呪われた呪術師の走馬灯   作:千α

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会者定離③

「赤ん坊の泣き声、ですか?」

「はい、夜中の2時から3時頃に。

 初めは婦人科病院だし赤ん坊の声くらいするだろうって、気にしなかったんですが、日に日にその泣き声が近付いて来るんです」

 

 それでまともに寝れていないのだろう、佐々木は疲れた様子だ。

 

「あの、赤ん坊となにかあったとかは……?」

「………ご、ごめんなさい」

 

 尾上の問いに佐々木は顔を伏せて謝る。

 佐々木から聞き出せたのは、『呪われた理由がわからない』『2時から3時頃に聞こえる赤ん坊の泣き声』ということだけだった。

 

 

「で、キミはどこ行ってたの?」

「対象の方じゃなくて、なんでこの病院が呪われてんだろうな、と思っただけだ」

 

 時刻は草木も眠る丑三つ時。2人と1匹は佐々木を護衛するために病院の駐車場付近に待機していた。もちろん病院側からの許可は出ているようだ。

 

「タメ語! またタメ語!

 まさか甘菜君他の先輩にもそんな調子なの?」

「敬う気もないのになんで敬語使わないといけねぇの?」

 

 敬う気もない、と言われて尾上は頭に衝撃を受けた。

 

「そ、そう………そう。

 病院のことについて、何かわかったの?」

 

 尾上はのの字を地面に書きながら綴に尋ねる。

 

「地下になんか嫌なものがいるってのと、そこ容易に立ち入ったらやばそうなこと。院長の野郎がなんか隠してやがること」

「院長が?」

「多分病院の呪いは院長のせいだ」

 

 綴は確信を持ってそう言った。佐々木の呪いと何か関係があるかどうかは結局わからず、今日呪霊がどのように被呪者にアプローチしているのか、それを見て判断をするようだ。

 

「きゃんッ」

 

 青木が何かを感じ取って吠える。

 

「来た」

 

 病院から聞こえてきたのはか細い赤ん坊の泣き声だ。

 しかし、昼間でも人の声が聞こえることがなかった病院で、赤ん坊の泣き声が外にまで聞こえてくるのは不自然だ。

 

「青木、あそこまで頼む」

 

 青木はムクムクと巨大化し、まるで狛犬のような姿になる。大きさはだいたい自動車よりも少し小さいくらいか。呪霊の危険度を察知してそれに見合う呪力を引き出して身体を大きく、もしくは攻撃力を高める呪術だ。

 青木は綴からの指示を聞くと、いの一番に病院の中へ入っていく。綴と尾上はその後ろから佐々木の病室に向かう。

 

 今の青木とほぼ大きさの変わらない呪霊は地下から這い出して来たところだった。

 綴はそれを糸で捕縛、青木が呪霊に噛み付いた。まるでまるまると太った赤子のような呪霊はいっそうけたたましく泣き声をあげる。

 

「アンタは対象のとこ行け!」

「うん!」

 

 尾上は佐々木の病室へ向かう。

 ここまで来るのにかかった時間は玄関から5分程。それでも呪霊が地下から這い出したところだった。尾上の結界術で呪霊が佐々木を見失っていたからだ。尾上の結界術はこの呪霊に有効だ、佐々木が見えず近付けないならこちらのもの。だが地下から出てきたのなら佐々木の結界が壊れてしまったはずだ。普通ならば数日持つ結界術を壊すということは、それだけ強い呪力をこの呪霊は持っているということになる。

 

──甘菜呪流体術・ニノ型 牡丹

 

 呪霊の叫び声を聞いて、攻撃が通じることを綴は確認する。

 綴の攻撃で呪霊が怯んだ隙を見て、青木は呪霊を地下に押し戻そうとするが、呪霊も力が強くなかなか上手くいかない。綴は呪霊の間から地下への階段へ向かい、後ろから呪霊を糸で引っ張る。

 

「青木そのままやれ!」

「バウッ」

 

 青木の突進力と綴の糸で呪霊はズルズルと後ろへ後退していく。

 するとこの2人に力で敵わないと察したのか、呪霊は動きを止める。

 

──なにかするな。いったい何を……。

 

 呪霊がモゾモゾと動いたかと思うと、背中の肉塊が砲弾となり全方位に向けて砲撃が始まった。 それを避けるために綴は糸を切る。だが砲弾は綴の足元へ命中、その衝撃で綴は階段の下まで転がり落ちた。

 上から綴を呼ぶ青木の声が聞こえてくる。青木は無事なようだ。

 さて、ここはいったいなんだろう。と綴がうしろを振り返ると呪霊が開けた扉が見えた。その中に何かがある。

 

「青木! 少し耐えてくれ、すぐに戻る!」

 

 上から青木の返事が聞こえてから、綴は部屋の中へ入った。

 部屋にあったのは、金庫のようだ。ここからドス黒い呪力を感じる。金庫は数字が並ぶダイヤル式の鍵を持っている。それが、2つ。開けるのは容易でないだろう。

 

「………ここは、今は無理か」

 

 綴はすぐに諦めて上へ戻る。

 しかし既に呪霊の姿は見えず、いるのはポメラニアンの姿に戻った青木だけだった。

 

「青木!」

「きゃんッ」

「なんだ、元気じゃねぇかよ、心配させやがって」

 

 そう言って綴はすぐに青木と共に佐々木の病室へ向かう。

 

 

 

────────────

 

 

 

「佐々木さん!」

「尾上さん、赤ん坊の泣き声が!」

「大丈夫です、絶対に守りますよ。

 『我、汝を護りし者! 楯となり矛となる! 闇は汝を切り裂けぬであろう!』」

 

──結界術・千代紙『扇』

 

 佐々木の部屋は赤い扇柄の千代紙が大量に貼られていく。

 『扇』は尾上にとって1番得意とする結界術だ、その上尾上が持ち得る結界術で1番の防御力を誇る。きっと破られることはまず無いだろう。

 

「尾上さん、今外でなにが!?」

「呪霊は地下からここへ来ています。地下からここまでだいぶ距離があるので、丑三つ時が終わるまでは甘菜君と青木君が対象しています!」

 

 そう言った時、扉が外から殴られる。凄まじい音は、『扇』がなければ扉が破壊されていたことを想像させることができた。

 それよりも、綴はいったいどうしたのだろうか。彼が簡単に負けるとは思わないが、ならどうして呪霊がここまでやって来たのだろう?尾上は思考するがなにもわからなかった。

 

「『扇』は札を貼った空間にいる人を守ります。ただ、物は直接貼らないと効果を得られません」

「あの、尾上さん?」

「あ、これ術式の開示ってやつで、これすると強くなれるんですよね。だからちょっと聞いててください」

「は、はい……」

 

 破られることはないと信じているがもしもということがある。だから尾上は術式を佐々木に向けて開示していく。

 

「建物なんかの壁がある場所じゃないとできないのが難点ですけど、こんな建前の中だと絶対に破れません。特にここは身重の人のための部屋。だから、その概念が『扇』をさらに強化してくれるはずです!」

 

 だから早く来て欲しい。尾上は一向に来る気配のない生意気な後輩の到着を今か今かと待っていた。来たら思い切り殴ってやろうと心に決めて。

 また扉が殴られる。それと同時に赤ん坊の泣き声が大きくなる。

 

「うるさっ」

 

 まるで頭の中を直接攻撃されているようなそれに、尾上と佐々木は思わず耳を塞ぐ。その時、赤ん坊の泣き声が肉塊を殴るような音と共に止まった。

 

「甘菜君!?」

 

 綴と青木はすぐに部屋まで来た。

 呪霊を殴り飛ばすと、すぐに部屋の中に入る。

 

「無事だったんだ、良かった………って! 結界壊すな!」

「知らん、もう1回しろ」

「あのね、『扇』は外から誰かが入ると効果が無くなるって任務前に何度も……」

「いいからやれ、佐々木(コイツ)死ぬぞ」

 

 綴の鬼のような形相を見て、尾上は半べそをかきながら千代紙を部屋中に貼っていく。

 

「──で、だ」

 

 綴は佐々木を睨みつける。

 

「アンタ、俺らに言ってねぇことがあるな?」

「え?」

「ちょ、止めなよ! 佐々木さん困ってんじゃん!」

 

 尾上が綴の背中をドスドスとチョップするが綴は堪えていないようだ。

 

「ここには今妊娠間近な妊婦がアンタ以外にも10人いる。なのにこの現象に悩まされてるのはアンタだけだ」

「そ、そんなこと言われても、私には全く……」

「身に覚えがないとは言わせねぇ。アンタ、()()()()()()()()()()?」

「ち、違う! 私は……ただ、あの人(・・・)に会いたくて!」

 

 佐々木はハッとして口を抑えるがもう遅い。

 

「あの人?」

「詳しく言え、死にたくなかったらな」

 

 佐々木は俯くとぽつりぽつりと話し始めた。

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