05話
「──と、言うわけで…綴も悠仁と同じ任務についてもらうから!」
「何がどうなしてそうなった」
作務衣を羽織る手を止めて、甘菜はにこやかに笑う五条の太ももを蹴る。しかし、堪えている様子のない五条に舌打ちをして、いつもの1日の支度を始める。
「相変わらずだね、カップラーメン」
「簡単だから」
「半分残すのに?」
「ほっとけ」
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「見えますか? これが呪力の残穢です」
「いや、全然見えない」
甘菜は非常に憂鬱な気分である。
──今日は、一応休みだったはずなんだけどなー。
この日に予定は無かった。予定が詰まって連日任務、なんてことはよくあるのに珍しくこの日は何も無かった。久々に学校の方に顔を出そうか、それとも疲れを取るために学校をサボるか……2択を選んでいた甘菜は、五条にその全てを打ち砕かれることとなる。
「先輩も見えてるんだよな」
「見えてんに決まってんだろ」
甘菜はそう言いながら、ゴーグルを装着する。作業用ゴーグルのような形で、黒の半透明レンズが特徴だ。これは見られている、と気づけば襲ってくる呪霊が多く存在するため、視線を隠す目的で着用している物だ。
「甘菜君、ここからは別行動です。貴方は中を、私と虎杖君は外を見ます」
「了解」
何とか残穢を見ることができるようになった虎杖を見て、甘菜はひとまず安心する。
今日虎杖に引率するのは、1級呪術師の七海建人。最近よく一緒に任務へ行く間柄の人物だ。七海ならば虎杖に色々なことを教えられると信じている。五条は適当だから。
「おい、虎杖」
「なに?」
「今回の任務、俺は七海さんと別行動が多くなる。七海さんは手前と行動するし、なら手分けして当たろうってことだ。場合によっては手前が1人で行動することもある。
だから、俺が助けてくれる、てことはまず無いと思ってくれ……生きたいなら、精々七海さんから見て学ぶこった」
甘菜は遠回しに、心配していると虎杖に伝える。助けが来ると思って油断するなよ、でも一応そばに七海もいるし、虎杖も強くなってる、七海も凄い呪術師だから学ぶことまだあるよ。これを素直に言えない自分に少し嫌悪した。
「わかった。甘菜先輩も気をつけてな」
「………おう」
どうやら甘菜の言葉の意味は虎杖に通じたようだ。何となく照れくさい気持ちになってそっぽを向くと、そこにいたのは七海だ。目が合った。(ゴーグルとグラサンをしているため、本当に目が合ったかは確かでないが)
「………な、何スか?」
「……いや、少し珍しいものを見ていただけですよ」
珍しいもの。それは甘菜の言動に対しての、虎杖の受け取り方についてだ。虎杖は短期間でよく甘菜のことをよく理解できている。素直になることができず、何度も他の呪術師達と喧嘩をしていた甘菜だが、今回はその心配もなさそうだ。
「……気にしないでください。とにかく、そちらは頼みました」
「はいはい」
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甘菜綴は建物内にいた呪霊を捕縛する。袖から出ている細い糸に絡まり、呪霊はもがけばもがくほど自由が無くなっていく。そのまま、腕を軽く振るだけで呪霊は粉々にバラけた。
今現在、この建物内には甘菜の糸が張り巡らされている。呪力に反応する特殊な糸は、目的のものを感知すると相手を捕縛することができる。しかし、捕縛してもその後は追撃できないため、甘菜自身がその場へ行かなければならない。
「とにかく、中にいるのはコイツらだけ……と」
「甘菜君」
糸を解除しながら呟いていると、後ろから七海に話し掛けられる。
「そっちも終わったんすか?」
「はい……甘菜君、携帯電話は携帯してください」
「……」
七海に言われて、甘菜はいつも携帯電話を入れているポケットを探るが、目的の物がないとわかると、深くため息を吐いた。恐らく七海は甘菜に電話をしてきたのだろう。しかし甘菜は携帯電話を寮に忘れていたため、その電話に出ることができなかったと……。
「すみません」
「それよりも、今回の件について報告しなければならないことが」
なんのことだろう。甘菜は筒を背負い直すと、前にいる七海が差し出すスマホを受け取るために歩を進める。
「コレです」
七海からスマホを受け取ると、そこに映っていたものに驚き目を見開く。呪霊らしきものが画面に映っている。呪霊は写真の類には残らない。そして、腕時計を腕にしている。
「……まさか」
「まだ断言はできませんが、恐らくはそうでしょう。
……甘菜君、頼めますか?」
「……持って帰るんでしょ? 俺がやります」
筒に呪力を込めると、直ぐに大きくなる。
元々そのつもりで甘菜にこのことを報告してきたんだろう。
「虎杖は?」
「外で待ってもらっています」
「……そうですか」
甘菜はそれだけを言うと、自分がバラした呪霊…元人間の死体を筒の中に入れた。
「あとは……屋上ですね?」
七海に確認すると、甘菜はそのまま筒を背負って屋上へ行ってしまった。七海は甘菜の背中を見送ってから建物の外へ出ることにした。
彼にしては珍しく他人のことを気にかけている。
七海は虎杖のことを気に掛けている甘菜に、少し意外だと感じていた。虎杖が甘菜をよく理解していたこともそうだが、甘菜は基本的に他人と距離を置きたがる、特に非呪術師には。それでも、1度懐へ入れていまえばとことん面倒見がよくなるが、そうでなければ……それはきっと七海の一学年先輩である
たとえ呪術師であろうとも、たった数日の付き合いで甘菜が気に掛けることはない。その甘菜が、虎杖を気に掛けていることに七海は甘菜の成長を感じていた。
これも、恐らく五条の思惑通りなのだと思うと、少し感動も薄れるが……。
4巻に向けて一言→真人は帰れ。