呪われた呪術師の走馬灯   作:千α

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24話

 乙骨の顔の横を蜘蛛の足らしきものが横切る。それはしばらく激しく動いた後にパタリと倒れる。

 綴の方を見たい衝動に駆られるが綴の言いつけを破った時が怖いので必死に物陰を背にして自身の気持ちを抑える。

 

 一方綴は子蜘蛛の八本の足のうち三本を切り離し、そのうちの一本を食べていた。

 これで子蜘蛛の身体の部位を完全に切り離すことで、その子蜘蛛の食べたものを奪える。なので数が同等の綴と子蜘蛛はまずその奪い合いから始まっていた。奪って食うことでその子蜘蛛の今までの記憶を引き継ぐことができ、それを即戦闘に活かす。こうして呪力も戦闘経験も一気に向上することができた。

 乙骨は綴に言われた通りに、物陰に隠れてこちらを見ないようにしているため周りを気にせずに戦える。この場で全部食べてしまえば乙骨に自分が子蜘蛛だと教えてしまうことになるので、全部食べないように我慢しなければならないことが一番のネックだが。

 

「先輩!!」

 

 後ろから乙骨の声が聞こえた。綴が後ろを振り向くと、物陰から顔を出した乙骨、それから怯えた顔をした少女がいた。

 

 乙骨が物陰に隠れていると、少し離れた場所の物陰に少女を見つけた。乙骨とは違い、顔を物陰からだして綴と子蜘蛛の戦闘を見ているようだ。乙骨は勇気を振り絞ってその少女のところまでなんとか向かう。

 

「だ、大丈夫?」

「ひっ」

 

 すっかり怯えきってしまっている。

 

「えーと、大丈夫だから。俺達は、その……味方というか、えと、君達を助けに来たというか……」

 

 必死で説明するが、途中から自分でも何を言っているのかわからなくなってきた。

 とにかくこの少女をどうにかしてここから連れ出さないと。

 しかし出口の前には子蜘蛛がいて出ることなど到底不可能だ。乙骨は綴にこのことを伝えるために腹の底から声を出した。

 

「先輩!!」

 

 それを伝えるために綴の方を向いた。そして何故見るなと言われたのか理解できた。

 綴の口の周りは何か、液体らしきものがベッタリと付いている。そして手元を見てわかってしまった。綴は蜘蛛の足を持っていた。それに噛み付いたような跡もある。

 綴は子蜘蛛を食べていたのだ。綴も子蜘蛛なのだ。

 

「見んなっつっただろうが……」

 

 今まで聞いたどの声よりも恐ろしかった。

 綴は目の前にいるすっかり弱った子蜘蛛を糸で捕縛する。身動きが取れなくなり、子蜘蛛は諦めたように抵抗することを止めた。諦めて食われることを望んでいるわけではないが、今この場で抵抗してもこの糸は更に絡みつくだけだとわかったのだろう。

 

 綴は口元を作務衣の袖で拭うと呆然としていた乙骨の頬を殴る。一瞬何が起きたのかわからなかった乙骨だが、ジンジンとした痛みで、自分は綴に頬を殴られたことに気が付いた。

 きっと見られたくなかったのだろう。今更見てしまったことを後悔する。

 

 出口から外へ出るまではみんな無言だった。

 外へ出ると出迎えたのは五条で、乙骨は心底安心したようにほっと一息ついた。

 

「子蜘蛛が出たんだって?」

「一応糸で縛ってある。早いとこ封印しようと思う」

「それはもちろん……だけど綴、食べたね?」

「………」

 

 空気がピリッと変わる。重苦しく、痛々しい。

 乙骨は耐え切れず五条に綴は自分を守るために仕方がなかったんだと伝えようとするが、綴に睨まれてしまって声が出なくなった。

 

「帰ったらすぐ検査だからな」

「わかってる」

 

 綴が一歩踏み出して車へ向かおうとした時、綴の頭に石が当たった。

 

「ば、化け物!!」

 

 少女だ。少女は綴と子蜘蛛の戦いを最初から全部見ていたのだろう。綴を見る目は恐怖と嫌悪感で塗れている。綴は足を止めると少女を睨みつけた。

 

「綴、ストップ」

 

 綴の腕を五条が掴む。細すぎる腕に顔を顰めそうになるが、それを堪えて綴を抑えだ。そうでもしなければ綴はこの少女に何をしたかわからない。元々非呪術師に苦手意識があり、同時に嫌悪感も心の隅にあるような綴だ。戦闘後だということもあり、気が高ぶっているところにそこをつつかれて、綴は怒りを爆発させてしまったのだろう。

 

「帰るよ」

「…………わかってるよ」

 

 この場で堪えたのは五条が止めたから、であるのと同時にかつて師が、非呪術師は守るべき存在だとそう綴に何度も論してくれたからだ。尊敬する彼の教えの中で一番理解ができなかったことだが、綴はそれを守っていた。

 

 

 

────────────

 

 

 

 それから数日が経ち、乙骨達一年生はしばらく会わなかった綴と学校の廊下でたまたま出会ってしまった。

 

「………」

 

 露骨に嫌そうな顔になる綴は、何も言わずに通り過ぎようとする。

 

「先輩、あの……ありがとうございました!」

 

 乙骨は綴の背中に向かって頭を下げてそう言った。チラリと乙骨達の方を見ると、他の一年生達も頭を下げていた。

 

「………は?」

 

 意味がわからないと綴は四人を睨みつける。

 四人は綴の過去、子蜘蛛関連以外のことを五条から聞かされていた。本人の承諾もなしなところが五条のデリカシーのなさを更に浮き彫りにさせたが。

 その過去は非呪術師や、呪力のない真希を毛嫌いする理由になった。今までの仕打ちを真希は許せないと言ったが、今回助けられてしまたのは事実だ。

 綴がいなければもっと苦戦していたし、最悪死んでいた。あの時一般人を見捨てることもできたはず。一年生を気にして戦わなくても良かったはず。それでも綴は決してどちらもしなかった。

 五条曰く、綴は優しい子だから見捨てることはできなかったのだろう、と。綴は自分達に実はそこまでの悪感情を抱いている訳では無いということだ。

 

 綴は一年生達を無視して去っていった。

 

「あの人、いつまでもあんな感じなのかな?」

「さぁな……でも、あの時私を無視しなかった」

 

 あの時とは、子蜘蛛の件で全員が額を叩かれた時だ。一人一人の悪かったところ(パンダは理不尽に叩かれただけ)を的確に伝える際、いつもの綴であれば真希を無視していただろう。だがそれをしなかった。

 

「このまま仲良くなっていけたらいいのにね」

「いや、それは……」

「ない、ないない」

「しゃけ」

「…………みんな、本当にどれだけトラウマになってるの?」

 

 顔を青くさせてガタガタと震える三人を見て、乙骨は本当に何したんだろう、と内心三人のように震えるのであった。

 

 

 

 綴はその日、自分の身体に起きた不調をハッキリと自覚してしまった。

 味がよくわからない。何を食べても薄味に感じてしまう。自業自得なのはわかっている。それでもたった数匹食べただけでこんな風になるとは思ってもいなかった。

 

「上が、前の任務で捕まえた子蜘蛛全部食っとけってよ」

 

 不安になった。身体がどんどん自分のものでは無くなっていくことに。だから綴はそれをぶつけられる唯一の人物にそれとなく今自分が不安になっていることを伝えた。

 

「嫌なら無理しなくてもいい」

 

 サングラス姿の五条はいつもより表情がわかりやすい。あからさまに顔を顰めている。

 上層部からの綴の印象は、子蜘蛛を祓うための生贄だ。子蜘蛛全てと道連れに死んでくれと、そう思っている。だから綴に次々と子蜘蛛を食わせようとする。暴走したらどうする、という五条に対して彼らは、ならばまた(・・)閉じ込めればいい、虫は虫かごに入れるのが一番いい。とそう言った。

 綴が一言、もう嫌だと言えばきっと上層部は無理矢理にでも綴を従わせようとするだろう。しかし、五条に助けてと言えば、きっと五条は綴を助けようと尽力してくれるだろう。

 でもだめだ。どうしても恐怖が勝ってしまう。もう二度とあそこ(・・・)には戻りたくない。

 

「嫌………なわけねぇだろ? 俺が決めたんだ、最期までやってやる」

 

 綴と付き合いの長い五条は、綴が不安になっていることには気がついていた。

 

「綴、本当に無理しなくてもいい。どうにかするから」

 

 五条はいつもそうだった。あそこにいた時も、助けてくれたのは夏油でも甘菜家でもなく、五条悟という男だった。

 

「……………やめてくれよ、これ以上俺に優しくすんな」

「やだね! 僕は綴をこれでもかってくらい甘やかしてやるって決めてるから!」

「へいへい」

 

 鬱陶しいはずの存在なのに、酷く心が落ち着いてしまう。

 

 

 

────────────

 

 

 

 冬の某日。

 任務明けに家入の検査を終えた綴は、突然感じたよく知っている呪力を感知した。

 怠くて仕方がない身体を引きずって、急いでその場所へ向かった。乙骨と真希、パンダに狗巻が最初に接触していたようだ……ずっと会いたかった人。かつて自分を殺しかけた人。憎くてたまらない人、大好きで仕方がない人。

 

「久しぶりだね、綴」

「夏油……さん?」

 

 夏油傑。その人が今目の前にいる。

 夏油は迷わず綴の元へやってくる。一年生達が警戒しているのがわかるが、夏油はそんなものお構い無しで綴を抱きしめた。

 

「大きくなったね、綴。今は16歳か、今まで誕生日を祝えなかったからね、今回は今までの分を合わせてお祝いしたい!」

 

 突然過ぎて何が何だかわからない。誕生日とか、そんなことどうだっていい。

 

「なんで? なんで、今更……っ!?」

 

 わからない。この人がわからない。

 綴は酷く混乱していた。

 

「綴なら、私の思想に共感してくれるはずだ。

 綴、私と一緒にこの世界から非呪術師、猿共を一人残らず殺す。綴も猿共は嫌いだっただろう?」

 

 そういう事か、きっと夏油は綴を戦力としたいのだ。だからこうやって誘いにくるんだ。疲れのせいでまともな思考が出来ていないと自覚しつつ、綴はそう結論づけた。恐らく夏油の真意はそうではないと心の奥底ではわかっている。でもそうしなければ、直ぐに夏油に揺れ動いてしまいそうだった。だから気が付かないフリをした。

 

「……確かに、非呪術師は嫌いです。人とは違うことを認めようとしない非呪術師が嫌いです。当たり前を押し付けてくる非呪術師が嫌いです。でも、俺は非呪術師を猿だと思ったことは一度もねぇよ。非呪術師は守るべき存在だ」

 

 口から臓物が出そうになるほど、綴は内心怯えていた。夏油に呆れられてしまうのではないかと、嫌われてしまうのではないかと。あれだけの仕打ちを受けてなお、綴は夏油のことを実の兄のような存在として慕っといた。

 

「そうか……残念だ。でも綴の本音が聞けてよかった。

 綴は本当に優しい子だね。私はそんな綴だからこそ、迎えに来たんだ」

「え?」

「綴、君にしたことは許されないことだというのはわかっている。

 それでも、綴が私を許してくれると言ってくれるなら……またあの日のように、私の隣にいて欲しい」

 

 綴の目線に合わせて夏油がしゃがんでいる。幼い頃と同じように、良く言い聞かせるために夏油が昔綴にしていた行動と一緒だ。

 奥歯がギリギリと鳴ったのがよく分かった。叫びたい。ふざけるなと。でも、言いたいことを全部言ってしまえば、きっとこの人を傷付けることになってしまう。綴が視線を地面に落とした時、視界の端に五条の姿を捉えた。

 

「僕の生徒にイカれた思想を吹き込まないでもらおうか」

「悟ー!! 久しいねー!!」

 

 満面の笑みとは対照的に、五条の顔は険しかった。夏油が動き出して、真っ先に綴と接触してくるだろうと思っていた。その綴の表情は苦悩を浮かべている。

 

「まずその子達から離れろ、傑」

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