呪われた呪術師の走馬灯   作:千α

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初めてショートケーキを食べる綴の話し。
実際にショートケーキ食べるのは後半です。


空谷足音

 甘菜綴と五条悟は、かつてとても仲が悪かった。

 綴にとって五条は夏油の親友という唯一無二の存在であることを早い段階で察していたために彼がいると夏油に構ってもらえなくなる、と綴は感じていた。五条にとっての綴も同じようなことが挙げられる。

 今日も綴は五条と出会うと生意気だと頬をこねくり回して嫌がらせをしてくるので、額をベシベシと叩いて反撃するのであった。

 

「デコを叩くな、この馬鹿力!!」

「嫌い! ほんっっとに嫌い!!」

「いったぁ!? 呪力流したな!?」

 

 身体に電気が流れるような感覚を覚え、五条は綴の頬を離す。

 

「悟……またやったのか……」

「傑兄ちゃん!!」

 

 ちょうどやって来た夏油に綴はすぐに助けを求めるべく抱きついた。こうなると夏油は綴の味方しかしないので、五条は苦虫を噛み潰したような顔にみるみるなっていく。

 

「前にも言ったが綴は繊細なんだ」

「へぇー? 習ったばっかりの呪流術使って反撃するような子供が、繊細ねー?」

 

 五条が夏油の後ろに隠れてしおらしくしている綴を覗き込みながらそう言ってやる。

 

「綴、使ったのかい?」

「ごめんなさい。でもたたくの、お腹は止めたよ?」

「うん、偉い!」

「待って傑、なんかおかしい」

 

 それで今日はあちこち殴られなかったのか、と五条は納得する。しかし、まず攻撃することを止めさせないか?と夏油を避難するが、夏油は綴にちょっかいをだし続ける五条の自業自得だと返した。夏油は綴に周りより5割増しくらいで甘い。

 

「さて、綴今日はどこに行きたい?」

「傑兄ちゃんが行きたいとこ! 昨日はおれが行きたいところだったから」

 

 綴は夏油の手をギュッと握ると五条に勝ち誇った笑みをむけた。

 

「腹立つ! 傑、俺も行くからな!」

「え、悟も?」

 

 それを聞いて1番慌てたのは綴だった。イヤイヤと首を振るが夏油はそんな綴を見てニッコリ笑う。

 

「綴、悟はアレで意外と良い奴だから」

「意外は余計だっての」

「大丈夫、綴は僕が護るよ」

 

 綴の視線に合わせて夏油はしゃがむ。しばらく不安そうに夏油を見つめる綴だったが、遂にこくんと頷いた。

 

「傑兄ちゃんが、そう言うなら……」

 

 とても不服そうだった。

 

 

「傑兄ちゃん、この黒いところ踏んじゃだめだかんね」

「踏んだらどうなるのかな?」

「呪霊に襲われます」

「それは大変だ。踏まないように気を付けないと」

 

 車が滅多に通らない横断歩道で綴が夏油と遊ぶ。こういった手のゲームは先程から何度もしており、綴に付き合うのがほぼ初めてな五条からしてみれば、いい加減にしてくれと叫びたくなりそうだった。

 横断歩道の白線をバランスを取りながら踏み、夏油よりも先に向こうへたどり着く。自信満々に笑顔を振りまく綴を見てから、夏油はわざと黒い部分を踏んだ。

 

「おっと、黒を踏んでしまったようだ!」

「えー!? じゃあ呪霊から傑兄ちゃんを助けまーす!」

 

 綴は夏油の所まで戻り手を握ると、そのまま走る。

 

「悟も早く」

 

 茶番を見せられ続けて、五条はこの2人に着いてきたことを早くも後悔し始めた。

 

「五条さん、黒いとこ踏んじゃダメだって!」

 

 綴の決めたルールを無視すると、綴はムッと頬を膨らませて怒る。だが知ったこっちゃない。なんで大嫌いなクソガキの言うことを聞かなくてはならないのだ。

 

「綴、この公園を通ると近道なんだけど、良いかな?」

「んと………うん、大丈夫」

 

 横断歩道の近くにある広大な広さがある公園には、何人もの人間がいた。夏油は綴が非呪術師に対して苦手意識を持っていることを知っているため、こういった場所に立ち入る時には綴が大丈夫かどうかを聞いてから入るようにしている。

 大丈夫と言ったが、不安に思っているのであろう。その手に入る力は先程よりも強い。

 

「綴、無理なら遠回りして……」

 

 だからこそ、綴が公園へ入ることを避けようと声を掛けようとするが……。

 

「え? なに? お前公園も入れないの?  どんだけ箱入りなんだよお前? 俺も手、繋いであげよっか?」

 

 と、五条が綴を煽る。

 

「入れるし! 五条さんに繋いでもらわなくて大丈夫だし!」

 

 そういうと、綴は夏油とも手を繋がずに公園へ入っていった。昼間の公園には少し浮いた着物を着る綴は目立っていた。

 

「悟、綴を煽るのは止めてくれないか?」

「なんでだよ。そもそも傑がアイツを甘やかしすぎなんだよ。ちょっとは旅させてみれば?」

「そうは言うが………あれ? 綴は?」

「え、いやそこに……………あれ?」

 

 綴の姿はすでになかった。

 

「悟」

「なに?」

「綴はすぐに迷子になる、最速で10秒。そして、呪詛師達から懸賞金を掛けられているんだ」

「それを早く言えってっ──の!!!」

 

 五条の心からの叫びが公園に響き渡った。

 2人は手分けして公園を探し回る。クソガキめ、手間をかけさせやがって、とイライラしながらその目立つ容姿で公園を歩き回っていると、見覚えのある後ろ姿が見えた。というかこんな場所で着物を着ていたら十中八九そうなのだが。どうやら2人組の女性に話しかけられているようだ。

 

「こんなところにいたのか!」

 

 声を掛けると、2人組の女性の視線は五条に向けられた。そしてちいさな黄色い声を出す。自分の顔が一般人よりも良いことは知っている。だからこの反応は珍しくはない。

 

「この子のお兄さんですか?」

「その友達ですよ、おねーさん」

「この子、迷子になっててぇ…」

 

 綴は五条に気が付くと、すぐに五条の後ろに隠れた。

 この子供はこんなに人見知りするような子だっただろうか?いいや、そんなハズはない。何故なら綴と初めて会った日や、他にも高専にいる人々とは初対面でも人懐っこく話しかけていたはずだ。

 

「さっきからそんな調子で、何にも答えてくれなくて」

「人見知りなんですか?」

 

 それから何度か女性と言葉を交わしてから別れる。

 

「で、お前はなんで……」

 

 綴は震えていた。気になって綴の顔を覗き込むとその顔面は蒼白になっていて、歯をガタガタといわせているではないか。怖がっている。何に?人懐っこいいつもの綴はいったいどうしたと言うのだろうか?

 ただ、ギュッと五条の服を握る小さな手を見ると何も問い詰める気にはなれなかった。五条は夏油に連絡を入れてから、綴を人気のない場所にあるベンチに座らせることにした。

 

「ほら、傑に連絡してやったから」

 

 五条がそう言うと綴はホッと一息つく。しかしその顔色は相変わらず悪いままだ。

 結局夏油がやって来るまで綴は五条の服から手を離すことはなかった。

 

 

「綴は、非術師に苦手意識…いや恐怖心を持っているんだ」

「恐怖心?」

「一般家庭で産まれた術師が全員周りからの理解を得ているわけではないんだ」

 

 それはポツリと吐かれた言葉だった。一般家庭から産まれた術師がどんな運命を辿るのか、五条は全く知らない。理解を得られず周りから迫害され、その結果非術師にトラウマを持ってしまったのが綴だと言う。だが綴だけではない。そんな呪術師はきっとこの世にまだまだ沢山いるはずだ。

 

「悟が見つけてくれて本当に良かった」

「俺は別に何にもしてないけど?」

「綴は悟がいてくれて心強かったんだと思うよ。そうでなきゃ、今頃帰るって言っていただろうからね」

 

 そういえば、と少し先で蝶を追いかける綴から目を離さずにふと思いついたことを夏油に尋ねる。

 

「綴の親は? 詳しくはしらないけど父親が非術師なんだっけ?」

「………うん。呪術だの、非科学的なことが大嫌いなら人だったらしい」

「甘菜(つむぎ)はよくそんな人と結婚する気になったな」

「それ以外には寛大で優しいひと()()()()()()

 

 その夏油の言い回しに五条は少し違和感を覚える。それは綴の父親を夏油は知っているかのような言い方だ。しかし、五条は問い詰めなかった。夏油の表情が見た事がないくらい、悲しそうに歪んでいたからだ。

 

「何はともあれ綴がぐずらなくてよかった」

「で、どこに向かってんの?」

喫茶店(・・・)

 

 

 

────────────

 

 

 

 カランカラン…と客の来訪を伝える鐘が鳴る。

 レトロな雰囲気之する喫茶店には、パッと見で2、3人がそれぞれ思い思いの場所に座っている。

 窓から外がよく見える4人がけのテーブルに着くと、夏油はそこに2人を招く。夏油の隣に綴が座り、その前に五条が座った。

 

「わぁ……洋食ばっかりだ」

 

 なんというか、落胆するような声だ。

 

「まさか洋食たべれないとか?」

「味濃くて、あんまり好きじゃない」

「マジかよ」

 

 子供から絶大な支持を得ているカレーも今ひとつだと言ったが、逆に何が食べられるというのだ?

 

「えーとね、今日の朝はね、菜の花と高野豆腐でしょ? それからね、しいたけとかぼちゃ!」

「精進料理かよ!?」

「綴は朝は基本、精進料理だね」

 

 そりゃあそんな食生活していれば味覚も濃い味を受け付けなくなるわ、という内容だった。

 

「綴、ショートケーキは食べたことないんだよね?」

「しょーとけーき?」

「うん、いちごが乗ってるケーキ」

「食べたことないよ?」

 

 いちご、という単語を聞いて綴の笑みが華やいだ。どうやらいちごは以前に食べたことがあるらしい。

 

「食べられなかったらいちごだけ食べていいから」

 

 夏油がやって来たバイトであろう店員に自分と綴の注文をする。五条もアレコレ悩んでから注文していた。

 しばらくはたわいもない話が続く。主に綴のことだ。家ではこんなことしてこうなった、と必死に伝えようとする様子はとても微笑ましいものだ。

 夏油は連日の任務で疲れていたこともすっかり忘れ、綴の話に聞き入っていた。五条は夏油が綴のおかげでストレスを解消できていると、本人から直接聞かなくても理解した。だからそんな2人の会話を終わらせないように、極力聞き手に徹する。

 

「お待たせ致しました」

 

 3人が注文したものが、全て一緒にやってきた。綴の目の前にはいちごが使われたショートケーキがある。

 

「白と黄色と赤でキレイ!」

「そうだね。ああ綴、お箸じゃなくてフォークを使うんだ」

「ふぉーく? 使ったことないやつ」

 

 綴はフォークの使い方がわからず、幼い子供がするように上からグーで持って恐る恐るショートケーキをフォークで切る。思っていた以上に柔らかいそれに綴は驚くが、それ以上に口の中に早く入れてみたい気持ちが勝っていた。パクリとひとくち食べると、綴はどんどん満面の笑みになり、両手で頬に手を当てる。

 

「傑兄ちゃん! おれのほっぺた落ちてない!?」

「そんなに美味しかった?」

「うん! 傑兄ちゃんもひとくち食べていいよ!」

「いいの?」

「うん!」

 

 じゃあ遠慮なく、と少しだけ綴からショートケーキをわけてもらう。

 

「本当だ、すごく美味しいね」

「美味しいねー。ほっぺた落っこちたと思った………」

 

 そう言ってから、先程から会話に参加していない五条と目が合った。ショートケーキと五条を何度か見比べてから、綴は五条にショートケーキの皿を寄せる。

 

「……五条さんも、食べていいよ」

「え?」

 

 言われると思ってなかった一言が綴から飛び出した。

 

さっき(・・・)のお礼。いちごショートケーキ、美味しいから五条さんにも食べて欲しい」

 

 今まで向けられたことがないような笑顔で綴にそう言われた五条は、一瞬反応が遅れる。さっき、とは公園での出来事のことだろうか?この子供に感謝されることなどそれくらいしかしていないので、きっとそうなのだ。

 

「悟?」

「お前、俺の事嫌いなんだろ?」

「でも、さっきすごく嬉しかったよ?」

 

 だから食べて、五条のものよりも短い腕を限界まで伸ばして更にショートケーキを五条に近づける。

 

「………そこまで言うなら」

 

 ぶっきらぼうに答えるが、実は五条もショートケーキのことが気になっていた。ひとくちだけ綴のショートケーキにフォークを入れる。綴は後悔している様子もなく、五条がそれを口に入れるのをワクワクとした笑顔で今か今かと待っていた。

 

 

「なにこれ、全然甘くないじゃん!?」

 

 ショートケーキは甘さ控えめのあっさり系。甘い物が苦手ですという人向けに作られたと言われてもそれを信じそうになるような味だった。正直メロンソーダフロートの後に食べるような代物ではない。

 

「うっわ、俺これ無理だわ。甘くないショートケーキってなに?」

「悟」

「これでほっぺた落ちるとか、有り得ないわー」

「悟、ちょっと黙ろうか」

 

 夏油に止められるが五条は気にする様子もない。

 

「五条さんにはもうあげない!!」

「俺もいらないから別にいいよー! メロンソーダの方が美味しいし! あ、綴は食べられないのかー? 残念だったなー!」

 

 その様子を見て、夏油は頭を抱えたくなった。やっぱり五条を連れてくるべきではなかったんだろうか?綴は公園での一件で五条に心を開きかけていたというのに、その五条がそれを閉じた。

 

──悟は後で絶対に殴る。

 

 帰りは綴と五条がずっと喧嘩をしていた。いや、喧嘩と呼べる代物ではない。五条は綴を面白半分でからかい、綴はムキになって言い返す。綴は同じ土俵にも立たせて貰えていないのだ。

 

「嫌い! 本当に嫌い!!」

「お前に嫌われても屁でもないから」

「いじわるー!!」

「はいはい、意地悪で結構です!」

 

 その後、大号泣する綴を抱っこしてやりながら、五条を説教する夏油の姿が高専内で発見されたという。

 

 

 

────────────

 

 

 

 それから数日が経ち、綴が京都へ帰ることになった。

 

「やだー、帰りたくない」

「また来月来ればいいから」

「でもやだー」

 

 迎えが来たというのに綴は夏油に張り付いて離れなかった。しかし帰らなくてはならない綴は結局夏油から手を離した。

 

「ささ、綴様帰りましょうか。お兄様達が待っていますよ」

 

 使用人と思われる男が綴に揉み手しながら伝える。その表情は暗いものだ。以前から綴が甘菜家の人間を苦手だと感じているのは知っている。

 

 綴は以前、自分の家に帰りたいと、まだ存命である祖母の家に行きたかったと泣き喚いたことがある。綴にとっての家族は彼らではないのだ。本来なら祖母に引き取られる予定だった綴は無理矢理甘菜家に連れてこられた。甘菜家の元有力者である紬の息子として綴を持ち上げ、当主にどうか、という派閥にもみくちゃにされ、綴の精神は疲弊していた。

 行きたくない。ずっとここにいて、大好きな人達と一緒にいたい。

 

「別に一生の別れってわけじゃないんだし、来たい時に来たらいいじゃん」

 

 そう言ったのはいつまで経ってもこない夏油に痺れを切らした五条だった。

 

「…………いつでも?」

「そーだよ。なんで嫌いな奴らの言うこと聞かなくちゃならないんだよ? お前変なところ律儀だよな」

 

 呆れたように言う五条だが、サッサと帰って欲しいというのが本音だ。

 綴はいつでも?と何度か唱えたあと、夏油に抱きつく。

 

「また来るからね、傑兄ちゃん! 大好き!!」

「綴様! そのような……いいですか? ()()()()です。彼は貴方のお兄様では……」

「嫌だ!」

 

 初めて綴に反抗された使用人はヒステリックな悲鳴をあげる。綴はそんな使用人を無視して夏油に抱きついたまま五条の服を引っ張りしゃがませる。なにするんだ、とイラついた時、綴は夏油と五条にしか聞こえないような声で囁いた。

 

「あのね、おれ、悟兄ちゃん(・・・・・)も大好きだからね」

 

 

「その顔、傑作だな」

 

 綴が去ったその場で五条は2、3分ほどポカンとしていた。

 

「いや、何アイツ?」

「良かったじゃないか、綴に好かれて。この間まではあんなに嫌われていたのに………悟、満更でもないって顔になってるぞ?」

「うるせー」

 

 悟兄ちゃん(・・・・・)。悟兄ちゃんか、そう呼ばれるのも悪くない。今度来た時はもっと優しくしてやろう。

 

 綴に付けられていた使用人は綴の拒否で変えられることになったと聞いたのは割とすぐで、今度は料理が上手な女性が付けられたらしい。

 それから数日後、綴は夏油の膝の上で授業を受け受けていたという。

 

「綴ー! お菓子いるー?」

「麩菓子だぁ!」

「これが欲しければ俺を褒め称えるのだ!」

「悟兄チャン、カッコイイー、ダイスキー」

「悟、それは餌付けって言うんだよ?」

 

 若干棒読みで五条を褒める綴と、そんな綴にまんざらでもなさそうな五条を見て、夏油は優しく笑った。




【空谷足音】
・寂しい所へ人の来訪を受ける。予期しない喜び。また頼り甲斐のある例え。
・人気のない谷間に人の足音が聞こえてくるという意。
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