呪われた呪術師の走馬灯   作:千α

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会者定離⑨

「先輩!」

 

 前を歩く尾上に追いついた綴はすぐに深々と頭を下げる。

 

「すみませんでした!」

「……なんで綴君が謝るの?」

 

 尾上にそう言われ、綴はそっと下げていた頭をあげる。そこには少し複雑そうな表情の尾上がいた。

 

「いや、その……」

「別に、その人が好きなタイプとかもそれぞれだし……私が怒ってるのは五条先生だしさ……」

「………せんぱっ」

「綴君はさ、好きな人っている?」

 

 また歩き始めた尾上の後ろを綴はついて行く。

 衝突に尋ねられた問いの真意がわからず答えを必死になって考えるが、いくら考えてもわからないので素直に答えることにした。

 

「はい……います」

「え、意外!? 誰? 私の知ってる人!?」

 

 あんただよ!と言える勇気もなく、顔を真っ赤にさせた綴は何も答えず俯いた。そんな綴に微笑みかけ、尾上は壁にもたれかかる。

 2人以外には誰もいないそこは綴にとって特別な場所にも思えた。この感覚は、まだ夏油がいたあの(・・)教室に似たようなものを持っている。

 

 

「あのね、私も()()()()()()()()

 

──え?

 

 綴の言葉は喉の奥から出てくることはなかった。

 

「1年生の時にね、同じ任務に行ってその人に助けて貰ったことがあって。それからずっと。

 綴君は私の信頼できる後輩だから特別ね! 誰にも言ってないんだから、私達だけの秘密!」

 

 普段であれば彼女のそういった言葉に胸を高鳴らせる綴だが、今はそれが無い。ただ、サッと血の気が引いたような気がしてならない。尾上の表情や言動からその対象が自分ではないことは明らかだ。

 

「男の人って、体型とかやっぱり気にする、かな?

 私ってチビだし、その、お世辞にもスタイルがいいわけじゃないしさ。その辺綴君はどうなの? あ、綴君のタイプの問題は抜きにして! えっと……好みの外見じゃなくても、好きになってもらえるかな?」

 

 尾上は本当にその人が好きなんだとわかってしまった。普段の行い等、変えられる箇所ならば人間その気になればいくらでも変えられる。しかし外見はそうではない。

 

「あの、俺が言うと説得力ないかもしれないんですけど。俺は尾上先輩は充分魅力的な人だと思ってます」

 

 この場にいたくない。

 

「俺、結構高専でも浮いてるけど、でも尾上先輩は分け隔てなく接してくれるし、だから………先輩はハッキリ言うから、それが厳しいこともあるけど、それが優しさだっていうのもわかるし………えーと、なんて言えば……」

 

 言葉が出てこない。こんなにかっこ悪いところ見て欲しくない。

 

「とにかく、先輩は俺にとって大事な人だから! だから……」

 

 本当は言いたくない。

 

「俺、先輩のこと、すごく応援しています。

 相談にならいくらでも乗ります。

 だから……」

 

 綴は勇気を振り絞って尾上に嘘偽りのない(・・・・・・)本音を尾上に伝えた。

 

「俺、先輩に()()()()()()()()()、です」

 

 例えそれが自分の隣でなくてもいいから。

 言いたいこと(・・・・・・)は言えなかった。尾上を困らせてでもいいから、この人の記憶に残るようなことをしたかった。でも、この人の今にも泣いてしまいそうな顔を見てしまうとそれができなかった。この人には笑顔が1番似合う。

 

「すみません、結局答えになってないですよね。

 えっと、外見の話、でしたっけ?」

「綴君、顔真っ赤だよ?」

「すみません」

「ありがとう、綴君。

 私なんかより綴君の方が優しいと思うよ? 今の私でも魅力的かぁ……それだけでも本当に充分だよ。いきなり困らせちゃってごめんね?」

 

 真っ赤になった顔を隠すために綴は俯いた。そんな綴を尾上は覗き込もうとするので、綴は今度はそっぽを向いた。

 

「うん! 自信ちょっと出てきたかな? 私は私にしかできないことで頑張るよ。綴君にも応援されちゃったしね」

「はい、先輩なら大丈夫だと思いますよ」

「あとは女子力上げて、ちょっとずつでいいからアピールしようかなって……」

 

 その日はずっとその話で持ち切りだった。答えたくない、振られてしまえばいいのになんて酷いことを考える自分を殴りたくて仕方がない。自分はこの人の役に立ちたいんだ、幸せになって欲しいんだ。だから、そんな最低なことを考えるな。

 

 

「………青木、背中を踏むな」

 

 自室でうつ伏せになっていると、青木の前足で背中を踏まれる。なんとなくだが、青木が綴を慰めているのはわかった。

 

「はぁ……俺って本当に意気地無し」

「わふっ」

 

 まぁ元気出せよ。と青木は綴の背中をふみふみしていると、綴が顔を少し上げる。

 

「でも先輩に幸せになって欲しいのは確かだ。後悔はしない……」

 

 だが未練はある。

 青木はそれをじっと聞いていた。青木はそこまで聞き終えると、今日はまだ散歩に行っていないことに気が付く。部屋の壁に掛かっているリードを引っ張り出すと綴の前に持っていき、気分転換しようよ。とてしてしとリードを叩く。

 

「それもそうか。行こう、青木」

「きゃんっ」

 

 綴は青木に誘われてリードを手に持つ。ほぼ毎日高専内で見られる光景は交流戦があっても変わることはなかった。ただ、宣言通りに五条を無視する綴は普段よりも数倍人を寄せつけないような雰囲気を持っていたという……。

 

 

 

────────────

 

 

 

 交流戦での個人戦では、やはりと言うべきか綴は東堂と戦うことになった。だが問題なく快勝。綴は校舎裏を免れたのであった。しかし結果は京都校のほうが勝利数が多かった。

 

「来年は京都校で交流戦か」

「はい、綴君お疲れ様〜」

 

 尾上に渡された炭酸ジュースを綴はありがたくもらう。

 

「先輩の結界術、凄いですね」

「え、そう? でも攻撃はできないし、やっぱり個人戦じゃ役に立たないから……」

「いや、団体戦のほうで」

「あ、そっち?」

 

 綴は尾上の結界術が羨ましかった。

 夏油の「非術師は守るべき存在」という言葉は呪いのように綴をがんじ絡めにしているところがある、だが綴はそれを自覚することはなかった。ただ自分の術では守ることが困難だと思っている。どんなに頑張ったとしても1度に守れる人数は決まっている、それも尾上に比べればだいぶ少ない数だ。団体戦では尾上が守れる範囲の広さ、数の多さに感嘆したほどだ。

 

「うーん千代紙結界は、というか結界術は向き不向きの差が凄いからなぁ……教えたくても……」

「大丈夫です、俺結界術は諦めてるんで」

 

 式神ならいけるんだけどなぁ……とぼんやり考えている横で、尾上は何やらうんうんと唸っている。

 

「あ、そうだ! じゃあこういうのはどうかな?」

 

 綴が結界術を使えるようになる方法を考えてくれていたようだ。

 尾上が伝えたのは結界術とは違うものだった。しかしそれ(・・)は綴の得意分野であったし、なかなか興味深いものだった。

 

「それなら俺にもできそうです」

「良かったー! 綴君の術式って凡庸性高いし、術式の解釈を広げればもっと凄いことできそうだよね」

 

 もっと凄いこと、それを想像しようにも綴はまだまだ自身の力を本当に理解できていない。

 

「綴君はさ、どうして糸の術と呪流術を一緒に使わないの?」

「それは……」

 

 子蜘蛛の術は呪流術と相性が悪い。呪力を操作し流す行為を繊細に行う必要がある術が多い呪流体術は集中力を使う。そもそも綴のものとは全く異なる子蜘蛛の呪力を操るのも難しくて最初は困難だったのに、2つも同時に使えるはずがない。例えるなら自転車に乗りながら絵を描くようなものだ。

 そのことをそれとなく伝えると、尾上は良い考えだと思ったんだけどなぁ…とまた考え込む。

 

「でも、すごく参考にはなります。そんなこと俺は考えたこともなかったから……もしできたら、基礎的なこともいろいろと成長すると思います」

「そう? もうちょっと先輩らしくアドバイスできたら良いんだけど……」

「充分先輩やってますよ、尾上先輩は」

 

 そうかな?と照れる尾上は本当に可愛らしい。誰だクラスで6番目辺りにいる女子の顔とか抜かした奴は。確か3年生だったはずだ、叩くぞデコを。どう考えても1番だろ。

 

「あ、それでさちょっと綴君に協力してほしくて」

 

 そう言うと尾上は懐から手作りと思われるクッキーを取り出した。尾上がしたと思われるラッピングはとても可愛らしい。

 

例の件(・・・)で、綴君に味見してもらいたく」

「ああ、例の件(・・・)ですね」

 

 例の件とは、尾上が片思いしている意中の相手への相談のことだ。

 綴はクッキーを一口食べる。苦手な甘さだ。きっとこれが世間一般では普通の味なんだろう。しかしどうしてももう一口ができない。やっぱり味の濃い食べ物や洋食が苦手だと言うべきか?

 

「どう? 美味しいかな?」

「すごく美味いです」

 

 無理だった。

 物凄く食い気味に答えクッキーを更に頬張ったた綴は、すぐに後悔する。ちゃんと言わないと尾上のためにはならないというのに。でもこの役目を他の誰かに取られてしまうのも嫌だ。

 

「ならあの人に渡せるね

 あ、これは綴君の分だから」

「ありがとうございます」

 

 それからいくらか話して、綴は尾上と別れた。

 

「………」

「何見てんの?」

「!?」

 

 ラッピングされたクッキーを見つめていると、背後にいつの間にか五条が立っていた。綴からの総無視経験から、綴と尾上の関係にあまり首を突っ込まないようになったが、気になるものは気になってしまうようだ。

 

「いや、尾上先輩からクッキー貰っただけで……」

「綴が? 洋食嫌いなのによく貰ったね。僕が貰ってあげようか?」

「だめ、絶対にだめ」

 

 クッキーを隠すと、五条は嬉しそうに声を出して笑った。

 

「なんだよ?」

「なんでもないよ」

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