呪われた呪術師の走馬灯   作:千α

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26話

【1年前・呪術高専】

 

「素晴らしい!! 素晴らしいよ!!! 私は今!! 猛烈に感動している!!!

 乙骨を助けに馳せ参じたのだろう!!? 呪術師が呪術師を、自己を犠牲にしてまで慈しみ!! 敬う!!

 私の望む世界が今、目の前にある!!!」

 

 真希もパンダも狗巻も地面に伏せっていた。その中で綴だけが、三人を庇うようにして夏油の前に立っていた。

 

「綴もそう思うだろう?」

「なんで?」

「ん?」

 

 微笑みを浮かべる夏油と真逆で、綴は苦痛そうだ。今にも泣き出してしまいそうで、一言しか言えなかった。次に会った時、疑問を全てぶつけてやろうと思っていたのに。

 

「君を、殺そうとしてしまったのは、本当に済まないと思っているよ。綴を迎えに行けなかったのは、また同じことをしてしまうかもしれないと思ったからだ。でも、今なら大丈夫だ。綴私と一緒に……」

 

 夏油がそう言いながら綴に近寄ろうとするが、綴は構えをとったまま半歩ほど退る。

 

「それがアンタの本音だとしても! 俺は、俺があの時どれだけ……夏油さんを信じたくて、何度も嘘だと思って……きっとまた、五条と一緒に迎えに来てくれるんだって……でも、現実は変わらなかった!!」

 

 綴は腕から伸びた糸を引っ張る。すると夏油の周りにある地面が割れていく。それがある程度持ち上がると綴は地面を引っ張りあげていた糸を切り、夏油の真上から落ちる。

 

「毎日毎日、辛くて……一番いて欲しい時に、アンタはいてくれなかったじゃねぇか」

 

 思い出すのは、真っ白な部屋。自分はその真ん中で虫の標本のように磔にされている。どれだけ叫んでも、どれだけ正気を失っても、どれだけ許しを乞うても、誰も助けてなんてくれなかった。

 

「そう簡単に許してもらえるだなんて思っていないよ。

 でも綴、今度こそ(・・・・)私は綴と一緒にこの世界を変えたい。綴が幼い頃に語っていたものとはかけ離れているものだが、綴も思っているはずだ」

 

 また夏油は綴の目の前でしゃがみ目線を合わせてくる。あの攻撃を呪霊を使って逃れたようだ。別にそれで仕留めることなどできないとわかっていたから、驚くことは無い。

 

「猿……は綴に怒られるな。非呪術師はこの世から消えた方がいい。アレがいる限り、綴と同じ子が後を絶たない」

 

 父親の怒号と母親の悲鳴はよく覚えている。あの日まで、あんなに仲の良い家族だったのに、俺が見えて(・・・)持ってしまった(・・・・・・・)から起きた悲劇だ。"化け物"という言葉はあの頃から大嫌いで仕方がない。例え自分に向けられていない言葉だとしても、冗談で言った言葉だとしても、綴は大嫌いだ。大好きな父親から吐き出され続けた呪いだから、綴は大嫌いだ。

 

「…………アンタの言ってることは理解できるし、共感だってするよ。前の俺なら、即答して夏油さんについてった。でも、俺は非呪術師を皆殺しになんかしたくない。これは俺の罪滅ぼしだから、その中には真希や、父さんも入っているんだから」

 

 今度は俯くことはしなかった。家族を壊してしまった自分にできるたった一つの罪滅ぼし。非呪術師を守るという生き方を示してくれたのは、他でもない夏油だったから。かつての夏油傑を否定したくない。夏油が殺して捨てた夏油を自分だけでも抱えていたい。

 

「俺も、夏油さんにわかってほしい。夏油が俺にわかってほしいように、俺をわかってほしい」

「………綴、残念だよ。でも、良い目になった」

「ありがとうございます」

 

 二人とも笑っていた。穏やかな雰囲気であるが、この時二人は袂を分かったのだ。もう二度と同じ道を行くことはできないだろう。

 夏油は呪霊を出すことはしなかった。体術がメインの攻防が始まる。夏油に教えて貰っていた時のように。きっと綴は昔のように夏油に一度も勝てずに終わるだろう。

 

 結局、綴は負けた。

 

「おや、泣かないんだな?」

「いつの話してんだよ」

「私に負けた後、泣いてるところを悟に揶揄われて更に泣いてたよね」

「はいはいはい、その後夏油さんに慰めてもらうまでがフルセット」

「負けず嫌いだったからな、綴は」

「クソがっ! あーもー、また五条に揶揄われる。っざけんなよ」

「そういえば、口が悪くなった!? 私の可愛い綴がついに反抗期に!?」

「うるせぇ! こちとら十年前から反抗期してんだよ!」

 

 地面に寝転がる綴とそれを見下ろす夏油。

 

「………マジでやるの?」

「うん」

「……夏油さん、ちょっとお願いがあるんだけど」

「ん?」

行かないで

 

 綴は夏油の方を見なかった。その目尻には涙の跡がある。あまりにも小さくて震える声を、綴は言ってしまったあとに口を手で覆う。そんな綴の頭を優しく撫でてから、これから来るであろう乙骨を待ち構えるために気持ちを切り替える。

 

 

 

────────────

 

 

 

「綴、大きくなったな」

 

 夏油は乙骨に負けた。何とか逃げることができたが、今度は五条に見つかった。もう逃げられない。だが焦りは無かった。最期に言い残すことは無いかと問われ、自身の思いを語った後、夏油はあの(・・)小さかった手を思い出す。

 

「この前測ったら164cmだったな」

「その間の写真とかない?」

「あるけど、持ってない。なんで今あると思ったんだよ」

 

 五条に手を差し出して写真を催促するが当然、五条が今綴の写真を持っているわけなく。ガックリと夏油は肩を落とす。

 

「それから、綴になんか術かけただろ!? あとで解呪しとくからな!」

「私が死んだら意味なくなるから、別に大丈夫だよ」

 

 それにしても、と夏油は五条を見る。

 

「綴に過保護になってないか?」

「綴はこれでもかってくらい甘やかしてやるつもりだから。お前の分もね」

「……それはありがたい。綴のこと、頼むよ。

 子蜘蛛は綴の器ができてからゆっくり食べさせてあげてくれ。あんまりあげないでいると、今度は飢餓状態になって人を襲い始めるだろうから。

 負けず嫌いだから絶対に揶揄うのはやめてくれ。

 あと、根が優しい子で頼られるのが大好きだ。無理しない程度に頼ってあげてほしい。

 それから、綴に伝えて欲しいことがある──」

 

 綴について夏油は五条に付き合い方の注意点などを話す。夏油にとって綴は心残りなのだ。本当は置いていきたくないはずだ。

 

「過保護はどっちだよ」

「全くだ」

「傑、────」

「はっ、最期くらい呪いの言葉を吐けよ」

 

 こうして夏油傑は親友である五条悟に殺された。

 

「怒らないの?」

「俺が手前を? できるわけねぇだろうが」

 

 夏油の遺体を抱き締めながら、綴はハッキリとそう言った。申し訳なさそうに綴は五条から目を逸らしている。

 

「むしろ、アンタの方が辛いだろ?」

「………」

「ごめん、ごめん。嫌なことばっかり、アンタに押し付けて。助けられてばっかりで」

「そう思うなら、強くなってよ。俺に置いていかれないくらいに」

 

 泣きたくなるのをぐっとこらえて綴は頷いた。

 そろそろ夏油の遺体を引き渡さなければならない。五条は綴から夏油の遺体を受け取り、背を向ける。綴はそれをジッと見つめる。五条の背中がだんだん遠くなる。

 

──五条だって辛いんだ。五条が一番辛いんだ。我慢しなければいけない。我慢しろ。

 

 一緒にいたかった。

 まだ、やりたいことがあった。

 

「綴、傑から伝言。 『生きて欲しい』 てさ」

 

 綴はそれを聞いて、もう我慢ができなかった。五条の背中に突撃すると、その腕から夏油の遺体が地面に落下する。綴はまるで連れて行かれないようにするようにそれを抱き締める。

 

「綴」

「嫌だ! 嫌だぁ!! まだ、一緒にいたい! 夏油さん……っうわぁあぁあっ!!」

 

 こんなに泣いた綴は久しぶりに見る。いつの間にか泣かなくなった綴の泣き顔、声は昔と全く変わらなかった。

 

「五条、ごめん。ありがとう」

「うん」

 

 暫くしてから綴は抱き締めていた腕を離した。

 今度こそ連れて行かれてしまう。でも、綴はそれを見ないように背を向けた。

 

 

 

 こうして、東京・渋谷と京都で起こった百鬼夜行は幕を下ろしたのであった。

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