夕暮れの君は、美しく輝いて   作:またたね

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彼と彼女が本音を曝け出す。

その少し前と、少し後のお話。


その裏側で

 

 

16話 その裏側で

 

 

 そしてその次の日、彼女達は話し合った。 

 

 巴、ひまり、つぐみの出した結論は、『蘭の為にも、一時活動休止しよう』というもの。蘭の身辺整理がキッチリと済んでから、改めてみんなでバンドを頑張っていこう。これは『蘭の為』を思った結論である。

 一方蘭は、これに反発。蘭のこのバンドにかける思い、皆を大切に思う気持ち、これを涙ながらに語った。蘭は昨日心に決めたのだ。もう逃げないと。家の事も、父の事も、バンドの事も、大切な皆の事とも、全てと向き合って生きていくと。それが昨日、不器用な“友人”に気付かされた、蘭の決めた道だから。

 

 『Afterglow』の今後。各々が悩んで出した結論は、“続けていく”ということだった。

 

 そうなると課題となるのは、蘭の父に、どうやって活動を認めてもらうか。これに関しては、蘭は彼との語らいで答えを見つけていた。

 

──『あるじゃないか、君には。“感情を伝える事が苦手”な君が、“感情を伝えることの出来る”唯一無二の武器が』──

 

 歌う。父の目の前で。

 そしてぶつける。自分達の思いを、自分達の本気を、『ガルジャム』二次予選の会場で。

 思えば、彼のいう通りだった。

 “本気”を言葉で伝えるのは難しい。『百の言葉よりも一の行動』、『行動は言葉よりも雄弁である』。これらの言葉通り、彼女達の行動(演奏)でしか、一心の心は動かせない。

 だがその前段階……一心をライブ会場に連れてくるということは、残念ながら言葉を使うしかない。こればかりはどうしようもなかった。

 

 

 そしてあの日から2日後、蘭は父に告げる。『自分達のライブを、見に来て欲しい』と。どれだけ拒否されても、ここだけは譲らない。蘭は断固たる決意を持って説得に臨んだのだが──。

 

 

『──わかった。この日は空けておこう』

 

 

 父は呆気なく、認めてくれた。

 今までの態度からは想像出来ないほど、柔和な笑顔と共に告げられたこの言葉に、蘭はしばらく固まって返事をすることが出来なかった。そんな蘭に、一心は告げる。

 

『但し。やるからには全力でやりなさい。少しでも中途半端を感じたら、私は絶対にお前のバンドを認めない』

 

 再び威圧感の戻った父の声。しかしそこには、確かに蘭を慮る優しさも感じられた。

 

 ライブに父を無事に招待することが出来、心置きなく練習に専念することができると皆に伝えると、皆はとても喜んでくれた。ひまりなんかは、大声を上げて泣き叫んでしまう程に。その様子を皆で笑いながら、巴も、つぐみも、モカも、蘭も、皆で涙した。こんな風に泣いたのは、学祭の日、皆で屋上から見た夕焼けの日以来だ。改めて感じる思い。この5人が大好きで、ずっと一緒に居たいと。大きな衝突や事件を経て、5人の絆はまた一段と深く、強くなったことを皆は感じていた。

 

 そんな中、蘭は思う。

 

 5人を助けてくれた、一人の少年のことを。

 

 彼が居なければ、自分達はどうなっていたことか。

 

 父がすんなりと認めてくれた事も、きっとまた彼が“あの時”に何かしてくれたのだろう。

 

 

 だから、今は。

 

 

「──ありがとう」

 

 

 

▼▽▼

 

 

 

「……うぇっくしゃい!!」

 

 蘭の家を訪れてから3日後。俺は絶賛風邪を引いてしまい家で寝込んでいた。原因として考えられるのは、やはりあの日の雨。ひまりと違い直に雨に打たれたわけでもないのに、濡れたせいで風邪を引いてしまったのだろう。ひまりは全然ピンピンとしているのに。解せぬ。

 

「……みんな、上手くやってるかなぁ」

 

 やれることは、全てやったつもりだった。

 蘭が何の懸念もなく練習に集中できるように。『Afterglow』がまた5人で一緒に居られるように。

 

 ──ひまりが、また笑ってくれるように。

 

 その為に、俺が考え得る全ての策を弄した。これで上手くいかなかったら、俺は2度と彼女達に、ひまりに顔向けできないだろう。そして俺は、あの日の夜のことを思い出していた。

 

 

 

▼▽▼

 

 

 

 蘭の父、一心は娘の蘭のことを考えていた。

 蘭は華道を継ごうとはせず、幼馴染とのバンド活動に明け暮れるばかり。それは一心にとって、“逃避行動”にしか見えなかった。

 華道から逃げる為に続ける何かなぞ、何の意味も持たない。物事は真剣に取り組むからこそ意味を成すのだ。一心には、蘭のバンド活動が文字通り“ごっこ遊び”に過ぎないものだった。

 

 つまり、蘭がバンドをする事を否定しているのではない。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()を、一心は否定していたのだ。

 

 

 そんな事を考えていると。

 

 

 

 ──────♪

 

 

 

 インターホンが鳴らされる。時刻は20時半前。こんな時間に一体誰が。そう思いながらも、一心は玄関へと向かい戸を開ける。そこには。

 

 

「夜分遅くにすいません、失礼します」

 

 

 卑屈な目をした、黒髪の少年が立っていた。

 

 

「……君は?」

「宮代陽奈と言います。美竹蘭さんの……」

 

 そこで彼は一度言葉を止める。ややあって、彼は意を決したように口を開いた。

 

 

「──()()、です」

 

 

「……蘭の友人?」

 

 一心は懐疑的になる口調を抑えられなかった。蘭の交友関係に詳しい自覚はないが、目の前の少年が自分の娘の友人だとはとても思えなかった。少年は一心の口調に一瞬萎縮したような表情を見せたが、数瞬のうちに気を持ち直し、一心へと告げる。

 

「はい。蘭さんの友達の……ええと、モカやひまりを通じて、彼女と一緒に過ごさせてもらってます……蘭さんのバンド──Afterglowの手伝いをして、います」

「……なるほど」

 

 バンド。この一言が彼の口から出た瞬間、一心は懐疑こそ消えたものの、彼の悪印象が確定した。この子も、“ごっこ遊び”の一員か、と。

 

「……して、どう言ったご用件でしょうか」

「蘭さんと、話がしたいんです。今彼女は家にいますか?」

「ええ。1時間程前に帰宅して、今は自室の方に。蘭を呼びますか?」

「はい。そうしていただけると助かります」

「わかりました。では……」

「あっ、待ってください」

 

 蘭を呼ぶべく、二階へと向かおうとした一心の足が、少年の呼び掛けによって止まる。

 

「何か?」

「いえ……その」

 

 少年は再び言い吃る。別に態度を強めている自覚はないが、自分の姿が酷く威圧的に見えているのだろう。一心はそう考える。

 

 やがて彼は、その問いかけを口にした。

 

 

「──蘭さんがバンドを続けること、反対ですか?」

 

 

「……そうですね。今のままならば」

「今のままなら……?」

「はい。言葉通りの意味です」

 

 蘭が華道から逃げる為にバンドを続けていくのなら。一心は絶対にそれを認めない。口先でどれだけ本気を語ろうと、その本質が揺らぐことはないからだ。

 

 だが、それを一から懇切丁寧に教えるほどの義理は──彼には無い。

 

 これは蘭が自分で気づくべきことだ。他の誰かから言われるようなことではない。そう考えた一心は、敢えて言葉足らずな返答を彼へと返した。

 

 少年はそのまましばらく考え込むと。

 

 

「──そっか、なら良かったです」

 

 

 不意にニコリと、笑った。

 予想外の反応に、一心の表情が険しさを増す。

 

「……貴方は、()()()()()()()()()()()()()()、バンド活動を認めてくれるんですね?」

 

「っ──!」

 

 目の前の少年の、本質を見据えた答えに、今度こそ一心の表情が驚愕に染まる。その表情に、彼は自分の推論への確信を深めた。

 

「……ずっと疑問に思ってたんです。()()()()()()()()()()って。中学2年でバンドを始めた時の蘭さんには、華道を継ぐことに悩んでる様子なんて全くありませんでした。高校に入ったら本格的に華道の勉強を始める、とかいう約束をしてたんですか?」

「…………」

「まぁ、そこは別に大丈夫なんですけど。僕にとって、どうしてもそこが不自然でした。だから思ったんです。蘭さんのお父さんは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()って。もしそうなら、蘭さん達がバンドを始めた中学時代にすればいいんだから。本当に反対してるのは、()()()()()()()()()()()()()()()()()って」

 

 浮かれるでもなく、安堵するでもなく、一貫して真顔を貫いて自身の予想を語る目の前の少年の様子が、一心には不気味に映った。

 

「だとすれば、僕に考えられる原因は2つしかありませんでした。1つは、()()()()()()()()()()()()()。これは約束したこと自体が予測なんでなんとも言えませんが、もう1つは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。さっきの貴方の反応から見るに、こっちで正解みたいですね」

 

 ──何者だ、この少年は。

 

 一心は内心で舌を巻く。一切の感情を廃し、事実と論理的思考から一心の考えを導き出した。齢15とは思えない卓越した推理。カマを掛けられたことに対する怒りなど湧いてこないほど、一心は動揺していた。

 

 

「……確かに今の蘭さんは、第三者の僕から見ても、逃げてます。貴方や自身の家の事……いろんなことから逃げる為に、バンドをやってるんだと思います。挙句練習中もいろんなことが気になって、満足に練習に集中できてない始末です。

 でもそれは、“今”の話です。彼女は本気で、全力でバンドをしてきました。彼女にとってあそこは、掛け替えのない場所で、本気をぶつけることのできる唯一の場所なんです」

 

 そこまで言い切ると、少年は深く頭を下げた。

 

「……すいません、僕……俺は今から、失礼な事をたくさん言うと思います。口調も悪くなると思います。でも、伝えたいんです。俺の思い……俺の“本気”を。聞いてくれますか?」

 

 改めて一心に向き直った彼の顔を見る。

 そこには、彼の卑屈な目に似合わぬ、覚悟の火が見て取れた。その火に魅入られた一心は、小さく無言で頷く。

 

「ありがとうございます。やっぱり、貴方は“いい人”だ」

 

 少年が見せた笑顔。それはぎこちないながらも、少年が初めて見せる感情の表れだった。

 

「蘭さん……蘭は今、悩んでます。“続けていきたい”という自分の思いと、“続けていけない”という現実に。それがストレスになって、蘭は日に日に荒れる一方です。現にそれで彼女達は言い争いになって、喧嘩をしました。それは蘭本人にとってもきっと不本意な事で、自分酷く責めているはずなんです。そうなった全ての原因は……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、即ち()()()()()()()()()()()()()()()だ」

 

 成る程、わざわざ前置くわけだ。

 彼の言葉はともすれば一心の行為を非難している言葉とも取れてしまう。が、それはきっと彼も本意ではなかったのだろう。

 

「勿論、これは貴方のせいじゃありません。これは自分の心と向き合えない、蘭の心の弱さが原因だと俺も思います。

 ……でも、貴方にバンドを認めてもらえないことは、やっぱり蘭にとって、苦痛極まりないことだとも思うんです。それが全ての悪循環の根源だと言ってもいい」

 

 無感情な声色に、少しずつ熱が宿る。

 ここからが、彼自身の本気なのだろう。一心は耳を傾けながらも、そう思った。

 

「……だからお願いです。蘭の思いに、向き合ってくれませんか。ただ“ダメだ”って否定するだけじゃなく、蘭がどう思っているかを、しっかりと聞いてあげて欲しいんです……!貴方からすれば、俺達の本気は、取るに足らない、くだらない努力なのかもしれない。口先でどれだけの言葉を並べ立てても、何も心に響かない戯言かもしれない……けど、俺達は本気なんです。本気で、高みを目指して頑張ってるんだ……!!」

 

 その言葉よりも、表情は、目は雄弁に語っていた。昂ぶった感情が抑えられずに、先程までの論理的思考は廃され、剥き出しの感情が全身から溢れ出している。

 

「……俺の大切な幼馴染は、泣いていました。このバンドを続けていきたい、みんなと離れ離れになりたくない、と……このバンドは、蘭だけのものじゃない、俺達皆の大切な居場所なんだ……!それを理不尽に奪われようとする蘭や俺達の気持ちを、少しだけでも汲んで欲しいんです、感じて欲しいんですッ!」

 

 語気を荒げ、少年は叫ぶ。

 そこには紛う事無き、少年の“本気”があった。

 

「……俺は今から、蘭と話します。その内容を、聞いていてくれませんか?そこで見せる蘭の本気にすら、貴方の心は揺れないなら……俺からもう、何も言うことはありません」

 

 失礼しました、と少年は頭を下げる。

 その様子を片隅に捉えながら、一心は思考の渦へと入り込んでいた。

 

 蘭の本気、か。

 

 確かに一心は、頑なに拒絶を貫いていた節を、自分でも感じていた。

 華道が嫌なのは目に見えていて、そんな様子でバンドを続けていくという蘭の様子を、頭ごなしに中途半端だと否定していた面は否めない。その姿勢が蘭の思いを伝えたいという意志を削ぐ結果になっていたのならば。やはりそれは、蘭や彼らにとってフェアじゃない。

 

 

「……失礼、もう一度名前をお伺いしても?」

「? 宮代、陽奈です……」

「宮代くん。君の思いは伝わりました。私ももう一度、蘭の思いと向き合ってみます」

「っ!本当、ですか……?」

「君との話し合いの中で、蘭がどのような本気を見せるのか……確かめさせてもらいますよ」

「ありがとう……ございますっ……!」

 

 深々と頭を下げる少年──宮代を、一心は蘭の部屋へと案内した。そこから少し時は過ぎて──。

 

 

 

 

「すいません、よろしくお願いします」

「いえいえ。構いませんよこのくらい」

 

 蘭と話し終えた宮代が、車の助手席へと座る。一心は笑顔で彼を迎え入れた。

 

「家はどちらの方に?」

「ええと、場所は───」

 

 宮代から告げられた場所を聞き、一心は目を見開く。

 

「そんな所から来たのですか?徒歩だと30分くらいかかるのでは?」

「そうですね。雨も降ってたので45分くらいかかっちゃいました」

 

 ははは、と笑う宮代。一心はただただ驚く。そこまでして、蘭の為に。

 

「……わざわざありがとうございます」

「いやいや、俺が勝手に来ただけなんで、寧ろ車で送ってもらうなんて申し訳ないくらいです」

「恐縮です。では、行きましょうか」

「はい。よろしくお願いします」

 

 話をそこそこに、車を走らせ始めた。

 数分の無言を経て、宮代が不意に口を開く。

 

「……どう、でしたか。俺達の話」

「…………“若さ”を感じましたね」

「どういうことです、それ」

 

 一心の返答に、宮代は苦笑いを浮かべる。

 先程まで繰り広げられていた2人のやり取りを、一心は部屋の側で聞き耳を立てていた。

 

 まだ若く、青い2つの感情をぶつけ合う2人の姿に、一心は懐かしさを感じていた。感受性豊かな思春期に、あれだけ感情剥き出しで言い争える存在を持つことが出来ている蘭を見て、一心は少しだけ安堵する。

 

「……尤も、蘭は君のことが気にくわない様子でしたが、ね」

「……返す言葉もないです、はい」

「ははは、冗談ですよ。だが蘭は、君をえらく信用しているように見えた」

「信用……蘭が、ですか?」

「ええ。蘭はあんな性格ですから、滅多に自分の思いを打ち明けることはありません。でも、君は違った。それは紛れもなく、君が今まで蘭の“友達”で居てくれた証だ。改めて礼を言わせてください。ありがとう」

「いや、そんな……」

 

 一心の感謝に、歯切れ悪く返事を返す宮代。彼はその後、俯いたまま言葉を続けた。

 

「……俺、今迄ずっと、“友達”が居なかったんです」

「……?」

「俺、下の名前が陽奈……太陽の“陽”に“奈”って書いてハルナなんですけど、この名前のせいで、ずっとからかわれ続けていて……友達作るのが、しんどかったんですよね」

 

 宮代の独白を、一心は無言で聞いていた。

 

「……でも、蘭は、皆は違ったんです。名前なんて関係なく接してくれて、それがずっと嬉しかったんですけど……果たして俺と蘭達は友達なのか、ってずっと考え続けてて。でも最近わかったんです。俺は“蘭達と、友達になりたい”んだって。友達として、ずっと側に居続けたいんだって。こんな簡単なことに気づくのに、3年もかかっちゃいました」

 

 自嘲めいた笑みを浮かべたまま、陽奈は語る。それが落ち着いた後、一心は静かに口を開いた。

 

「……君より大人の戯言だと、聞き流してくれて構わないんですが」

「え……?」

「……宮代くん。君は深く考え過ぎる節があると思います。それは君の思いやりと優しさを形作る長所であると同時に……自分傷つける、短所でもある。君はもっと、自分の存在を認めてもいい。

 君の過去について深く触れるつもりはありません。私から言えることは──君のその思慮深さと優しさで()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「っ──!それじゃあ……!」

「はい。認めましょう。君達の本気を」

 

 一心は、笑顔で告げた。それを聞いた宮代の表情は、満面の笑みへと変わる。

 

「ありがとうございます!」

「ただ改めて、蘭に私の所に話をしに来て欲しい。今度は頭ごなしに拒んだりはしません」

「はい。蘭もわかってると思います。後は俺が何かしなくても……彼女達だけで、大丈夫なはずです」

 

 宮代は、小さく呟く。そこには彼の娘達に対する確かな信頼が見て取れた。

 

 ──私も、随分と強情だったものだ。

 

 泣き叫ぶ蘭の本心に当てられ、心が締め付けられなかったといえば嘘になる。娘の事を、何もわかっていなかった…否、わかろうとしていなかったのだという事を、自分よりも遥かに幼い目の前の少年に教えられた。

 

 ──定めるのは、彼女達の曲を聴いてからでも遅くはない。

 

 彼と彼女の“本気”は、確かに一心の心を動かしたのだ。

 

 

 

▼▽▼

 

 

 

 蘭の父……一心さんに送って貰った後、部屋で寝ていたひまりをベッドに移し、自分は床で寝たのだが……どうやらそれがこの風邪の原因のような気がしてきた。鼻をすすり、俺は顔まで布団をかぶる。すると枕元のケータイが震え、メールの着信を知らせた。

 

 このご時世、意思伝達ツールとして専ら使われるのはトークアプリだろう。世はスマホ戦国時代、メールはガラケーと合わせて過去の遺物(オーパーツ)と成り果ててしまっている。今時メールでくる連絡といえば高が知れている……が、俺には今の着信に心当たりがあった。

 なんせ俺は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。送り主の名前を確認すると……想定通りだった。俺は本文を開く。

 

 

 ──蘭もびっくりするだろうなぁ。

 

 

 

《From:美竹一心 // 蘭が、私の所に来ました

 

 ライブを見に来て欲しいと、自分の口で私に伝えに来ました。これまでは違い、本気で私にぶつかって来ました。親として、娘の成長を目の当たりにしたようで、非常に嬉しい思いです。ライブは見にいく、と返事をしておきました》

 

 

 

 ──お前のお父さん、俺のメル友になってるんだけど。

 

 

 家に着いた後、一心さんとなし崩し的にメアドを交換することになってしまったのだが、見た目通りというかなんというか、割とマメに連絡してくるのだ、この人。ただこういうことには慣れてないみたいで、内容が日記みたいになってるのは最早愛嬌だ。

 だがとにかく、蘭がしっかりと一心さんと向き合って、バンドを続けていくと言う“本気”をぶつけられたのは、凄く良いことだろう。これで『Afterglow』の障害は──全てクリアされた。あとは約10日後まで迫った本番に向けて全力で努力していくだけだ……俺は早く風邪を治さなくては。

 

 そこまで考えて──俺は笑う。

 

 いつからだろう。

 

 彼女達の夢は──いつしか俺の夢に変わり。

 夢の無い俺にも、微かな夢が出来てしまった。

 ひまりの為。この言葉に嘘は無い。だが今回ばかりはそこに『Afterglow』や蘭への個人的な感情が付随してしまっていたのは確かだ。

 

 だが、俺の思いは酷く滑稽だ。自分が演奏するわけでも無いのに、彼女達のために全力を尽くすことで、彼女達と同じ土俵に立ったつもりでいるのだから。

 

 『Afterglow』という五人組バンドの中に、勝手に自分を括った気分になってしまっている自分に気づき、嫌気が刺す。ふと心に染みる疎外感を自覚し、俺は1つ、溜息を吐いた。

 

 何時もならば、この疎外感を自虐と共に噛み砕くことが出来ていたはずだ。でも何故だか今日は、俺の心がそれを許してくれない。それは雨垂れのように小さく、微かに、少しずつ俺の心を叩き、浸透していく。理由はもう、わかっている。俺はあの時の蘭のように気付かないふりなんてしない。

 

 

 俺は皆と友達になりたくて。

 

 だから今心に染みている疎外感が。

 

 

 

 ───()()()()()()()()

 

 

 

 以前の俺ならまず抱かなかっただろうその寂寞は、それでも今の俺にはストンと腑に落ちる。つぐみが、蘭が教えてくれたこの思いは、矛盾だらけの歪んだ俺の心に新たな波乱を呼び起こすものだったが、それでも手放したくなくて。この寂しさを、ずっと感じていたいようなそんな気すらして。

 

 

 

 自分の心に起こった心境の変化に、まだ整理がつかないけれど。

 

 

 

 俺と“彼女”と“彼女達”の関係は、もうすぐ変わる、変わっていく。

 

 

 

 そう思わせるような何かを胸に感じながら、俺は再び眠りについた。

 

 

 





第1奏は次で終わります……が!!
リアルの関係で少々間隔が空いてしまいそうです、本当に申し訳ありません……。

新たに高評価をくださった、

枳殻稲荷さん、マトリカリアさん、黒歴史のかまたりさん、アイスティーさん、k_oさん、風見なぎとさん
本当にありがとうございます!こんなにも高評価貰えて本当に驚いています。

次回もよろしくお願い致します!
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