呪われた呪術師の走馬灯   作:千α

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50話

 黒い嫌な物(・・・・・)

 見た途端にそれが理解できた。

 これはここにあってはいけないものだ。

 

「ねぇ、あれ……やっぱり何処か専門の所に持っていった方が……」

「お前、まさかそんな物がこの世にあると思ってるのか? ないよ、そんな現象とかはだいたいが人間の思い込みなんだから」

 

 父親は全く母親の言葉に耳を傾けることは無かった。

 食事中、テレビの前に置かれた木箱を見つめながら綴は悪寒を感じていた。母親も一緒だったようで、できるだけ木箱から目を逸らしている。

 

「かあさん、あれ何?」

「……大丈夫、母さんの知り合いにこっそり見てもらうわ。あなたは何も気にしなくていいの。いつも通り、黒いものは知らないフリして普通(・・)に生活してたらいいの」

 

 わからないことだらけだ。

 アレはいったいなんなんだ?という綴の興味は日に日に増していく。だからある日、綴は誰もいないリビングにある木箱を手に取った。

 

「………だれ?」

 

 なんとなく、誰かがそこにいるような気がした。しかし答えてくれる様子はない。当たり前なことだが、綴はそれが少し納得できなかった。いるなら「いる」と言ってくれたらいいのに、遊び相手くらいにはなって欲しいなんて、今考えればとんでもないことを考えてから、綴は木箱の蓋を取った。嫌な物だと理解しているが、今はそれよりも興味が勝ってしまっているのだ。

 

「なんでそこにいるの?」

 

 気配はあるが、綴を無視するソレに徐々に興味を無くしていく。

 

「父さん迎えに行くよー」

「はーい」

 

 今日は父親の誕生日だ。家族は迎えに行ってそのまま料亭で食事をする予定だ。

 綴は木箱に蓋をすると、特に何が入っているわけでもないが、お気に入りのリュックサックを背負って母親の元へ向かう。

 

 

「とうさんだ!」

 

 駅で父親を見つけた綴はそのまま抱き着く。

 

「ただいま! 待ってたかー?」

「うん! おたんじょーび、おめでとう!」

「ありがとう!」

 

 父親に抱き上げられて、綴はケラケラと笑う。そのまま肩車をされて家族は駅を出て歩道橋へ向かう。

 その途中で、綴はふと、リュックサックが少し重たいことに気が付いた。ハンカチとポケットティッシュ以外に何か入れていただろうか?不思議に思った綴は父親に降ろしてもらい、歩きながらリュックサックの中身を見る。

 

「あれ? なんでここにいるの?」

 

 その正体はあこ木箱だった。

 

「いっしょに行きたいならそういえばいいのに」

 

 綴はヒソヒソと声を潜めてそう言った。

 母親にバレたら絶対に怒られると思ったからだ。そこでまた()()()()()()()()()。立ち止まってナップサックの中で木箱の蓋を開ける。

 それには紙が巻かれていた。それを剥がしたらどうなっているのだろう、と。ダメだとわかっているのに、どこかで警笛が鳴っているというのに綴は何かに導かれるかのように紙を剥がしていく。

 

「うわ、おっきいゆび」

 

 そう、その正体は指だった。成人男性の物と思われる指をしばらく見つめていると、母親に呼ばれる。指をナップサックの内ポケットの中に入れると、返事をして少し離れてしまった両親の元へ駆け寄ろうとする。

 そこで、あれ?と違和感を覚えた。この歩道橋はこんなにも長かった(・・・・)だろうか、と。1歩が重たい。思ったように進まない。

 何か、嫌な物が来る。

 

「とうさんっ! かあさん!」

 

 嫌な物(・・・)は大きな口を開けて歩道橋の先で家族を待っていた。

 母親もそれに気が付き足を止める。綴も母親も、それが今までのように無視できるものでは無いと感じ取っていたが、父親だけは違う。

 父親は綴や母親のように嫌な物が見えるわけではない、だからなんの違和感も覚えず口の中へ吸い込まれるかのように歩いていく。

 

「どうした、そんな所で止まって」

 

 父親に促されて母親は無理矢理笑顔を作って歩く。

 母親がもし、甘菜家当主である甘菜紬のままであれば苦戦することもない存在。

 しかし、母親は父親に嫌われたくなかった。呪術などという非現実的なものだと知られたくなかった。何故なら父親は、そういった類のものを忌み嫌っているからだ。

 

「かあさん! だめ!」

 

 だが綴にはそれが深く理解できない。どれだけ呼び止めても2人は立ち止まらない。

 たまらず綴は2人の腕を引っ張る。その途端、凄まじい強い力で綴は引っ張られ歩道橋から落ちる。綴の襟を細い腕が掴んでいた。どうすることもできない。どうにかするには母親に止められていた力を使うしかない。落ちる時にふと目に映った嫌な物は大きな口を開けながら綴を嘲笑うかのように笑っていた。

 

──たすけて。

 

 恐怖で声も出ない。全てがスローモーションのようにゆっくり動く。周りの音も聞こえない。

 なのに自分を呼ぶ声だけがやけに鮮明に聞こえたような気がした。

 

 

 

────────────

 

 

 

 

「歩道橋で……」

「子供だけ助かったって」

「お母さんは庇って……」

 

 

 目が覚めるとそこは病院だった。

 

「目が覚めたか?」

 

 声を掛けられると、そこには父親がいた。

 

「突然強い風が吹いて、飛ばされちゃったんだよ。大きな怪我がなくて本当に良かった」

「………とうさん」

「ん、なんだ?」

「かあさんは?」

 

 母親のことを尋ねると父親は黙ってしまう。しかししばらくしてから声を震わせながらポツリと声を出す。

 

「母さんは、お空に行ったんだよ」

「なんで?」

「………」

 

 父親は綴を抱きしめて声も出さずに泣いた。

 

 

「お前、お母さん殺したんだって?」

「やめてよ、なんでそんなことに言うの?」

 

 退院してすぐのたまたま公園に遊びに行っていた時の出来事だった。

 

「俺のお父さんとお母さんが言ってた」

 

 どう見ても小学生くらいの男の子は、確か父親と職場を同じくしている親がいたはずだ。何度か一緒に遊んだことがある。特別、彼と遊ぶことが楽しいと感じたことは無かったが。

 

「わざと落ちたんだろ? 風で飛んじゃうわけないじゃん!」

「ちがう」

「じゃなんで落ちたんだよ? 本当に風?」

 

 本当のことは言えない。言っちゃいけないと母親と約束していたから。だから言えない。

 綴が黙っていると、男の子はまた囃し立てるように言葉を吐き出す。

 

「やっぱりわざとだ! お父さんが言ってた通り! お前が殺したんだ!」

 

 違う。

 

「ちがう!!!」

 

 その瞬間、綴と男の子の間の地面に亀裂が走った。

 

「うわぁ!?」

「だ、大丈夫?」

 

 それを見て驚く男の子に綴は手を差し伸べる。しかし男の子は綴の手を見て叫んだ。

 

「助けて! 殺される!!」

 

──え?

 

 それ以降のことはよく覚えていない。

 しかしそれがきっかけで呪力がコントロールできず辺りに被害を出ていたこと、何も理解されずに誰もが綴をまるで化け物を見るかのような目で見ていたこと、それが父親の耳にも届いてしまったこと、その父親の怒号、罵り声が綴にのしかかったことはよくわかった。

 

 

 

 

 

「おにいちゃん、そっち黒いのいるよ?」

「………もしかして、あれが見えるのかい?」

 

 綴はできるだけ目立たないように、父親に気に入って貰えるように良い子(・・・)に徹していた。それでも周りからの視線は冷たい。

 だから、久しぶりに誰かに優しくされたのが嬉しかった。

 

「おにいちゃんも見えるの?」

「うん、まぁね」

「かあさんのほかにもいたんだ!」

 

 そこは人通りが全くないと言ってもいいほど、隠れたように存在する公園。彼と綴はベンチに座る。

 

「そっか、辛かったね」

 

 綴の話を聞いた彼は、綴の頭を撫でる。

 上手く話せない綴は嫌な物が見えてよく窓ガラス等を割ってしまい、色んな人が綴を怖がることだけを伝えた。

 

「えへへ」

 

 頭を撫でられて綴はたまらず顔がデレデレに溶けたような笑顔になってしまう。

 

「でもね、かあさんとの約束、破ったのボクだから」

 

 そう言うと、彼の顔が酷く辛そうに歪んだ。まるで怪我でもしたかのように痛そうでで、綴まで痛くなってくる。

 

「おにいちゃん、いたいとこあるの?」

「どうしてそう思ったんだい?」

「だって、いたい顔してた。かあさんね、いたい顔してたら黒いのくるよって、いってたよ」

 

 綴は「いたいのいたいの、とんでけー」と彼の頭をうんと背伸びして撫でる。

 

「ありがとう、痛いのなくなったよ」

「よかったー!」

 

 それから綴と彼はたわいもない話を続ける。綴の「なんで?どうして?」に根気強く付き合う彼は、終始楽しそうである。

 その後は公園で一緒に遊んだ。誰かにブランコで背中を押してもらい、シーソーができ、逆上がりの練習に付き合って貰ったのは何日ぶりだっただろう。

 

「あのね、おにいちゃん」

「なにかな?」

「また会えるかな?」

「もちろんさ。また一緒に遊ぼう」

「うん!」

 

 午後5時のチャイムが鳴る前に、綴と彼は帰ることにした。

 途中まで一緒に隣を歩いていたが、もうすぐそこが綴の家というところで2人は別れる。

 今日はいい夢が見られそうだ、と思いながら玄関の扉を開ける。

 

「あれ? とうさんかえってきてる」

 

 いつもなら仕事でもっと遅く帰ってくる父親の靴が乱雑に玄関に置いてあるのを見て、静かに綴はリビングに入る。

 

「と、とうさん?」

 

 呼んでみるが返事はない。

 リビングの中央、ちょうど電球のある場所が濡れている。ずっと下を見ていた綴は恐る恐る上を見上げた。

 

「………だれ?」

 

 黒い嫌な物がそれ(・・)に覆い被さるように揺れていた。

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