夕暮れの君は、美しく輝いて   作:またたね

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評価が嬉しくて二本投稿です。

邂逅回ですね。


『Afterglow』

3話 『Afterglow』

 

 それから1週間後。暦の上では5月になった。世間一般でいう金色の大型連休(ゴールデンウィーク)に突入したものの、俺の日常に何ら変化はない。友達と遊びに行くわけでもなく、帰宅部だから部活に汗を流すわけでもない。ただ悠々とその日にしたいことをしたいようにして、だらだらと惰性的に日々を送る。普段の学校生活と至って変化のない……言ってしまえば、クズのような生活を送っていた。

 しかしながら、今日はいつもと違う。

 

「ハルちゃーん!はやくはやくー!」

 

 人通りの多い都会の日中、ひまりに連れられるまま俺は歩いている。今日は前から約束していた、ひまりのバンドの練習を見に行く日だ。最後に見たのは、中3の秋。約半年以上が過ぎてしまっていた事に内心で驚く。それと同時に、久々に会う顔馴染み達に若干の緊張を抱いていた。

 彼女達との出会いは、中学一年生の頃だ。

 ひまりは小学校の頃からメンバーと友達で遊んだりしていたらしいが、その頃は俺に面識はなかった。そこから何度か練習に参加したり、彼女達の演奏を聴くことを繰り返して、顔馴染み以上友達未満といった関係に落ち着いている……と、思う。世間一般ではもう友達の域に入っているのかもしれないが。

 

「おいひまり……まだ着かないのか?」

「もう少しだよ!今日はいつも使ってる場所の予約が取れなかったから、ちょっと遠い場所になっちゃったんだよねー」

「なるほど。学校は空いてないの?」

「ほら、前話した『ガルジャム』って覚えてる?あれの選考会がもう直ぐ始まるから、出来るだけ良い機材で練習したほうがいいかなーって」

「確かに」

 

 俺たちが住む場所の近辺には、練習で使えるようなスタジオはそう多くない。普段は放課後の学校で練習することは可能だろうが、やはり機材の質や心置きなく声や音を出せないという点で、学校がスタジオに劣っている点は多い。本番が近いなら、尚更スタジオで練習するべきだろうな。

 

 そうこう話しているうちに、スタジオへと到着した。受付でひまりの名前を出すと中への扉へと案内される。他のメンバーはもう既に到着しているようだ。緊張が少しだけ強くなる。

 

 

「あ、やっときたー。ひーちゃんおそーい」

 

 

 1番最初に聞こえたのは、気の抜けてしまいそうな優しい声。緊張も何処かへとすっ飛んでしまったかのように、途端に気が緩むのを感じた。

 

「ごめんごめーん!途中寄り道してたらこんな時間になっちゃって」

「寄り道ー?」

「どうせコンビニで新作のスイーツを見つけたとかそんな理由なんだろう?」

「違うってば巴っ!ほら!今日はスペシャルゲストを連れてきましたー!」

「ゲスト?」

 

 ……ゲスト?まさかひまりの奴。

 入り口に視線が集まっているのを感じる。先程飛んでいった緊張も見事にお帰りなさい(カムバック)、はぁ、っと深呼吸をして俺は部屋へと入った。

 

「……やぁ、久し振り、皆」

「おぉ、陽奈!来てくれたのか!」

「ハルちーん、おひさおひさー」

「元気そうだな……巴、モカ」

 

 真っ先に声を掛けてくれたのは、紫赤(パープルレッド)の長髪を靡かせる宇田川巴(うたがわともえ)と、眠たそうな瞳を見開き、笑顔で手を振る灰白色の髪をした青葉(あおば)モカ。

 巴はとてもサッパリとした性格で、良い意味でサバサバしている。一見すると非常にドライに見えるものの情に篤く、頼まれたことは断らず、何とかして助けようとする優しい一面がある。ひまりの宿題が終わらずに泣きついてきたのを尽力していた場面を何度か見たことがある。ドラムの腕もそれなりで、素人目に見ても上手いのがわかる。

 モカは見た目や言動も非常にふわふわしているが、周りを気遣うのがとても上手い。本質を見極める目、と言うのだろうか、とにかく空気が読める。ひまりにもほんの少しだけその技能を分けてあげて欲しい、切実に。ギターの腕も確かで、このバンドの根幹を担っている。

 

「わ、陽奈くん!久し振りだね!」

「……………………」

「久し振り、つぐみ……それに蘭も」

 

 続いて声を掛けてきたのは、キーボードの羽沢(はざわ)つぐみ。このバンド、『Afterglow 』の生みの親であり、幼さを残す見た目とは裏腹に、メンバーの精神的支柱を担っている。5人の仲を大切にし、友情を繋ぐ確かな存在だ。

 そして俺を一瞥してギターの調整を再開したのは、黒髪の一部を赤くメッシュに染めた寡黙な雰囲気を漂わせる少女、美竹蘭(みたけらん)。ギター兼ボーカルを務める彼女は物静かで必要以上に口を開こうとしないが、その心の内には音楽への情熱と、メンバーへの厚い信頼を秘めている。

 

 ここにベースのひまりを加えた5人が、夕焼けの名を冠した五人組ガールズバンド、『Afterglow』だ。

 

「ひまり、皆に俺が来ること伝えてなかったのか?」

「ごめんごめん、サプライズにした方が喜ぶと思って!」

「……約1名、どう考えても歓迎してない奴がいるんだが」

 

 その言葉とともに蘭を伺い見ると、彼女と目が合った。蘭は気まずそうに目を逸らした後、そのままの状態で俺へと問いかける。

 

「……何しにきたの、ハル」

「何しにって……ただ君達の演奏を聴きにきたんだけど、ダメか?」

「……別に」

 

 そして蘭は、完全に俺に背を向けてしまった。まぁこれも割といつものことだから気にしない。

 

「ごめんな、陽奈。せっかく久し振りに会ったのに蘭の奴あんな態度で」

「君が謝ることじゃないよ、巴。それにほら、もう慣れたし」

「ふふふ、ハルちんはやっぱり優男だねぇ」

「やめてくれよモカ。別にこんなの普通だろ」

「ううぅ、私もハルちゃんと話したーい!」

「わっ……おい、ひまりっ!」

 

 2人を遮り、ひまりが俺へと飛びついて腕を絡めてしがみついて来た。突然の事に、動揺してしまっているのが自分でもわかる。コイツ、急に密着して来やがって……自分のスタイルの破壊力、わかってないのか?身体中の至る所が俺に触れてるんだよ。

 年齢不相応に発育した“ソレら”の感触に頬が上気していくのを感じる。腐っても思春期の男子高校生だ、性欲は年齢相応にある。極めて精神衛生上宜しく無い感触に変な気を起こしてしまう前に、俺は力を込めて無理矢理ひまりを自分の腕から引き剥がした。

 

「いきなり何すんだよ、危ないだろうが」

「だってー……」

「第一今日だって一緒にここまで来ただろうが。家も近いし話す機会なんていつでもあるだろ」

「うぅ……」

 

 そこまで強く言ったわけではないが、ひまりは翠玉の様な瞳に涙を溜めて俯いてしまう。その様子を見かねたつぐみが、慌てて俺達の間に仲裁に入った。

 

「ほ、ほら泣かないでひまりちゃん……陽奈くんも、ひまりちゃん反省してるみたいだし、ね?」

「いや、別に怒ってるわけじゃないんだけど……まぁ、つぐみが言うなら」

「……女の子泣かせるなんて、サイテーだね、ハル」

「うるせえぞ蘭、こんな時だけ口出して来るなよ」

 

 横槍を入れて来た蘭に軽く噛み付いて、俺は深く溜息を吐く。未だに顔を上げないひまりの頭に、俺はそっと手を乗せた。するとようやくひまりが頭を上げて、潤んだ瞳で上目遣いをしてくる。

 

「……帰り、コンビニでスイーツ買ってやるよ。俺の家で食べよう」

「ほ、ほんと!?」

「あぁ。だから機嫌直せよ、ひまり」

「約束!約束だからね!」

「わかったから。つぐみも心配してるし、早い事元気出せ」

「やったー!よーし、練習だー!」

 

 先程の泣き顔が一転、水を得た魚の様にひまりは笑顔で走り回り、喜びを表現している。(さなが)らスイーツを得たひまり、と言ったところか。

 

「……相変わらず、陽奈のひまりの扱い方は尊敬に値するな」

「お菓子で釣れば誰でも出来るさ、あんな事」

「それがハルちんじゃないと通用しないんだよね〜、アレ」

「え、そうなの?」

「そうそう〜。だからわたしらはいっつも自然回復するの待ってる」

「まぁひまりは回復も一瞬だから、それもあながち間違いじゃないな」

 

 初めて聞くバンドメンバーのひまりへの対処法に、思わず笑みが溢れてしまう。

 

「……まぁモカなら心配ないと思ってるけど、弄り過ぎも程々にな。ひまりが本気でキレると、俺でも手を焼くぞ」

「わかってるわかってるー。ハルちん程じゃなくても、わたし達も長い間一緒にいるんだもん」

 

 俺のお節介にも思える懸念を、モカは笑顔で笑い飛ばした。モカならヘマはしないと思ってはいたものの、その笑顔を見て俺は安心することができた。

 

 アレはいつの話だっただろう、俺が初めてひまりを本気で怒らせたのは、確か小学生の頃だった。ひまりの家に遊びに行った時、出来心でひまりが楽しみにしていたデザートを、ひまりがトイレに行っている間に食べてしまったんだっけか。それに気づいたひまりは、3ターン後に俺は死ぬんじゃないかと思うほどの声量で泣き喚い(滅びの歌を歌っ)て、尋常じゃないくらい臍を曲げてしまったのだ。それ以来、俺は2度とひまりのデザートを勝手に食べないと心に誓った。

 しかし本当に問題なのはは曲げた臍が元に戻ってからで、調子を取り戻したひまりは──

 

 

「ハルちゃーん!いっしょにおひるねしよ!」

 

 

「ハルちゃん、あーんしてあげる!」

 

 

「ハルちゃんハルちゃん、いっしょにおふろはいろー?」

 

 

 ──跳ね返りか何か知らないが、俺の理解の範疇を遥かに超えたレベルで甘えてくる。

 しかしこれを断りまた臍を曲げられたら……という悪夢の様なジレンマに陥り、ストレスがマッハで胃痛を催すのだ。中学生になってからもこれは変わらず(流石に一緒に風呂に入ろうなんてことは言ってこないが)、隙あらば俺の布団に潜り込もうとしたことも一度ではない。そう、ひまりのこの状態は俺にとって──

 

 

 

 ──クソほど面倒くさい(可愛い)のである。

 

 訂正、クソほど可愛い(可愛い)のである。

 

 失礼、本音g…クソほど面倒くさいのである。

 

 面倒くさいったら、面倒くさいのだ。

 

 

「……いつまでふざけてるの?時間は限られてるんだから」

 

 遠い過去を振り返っていた思考が、蘭の一声で現実へと引き戻される。確かにこれ以上時間を食うわけにはいかないだろう。部屋の時間もあるし、何より本番までの限られた時間を俺のために割いて貰う必要はない。俺は彼女達を邪魔しに来たわけではないのだから。

 

「……ハルも、しっかり聞いてて。昔のわたしたちと、今のわたしたちの違い」

 

 それと、と蘭が前置く。

 

「……あなたの“耳”は、頼りにしてる。どんな些細なことでもいい、何か気づいたら教えて」

 

 真面目な眼差しに、僅かばかりの不本意を滲ませて、蘭は俺に告げた。頼りにされる程大層な人間じゃないが、そんな真剣な目で見られたら、拒否なんて出来ない。

 

「……わかった。力になれるかわからないけど」

「大丈夫。あなたは聞いてくれるだけで良い」

「……久々だな。陽奈にアタシ達の演奏を聴いてもらうのは」

「うん、なんか緊張してきたっ!」

「…別に緊張することなんてないんじゃない?」

 

 蘭の呟きに、皆がそちらを伺った。

 視線を向けられても、蘭の無表情は変わらない。

 

「──ハルが居ても居なくても、わたし達のやることは変わらない。“いつも通り”、やればいいだけ」

 

 一見無愛想で、無感情に聞こえる蘭の言葉。しかし皆は知っている──蘭の言う“いつも通り”とは、いつもと何も変わらない、()()()()()()()()()()()()()()()()()だと言うことを。

 普段以上の成果を目指すわけじゃない、気負うわけじゃない。“いつも通り”にやれば、自分達は大丈夫だと。それに見合うだけの練習を、自分達は重ねてきたのだと。それが蘭がこのバンドに向ける掛け値の無い無量の信頼と、積み重ねた月日が保障する友情の証だと。

 

 それが“いつも通り”に込められた蘭の思いだと。

 

 先程までどこか緊張の色が見えたメンバーも、蘭の言葉を受けて柔らかい表情へと変わる。

 

「そうそう、大丈夫大丈夫ー。わたし達は、いつも通りやるだけ」

「そうだよ、折角の機会、存分に活かさなきゃ」

 

 モカとつぐみが各々の思いを述べながら、配置へと着く。巴とひまりが、その後に続き、最後に蘭が己のポジションへと向かった。軽く楽器を触り、音や感触を確かめると、皆はそっと目を閉じる。

 

 これは彼女達の、ルーティーン。

 

 己に問いかける──目指す場所、向かうべき場所は。

 

 仲間はどうだ──同じ景色を、共有してるか。

 

 やるべきことは──ただ一つ。

 

 

 今この瞬間、自分達のありったけを乗せて。

 

 

        「───行くよ」

 

 

 蘭の一言で、雰囲気が変わる。

 目を見開いた彼女達の表情が、目に見えて引き締まる。静寂が部屋を包み、聞こえるのは彼女達の雰囲気に飲まれ、早鐘の様に打ち鳴らされる己の心臓の音だけ。まるでこの場に“在る”音が、それだけしか無い様にすら感じられる、ある種異様な緊張感が部屋の中に充満している。

 互いが互いを伺い、今から始まる曲への意識を高めていく。常に高みを。“いつも通り”に、今の自分達の最高の成果を。そんな5人の意識が、最高潮へ達した時。

 

 ──カッ、カッ

 

 巴が、『1,2』のリズムで、スティックを打ち鳴らした。そして次の瞬間。

 

 ──極限まで張り詰めた緊張の爆弾が、5つの音で爆ぜた。

 

 彼女達の奏でる音の迫力は、ガールズバンドのそれとは思えない。ただ力強く楽器を演奏している訳ではない。単純な音の大きさ以上に、同じ高みを目指す5人の確かな思いがアンプとなって音を増幅させ、聴いている人間の心を、魂を強く揺さぶる……そんな“音”が、彼女達の唯一無二の武器だった。

 心地よい重みを持ちながらも、駆け抜ける様なイントロが終わり、マイクの前に立つ蘭が歌い始めた。

 蘭の歌声は、彼女の“(うま)”さを感じさせる。声楽的技量はプロに比べればやはり劣っている箇所があるものの、彼女は“感情を歌声に乗せる”事に関しては、遺憾無く才能の輝きを発揮している。Aメロ、Bメロはそんな蘭の歌声を殺さぬよう、荒々しいイントロに対してやや抑えめかつ丁寧に演奏されている。そしてその2つで作った流れが、サビが訪れた瞬間に身を結び、再び彼女達の“音”が炸裂した。

 目を瞑れば、容易に思い浮かぶ。

 夕暮れの屋上で、橙色の光に照らされながら、等身大の思いを掻き(叩き)鳴らし、叫ぶ5人の姿が。

 

 

 

 ──才能がある訳じゃない。

 

 まだまだ荒削りで、原石にも満たない稚拙な“音”かもしれない。

 

 ──だからどうした。

 

 他の誰にも邪魔させない、わたしが、わたし達が進む未来は、わたし達だけのモノだ。

 

 

 

 

 そんな蘭の、皆の思いが声になって、“音”に溶ける。彼女達の原点にして信念、そんなこの曲の名は。

 

 

 

 

 ──『That Is How I Roll(これが、私達のやり方だ) !』。

 

 

 

 

 曲が終わり、やり切った表情のまま肩で息をする彼女達に俺が出来ることは。

 

 唯々、賞賛の拍手を送る事だけだった。




名曲ですね。ひまり可愛いしやっぱAfterglowは最高です。

新たに高評価を下さった、

RILMさん、邪竜さん

本当にありがとうございます!評価文も含め、本当に支えになっています。

感想やお気に入りや評価等、目に見える形で皆様が応援をくれるので作者も頑張れます。

次回もよろしくお願いします!


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