こんばんはシリアス回
「青木、最近元気ないね」
寒い冬になってすぐ、青木は寝込むようになった。ポメラニアンの平均寿命であると言われている12〜16歳で青木は現在15歳、それが過ぎようとしているためかそれとも連日の任務での疲れか、それは綴にもわからなかった。
「明日任務がないですし、病院行くつもりです」
家入には流石に動物は専門外だと言われたので、綴は近くの動物病院まで連れていくことにした。だがここまで衰弱してしまっているのだから覚悟はしておいたほうがいいだろう、ということを尾上に伝える。
動物と人間の寿命は違う。それを充分理解しているため、綴は大きく取り乱すことはなかった。
「私もついて行きたいけど、任務あるから行けないな……ごめんね、青木」
尾上に頭を撫でられると、青木は大丈夫だ、と答えるように尾上の手を舐める。
そんな会話をしたのは昨日。やはり寿命が近いというのが診断結果だった。自宅で最期まで一緒にいてあげてください、という医者の言葉に従って綴はできるだけ青木の傍にいるようにした。
「青木、雪降ってきたぞ」
青木を抱くと、綴は窓へ向かう。チラチラと雪が降っているが積もりそうな量ではない。これなら傘も要らないし、と綴は青木をできるだけ暖かい格好にさせると外へ出た。
「寒いな、青木は大丈夫か?」
「きゃん」
「雪を一緒に見るのは初めてだな。青木は雪が好きか?」
正直に言うと雪は好きではない。
青木製鉄所での日々は困難ではなかった。こんな見た目だから製鉄所の人間には可愛がられていたし、しかし1つ不満があるとすれば心から信頼できる友達がいなかったことだ。
呪力と術式を持って生まれた突然変異動物。それ故に同じ犬とも人間とも深く馴染めることはなかった。
「俺、青木と友達になれて本当に良かったと思うよ」
青木も綴と同じ気持ちだ。雪が降ると製鉄所の近くで子供達が雪合戦をしたり雪だるまを作ったりして遊んでいた。人間みたいに遊びたいとは思わないが、もしもこんなに寒くて辛い日に寄り添ってくれる仲間がいてくれたらと思っていた。
青木は綴を見上げる。綴は青木をとても泣きそうな顔で見つめていた。
──嬉しいなぁ……。
全然寒くない。あんなに嫌いだった冬がこんなに大好きになるなんて。もっと早く綴や尾上に会いたかった。そうすればきっと孤独な日々も無かったはずだ。撫でてくれる綴の手のひらが暖かい。
──まだ、生きていたい。
綴と一緒にいたい。優しくていっぱい遊んでくれる綴と一緒にいたい。一緒にいたい。でももう自分はあと少しで死んでしまう。
そうだ、死んでしまうのだ。
──
青木はそこで死への未知の恐怖に
いやだ。死にたくない。いやだ、ひとりぼっちはもういやだ。
綴、綴、ねぇ嫌だよ。死にたくないよ。一緒にいてよ。ずっと僕と一緒にいてよ。
「え?」
青木の顔が変容し、油断していた綴に牙を向いた。
ゴクン
────────────
高専内で1年生の青木が暴走。
たまたま見掛けた3年生が青木と応戦するものの、被害は今も尚拡大中。直前まで傍にいたと思われる甘菜綴の呪力が青木の腹の中から感知されたことにより、甘菜綴は青木に
「確かに中にいるね」
五条は青木の中にいる綴の呪力を感知し、溜息を吐く。
今まで見たどの青木とも違う禍々しい姿は今高専にいる呪術師をなぎ払う。
青木がこうなった理由は恐らく、死への恐怖だ。青木の危機察知は死への恐怖により暴走してしまったのだろう。それで何故綴を殺さず腹の中に入れたのかはわからないが。犬とはいえ青木には青木の思いがあったのだろう。
五条がその場に降り立つと青木は五条からの危機を察知してさらに呪力を上げ、こちらへ突進してくる。
「悪いけど、綴は返してもらうよ」
青木は五条に腹を殴られて地面に倒れる。
本来であれば青木を落ち着けさせることが1番だが、死への恐怖が原因であるならばそれを抑えることは容易ではないだろう。誰だって、どんな生き物でも死は怖いのだから、落ち着けというほうが無理な話だ。
こうなった青木を静めることができるのは、綴だけだろう。だがその綴は青木の腹の中だ。
起き上がった青木は五条を威嚇する。
《嫌だ返さない。綴と一緒にいたい》
それは聞いたことの無い声だった。しかし五条はすぐに青木の言葉だと理解する。
《小町はどこ? 嫌だよ。ひとりにしないで。まだみんなと一緒にいたい。死にたくない。一緒にいたい。一緒にいたい。
一緒にいたい。一緒にいたい。一緒にいたい。一緒にいたい。一緒にいたい。一緒にいたい。一緒にいたい。一緒にいたい。一緒にいたい。一緒にいたい。一緒にいたい。一緒にいたい。一緒にいたい。一緒にいたい!!》
「青木、それは無理だ」
《なんで!? ずるい! お前はずるい! ずっと綴と一緒にいたお前はずるい! 僕はもっと沢山一緒にいたいのに! これからも綴と小町と沢山一緒にいられるお前たちはずるい!!》
青木は元々の姿が犬だとは思えないような姿になる。
「だから食べてでも一緒にいようって?」
《ひとりはいや》
口から零れ落ちる涎は地面を溶かす。
もう手遅れだ。これはもうどんな言葉を持ってしても元の青木には戻らない。
兎に角綴が青木に消化されてしまう前に吐き出させなくてはならない。綴が子蜘蛛であるからという理由もあるが、綴がいなくなると五条が困る。具体的にどう困るかは省くが、かつての親友が五条を殺しにくる勢いで怒り狂うことは確実だ。
青木を殺すことは簡単だが、それだと中にいる綴も諸共になる。だから五条はもう一度青木に腹を殴って綴を吐き出させようとする。
《かえさない、かえさない!》
しかし限界まで強化された青木は中々しぶとい。
五条に敵わないと悟った青木は、五条から逃げるために足を動かした。
「待てよ! 綴は置いていけ!」
だが青木よりも五条の方が早い。また腹を殴られる。
逃げられない。まだ尾上を食べていないのに。青木は五条の攻撃を3回もくらったことにより、若干足元がおぼつかず、胃から込み上げてくるものを感じ取る。
──だめ! 出てこないで!
そんな思いも虚しく、青木は胃から綴を吐き出してしまった。
しまった、と青木はすぐに綴をまた胃袋に収めようとするが、その前に五条が綴を後方に投げる。投げられた綴だが、落ちた場所にちょうど植え込みがあり、それがクッションになって地面に叩きつけられることはなかった。
「さて」
青木は良い生徒だった。しかしここで終わらせなければならない。どんなに頑張ったとしても青木は死ぬ。それだけは免れない。
青木を拾ったのは五条だ。そんな五条が、青木に何も思わないなんてことは無い。むしろだからこそ五条自身の手で終わらせないといけない。綴や他の誰にもその役を譲ってはならないと、五条は覚悟を決めていた。
「ごめんね、青木」
だが、己の意に反して術は発動しなかった。
「綴……」
いつの間にか起きていた綴が青木を庇うように五条の前に立っていたからだ。
《綴?》
「五条、ごめん……でも、生徒を殺すことだけは、アンタはしちゃダメだ。だって先生なんだから」
先生が生徒を傷付けてはダメだ。
しばらく綴と五条は睨み合うが、綴に根負けした五条は印を結んでいた腕を下ろす。しかし警戒は怠らない。また綴が食われてしまったら大変だ。
「食われそうになったらすぐに殺すからな」
「させねぇっ
綴は振り返って青木をみつめる。
「青木」
綴は両手を広げて青木を呼ぶ。そんな無防備な綴を青木は丸呑みにしようと口を開けるが、今度は油断しなかった綴に僅かに避けられ、丸呑みではなく綴ほ右肩に噛み付いてしまう。五条はそれを見てすぐに青木に攻撃しようとするが……。
「攻撃すんじゃねぇ! 青木に攻撃したら、アンタのこと恨むからな! 一生恨んでやるからな!!」
「っ!」
綴がそう言えば絶対にそうする。それはキツい、だが綴が死んでしまえば大変なことになるため、もし
青木は噛み付いたまま動かない。綴を傷付けてしまったことに対しての困惑と、今ここで離してしまえば一生チャンスが訪れないと感じてしまい、動けなくなった。
「青木、大丈夫だ。大丈夫だからな」
動く左手で、綴は青木を撫でる。動きが鈍くなった右腕で青木を抱きしめる。
《綴と一緒にいたいだけなんだ。小町と一緒にいたいだけなんだ》
「うん、わかるよ。俺も青木と一緒にいたい。
でもさ、俺まだやりたいことがある」
《なんで? どうして? 一緒にいたいよ》
「俺にはさ、夢があるんだ。俺にしか出来ない事。
でも安心しろよ、俺もすぐにそっちに行くから。そしたらさ、また遊ぼう、散歩して、飯食ってさ。だから、大丈夫、寂しくない」
《……………………綴は、嘘つかない》
青木は綴から口を離した。青木は綴の傷を労わるようにして舐める。
《ごめんね、綴……ごめんね。また遊ぼうね、散歩して、ご飯食べようね? 約束だからね?》
「勿論だ」
綴も青木も、もう覚悟はできていた。青木は綴に殺されることを望んだ。だから綴は青木をせめて腕の中で眠らせようと抱きしめたまま首をひねろうとした時、青木の身体が傾いた。
「……青木?」
青木は動かない。青木からは大量の血が流れ、それと同時に元の姿へと戻っていく。
慌てて青木を抱き上げるが、もう息をしていなかった。
「五条?」
「僕はなにもしてないよ」
「じゃあ、誰が?」
「ここにはいない」
青木は殺された。その人物もわからない。
五条はすぐにその人物が校舎屋上からこの機を伺っていたことに気が付く。
「綴、青木を連れて早く硝子の所へ行くよ」
「冗談じゃねぇ! それよりまずそいつをぶっ殺してやるのが先だ!!」
「気持ちはわかるけど、今
怒る綴を引きずり、五条は家入の元へ急いだ。