夕暮れの君は、美しく輝いて   作:またたね

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第一奏これにて終幕。

一世一代の大勝負。


本当の声

 

 

18話 本当の声

 

 

 

『──次は19番、“Afterglow”の皆さんです!』

 

 

 そんな話をしていると、彼女達の名前が呼ばれた。前のバンドの楽器が外に運び出され、彼女達の楽器が運び込まれる。約1分半程のセッティングを終えて、彼女達はステージへと上がった。そのままポジションに立ち一礼すると、各々楽器を触り、音の響き方やチューニングを確かめる。約2分程でそれが終わり、彼女達は改めて一礼した。場内で沸き起こる拍手。俺と一心さんもそれに合わせて手を打った。

 

 

『──皆さんこんにちは。初めまして、“Afterglow”です。よろしくお願いします』

 

 

 模範的挨拶だが、どこか固い。若干震えそうになっている声色が、蘭の緊張ぶりを明確に示している。

 それでもいい。今からやる事は、普段と何も変わらない。ただ“いつも通り”の演奏をするだけ。

 

 

 さあ、歌え。紡げ。

 

 

 “命”を賭けて、“魂”を震わせろ。

 

 

 

『それではいきます──“That Is How I Roll !”』

 

 

 瞬間、静寂が会場を包む。瞳を閉じること数秒、そうだ、“いつも通り”でいい。恐れるな、怯えるな。いつも通り、最高の君達を見せてくれ。

 

 そして響き渡る、彼女達の演奏。

 

 彼女達の演奏は五月の頭に聞いたあの時よりも遥かに研ぎ澄まされたものになった。曲に馴れ親しみ、自分以外の音を聞く余裕ができた事でより一体感が増した。その中で技量面での成長が著しいのは、つぐみだ。

 元々素質はあった。が、それは彼女自身の意識の問題で開花していなかった。その意識が改善された今、彼女の上達はまさしく鰻昇りの如し。表現力に色が付き、確実に曲のハーモニーを描き出している。

 

 しかし一際異彩を放っているのは──蘭の歌声だ。

 

 元より感情を歌声に乗せる才能があった蘭は、それまでその才を持て余している節があった。感情が歌声に乗る、故に蘭の心持ち次第で、曲の良し悪しが決まりかねない諸刃の剣。気分が“ノって”いれば、数多の敵を斬り払う業物となり、雑念が混じれば小兵にすら届かぬ(なまくら)と化す。それが蘭の“武器(才能)”だった。

 

 では、今日はどうなのか。

 

 極限の精神状態の中で、今日の彼女の状態は、一体如何程のものなのか。

 

 一言で言い表すならば。

 

 

 

 ──最高、だ。

 

 

 

 蘭の奴、まるでバケモノだ。ここ一番の大勝負で、自分の状態を最高に持ってきやがった。

 圧倒的に音才に恵まれているわけではない。天才には届かぬ、非凡止まりな彼女。

 しかし彼女の思いが、幼馴染との絆が、思い通りにいかない現実に涙を流した経験が、“本気”を刻んで来た月日が、彼女が今日まで費やして来た全てのモノが、そして──彼女の後ろで“本気”を奏でる最高の仲間達が、今、この瞬間に最高を齎す為に、彼女の背中を押している。

 

 

 

 ───負けたくない。

 

 ───終わりたくない……!

 

 足掻け、足掻け足掻け……!!

 

 まだまだ皆で、歌っていたい──!!

 

 

 

 

 歌声に宿る、蘭の魂の咆哮。それが“音”に溶けて、更なる迫力を生み出す。観客も呆気にとられたように彼女達の演奏に夢中になっている。間違いなく、最高のスタートを切れたと断言していいだろう。

 

 

『──ありがとうございました』

 

 

 今までとは一線を画すクオリティを誇る一曲目が終わり、一礼をする彼女達。会場を温かい拍手が包む。俺も拍手をしながら、横に立つ一心さんの様子をそっと伺い見ると、一心さんは手を叩くことなく、無言で彼女達を見つめていた。彼が何を考えているのか、俺には想像がつかない。

 

『──次の、曲です』

 

 荒くなる息を宥めようと、肩で息をしながら蘭は言う。二次選考は全部で2曲。次が最後の曲だ。

 

『最後の曲になります。この曲は、わたしが道に迷った時、側にいてくれた大切な仲間達を思って書いた曲です』

 

 その言葉にも、歌声と同じ様に芯が宿っている。緊張などもう微塵も感じさせない力強い声で、蘭は言葉を紡いでいく。

 

『……わたしはもう迷わない。絶対に逃げたりしない。全てに向き合って、前に進んでいく。大切な仲間達と一緒に……!!』

 

 バンドMCとしては、褒められたものではないだろう。だがその言葉は確かにメンバーを……そして俺を奮い立たせた。

 

 

 

 さあ、やってやれ、蘭。

 

 

 君の“本当の声”を、この会場に響かせろ──!

 

 

 

 

『聞いてください──“True color”』

 

 

 

 

 

 一曲目とは対照的な、静かな始まり。

 しかしそれは数小節を超えた後、彼女達らしい爽やかなアップテンポへと変貌を遂げる。ギターが刻むメロディを、ベースが支え、キーボードがハーモニーを彩る。基本にして王道、それが極めて高い次元まで鍛え上げられているイントロ。何度も何度も練習を重ねて来た彼女の努力の成果が、如実に表れていた。

 イントロが終わると、蘭が歌い出す。それはまるで、彼女の心境を吐露しているかのように聞こえた。それはそうだ、この詩を書いたのは蘭で、この歌は彼女自身の思いの丈が存分に込められた歌なのだから。彼女の本心が、歌声に乗って会場に響き渡る。その様相は、サビに入ってからは正に圧巻の一言だった。

 観客はもう、蘭の歌声の虜になっている。彼女の等身大の思いは、観客の心に確かに響いているのが伝わって来た。

 そしてサビ終わりに叫ぶ、『ありがとう』。

 渾身。正にこの言葉がふさわしい。

 言葉で感情を伝えられない少女に出来る最大の感謝がそこにはあった。

 

 

 

 ──君達はバンドを続けていけるか不安に思っていたかもしれない。

 

 でもきっと、大丈夫だ。

 

 君達の本気は、ちゃんと伝わっているから。

 

 

 隣で涙を流しながら演奏を聴いている一心さんの姿を見て、俺はそう思った。

 

 

 

 

 

 

「お疲れ様、皆」

「ありがとー、ハルちーん」

「聞いたか陽奈、あの歓声!」

「あぁ。凄かったな」

 

 演奏終了後、控室に向かい、皆と合流した。

 

「上手く行ってよかったー!!」

「今日の蘭ちゃん、いつもより凄かったね!」

「……みんなのおかげだよ」

 

 つぐみの言葉に、照れたように頬を染めた蘭が目を逸らした。そんな中。

 

 

「……蘭」

「っ!父、さん」

 

 一心さんが、控室へと現れた。

 

「……皆さん、初めまして。蘭の父です。いつも蘭がお世話になってます」

「はーい、お世話してまーす」

「お、おいモカっ……!」

「ははは、構いませんよ。実際本当にそうなのでしょうから」

 

 モカの返答に巴が焦ったように声を上げるが、一心さんは全く気にする様子はない。

 

「……演奏、聞かせてもらいました。正直な話、高校生がやるバンドなど……と偏見を持っていたのは否めません。しかし、とても感動しました。君達の本気を、確かに感じた。蘭」

「っ!は、はい」

 

 

「───これからも、頑張っていきなさい」

 

 

「っ───!父、さん……」

「そして大切にしなさい。今お前の側にいる友人達を。いいね?」

「は、い……」

「私からはそれだけだ。それじゃあな……今まで、済まなかった」

「っ!!」

 

 それだけを告げて、一心さんは控え室を後にしようと振り返って歩き出した。蘭はしばらくそのまま硬直していたが、やがて我を取り戻したように叫ぶ。

 

 

「父さんッ!」

 

 蘭の呼びかけに、一心さんの足が止まった。

 

「父さん、わたし、華道も頑張るよ」

「……!」

「今まで逃げて来た分、ちゃんと向き合いたい。華道にも、父さんにも。だから、その……今まで、ごめんなさい」

 

 去り行こうとする背中に、蘭は深く一礼した。一心さんは、それでも尚振り向かない。そのまま暫く時は流れ、漸く一心さんが口を開いた。

 

「……どちらも本気で取り組むことだ。中途半端は許さないからな」

「うん……わかってるよ」

「ならいい。頑張りなさい、蘭」

 

 最後まで蘭を見る事はなかったが、最後一心さんは優しい声色でそう言うと、今度こそ控え室を後にした。

 

 その背中を最後まで見届けた後。

 

 ──蘭はその場に膝から崩れ落ちた。

 

「蘭……!」

 

 巴が駆け寄り、肩を支えた。そんな巴をまるで意に介さず、蘭は暫くただ呆然と父が去っていった後のドアを眺め続けていて。俺達の間に、突如沈黙が訪れた。

 

 

「……………………よかった……」

 

 

 そしてその沈黙は、雨粒が窓を伝うように零れ落ちた蘭の一言によって破られる。

 

 口から滑り出た安堵は、きっと無自覚だったのだろう。だがその言葉は確かに、蘭の心に沁みた。その安堵を自覚した途端、はらはらと蘭の瞳から涙が伝う。

 

 

「よかった、よかった……本当、にっ……よかった……」

 

 

 幾度も幾度も、噛み締めるように蘭の口から零れる安堵。それは確かな実感となって、重圧に負けじと争い続け、蘭の心の安定を保っていたピアノ線のようなか細い糸を、不意にプツンと断ち切ってしまった。

 

「怖かった……っ、不安だった……みんなと、離れ離れになったら……どうしっ、ようって……ずっと、怖くてっ、怖くて……!」

「蘭……っ」

 

 唇から形を成して零れていく安堵の言葉と共に流れ行く涙を、蘭が手の甲で拭う。拭えど拭えど涙は止まらず、泣き顔でくしゃくしゃになっていく蘭の表情。それを間近で見ていた巴は、そっと蘭を抱きしめた。その巴の頬も涙が伝っている。周りを見れば、皆も涙を拭っている様子が見えた。張り詰めていた気が、一心さんの言葉で一気に緩んでしまったのだろう。良かった。心からそう思える。彼女達の努力は、決して無駄ではなかった。

 

 それから彼女達は、不審がった周囲からの視線に気付くまで、只々泣き続けていた。

 

 

 

 

 

「クッソー!ダメだったかぁー!」

 

 それから全てが終わって会場を後にしてから。巴の落胆が、俺たちの間に響いた。

 

「14位……あと、ちょっとだったね」

「……届かなかったねー。残念」

 

 ひまりの悔しげな呟きと、モカの小さな声での呟き。『Afterglow』の結果は──30バンド中14位。本戦に進めるのは12バンドなので、あと少しだけ、手が届かなかった。重ねた努力は、確かに成果を結んだ。彼女達は、これからもバンドを続けていく許可が出たのだから。だがもう1つの目標……『ガルジャム』本戦出場という目標は、叶わなかった。

 

「悔しい、ね」

「……まぁ、これが今の君達の実力、ってことだな」

「ハルちゃん酷い!今そんなこと言わなくてもいいのに!」

「実際そうだろ?だって……今日の君達の演奏は、誰が何と言おうと、“最高”だったんだから」

『!』

 

 俺の言葉に、皆が驚き目を見開く。注視されたのが何とも恥ずかしいが、俺は伝える。今日の演奏で感じた、有りの侭を。

 

「……皆、最高だったよ。特に二曲目。鳥肌が止まらなかった。今日の演奏は、今の君達にできる最高の演奏だったって、心から思ってる。この結果は残念だけど……今日の演奏は、君達の誇りにしてほしい。本当に……お疲れ様」

 

 そう言って笑い掛けると、皆も笑顔を返してくれた……のだが。

 

「……んっ、ぐすっ、ふえぇ……」

「は?え、ひまり……?」

「悔しい、っ……悔しいよぉ、ハルちゃぁん……」

 

 ひまりだけは、何故か泣き出してしまった。そして彼女は、そのまま俺の胸に飛びついて来た。

 

「わっ、おい、ひまり……!」

「うわぁぁぁぁぁぁ……みんなと一緒にっ、『ガルジャム』本戦で歌いたかったよぅ……」

「ふふふふ……ははははは!」

「ちょ、泣くなってこんなとこで!おい巴!笑ってないでコイツどうにかしろよ!」

「泣かしてやれよ、陽奈。ひまりはずっと頑張ってくれたんだからな」

「って……えぇ……」

 

 困惑で自分の顔が歪んでいるのがわかる。そんな俺の様子を見て周りがニヤニヤとしているのも。何なんだよこの状況は。

 

「……ホント、“いつも通り”だね、ハルとひまりは」

「こんなのいつも通りにして欲しくないけどな、俺は」

「……でも、わたし達は、“その先”に行かなくちゃいけない」

「え……?」

「その先?」

 

 蘭の呟きに、つぐみとモカが反応した。そんな2人の反応を見て、蘭は言葉を続ける。

 

「……わたし達は、これまで“いつも通り”頑張って来た。その結果が今日のコレで、悔しい思いをして……わたし達は、今までみたいな“いつも通り”じゃダメなんだ。行かなきゃいけない……()()()()()()()()()()へ」

「いつも通りの……」

「向こう側……」

「だから行こう、みんなで一緒に。わたし達6()()で見ることが出来る、最高の景色を探しに!」

「っ!」

 

 力強く言い切った蘭は、今までに見たこともないほど朗らかな笑みを俺に見せた。6人。5人ではなく、彼女はそう言った、言ってくれた。

 

 

「──付いて来てくれるよね?ハル?」

 

 

 彼女が俺に、手を差し伸べる。周りの皆も、笑顔で俺を見ていた。その夢のような光景が、まだ現実だと理解できずにいる。

 

 こんな俺を、君達は認めてくれるのか。

 

 自分が嫌いで、君達との必要以上の関わりを、避け続けようとして来た俺に、手を差し伸べてくれるのか。

 

「……ハル、ちゃん?」

「ハルちん泣いてるの?」

「……うるさい」

 

 限界だった。感極まった心は、俺が涙を隠すことを許してはくれなかった。嬉しくて、暖かくて。そんな感情が心の中に現れたことは、卑屈な俺には最早数えるほどしか記憶になくて。

 そんな思いもそこそこに、俺は涙を袖で拭うと、蘭の手をゆっくりと取った。

 

「……俺でよければ、どこまでも付いていくよ」

「あの時の仕返しが成功した気分。ザマーミロ」

「今そんな空気じゃねぇだろ。蹴飛ばすぞお前」

 

 ドヤ顔を見せた蘭の手を振り払い、軽く噛み付いておく。その様子は、俺達に笑い声を生んだ。

 

「これも“いつも通り”、だねー」

「うんうん!そうだね!」

「よーし!帰ってスタジオで練習だー!」

「は!?今からするつもりか!?」

「いいじゃん。折角だしみんなで歌おうよ」

「お前ら……今日くらい休めよ」

 

 各々が自分の思いを述べていく。

 一見それまでと変わらないようなそれは、確かに俺達の絆が深まったことを示していた。

 

「よーし!みんな行くよ!競争だー!!」

「あっ、待ってよひまりちゃんっ!」

「ふふふ、みんな元気だねー。待て待て〜」

「っし、行くぞ!」

「陽奈!?お前も乗り気なのか!?」

「何してるの巴、置いてくよ?」

「お、おい、待てってば!」

 

 駆け出したひまりに続いて、皆で走る。

 

 そして俺達は向かうのだ、いつも通りの、『向こう側』へ。

 

 この6人でしか見られない、未だ見ぬ最高の景色を探して。

 

 

 

 

 黄昏を笑顔で駆け抜ける6人の背を、眩しい夕焼けが照らしていた。

 

 

 

 





というわけで、改めまして第1奏終幕です。
第1奏が終わり、彼と彼女達の関係は大きく変わりました。
これからの物語も楽しみにしていただければと思います。

次回もよろしくお願いします!

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