夕暮れの君は、美しく輝いて   作:またたね

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前回のあらすじ

美竹蘭、進化Bキャンセルチャレンジ。


気付かずに、終わってく

 

 

24話 気付かずに、終わってく

 

 

「……? 蘭のヤツ、急に連絡つかなくなったな」

 

 蘭からの連絡が途切れて、15分が経過した。巴やモカ、つぐみも蘭に電話をかけるものの、一向に反応はない。

 

「充電が切れたのかな?」

「可能性としてはなくもないけど……とりあえず、ひまりと陽奈に電話してみるか」

 

 そう呟いた巴は、先ず陽奈へと電話をかけた。コールが鳴ること数度、電話が繋がる。

 

「おっ、繋がった!もしもし、陽奈?」

『あっ、巴!もしもし?私、ひまりだよ』

「ひまり……?何でお前が陽奈のケータイに?」

『ちょっとこっちで色々あって……今どこ?そっちに行ってから詳しく説明する!』

 

 焦った様子のひまりを不審に思いながら、巴はひまりへと場所を告げる。存外近くにいたようで、繋いだままにすること2、3分でひまりは巴達の元へと辿り着いた。

 

「よかったー!こんな所に居たんだねみんな」

「あぁそうなんだけど、陽奈と蘭はどうしたんだ?」

「それがさっき蘭が倒れちゃって……」

「倒れた!?」

「うん……それで私がみんなを探してくることになったんだけど、ハルちゃんのケータイ私が預かったカバンの中に入ってて連絡が取れないの。蘭のケータイは繋がらない?」

「そーなんだよねー。蘭が出なかったから、ハルちんとひーちゃんのケータイにかけることにしたんだけど」

「そうなんだ……どうしよう、だいぶ動いたから元の場所に戻るのには時間がかかるかも」

「結構かかりそうなの?」

「うん……しかもあんまり正確な場所もわかんない。ここ広いし、景色も同じような感じだから」

 

 申し訳なさそうに告げるひまりの声に、3人の表情も厳しいものへと変わる。ひまりを責めているわけではない。ただ自分達が計画を実行することがなければ、こんなことにはならなかった。そんな後悔が、3人の心を苛む。

 

「……それじゃあ、ハルちんと蘭は今2人きりってわけだねー」

「……!」

 

 何気ない──もしかしたら意図的かもしれないが──モカの言葉に、巴はハッと息を呑む。そうだ、不謹慎なのは重々承知だが、これでひまりの陽奈への思いが明らかになるかもしれない……そう思った矢先。

 

 

 

「──うん、でも2人ならきっと大丈夫だよ!心配だけど、ハルちゃんが付いてるしね!」

 

 

 

 笑顔と共にひまりが口にしたのは、蘭の心配と陽奈への信頼だけ。男女で2人きりなど、そんな事実は微塵も気にしていない。本当に何も感じていないのか?自分達にそれを悟らせないように努めているのか?巴はひまりの真意を悟ることが出来ずにいた。

 

 

「とにかく合流できたし、2人を探しに行こ?ハルちゃんは多分蘭を休憩させるために何処か座るとこ探すと思うんだよね。私、この神社の地理なら詳しいし、頑張って歩き回れば見つけられると思う!」

「あ、あぁそうだな。じゃあ2人を探しに──」

 

 

 動揺しながらも、今は2人を探すことが優先だと自分に言い聞かせ、巴はひまりの意見に同調した。しかし、その歩みを止めるように、彼女はひまりへと声をかける。

 

 

「……待ってよひまりちゃん」

「ん……?どうしたの、つぐ。早く2人を」

 

 

 

「ひまりちゃんは……!陽奈くんが他の女の子に取られてもいいの……っ!?」

 

 

 

「お、おいつぐ……?」

「確かに陽奈くんは、ひまりちゃんの幼馴染かもしれない……でも、()()()()()()()()()()()()()んだよ……?一緒に居られることは、当たり前の事なんかじゃない。それって凄い奇跡なんだってことを、ひまりちゃんはわかってない……!

 

 

──陽奈くんは、きっといつか()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()んだよ?

 

 

ひまりちゃんはその事を、本気でわかってる……?」

「…………」

 

 絞り出すような声で、つぐみはひまりに問う。

 尋常ならざる真剣味を帯びたその言葉を受けたひまりは、呆然としたような……それでいて疑問を感じているような、不思議な表情のままつぐみを見つめている。息を呑むような沈黙。巴もモカも、二人の会話に割り込むことができない。そんな空気が、確かに2人の間に流れている。それを先に破ったのは、つぐみだった。

 

「……“その時”が来て初めて気付いても、もう手遅れなんだよ?手が届かない所に行ってしまった後に気付くなんて、そんなのきっと悲しいよ……だから」

「やだなぁ、つぐってば」

「え……」

 

 話を途中で遮られたつぐみは、俯いていた顔を持ち上げてひまりをそっと見る。するとそこには、笑顔でこちらを見つめるひまりの姿があった。

 

 

 

 

 

「──わかってるよ、()()()()()()()()

 

 

 

 

「……!!」

「……確かに私はハルちゃんの幼馴染で、それ以上でもそれ以下でもないよ?でも、()()()()()()()()。私はただ、ハルちゃんが幸せになってくれればそれでいい、そんな“未来”が訪れて欲しい。私はその未来に自分が居ればいいなんて事、少しも思ってない。ハルちゃんを幸せに出来る人は、私以外にきっと居るはずだから。私はハルちゃんの幼馴染のままでいい。ハルちゃんが幸せになるのなら、それ以上は望まない」

 

 淡々と、粛々と。

 まるで評論文を音読するかの如く、倩倩(つらつら)とひまりは自分の考えを述べていく。

 

「……私は、ハルちゃんと一緒に居られる“今”が幸せ。例えそれがいつか無くなる日が来ても、私はきっと笑顔でハルちゃんを送り出すことが出来る。だって私は──()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 えへへ、と舌を出しながら、頬を染めてひまりは笑う。その笑顔は陰りなく、今の言葉が紛う事なき本心であると、つぐみ達は痛感させられていた。

 

 

 

「──そんな私が」

 

 

 一転。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

    ハルちゃんが幸せになる未来を

 

 

 

 

        私が拒む理由が

 

 

 

 

     ど こ に あ る の?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ひっ……!」

 

 柔らかい言葉と相反する、つぐみを射るように見開かれた、闇だけを掬い上げたように明かりを灯さない瞳。表情こそ笑顔だがその瞳は微塵も笑っていない。

 地雷を踏み抜いた。つぐみだけではない、巴やモカもそのとき全てを悟った。自分達は、()()()()()()()()()()()ということに。

 

 本人すらもきっと無自覚。大好きなんて言葉じゃ生温い。その言葉で表現できるひまりの陽奈への想いは、ほんの氷山の一角に過ぎない。

 それほどまでに、宮代陽奈という存在は、上原ひまりという少女の中で大きなものだったのだ。

 だからずっと蓋をしている、気づかないフリをしている。大好きな彼が、大切な彼がいつか自分の前から消えてしまうかもしれないという事実、ずっと一緒には居られないという事実を。

 ひまりはそれをわかっていると口にしながらも、その本質をわかろうとしていない。嫌だと思いながらも、寂しいと思いながらも、彼女は“未来”よりも“今”を選び続けているのだ。陽奈と離れ離れになる“未来”を考えることよりも、陽奈と一緒に過ごせる“今”が幸せだから。

 その想いの表面を、つぐみは今明確に撫でた。それはひまりにとって触れてはならない見えざる核であった。

 

 

 そしてひまりは、気付いていないのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──それを()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

 

 

 感覚が麻痺した陽奈への想いは、ひまりの中でネームドさ(名付けら)れないまま、只管に膨張と肥大を繰り返し、彼女自身にも認識出来ないほどの大きさへと成り果てた。

 

 彼女は彼を、確かに愛している。

 

 それを恋心と名付ける事は、今のひまりには出来ない。そうするにはもう、この想いは大きくなりすぎた。家族への愛、幼馴染としての愛、友人としての愛……そして、異性としての愛。

 

 そう──彼を想う幾多の愛情の中に、“恋心”が含まれてしまっている。

 

 それがひまりの、陽奈への想いの、正しい表現だったのだ。これを恋心と呼ぶことは、広大な愛情の森林の中から、ただ一本の木だけを見つけるという行為に等しい。だからひまりは、陽奈に恋愛感情を認識することが出来なかったのだ。

 

 

 恋心を抱いていないわけじゃない。

 

 ──()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 それが上原ひまりの、宮代陽奈に対する想いの、正しい認識だったのだ。

 

 

 

 そこまで思い至ったのは巴のみ。だが残りの2人も、ひまりの尋常ならざる想いをひしひしと感じていた。

 

 

 

「……ほらみんな!早く2人を探さなきゃ!」

 

 

 

 そんな緊張感の中真っ先に口を開いたのは他でもないひまり本人だった。ひまりは先程までの凍り付いたような眼差しを次の瞬間にはいつも通りの柔らかな笑顔へと変え、まるで何事もなかったように歩き出す。その後ろ姿を、残りの3人はすぐに追いかけることはできなかった。

 

 

 

▽▼▽

 

 

 

「ある程度の地理はわかるから、どこにいるかさえわかればな……蘭、体調はどうだ?」

「ん……まだ少しクラクラする……けど、さっきよりは大丈夫」

「そっか。ならいいんだけど」

 

 ひまりと別れてから暫くして。2人はゆっくり休める場所を探し、あわよくば皆と合流すべく、宵が深まり益々人でごった返す祭会場をふらふらと歩いていた。しかし、縦横無尽様々に行き交う人々の多さに、2人の歩みは殆ど進んでいない。それとは別に、蘭が以前陽奈に背負われたままである、ということも要因の一つにあるのだが。

 同年代と比較して、余りにも細い線。しかしその見た目とは裏腹にやや筋肉質な、異性であることを如実に感じさせる陽奈の背中。負ぶわれている時間と比例するように、蘭の心音は益々高まっていく。

 

(うぅっ……なんかわかんないけど、めちゃくちゃ恥ずかしい……は、ハルは何も感じてないわけ……!?)

 

 勿論、美竹蘭の生涯の中で、これ程まで異性と近づいたこと──物理的にである──はない。未だに体の火照りが止まない一因を、今現在の状況が担っているのは間違いなかった。因みに空気の読めない幼馴染(上原ひまり)の、ともすればセクハラ紛いな度を超えたスキンシップを常日頃から受けている陽奈にとって、今更同年齢の女子を背負うことくらい、どうってことはない。故に蘭ほど緊張も動揺もしていないのだ。

 

「ねぇ、ハル」

「ん、どうした?」

「あたし、重く、ない……?」

「何言ってんのお前。寧ろ軽すぎてビビってるくらいだ、もっとメシ食べろよ」

「……うるさい」

「ん?なんか機嫌悪くなってない?」

「……はぁ、もういいよ、なんでもない」

「え、ちょっと、蘭?」

 

 そんなことには毛頭気づかない蘭は、この状況を何とも思っていない陽奈に対して、小さく溜息をつく。動揺している自分が、馬鹿らしいとさえ思える。何度も自分の名前「呼ぶ陽奈を無視し、漸く平常心を取り戻した蘭は、改めて現状について思案する。

 ひまりを除く幼馴染4人で計画した、今回の“作戦”。途中で頓挫はしたものの、目標自体は概ね達成できたと言える。ひまりの気持ちと陽奈の気持ち、何となくだが検討はついた。

 

(……にしてもハルの背中、暖かいなぁ……)

 

 そんなことを思った刹那。再び自分の心の中のナニカが、じんわりと熱を持ちはじめたことに気づく。その暖かさを自覚した途端、自分の頬が赤く染めるほど熱を持ち始めた。

 まただ。蘭は内心舌打ちする。陽奈のことを考えると、自分がわからなくなる。理解の及ばないこの暖かさ。苦しくて、重たくて、捨ててしまいたいのに、それでも自分の意思ではなく、心はこの暖かさを手放すことを望まず、寧ろ安心感や、ましてや幸せを感じてしまっている。

 ……否、本当はもうわかっているのかもしれない。それをただ、認めたくないのかもしれない。

 

 

──『──また明日な』──

 

 

 初めてだった。本気で叫んで、ぶつかって、本音を曝け出したのは。そうさせてくれたのは気に食わなくて大嫌いな、目の前の卑屈な冷たい目をした彼。自分の全てを憂い、達観しながらも誰かの為を思い、優しく手を差し伸べてくれる彼に、蘭は確かに救われたのだ。そんな陽奈に、蘭があの時抱いたのは、信用。でもきっと、正確には、それを超えた何かだという事に、気づき始めている。陽奈は、優しい。その優しさで心を撫でられて、蘭の中の何かが変わってしまった。でもそれを認めれば、自分たちの関係は、どうなるんだろう。触れ合う体から伝わる陽奈の熱で熱を帯びる、優しさで触れられた蘭の敏感な心の一部分は蘭に囁き続ける。認めろと、認めろと。

 

 わからない。

 

 わからない。

 

 何もわからない。

 

 自分のことも、陽奈のことも、ひまりのことも、みんなのことも。

 

 何が最善で、どうするべきなのか。

 

 

「──ねぇ、ハル」

「ん、やっと機嫌直してくれたか」

 

 

 だからなのか。聞くつもりもなかったその言葉は、勝手に口から滑り出てきた。

 

 

 

 

「──ハルはひまりのこと、どう思ってる?」

 

 

 

 瞬間、陽奈は息を呑んだ。顔は見えなかったけど、触れている陽奈の体が強張ったのが蘭には伝わってきた。誰にも踏み込まれることを良しとはしない、陽奈の中の地雷原。そこへと今、蘭は明確に一歩踏み出した。陽奈は、何も答えない。背負われている蘭には、どんな顔をしているのかもわからない。怒っているのか、悲しんでいるのか。

 蘭にとって永遠とも思える沈黙。それを破った陽奈の言葉は、あまりにも予想外なものだった。

 

 

 

「──()()()()()()()()()()()

 

 

 

「え……?」

「“聞いてきた”ってことは、()()()()んだろ?いや、元からバレてるとは思ってたけどさ」

 

 何を、とは陽奈は言わない。勿論蘭も。蘭の頭は、自嘲めいた彼の言葉を反芻し続けている。返答ナシを肯定と判断した陽奈は、『内緒にしてくれよ?』と前置いて、言葉を続けた。

 

「……いつか君らの中の誰かが触れてくるだろうなとは思ってたんだ。でもまさか蘭が最初だなんてな。流石に予想外だったよ」

「何ソレ。わたしが気づいてないとでも思ってたわけ?」

 

 そうだけど、とは口が裂けてもいえない。

 勘違いしたままの陽奈には、そのままでいてもらうことを蘭は決めた。

 

「ごめんって。蘭はあの4人の中じゃ1番俺とひまりの関係には無頓着だと思ってたからさ」

「………………………………そんなことないけど」

「ん、何だ今の間は」

「別に。それで?どういう意味なのさっきのは」

「あぁ……俺とひまりは、物心ついた頃から一緒にいる。遊ぶのも喧嘩するのも出かけるのも、隣にはいつもひまりが居た。最早アイツは、宮代陽奈(オレ)の世界を構成する一部だと言ってもいい。それはひまりにとっても、同じことなんじゃないかな。だからアイツはいつまで経っても俺にべったりで、馴れ馴れしくて、遠慮しない。どこまでも純粋で、俺がどう思ってるかなんて、きっとひまりは二の次なんだ。そんなアイツが側にいれば、嫌でも自分の心の醜さ感じて嫌気が刺す」

 

 こっちがどれだけ苦労してると思ってるんだ、と不機嫌を微塵も隠さずに陽奈は吐き捨てる。その言葉に蘭は、自分が感じた陽奈のひまりへの思いの違和感は、間違っていなかったと感じた。

 

「……けど俺は、心のどっかでそれを心地良く感じてるのも本音だよ」

「……!」

「ずっとこんな日常が続けばいいのになって、そんなことばっかり考えてる。そしてその度に俺は、『あぁ、やっぱりひまりの側にいたいんだな』って痛感するんだ」

「……そう、なんだ」

「あ、勘違いすんなよ?俺はひまりの隣にいたいとか、そんなことは全く思ってないから」

「え……?」

 

 

 

「俺は──ひまりの()()に居たいんだ」

 

 

 

「後、ろ……?」

「そ。俺はひまりと付き合いたいとか結婚したいとか、そんなことはマジで()()()()()()。ひまりが絶望した時、倒れないように支えてあげたい。ひまりが悩んでる時、背中を押してあげたい。俺が望むことなんて、ただそれだけだよ」

 

 ……きっと嘘ではない、本当にそう思っている。陽奈が紡ぐ言葉の端々に感じる想いの熱に、蘭は嫌でもそう感じさせられた。余りにも衝撃的な彼の心中、齢15とは思えない達観した思想。自分の幸せとひまりの幸せを秤にかけ、何の躊躇いもなく自分の幸せをかなぐり捨ててひまりの幸せを願う、自己犠牲を超越した献身的な陽奈の思いに、蘭は胸を締め付けられるような痛みを覚えた。

 

 ──狂っている。

 

 こうまでして、人は誰かの為を想うことが出来るのだろうか。蘭は狂気染み、歪んだ陽奈の思いを聞いて、寒気すら覚えていた。

 

 

「……歪んでるよな」

「えっ」

「わかってるんだよ自分でもさ。俺の思いは、ひまり以上に自己中で、微塵もひまりの為になんてなりやしない、ただのワガママだ。なんて汚穢狡(きたな)い人間なんだって、いっつも思ってる。縋ってるんだよ、俺は」

「縋ってる……?」

「過去……いいや、今に。未来のことなんて、怖くて考えたくもないんだ。来なければいい。ずっとこのままでいい。未来(ソレ)を考えてしまえば、俺はきっと壊れてしまう。だから俺は……今のままでいい」

 

 

 蘭は知る由もないが、奇しくも陽奈とひまりは、同じことを考えている。先の見えない“未来”よりも、心地良さを覚える“今”。大切にしたいのはただそれだけ。互いに相手の事を考えているにもかかわらず、その線は交わる事のない平行線を描く。その真実を知る者は、今はまだ誰もいない。

 そして蘭は、自分の思っている以上に複雑な陽奈の思いを聞いて、ただ閉口することしかできなかった。

 

「……お、あったぞ蘭、ベンチ」

 

 そして当初の目的であった、休憩できる場所を見つけた陽奈は、それ以上心中を語ることもなく、蘭を下ろして腰掛けさせた。

 

「少しは良くなったか?」

「うん……さっきよりは」

「そっか、ならもう少し座っていよう」

「大丈夫、もう歩けるよ……あっ」

「っ、と!」

 

 ベンチから立ち上がろうとした蘭を、猛烈な立ち眩みが襲う。ぐらりとした浮遊感に平衡感覚を失い、再び膝から崩れ落ちかけた蘭を、陽奈が後ろから手を回し支える。

 

(っ……あ、れ……?)

 

 先程まで、陽奈に触れて高揚していた自分の心。そこからまた陽奈に改めて触れられた自分の心の違和感に、蘭は気づく。

 

「無理すんなって。ひまりは俺と同じくらいこの場所に詳しいし、待ってればそのうちここにも着くさ」

「……そうだね、ごめん」

「謝んなくていいよ。大人しく座っててくれ」

 

 陽奈は笑顔で、蘭にそう言った。

 そんな彼の優しさに触れた蘭の心は──先程までと、まるで異なった心中を描き始める。

 

 

 

 

 ──違う。

 

 コレは、そうじゃない。

 

 今ハルが、わたしに向けるこの優しさは。

 

 

 

 

 ──()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

 陽奈は、優しい。

 その優しさに、蘭は、つぐみは、巴は、ひまりは、『Afterglow』は救われた。その優しさが、確かに自分達を繋いでくれた。

 だが、その優しさには、決定的な違いがあることを、蘭は嫌でも理解させられてしまった。

 

 ──冷めていく。

 

 心の芯で微かに熱を帯びていた何かが、北風に吹かれたかのようにゆっくりと。

 火照った思考が、クリアになっていく。今この場に置かれた状況を、客観視できるようになっていく。自分はただ、幼馴染の友人に過ぎず、陽奈はただ、大切な幼馴染の友人に親切を働いているだけなのだと。行動指針はただ一つ、“上原ひまり”。それ以上も以下もなく、ただそれだけの為に。頭ではなく、心がそう告げている。

 

 そして蘭はただ呆然と、ひまり達を探してキョロキョロと辺りを見回す陽奈の横顔を見つめる。

 ──感じない。高揚も、不快感も、何も。先程までの感情が錯覚だと言われても、疑問を抱かずに首肯してしまいかねないほどの無だけが蘭の感情を占めていた。

 

 

 そして蘭は気付かない。

 

 

 

 

 

 

 

 ──()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

 

 

 芽吹く前に、気付く前に。

 

 1つの恋の終わる音が、熱気に溢れる喧騒の中に、溶けて消えた。

 

 





チ ャ レ ン ジ 成 功

遅くなりまして申し訳ありません。
この先のストーリーを練り直し、構成を考えていると思うように筆が進まなくなり、あれよあれよという内に半年……次話も遅くなるとは思いますがどうか気長にお待ちいただければと思います。

今回もありがとうございました!
感想評価アドバイスお気に入り等お待ちしております!
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