アンケートした番外編はここまででしたが、渋谷編がとんでもないことになってきているので、後にやろうと思っていた番外編を渋谷編の前にやろうとおもいます。
もう少しだけお付き合い願います。
「五条、こっちとこっちの帯、どっちがいいと思う?」
「僕はその着物なら、こっちの方が合ってると思うけど?」
「わかった」
なんでもない日常的な会話。だが五条はそれに違和感を持った。
「綴、どっか出かけるの?」
「1年生の着物買いに」
そういえば、前にそんなことを言っていたな……と五条が記憶を掘り起こしていると、綴は慣れた手つきで帯を締めてすぐにブーツを履く。
「んじゃ行ってくるわ。土産何がいい?」
「甘いヤツ」
「いつもと変わんねぇな」
「………綴、3人から離れちゃだめだからね」
「子供じゃねぇんだから」
お前は子供よりタチが悪い。喉まで出かかった言葉は綴が扉を閉めたことで引っ込んでしまう。
「まあ、恵もいるし大丈夫か」
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「私、絶対に何かあると思うんだけど」
「いや、甘菜先輩純粋に釘崎の着物選ぶの楽しみにしてたから」
「そもそも、その先輩はどこいったのよ」
東京都某所で待ち合わせをしていた4人だったが、呼び出した綴が来る気配が全くない。
「あってんでしょうね?」
「時間も場所もバッチリだって」
「伏黒、見つかった?」
「いや」
迷子になっている可能性もある、と伏黒が玉犬を使って探すが成果は得られなかった。本当に何をしているんだあの人は。
「あ」
「どうした、虎杖?」
「伏黒、釘崎……あれ」
虎杖に言われて伏黒と釘崎がそちらを見ると、着物に羽織姿の綴がいた。普段とは違う、よそ行きの着物なのだろう。東京のど真ん中ではその姿はよく目立つ。すぐに声を掛けようとした虎杖だったが、すぐにやめる。
「なんか、絡まれてない?」
そうなのだ。人混みの先で何故か綴の前には綴を睨みつけるヤンキーと思わしき男がいた。それに負けじと睨みつける綴の迫力も凄まじい。あの空間だけポッカリと穴が空いているようだ。
「誰が呼ぶの?」
「虎杖、行け」
「俺だってやだよ!?」
冗談じゃない、と虎杖は被りを振る。いくらコミュニケーション能力が高い虎杖だとしても、あの中には入れない。だが次の瞬間にはヤンキーと思わしき男はそそくさと綴から離れた。
「あれ?」
「と、とりあえず先輩呼ぶぞ」
「おーい先輩?」
呼ばれて綴はこちらに気が付く。
「手前らどこに行ってた?」
「それこっちの台詞! だから一緒に行こうって言ったんすよ!」
「さっきの事か? なんでかガンつけられたんでつけ返しただけだ」
伏黒はそんなヤンキーが何故急に逃げたのかを、綴の首を見て察した。
「先輩、刺青見えてます」
「最近隠すのもめんどくさい」
刺青に着物で綴のことをその筋の人間だと思ったのだろう。とにかく喧嘩にならなかっただけ良かった。
普段、こういった場所であれば襟巻を巻くなどして隠しているのだが、伏黒に言った通り綴はあまり隠さなくなった。
「よし、行くぞ手前ら」
「路地裏に?」
「呉服屋に」
絶対裏があると警戒する釘崎だが、虎杖と伏黒はなんの疑いもなく綴について行く。そんな姿を見て釘崎は今回は私がしっかりしないと、気持ちを引き締める。
着いた場所は落ち着いた雰囲気の呉服屋。何百年、という歴史がありそうだ。
着物を着た店員が綴達に気が付くと、ニッコリと笑顔で綴達の所へやってくる。
「いらっしゃいませ、いつもご利用ありがとうございます。
今日はどのようなご用件でございますか?」
綴は伏黒と釘崎を指差して、要件を伝える。
「この2人の着物を見に」
「はい、でしたらこちらへどうぞ」
店員は綴達を奥へ通す。そのスムーズさから綴がこの店の常連であることがすぐにわかった。
「あの、俺もとか聞いてないんですけど」
「は? 虎杖から聞いてねぇのか?」
「え、釘崎だけだと思ってた」
「じゃあ伏黒呼ぶ意味ねぇだろ」
そんな雑談をする3人だが、たまたま着物の値札を見てしまった釘崎は固まる。ゼロの数が間違ってるんじゃないか?と思う程多い。どうやらこの店が取り扱っているものは高級なものばかりらしい。
「……先輩、これ買ってくれるって本当なんですか?」
「そのかわり、選ぶのは俺だ」
着物はその手間賃だとでも言わんばかりの回答に釘崎は絶句する。この値段で手間賃はないだろう。
「値段を気にしているならその心配はない。そこの一角はその値段の物が多いからな。気軽に買うのならこっちだ」
気軽……?と3人は首を捻る。綴が差したそれもさっきの着物ほどではないがかなり高い。
「お待たせ致しました。こちらつい先日入荷した品でございます」
「うわぁ、綺麗……」
思わず釘崎は感想を述べてしまう。そのくらいキメ細やかな柄、色だった。
「他にこちらもありますよ」
「釘崎、どんな時に着たい?」
「え? お正月とか?」
「なら冬物だな。成人式もあるし……ま、その時に新しい着物買うなりレンタルするなり、今から選ぶものを着るなりすればいいと思う。
いい着物なら何年経ってもいい物だ」
店員はすぐに冬物の着物を何点か出してくる。綴はそれをなんの躊躇もなく手に取ると釘崎に合わせる。
初めは警戒していた釘崎もだんだんと乗ってきたようで、あーでもないこーでもないと綴と一緒に着物を選ぶ。その様子を見る虎杖と伏黒は店内の座敷に座ってその様子をぼうっと見ているだけだ。
「そういや、伏黒は先輩に選んでもらったことあるって聞いたけど?」
「中学の時に1回だけだ。その時は五条先生が払ってくれた……後で値段知って着れなくなったが」
そんな何気ない会話をしていると、綴が伏黒に何着か着物を持ってきた。
「釘崎に合わせて冬ものだ。伏黒に合いそうなものをもってきた。虎杖、選ぶの手伝ってやれ。最終確認は俺がする」
マジで2人分買うつもりだ。と虎杖と伏黒は覚悟を決める。
「やっぱり女物を選ぶのは楽しい」
「え、なんでですか?」
「女物は彩も明るい物が多いし、柄も綺麗だ。
その点男物は、暗い色が多い。そっちを好む男の方が多いのかもしれないが、地味で仕方がない」
なるほど、と釘崎は納得する。しかし男物を選ぶのが楽しくないわけではないのだろう。釘崎の物を選ぶ片手間に、綴は男物にも手を伸ばし、いい物があれば伏黒の元へ持って行っている。
「そういえば、虎杖のぶんはいいんですか?」
「この間俺のお下がりをやった。買ってやるって言ったら、充分だと断られた」
心底残念そうに綴はそう言った。
「うーん………色は良いんだが、柄が違う気が……」
「じゃあこっちとかは?」
「ま、そっちのほうが……でもこっちの方が釘崎には合う気が……」
これは時間が掛かるな、と既に選び終え掛けている伏黒は思った。
結局、店員も巻き込み2時間ほどかけてやっと満足のできる一式をえらぶことができたようだ。ちなみに伏黒はダメ出しをくらって、結局それから1時間掛けて綴が選んだ物を買うことになった。
「疲れた」
「釘崎と先輩はあんなにやり遂げた感あるのにな」
着物は寮まで輸送してくれるそうだ。
「さて、こっからどうする?」
「? まだ用事があるのか?」
「いや、特には? でもまだ時間あるし昼飯とか……」
綴は本当に着物を選びに来ただけだ。それからのことなんて考えていない。
「この近くならあそこが近いな」
昼飯と聞いて、綴はポツリと呟く。
「先輩いい所の知ってるの?」
「ただの喫茶店だ。最後に行ったのは、1年前だが。確か飯も出していたはずだ」
「じゃあ昼はそこ行きましょうよ!」
綴が選ぶ物はだいたいハズレがない。それを身をもって知っている虎杖はキラキラと目を輝かせた。
「伏黒と釘崎もそれでいい?」
「俺は構わない」
「この辺のこと知らないしね」
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カランカランと来店を告げる鐘が鳴る。
やって来たのはレトロな雰囲気の喫茶店。昼時だというのに客はほとんどいない。
綴は窓際の外がよく見える4人がけの席に座ると、3人もそれに倣うようにその席に座る。
「ほい、メニュー」
ランチメニューを出した虎杖はそれをテーブルに広げる。オムレツやスパゲティ、などなど昼時に最適な料理もあるようだ。
「あれ? 綴君じゃないか?」
店主と思われる初老の男性が綴に話しかけた。
「お久しぶりです」
「最近来てくれなかったけど、何かあったのかな?」
「あー、忙しくて」
「ま、綴君も学生だからね………この3人は?」
「後輩です」
彼はにこやかに綴に話しかける。その一方で、綴は手短に答えて会話をすぐに終わらせようとしている。そんな綴を気にすることも無く、男性は笑顔のままだ。
「綴君はここの常連でね。小さい頃はよくお兄ちゃんと来てくれてたんだよ。
悟君はたまにメロンソーダ飲みに来てくれてるね。こないだアイスをサービスしたらすごく喜んでくれたよ」
「え、先生来るの!?」
1年生達が驚いて男性に聞きかえす。
「まぁね、メロンソーダフロートとあと……ホットケーキに蜂蜜をありえない程かけて食べてるね。
そうか、彼は学校の先生になったんだね? 職業なんて聞いた事なかったから、驚いたよ。あの悟君が……」
男性はしみじみと言った。時の流れは早い。昔は白髪なんてなかった男性の髪はそのほとんどが白髪になってしまっている。
「注文は決まったかな?」
男性に言われて、3人は思い思いの料理を頼む。しかし綴だけは、何も頼まなかった。
「先輩、いいの?」
「昼飯なら俺の食えるものはないからな」
綴は洋食が嫌いだ。それを3人は知っていたので、それ以上は詮索をしなかった。
しばらくすると男性が料理を運んでくる。
「おぉ! 結構量ある!」
「美味しそう!」
「そう言ってもらえると、嬉しいよ」
ホカホカと美味しそうな匂いのするそれを見て、虎杖と釘崎は素直な反応を見せる。伏黒も何も言わなかったが匂いで食欲が湧く思いだった。
「綴君、これサービスだよ」
「え」
綴の前に置かれたのはいのごショートケーキだった。
「この時間帯、これメニューにないんじゃ?」
「いいんだよ。3時からのメニューだし、作りたてだよ。
綴君、ここに来るといつもこれだったよね。あ、お代はいらないから」
「………ありがとうございます」
綴はなんの躊躇もなくショートケーキをフォークで切る。
「先輩がケーキ食ってる?」
「うちのショートケーキなら食べられるんだって」
「ひとくちいるか?」
ショートケーキに興味津々だった3人に、綴はそう言った。
3人はテーブル横にあるフォークを手に取ってひとくち綴からショートケーキをもらう。
「あ、意外とあっさり系?」
「確かにこれなら先輩も食べられそう」
「悟君はあまくないからこれをショートケーキと認めないとか言ってたけどね」
「うちのバカがすみません」
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昼食を終えた頃、綴がお手洗に行っている間に、男性と3人の会話は続いていた。
「また来ますね」
「めっちゃ美味かったです」
「そうかい? でも……もう今年いっぱいで閉めようかと思っているんだよ」
え、と思わす言ったのは誰だったか。
「お客も最近は滅多に入らなくてね。私も歳だし……閉めどきかな? と。10年前もそう思ってたんだけど、綴君が来てくれる度に嬉しくて、もう1年、あともう1年…とずるずるここまでやって来たんだよ。
私のショートケーキ、あっさりしすぎだって評判悪かったから、綴君のお陰で自信が持てた。満面の笑みで食べてくれるのが、嬉しかった」
ほっぺたが落ちるくらい美味しいと綴はあの時そう言った。それから月に1度は必ず来て、この窓際の席を特等席にしてショートケーキを食べるのだ。
「綴君には、沢山助けて貰ったよ。綴君には、1年前には伝えててね。食べれなくなるのが残念だって、そう言ってくれて………料理人冥利に尽きるね!」
少し涙声になった男性はそれをぐっと堪える。
「そういえば、綴君はいまでこそあんな感じだけど、昔は天使と言われていたんだよ。私と常連客が、だけど」
「天使? 先輩が?」
釘崎はありえないと目を見張るが、綴の幼いころの写真を見たことのある2人は納得する。
「綴君が笑顔を見せるのは、悟君と傑君くらいだったけどね」
「すぐる?」
「おや、傑君のことは知らないのかい? まあ、あの2人も無闇に誰かに言うようなタイプではないし……一言で言うなら、綴君のお兄ちゃんだね」
男性はある日パッタリ来なくなった夏油傑を思い出す。去年の冬、仕事帰りだという五条に、夏油はどうしているか尋ねた。五条は今まで見たことの無いような虚無の表情で、夏油が死んだことを伝えたのだ。その頃から綴はこの喫茶店へよることはほとんどなくなってしまった。
その綴は強烈な吐気で立っていられなくなっていた。胃にあるものは全てトイレの中に吐き出し、出てくるのはもう胃液だけだというのに、まだせり上がってくるものを感じてしまう。
昔は食べれた、大好きだったそれの残骸を見て頭を抱える。
まるで味のないプラスチックを食べているような感覚で、後輩達の感想を聞いてから、昔と味が何一つ変わっていないことを知った。
「……しんど」
時刻は夕方近く。それまでダラダラと遊んでいた4人だが、ここに来てやっと方針が定まったようだ。
「よし! じゃあカラオケ行くか!」
「空桶?」
だが、空桶とはなんぞや?と綴は顔を顰めている。
「カラオケです。歌をうたうところですね」
「……人が多いならパス」
「個室です」
「行くか」
伏黒との短い会話を終えて、綴は3人の後をついて行く。カラオケとやらがどんなものかは知らないが、この3人が楽しめる場所ならばどこでも良かった。
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「──で、思った以上に音が大きいし、目がチカチカしたと」
「頭痛くて気分悪い」
「それ言わずに最後まで粘る綴も馬鹿だな」
「うるせぇ叩くぞ」
医務室で綴は五条、家入と話していた。
部屋に帰るまでは何とか後輩達に無様な姿を見せなかった綴だが、部屋に入った途端倒れた。綴は何度か歌うことを勧められたが、そんな状態でもなく。ただただ無表情でその場を見つめていただけである。このとき任務で使っているサングラスのように黒いレンズのゴーグルがあればまた違っていたのかもしれない、と後悔するが終わったことを嘆いても仕方が無い。
家入のところへ行って薬をもらおうとフラフラと寮を出たところで五条と出会ってしまった。
「でも楽しかった?」
「楽しかった」
痛みを堪えるために無表情になっていたが、3人のやり取りを見ているだけでも楽しかった。
「立派に先輩やっちゃってー。憂太が聞いたら羨ましがるんじゃない?」
「なんで乙骨が?」
「綴は、意外と慕われてるってこと」
「ないな」
ベッドに寝転んで家入から貰った蒸しタオルを目に当てる。
「でなきゃ、悠仁も恵も綴の後ろアヒルみたいについて行かないって」
「それは……俺以外にもアイツらに何かしてやれる奴がいればそっちにいくだろ。3、4年とか…それこそ乙骨とかは伏黒に尊敬されてんだろ?」
じんわりと暖かい蒸しタオルと頭痛薬の副作用のせいか頭がぼうっとしてくる。このまま寝られるのではないか?たとえ5分でも寝られる時に寝ておいたほうがいいだろうと判断する。
「綴、お前は……色んな人から頼りにされてるんだよ。もちろん僕もそうだ」
「………だったら、俺を子ども扱いするんじゃねぇよ」
「だって子供だもん」
「くそが」
それから綴が口を開くことはなかったかった。
「硝子、子供ってなんで大人になっちゃうんだろうね?」
「……何当たり前のことを」
【晴耕雨読】
・田園で世間のわずらわしさを離れて、心穏やかに暮らすこと。
・晴れた日には田畑を耕し、雨の日には家に引きこもって読書する意から。