「え……とマジでここ?」
着いた婦人科病院の前で2人と1匹は立ち止まる。
「青木、病院に犬は入れないらしいぞ」
「キャン」
「そうだな、何かあれば呼ぶ」
「なんで会話成立してんのよ?」
尾上は目の前で繰り広げられる訳の分からないやり取りを見て頭を抱える。不安で仕方がないのだ。片方は協調性がないしもう片方はそもそも意思疎通が取れない。上の人間はなんだってこんなメンツを任務に行かせようとしたな。というか犬って、なんで犬が学校に通ってるんだよなんで入れない病院の任務割り振られてるんだよ、と上げれば上げるほど疑問は尽きない。でもたかが3級ね自分ではどうすることも出来ない。
そんなことよりもだ。
この病院は一般人がみればそれはそれは立派なものに見えるのだろう。建物は大きく綺麗で、ホームページを見ればこの病院がどれだけ成功をしているのか一目瞭然だ。しかしそれはあくまで一般人が見れば。呪術師からみれば病院はどす黒い霧に包まれていることがよく見える。
「創業80年だって」
「昔は経営的に難があったそうですけど、50年ほど前の今の院長が就任してから建て直したようですね」
「伊地知さん、青木のリードは?」
「これですよ」
伊地知は綴に青いリードを手渡すと、綴はそれを病院の敷地内にあるポールに括り付ける。
「そういえば、伊地知さんと甘菜君って昔からの知り合いなんですよね?」
「まあ、はい」
「昔からあんな感じなんですか?」
尾上は綴を指差す。綴は相変わらず青木とじゃれあっており、それだけ見ると3年生にドロップキックした男には見えない。
「実は私、今日久しぶりに甘菜君があれだけ嬉しそうにしているのを見ました。昔は、もっと人懐っこい子だったんですけど………あ、これ言ったの内緒に!」
「わかってますって……でも、全然想像できないな」
まるで人を威嚇する獣のような綴が人懐っこいだなんて全く想像ができない。いったいなにがあったらあんな人間になるのだろうか。
「俺、一般人嫌いだから、アンタが話して」
「は?」
「耳遠いのかよ」
「雑音が酷くてね。もう1回言って?」
「耳遠いのかよ」
「そこじゃなくて!」
病室の前まで来て、綴はそう言うとサッサとスライド式の扉を開ける。
そこにいたのは黒髪のどちらかと言われると幸が薄そうな女性。ノックをせずに入ってきた綴を訝しげに見ているようだ。
「ちょっと、甘菜君! いきなり何やってんのよ!」
綴に代わって尾上は謝る。
「あの、私達呪術高専の者です……お話しはもう通っていると聞いていますが……」
「あ、あなた達が?」
名乗っても女性はなかなか警戒を解かない。不可解な現象に悩ませているためか、警戒心が高まっているようだ。
「はい! 私は尾上小町と言います。こっちは甘菜綴君、それと補助を担当してくれている伊地知さん。外にもう1人いますけど、訳あって中には入れないんです。今回は基本的にこの4名で貴女の悩みを解決します」
「さ、佐々木です……あの、本当に大丈夫なんですか?」
佐々木と名乗った女性は視線を彷徨わせながら問う。
「はい! もちろんですよ。
私はまだ階級が3級なんですけど、甘菜君は1年生にして2級の術師なんです。この歳でそこまでの階級の子ってなかなかいないんです」
「えと、かなり優秀な方、であっていますか?」
「そうです」
ムカつくことに、この後輩は入学と同時に2級術師として認められている。実力はまだわからないが、3年生をボコボコにしている時点で彼が強いということは明白である。
「というわけで、佐々木さんは私達が守りますから!」
そう言い終えたところでやっと佐々木は安心したようだ。まさか子供がやってくるとは思っておらず、それ故に不安と不満があったらしい。
綴はそれを見届けてから病室を出る。尾上に止められたがそれを聞く理由もない。
この病院には嫌なものを感じて仕方がない。佐々木のことは尾上に任せて自分はそちらへ向かおうと言う魂胆だ。
「立ち入り禁止」
嫌なものは地下へ続く階段の下から感じる。だがその階段の前には立ち入り禁止の札が立っていた。別に気にせず進んでもいいのだが、そうすると今後の活動に支障が出るかもしれない。それに、何となく入っては行けないような気がした。というより、今は入るべきではないが正しい。
「………」
「何か、ここに用ですか?」
声を掛けられて後ろを振り向くと、そこには白衣を着た老人がたっていた。尾上に見せられたホームページに載っていたこの病院の院長のようだ。
「………何を
「……ああ、貴方は
そう言うと院長はその場を去っていった。
「こんだけドス黒いもの閉まっといてよく言うよ」
・
・
・
「ちょっと失礼しますねー」
尾上は佐々木が纏う残穢を見て、直ぐに手毬柄の千代紙を取り出す。
「佐々木さん、直接申します。貴女は呪われている」
「やっぱり、私が?」
「あ、具体的にいうと、貴女のお腹のお子様がです」
千代紙に呪力を込めると文字が刻まれていく。
「『我、汝を護りし者也。故に闇は見えず聞こえず匂わず、汝を見失うであろう』」
その千代紙を、尾上は佐々木の腹に貼り付ける。
──結界術・千代紙『手毬』
尾上は人を守ることに秀でた結界術を用いて腹の子と佐々木を護る。
「この結界術で、貴女を呪う呪霊には貴女のことが見えないし聞こえないし匂いすらわかりません。ただ、効果は札が黒く染まるまで。それからはしばらくこの術は使えなくなります」
「あ、ありがとうございます」
佐々木は頭を下げる。尾上はそんな佐々木の様子を見て嬉しそうに笑った。
尾上は非術師の家系に生まれた人間だ。尾上だけが不思議なものが見えていた。あまりにも幼い頃から見えていたそれは、尾上にとっては日常の1つで恐ろしさも感じなかった。だが、ある日その目に見えないものと戦う人間を見てしまった時から尾上は認識を改める。
──アレは恐しいものだ。
私はアレのことを知っているんだから、私はアレが見えるんだから、私はいろんな人を守るために生まれてきたんだ。
今思うと気負いすぎていて、変に自信がある自分の頬を平手打ちしたくなる。しかし術師になったことについては後悔していない。
術式がなくても尾上には向き不向きが分かれる結界術を得意としていた。それでもなかなか戦果を挙げられず、3級に昇級したのも同級生達のサポートがあってのことだ。
呪術高専2年の中で1番弱い。結界術がなければ攻撃手段を持たないただの役ただず。だから誰かに感謝されると、自分のしていることはきっと間違いではないのだろうと、自信を持てた。
「あの、早速お話を伺いたいのですが……」
「え?」
「あー、佐々木さんは今呪われている、というのは理解していますよね?」
「はい、知り合いにもそう言われて」
「呪いというのは、こんがらがっている糸を解くような過程を経て解呪ができるんです。
今のまま、佐々木さんに取り憑いている呪いを祓っても……恐らく良い結果にはならないかと」
なにか1つでもいい。何故佐々木が呪われるような事態に陥ってしまったのか、その切っ掛けさえわかればこの任務を無事に終わらせることができるはずだ。それを佐々木に伝えると、彼女は軽く頷く。
「………でも…その、理由がわからなくて、私が入院してその日に、色んなことが起きて」
「例えば?」
「赤ん坊の泣き声が、聞こえるんです」