呪われた呪術師の走馬灯   作:千α

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36話

 あれからもう半年近く経ってしまった。あと1ヶ月ほどで半年になるが、綴は一向に自発的に行動をしなかった。

 トイレですら手を引かれなければ行かないほどだ。どんなに手を握っても握り返さない綴、何を話しかけても頷きもしない綴。

 五条はとうとう限界を迎えてしまった。

 

「硝子、悪いんだけど俺が任務してる間綴のこと頼んでいい?」

「随分疲れているな」

 

 五条に手首を掴まれた綴はぼうっと虚空を見つめる。家入を見ても無反応だ。それに比べて五条は見たこともないくらいに疲れている。

 

「すぐ終わらせるから」

「別にいいけど……綴はそれでいいの?」

 

 その家入の質問にも綴は答えない。

 

 

 先日のことだ。五条は綴を思い切り殴ってしまった。言い訳になってしまうが、何をしても無反応な人間を相手にするということはかなりのストレスとなるものなのだ。ゴンと床に頭を打ち付けてそのまま動かない綴を見て初めてそのことを自覚したくらい無自覚でしてしまったのだ。

 しまった、と思った時にはもう遅く、腫れ上がった頬が痛々しい。慌てて保冷剤を綴の頬に当てて様子を見るが、すぐにその腫れは引いてぃた。

 その時に危機感めいたものを感じてしまった。このまま綴と一緒にいればもっと良くないことを綴にしてしまうのではないか。綴は大切な弟分だ、そんなことをこれまでの五条ならば絶対にしないと言い切ることができた。だが状況が変わってしまった今、それは難しいだろう。

 人形も同然な綴に話しかけ、返ってこない返事を待ってもう期限はそこまで来ている。

 

「じゃ、俺もう行くから……」

 

 この半年近く、綴はいったい何を感じて生きてきたのだろう。一切五条を見ない綴が家入の部屋の扉で隠れるのを見届けて、その場から離れようとした時だ。

 

ドンっ

 

 それは小さな音だった。

 

ドンドンっ

 

 家入の部屋の扉から聞こえてくる。ゆっくり後ろを振り返ると部屋の扉が開いた。

 信じられないものを見たかのように目を丸くした家入が扉を開けたからだ。その後ろから飛び出して小さな腕を精一杯伸ばした綴が五条に抱きついた。

 

「う、うぅうああんっ

 うわぁぁあんっ!」

 

──「行かないで」──

──「置いてかないで」──

──「一緒にいて」──

 

 綴が泣いている。あの綴が五条の服をしっかりと握りしめて泣いている。それは初めて綴が見せた自発的な行動だった。

 五条は任務のことも忘れて綴を抱きしめ返した。

 

「綴!」

 

──守らないと。

  俺が(・・)この子を守らないと。

 

「置いて行かない。俺は綴を置いて行かない。大丈夫、一緒にいるから」

「ううっ」

「げっ! お前鼻水、制服についた!」

 

 綴の顔をよく見ようとすると、自分の制服に綴の鼻水がみょんと付着していることに気が付き、信じられないと綴を軽くデコピンするが懲りずに綴は五条に抱きついた。

 

「一緒に連れて行ってやりなよ。綴、私よりもあんたが良いんだって」

「連れてくよ、綴は俺が守らなくちゃな」

 

 その日の任務、五条はいつにも増して絶好調であったという。

 

 

 その後の綴は手を引かれずとも五条の後を雛鳥のようについて行くようになった。とはいえ未だにそれ以外のことはできないようで、意思表示はまだできないようだ。

 

「自分でご飯を食べられるようになったのか」

「そうなんだよー! 綴ってば成長しただろー?」

 

 お茶漬けをサラサラと食べる綴を五条はまるで宝物を見せびらかすように家入に自慢する。前までは口元まで持って行ってやらないと食べなかった。

 

「ただ、量が少ないんだよ。このお茶碗半分で残りがいらなくなるみたいで」

「え?」

 

 綴は食べることが好きだ。食べられる物は好みの味によって左右されるが、好きな物は永遠に食べられると豪語するほどにはよく食べる。その細い身体のどこにはいっているんだ?と思うほどだ。それが、子供用茶碗一杯も食べられなくなったという。

 

「でも腹は減ってるみたいなんだよ」

 五条の言葉の通り、綴はもう食べられないと茶碗を机の上に置くが、未練がましくジッとそれを見ている。

 

「な?」

「やっぱり子蜘蛛のこと詳しく調べるのが1番じゃない? それか三十蠱毒の被呪者の記録とか……」

「そこは絃栄さんに任せてる。俺には綴のことに集中して欲しいみたいだ」

 

 綴本人にはいい傾向が見られ始めたが、子蜘蛛の方は難航しているようだった。何せ資料が少ない。他の蠱毒の生態等は腐るほどあると言うのに子蜘蛛だけがないのだ。理由は簡単、他の蠱毒は既に祓われておりそれまで被呪者を記録していたからだ。だが綴の前の被呪者がなくなってから100年近くは経っているためかその記録も曖昧な部分がおおい。

 千年もの間呪術師はこの呪いを消そうとし続けた、たった30しかない蠱毒を残り1つにするまでに千年。その中で最後まで人間の形を保ち続けた被呪者はいない。

 

「まだ呪術師として未熟な綴が人間の形を保てているのが奇跡、ていうのはよくわかる」

 

 お茶漬けを諦めて、綴は五条の隣でぼうっといつものように虚空を見つめはじめた。

 

「ま、何があっても綴は俺が何とかするし不安になることは無いよ」

 

 綴の頭をわしゃわしゃと撫でると、首に力がほとんど入っていない綴の頭が本坪鈴のように動く。

 

「あとは話すことだけか、頑張れ」

「もちろん」

「五条じゃない、綴に言ったんだ。

 そういえば、この間子蜘蛛を捕まえたんだっけ?」

 

 家入の言葉に五条はどうだと言わんばかりにふんぞり返る。

 

「ムカつく」

「食べても大丈夫っていう保証が出たら試しに1匹食べさせてあげようかなって。他の蠱毒もそうだけど、被呪者が1番美味しく食べられるのは同類の蠱毒だけらしい…し…………」

「どうした、五条?」

「硝子、俺の勘が正しかったらちょっとやばいかもしれない」

 

 その五条の言葉通り、この時綴の胃はほとんど人間が持つ機能を失っていた。食べられる物を子蜘蛛だけにする、食べるものが見つからなければ人や呪霊を食べればいい。普通の元の生き物としての機能を奪い取り、成体となるのを早めるために。

 

 

 

......................................................

 

 

 

【現在・東京】

 

 

「───はぁ、疲れた」

「疲れたところ悪いけど、何があったかくらいは教えてよね」

 

 綴は今日こそ五条悟という男を殴ってやると覚悟を決める。

 

 京都から帰ってきて後輩達とも別れあとは自室で寝ようとしていたのに、この男は悪魔か?悪魔だわ。

 

「残念、最強呪術師五条悟様です!」

「無下限んんんっ」

 

 放った拳は五条の無下限術式によって防がれた。

 

「あの程度の呪霊、綴が苦戦するわけないでしょ? あの時、何があった?」

「………里桜高校のときに対敵した呪霊と会った」

「成程」

「高専を裏切れって言われたよ」

 

 流石に夏油のことを白状する気にはなれなかった。何せ夏油から秘密にしておくようにと伝えられたからだ。

 

「その時に、そいつから今回の怪異について聞かされた。

 あの馬鹿が俺を観察したいがために負の感情を集めて呪霊を強化していたそうだ」

 

 どこで仕入れた情報かはしらないが、妙にしっくりときてしまった。あの男なら、目的のためならやりかねない。

 

「もちろん、誘いには嫌だと返したよ。その後逃がす訳にもいかねぇから交戦した」

「相変わらず無茶するなあ……」

「無茶しとかねぇと死ぬ時に絶対後悔する」

「僕、綴のそういうところ嫌い」

「残念、これが俺です!」

 

 いつの間にか大きくなってしまった綴を見て、五条は複雑な気持ちになる。これからもっと大きくなって欲しい、それと同時にもう少し子供でいて欲しい。大人にはまだならないで欲しい。そう感じるようになったのはいつだったか。大きくなって、いろんなことを知って、きっとこの子は遠くへ行けるようになる。そんな綴を見守るのが楽しくて嬉しくて仕方がなかったのに。

 

「五条?」

「綴、大きくなったね」

「当たり前だ、3月で18だぞ?」

 

 珍しく穏やかに笑う彼が眩しくて仕方がない。

 親友もあの時、こんな気持ちだったのだろうか。

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