子蜘蛛と戦うとなると、動けない彼を相手にするよりも周りに被害が出る。ここにいる一般人を巻き込む訳にはいかない、しかし彼をこの場に放置する訳にもいかない。だが、優先するべきものは子蜘蛛だ。
見たところ五条を封印した獄門疆はまだ情報を処理できず、動かすことができないようである。加えて自身が食べた子蜘蛛の数は52匹、つまりどんな子蜘蛛にも有利が取れる数だ。それならば速攻でカタをつけて戻ってくることも恐らくは可能だろう。
──仕方がない。
綴は一般人が巻き込まれない退却ルートを一瞬で見つけ出すと、そちらに向かって駆ける。
「五条! 後でまた来るからなぁ!!」
聞こえていないのはわかっている。それでもそう叫ばずにはいられなかった。絶対に次は助ける。綴は子蜘蛛から人を守るためにこの場を退却しなければならないが、情報を処理される前にもう1度この場所に戻り彼から獄門疆を引き離す。
──やり方は無茶苦茶になるだろうがな。
今はとにかく、すぐ戻ってこれるような広い場所へ向かう。
そうして綴と子蜘蛛の姿が見えなくなると、彼は安堵とも取れる溜息を吐いた。
「子蜘蛛がもう少し遅ければ、どうなっていたのやら?」
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「伏黒、どう思う?」
「先輩のことか?」
帳を破る方法を探る虎杖、伏黒、そして猪野の話題は綴のことになる。
「あの人が五条先生を裏切ることがまず想像できないな」
「綴先輩、五条先生のこと大好きだもんな。
伏黒がそういうなら俺も自信出てきたわ」
虎杖も伏黒も、綴が内通者である可能性は無いだろうと感じていた。
まず、綴が裏切るのであれば虎杖や伏黒達を鍛えるようなことはしないだろう。
「綴って……
「あの甘菜綴です」
話を聞いていた猪野はなんとも言えない微妙な顔をしている。
「それ本当に俺の知ってる甘菜か?」
「?」
「どういう意味っすか?」
猪野の言っている意味がよくわからず尋ねる。その問いに少し悩んでから猪野は答えた。
「俺、アイツとまともに話せたこと無くって」
「先輩はほぼ初対面の人にはそんなんですよ?」
「いや、俺と甘菜、結構
え?と言ったのはいったい誰だったのだろうか。2人とも一緒に言ったのかもしれない。
「ちなみにアイツが1年の頃から知ってる」
「え、ちょっと聞きたい」
「お前ら本当にアイツのこと尊敬してんだな」
露骨にソワソワし始める虎杖と伏黒に若干引きつつも、猪野は綴のことを思い出す。
「二言目には「ニット帽毟る」だったな」
「綴先輩になにやったんすか!?」
「俺がやったの前提かよ! してない、初めっからそんな態度! 本当に可愛くねぇ後輩だな、アイツ」
初めて会った時はそう、後輩の
尾上がいるときは素直な後輩の鏡のような態度をしているのに、その尾上が席を外すと豹変した。話しかけるなオーラを放ち、こちらを睨みつけてくる姿は事前に尾上と聞いていた話と全く違っていた。
尾上にそのことを言うと、初対面の人にはそんな態度らしい。これが呪霊が見えない人間になるともっと酷くなるのだとか。
しかし尾上よ、自分はもう割と綴と会ってそれなりに経つのに未だに軟化しないんだが?むしろ日に日に態度が辛辣になっているんだが?
いくら考えても綴の猪野への態度についての答えは出なかった。まあ、話しかけたら話しかけたらキチンと返事を返してくれるのでまだマシなのだろうけれど。
あの綴の手網を持てたのは尾上だけだった。猪野はもうこの世にいない後輩に思いを馳せる。
「尾上の言うことは聞くのになぁ……」
「尾上って?」
「俺の後輩で……甘菜の1つ上の先輩だよ。甘菜はアイツの言うことは聞くって高専でも有名だったよ。ま、尾上はそれだけ人徳者だったし甘菜が懐くのも無理ないんだろうけどな。
そういえばお前ら甘菜に飲み物とか奢って貰ってんのか?」
虎杖と伏黒は何故そんな質問をされたのかわからず首を傾げるが、猪野の問いに頷いた。
「………そっか。甘菜も
猪野はしみじみと思う。
尾上に自分にもしもの事があれば綴のことを気にかけて欲しいと言われた。それが尾上の命日と近かったため、猪野にはそれが尾上の遺言だと受け止められた。
そして綴が誰かに飲み物を奢る、という行為はかつて尾上にしてもらっていたことで、今度は綴が自分の後輩に奢るのだ、という話も聞いていた。ちなみに、誰が見ても炭酸ジュースを受け取る時の綴の顔は引きつっていたが、尾上は気が付かなかったようである。苦手だと言わず、喜んで受け取る綴も綴だが。
「よし、甘菜の話はこれが終わってからいくらでもしてやるよ!」
「本当ですか!?」
「っつっても、任務の時と街中でばったり会った時の事とかしかねぇけど」
どんなに生意気な後輩でも、尾上に向ける
猪野は綴が尾上に好意を抱いていることを知っていた。それを確信したのは綴が七海に尾上のことを相談していたのを偶然聞いてしまったからなのだが。
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「今なんか無性に猪野のニット帽毟りたい」
人が少なく広い場所を見つけ、綴はそこで子蜘蛛を迎え撃つ。しかし人が少ない、と言うか人がいないことに違和感を覚えながらも綴は構える。
「……さて、やるか」
子蜘蛛が複数体……5匹いることを確認して気を引き締める。子蜘蛛が徒党を組む、ということはほぼ有り得ない。それだけ綴が警戒されているということになるが、どういうことは無い。
「1匹につき3分以内だな。それ以上は割けない」
確認するかのように綴は呟く。
ケタケタと笑う子蜘蛛を見て不快に思う。ここにいる子蜘蛛は全て綴や他の呪術師が1度捕まえたものがほとんどだ。綴の子蜘蛛の数は52匹、もち丸は5匹、そして目の前にいる子蜘蛛の数は合計でおそらく43匹。今までで1番多く、そしてこれまで捕まえてきた子蜘蛛と比較してそうだろうと綴は感じ取る。
43匹、つまり残りの子蜘蛛がここに集まった、ということになる。
子蜘蛛の1匹が、糸で出来た弾丸を口から飛ばす。
綴は糸で編んだ盾でそれを防ぎながら走る。子蜘蛛の群れに突っ込むと、弾丸を飛ばした子蜘蛛に飛びかかり、その口の中に左腕を突っ込む。
「甘菜呪流体術・五ノ型 散り菊」
口の中から腕を抜いて、すぐにその子蜘蛛から離れる。すると子蜘蛛の頭が膨れて爆発する。
それを見た周りの子蜘蛛はわかりやすく狼狽えた。
五ノ型 散り菊。
イメージは風船。自身の呪力は風船に入れる空気である。それを一瞬で任意の場所に吹き込み爆発させる、必ず確実に殺すための技である。
血が吹き出て、それがまるで菊が舞う様とよく似ている。それを全身に浴びる子蜘蛛とは対照的に、綴は筒から取り出した番傘をさして余裕そうな笑みを浮かべる。
「夏油さんがいない、五条もいない、守るべき人間もこの場にはいない………つまり、
・散り菊を使わない
呪流術の縛りは約束だ。誰かと誰かがする約束ではなく、自身が自身に課す約束。
その量に比例して呪力の出力は落ちる、その代わりに身体は頑丈となり、怪我も直ぐに治る。攻撃に回す呪力を回復、防御に使う。
それを破るということはその逆が起きる。その量に比例して呪力が多くなり、代わりに回復力と防御力が下がるのだ。
「1匹残らずもう1度捕まえてやるよ、覚悟しろや」
勘のいい人なら尾上先輩の好きな人がわかるはず。