その夜、珍しくまともに食事をとることができた。だが、やはりと言うべきか、味が薄く感じる。だからか、最近虎杖に薦められるジャンクフードのような味の濃いものが美味しくなった。
「昔は味が濃くて食えんかったのにな」
甘菜の食べていた弁当のほかに、とあるお店のフライドポテトの箱が置いてあり、それが3分の1ずつ無くなっている。彼からすれば、よく食べた方だ。
虎杖が帰ってくる前に部屋を片付ける。七海は現在治療を受けているので、今は1人だ。
「さて、張るか」
甘菜は手のひらから糸を出す。呪術師でも見えるか見えないか、というくらい細い糸だ。
三十蠱毒・百呪蜘蛛
それが甘菜の呪術のうちの1つだ。
元々持っていた術式ではないが、ある過程で甘菜の身に刻まれた。
これを用いることにより、甘菜は蜘蛛の糸を使うことが可能となった。
今張っている糸は、いずれこの街を覆うだろう。七海から、特級呪霊の現在の潜伏先など調べるようにと言われている。
「……上手く隠れているな」
もしくはこの街ではない場所に潜伏しているか。
実際に映像などを見ているわけではなく、糸に伝わる感覚でしか呪霊を探せない甘菜は、ただひたすらに糸を伸ばすことしかできない。
しかし妙だ。まるで自分の能力を知っているかのように糸から逃れられている。
「………」
まさか?
甘菜は術を解いた。コレにはもう意味がないと察したからだ。
この時甘菜は、今日再会してしまった夏油と、探している特級呪霊が何らかの関わりがあることに気が付いてしまった。
これを報告することは容易い。夏油と再会する前なら、自分の術式が知られていることを直ぐに報告していたはずだ。
「くそっ」
甘菜は"くぅ"と鳴る腹を抱えた。そうだ、これさえなければ。この空腹感がなければ。そうだコレが無くなってしまえばきっと俺は自由になれるんだ。そうだ、そのはずだ。こんなものがあるせいで。
腹を抉り出したい衝動に駆られた時、虎杖と伊地知が帰ってきた。
「ただいま帰りました!」
少しおどけたようにそう言う虎杖の声を聞き、甘菜は現実に戻ってくる。
自分は今、何をしていたんだろう。心臓の音が大きく、そして早い。視線を下にやると手が腹に添えられていた。
「甘菜先輩、もう飯食った?」
「…………今食ってる」
「順平の母ちゃんが色々詰めてくれたんですけど、いります?」
虎杖の手元を見ると、使い捨ての容器の中に手作りであろう惣菜が詰められていた。まだほんのりと温かい。
「今から部屋に籠るから、そこで食べるわ」
「あ、じゃあ俺、持って行きます。飲み物いります?」
「麦茶」
「はーい」
机の上に置いていた弁当類を虎杖に任せ、甘菜は一足先にあてがわれていた部屋に入り、また手のひらから糸を出す。
糸は吉野順平の家の方へ伸びて行く。伊地知経由で家がどこにあるか把握できていたのが幸いした。ここで待っていれば、いずれ向こうから来るはずだ。
そう思っていた。
「!?」
見知った呪力がそこにはあった。禍々しくて重い。それがそこにある。知っている。この呪力はそう……もっと深く探ろう。甘菜が糸を伸ばした時、糸に誰が触れた。
「先輩?」
「……虎杖か」
思考しすぎたせいで部屋に来ていた虎杖に気が付かなかった。
「はい、麦茶と弁当と……」
虎杖は次々と机の上に食べ物を置いていく。
「先輩、見つかった?」
「……いや、見つからない」
虎杖にはすでに自分のできることを伝えてある。1部内緒にしている箇所もあるが、必要な時がくれば伝えるし、自分が伝えなくてもいずれわかることだ。
「上手く隠れられている。多分だが見つからない」
吉野の家に張っている糸については、虎杖には言わなかった。
虎杖への配慮もあったがそれよりも、その中にいる呪霊にバレてはいけないと思ったこと、そしてその糸に
──「綴、ここに宿儺の指があることは秘密だよ」
夏油傑、やはり今回の件に関わっていた。
だがそれを知ったからといってどうなる。他人に話してどうなる。
「甘菜先輩、めっちゃ怖い顔してるけど、どうかした?」
「なんでもない。先に飯食っちまおう……いや、お前は食ってきたんだったな」
「あ、まだ食えますよ」
「どうりで箸が2膳あると思ったよ」
吉野の母親の料理はやはり味がわからなかった。
「美味いっすね」
「そうだな」
塩の味はよくわかったような気がした。
────────────
「甘菜君は、虎杖君のフォローをお願いします」
「そっちは手伝わなくて大丈夫なんですか?」
翌日、七海や虎杖よりも遅く起床した甘菜は、七海から指示を受ける。
「今の
「俺よりも、大人のアンタが言ってやった方がいいんじゃないですか? 実際、言ったんでしょ?」
今回、例の特級呪霊を祓うため、七海は行動する。一方で虎杖は吉野の監視だ。
「納得はしてしませんでした」
「なるほど」
それで自分に言ってきたのか。
「七海さん、俺は虎杖がなにしようが、それが道を外れない限りは自由にさせます」
「でしょうね。しかし甘菜君、虎杖君と貴方は根本的に違う。そこを忘れないでください」
などというやり取りを思い出し、甘菜は溜息を吐いた。
虎杖と自分が違うことくらい、よくわかっている。虎杖はどこまでも善良だ。一時の欲に負けて道をはずれてしまった自分とは違う。
虎杖も自分と同じように考え込んでいるようだ。
このまま何も無ければいい。七海がその特級呪霊を祓ってくれればそれでいい。
そう思ってる時に限って、不幸はやってくる。
「甘菜先輩!」
「ああ……帳が、下りた……っ!」
"窓"からの報告を受け、監視対象である吉野の通う高校に帳が下りていることを2人は知った。
「虎杖、お前はいったん待機」
「は!?」
一応、七海の言う通りに虎杖を止める。
このことについて七海に報告してからこちらに来て欲しい。
甘菜にとってはまだ、虎杖は足でまといだ。七海ではなく甘菜が、それも1人でカバーできるとは思えない。
「行きます! 甘菜先輩、俺も行かせてください!」
伊地知の虎杖を制止する声がきこえた。
「………勝手にしろ」
「はい」
時間のない今、くだらない言い争いはしたくない。勝手にすればいいと、甘菜は苦虫を噛み潰したような顔をして答える。
その代わり、余裕がなければ助けにはいけない、と言葉にしなくても甘菜の考えは虎杖にもわかった。
「あ、甘菜君!」
「伊地知さん、責任は俺が取ります。全部俺の判断です。虎杖の判断ではない……七海さんへの報告、お願いします」
──どの口が言ってんだか。
甘菜と虎杖は走り出した。
────────────
里桜高校。
甘菜と虎杖は帳が下りたそこへ入り込む。解決しない限り、そとへはきっと出ることはできないだろう。
「虎杖、糸を張るからその間……」
糸を張るのは探索目的だけではない。自分の戦いやすい土俵を作る為にも用いる。しかしその間無防備となるので虎杖に辺りを警戒してもらおうとするが……。
「!?」
甘菜が呪力を込めた途端、地面から黒く1件の家ほどの大きさを持つ蜘蛛が現れた。
「甘菜先輩!?」
「……っ! 虎杖、先行け!!」
「でも!」
この蜘蛛の呪力を知っている。コイツも甘菜の知っているはずだ、おなじだから。
だから虎杖を巻き込んではいけない。先に行けと言うのに動かない後輩を見て、甘菜は笑った。
「お前、俺が死ぬとか思ってんのか? ねぇから、それよりすることあるだろうがよぉ」
とびきり恐ろしい笑顔だが。
「すぐ追いつく!」
「~~~~~っ! はい!」
数秒の葛藤の末、虎杖はまた走り出した。
「さて、やろうか」
ここは皿の上である。
戦闘シーンは書きにくいんじゃー。
最新話の伏黒にやられて急いで書き上げました。