『Afterglow』と言えばやはりこのエピソードですね。
今回はそれのプロローグです。
8話 些細なコト
『ガルジャム』二次選考まで、残り3週間を切った。メンバーも練習に熱が入り、彼女達のやる気を感じさせる。曲の完成度も上がり、細かいミスもあまり目立たなくなってきた。だが、まだ遠い。彼女達の目指す場所は、未だ手に掴めない。それが分かっているからこそ、彼女達は努力を重ねているのだ。
「……っと、もうこんな時間か。よし皆、そろそろ片付けだ」
「えっ、もうそんな時間か?」
「あとちょっと、もう少しだけ……!」
「そうは言っても、スタジオの時間があるから。次の団体がいるって言ってただろ?もっとやりたいのはわかるけどほら、急いで急いで」
「うぅー……」
いかにも不服といった様子の皆を宥め、片付けを促す。暫くそうしていたメンバーもやがて渋々と言った様子で片付けを始めた。
……やる気に満ちているのは、見るだけでわかる。だが俺には、何人か様子がおかしいメンバーがいるのが気になった。
まずは、つぐみ。
練習に集中していない、というわけではない。寧ろ、
そしてもう1人は、蘭。
蘭はつぐみと逆、どこか集中しきれていない様子が見受けられる。何を気負っているのかは知らないが、歌声に雑念を感じる。以前にも言ったが、蘭は歌声に感情を乗せるのが上手い。そんな蘭の歌声だからこそ感じた、微かな違和感。一体君は、何に
本番に向けて、順調に回っているように思える歯車。だがそれはほんの少しだけひび割れていて、何かのきっかけで壊れてしまうような、そんな危うさを感じさせるものだった。
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「……なんか最近の蘭、様子がおかしくないか?」
蘭を除いた5人での帰り道、最初にそれを言い出したのは巴だった。
「うん、私もそんな気がするんだよね……なんか力が入り過ぎてる、っていうか、厳しい顔してるよね」
「蘭ちゃん、珍しく音たくさん外してたもんね……らしく、ないよね」
ひまりの言った“力の入り過ぎてる”という点ではつぐみも当てはまるとは思うんだが……。
「確かに、らしくなかったな。モカはどう思った?」
「んー……これ、言っていいのかわかんないんだけどねー」
一瞬モカが言い淀んだ気がしたが、モカの表情からその真意は読めない。
「蘭の家が、有名な華道一家なのは知ってるでしょー?」
「え、そうなのか?」
「ハルちゃん知らないの?その界隈では美竹家って凄く有名な家なんだよ?」
「俺と君達のパイプはひまりだけなんだぞ?ひまりが話してないことを俺が知ってるわけないだろ」
「あ……それもそうだね」
バカにされたように聞こえたので強く反発しておくと、ひまりは申し訳なさそうに笑った。
「話の腰折ってごめんモカ。で?」
「うん。ハルちんは知らないみたいだから詳しく説明すると、蘭は華道で有名な“美竹家”の跡取りなんだー。で、蘭は前々から跡を継げって言われてたんだけど、最近はそれが激しくなってるみたい。練習中とかも電話がかかってくるんだってー」
「……もしかして、蘭が定期的に電話で練習抜けたりしてるのって……」
「そーいうことだねー。今日もそうだよ、多分」
「なるほどなぁ」
……蘭の歌声に混じっていた“苛立ち”の正体が掴めた気がする。蘭はきっと華道を継ぐことは本意じゃないんだろうな。アイツのこのバンドへ賭ける思いはホンモノだ。だが、果たしてこの問題、俺なんかが突っ込んでいいものなのか。
『Afterglow』は幼馴染5人組バンド。彼女達の問題に、部外者の俺が突っ込むべきでは無いだろう。彼女達は出会ってすぐの友人関係ではない、幼馴染同士だ。俺が何もしなくても、きっと大丈夫だ。
「……あんま背負い込むのも良くないから、しっかり解決してやれよ?」
「そうだね。蘭ちゃん、いっつも抱え込んじゃうから……」
「アタシ達が、なんとかしないとな」
そう言ってつぐみと巴が意気込む。そういえば、これだけは伝えておこう。
「つぐみ」
「ん、何?陽奈くん」
「頑張りすぎ」
「ひぇっ……?」
「心当たり、あるだろ?」
「そ、そんなことは……」
口ではそういうものの、態度が正直すぎる。縦横無尽に目を泳がせながら、わたわたと慌てふためくつぐみ。
「あんまり焦るなよ?時間があるとは言わないけど、それは無理をしていい理由にならないからな?」
「う、うん……気をつけるよ、あはは……」
ぎこちない笑みを浮かべるつぐみが、どうにも心配だ。そこからは他愛のない話をしながら、俺達は帰り道を歩いた。
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「……で、なんで今日も来たんだよ、ひまり」
そしてその日の夜。
今日も今日とて、ひまりは家に来た。
「強いて言うなら、理由はない!」
「胸張って言うな」
デカいんだから。何がとは言わないけど。目のやり場に困るんだよ。ナニがとは言わないけど。絶対に言わないけど。
鋼の理性で、ひまりを軽く一瞥しただけに留め、先程までやっていた机上の宿題へと視線を戻した。
「何かないと、来ちゃダメ?」
「……そんな事はないけど」
「じゃあ、ハルちゃんと一緒に居たいから来た!これで立派な理由ができたね!」
「はいはい、ありがたいですよーだ」
まともに取り合っても疲れるだけだ。適当に遇らい、俺はどんどんノートに筆を走らせていく。
「ね、ここで作業、してもいい?」
「いいけど、あんまうるさくしないでくれよ?」
「大丈夫大丈夫!ハルちゃんには迷惑はかけないから」
作業?何をするんだろうか。自分の家でやればいいだろうに、なんでわざわざウチに。それからしばらくの間、互いに会話はなかった。
「……ハルちゃん」
「ん?」
互いにこちらは向かず、手元を見たままで話す。
「私達、大丈夫だよね?」
「……どうしたんだよ」
「……なんか、嫌な予感がするの。良くないことが起きそうな……そんな気が。でも、私の気のせいだよね?」
不安な声色で、ひまりは俺に問いかけてくる。これを相談したかったのか。
確かに今、何か“良くない流れ”が、彼女達に流れているように感じる。ひまりのこのような精神状態含め、俺には今までにない大勝負や蘭の不調に、メンバー全員が浮き足立っているようにも思えた。
“頑張ろう”が、“頑張らなきゃ”という焦りに変わってしまったら終わりだ。
焦りがパフォーマンスに及ぼす影響は負の要素しかない。彼女達は今、俗語で言えば“ヤバイ”と言う漠然とした不安が心に巣喰い、焦りを感じているように見える。彼女達のレベルは十分高い。蘭のいつも言う、“いつも通り”に練習し、どっしりと構えていれば大丈夫なはずなのに。
そんな彼女に、俺がかけてあげられる言葉は。
「ひまり──
「っ!」
「『Afterglow』のリーダーは、ひまりだろう?リーダーの君が、そんなに不安がってどうするんだ。こういう時に、皆を支えて行かなくちゃいけないのがリーダーじゃないのか?」
「ハル、ちゃん……」
「大丈夫だ」
「え……」
俺の言葉を受けてみるみる内に表情が曇っていくひまり。そんな彼女に、俺は大丈夫だと声をかけた。
「ひまりなら出来るよ。『Afterglow』を大切に思ってて、皆の事が大好きなひまりなら、皆の支えになる事ができるから」
「皆の、支え……」
「それでも無理なら、俺が力になる。だからもっと自信を持ってくれ、ひまり」
そう言って、俺はそっとひまりの頭を撫でる。俺を見上げたひまりの目には、涙が溜まっていた。それは不安が胸中から溢れ出たものか、俺の言葉に対しての安堵から出たものかはわからないけれど、その涙の中には、確かにひまりの優しさが含まれていて。何故ならどの道それは、ひまりが誰かを思うが故に流した涙であることに変わりないから。
その優しさに心を打たれつつ、俺は彼女に微笑みを向けた。
「……頑張れよ」
「うん、うん……」
「もう泣くなよ」
「ハルちゃんが優しくするからだよ」
「頭撫でるの止めれば泣き止むのか?」
「それは悲しくて泣いちゃう」
「なんだよそれ」
結局俺は、ひまりが泣き疲れて寝てしまうまで、頭を撫で続けていた。
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「……ぃしょっと」
眠ったままのひまりを器用に抱え、俺のベッドへと横にさせた。ひまりは、軽い。最近太っただの何だの言ってる割に、そして年齢不相応な発育の割に。非力な俺でも軽々と……は、嘘だけど割と普通に持ち上げられる程には。だがしかし。
「……ひどい寝顔してるなぁ」
どんな夢を見てるんだろうか、ニヤケ顔に、だらしなく開いた口。君のファンがこんな顔を見たら発狂するぞ。重力に従って垂れそうになった涎を、枕元のティッシュで拭ってやる。と、その時。
「ん……これ、は」
ふとひまりの目元を見ると、薄い化粧でさり気無く隠された、灰色の痣のようなものがあることに気付いた。
「……隈、か?」
ひまりが徹夜……?ベースの練習?いや、それはないはず。深夜練は効率面と体力面、二重の側面で負の要素が大きい為、俺が口煩く止め続けているから、大丈夫だと思いたい。
じゃあ、学業?いやいや、もっとあり得ない。テスト前でもないのにひまりが宿題で徹夜なんて天地がひっくり返ってもない。
じゃあ一体何に、と考えた時。先程までひまりが続けていた“作業”とやらに思い至る。
するとひまりが向かっていたテーブルの上には、やはりひまりの徹夜の証があった。
「……何だこれ」
そこにあったのは、5つのクマと、それの作りかけが1つ。様々な彩りで作られたそれの足には、左右それぞれ『AG』という文字が刺繍されている……『Afterglow』の頭文字だろう。なるほど、お守りか何かか。それにしても。
「ぶっ飛んだセンスだな、相変わらず」
これが可愛いかと言われると、素直には頷けない。不細工ではないのだが……そう、微妙。圧倒的に微妙だった。俺は苦笑いを浮かべながら、その中の1つを手に取り、じっとそれを眺める。
それでもこのクマには、ひまりの『Afterglow』への思いが、強く込められているのを感じた。これを1つ作るのにかかる時間は、きっと数十分そこらじゃ足りない。それを計6つ──俺の分まで作ってくれているのがひまりらしい──何時間も、何時間もかけて作ってくれたのだろう。
──大丈夫さ。ひまりなら。
俺は眠ったままのひまりの頬に触れた。
柔らかくひんやりとした、それでも僅かに伝わる温もりを、手のひらにじんと感じる。
「──頑張れ、ひまり」
あと1時間くらいは寝かせてあげよう。
そう決めた俺はもう一度だけ頭を撫でて、再び机上へと向かった。
ガルパでのエピソードとは、一味違った展開になると思います。
ご期待に添えるものかどうかはわかりませんが、どうぞ楽しみにしていただければ。
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エルーナさん、本当にありがとうございます!
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次は300を目指して頑張ります(小心者)
次回もよろしくお願いします!