“宝の持ち腐れ”
そんな言葉に悩むお話です。
4話 凡人の“才能”
「今の、結構良かったんじゃない!?」
「ああ。ここ最近でも、一番の出来だった」
息の荒いまま、喜びを露わにメンバーに問いかけたひまりに答えたのは、同じく息を荒くした巴だった。モカとつぐみも同様で、返事こそしなかったものの笑顔を浮かべている。様子が違っているのは蘭だけで、彼女は肩で息をしながら天を仰いでいた。やがて呼吸が落ち着くと、蘭は俺を見て真っ直ぐな視線で俺を射抜く。
「……ハル、評価」
単語だけで綴られた、端的にも程があるその言葉に苦笑いを浮かべつつ、俺は問いに答えた。
「甘口、中辛、辛口。どれがお望み?」
「あまk」
「辛口。はやく」
「ひえぇ……」
甘口を望んだひまりよりも早く、蘭が辛口を被せる。ひまりは良くも悪くも素直、キツイ評価に耐えられる自信がないのだろう。しかし周りのメンバーも辛口評価に異論はないようで、先程の浮かれた表情から一転、蘭同様真剣な眼差しで俺を見ている。俺なんかの意見が、果たして参考になるのだろうか。ふと卑屈に構えそうになる心に嫌気が指したが、彼女達の期待を裏切るわけにはいかない。俺は意を決して口を開いた。
「……総評65点、ってとこかな」
「65……」
「低くもないけど高くもない、って感じだねー」
口調こそ普段と変わらないものの、モカを含め皆の表情に落胆の陰が刺す。先程自分達なりに良い演奏が出来た風なニュアンスの自評をしていたからまぁ仕方のない事だろう……いや、本当に俺みたいな素人の評価を真に受ける必要なんてないと思うんだが。
「まずひまり。ベースのチューニング、テキトーにやっただろ」
「えっ!?いや、そんなつもりは……」
「ギターと違って単音だから、音のズレがより際立つぞ?
「使った……けど、途中から感覚で……」
「ひまりはずっとベースに触ってるから、確かに素人よりベースの音には敏感なはずだ。でも感覚でやり続けて、半音ズレた音が自分の中の正解で定まってしまったらどうなると思う?そこを基準に、他の音がズレ出したりしたら目も当てられないだろ?感覚に頼りたいのはわかる。でもどれだけ譜面通りに弾けても、根本的に楽器から鳴る音が違かったらどうしようもない。5人の音で“音”を作るんだ、音の調整は念入りにな」
「は、はいぃ……」
「でた!久々に見たな、陽奈の“超音感”!」
「さっすがハルちんだねー」
「……だから、そんな大層なものじゃないっていつも言ってるだろ?」
“絶対音感”、という言葉を聞いたことがあるだろうか。
簡単に言うと、ある音を聞いた時、その高さを記憶を元に絶対的に把握する力の総称である。例えば今の事例を見れば、ひまりのベースの音を聞き、その音程と俺の記憶の中の音に相違を感じ、俺はひまりのチューニングミスに気づいた。この場面だけ見ると、俺は“絶対音感を持っている”と言えるのかもしれない。
しかし俺のこれは、決して“絶対音感”ではない。5人の様々な音が縦横無尽に響き渡る状況で、確実に音を把握するなんていう芸当、俺には出来ない。そんなザマで絶対音感を名乗るなんてこと、絶対音感さんに失礼だ。
今のだって、唯一譜面を見たことがあったひまりのベースに
そのもう1つの音感の名が、“相対音感”。こちらは絶対音感と違って、あまり知名度は高くないのではなかろうか。この相対音感、実は誰もが持っている音感なのである。その定義は、基準となる音に対して相対的に音の高さを識別する力。こう書くと分かりにくいが、要するに音楽が綺麗とか、良い歌だとかを感じる力というわけだ。俺はその能力が、人より若干優れているだけ。
ハモる、という言葉があるが、これは2つ以上な音の重なりが綺麗に聞こえる、という現象だ。そしてそのハモりが綺麗に聞こえるために必要な力が相対音感。俺はそこから更に、
じゃあ誰が外しているの?という疑問を解消する為、俺が用いるのが先述の絶対音感モドキ。基準となる音に対して、ズレた音を出している人物が
『あれ?なんか違くね?』というふわふわした疑問を元に、中途半端な絶対音感と、中途半端な相対音感、この2つを器用に用いて、ようやっと音の違いを探り出すのが、彼女らが崇める“超音感”とやらの正体だ。
……な?大層なものじゃないだろ?
「……大したものじゃないって言っても、演奏してる私達にも、そんな細かな音の違いなんてわからないよ?」
「俺は今、聞くことに集中してたからな。それに相対音感は経験で磨けるし、何なら絶対音感は努力で身につけることが出来る」
「えっ!?そうなのか?」
絶対音感、と聞くと限られた人間に与えられる先天的才能、という風に感じるかもしれないが何て事はない、絶対音感は努力と研鑽で身につけることの出来る立派な後天的技能である。勿論生まれながらに持っている人だっているが、絶対音感で名を馳せる有名な音楽家たちも、後天的に身につけた人物が殆どである。
「どうやって!?どうやってやるの!?」
「落ち着けつぐみ……需要があるならまた今度教えてやるから。それにコレはあったら便利程度のもので、君達が舞い上がるほど凄いものじゃないんだ」
「……アタシ達からすれば十分凄いものだし、もう少し誇ってもいいと思うんだけどな」
「ハルちん、ホントに自分に自信ないよねー」
……自信なんて持てるはずもない。
“コレ”があったところで、何の役に立つ?将来音楽を職にして行くわけでもない、ただの凡人の俺にこんな
彼女達の言葉に、内心で毒づく。しかしそれを口に出しても何の意味も為さない。芽生え始めた卑屈な思いを心の端に追いやり、俺は意識を切り替えて口を開いた。
「……次は巴だな。巴は──」
そうして俺は一人一人に気づいた点を次々と口にしていく。その時全員が全員俺を音楽の先生を見るような目をしていたことは、本当に居心地が悪かった。
「……最後に全体としてだけど。音圧は天晴の一言。申し分ない迫力だ、自信を持って武器にして良いと思う。ただそれを差し引いても細かなミスが多すぎる。もっと巴のドラムとひまりのベースを聞いて、全員でリズムを整えること。逆に巴とひまりは、絶対にリズムをズラしちゃ駄目だ。あと、一曲を全身全霊でやり遂げる君達の姿は、見ていて心を打たれる。でも審査員の目に、それはどう映るだろうか。一曲に懸ける思いを賞賛するか、たかが一曲でこのザマかと酷評するか……こればかりは俺にもわからないから、みんなで考えて見て欲しい」
言いたいことは、粗方言い終えた。
皆は厳しい顔つきで、自らの課題や、バンドとしての課題、これからの練習方向について考えている。
「……最後に1つだけ。酷い事沢山言ったけど。
──俺は君達の“音”が好きだ。『Afterglow』の1人のファンとして、ずっと君達の演奏を聴いていたい。心からそう思う。自分達の原点を忘れないで、君達らしく歌い続けて欲しい」
俺の言葉に、先程まで厳しい顔つきをしていたメンバーが笑顔に変わった。演奏中の、鬼気迫るような表情で自分達の思いを乗せる君達も好きだけど、やっぱり君達には笑顔が似合う。柄にもなく、そんな事を思った。
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