あまりこういうことを誰かに言いたくはないが、綴は呪力がなければ非力である。体力もほぼない。
子蜘蛛になってからは身体の造りがほとんど変わり、今まで夏油に教えてもらっていたことが全て無駄になるのではないかとさえ思っていた。
「それは違うぞ」
「………そうなの?」
呪流体術を綴に教えたのは義兄の絃栄である。
綴の身体は以前のように思うように動かない。造りが変わった身体に綴がついていけていない。いや、これについて行こうとしようものなら、子蜘蛛に引っ張られてしまうだろう。未だに綴が子蜘蛛に飲み込まれない理由は分かっていないため、下手なことはできない。
「呪流術は人に流すことを主軸にしている。だがそれを己の中で流すことで、強い身体を造り上げることは可能だ」
「…………えと、今までの応用をすればいいってこと?」
「そうだ。但し強すぎても駄目、弱すぎても駄目だ。
呪力操作は基礎の基礎、できていることを前提で話すがいいな?」
絃栄の問いに綴は頷く。
「これからお前は呪力に頼りきって生活を送る。
その中で、流す呪力が強過ぎるとその分呪力を消費することになり、いざと言う時に動けなくなるだろう。逆に弱すぎると、単純に動けなくなる」
綴は自身の手のひらをジッと見つめる。
「歳を追うごとに、そして子蜘蛛を食べるごとに、お前は子蜘蛛と身体の主導権を取り合うことになる。そうなれば身体はもっと思うようには動かなくなる」
それも子蜘蛛に全て身を委ねれば楽になれる。しかし綴はそれを決してしない、なぜなら自分を失うことはもうしないと五条と約束したからだ。
「それと同時に縛りを作る。呪流術の縛りは己が己とする約束だ。それで少しでもお前の身体を丈夫にする」
「わかった」
「さて、まず初めの約束は……」
「絃栄さん、もう決めてるよ」
「……そうか、なら言ってみろ」
──ここに帰ってくる前に五条に言われたこと、絶対にこれだけはしてはいけないと言われたこと。
・子蜘蛛に己を差し出さない。
それが1番最初の約束だった。
それからはある意味辛い日々。でも前よりはだいぶ楽。絃栄と、彼と直接的な血の繋がりのある六男とで毎日ズタボロにやられた。今では六男には勝てるようにまで成長でき、甘菜家で4番目に強いのではないかと囁かれるようになっていた。
甘菜家は喜んだ。子蜘蛛に唯一対抗できる存在としても上層部から期待の掛かる綴の成長は、きっと甘菜家の更なる発展をもたらすと誰もが思っていた。
だが年々綴の身体は弱っていく。食るという行為ができないから筋肉もなかなか付かない、そのせいで呪力がなければ綴の握力は甘菜家でも最下層に属する。確かに綴は強い、しかしそれは呪力がなければ成立しない。
小学生もいよいよ終わるという頃、綴は本家で学ぶことが無くなり、長男の纜栄からの圧に耐えかねて中学に進学すると本家に黙って埼玉へ移り住んだのであった。
が、日々の鍛錬と比較的口が悪い兄弟達などなどにもまれ心がすり減った綴はこの頃既にグレていた。更に絃栄の口調が移ってきていたので、久々に綴と会った五条は大変ショックを受けていたという。
────────────
話が脱線したが、綴にとって呪力は生命線。無くなればそこで力尽きてしばらくは起き上がることができない。それは非常にまずい。目の前にいる子蜘蛛を倒したら次は五条を救出しに行かなければならないのに、こんな所で倒れている場合ではない。
綴は子蜘蛛に飛びかかり頭を潰す。頭が潰れたからといって完璧に祓ったことにはならない。だがとりあえずはこれでいい、頭が無ければまともには動けない。行動不能にしてしまえば後でどうにでもできる。ここで食べては駄目だ。ただでさえ食べた数が50匹を超えているのだから、これ以上は自分でもどうなるか予想ができない。
──あと3体!
綴は次の子蜘蛛の頭を掴むと地面に叩きつける。
その隙を着いて、後ろから子蜘蛛が迫ってくるのを感知した綴は、地面に叩きつけた子蜘蛛を蹴りあげて目くらましに使うと、蹴りあげた子蜘蛛の下をくぐり抜けて子蜘蛛の顎に牡丹を流す。その子蜘蛛の背後へまわると、そのまま首を絞めて捻り、首を折る。
──あと1体!
「どうしたぁ!? こんなモンで俺を食う気だったのか!?」
最後の1体に向けて挑発的な笑みを浮かべ、そちらへ向かって走る。
散り菊を解禁し、呪力の総量も増した。加えて圧倒的に食べた子蜘蛛量では綴に敵わない。
残りは1体。1体にかける時間は3分が限度だと思っていたが、それよりも早くことが終わってしまいそうだ。綴が子蜘蛛に向けて攻撃しようとする。
すると後ろから何かが飛んでくる気配を感じ取り、糸を編んで作った盾を出す。
綴が見たのは
それが盾をブチブチと破っていた。
「………これ、は……っ」
思い出すのは、あの虫かごと………
綴の左眼に深く杭が突き刺さる。
──「ごめんね、気が付かなくて。もう大丈夫、安心して」──
──「……あのね、おばあちゃん。ぼくね、父さんをいい子で待ってるって約束したの。いい子で待ってたの、お外にも出なかったよ? だから、父さん、帰って来てくれるんだよね?」──
「う、あぁぁああああぁぁああ!!?」
左眼に走る激痛に、綴は思わず絶叫し蹲る。
綴に痛みはほぼ通用しない。鈍痛になったからこそ痛みには異常に強くなったが、
左眼に突き刺さった白い杭を掴むとそのまま引き抜く。しかしその頭上から子蜘蛛の拳が綴を襲う。
「クソがっ」
白い杭を掴んだまま綴は転がるようにして拳を避ける。
地面は抉れ、まともにくらっていれば大きなダメージにはなっていたであろう。
それよりも、そんなことよりもだ。
残った右眼でこの白い杭を投擲した相手を探す。左眼は既に血が止まっているが、この分では機能することはもう無いだろう。
白い杭が投げられたであろう場所を見ると、そこにあるのは1番最初に散り菊で頭を潰したはずの子蜘蛛しかいない。だが、その子蜘蛛の腕が動いたと思うと、起き上がる。頭は元の形に戻ってしまっていた。
──反転術式!?
ありえない。5体全部で43匹だとしても、均等にして1体はだいたい8匹しか食べていない計算になる。もち丸より少し多い程度。だというのに何故反転術式が使える?たとえ呪霊だとしても8匹の3級程度の力しか持たない子蜘蛛が何故?
「………違う、5体で43匹なんじゃない。
──どういう原理だ?分身?これがこの子蜘蛛の特性か?
だがそうとしかこの状況、説明ができない。
「まて、1体が反転術式を使えるようになったってことは……」
肉が潰れ、膨れるような音が聞こえる。それと同時にケタケタと綴を馬鹿にするような笑い声も聞こえる。
次々と子蜘蛛が反転術式により元の形を取り戻し、それぞれが白い杭を手に持っている。
──やばい。
1体が綴に白い杭を突き立てようと向かってくる。
それを綴が左眼から引き抜いた白い杭で食い止めるが、後ろから迫ってきた子蜘蛛により後ろから白い杭で背中を刺される。
「────~~~っっっ!!!」
あまりの激痛に意識を飛ばしそうになるが、目の前にいる子の頭を左手で掴んで後ろにいる子蜘蛛にぶつける。
背中に刺さる白い杭を引き抜き、筒の中へ入れる。
「………はっ。まさかこんな所で見つけるとはな。
血は止まったが、出る量が多すぎた。貧血を起こし目の前が霞んで良く見えない。
それどころか、子蜘蛛の頭を掴んだ時に、左手の中指と薬指そして小指を
──動揺しすぎだろ、俺。判断ミスった。何匹
だが、これで綴の子蜘蛛の総数は47匹。あちらは48匹。1匹の差だが、それだけで優劣が逆転する。
白い杭を見つめながら、綴は舌を打つ。
──こんなモン、
【現在の綴の状況】
・怪我
左眼破損、背中右下部から大量出血、左指の欠損(中指・薬指・小指)
・状態異常
幻覚、幻聴、視界の霞、聴覚過敏、左二の腕亀裂
(比較的暗い場所のため、光過敏はある程度押さえられている)
・子蜘蛛の数
47匹
割と酷い状態だった。ごめん綴。