋の光明となった。

 

「……君らしくないんだよ。言葉で誰かを説得しようなんてさ。ただでさえ言葉足らずなんだから」

「……うる、さいっ」

「だから蘭、“いつも通り”歌えばいい。君は君らしく、君達のやり方で。今までだって、そうして来たんだろう?」

「うんっ……うん……」

 

 今度こそ、我慢の限界だった。決壊した涙腺は、止めどなく涙を流し続ける。自分がこんなにも泣けるなんて、知らなかった。それ程までに今まで耐え続けて来たのだということを、目の前の、大嫌いな彼に教えられた。

 しかし不思議と、嫌な気分ではない。流石に恥ずかしさを感じた蘭が泣き止むまで、陽奈は只々、その様子を眺めていた。

 

 

 

 

「………………」

「ちょ、なんでそんなに不機嫌なわけ?」

「うるさい」

「えぇー……」

 

 あれから落ち着いた蘭は、自分の行動を恥じた。よりにもよってこの男の前でガチ泣きするなんて、時を遡ってあの時の自分を殺しに行きたい。そう思うほどに。

 それから帰ろうとする陽奈を流石にそのまま送り出すのは不味いと思い直し、極めて不本意ながらも渋々蘭は玄関先にまで陽奈を見送りに来た。

 

「んじゃ、帰るよ」

「……うん」

「練習、明日は来るよな?」

「……行く。巴にも、謝らなきゃ」

「なら良し。それじゃあ──」

 

 

「──宮代くん」

 

 

「え」

「っ!父、さん……」

 

 気づけば2人の後ろには、一心が立っていた。蘭の鼓動が急激に早まる。何せ自分達は今、バンドの練習の話をしていて──。

 

「わざわざこんな遅い時間に、ありがとうございました。雨も降っていますし、送っていきますよ」

「えっ、いや、わざわざ悪いですよ」

「気にしないでください。蘭の友人だ、丁重に持て成さなければ美竹の恥になります」

「は、はぁ……じゃあ、お言葉に甘えさせてもらいますね」

「いえいえ。お気になさらず……蘭。私は彼を送って来る。いいね?」

「う、うん」

 

 目の前で繰り広げられた光景を、蘭は理解できずにいた。父が陽奈を送って行くという、一周回ってシュールな状況に、蘭の心中はハテナで埋め尽くされている。

 

「では、車を用意して来ます。3分ほどで車を家の前に出すので、それまでここでお待ちを」

「はい。ありがとうございます」

 

 そう言って、一心は一足先に玄関を出た。

 残された陽奈と蘭の間に、なんとも言えない空気が流れる。

 

「……いい人じゃん、蘭のお父さん」

「……そう、みたい」

「蘭の話とか皆の話から聞くに、もっと堅物な人かと思ってた」

「……私もだよ」

「え?」

 

 陽奈が驚きのあまり素っ頓狂な声を出す。しかし蘭自身も、父にこのような一面があるとは思ってもみなかったのだ。

 

「……わたし、父さんのこと何も知らなかったんだって、改めて思わされた」

「……ちゃんと、話してやりなよ。バンドのことだけじゃなくて、楽しかったこととか、悔しかったことも……あの人は、ちゃんと蘭の話を聞いてくれる人だと思うから」

「そう、だね」

 

 蘭が微笑む。それをみて陽奈も満足げに笑った。

 

「じゃ、俺は行くよ。突然押しかけてごめんな」

「……ハル」

「ん?」

 

 呼び止められた陽奈が、蘭を振り返る。

 

 

 

「───わたしは、ハルが嫌いだよ」

 

 

 

「面と向かって言うかよ……」

「でもっ」

 

 陽奈が本気で傷ついた顔をする前に、蘭は声を発する。しかしそれから直ぐには言葉が続かずに、しばらく視線を泳がせた後。

 

 彼とは目を合わせず、頬を朱に染めた蘭は、小さく呟く。

 

 

「──頼りにしてる。だからこれからも、わたしの側にいて、欲しい……です……」

 

 

「なんで最後敬語なんだよ」

「う、うるさい!」

「ははは……ちょっとは素直になったみたいでお兄さん嬉しいぞ」

「同い年でしょ、からかわないで」

「へいへい」

 

 手をヒラヒラと振り、陽奈は蘭を軽くあしらった。そして蘭とは目を合わせずに、陽奈は蘭の名前を呼ぶ。

 

「……蘭」

「……何」

 

 

「──また明日な」

 

 

「……うん、また明日」

「ははっ、じゃあね」

 

 そして陽奈は今度こそ、玄関を後にした。

 その後ろ姿を眺めながら、思う。

 

 

 

 素っ気なくて、冷めてて、スカしてて。わたしの事なんて眼中にもない。

 

 それでも優しくて、世話焼きで、わたしのために、本気で怒ってくれる、大嫌いなこの男のコトを。

 

 

 ──わたしはどうやら、えらく信用しているらしい。

 

 

 柄にもなく、蘭はそんな事を思った。

 

 





美竹蘭と、宮代陽奈の物語でした。
蘭の陽奈に対する思いが伝われば幸いです。
後数話で第1奏が終わります。

新たに高評価をくださった、

天城修慧さん、本当にありがとうございます!

次回もよろしくお願いします!

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