それでもよろしいかたはお進み下さい!
「おししょー、行っちゃったね」
《心配はないさ、マツリ》
高専を去った綴の後ろ姿を見ながら、マツリはもち丸に話しかける。
「わたしも行きたい」
《しかし、我々には甘菜綴からの頼まれ事がある。ここを動いて自らの命を危険に脅かすことはできないだろう》
「そうだけどさ……」
《今は信じるしかない。甘菜綴はマツリの師匠なのだろう?》
「………うん」
────────────
【東京都・渋谷】
甘菜綴を初めて見た時、彼は綴を"綺麗すぎる"と感じた。幼子のように人に守られ育まれ、その結果17歳とは思えないほどの純粋さを持ったまま大きくなった。考え方、行動は大人であるはずなのに根本的には子供。綴の本質は素直で一途、そして無垢だ。
そんな綴が、知っているだけでも過去に3度酷く取り乱したことがある。青木、尾上小町、そして夏油傑がそれぞれ死んだ時だ。
綴は人の死、又はそれに準ずるものに敏感だった。それは母父のどちらもが綴の目の前で死んだからなのだろうと、彼は考えていた。
甘菜綴という殺してはいけない呪霊を彼は手に入れたかった。他の子蜘蛛と違い、意思疎通が可能で今の彼の言うことであれば聞くであろう存在を。
彼にとってそれ自体は必須事項ではないにしても、それでも敵にいられるよりは味方であるほうがいくらかは安心できるというものだ。間違ってもしも彼を殺した場合、きっとその呪いは
それだけ強力な千年前の失敗作でも飼い慣らせばいい、今の自分ならそれができるのだから。
・
・
・
──「甘菜綴を味方に引き入れられなかった場合、どうなる?」──
──「どうもならない、味方にならなくてもこちらの計画に支障はない。しかしその場合全力でコチラに特攻してくる子蜘蛛を相手にしなければならなくなる」──
真人が失敗した勧誘の後、漏瑚に尋ねられた際に夏油はそう答えた。
綴を
「甘菜綴を殺したい呪詛師は5万といる。
あの甘菜家
渋谷には綴の内にいる子蜘蛛の存在を知らない呪詛師もいる。五条や紬を恨みを持つ人間、その全てが綴を亡き者にして見せしめようとしているのだ。
「それで綴が死ぬとは思っていないけど。あの子は強いから、きっとここまでたどり着く」
夏油の目の前にいるのは獄門疆に捕らえられた五条だった。
「残念だったな、綴は渋谷にはいないよ。
て言うか、綴の名前を軽々しく呼ぶな。綴は
五条の目の前にいるのは夏油の頭から剥き出しになった口の付いた脳。
目の前で動いて喋っているのは本物の夏油傑ではない。夏油傑は1年前に五条が殺している。その遺体を使い、夏油──…彼は夏油になりすましていた。
「この身体が欲しかった理由はさっきも言った通りこの状況を作り出したかったこと、呪霊操術が欲しかったことに加えてもう1つある」
「傑の身体を使って綴を勧誘するって? 無駄だろ。だいたい綴ならお前が偽物なくらいすぐに……」
「信じたよ、綴は。私が夏油傑であると」
五条は信じられないものを見るかのように目を見開いた。
綴は既に彼と会っていた。それも彼を本物だと騙された。
「綴は本当に扱いやすかったよ。混乱して動揺して隙を見せてくれた。
完全に私が本物だと信じている」
では何故綴はこのことを自分に言わなかった?言うはずだ、綴ならきっと……いや、言わなかったんじゃない、言えなかったんだ。
「綴に、何をした?」
「何も? ただ、子蜘蛛を15匹ほど用意してあげた、それだけだ」
綴が食べたと報告している子蜘蛛の数は37匹だ。しかしそれが本当なら、綴はそれを報告できない。子蜘蛛を食べられるのは五条の承諾がないとできない、1年前にハッキリと決めたことだ。上層部が何度か綴に圧力を掛けていたが、それを理由に避けてきたはずだ。飢え死にをしないようにギリギリでやってきた。なのに、彼はそれを……。
「お前……っ!」
「ああ、そうだ。綴はさっき呼んだよ。夏油傑は随分と便利な呪霊を綴に住まわせているね」
彼がそう言って夏油と同じ顔で夏油と同じように笑う。しかしその意味はきっと嘲りなのだろう。
「五条悟がいなければ高専から引き抜けるんじゃないかと思ってね。彼の高専への未練は君だけだろう?」
それを聞いて五条は鼻で笑う。
なるほど、彼は綴を本当に理解はしていないらしい。夏油と綴との交流は実は片手で数える程だ。付き合いで言えば五条の方が長く一緒にいる。そんな五条がハッキリと言えることがある。
「ありえない。
綴は絶対にそっちには行かない、綴にとっての高専は人間への感情はそんなことで揺らがない」
あまりにも自信満々に言うものだから、彼は目をまん丸にさせる。だがやってみなければわからない、自分が偽物だと気付かれたとしてもその時は
そうして五条悟は封印された。どうやら、綴のことをそこまで心配はしていなかったように思う。当たり前か、子蜘蛛を殺し、被害がないのは子蜘蛛のみ。綴の食べた子蜘蛛の数は52匹。あと何匹がこの日本に生息しているかわからない現状で最も強い子蜘蛛は確実に綴だ。
「だが、それを
こちら側に来ないなら、甘菜綴にはここで退場してもらおう。
────────────
「──内通者の可能性がある人間ハ、
それを耳元にいたミニメカ丸から言われた虎杖は固まった。
何を言っている?そんなはずがない。そう言う前に、共に任務へ当たっていた冥冥が口を開く。
「夏油傑がいるなら、その可能性は高いはずだよ」
「そんなこと!」
「甘菜綴はかつて夏油の弟子だった」
「でも、確か殺されかけたのですよね?」
冥冥の言葉に、同じく一緒に行動をしていた憂憂が問いかける。
「……彼は今でも夏油を慕っているさ。そうでなければ、自身に埋め込まれている呪霊を切除しているはずだ」
「埋め込まれている?」
「効果は、残穢を残さない通話と位置の把握。しかしそれは呪霊を使役している人間からしかできない」
ありえない、綴が高専を、五条を裏切るなんてありえない。それを虎杖はよく知っていた。あの2人の間には独特の雰囲気がある。それを嘘だとは思いたくない。
「兎に角、甘菜綴を確保しテ話を聞くことしか今はできないだろウ」
「けど、先輩は高専で待機って……」
「………なら、何故……この渋谷にいル?」
まさか、と虎杖達は顔を強ばらせる。待機しているはずの綴が渋谷にいるということは、もしかすると本当に綴が内通者の可能性があるということだ。
「俺は、綴先輩を信じる」
「根拠は?」
「カッコイイ俺の先輩だから」
いつだって綴は自分の味方でいてくれた。
かっこよくて、強くて、優しくて、真っ白な嘘しか言わないあの人を信じたい。
その綴は現在、渋谷にて多くの呪詛師を気絶させていた。
「………さて、とりあえず現状把握が最優先か………」
いくら気絶さてせも湧いてくる呪詛師にいい加減うんざりしながら綴は前へ進む。それを繰り返し幾らか経った頃、突如渋谷に聞きなれた声が響く。
「ナ、ナ、ミ──ン!!!! ナナミンいる──!??」
姿は見えないが、これは虎杖の声だ。
「虎杖……こっちからか、とりあえずアイツに今起きていることを……」
虎杖の声が聞こえた方向へ急ごうとする綴だが、思わず足を止めてしまう。その次の虎杖の言葉が、綴には信じられなかったからだ。
「五条先生があっ、
「は?」
思い浮かべたのは、最後に見た酷く傷付いた顔をした五条の顔。