呪われた呪術師の走馬灯   作:千α

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 本日2回目の投稿となっています。前話を読んでいない方はそちらを読んでからをオススメします。


会者定離⑬

「俺に体術を教えてください!」

 

 目の前で自分に頭を下げる少年に目眩がした。

 

 尾上が死んでから、綴は任務以外で部屋の外へ出ることが無くなった。幻覚幻聴も酷くなり、どんどんおかしくなっていく自分がわかる。この状態で外に出て症状が現れると周りに迷惑をかけるだろうと、最近は部屋に篭もりっぱなしだ。

 そんな綴の目の前に現れた少年も幻覚幻聴なのかもしれない。だが、どう考えても実体がある。

 

 ほぼ1年ぶりに会った中学からの後輩、伏黒恵を見て綴は盛大な溜息を吐いた。そもそも伏黒は呪術師になることにたいして反発的だったはずだ。それがどうして体術を教えろだのと言ってきたのか………いや、心当たりはある。確か彼の義姉の津美紀が呪いのせいで寝たきりになったんだったか。

 

「………なんで俺? 五条とか、他にもいるだろ?」

 

 綴は部屋の扉にもたれ掛かりながら腕を組む。1年前よりもだいぶやつれているように見える綴はそれでも伏黒を拒絶することなく、昔と変わらず接した。

 

「でも、体術は先輩から教えて欲しい」

「………」

 

 来る者拒まず去るものを追わず。そんなスタンスの綴は、まだ呪術師としての未来に反発的だった自分からしてみればとても心地よいものだった。最初に会った時からそうだった。そんな綴に伏黒は憧れた。

 

「………悪いけど、俺にそんな気はねぇよ。

 誰かを教えるなんざしたくねぇ。体術なら五条のほうが……」

「お願いします!」

 

 伏黒はまた綴に頭を下げる。

 綴はそんな伏黒をぼうっと見詰めるが、その後ろに自分を睨みつけている尾上の幻覚を見て、すぐに部屋の中に入る。

 

「せ、先輩?」

「帰れ。俺には無理だ」

 

 誰も守れない自分に、誰かを教え導くことなんてできるはずがない。部屋の中にいれば大丈夫。ここには誰も来ない、傷付くこともない。

 扉の前から人の気配が消えて、綴は安堵する。これ以上誰かを弔いたくないのだ。だから早く帰ってくれ。もう2度と来ないでくれ。

 

 

 翌日、昨日と同じように伏黒が頭を下げていた。

 綴は昨日と同じように部屋の扉を閉めた。

 

 

 その次の日も同じだった。頭を下げる伏黒とそれを睨みつける綴。

 違うところがあるとすれば、その日綴に任務が入っていたということだろう。綴は筒を背負い直すと、伏黒を無視して寮を出る。

 

──人の気も知らないで。そんな奴に教えることなんて何も無い。早いところ諦めてくれ。なんで自分なんだ。そもそも俺はコイツの目が嫌いなんだ。気に食わないツラしやがって、呪術師になるなら、もっと意識を変えろ。

 

 今は自分のことだけで精一杯なのだ。こうやって任務へおもむくのも精一杯。

 

「や、綴。おはよー」

「五条……」

「恵に追い掛けられてどうしたの?」

 

 五条に言われて後ろを振り返ると伏黒が追いかけて来ていた。息が上がっているところを見ると、自分は走って移動してしまっていたようだ。

 

「体術を教えてくれだとよ」

「綴に?」

「俺は無理だ。体術なら手前のほうが……」

 

 すると五条はニンマリと笑った。嫌な予感がする、と綴は逃げ出そうとするが、案の定すぐに肩を掴まれて捕まえられる。

 

「綴の任務なら僕がどうにかしておくから、恵のこと頼んだよ!」

「はぁ!?」

 

 どうしていつもいつもこうなるんだ。綴は自分の思うようにならない運命とやらをぶん殴りたくなった。

 

 

 

────────────

 

 

 

「呪術のことについては、五条から聞いてるな?」

「はい」

 

 一応来年からは高専に入学するのだからそれぐらいは教えているようだ。使う呪術は影を媒介とする式神を召喚する…… 十種影法術。式神使いは圧倒的に近距離戦が不利だ。だからこそ、体術を学びたいという伏黒の思いは買うが、だからといって教えてやろうとはこの時点でも微塵にも思っていない。

 

──適当にボコってこそらに転がしておけばいいか。

 

 なんてことを考えていた。

 

 綴は何度も転がしてやるが、それでも伏黒は諦めない。ふざけんな、なんで今頃やる気出してんだよ、とイライラし始めるが伏黒はそんな綴にはお構い無しだ。

 

「………やめだ」

「え?」

 

 綴は構えるのをやめた。

 

「まず基礎がなってねぇ。我武者羅に突っ込むだけなら馬鹿でもできるわ、ボケ。あと式神の使い方も及第点、本気でやってこなかったツケだ」

 

 五条はどういうつもりだ?これじゃあすぐに死ぬぞコイツ。適当なのにも程がある。頭を抱えて綴は今日何度目かの溜息を吐いた。

 

「手前がなんで今頃やる気になったのかは、だいたい知ってる。だからそれを否定しようとは思わない。俺にだって守りたい人の1人や2人はいる」

 

 その守りたい人は、もう何人も死んでしまった。尾上や青木が頭を()ぎるが、綴はそれを振り払うように話を続ける。

 

「でも、力がなけりゃなんにもできねぇんだよ」

 

 自分には力が無かったから、非術師相手ですら大切な人を奪われた。

 

「手前は何のために呪術師になる?」

「俺は……少しでも、幸せになるべき善人が報われるように……っ」

 

 溜め込んでいたものを吐き出すように伏黒がそう言う。

 幸せになるべき人間、それは綴にも思うところがある。両親や夏油、五条に青木…そして、尾上。彼らは救われるべき、幸せになるべき人間だ。

 この世界は数多くの人間によって成り立っている。しかし、綴にとっての世界はたった数人で事足りる。それ以外がいなくたって何も困らない。それ以外がどうなったって……ただ、綴は1度懐に入れてしまったものを見捨てることが出来ない。1度、()()()()()()()()()()()()()()を放棄することが出来ないから、だからここまで苦悶する。

 

「……俺は両親を間接的にとはいえ殺している。同級生も尊敬していた先輩すら救うことができなかったぞ。そんな人間は善人か? 悪人か?」

 

 自分が手も足も出ないような強さを持った綴でも救えない人がいる。初めての吐露に、伏黒はしばらく固まった。だが、息を吐き出して綴をしっかりと見る。

 

「俺にとって、先輩は善人でも悪人でもありません。でも、尊敬できる優しい人だと俺は思っています」

 

 綴は善人というには人を蔑ろにする、悪人というには人に優しいひとだ。アンバランスでチグハグした綴だが、そんなところが魅力的だった。それはつまり、人を客観的に見ることができるということだ。

 

「だから、俺はアナタに教えて欲しい」

 

 また伏黒の後ろに自分を睨みつけている尾上を見る。ずっと自分を責めている。

 

──どうして助けてくれなかったの?何度も呼んだのに。助けてって叫んだのに。──

 

 尾上を助けたかった青木を殺してやりたかった両親を幸せにしたかった。それはどんなに願ってもできないことだ。でも──。

 

──先輩、俺は……コイツを少しでも強くできるだろうか? もしもコイツが強くなったら、俺は安心できるだろうか? 

 

 綴はいるはずがない尾上に問いかける。代わりに返ってくるのは、それに否定的な言葉を投げかける自分自身。

 

──無理だ。

──この世界に安心できる場所はない。

──死ぬぞ。コイツはお前を置いて逝くぞ。

──やめておけ。

──後悔する。

 

「お願いします!! 俺は強くならなきゃいけないんだ!!」

 

 伏黒が綴に土下座をしながら頼み込む。

 最後に見た時の伏黒はそんな人間には見えなかった。プライドも何もかもを擲つ伏黒を見て、綴は目を丸くさせる。

 

──やめろ。

  もうこれ以上はやめてくれ。これ以上、俺に縋らないでくれ。俺は手前が思っているような、強い人間じゃないんだ……。

 

 だが、この後輩はそんな自分を信じている。なら逆に自分はその思いに縋らせてもらおう。

 

 俺は先輩なんだから、後輩を導かなければならない。尾上が自分にしてくれたように。

 綴はそうやって自らに()()()()()()

 

「条件がある」

「条件?」

「手前が卒業するまでに、俺に勝つこと」

「それは……」

「自信が無いのか?」

「いや、やります! お願いします!」

 

 綴はまた頭を下げた伏黒の額を叩いた。

 

「まずはその辛気臭いツラどうにかしやがれ。ずっと弱いままなら置いていく」

「は、はい!」

 

 額を抑えながら伏黒は返事をする。

 幻覚、幻聴は治らない。ずっと綴を責め立てる。何故、どうして?自分達にしでかした過ちを忘れたか?どうせ出来ないことを。

 だからどうだと言うのだ。自分は決めてしまった。その罪を全て背負って、この少年に向き合うことに。

 

 

 

 

 

──がんばれ。──

 

 責め立てる声の中に、優しい人の声が聞こえた。

 

──うん、やれることは、やってみるよ……。




 もっと辛い展開を考えていましたが、読者もおなかいっぱいになると思って控えました。


【補足】
 これまでの綴の思考がごちゃごちゃしていると感じた方、それが正解です。綴はこの時点で幻覚や幻聴、夏油の教えや、自分の非術師嫌いな部分のらせいで思考等がいろいろおかしなことになっていることが増えています。本編で書けそうにない設定なので、こちらに書かせていただきました。
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