夕暮れの君は、美しく輝いて   作:またたね

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ここからしばらく

とある“彼女”の回が続きます。



足りないモノ

 

 

9話 足りないモノ

 

 

「あ、おーい陽奈くん!こっちこっち!」

 

 その週の土曜日。俺はまさかの人物から呼び出しを受け、近場のファミレスへと顔を出していた。

 

「ごめんね、休日に時間作ってもらっちゃって」

「いいよ、全然。珍しいな、つぐみが俺を呼び出すなんて」

 

 そう、俺を呼び出したのはつぐみだった。

 時期からして、『ガルジャム』に向けて何かしらの相談があるのだろうが、一体何の用だろう。

 

「確かにそうかも……ごめん、迷惑だった?」

「ああいや、嫌な気分にさせたならごめん。全然他意はないんだ」

「それならいいんだけど……でも私達、あんまり2人で喋った事ないよね」

「言われてみればそうだな」

 

 ……とは口で言ったものの。実はその事をずっと考えながら俺は家からここまで来た。

 俺とつぐみは、これまで沢山の関わりがあるわけじゃなかった。今日みたいに2人で話したことなど、片手で数えきれる程しかない。仲が悪いわけでもなく、かと言って物凄く仲が良いという訳でもない。だから俺は今日、かなり緊張しながらここへと向かってきたのだ。

 

「今日は聞いて欲しいことがあって呼んだんだけど……その前に、陽奈くんはお昼ご飯食べた?」

「いや、まだだよ」

「先にそっちにしない?私お腹空いちゃって」

 

 あはは、と申し訳さなさそうに笑うつぐみ。確かにもう時間は昼過ぎだ、朝から何も食べてない俺も空腹が限界に近い。

 

「そうしよう。俺もお腹が空いた」

「本当?よかった」

 

 つぐみから差し出されたメニューを受け取り、俺はそれに目を通す。空腹時のメニューは迷宮のように俺を惑わせる。この中にあるもの全てが自分の胃の中に収まるような気がしてならず、どれか1つに絞ることが非常に難しい。悩み抜いた末に俺はハンバーグの単品を注文した。つぐみはシーザーサラダとパスタを食べるようだ。

 

 暫く他愛ない話で談笑していると、注文したメニューが手元に届いた。それらを無事に食べ終えたところで、俺は改めてつぐみに問いかける。

「それで、俺に聞いて欲しいことって?」

「あぁ、うん。ええと……」

 

 困ったように笑った後、視線を泳がせるつぐみ。それほど言いにくいことなのだろうか。付き合いの短い、と言うよりは少ない俺にはそれを見抜くことは出来ない。やがてつぐみは意を決したように口を開いた。

 

 

「──私にピアノを、教えて欲しいの」

 

 

「……へぇ、どうして?」

「巴ちゃんとひまりちゃんから聞いたんだ。陽奈くん、ピアノやってたんでしょ?」

「なるほどな」

 

 アイツら、話したのか。

 それ自体は、別に良い。だが話すのなら、俺がピアノを忌避しているとかそこら辺も話して欲しかった。つぐみはきっとそれを知らないから俺にこんなお願いをしてきたんだろう。つぐみはそこまで空気が読めない子じゃない。

 

「ごめん、ピアノはもうやめ」

「わかってる」

「え……?」

「……あれだけ音感があって、“音”が大好きな陽奈くんがピアノをやめるなんて、それ相応の理由があったに決まってる。でも私は他に知らないの。陽奈くん程音楽の知識と、ピアノの知識を持っている人」

 

 苦しげな表情の中の一点、瞳に並ならぬ覚悟を宿し、つぐみは俺に言う。

 

「それに……陽奈くんは、私よりも、ううん、私達の誰よりもわかってるはずだから。()()()A()f()t()e()r()g()l()o()w()()()()()()

「……!」

「私なりに、考えてみたの。今の『Afterglow』に足りない物……それが何なのか」

 

 『Afterglow』は、何度も言うように幼馴染で結成された、5人組バンドである。故にバンドメンバーは結成当初から強い絆で結ばれており、5人で息を合わせると言うことに関しては間違いなく、プロを含めても高い水準にある。“息を合わせる”という一言で言えば単純だが、これは単純にして、必要不可欠な“技術”であることに、間違いはない。それが出来る『Afterglow』は、“いつも通り”に、ミスなく、自分たちの最高の演奏をする事が出来るようになっていると言えるだろう。

 

 ──だが、それでも届かない。

 

 彼女達の目指す場所へは、まだまだ触れる事も許されない。今の彼女達の120%が出せたとしても、その事実は揺るがないだろう。

 

 一体何故なのか。それは───。

 

 

 

「──()()()()()。一人一人の力が、まだまだ足りないと思う」

 

 

 

 言い切ったつぐみに、内心で舌を巻く。それを言い切るのに、どれだけの勇気が必要だった事だろう。

 

 ……が、その通り。『Afterglow』に足りていないもの、それは個々の技術だ。

 1+1+1+1+1は、5にしかならない。バンドの演奏が単純に足し算で表現し切れるとは微塵も思っていないが、それでも例え息がピッタリだったとしても、個々のレベルが高いバンドに勝てないのは事実なのだ。

 

 しかし、仕方ないことではある。

 寧ろ熟練の経験者がいた訳でもない素人集団で、ここまでの演奏が出来ることは誇るべき結果だ。指導者がいたわけでもないのに、あれだけレベルの高い演奏が出来るなんて、普通に考えておかしい。そうなったのは、やはり彼女達の努力の成果だろう。

 だが、今のままではソコ止まり。彼女達は、『レベルの高い演奏』を目指しているわけではない。『自他共に認める最高の演奏』を目指しているのだから、一皮剥けるために確実に必須となるのは個々のレベルアップなのだ。

 

「……そして、陽奈くんの“超音感”も、教えて貰いたいんだよね」

「俺の……音感?」

「うん。あれがあったら、陽奈くんが居ない練習の時でも、質の高い練習が出来るんじゃないかなーって。ほら、前に陽奈くん、努力すれば相対音感や絶対音感は身につけられるって言ったでしょ?良かったら、そのやり方を教えて欲しいの。私、なんとかしてみんなの役に立ちたいから」

 

 つぐみの唯一無二の武器、“努力”。

 何にでも全力で、誰かの為に頑張ろうとする。それが出来るつぐみは、本当に素晴らしいと思う。

 だがそれは、諸刃の剣だ。

 自分のキャパを超えかねないそれは、容量を間違えれば自分を苦しめる毒になりかねない。

 

「だからお願い、陽奈くん。私にピアノを教えてくれませんか」

 

 つぐみが頭を下げ、俺に懇願する。つぐみの気持ちは、痛いほどわかる。だが果たしてそれは、つぐみにとって本当にいいことなのだろうか。その様子に戸惑い、閉口していると、つぐみは更に言葉を続けた。

 

「──今の私は、確実にみんなの足を引っ張ってる。嫌なの、そんなの絶対に嫌なの……!」

「っ───」

 

 ここで“そんなは事ない”と言ってあげれば、彼女の心は救われるのだろうか。

 否。そんな慰め、つぐみは欲していない。

 

 『Afterglow』のパートは、ギター二本、ベース、ドラム、キーボード、ここにボーカルが加わる、非常にオーソドックスなスタイル。各パートごとに技術を厳しく5段階評価するならば、ボーカルの技量が3.5、ギターが3〜3.5、ドラムとベースが3.5、そしてキーボードは……2〜3と言ったところだ。

 

 巴とひまりは、楽器が肌に合っていたのだろう。特にひまりは心から楽しんで努力をしている分、足りない技能を補う事ができている。それでもまだ、未熟な面も多々あるが。

 モカは天才肌で、ギターもソツなくこなすことが出来ている。蘭は素質はあるのだろうがボーカルもしている分、モカに比べればまだ劣っている箇所が多い。ギターのみに集中すればまだまだ伸びていくのだろうが。

 そしてつぐみが下手かというと、そうではない。彼女は唯一のピアノ経験者で、ピアノの技術はかなり高い。今もピアノを続けている様子で、その技術は腐るどころか更に磨かれていると言ってもいいはずだ。努力をしていないのかというとそういうわけでもない。寧ろ努力家のひまり以上の努力を積み重ねていると言えるだろう。

 

 では何故、その評価点になってしまっているのか。その理由はきっと……。

 

 俺はそれを確認するべく、閉じていた口を開いた。

 

 

「一つ、聞いていいか、つぐみ」

「ん……?」

 

 

 

「──()()()()()()()()()()()?」

 

 

 

「えっ……それは、キーボード……」

「だよな。じゃあつぐみ、()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

「っ……!」

「君がそれを意識しない限り……俺から何を教わっても意味はないんじゃないかな」

 

 つぐみは閉口し、思案を始めた。

 待つこと数分程、漸くつぐみが口を開き、震える声を絞り出した。

 

 

「私は……私はまだ、ピアノのつもりで、キーボードを弾いてる……っていうこと……?」

 

 

「なんだ、わかってるじゃないか」

 

 俺の言葉に、つぐみは安心したようにほっ、と息を吐いた。

 

 ピアノとキーボード。使う楽器は同じでも、その本質は似て非なるものだ。

 曲の伴奏、メロディ、リズム……曲を構成するすべての要素を、1人で担うのが、ピアノ。しかしキーボードは、他のパートと呼吸を合わせ、メロディの一環を支えるパートだ。簡単に言えば、曲の全てのピアノ、曲の一部のキーボードといったところで、それぞれに意識する内容が全く違う。

 

 それが、つぐみの上達に妨げになっている。

 

 キーボードは、ピアノの延長線上ではない。

 ピアノをやっていることは、確かにプラスの要素も多いだろう。譜面の読み方や、運指のやり方など、初心者が躓きがちな技能を最初から得ているのは大きい。

 だが、そのままではダメだ。ピアノのように自分の音を聞いているだけでなく、周りの音を聞き、呼吸を感じ、自分の音を周りの音に乗せて“音”とする。そんな意識がないと、キーボードをやり続けていくことは難しい。

 ピアノをやり続けているが故に生じた、思わぬ技術の停滞。逆に、意識さえ変えてしまえば、きっとつぐみはまだまだ伸びていく。

 

「さて、それがわかったところで、質問の答えだけど……俺でよければ、手伝うよ」

「え、ほ、本当に?」

「俺だってキーボードを知ってるわけじゃないし、俺が出来るのは、音を“音”にする為の意識や音感について教えることだけだ。それでもいいなら別に構わないよ」

 

 ……本当ならば、ピアノなんて弾きたくない。

 でもつぐみがここまで覚悟していってくれたんだ、それを断ることは許されないような気がした。

 

「それに、俺はいつも自分の音感を大したものじゃないし、別に無くても大丈夫って言ってるけど……あのメンツの中で、つぐみだけはそうじゃないかもしれない」

「えっ、それってどういう……?」

「『Afterglow』の楽器の中で、ピアノ……キーボードだけは、()()()()()()って言ったらわかるか?」

「あっ……!」

 

 そう、他の楽器……ドラムは音階が無いから例外として、ギターやベースは使う毎にチューニングを必要とし、それに失敗すれば正しい音が出ない。しかしキーボード、電子ピアノは違う。常に一定で、且つ正しい音階に則った音を出すことが出来る。

 

「君が音感を鍛えて、周りの音を聴くことができるようになったなら……今まで以上に周りを支えることが出来ると思う」

「なるほど……うん、私頑張ってみる!」

「じゃあ練習だけど……今日からやる?俺は1日空いてるけどつぐみは?」

「私も今日は空いてるし、本番まで時間ないから出来るだけ今日から教えて欲しい、かも」

「そっか、じゃあ場所だな。スタジオ行くか?」

「あ……今日は臨時休業日なんだって」

「んー、じゃあどこにするか……出来ればキーボード使ったほうがいいしな……」

 

 練習場所について色々と考えを巡らせていると、同様に黙っていたつぐみが突然大声を出した。

 

「あ、あの!」

「ん?」

 

 

 

「──よかったら、ウチに来ません、か……?」

 

 

 

 そしてその問いは、大きな波乱を巻き起こす事となる。

 

 





『Afterglow』の楽器の上手さ云々は、完全にオリジナルの話です。作者自身もそんなことは思ってません。みんな上手いよ!5だよ5!!

ここからしばらく、つぐみ回が続きます。つぐみとの関わりの中で果たして陽奈は何を見出すのか。どうぞお楽しみに!

新たに高評価をくださった、

サラ☆シナさん、TS憑依大好きマンさん、ありがとうございます!

次回もよろしくお願いします!
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