《アナタダケズルイ》
《オ前ガイナケレバ》
綴は思わず耳を塞いだ。
深夜に1人でぼうっと外を見ていても一向に眠れる気がしない。そんな日々に追い討ちをかけるように母親と父親の声が聞こえてくるようになったのは、いつの頃だっただろう。
《ドウシテオ前ダケ生キテイル?》
《ドウシテ?》
《ドウシテ?》
《ドウシテ、母サントノ
何度謝っても2人の影と声は消えない。それでも綴はその酷い罵りを受け入れる。それが自分への罰だからと信じて疑わないからだ。
「……ごめんなさい」
あの任務の後で綴は何故あの赤子と女性の呪霊がいたのかを独自に調べた。真人から聞いていたとおりの文献が幾つか見つかった。
どうやら自分はあの女性の呪霊に母親を無意識に重ねていたらしい。だから攻撃できなかったし彼女になら
だからだろうか、早く死ねとどこからか両親が現れて自分にそう言ってくるのは。
綴がまだ両親と一緒に仲睦まじく暮らしていた頃から綴には呪霊が見えていた。
父親は綴のその話を作り話だとしてそれなりに楽しんでいた。「ここには何がいるんだ?」「綴の怖い話はおもしろいな」綴はそれを聞いてつい得意になっていた。この力は父親を楽しませるものなんだと勘違いしていた。
母親だけが、綴が呪霊の存在を指摘する度に怯えていたことを綴は知らなかった。
「かあさん、みて!」
綴はその日、空き缶を手を使わずに穴を開けた。
「すごいでしょ?」
綴は自信満々に母親にそう言ってみせた。両親は綴は賢い子だと良い子だと褒め、綴も実際にそうだと思っている。綴が素晴らしいことをすると両親は手を叩いて喜ぶのだ。だが、この日は違った。
「なんで? どうして?」
「かあさん?」
母親は綴の頬を
「なんで!? なんでよ!? お願いだから、これ以上はやめて! お願い、おねがい、これ以上母さんを困らせないで! 母さんの幸せを壊さないで!!」
「…………ごめんなさい」
ポツリと綴がそう言ったのを聞いて、母親はハッとする。頬を腫らした綴がポロポロと涙を流しながら何度も何度も謝っている。
「ごめんなさい、もうしない、約束するから、ごめんなさい、ごめんなさい」
母親は綴を抱きしめた。
「ううん、謝るのは母さんの方。ごめんね、綴……」
その日、母親から父親が呪術のような非現実的なものが大嫌いであること、母親は呪術師だったが父親を愛してしまったということを聞いた。その間に綴が産まれ、父親は綴が見ているものを作り話だと思っているが、もし本当のことだと知ればきっと父親は綴を嫌うだろうということも、幼い綴にもわかるように丁寧に教えてくれた。
「いい? 絶対に父さんにだけはバレちゃダメだからね?」
「うん」
それからの綴の世界は途端に生き辛いものとなった。作り話を披露しなくなった綴に初めは首を傾げていた父親だったが、母親が上手いことを言ってくれたのだろう、数日後にはそんな綴になんの違和感も持たなくなった。
このままこれを貫けばいい。そうすれば母親は怒らない、悲しそうな顔をしない。父親が自分を嫌うことは無い。
だが綴はあの日、大好きな父親を見殺しにすることができなかった。
「約束破ってごめんなさい」
今はこうやって幻に謝ることしかできない。
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【11年前・東京】
「綴を殺しかけたのは、なんでだ? それにも意味があるのか!?」
押し殺したような声で五条は夏油に問いかけた。
家入から電話を受けた五条は両親を殺し、100人以上の非術者を殺して逃走した夏油と対面していた。
「………悟にとって、綴はどんな子だ?」
「は?」
「私はね、あの日綴が神様のように見えたんだ」
優しく綴は夏油を見つめていた。
醜く汚い呪霊や非術者とは大違いだ。どこまでも純粋で無垢で、ああ、なんて……なんて、綺麗なんだろう。
呪霊の味は知っている、吐瀉物を処理した雑巾だ。夕日を背にする綴はまるで神様のように、美しく、綺麗だ。こんなに綺麗な子は、いったいどんな味がするんだろう?もしも、この子が成長すれば、大人になれば醜く汚くなってしまうのだろうか?なら、その前に……。
そう思ったとき、綴の腸がこぼれ落ちたのを見て、夏油は正気に戻る。綴が、自身が使役している呪霊に腸を食い破られたのだ。
何度呼んでも綴は目を覚まさない。
──違う、こんなことをしたかったんじゃない。
──違う、綴は私にとって大事な……。
──綴、綴、綴、綴!!
弱った綴からこぼれた腸に、何が付いているのが見えた。それは腸を食べようとする、弱った呪霊だった。夏油はその呪霊を綴から引き離そうとするが、その呪霊は四級程度の呪力しかなく、しかし脅威を感じる。それが三十蠱毒の1つ、百呪蜘蛛であることに夏油は気が付いた。
子蜘蛛の生命力は強いと聞く。もしも成功すれば? これを綴の中に入れてすぐに使役できれば? この子蜘蛛はよわった四級呪霊だ。
藁にもすがる思いで夏油は子蜘蛛を綴の中に入れた。
「言い訳だとわかっている。あの時、私は正気じゃなかった」
右手で頭を抱える夏油は五条に懺悔するかのようにそう言った。
「あの後、中の子蜘蛛は私を拒絶した。まるで綴に拒絶された気分だった」
「そのせいで! 綴がどうなったか、わかってんのか!? 俺がどれだけ探っても、生きてるってことしかわからない!」
「………綴を連れて行きたかったよ、でもまた同じように綴を傷付けるかもしれない。綴と向き合うのは、時間がいるんだ。
だから、綴のことは頼む」
五条は夏油に向けて印を結ぶ。
「殺したければ殺せ、それには意味がある」
術は発動しなかった。
次は番外編の予定です。一応全部やる気なので、順番はアンケートで決めようかと……渋谷編はもう少し構想を練ってから書こうと思います。
番外編の順番決め
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初ケーキを食べる綴
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if夏油が高専からいなくならなかったら
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じゅじゅさんぽwith綴