弱っている自分の身体を感じ取っても、綴は走ることを止めなかった。呪力を使わなくては呼吸すらままならない。それでも綴は目的の場所まで走る。しかし、その場所に向かう途中で綴は帳が降りていることに気が付き足を止めた。
「これは……」
さっきまでは無かったはずだ。
五条が封印されたそれに触れようとすれば弾かれる。
「呪術師を入れないための帳か……」
やはりあの交流戦で襲撃してきた呪霊達は夏油と真人と関係があるようだ。そう思考がすぐに完結するほど、五条を入れないための帳と酷似している。綴は深呼吸をして、また帳にそっと触れる。
虎杖と合流することも視野に入れていたが、そんなことをしている余裕が無い。虎杖は七海を呼んでいた、ならばきっと七海が適切に指示を出し、虎杖は既にその通りに動いているはずだ。
──なら、俺は自分にできることをする。
呪術師が入れないというのなら、
綴は上手く子蜘蛛の呪力をコントロールすると、腕をズブズブと帳の中に入れていく、身体に異変を感じられないことを確認するとそのまま帳の中に入っていった。あまりにも無謀だということは百も承知。しかし綴にはどうしても確認しなければならないことがある。
──本当に、夏油さんが五条を封印したのか?
虎杖の言ったことが本当で、夏油が封印した、もしくは実行犯が夏油でなくてもそれに協力していたのなら、自分はなにか大きな
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夏油に呼ばれたその場所で、綴は立ち止まる。目の前にいるのは変わらず綴に微笑みかける夏油だった。
「やっと来たね、綴」
「五条が、封印されたって聞いたんですけど?」
見ての通りだ、と言われ視線を夏油が指した方へ向けると、そこには盗まれた獄門疆が地面に穴を開けて転がっていた。
「………いったい何が?」
「封印したのはいいんだが、悟の情報を処理するのに手間取っているようなんだ」
なるほど五条らしい。
「さて、これで3度目になるのだけど……綴、私と一緒に来ないかい?」
夏油は高専を裏切れと言ってきた、これは予想ができた言葉だ。夏油と再会したあの日に持っていた違和感がまた顔を出す。
「……1つ、聞いてもいいですか?」
「なんだい?」
信じたくない、もしもこの違和感の正体が綴の思っている通りならば、その事実は自分にとって辛い現実でしかないとわかっているからだ。
「それは、
これが本物の夏油なら、去年の1度も合わせ4度目と言うのではいか? もしも今年からのことだとすれば、と自身を納得させたい気持ちを抑え込んで尋ねる。
「………」
「俺は去年、1度夏油さんに勧誘されて、断った。夏油さんはわかってくれたから、こうやって勧誘されている事に違和感を覚える。俺は頑固だってあの人知ってるから、諦めたなら、もう……しないはずで……それに、
綴は少し俯く。
「アンタ、
信じたくないから違和感から目を逸らした。その結果がコレだ。
「私は夏油傑だよ? いったいどういたと言うんだ綴、顔色が悪い」
夏油が綴に手を伸ばすが、綴はそれを叩き落とす。
違う、この人は違う。決定的になったのはそう、ここに来て1番大きな違和感。
「夏油さんなら、五条を
勝つために囮を使って相対するのを避けるのはあるだろうけど、封印はきっとしない。夏油さんにとっての五条は、そういう人だから」
違うと言って欲しい。本当は自分の推理が外れていて欲しい。
でも、夏油と五条の関係というのは綴が嫉妬するほどのものだった。それを間近で見てきた綴は、今この状況を見てこれは夏油らしからぬ行動だと判断した。
「もう1回聞くぞ……手前は誰だ? なんで夏油さんの身体で動いてんだ?」
それを聞いて、夏油は溜め息を吐いた。
「五条悟といい君といい……
ニッコリと笑う彼はどう見てもよく知る夏油なのに、夏油ではない。その事実が綴の心を酷く乱したが、予想できたことだ、とすぐに心を整え拳を構える。
「もっと早く気付いていれば、五条悟は封印されなかっただろう。吉野順平とその母親も死ななかっただろう。この渋谷で多くの人間が死ぬことはなかっただろう。全て君が招いたことだよ、甘菜綴」
「だからここに来たんだ。俺がしでかしたことは俺が落とし前を付ける」
自分が今回の戦犯だということは自覚している。だからここにはその責任を果たしに来た。
「夏油さん今助けますんで、そこ……
綴は彼の顔面を殴る。
彼はそれを避けようとした。したのにも関わらず、身体が動かなかった。この感覚には覚えがある。五条と会話していた時にも夏油の肉体がひとりでに動き、自身の首を締めた、それと同じ。
──それほどまでにこの子供が大事か、夏油傑!
殴られたことで彼は大きくふらつく、綴はそれを狙って今度は頭に向かって回し蹴りを放つ。
「その頭、気になンだよ……そこだな? 手前がいるのは」
彼の頭を両手で固定すると膝を顔面に蹴りこんだ。
「くっ」
綴の
「おら、出てこい、そんで返せ。夏油さんの身体を返せ」
「その夏油傑の身体がボコボコになっているが?」
「は? 何言ってんだ、夏油さんなら許してくれる。
出てこねぇなら、引きずり出すぞ」
その自信はどこから湧いてくるのか。いや、身体が未だに動かないということはそういうことなのだろう。
──このままでは本当に引きずり出されるな。
これが死にかけた人間の力か?真人が苦手になるのもわかるような気がする。この青年は容赦がない、敵には勿論だが自分にもだ。だから身体を酷使することも厭わないし、それが当たり前とすら思っている節がある。
「甘菜呪流体術・二ノ型牡丹」
綴はまた頭を狙ってくる。まさか自分の師にもここまで容赦がないとは。
「三ノ型……っ」
不味い、それをくらうわけにはいかない。そう思っているのに身体が動かない。
「松葉!」
激しい痛みが身体を駆け巡る。
甘菜家は負け続けてきた、蔑まれたてきた。五条家に、禪院家に、加茂家に。御三家にもなれない、使い勝手がいいだけの極めれば誰だってその域に達することの出来る呪流という術式。
だが諦めなかった。その結果生まれたのが呪流体術、その三ノ型松葉。巨大な力に弱い力で対抗する、どんなに優れた呪術師でも五条以外は松葉からは逃げられない。
そして松葉を扱うために、呪力のコントロール力がいる。相手よりも強く呪力を流せば松葉は破綻する。しかし弱すぎてもいいわけではない。相手の呪力に揉み消されない弱さでないと松葉は成立しない。そのコントロールを円滑にするために、術師の集中力は必須なのだ。
そしてそれを極めたのが先代当主・甘菜紬であり、その教え子が特級呪術師となった、それが甘菜纜栄。この時、特級呪術師を排出できていない禪院家と加茂家に、甘菜家は下克上を果たしたのではいかと呪術界では囁かれ、呪流術は見直されることとなった。
「だというのに、綴は五条悟に教えを乞いているらしい」
「何を考えているのやら?」
「恥知らず」
「恩知らず」
「禪院家、加茂家の次は五条家だ」
「味方ではない」
「敵だ」
「五条悟は敵だ」
「言うことを聞いていればいい」
「それがお前の幸せだ」
「お前の兄はここに沢山いるだろう?」
「何故五条悟などに親愛を向ける?」
──五月蝿いっ!
──俺の幸せは俺が決める、手前らじゃない!
──夏油さんと五条が俺の兄貴だ、手前らじゃない!
──俺が大好きなのは……かっこよくて、強くて、色んなことを知っていて、俺をこの地獄から救ってくれた、優し過ぎた夏油傑だ!
──いつもヘラヘラして、軽薄で、子供ぽくて、でも俺を大切にしてくれる、本当は寂しがり屋の五条悟だ!!
だから守りたい。
「もう一発!!」
まずはこの男から、綴は夏油を守りたい。そのつもりでまた松葉を放つ。
「出ていかねぇなら、何度でも、やってやる! オラ、出てこいよ、出てきたら、存分に殺してやっから!」
息が上がってきたというのに、綴はニヤリと笑っている。これは虚勢でも何でもなく、心の底から彼を蔑んでの笑みだ。
「全く、面倒な師弟だ!」
それを合図に、綴の元に何かが飛んできた。それをすかさず綴は編んだ糸で防ぐ。
「ああ……そう言えば、そうだったな」
綴の前に現れたのはおかめの面をした四つん這いでボロボロの十二単を纏う子蜘蛛だった。
「蜘蛛って形じゃねぇなぁ……俺も大して変わんねぇか」
Q アナタにとって五条悟とは?
「なに、これ答えねぇとだめか?
五条……性格がクソ。昔ほどじゃねぇけど。
は?もっと具体的に?俺以外の奴も具体的に言ってねぇだろ?
…………他の奴とは五条のこと最強とか言ってたけど、そんな事ないと思う。強いけど、やっぱり人間だし、どっかしら弱点はある。
心配になる人、だな。うん。1人だと絶対に自滅するタイプ。夏油さんがいて本当に良かったよ。
え?言いたいこと?
おい何だこれ、公開処刑か?
笑うな手前ら!後で手前らも言えよ!?
……そんなこと言えるか!
……………ダイスキダヨ。
ほら、言ったぞ、約束通り全員デコを出せ!」